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そこに迷宮があるからだ

 月明かりの下、灯で照らされた迷宮都市の大通りには、幾多もの人々が口々に語り合い、笑い合い、通りをゆっくりと歩んでいく。

 そんな大通りに面した一つの酒場、ことさら冒険者達で賑わい、喧騒で埋め尽くされるその店の中にあって、疲れて息も出来ない、といった様相のパーティ――つまるところ、ジョーと私達のパーティ6人は、静かに卓を囲んでいた。

 今回の冒険は本当に疲れた。天才と言えども疲れ知らずというわけではないのだ。

 流石に他の連中も似たようなものだろう、と、皆が疲れをゆっくり癒すかのように酒を口に運ぶ中、パン、と両手を叩いたロフトが口を開く。


「それじゃあ、整理しよう、まずあの魔族連中……あいつらが狙ってたのはカミラの身に着けてる首飾りだったんだよな?」


「あ~、そんなこと言ってた気もすんなぁ」


「ふふ、首飾りだけじゃないかもしれないぞ、何せこの私!天才神官カミラ様にこそ価値があるんだからな!首飾りなんかついでもついで!明らかに私自身のこの才覚と知能にこそ代えがたい価値が」


「うるせぇ黙れ!バカ二人!」


 私がつらつらと返してやると、ロフトはそれを遮るようにして話を切った。

 むう、失礼な、大体バカなのはジョーの方だけだ、私はその対極に位置する存在……要は天才だというのに、やれやれ。

 などと考えていると、ロフトは何が気に入らなかったのか、呆れたようにかぶりを振ると、私の傍らで肉を頬張るリガスに目をやった。


「で、あの眼鏡の魔族……ダキアの方はまた別の話してたって?」


「ええ、何でも昔に栄えた王国を復活させるとか何とか……」


 リガスとトゥーラが対面した男、ダキアの話を纏めると、どうやらあの迷宮は魔術によって、太古に栄えた王国の記憶を保存したものだということだ。

 そして、それを再び手中に入れるべく彼らの主――魔族の王、魔王が彼らを遣わしたのではないか、という話。


「つっても、正直な話、荒唐無稽っつうかよくわかんねえよな」


「うーん……俺も聞いててちゃんと理解できたわけではないんですけど……そもそも本当にそんな魔術があるのか……トゥーラさんはどう思う?」


「へっ……わ、私ですか……!?」


 話を聞いて唸るジョーと、自分で話しておきながらいまいちピンときていない様子のリガスが、黙々とテーブルのサラダを食んでいたトゥーラに目をやり、問いかける。

 実際、この面子の中で魔術に詳しいのはトゥーラくらいのものだ。聞きたくなるのも当然だろう。

 いや、まあ私も別にトゥーラに負けてはいないんだがな?天才だから?

 ともかく、水を向けられたトゥーラは、ごくりと口に運んだ野菜を飲み込むと、少し考える素振りをして、ゆっくりと話し始める。


「普通に考えたら……そんな魔術があるとは信じられません……魔物を産み、宝を産む不思議な迷宮……ましてやそれが本来は形のない本人の記憶から生まれたなんて……」


 ふむ、まあ確かに、これらの迷宮が如何にして出来たのか?というのは未だに誰も解明していなかった謎の一つだ。

 それが太古の王が魔術で記憶を形にした、などと言われてもすぐさま納得出来るものではない。

 何故この地上に人間が生まれたか?という話で、猿が知恵をつけて人間に進化したのだ!などと唱える異教徒がいるが、それ系の根拠のない与太話だ。

 と、トゥーラの話に頷いていると、しかし、トゥーラは更に続ける。


「けれど……その……魔力は魂の力、魔術は『出来る』という意思の力です。もしも、膨大な数の魂の力、そして絶対にそれを成すという鋼の意思を持つ大魔術師がいたとするなら――」


「無いわけではない、か?」


 私の言葉に、トゥーラはこくり、と頷いた。

 なるほど、魂だの意思だのの力はよくわからないが……ダキアの話が本当なら、あの迷宮を作ったのは太古の魔王、大地母神ギアナと覇を競った魔の神だ。

 であれば、人智を越えた力を持っていたかもしれないし、やってやれないことも無いのだろう、多分。

 

「だとしても、私のこれが鍵、というのはよく分からないな」


 言いながら、私の胸元に下がる首飾りを指で弄ると、それを見たロフトがまた頭を悩ませるように唸る。


「それはそうなんだよなぁ……鍵って言ってる以上はそれが無いと目的が果たせない、ってことなんだろうけど……」


「……なんにせよだ!」


 うんうんと思考を巡らせるロフトを尻目に、傍らに座るジョーが一気に酒を飲み干すと、ドン、と勢いよくジョッキをテーブルに置いて口を開く。


「何かが分かるとしたら迷宮のもっと奥、最下層だろ。どのみち俺達のゴール地点は変わってねえ」


 そう言うと、ジョーはジョッキにまた酒を注ぎ、ぐい、と飲み干す。

 なるほど、こいつは馬鹿だが、これでいて意外と物事の本質を見ている。

 確かに、何だかよく分からないものや、魔族の行動に頭を悩ませているよりかは、その謎の中心である迷宮深部へ突き進むのが一番単純、かつ近道なのかもしれない。

 と、いうか元々こいつらの目的地もそこだしな。ジョーの言う通り、やることは変わっていないということだ。

 ふふん、たまには良い事を言うじゃないか、と、鼻を鳴らして私も酒をジョッキに注ぐと、上機嫌に語り出す。


「ようし、話は決まったな!私達も一気に迷宮深部を目指すとするぞ!」


「いやお前らは残れよ馬鹿」


「えっ」


 勢いよくジョッキを突き出したものの、あっさりかわされ、ジョーは私のジョッキを避けるように手で押し返す。


「いいか?あいつらはお前の持ってる鍵を狙ってるんだろうが、だったら、むざむざ狙いやすいところに飛び込むことはねえだろ!」


「ま、確かに……迷宮じゃなくてこの街にいれば騎士団もいるし人も多いし安全だよなあ」


「ばっ……きさっ……この私を誰だと……!」


「天才神官様、だろ?じゃあ今どうしたら良いのか分かるはずだ、そうじゃねえか?」


「うぐっ……」


 ぐうの音も出ない、確かに、奴らの目的が首飾りなのだとしたら、私はこの街の騎士団に守ってもらうのが最適解なのだろう。

 わざわざ奴らの待つ迷宮内部に入ることも無い。正論だ。正論だが……


「ぐぬぅ~~~~!!」


 正論だが、何かムカつく!!

 と、私が腕を組んで唸っていると、ジョーは少し満足したかのように、鼻を鳴らし、ジョッキを置いて立ち上がる。


「俺達はこれから準備を整えて、一気に迷宮最深部まで降りる。お前らはそれまでここで大人しく待ってるんだな」


 そう言い捨てて酒代にと銀貨を一枚置いていくと、ジョーとロフト、それから黙ってひたすら肉を食っていたカリカは、私達三人を残してさっさと酒場を後にしたのだった。



―――――――――――――――――――――――――



 薄暗く、どこか遠くで水音が響く迷宮第二層の一部。

 お誂え向き、といった感じで灯や寝台の置かれた隠し部屋の中で、寝台に横たわる少女……カンナを眺めながら、私は呟く。


「カンナはそれなりにダメージを受けたか……人間も、思ったよりもやるものだ」


「本当だねえ、まさか僕も背中に斬りかかられるなんて思わなかったよ。ふふ、見るかい?この背中」


 私の独り言に応えるかのように、背後からおどけた調子のダキアの声が響く。

 ほらほら、などと言い、口元に笑みを浮かべながら背中の傷跡を私に向けて見せてくる。

 が、つい先程つけられた筈のその傷は最早、幾年前の古傷かと見まごう程度に薄く、真新しい皮膚に覆われていた。


「……その様子であれば、まだ戦えたのではないか?」


「んふふ、冗談言っちゃいけないよ、こっちの敵も強かったよ?魔術師の子なんかギリギリのところで新しい魔術使ってきてねぇ、ふふ、ああ、人の可能性というものだねぇ、素晴らしいじゃないか!」


「戯言を」


 まるで挑発でもするかのように、大仰な身振りで人の素晴らしさ、などというものを語るダキアに、私は正面から向き合い、詰め寄ると、そのまま首を掴み、壁に叩き付ける。


「おや、どうしたんだい?ザッパ?仲間に対して随分な態度じゃないか」


「黙れ、何故ドラゴンの封印を解いた?」


 壁に体を押し付けられて尚、飄々と答えるダキアに、私は抑えつける力を強めながら、問いかける。


「ふふ、何故、何故も何も無いじゃないか、当然、ターゲットを始末する為の戦力に……」


「黙れ、あわや鍵ごと焼き尽くされるとこだったのだぞ、まして――」


 ましてドラゴンに攻撃を食らうどころか、あの鍵から出現した手は――

 あれが何だったのか、鍵を得ることで一体何が起きるのか、私は何も知らされていない。

 目の前のダキアは恐らくはそれを知っているのだろう。無理矢理にでも聞き出すべきかもしれないが……

 私は一つ、大きく溜息を吐くと、ゆっくりと手の力を緩め、ダキアから手を放す。


「おや、ふふふ、やっぱり冷静だね、ザッパ」


「黙れ、私は王の騎士、王の剣だ。余計なことをせずに命じられたことのみを行う……だが……」


 私は頭の中から余計な疑問を振り払うと、再び息を整えて言葉を続ける。


「ドラゴンをけしかけたのは、やはり失敗だった。鍵を持つ少女……カミラはもうこの迷宮には乗り込んではくるまい、街で騎士団を頼る筈だ。ともすれば、我が国とこの人間の国との全面戦争にもなりかねぬぞ」


「んん、ふふ……ふふふふ、はは、それは無い、それは無いさ、ザッパ。彼女は必ずまたこの迷宮に戻ってくる」


「……何故だ?」


 私の疑問に、ダキアは相も変わらず、薄い笑みを浮かべながら、どこか遠くを見るような瞳で、ゆっくりと言葉を返す。


「彼女は――冒険者だからね」


 ダキアはただ一言、そう呟くと、暗く、静かな笑みを浮かべながら、ゆっくりと部屋を後にするのだった。



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