天才神官、不覚を取る
どん、どん、どん、と、激しく大地を打ち付けるような轟音を立て、辺りの木々をへし折りながら背後からマンイーターが迫る。
クソ、なんて日だ!とんだ貧乏くじを引かされてしまった!
いや、思えばリガスのように駆け出しとはいえそれなりに優秀な戦士が、あんな時間にソロでギルドにいる時点で警戒すべきだったのだ!
ソロで時間をズラしてギルドで依頼を受けるような奴など、集団行動の出来ないカスか、他者を認めない人格破綻者でしかないに決まっている!
激しく怒りを覚えながらマンイーターから逃げるが、流石に少し辛い。
入り組んだ木々に行き場を遮られ、妨害されながら逃げる私達に対し、マンイーターはそんな障害など気にもせずに追い詰めてくる。
「クソッ、やれやれだな!こうなれば仕方あるまい!」
「カミラさん!?」
事ここに至っては仕方あるまい、と、勢いよく立ち止まり、体内の神聖力を引き出す。
先程は雑魚のキラープラント相手だったのでオーバーキルも良いところだったが、マンイーターなれば相手にとって不足は無い!
「神の怒りを思い知るがいい!神聖鉄槌!ホーリーハンマー!!」
瞬間、モーニングスターに込められた神聖力が眩い光を放ったかと思うと、瞬間――
ぽふん
と、間抜けな音を立てて光が消え失せた。
「……む?あれ?いや待て、ホーリーハンマー!ホーリーハンマー!ホーリーランス!」
何度叫んでモーニングスターを振り回しても一向にホーリーハンマーが出ない。
ならば、と、他の神聖術を試しても同様だ。
思わず唖然とする私の背後から、リガスの必死な叫びが響いた。
「カミラさん!足元!」
「ん?足元……しまっ……!」
私の足にいつの間にか延ばされるマンイーターの触手を認識するよりも早く、猛烈な勢いで足首を掴んだ触手が私の体を持ち上げると、そのまま素早い動きでマンイーターのぽかりと空いた口へと触手を伸ばし――
「待っ……」
ばくん、と、マンイーターの花弁が閉じ、そのまま私の体は飲み込まれてしまった。
「くそっ……なんたる不覚だ!天才神官の私ともあろう物ものが……」
狭く、湿った肉厚な壁に囲まれたかのようなマンイーターの体内。
ぎちり、と締め付けられるように体を包まれ、その力の強さに体を動かすことが出来ない。
クソッ、神聖術が使えたらこんなもの体内からブチ破ってやるというのに……何故だ!?どうして使えない!?
混乱しながらも、なんとか脱出すべく身をよじると、次第に自身を囲む壁からドロドロとした粘液が次々に溢れ出してきたのがわかった。
これは……消化液だ、まずい!
既にじわり、じわりと水が染み込むような音を立てて、法衣の一部が少しずつ溶かされている。
このままでは私の体までもが溶解されるのは時間の問題だろう。
そう考えると、頭に浮かんだ嫌な想像に、じわりと冷たい汗が背中に流れるのを感じる。
「うぐ……馬鹿な!くそ!私はカシミール・カミンスキだぞ!天才神官だ!他の連中なんかとは違うんだぞ!くそ!やめろ!私はこんなところで死んで良い人間じゃないんだ!」
必死に叫ぶ私の声はマンイーターの体内の壁に吸収され、くぐもったように響く。
嫌だ、くそ、ふざけるな!
絶対にこんなところで死ぬわけには――――
――――――――――――――――――――――――
「カミラさん…!」
なんてことだ、カミラさんがマンイーターに飲み込まれてしまった!
俺のせいだ……俺が無理にこんな依頼を受けなければ、いや、パーティを組まなければ、幸運値がもう少し高かったら……!
ギリ、と噛んだ歯をきしませながら後悔の念が沸き立つ中、ふと眼前のマンイーターからくぐもった声が響いた。
「―――!――っ――!――!」
いや、違う。マンイーターじゃない。
見ると、マンイーターの腹部……幹というべきだろうか、花弁に繋がる一際太い幹、その一部が盛り上がっているのが見える。
カミラさんはまだ死んでいない!ただ生きながら飲み込まれただけだ!
マンイーターを倒しさえすれば――
そう考えたところで、マンイーターは現れた時と同じように、ぼこん、ぼこん、と、触手で土を掘り返し、自身の根をその土に差し込んでいく。
「逃げるつもりか!?まずい!」
獲物を捕食したことで満足したのだろうか、マンイーターは眼前に立つ俺に目もくれずに土の中に戻ろうとしている。
そうなれば飲み込まれたカミラさんを救助するのは不可能だろう。
そう考えると俺は足に力を込め、剣を振りかぶってマンイーターに切りかかる。
が――
「待て!マンイー……うがっ!」
マンイーターの幹に剣を突き立てた瞬間、地中から素早く伸びた触手が俺の脇腹を鞭の如き動きで強く叩く。
1本だけではない、2本、3本、と触手が俺に向けて放たれる。
たまらず慌てて飛びのくと、俺は慌てるが故、まずいことをしてしまったことに気付いた。
今の攻撃でマンイーターは完全にこちらを敵と認識した。
やるなら一撃で幹を切断しなきゃいけなかった!こうなっては完全に地中に埋まるまで周囲をあの触手で守るだろう。
あの触手を掻い潜り、幹を破壊する実力など今の俺には――
「いや……」
一つだけ、ある。
この手段は運が悪いこと以外に、俺が他人とパーティを組みたくない理由の一つだ。
これを見せたら例えカミラさんを救えたとして、印象は最悪だろう。
きっと嫌われるだろうし、俺と一時的にでもパーティを組んだことを後悔するかもしれない。
最悪、そこから情報が洩れて冒険者の資格まで剥奪されるかもしれない。
――――だとしても。
「目の前の女の子一人救えないようじゃ……どのみち上位の冒険者になんかなれないよな!」
そう言って、渾身の力で雄叫びを上げると――手に持っていた剣を、自身の腹へと勢いよく突き立て、次の瞬間、俺の意識は闇の中へ落ちていった。