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作戦会議

「なんでこの村に人狼が」


「リガスは病気で死んで人狼が乗り移ったに違いない」


「あれは村の子供じゃない」


「――――お前は、私の子じゃない」


 村にいた頃――いや、俺が人狼の血を与えられ、狂戦士になってからのこと、それまで優しかった村の神父、村長、近所のおじさん、おばさん、そして母親の言葉を思い出す。

 もしも俺が病だった時、人狼の血を分け与えられなかったら、もしも普通に病から回復していたら、今頃俺は故郷の村で畑を耕し、牛の乳を搾り、村の頼れる若者として在れたのだろうか。

 そんな思いを抱きながら、眼下に横たわる人狼を見下ろす。

 俺に血を分けた男。狡猾な人狼。もしも、こいつがいなければ――


「……殺すのかな?」


 俺がすぐ傍に立っていることに気付いていたのだろうか、体を横たえたままのダキアが、ポツリと口を開く。


「…………」


「ンフフフ……まあそれはそうだろうねぇ、憎いだろうねぇ、僕が気まぐれで君に血を与えなければ、君がこうして命を懸けて迷宮に挑むことにはならなかった」


 俺が言葉を返さないでいると、どこか自嘲気味に笑いながら、ダキアが言葉を続ける。


「まあ、殺されるのなら仕方ないね、フフ、迷宮の中での死だ。もしかしたらシヴのようにゴーストになれるかもしれない」


「…………」


「君がそれで満足するなら――ッフフ、どうぞ、お好きなように」


 そう言うと、ダキアは相も変わらず不敵な笑みを浮かべながら、ごろりと仰向けの体勢をとり、あたかも陸に投げ出された魚の如く、観念したように手足を広げた。

 俺はそんな宿敵の無防備な姿を、どこか冷ややかな気持ちで眺めながら、ゆっくりと口を開く。


「――あんた、本当に素直なんだな」


「……はい?」


 俺の言葉が意外だったのだろうか、ダキアはぽかんとした表情を浮かべながら、見下ろす俺と目を合わせる。


「思えば第二階層で戦った時からだ。あんたは不自然にこの迷宮がどうだとか、仕掛けがどうだとか、自分の正体だとか俺達にベラベラ喋って――しかも、俺とトゥーラさんとの二対一っていう不利な状況で襲ってきた」


「……」


「で、シヴさんにあんたのことを聞いたよ。ヘムロックさんとシヴさんとあんたでパーティ組んでたって」


「そんなことも……あったねぇ……フフ……」


「……で、魔王を倒して自分の願いを叶えようとしたけど失敗して、ボロクソにされて横たわってる」


 ダキアは変わらず不敵な笑みを浮かべながらも、俺の言葉をじっと聞いている。

 考えれば考える程、話を聞けば聞くほど、こいつの行動目的は分かりやすい。

 だって――


「あんた、好きな女を生き返らせたかっただけなんだろ?」


「…………ちっ……がいますけど……?」


「いや絶対そうじゃん!!!」


 俺の言葉に顔を背けながら――けれども髪の間から覗く耳を真っ赤にしながら、ダキアが辛うじて、といった感じで問いに答える。

 いやもう好きじゃん。

 人の恥を掘り返すようで少し心苦しいが、俺も苦労をかけさせられた側だ。お構いなしで続けて言う


「あんたが俺達に情報を分け与えたのも、ついでに俺達と戦ったのも万が一の保険だ。俺達を成長させる為、自分が駄目だった時に俺達が魔王を止められるように。実際、あんたとの戦いで俺とトゥーラさんは成長した」


「……だとしても、君達を利用したことには変わりない。君を狂戦士へと変質させてしまったこともだ」


「……じゃあ聞きたいんだけどさ、研究とか利用とか言いながら、俺を狂戦士にしてあんたに得はあったのか?何かの役に立ったか?」


「ンッ……ンン……」


 俺の言葉にまた、ダキアが言葉を詰まらせる。

 そうなんだよな。

 こいつはさも自分の目的の為に俺を狂戦士にしたみたいなことを言っていた。研究の為だとか何とか。

 だが、そうしたところでこいつがその研究を何に生かせるか?人間の子供を眷属にして放置して何がしたかったのか?

 目的の為?いや、こいつの目的は迷宮最深部に辿り着いてシヴさんを生き返らせることだった筈だ。嚙み合わない。

 じゃあ何故俺に血を分け与えたのか。


「あんたはただ、死にそうな人間の子供を助けたかっただけだったんだな」


「…………クッ……フフ、だとしても……恨んでくれても良いとも。狂戦士と化したことで村を追放されたのは事実だろうからねぇ」


「それはそうだけど、でも――」


 観念したといった様子で自嘲気味に語るダキアの言葉に頷きながら、俺はちらりと背後に視線をやる。

 そこでは輝くような白銀の髪に意思の強い瞳を携えながら腕を組む一人の少女、カミラさんが、やれやれといった表情で俺とダキアの様子を眺めていた。


「――そのお陰で、俺はカミラさんに会えたんだ。俺にとって最高の……天才神官様にね」


 恨んでいないわけではない。

 過去を思い返して、もしもああだったら、こうだったらと夢想することだってある。

 けれども、俺が狂戦士でなかったら、村にずっと留まっていたら、きっとこの自信に満ちた、小生意気なパーティーリーダーには出会えなかったろう。


「クッ……フフ……フハハ!なるほどねぇ……好きな女の為に頑張る一途な男という意味では、君も僕と同じというわけだ」


「好っ……!!?」


 ダキアの言葉に慌ててカミラさんから視線を反らし、また下を見下ろすと、ダキアはニヤリとやはり不敵に、からかうような笑みを浮かべてこちらを眺めながら、お返しだとばかりに舌を出す。


「フフッ、まあ、精々頑張るがいいさ少年……世界の為、愛する人を守る為、なんて青臭い理由でね」


「……根が青臭いおっさんがよく言うよ」


 言いながら、どこか憑き物が落ちた様子で微笑み、目を閉じるダキアを見下ろしながら、俺はゆっくりと立ち上がり、再びカミラさんに目を向ける。

 ああ、良いよ。やってやる。

 俺だって、好きな女の為に命を懸けてやるさ。




―――――――――――――――――――――――――




「天才神官カミラ様の~~!!作戦会議~!!!」


 そんな私の声が神殿の高い天井に反響すると、それに呼応するかのようにパチパチと拍手の音が鳴り響いた。

 ふふふ、よせやいよせやい。

 神殿中央、祭壇のすぐ傍で円になって座る私達の中心部には、かなり大きな羊皮紙が1枚、それから細々としたサイズの紙が何枚か散らばっている。

 細々とした紙片には何やらメモのようなものが書き殴ってあり、大きな羊皮紙には建物や岩を示した図形――即ち地図であり、第四層である白冠都市の大まかな地形が記されていた。


「一応、俺が斥候として探索できたのはこの地図に書いてある部分だけだ。もうちょい時間あれば隠し道とか見つかったかもな」


 どこか皮肉屋めいた口調でそう言うロフトは、とんとんと地図の一部を指し示す。


「こ、これ全部ロフトさんが描いたんですか……?」


「俺だってA級冒険者の斥候だからな、戦闘に向いてない分、これくらいは軽く出来るさ」


 地図を眺めながら感心したように言うトゥーラに、ロフトは微かに笑みを浮かべて答える。

 まあ実際こいつはその為にパーティにいるおうなものだからな。

 天才神官である私がめちゃくちゃ高度な神聖術を使えるように、こいつもこれくらいマッピング出来て当然だろう。

 そんなことを考えながら私が地図に視線をやると、ロフトは傍らにあった小石をこつん、と、地図の中央に置いた。


「さて、位置的にはここが都市の中心部である城――そして魔王がいるところだな。で、俺達のおおよその位置はここ」


 ロフトはそう言うと、地図の中心部からやや離れた地点に別の小石を置く。

 正確に言えば私達がいるのはその小石の置かれた場所の上空なのだが、まあ地図で立体的な位置関係までは表せないからな。


「で、魔王の目的はカミラだ。今はまだ落ち着いてるけど、そのうち配下の魔物達なり何なりを使って捕えに来るだろう」


「それで、カミラさん……というかその首飾り……鍵が取られたら魔王はほぼほぼ目的達成ってことだよね?」


 ロフトの説明に今度はリガスが確認するかのように尋ねる。

 魔王が降臨した時にリガス達はいなかったからな。ジョーやダキアと比べてまだ現実感が薄いのかもしれない。


「それを踏まえた上でどうするか、だが――」


「なるほど……フッ、完全に理解した……つまり――」


 私とロフトが視線を交わし、頷くと、二人同時に口を開く。


「なるべく早めに逃げる」


「速攻で魔王を倒せば良いということだ!!!」


 ――――沈黙。

 

 ぴしり、という音が響いた気がした。

 うん?おかしいな、私ほどではないにしてもロフトはそれなりに頭が良い筈だ。

 てっきり私と同じ天才的発想で答えに辿り着くかと思ったのだが……そう思いながら視線をやると、ロフトは呆れたように大きく息を吐いて答える。


「あのなあ……倒せる保障なんかあるのか?ジョーとカリカ、ついでにそこの人狼で手も足も出なかった相手だぞ」


「俺も負けてねぇけどな別に!!」


 ロフトの言葉にジョーがチッと舌打ちをしながら吐き捨てるように言うと、カリカもそれを肯定するように頷く。

 そうは言っても私もその場面を見ていないからな。

 まあでもジョーのことだから普通に負けたのだろう。やれやれ、凡人が虚勢を張るのは格好悪いぞ。


「カッコつけてたジョーには悪いけど、ここは一度引いてやり直す……何ならギルドに報告して王都の騎士連中を動かしてもらう方が確実だろ?」


「ロフト俺のこと嫌いか?なあ?」


 悲し気な瞳でロフトを見つめるジョーは置いておいて、なるほどロフトの話も一理ある。

 私という宝を持ち出して、その上でこの国の軍隊を以てして迷宮を攻略するというのは堅実ではあるのだろう。

 だが――


「忘れたのか、ロフト?魔王は自身の領地からここまで、転移してきたんだ」


「……それが?」


「こちらに来ることが出来たなら、帰ることも出来る。そうじゃないか?人狼?」


「……フフ、そうだね。そもそも、いつかこの迷宮に戻るべく転移陣を設置したのは魔王様だ。若返って力を取り戻した今の魔王様であれば――まあ、多少の時間があれば迷宮と地上の行き来は可能だろう」


 少し離れたところで横になりながらも、ダキアはなんとかそう告げる。

 そして魔王が地上に戻ったらどうなるか。


「そうなったら当然――戦争になる。私という宝を求める魔王と、単純に国を守るべくして立ち上がる人間たちとの、だ」


「それは……」


 私の言葉に反論するつもりだったのか、口を開きかけたロフトだったが、すぐさま考え込むように俯き、ぽつりと呟く。


「無い、とは言えないな」


「だろう?そしてこの時代に人間と魔族の全面戦争、だなんて御伽噺にもなりはしない。どちらにせよ地上はメチャクチャだ」


「加えて言えば――この第三層から地上まで逃げる間、魔王が何もしないとも思いません……」


 おずおずと、しかし真剣な眼差しで、トゥーラが私に続けて言葉を発する。


「もしも魔王がこの迷宮を統べているのなら、例えば第二層のドラゴンのような、そういった魔物を片端から目覚めさせることも可能じゃないでしょうか……今はまだ若返った体に慣れていない、変化した迷宮やかつての国民を統べてはいない、とするのなら――慣れ、つまり時間は彼の味方です」


 立て続けに言葉を紡いだ後、トゥーラは私の顔にちらりと目をやり、意を決したように息を吐く。


「私は、カミラさんの案に賛成です」


「俺もだ」


 トゥーラの確固とした意志を感じさせる言葉に、リガスが間髪入れず手を挙げる。


「カミラさんを守れるなら逃げるのも有りだ。けど、もしも戦になったらそんな余裕は無くなる。相手の目的はカミラさんなんだ。カミラさんを捧げれば魔王も進行を止める、となれば人間にだって狙われるかもしれない」


 それに、と、リガスもこちらに視線をやり、言葉を続ける。


「仮にそこから逃れたとしても、いつまで逃れ続ければ良いか分からない。誰もを疑って、逃げて隠れて怯えて過ごす、なんてのは守るとは言えないし、それに何より――天才神官様は望まないだろ?」


「わかってるじゃないか」


 にやり、と笑みを浮かべるリガスに、私も笑みを浮かべてこつん、と拳を突き合わせる。

 思えばこいつは最初から私についてきてくれていた。

 天才神官には優秀な戦士、ということだ。

 

「お前らさあ……ああもう、考えてるのは分かったけどなんていうか、戦闘狂すぎないか?」


「はは、狂戦士だからね」


「おや、上手いこと言うじゃないか!大体だなロフト、考えてもみろ、私達の目的は何だ?」


「魔王に地上をメチャクチャにさせないことだろ?」


「ふっ、やれやれこれだから凡人は……愚かだな!!バーカ!!バーカ!!!」


 てんで的外れなことを言うロフトに呆れて溜息を吐くと、あわや拳を握り立ち上がろうとするロフトをジョーが後ろから羽交い絞めにして止める。

 自分の頭の悪さを他人のせいにしないでもらいたいな。

 やれやれ、といった調子で私は首を横に振ると、ロフトに向けて諭すように言う。


「良いかロフト、私達の目的は――迷宮の最深部に辿り着き、願いを叶えることだろ?」


「――――あ」


 魔王がどうの、戦争がどうの、そこは問題ではない。

 いや問題ではあるのだが、私達の目的はずっとただ一つ、迷宮最深部への到達と神具による願望実現。

 まして今はこの首飾りと魔王の血という二点でこの迷宮の魔力を扱えるという答えが示されているのだ。

 あと一歩、あと少しでその目的は達成される。

 それを目の前にして逃げ出すというのはまあ、平々凡々と暮らすつもりの善良なる一般市民なら正しいのだろうが―――――


「私は冒険者、天才大神官カミラ様だ」


 目的を前にして足を止める愚者ではない。


「さあ――ボス攻略と行こうじゃないか!!」




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