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海と幼人

「海だーーーーッ!!!」


 眼前にどこまでも広がるかのように青い海、そこに向かってそう叫びながら、水着姿のカミラさんは砂浜を駆け、そのまま水飛沫を上げて海に飛び込む。

 青い海、白い砂浜、そして何故か広がる透き通ったような空。

 何も知らない人にこの光景を見せても、迷宮の内部だとは到底信じることが出来ないだろう。

 それ程までに奇麗で穏やかな光景が広がっていた。


「ふっ……やはり海と言えば海水浴!そして私は天才であり水も滴る良い男……いやさ、良い美少女!!ふふふ、この私の美しさを今のうちに目に焼き付けておくんだな、リガス!」


「あっ、うん」


 海水で全身を濡らしながら、ポーズをキメたカミラさんが誇らしげに、こちらに視線をやる。

 いや、実際カミラさんは美少女だし、青空の下で水着にポニーテールに纏めた髪を振り回す様は間違いなく美しいものなのだけど、やっぱり何となく素直にそうは言いづらい。

 俺が反応に困っていると、隣に立つトゥーラさんも困ったように笑いながら、ゆっくり砂浜を踏みしめて海へと向かう。


「ふふ、確かに奇麗ですけど……危ないですよカミラちゃん、穏やかに見えても迷宮なんですから……」


「ははは!心配するなトゥーラ!迷宮第三層で厄介な魔物はもっぱらこの海の深海層!この辺の浜辺に出る魔物など大した奴は――」


 カミラさんがそう言いかけたところで、海面から音もなく這い出た赤い触手がカミラさんの体に素早く絡みついたのが見えた。


「ああああーーーーーーーーッ!!!!!」


「カミラさん!!!馬鹿!!!!!」


 触手がカミラさんの体に絡みついたかと思った一瞬の後、カミラさんはそのまま触手に持ちあげられて高々と身を浮かし、同時に、砂浜に触手の主――巨大なタコのような魔物が姿を現した。


「く、クラーケンです……!リガスさん、カミラちゃんを!」


「勿論!」


 すぐさま状況を理解して杖を構えるトゥーラさんに続くように、俺も爪を構えて駆ける。

 クラーケン自体も相当に強力な魔物だが、何よりもこのままカミラさんを掴んで深海にまで引きずり込まれるのがマズい。

 水着に付与されている水中呼吸の魔術は、あくまで水中で呼吸が出来るというだけで、水中で陸地のような動きが出来るわけでも、何かしらの防御効果があるわけでもない。

 大型の魔物に水中に引きずり込まれて捕食などされようものなら、窒息せずとも牙で噛み砕かれるか消化液で溶かされるかだ。

 浜辺に顔を出している今のうちに、無理矢理にでもカミラさんを救出しないといけない。

 それを防ぐため、俺はすかさずクラーケンの触手の一本を斬りつけると、クラーケンは嫌がるように体を震わせ、何本かの触手をこちら目掛けて勢いよく伸ばす。

 飛んでくる触手の動きをすんでのところで躱すと、触手が浜辺の砂に突き刺さり、クラーケンは更に浜辺へ身を乗り出す。

 そこに合わせるように、俺は再びクラーケン目掛けて飛び込むと、勢いそのまま、カミラさんを掴んでいる触手を爪で斬りつける。


「うわっと!」


 パツン、と、弾けるように千切れた触手から滑り落ちるカミラさんを抱えて捕まえると、俺とカミラさんはそのまま水面に転がり落ちた。

 さて、これでカミラさんは救出できたが――と、クラーケンの方に目をやると、やはりと言うべきか、切断された触手を振り回し、威嚇するかのように体色を変色させていた。

 触手を千切られたことで怒ったのだろう。このまま捕まって水面下に引き込まれでもしたら厄介だが――


「残念、トゥーラさん!」


「はい……ブレイク!」


 クラーケンが触手を振り上げ、今まさに振り下ろさんとした刹那、触手は振り下ろされること無く、石のように固まり、あたかもクラーケン自身が浜辺の岩礁であったかのように、音もなく静止する。

 俺は岩礁と化したクラーケンを足場に浜辺へと戻ると、抱えていたカミラさんを砂浜に降ろし、杖を構えてほっとしたように微笑むトゥーラさんに声を掛けた。


「助かったよ、トゥーラさん、ありがとう」


「えへへ……そんな……わ、私これしか出来ませんから……」


 少し照れたかのように頬を掻くトゥーラさんだったが、実際クラーケンを一息で石化させるというのは尋常ではない。

 魔族との戦いを経てレベルアップしたように思える。

 なんとも頼りになる人だ。

 と、そう思っていたのは俺だけでは無いのだろう。

 髪の毛を整えながらゆっくりと立ち上がったカミラさんが、トゥーラさんに胸を張ってみせる。


「ふふん、中々やるじゃないかトゥーラ!成長したな!私ほどでは無いが!」


「ふへへ……そ、そんな……えへ、ありがとうございます」


「それにリガスもだな、前よりも体の使い方が上手くなったんじゃないか?凡人にしてはよくやっているぞ、ふふん、褒めてやろう!」


「えっ、そ、そうかな、ありがとう」


 なんとも傲慢な態度ながら、カミラさんはトゥーラさんを褒めると、そのまま顔を俺に向けて口を開いた。

 俺も少し不意打ち気味に褒められて戸惑ってしまう。

 確かに成長したんじゃないか?という実感はあったが、他人から褒められるとやはり自分の成長が間違っていないのだという自信が持てる。

 ましてやカミラさんに言われるのだ、やっぱり少しは嬉しい。

 俺も何か気の利いた言葉を返さないと――


「カミラさんも、その……」


「うん、何だ!?天才か!?ふふん、今更だな!言われずともわかっているとも!皆まで言わなくて良いぞ!ふふふ!」


「…………あっ、うん」


「えへへ……そうですねぇ、カミラちゃんは天才ですよ」


 言いながら、トゥーラさんが満更でもなさそうな表情で胸を張るカミラさんの頭を撫でる。

 俺も褒めようと思いつつ、クラーケンに対して何もしていないので特にカミラさんに何かを言えるわけでもなかったのだが……

 まあ……うん、良いか、良いだろう。うん。

 カミラさんは俺が褒めるよりも先に自分で自分を褒めるので、結局俺が何かを言う必要も無いのかもしれない。

 まあ、でも、とりあえずは――


「カミラさん、迂闊に海に飛び込むのはやめようね」


「は??言われずともわかってるが???さっきのは貴様らの実力を測る為にあえてクラーケンに捕まっただけだが!?天才だが!??」


「うんうん、そうだね」


「そうですねー」


「天才だが!!!!???」


 俺の指摘に全く悪びれる素振りも無く、堂々と答えるカミラさんを微笑ましく眺めながら、俺とトゥーラさんは目を見合わせて、暗く深く、危険な海へと潜るべく持ち物の整理に入るのだった。


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[一言] 天才なら仕方ないな
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