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解呪と救い

「呪いが解けない……」


 すっかり日も暮れ、窓の外から見える空が暗黒に染まる頃、宿の一室で私は呆然と呟いた。

 呪いが解けない。

 その事実に唖然としながらも、いやいや、この私に限ってそんなこと有り得るものか、何かの間違いに違いない。

 と、改めて体内に神聖力を巡らせ、解呪の呪文を唱える。


「我が神よ、天上のギアナ神よ、願わくば我が身に掛けられた悪しき呪いをほどきたまえ――ディスペル!」


 ぽふん

 そんな間抜けな音が鳴り、術は不発に終わる。

 マンイーターに向けてホーリーハンマーを放った時と同じだ!

 確かに解呪は高難度の呪文ではあるが……私は修練の結果として、紛れもなく体得したはずだ!

 だというのに何故――いや……

 実のところ、思い当たる節はある。

 というよりある程度の予想はついている。

 しかしそんなまさか……

 そうでないことを祈りながらも、私は部屋の中央、何もない空間に向けて今度は違う術を放つ。


「……主よ、我が敵をその槍で貫き給え――ホーリーランス!」


 瞬間、何もない空間を囲むようにして光の槍が出現し、空を貫いた。

 ホーリーランスはホーリーハンマーと同様、中級の攻撃用神聖術だ。

 であれば……私はもう一度、同じ呪文を繰り返しホーリーランスを繰り出す。

 が、しかし、今度は先程の解呪と同様、ぽふんという音を立てて不発に終わるのみだった。


「なら次は……ヒール!」


 続けざまにヒールの呪文を唱えると、体を優しい光が包む。

 傷を負っていないので回復はしないが、発動していることは間違いあるまい。


「ヒール!ヒール!ヒール!」


 そのまま、何度かヒールを繰り返すと、2発ほど撃ったところでまた不発に終わる。

 やはり、だ。

 こうなると間違いない。


「……神聖力が衰えている」


 以前、超絶美青年としての姿だった頃、カミラではなくカシミールであった頃であれば、ホーリーランスは日に20発、ヒールなら日に50は余裕で撃てた。

 だというのに、今の私にはホーリーランスやホーリーハンマーであれば日に1発、それを撃たずにヒールだけでも日に10発いけるかどうかだろう。

 ステータスは測っていないが、前の私の最大神聖力が数値にして150~200程だったとするなら、今の私は20~30程度、といったところか。

 到底この力で解呪の術なども使える筈もない。

 だが何故だ!?変化の術とは基本的にただ姿を、外見を変えるだけの術の筈だ。

 動物に変身することで嗅覚が鋭くなったりだとか、足が速くなったりだとか、その程度の肉体の変化はあるにしろ、あくまでベースは元の人間のステータスである。

 魔術師がオークに変身したからと言って魔術が使えなくなるわけでもないし、剣士がゴブリンに変身したからといって剣が振れなくなったり、剣術を忘れたりすることは無い。

 外見が変わったところで、それまでに培った経験や技術、体内に蓄えた魔力や神聖力が失われるわけではないのだ。

 だというのに……今の私は男だった頃に比べて著しく神聖力が衰えている。いや、思い返せば筋力もだ。

 これではまるで本当に駆け出しの少女神官では――――

 そこまで考えて、ふと一つの可能性に気付き、首元に下がる呪われた首飾りに指で触れ、カチリと鳴らす。


「まさか……そもそも『変化』ではないのか?」


 呪われていて外すことが出来ない以上、確かめることも出来ないが、これは変化の範疇を超えているようにも思える。

 外見の変化だけではなく、言わば在り方そのものを『駆け出し冒険者の美少女神官』として定められたようなものだ。

 だとしたら、これは個人の存在そのものを書き換えるが如き恐るべし魔道具だ。

 私が伝承に語られる勇者になることを望めばそれだけの力を持った勇者に、魔王になることを望めば同じくそれだけの力を持つ魔王に、存在ごと書き換えていた可能性すらある。

 犬や猫などの動物に変身していたら、ひょっとして人間としての知性そのものを失い、本物の犬として生きる羽目になっていたのかもしれない。

 とはいえ、そんな魔道具が存在するなどとは聞いたことが無いし、あくまで予想……ではあるのだが……

 本当にそうだとしたら、これは呪い自体が私の存在そのものに関わる類の悪質なものだ。

 リガスの持つ狂化の呪いと同様、無理に解こうとしたら精神が崩壊する可能性さえあるだろう。

 いや……だが……ひょっとしたら神聖力が衰えたのは別の要因で、普通に解呪の術さえ使えれば首飾りの呪いが解ける可能性も……が……しかし……


 ううん、と唸り声を上げてベッドに倒れ伏す。

 自分で解呪を試せない以上、高い金を払って高位神官に解呪を依頼するしかない。

 が、解呪したら私が死ぬ可能性もゼロではない……リガスのようにダンジョンの最奥に眠るという神具であれば無事に呪いを解けるかもしれないが……

 だがなあ……私が神具を求めていたのは偏に私の才能を広く愚民たちに知らしめ、得られる富と名誉と権力で人々の上に立つことだ。

 神具を解呪に使うとなるとその崇高な夢が叶えられなくなるかもしれない。

 いやいや、というかそれ以前にこの体ではダンジョン深部に潜ることすら……いや……待てよ?


 確かに神聖力は衰えているが……今までに覚えた術の知識、カシミールとして生きた私の記憶自体が消えたわけでは無い。

 それに今のこの体は……見た感じ、年齢にして15歳くらいだろうか。

 かつての私よりも若返っていることは間違いない。

 で、あればつまり……今のこの体で修練を積めば、むしろ前までよりも効率的、かつ爆速で術を収め、成長できるということではないか!?

 何しろ私は天才なのだ!例え神聖力が減ったとしても、それを増やす方法もわかっているし、殆どの術の使用法自体は既に理解している!

 つまり――時間はかかるかもしれないが、解呪をせずともこの体のままで元の私の実力まで成長できれば結果オーライなのだ!


「よし、それでいくぞ!私は天才だ!前の私にだって出来たのだから!」


 私はパシンと両手で頬を叩き、気合を引き出す。

 かつての私だって最初から圧倒的な実力を持っていたわけでは無いのだ。

 それでも優秀な高位神官になれたことを思えば、同じ私がそうなれないわけがない!

 となれば、効率的に鍛えるためにダンジョンに潜る必要があるな。結局のところ、魔物と戦うのが修練には最適だ。

 なにせダンジョンでは魔物を倒すことでその力……魔力の一端を吸収し、敵を倒せば倒すほどに少しずつではあるが、自身の体も強化されていく。

 俗に言うレベルアップというやつだ。

 以前の私も様々な修練を行ったが、結局のところ魔物と戦うのが一番効率的ではあった。

 とはいえ、いくら天才の私でも、今の状態……言うなればレベル1のまま一人で迷宮へ潜り、何匹もの魔物と戦い、帰還する程の力はあるまい。

 出来ればパーティを組む相手を見つけたいところだが……ジョー……にはこんな無様な状況を知られるわけにはいかないな。

 出来れば私と同等の迷宮初心者であってほしいな……私がマウントを取れる相手でなければ……

 それでいて優秀な実力を持っていて……まだパーティを組んでいないような――


「――――あ」


 一人いた。



――――――――――――――――――――――



「ではE級の依頼……迷宮第一層の薬草採取、よろしくお願い致します」


「はい」


 そう言って俺は受付嬢さんが差し出した依頼書を受け取る。

 残念ながらまだD級にはランクを上げさせてもらえないらしい。

 まあ仕方ないといえば仕方ないけど……やっぱり少し残念だ。


「さて、薬草採取か……結構ノルマ多いな。こういうのもパーティ組んでたら楽なんだろうけど……」


 人で溢れるギルド内で、依頼書を読みながら独りごちると、頭の中に昨日一時的にパーティを組んだ彼女の姿が過ぎる。

 カミラ・カリスキ、そう名乗った可愛く、元気な神官の女の子。

 面白い子だったな。

 思い返すと、つい笑みがこぼれる。

 常に自信満々で、自分のことを何一つとして疑っていないその生き方は、ある意味ではとても眩しいものだった。

 何より、彼女は俺の醜い姿を見ても、全く怯えることなく接してくれた。

 それどころか暴れる俺を回復術で癒してくれたのだという。

 そんなことが出来る心の澄んだ神官が世の中にどれだけいるだろうか。

 まさしく聖女と呼ぶに相応しい存在だ。


 だが――だからこそ、俺のような存在が、彼女と一緒にいていいものではない。


 彼女を傷つけるのが怖い。

 もしも俺が狂戦士だとバレた時、彼女も一緒に罰せられたらどうする?

 聖女の如き彼女に、俺が穢れをつけるわけにはいかない。

 正直に言うと、少し寂しいし――出来ることなら、ちゃんとパーティを組んで一緒に冒険をしたい。

 そんな気持ちはあるが、それは俺の我儘だ。

 これは仕方のないことだ。悪いのは俺だ。

 落ち込んだりなんかするな。

 早く諦めて一人で――


「――――やあ、リガス、随分と待たせたじゃないか!」


「!?」


 俯いて歩く俺の前方から、可愛く、ころころと笑う声が聞こえる。

 顔を上げて見ると、そこに立っていたのは、見覚えのある、自信に満ちた、どこか悪戯っぽい表情の聖女。


「か……カミラさん!?待たせたじゃないかって……えっ、どういう……」


「はっ!決まっているだろう!それとも愚者には一から十まで行って聞かせないと分からないか?」


「いや、だって昨日分かれて、それに俺は、狂戦士で」


「それがどうした、優秀な戦士ということに変わりはあるまい!もしも貴様が暴れたら、私が治してやればいいことだ!」


「でも――」


「それに、私達はパーティだろう!」


「!」


 パーティと、まだこんな俺と、パーティだと言ってくれるのか、この子は。

 でも駄目だ、俺は、俺は狂った獣だ。

 俺はパーティなんか組んじゃいけない、俺は一人でいかないと、俺は――

 葛藤する俺に、目の前の少女は少し不審げな顔を見せたかと思うと、すぐにニヤリと笑みを浮かべ、堂々と口を開いた。


「行くぞリガス、この天才神官カミラ様の冒険に、貴様を付き合わせてやる!」


 そう言って、彼女は戸惑う俺の手を取り、迷宮へと駆け出した。


 ああ、くそ、良いのか。

 俺なんかでも、彼女と一緒にいて良いのか。


 ああ、神様、すみません。


 俺は狂った獣です。


 だけど、少しの間だけ――この人と一緒に冒険することを、許してください。



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