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海底神殿

 深海のどこまでも続くのではないかと思えるほどの漆黒の中にあって、場違いに淡く光る球体の元、光に照らされた金髪を水に揺らす美しい少女――まあ私なのだが、が、呟く。


「海底神殿?」


「だと思う」


 私の視線の先にいるのは、じっと目を凝らして深海の闇を見つめる吸血鬼、カンナだ。

 私の神聖術、もといヒーリングトーチが無ければろくに視界が開けない私達とは違い、吸血鬼である彼女は闇の中でも視力が効くらしい。

 尤も、私達を迷わせようと嘘でもついているのならまた別だが――と、浮かんだ私の疑念を払うかのように、リガスが海底の砂に刺さった一つの杭を指差す。

 

「ここにも目印の杭だ。こっち側に何かあるのは間違いないみたいだね」


「勇者参上!ですか……ううん……」


 リガスが指差した杭を見ながら、トゥーラがどこか不安気に眉を歪ませる。

 『勇者参上!』私達はそう書かれた布を括りつけられた杭を頼りに海底を進んで来た。

 等間隔で置かれた杭に導かれるように進んだ先に、実際ようやく海底神殿が見えてきたわけだが――


「この杭を打ち込んだ奴、アホっぽいんだよなあ……私と違って」


「いやカミラさんも割と」


「は???」


「ま、まあまあ、でもほら、勇者って言ってますし……」


 聞き捨てならない言葉をポツリと呟いたリガスに私が問い詰めようとすると、それを遮るようにトゥーラが口を挟む。

 ちっ、まあ良いさ、聞き間違いか何かだろう。

 私の天才っぷりをここまで散々に体験しているリガスが私に異を唱える筈が無いものな。ふふん。

 しかし、勇者……う~む……私は唸りながら水中に身を浮かべると、背後のトゥーラに振り向いて答える。


「勇者と言ってもピンキリだぞトゥーラ、自称してるだけの偽勇者もいれば自身で名乗らないくせに教会からは実力を認められて称号を授かっている者もいる。ま、勇者だからと言って信用できるかどうかは別、というわけだ」


「つまり、あの海底神殿が安全かどうか分からないってことでしょ」


「そういうことだ、魔族のくせに理解が早いじゃないか」


 私がそう言ってやると、カンナはそりゃどうも、と言いながら呆れたように息を吐いた。

 なんだなんだ、素直に褒めてやったというのに、ひねくれた奴だ。



――――――――――――――――――――――――――――



「……でかいな」


 闇に閉ざされた海の底、暗い深海よりも尚も黒く、威圧感のある巨大な神殿の影が目の前にゆらりと浮かんでいた。

 かつては白く神聖なものであったのだろう神殿は、今はフジツボや貝であったり、あるいは海底の砂であったりがまとわりつき、遠目からでは海底に沈む岩山か何かにしか見えないだろう。

 しかし、その巨大さ、ヒーリングトーチの灯では全体が見渡せない程の広さは、かつての荘厳さ、威容を感じさせるには十分なものだった。


「さて、見つけたからには中を探索しなければな、いけカンナ!」


「ナチュラルにあたしに特攻させようとすんのやめてくんない?」


 神殿を指差し、カンナに中を調べるように命じると、等のカンナは露骨に嫌そうな表情を浮かべて私を睨む。


「ったく、神官様が魔族を嫌うのは分かるけどさ、こんな未知の神殿に先行しろってのは無茶ってもんでしょ」


 呆れたようにそう言うカンナに、私は首を横に振ると、哀れなものに言って聞かせるように優しく答えてやる。


「ふっ、分かっていないな吸血鬼は、未知の神殿だからこそ、だ。私達のパーティは残念ながら斥候と呼べる奴がいない」


 一応リガスは斥候の技術も持っているのだが、本文はあくまで戦士、戦闘要員だ。


「対してカンナ、貴様は例え神殿内部が暗かろうがどうだろうが、少なくとも視界を封じられることは無い、しかもさっきの探索で使った血の糸を使えば、周囲の安全もわかるんじゃないか?」


「……そりゃまあ、出来るけど」


「なら決まりだろう、ふふん、適材適所、というやつだ!何も私は貴様が嫌いだから任せてるわけではないぞ!天才神官はそんな浅はかな思考では動かないのだ!」


「そうだったんだ……」


「て……てっきり浅はかな思考で動いてるんだとばかり……へへ……」


「あれっ、リガス!?トゥーラ!?」


 こ、こいつら……カンナはともかく、リガスやトゥーラにもそんなに浅はかな人間だと思われていたのはちょっと心外だ。

 確かに私は魔族のことを基本的にカスだと思ってはいるが、それはそれ、これはこれなのだ。

 その辺りを分けて考えられるからこそ天才なんだぞ。

 と、気を取り直して傍らのカンナにもう一度命じる。


「そういうわけで、行けカンナ!」


「……は~……ったくもう、わかったよ、でもあたしの後にあんたらもちゃんと続いてよ?中でボスモンスターとかいたら困るんだからさ」


「勿論だとも」


 そう答えると、カンナは意を決したように神殿へ目を向け、入り口と思しき門に向かって泳ぎ始める。

 巨大な門は閉じられてはいる物の、海水による劣化か、あるいは巨大な海生モンスターがぶつかりでもしたのか、所々が朽ちている為、通るには苦労しない。

 隙間を縫うように進んでいくと、そのうちいくつもの柱が立ち並ぶ、巨大な通路へと辿り着いた。

 往時はさぞかし神聖な大神殿だったのだろうが、巨大な柱はやはり水の勢いに侵食されて、所々ひび割れ、朽ちている。

 その通路を進んだ先、恐らくは大広間か何かがあるのであろう、閉ざされた門へと辿り着く、と、カンナが手で私達に止まるように合図を出し、門の前へ軽やかな動きで泳ぎ着く。

 

 カンナはそのまま門へ手をかざすと、何やら呪文のようなものを唱えて手の平からぼこり、と自身の血液を噴出させる。

 水に混ざって霧散するかに思えた血液だったが、カンナの手の動きに応じるように、血液は一箇所に纏まり、固まり、細長い糸を形作る。

 その糸を門の隙間に通し、目を閉じてじっとしていたカンナだったが――少しの後、驚いたように目を見開くと、カンナは慌てて背後の私達へと向き直る。


「カンナ?どうし――」


「ヤバいのが来る!」


 そう叫び、出口へ向けて泳ぎ去ろうとするカンナだったが、その直後、水の中を伝わる重苦しい響きと共に、海底神殿の門がゆっくりと開き――

 その門の隙間から、ギラギラと緑色に光る巨大な瞳が、じっと私達を見つめていた。



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