おっさん達の再会
薄暗く、じめじめと湿った海底診断の大神殿。
その祭壇に悠々と立ち、私は清く美しい神官服に袖を通す。
やはり着慣れたこれが一番だな。
そんなことを考えながら腰にモーニングスターを下げ、輝く白金の髪をさらりとかき上げると、私は声高らかに堂々と宣言する。
「ハーッハッハッハ!待たせたな!天才神官カミラ様の復活だ!」
「やったー!カミラさん!」
「ひゅ……ヒュー!」
私の発言に、祭壇の前に立つリガスとトゥーラが続けて声を上げる。
う~ん、ノリの良い奴らだ。
この私が選んだパーティメンバーなだけのことはある!やったね!
気を良くした私は更に続けて声を上げる。
「久々に見た天才神官カミラ様の姿はどうだー!?」
「可愛いー!」
「だろ~~~~!?頭脳は~~~????」
「天才ー!!」
「だろ~~~~~~~~!!!!???」
最高。
なんて良い奴らなんだ。
やっぱりパーティメンバーは私を崇め奉りチヤホヤしてくれる奴に限るな!
このへんやっぱジョーは出来てないので追放も止む無し。
そう、私が追放されたんじゃなく奴を追放してやったんだ私は。ワハハ。
「いや馬鹿か?」
……なんて、私が気分良く高揚感に浸っていると、それを切り裂くように冷淡な声が響く。
声の主に目をやると、呆れた様子のロフトが簡易的に敷いた布の上で体を起こしながら溜め息を吐いた。
ので、私も奴の言葉に堂々と言い返す。
「は?天才だが?」
「いやどう……まあ良いか、俺はそういう言い合いめんどいし……ジョーみたいに馬鹿正直にやり合うのももっと馬鹿だしな」
「ふふん、分かってるじゃないか。それでそのジョーは?」
言い返すと、私は辺りをぐるりと見回す。
ダキアの魔術で第三層まで転移した私達は、全く酷い有様だった。
ロフトはまだダメージが少なかったが、カリカとジョーは魔王の攻撃で体のあちこちに穴が開き、気を失っていたのだ。
そんな中でせいぜいちょっぴり首が痛い程度ですぐさま目覚めた私の有能具合ときたら。やはり天才かもしれない。いや言うまでもなく天才だが。
ともあれ、そんな不甲斐ない連中の体を神聖術で癒し、少なくとも体の傷は治癒させたのがこの私だ。
傷は癒したとはいえ、少しの間は休んだ方が良いだろうということでロフトは腰を落ち着けてアイテムの整備、カリカはその横で豪快に腕を広げて寝転んでいた。
が、ジョーの姿だけが見当たらない。
まさかあの単純猪突猛進バカ髭蛮族に限って逃げ出すといったことはないだろうが……
そんな疑問も込でロフトに問い掛けると、ロフトは神殿の一角を顎で指し示す。
―――――――――――――――――――――
俺の村には勇者がいた。
いや、っていうよりかは勇者志望の無謀な冒険者見習いだな。
俺の幼馴染でちょっと年上のそいつは、ある時勝手に村を飛び出して冒険者になった。
馬鹿だねぇ、と笑う村の大人達の言葉に頷きながらも、自分で自分の道を切り開き、夢を抱えてひた走るあいつの姿に俺はひっそり憧れた。
勇者じゃなくても良い。そんな大層な人間じゃないことくらいは分かってる。
それでも夢を目指して続けさえすりゃ――あいつに並ぶ戦士くらいにはなれるんじゃねえか。
心のどこかでそう思いながら、俺はいつしか街に出て、一人の冒険者として迷宮に潜るようになった。
いつかあいつに負けないような男になる。
いつかどっかで勇者をやってるあいつを見つけてやる。
そんな思いでいた……が……いや、お前……お前さあ……
「死んでんじゃねーーーーッ!!!!!」
「あっはっはっはっは!ごめんごめん!」
俺が大声で叫ぶと、目の前のちょっと体が空けたゴースト……ゴーストか?いやまあ良い。とにかく幽霊となった幼馴染。シヴはまるで子供の頃のように明るく笑った。
「いや~、僕も別に死ぬ気で迷宮に潜ったわけじゃないんだよ?でもやっぱ冒険者ってそういうこともあるよね!」
「あるよねじゃねえんだよブッ殺すぞ」
「もう死んでま~す!」
ブッ殺してぇ~~~~。
俺の周りの女って何でいつもこうなんだ。
いやカリカは腕力ゴリラなだけで大人しいか。
そんなことを考えていると、シヴは何か言いたげに俺の顔をじろじろと眺め、そういえば、といった調子で口を開いた。
「ジョーってば老けたよねえ」
「お前が出てって何十年経ってると思ってんだボケがァ……!」
言いながらシヴに掴みかかった俺の手が空を切ると、シヴはふふふと得意気に笑う。
そこは体が無いことを悲しむとかしようぜ。
俺は大きく溜息を吐くと、呆れたような、どこか懐かしいような気持ちで口を開く。
「俺はロクに見た目の変わらないお前よりババアになったお前と会いたかったよ」
「それはそうかもね、ごめん」
「……謝んなくても良いけどよ」
少し嫌味なことを言ってしまったかもしれない。
僅かに俯いたシヴを見ながらそんなことを考えた俺だったが、一方のシヴはすぐさま顔を上げるとカラッと笑う。
「ま、冒険者やってる以上いつ死んだっておかしくないからね!」
「それはそうだけどな」
「でっしょお!!」
明るくそう話すシヴと視線を交わし、俺も思わず笑みがこぼれる。
本当に幽霊になっても変わんねえんだからコイツ。
「で、問題は幽霊になってどうするかってことだよ。お前どうなんの?」
「魔王様とやらは迷宮内の魂を地上の人を器にして復活させるんでしょ?それなら私も生き返れるんじゃない?」
「それはありませんよ」
軽い調子で魔王の目的を復習するように語るシヴの声を短く切るようにして男の声が背後から響く。
声の主であるダキアは血で汚れ、ボロボロになった体をリガス達が敷いた寝袋に横たえている。
人狼……生粋の魔族であるこいつにはどうやらカミラの神聖術の効きは今一つらしい。
人狼特有の頑丈さで何とか命を保っているものの、満身創痍。
いつ死んでもおかしくはないだろう。
そんな状況の男が、荒い呼吸をしながらも、ゆっくり、静かに言葉を紡いでいく。
「魔王様の愛しているのは魔族だけ……それも今を生きる我々ですらなく、大昔に生きていた同胞だけ。迷宮で死んだただの人間の魂など……循環することすらなく、魔術を行使する為の力の一部として履き捨てられるでしょうねぇ」
「だってさ、ジョー」
「いや、だってさじゃねえよ。結構ヤバイこと言われてんぞ」
魂の力、魔力をそのまま搾り尽くされ捨てられる。
そうなった魂がどうなるのかは俺には到底想像できないが、ろくでもないことだってことは分かる。
「まあ、あくまでこの魔族の予想だし、信じていいのかどうかも微妙だけどよ……」
「でもダキアは嘘つかないからなあ」
「……知ったようなこと言うじゃねえか」
「だって仲間だったし」
「は?」
何でもないように言うシヴの言葉に、俺が目を丸くして両者を眺めると、ダキアは汗の滲んだ顔をにやりと歪める。
「おやおや、勇者様に憧れていたのが自分だけだとでもお思いで?」
「ははっ、ジョーってば、男の嫉妬は見苦しいよ~?」
「別にそんなん思ってねぇよ!!大人だぞこちとら!!」
重傷人と死人が二人そろって俺を煽る。
何なんだお前らその元気さは。
しかし、と、ごほんと一つ大きな咳を吐き、ダキアが続ける。
「だからと言って、自慢はできないなぁ……君を取り戻す筈が見事に魔王様に返り討ちにあって失敗……その上、君は元気に幽霊生活、とは、んふふ……」
「でもダキアがいたからジョー達が助かったんでしょ、良いじゃん、よく頑張ったよ!ありがとうね!」
「……ふふ」
シヴの言葉に少し照れたのか、ダキアはぎこちなく体の向きを変えると、それから黙って眠りについた。
まだ体力が戻ってないのもあるんだろう。
個人的な性格はともかく、あいつもシヴの為、自分の目的の為に願いを叶えようとこの迷宮に挑んだわけだ。
気に食わない魔族ではあるが、そこのところだけは少し尊敬してやっても良いかな、と思わんでもない。
いや、ムカつくけどな。カミラの次にムカつく奴だけどな。
そんなことを考えていると、それで、とシヴが俺に向き直る。
「で、ジョーはどうするの?」
「俺?」
「逃げることも出来るでしょ?」
「……まあな」
迷宮の魂と地上の魂を入れ替える、であれば迷宮にいる生きた人間は多分その埒外だろう。
このままやり過ごせば俺と仲間は多分助かる。
無理に戦う必要も無いっちゃ無い、が……
俺はじっとシヴのあどけない、半透明の透けた顔をよく眺める。
「?」
「……まあ、なんだ、あの魔族が女の為にあんだけ頑張ったんだ」
だったら、やるしかねえだろ。
俺は腹からゆっくりと息を吐くと、シヴに背を向けて歩みを進める。
「男としちゃ負けてられねえよな」
―――――――――――――――――――――
「男としちゃ負けてられねえよな……だっ……とさ……!!ぷっ……ふふ……!!」
今しがたカッコつけたことを言って振り向いたジョーと、それを物陰で聞いていた私達とで目が合う。
ふふっ……かっこいいこと言うなああいつ!!最高!!!
戦士じゃなくて劇俳優の方が向いてるんじゃないか!?そう考えながら、口に手をやり笑いを抑える私に、隣で一緒に聞いていたトゥーラとロフトが声をかける。
「い、いやそこ笑うのはちょっと可哀想ですよカミラさん……ふふっ……」
「良いだろ、おっさんもたまにはカッコつけたいんだよ」
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオイ!!!!!!ガキ共がよォォォォォ!!!!!!!」
二人のフォローでかえって恥ずかしくなったのか、ジョーはさっきまでの余裕はどこへやら、真っ赤にした顔で剣を振り上げて私に叫ぶ。
おいおい、それはそれでカッコ悪いぞ~!ふふふ!
私はにやにやしながらキレちらかすジョーの攻撃をプロテクションで防ぐと、隣にいるであろうリガスに声をかける。
「ふふふ、やあ、見たかリガス!笑いものとしては最高だがこういう大人になっては……あれっ、リガス?」
いつの間にやら先程まで、いや、もっと前から金魚の糞のように私にくっついていた筈のリガスの姿が無い。
きょろりと辺りを見回すと、いつの間にかダキアの寝袋の横でしゃがみ込んでいるリガスの姿が見える。
おいおい、この私を放っておいて下賤な人狼おじさんのところに行くとは随分じゃないか。
あいつにも一度わからせてやるべきかも――などと考えた私がリガスへ声を掛けようとすると同時。
ガツーンという音を立ててジョーのゲンコツが私の頭頂部にぶち込まれたのだった。




