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油断大敵

 迷宮第四層、ただでさえ危険なこの迷宮の最奥で、目の前にはヒュージスライム、前方にサイクロプス、後方にヒドラ。

 一見して絶体絶命の状態だが、さてどうする!?


 ①天才神官カミラ様は天才なので反撃のアイデアがひらめく。

 ②仲間が来て助けてくれる。

 ③助からない。現実は非情である。


「なんて言うまでもなく①だっ!天才だからな!」


 言うと、私は目前でぷるぷると震えるヒュージスライムに背を向け、ダッシュで後方――ヒドラとダゴンが取っ組み合っている空堀へ向かう。

 言うまでも無いことだが、逃走ではない!作戦だ!

 私はこういう時、まず相手に序列をつける。

 ヒドラとサイクロプスとヒュージスライム、この三体の中で最も厄介なもの、最も倒さなければいけないのはどれか、ということだ。

 おおまかな特徴としてヒドラは巨体に加えて九つの首を持ち、強力な毒液を持つ魔物、竜に属するとも言われる強力な魔物だ。

 そしてサイクロプス、こちらは直立した時の巨大さで言えばヒドラ以上、そして大木のような太さの巨大の腕、そしてその腕で抱えたこれまた大木そのもののような棍棒での一撃は絶大な破壊力だろう。

 最後にヒュージスライム、ぶっちゃけた話、こいつが一番どうでもいい。粘性と硬度を兼ね備えた体に包まれこそしたら脅威だが、動きはそこまで早くないし、直接的な攻撃力も低く、物理体制は高いが魔術や神聖術には弱い。

 つまるところ神官の私にとっては雑魚同然!となれば、どうにかしないといけないのはもっぱらヒドラとサイクロプスということになる。


「で、あれば、ダゴン!」


「お、おお!我が女王よ!お待ちくだされ!!このような暴徒、今すぐに私が――」


 ヒドラの頭の何本かに絡まれながらも、私の声に振り返ったダゴンだったが、こちらを見てすぐぎょっとしたように大きな目を見開く。

 だろうな!さっき駆け出した私の背後から、ずっとずしん、ずしん、と、地を揺るがす程の足音が絶え間なく響いている。

 つまるところ――

 私は空堀の縁、あと一歩でそこに落ちるのではないか、というところ、空堀から身を乗り出そうとするダゴンのすぐ目前でピタリと止まると、すぐさま後ろを振り返る。

 まず視界に飛び込んできたのは、あたかも壁のように眼前に立ち塞がる青い巨木――否、サイクロプスの巨大な脚だ。

 そこから上を見上げると、サイクロプスはたった一つの大きな瞳をじっと私に向け――笑ったのだろうが、僅かに瞳がぐにゃりと歪むと、風を切る、どころか空気を破裂させるほどの轟音を響かせながら、手にした巨木を勢いよく振り下ろす。

 人間が食らったら肉片の一つも残らずただの赤い染みと化すだろう。

 が、大丈夫だ!私は天才神官だぞ!

 咄嗟に身を低く屈み、唱える。


「プロテクション!!」


 刹那、その場に雷が落ちたかのような衝撃と音に襲われながらも、私が周囲に張った光の結界はそれらを完璧に防ぐ。

 いや、ちょっと待て、完璧には嘘かも、わりかしヒビ入ってないかこれ?えっ、危なっ、これもうちょっとレベル足らなかったら私死ん……いや、いやいや、良いんだ、耐えたんだから!それが結果!天才なのでもしものことは考えない!

 ともあれ、結果として、サイクロプスの振り下ろした棍棒は私ではなく、その背後――

 ダゴンと、それに巻き付いていたヒドラの首に勢いよく振り下ろされたのだった。


「ッシィィーーーーーーーー!!!」


 金属と金属がぶつかり合ったような甲高い咆哮が辺りに轟く。

 これは恐らくヒドラだろう。

 プロテクションの防壁の中でちらりと振り向き、棍棒の下から様子を窺う。

 どうやら、ダゴンに深く巻き付いていたのが災いしたのか、あるいはダゴンが咄嗟に盾として差し出したのか、いずれにせよダゴンごとヒドラの首のうち、二つか三つが棍棒の餌食になったらしい。

 勿論、ダゴンも棍棒の衝撃を十二分に食らっただろうが、まあ奴も魔物だし別に問題無いだろう!むしろ一緒に討伐出来てラッキーかもしれんな!win-winというやつだ!

 さて、この一撃で怒り狂ったのは当然ながら首を潰されたヒドラだ。

 けたたましく張り裂けそうな咆哮を上げて、残りの首と毒牙を一斉にサイクロプスへと伸ばす。

 サイクロプスもこれに対抗しないわけにはいかず、再び棍棒を持ち上げ、体の前に構える。

 すると、プロテクションの上に覆いかぶさっていた巨木が無くなったことで、当然、私の体は自由を得る。


「ふふふ!はーっはっは!バァーーカ!!見たかこの知能の足りない魔物共め!!貴様ら程度この大!天才神官カミラ様にかかればどうということはないさ!!」


 言いながら、私は全力でサイクロプスの股下をくぐり抜け、危機を脱する。

 こんな地獄みたいなところにはいられないからな!私はさっさとあの城へ入るぞ!


「はははは!間抜けな魔物共め!この私を倒したいのならばまずは転生して人間並みの知能を身に着けるところからやり直すんだなぁ!!はーっは……は?」


 ふふふ、いやしかし上手くいった!ざまぁ無いな!雑魚共め!雑ー魚!雑ー魚!

 上機嫌で背後にそう言葉を投げかけた私が、満足して正面に向き直ると、しかし――

 目の前に、どろりとした真っ黒な壁が広がっていた。



―――――――――――――――――――――



「絶っっっ対こういうことになると思ったんだよ!!!!」


 轟音、地響き、そして咆哮。

 遠巻きに聞こえるそれらの音と、ついでに遠くに見える魔物達の影を見上げながら、俺とロフト、それとカリカが白い街を駆け回る。


「俺はよぉ!魔物は回避して進もうっつったよなぁ!!なのに何でわざわざ自分から魔物に突っ込む羽目になってんだろうなぁ!!?」


「嫌なら見捨てちゃっても良いじゃんか」


「出来るか馬鹿!!おめぇ、あんな年端もいかない女の子が殺されそうなの無視してられるか!!?」


 怒りを吐き出すように叫びながらも、ロフトの冷静な言葉にまた声を荒げて返す。

 そりゃまあ、探索の為なら無視して進むのがどう考えたって良いんだよ!俺だって分かってるわ、そんなもん!

 けど――

 脳裏に、地元から送り出した少女の明るく、自信に満ちた笑顔が過ぎる。


「死にそうなもんを見ておいて放っておいたらよ、どうせ後で思い出して死ぬほど後悔するだろうが!」


 言いながら、白い建物の間を突き進み、ぐんぐんと魔物に迫る。

 また轟音――先程よりも更に大きな衝撃音が響き、サイクロプスの巨大な姿が視界に入る。

 どうやら今しがた手にした棍棒を振り下ろしたらしい。

 あの下にカミラがいたら今頃は見るに堪えない姿になってるだろうが――いや、大丈夫だ。

 嫌な予感に心臓が跳ね上がるのを感じながらも、棍棒の下から漏れる神聖術の白い光に安堵の溜息を吐く。

 状況を見る感じ、サイクロプスとヒドラとダゴンで争わせようとしているのだろう。

 その狙い通り、ヒドラがサイクロプスを狙い、その隙を突いてカミラがサイクロプスの背後へと駆け出す。

 よし、この調子なら俺達が手を出さないでも……一安心したその時、カミラが背後を振り向き挑発でもするように叫ぶ。


「はーっはっは!バァーカ!!見たかこの知能の足りない魔物共め!!」


 と、その声に反応したのだろうか、カミラの進む先から、どろりとした黒い影が、あたかも忍び寄る蜘蛛のように音もなく、するりと行く手を塞ぐ。

 が、カミラはサイクロプスから逃げおおせた高揚からか、それに気付いた様子は無い。


「おまっ、ほんっ……馬鹿がよぉぉーーーっ!!!」


 俺はそう叫びながら腰から水龍剣を引き抜き、水の刃をスライム目掛けて飛ばすのだった。

 ――馬鹿なことに、すぐ近くに別の野郎がいることにも気付かぬまま。



―――――――――――――――――――――



「あの娘はトラブルを引き込む才能でもあるのか?」


 言いながら、私はダキアを抱えて白い建物の上空を飛び回る。

 人を抱えている分、速度は落ちるが、それでもダキアに合わせて地上を走るよりはマシだ。

 見ると、少し先で地響きが轟き、巨大な魔物の影がいくつか見える。


「おや、これは……急いだ方が良いかもしれないねえ、ザッパ」


「言われるまでもない」


 ふふふ、と、どこか余裕のある様子で呟くダキアに言い返しながら、私は魔物どものすぐ傍の建物へと着地する。

 ここならば、どの魔物が暴れ出しても私の魔術が届く範囲だ。

 尤も、もう既にいくらか暴れていた様子ではあるが――

 私は兜の下の目を凝らし、眼下の魔物達を見下ろす。

 どうやら今しがたサイクロプスがヒドラの首をいくらか叩き潰したところらしい。

 この隙に奴らへ魔術を撃ちこむべきか、とも考えるが、肝心のカミラがどこにいるか見えない。

 それにこのクラスの魔物が相手となれば、如何に私の魔術であっても一撃では仕留め切れないだろう。

 これ以上の混乱をあえて起こすのは避けたいところだが……

 どうすべきか悩んでいると、けたたましい咆哮と共にヒドラがサイクロプスへ噛みつくべく首をもたげ、持ち上げられた棍棒の下からするりと逃げ出す影が見えた。

 カミラだ。

 どうやら無事だったらしい。

 

「これは有難いな」


 私としても鍵の奪取に不要な戦闘は避けたい。

 彼女がサイクロプス達と距離を取ってくれるのならば、そこで確実に彼女一人だけを――いや、待て。

 逃げ出す彼女の前方に、するりと現れ、漆黒の体を広げるスライムが視界に入る。

 スライムの捕食体勢だ。

 正面から見ていれば躱すのは容易ではあるだろうが――


「はーっはっは!バァーカ!!見たかこの知能の足りない魔物共め!!」


 肝心のカミラに気付いた様子は無い。

 まずい。

 ここでスライムに鍵を奪われるわけにはいかぬ。


「雷槍」


 私は呪文を呟き、正しく光速の槍をスライム目掛けて放つ。

 ――間抜けなことに、すぐ対面に、例の戦士がいることにも気付かぬまま。



―――――――――――――――――――――



 どろりとした黒い壁――否、ヒュージスライムの体そのものが眼前に大きく広がる。

 そこまで速度のある攻撃ではない。

 普段の私なら避けられるであろう攻撃だ。

 が、残念ながら今の私はあろうことかこのスライム目掛けて全力ダッシュの真っ最中。

 ここから急に回避行動に移れるほどの余裕はない。

 じゃあどうする!?神聖術で……あっ、いや、無理だな!こっちもそんな速度は無い!

 いや、だが、私は天才だぞ!?こんなところでやられるわけ


「馬鹿がよぉぉーーーっ!!!」


 刹那、聞き馴染みのある野太く、粗野な叫びと同時に、スライム目掛けて放たれる水の刃が視界に映る。

 ジョーだ!よし!やっぱりやれば出来るじゃないか!

 醜く哀れで粗野な男だが、ちょっぴり認識を改めてやろう!カミラちゃんポイント500加点だ!

 一瞬の後、この水の刃がスライムを切り裂き、私は助かるだろう。

 いやぁ、まさか答えが②だとは――


 が、一瞬の後に起きたのは私の予想外。

 同じくスライム目掛けて飛んできた雷の槍と、ジョーの水の刃との衝突、そして消滅だった。

 恐らくはどちらもスライムに向けて放った攻撃だったのだろうが、スライムに当たるか否か、というところでかち合った水と雷は、小気味のいい弾けるような音と共に消え失せる。

 そして、当然、傷つくことなく残ったスライムは――


「ああああああああああーーーーーーーーーーーーっ!!!!???」


 いくつかの悲鳴に似た声が同時に重なりながら、私の体はスライムの真っ黒な体液に飲み込まれたのだった。




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