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This is 石


「私は、とても不快です」


 眼前に立つ人狼、ダキアに向けて、私はそう言い放つと、心臓が早鐘のように跳ね上がる。

 言ってしまった。ああ、普段こういうこと言わないのに。

 柄にもないことを言ってしまったことで、ほんの少し、恥ずかしさと緊張で心臓の鼓動が更に激しく響く。

 けれども、言ってしまったことに後悔は無い。


 目の前の人狼は私の仲間、リガスさんをおちょくった。

 しかもリガスさんを狂戦士に仕立て上げて今まで孤独に生きる理由となった張本人だという。

 その話が本当なのかどうか、本当だとしたら、何故そんなにペラペラと話すのか?少し疑問に思うところはあるけれど――今、問題なのはただ一つ。


 彼は私の仲間を侮辱したということだ。


 私は……私は別に、人とそこまで親しくなれるわけではない。

 魔術学校に通っていた頃は石化魔術しか使えない、という劣等生と仲良くなろう、なんて人達はいなかったし、どちらかと言えば蔑まれる側だった。

 冒険者になってからもそうだ。魔術師を募集してるパーティがあったとしても、そこで募集しているのは炎と氷を発する魔術師らしい魔術師だったし、私自身もそのうち、こんな私がパーティを組むのは無理なんだと思うようになっていた。

 でも、カミラちゃんとリガスさんは、そんな私でも受け入れてくれた。

 私の石化を頼りにしてくれた。

 二人は私の大切な人だ。

 だからこそ――その彼らに悪意を持って接する人達に、私が何もしないわけにはいかない。


「しっ!」


 掛け声と同時にダキアが地を蹴り、猛烈な勢いで私に迫ると、私はそれに向けて石化の魔術を唱える。

 ぴしり、という音と同時に、激しく鋭い動きから一転、ダキアはその場に静止する。

 とはいえ、高位の魔族相手にそうそう長くは石化は続かない。

 私はすぐさま杖を固くして、静止したダキアの眼前に杖を突き出す。

 瞬間――石化が解けた勢いそのまま、動き出したダキアの額に杖の先端が激しくぶつかり、鈍い音を立てる。


「おぐっ……!?」


 呻き声を上げて転げるダキアに、私は少し距離を取って、再び杖を構える。

 私の戦闘スタイルはあくまでサポート、石化して動きを封じた敵をカミラちゃんやリガスさんに倒してもらうのが基本だ。

 自分一人ではどうしても火力が足りない。

 それにリガスさんとのやり取りを見た限りだと、相手はかなり狡猾だ。

 ダウンしたところに合わせて追撃に行けば、これ幸いとばかりに反撃を食らうかもしれない。

 そう考えた私が距離を取り、警戒するのを見ると、ダキアはふふん、と、少し残念そうに歯を見せ、凶悪な笑みを浮かべながら体を起こす。


「追撃には来ない、か、ふふ、賢いねえ……そこの狂戦士君とはえらい違いだ」


「こいつ……!」


 ダキアの挑発に、私の背後でリガスさんが唸る。

 本当なら今すぐにでも飛びかかりたいところなのだろう。けど、ダキアの方はそれを狙っているような気さえする。

 リガスさんを挑発して何がしたいのか、この人の行動の全ては不可解で、理解出来ないけれど、乗せられるのはマズい気がする……というか……


「単純に……私が面白くありません!」


「ふふ、言うじゃないか、それじゃあ……次だ!」


 言って、再びダキアは地を蹴り、こちらへと迫る。

 さっきと同じ挙動だ、ならば、と私が再び石化の魔術を唱えると――瞬間、ダキアは激しく地を蹴り、右へと大きく飛び退いた。


「躱しっ……!?」


 驚く私に、ダキアは辺りをぴょんぴょんと跳ねながら、ふふふと楽し気な笑い声を上げる。


「躱せる、ふふ、躱せるとも、当然じゃないか……魔術には射線というものがあるからね」


 魔術は基本的に中~遠距離の相手に対して撃つものだ。

 故に魔術師は自身の体から発する魔力によって、それらの魔術を飛ばすことで攻撃をする。


「炎の魔術や風の魔術であれば、その動きは千変万化、血を走らせることも出来れば、頭上から降り注がせることも出来る。が、君のは違う」


「っ……!」


「君の魔術は飛ばした魔力が相手に当たることで発動する。それ故に、水のように形を変えることも無ければ、風の如く空から襲うことも無い、杖や君の体の動き、詠唱に気を付けていれば避けることなど――」


「ブレイク!」


「――容易いということさ!」


 慌てて放った石化魔術を、ダキアはするりと躱すと、猛烈な勢いで私に迫る。

 術を放った後の隙で一気に距離を詰めると、ダキアはその勢いのまま、私の腹部に強烈な膝蹴りを叩き込んだ。


「っげひ……!」


 衝撃で私の体が宙を舞い、石の床に叩き付けられ、転げる。

 痛い。

 内臓が掻き回されたかのような衝撃で呼吸が切れ切れになり、口から血か胃液か、何かの液体が零れ落ちる。


「はははは、所詮は魔術師!一度蹴り飛ばしただけでこの様とはね、んふふ、いやいや、同じにしてはザッパに悪いか、奴ならこの程度は余裕で耐えるだろうからね、ともあれ――」


 なんとか体を起こし、杖を構える私の前に、ダキアは余裕綽々といった感じで歩を進める。


「君の敗因はやはり、石化の魔術しか使えない、なんていう出来損ない故にだよ。他の魔術が使えていればこうはならなかった」


 言いながら、ダキアはゆっくりと腕を後ろに引き、私の体に狙いを定め――鋭い爪を突き出す。

 まずい、どうしよう。

 刹那の一瞬、様々な思いが過ぎっては消える。

 遠くでリガスさんが何かを叫んでいるのが聞こえる。

 リガスさんの石化を解除する?いやでも、ここで解除したところで間に合わない。

 すごく硬いブレイクで自分を石化させて防御する?

 出来るかもしれないけど、そうしたらまたリガスさんとダキアの一対一になる。何も変わらない。

 ダキアを石化させる?いや無理、相手の爪の方が早い。どのみち躱される。

 脆いブレイクで爪を――――

 そんな考えを断ち切るかのように、瞬間、ずぶりと、重く、鈍い音を立てて、人狼の爪が私の体を貫いたのを感じた。



――――――――――――――――――――――――――


 

「トゥーラよ、魔術とは何ぞや」


「はっ、えっ……その……魔術は魔術じゃないですか……?」


 魔術学校、魔術の才能がある子に向けて解放され、魔術師を育てる養成機関。

 その教室の一つ、ガラクタがそこかしこに転がり、教室というよりは物置とでも言うべき部屋の一室で、私はとある教師に教えを乞うていた。

 先生は変な人だった。

 黒くゆったりしたローブに、不愉快そうにつり上がった眉毛、深く刻まれた皺に、白く長く蓄えた髭は如何にも魔術師然といった感じなのだが、その一方で常に魔術そのものを疑っていた。

 私の答えに対しても、不満そうに顔をしかめて、腕を組んだかと思うと、今度は別の疑問を投げかけてきた。


「ではトゥーラよ、炎の魔術は如何にして発生する?」


「それは……自身の魔力を炎の形に変化させて……」


「何故、魔力が炎へと変化する?」


「…………」


 私が答えに詰まっていると、先生は再び、ふんと鼻を鳴らし、杖をふい、と動かしガラクタの山から小さな木製の人形をふわりと浮き上がらせた。


「見ておれ」


 そう言って、先生が呪文を唱えると、ぴしり、という音と同時に、人形が石へと変わった。


「これは何の魔術じゃ?」


「ふぇ……そ、その……石化です……」


 私の答えに先生は無言で頷くと、人形の石化を解除し、再び同じ呪文を唱える。

 ぴしり、という音が響き、やはり同じように、人形が石へと変わった。

 先程までと違う点と言えば、人形の色が変わったことくらいだ。先程の石化では灰色の石へと変化していた人形が、今度は漆黒のような色へと変化している。


「これは何の魔術じゃ?」


「せ、石化です……?」


「然り、だが同じではない」


 言うと、先生は再び人形を元に戻し、ぶっきらぼうに口を開く。


「先程は石灰岩、此度は黒曜石へと変化させた。然れども、これは両方とも同じ石化の魔術、何故にこのような差が出るのか?」


「え、ええと……わかりません……」


 そうであろうな、と、ふん、と不愉快そうに鼻を鳴らすと、先生は再び同じ呪文を唱えて、人形を石へと変える。今度は黄褐色の石だ。


「此度はレンガへと変化させた。トゥーラよ、これは石か?」


「えっ、えと、まあ……石……ですよね?石材です」


 そう答えると、先生は無言で、今度は別の人形をもう一体取り出し、同じ呪文を唱える。

 すると、もう一体の人形は、ぐにゃり、と柔らかく変形し、先生がそれを床へ落とすと、ぺちゃんと間抜けな音を立てて変形した。


「トゥーラよ、これは石か?」


「えっ、違いま」


「否とよ、石である」


 私が否定しようとすると、先生は不機嫌そうな様子で、かぶせ気味に口を開いた。

 足元に落ち、柔らかく変形したこれは、どう見ても石ではない。

 石ではないのに、先生は石と断言している。

 いよいよボケたのかもしれない……そう思いながら、どうしようと困っていると、先生は呆れたように大きく溜息を吐いて答える。


「トゥーラよ、貴様は先程、レンガを石と断言した。レンガが如何にして出来るかは、知っておろうな?」


「えっ、その……いえ……」


「レンガを作るには粘土を固め、天日に晒す必要がある。逆に言えばそれだけじゃ。レンガとこの粘土、互いを構成しておる要素に違いは無い。故に――この粘土は石である」


「なるほ…………いえ、いえいえ……いえいえいえいえ!!?」


 明らかにおかしい気がする。

 粘土は石ではないと思います!

 いやでも、レンガはまあ……石?

 混乱する私を他所に、先生はつらつらと自身の考えを語り出した。


「石のみではない、例えば火じゃ、初級の炎の魔術と上級の炎では出力や範囲が異なる。が、熟練の魔術師の放つ初級魔術の威力は、格下の放つ上級のそれに劣らぬ」


「それは、まあ、稀に聞く話ですれど……試験で初級の魔術を放って会場を半壊させる人がいる……とか……」

 

「然り、どの魔術が自身に向いているか、向いておらぬか、というものはあるが、魔術の本質はそこに在らず」


 先生はそう呟くと、再びぶすっとした表情で腕を組み、続ける。


「儂は魔力とは、魂の力、意思の力であると仮定しておる。魔力量とは即ち、その意志の力をどれだけ現実に出力できるか、影響を及ぼせるかという指標。加えて、出来ると思うこと、出来ると信じることによる意思の力による発現、それこそが魔術の一側面なのではないか、と」


 教室の一角、日が沈みだし、ゴォン、と夕暮れを告げる鐘が鳴る中、ぶっきらぼうで不愛想で少し怖い師匠は、その鋭い目を私に向けて、言い放った。


「良いな、トゥーラよ……粘土は石じゃ」


「それは違うと思います!」



――――――――――――――――――――――――――



 ずぶり、僕の突き出した爪が、眼前に立つ魔術師の女性、トゥーラとかいったっけ。

 彼女の腹部に深く突き刺さった。

 ふふ、んん、しまったな。

 殺すつもりは無かったんだけど……例の鍵を持つ神官、カミラのパーティ、彼女らにはまだやってもらうことがある。

 僕としたことがうっかりだな……けどまあ、この魔女、トゥーラに関してはそれ程には重要な存在ではない。

 カミラやリガス君に比べたら、いなくてもどうにかなる存在だ。


「ふふ、残念だけど不幸な事故だと思って……」


 そこまで考えたところで、違和感に気付いた。


 血が流れていない。


 僕の爪は確実に魔女の腹部を貫いていた。

 だというのに、血が流れる様子も無く、それどころか――


「……捕まえましたよ!」


 眼前の魔女は絶命するどころか、強い意思の籠った瞳で、僕を正面から睨みつける。


「馬鹿な、防げてはいない筈だ、どうやって耐えっ……!」


 慌てて問いかける僕に、魔女はがしりと、腹部に突き刺さった僕の腕を掴み、叫ぶ。


「知りませんか……粘土は石なんですよ!!」


「石ではないよねえ!!?」


 体を石化――ならぬ粘土化して攻撃を受け流した……いや、受けた?

 流石の僕にも理解し難いが、ともあれ致命傷を避けることに成功したらしい。

 この子にトドメを刺せなかったことは別に構わない、だが、早くこの腕を抜かないと――


「硬いブレイク!」


 そう考える僕を嘲笑うかのように、魔女は腕を抱えたまま鋼鉄の如き石へと体を変える。

 マズい、抜けない!

 この魔女、腕にがっしりと絡みついて離さないつもりだ。

 それだけなら良い、どれだけ硬い石になろうが、石化した魔女なんか時間をかければ砕けるだろうし、ザッパを呼べばどうにかなるだろう。

 だが――


「……ごめんね、トゥーラさん、迷惑をかけて」


 動きを封じられた僕の背後から、どこか落ち着いた様子の、若い男の声が響く。

 やはり、この魔女、自分が石化するよりも前に――リガス君の石化を解いていた!

 背後からゆっくり、一歩ずつ、こちらへと歩みを進める足音が、冷たい石の広間に響く。

 一歩、また一歩、その足音が僕の真後ろで止まった時――


「っだぁ!!」


 風を切る音が間近に響き、広間に赤い鮮血が吹き上がったのだった。



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