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人狼

「ガァァァァッ!」


 唸り声と同時に獣と化したダキアさんの爪が迫ると、俺はすんでのところでそれを受け流し、慌てて後ろへ飛び退く。


「リガスさん!」


「俺は大丈夫!トゥーラさんは後衛でサポートを!」


 背後で杖を構えるトゥーラさんにそう言うと、俺は改めて眼前の狂戦士に向き直り、爪を構える。

 唸り声を上げる狂戦士――ダキアさんは、今にも噛みつかんばかりに凶悪な表情でこちらを睨みつけ、体勢を低く構えていた。

 狂戦士の強さは俺が一番よく知っている。

 身体的な能力で言えばそれほどでもない、駆け出しの頃の俺でさえ、容易くマンイーターを屠ることが出来るのだ。

 ダキアさんの元々の戦闘能力が分からないので、それがどれほど強化されているのかは知る術も無いが、決して油断できる相手ではない。


 だが、しかし、狂戦士の弱点を一番知っているのも俺だ。

 その俺から言わせてもらうと、やはり狂化して理性を失うのが最大の弱点だろう。

 本能的に相手を警戒したりだとか、そういったことはまだしも、『退く』という選択肢を選ぶことが出来ない。

 例え致命的な傷を負わされようと、例えどれだけ硬い敵であろうと、敵か自分が死ぬまで戦い続けることを止めない、それが狂戦士だ。

 その性質を理解していればこそ、対処の仕様もある。


 俺は牙を剥きだすダキアさんに、爪の甲を盾のようにして防御の構えを取った。

 その構えに、ダキアさんも獣のように長く伸びた耳をピクリと動かし、唸る。

 俺の取る対処法は、言うなればカウンターだ。

 強大な力を持つが故に、直線的に攻めてくる狂戦士の攻撃を耐え、それに合わせて反撃を加える。

 最初の一撃を防ぐことが前提になる為、リスクが無いわけでもないが、さりとて紙一重で回避などしたら素早い連撃が飛び出し、あっという間に切り裂かれるだろう。

 こちら側の攻撃を防ぐという意思、連撃に繋げさせない為の防御、それが重要だ。


「さあ、来るなら来い」


 敢えて僅かに笑みを浮かべ、挑発してみせると、狙い通り、ダキアさんは唸り声を上げてこちらへ飛び込む。

 刹那、激しい衝撃が俺の左腕に襲い掛かった。

 破城鎚でも食らったのではないかという程の衝撃に、しかし、歯を食いしばり、床を踏みしめ、なんとか耐える。

 左腕がひしゃげそうなくらいに痛いが、ともあれ、相手の動きは止まった。

 ここだ!

 俺はすかさず、左腕の爪でダキアさんの腕を弾き、右腕の爪を腹部へと突き出すと――


「ンン、惜しいね」


 そう、呟く声が妙に大きく広間に響き、ダキアさんは俺の突き出した爪をするりと躱す。

 絶対に当たると思っていたタイミングでの攻撃、それが躱された事実に、驚く暇も無く、みしりと骨が歪む音が響き、瞬間、衝撃と共に体が宙へ舞い上がった。


「あっ……がっ……!」


 呆気に取られたのも束の間、中空へ放り出された俺の体が広間の床に叩き付けられる。

 手加減されたのか、それともカウンターのせいで体勢が崩れたのか、ともかく、まだ我を忘れる程のダメージじゃないが……どうやら、あの一瞬で腹部に蹴りを食らったらしい。

 困惑しながらも立ち上がる俺に、先程までの凶悪な顔が嘘のように、にこやかで胡散臭い笑みを浮かべながら、しかし、尚も獣の如き体躯を保ったままのダキアさんが口を開く。


「ンフフフ、いやいや、素晴らしいね。良いカウンターだったよ、リガス君」


「お前は……何で……!」


 ふふふ、と、目を細めながら、ダキアさんが口元を歪めて笑う。

 狂戦士、獣の如き姿と力を持ち、代わりに理性を失った戦士――その筈だ。

 けれども、眼前に立つダキアさんからは到底、理性を失ったような気配は見えない。

 先程までの凶悪な表情も演技だったのではと思う程――いや、実際そうだったのだろう。

 紳士然とした態度で、落ち着いてそこに立っている。

 困惑する俺に対し、ダキアさんがゆっくりと答える。


「何故、理性を失わないのか?ンフフ、ヘムロック君から聞いてないのかい?」


「ヘムロックさんに……?」


「その爪、彼の物だろう?」


 予想外の名前に、ちらりと俺は装備した爪を見る。

 白く輝く精神異常軽減の祝福が施されたこの爪、確かにこれをくれたのはヘムロックさんだけど、何でダキアさんがあの人を……

 そんな俺の疑問に気付いたのだろうか、ダキアさんはフフフと面白そうに笑いながら答える。


「ふふ、もう二、三十年は前かな?僕は彼と一緒に冒険をしていた時期があってね、その時に僕は――彼を狂戦士にしてあげたのさ」


「狂戦士に……した?」


 ざわりと、心に嫌な靄がかかるのを感じる。

 ヘムロック爺さんが狂戦士だった?

 いや、だが、考えてみればなるほど、確かに彼は俺が店に訪れてすぐ、この爪を譲り渡してくれた。

 精神異常軽減の爪、狂戦士にとってはもってこいの獲物だ。だが、いや、それよりも――狂戦士にした?

 どういうことだ?と、困惑する俺に、ダキアさんはゆっくり、講釈でもするかのように、カツカツと、広間の床を歩き出しながら、語り出す。


「吸血鬼に噛まれた人間はグールになる、そんな話を聞いたことは無いかな?狂戦士、狼男、理性を失うそれらは、人間が彼ら……吸血鬼や悪魔、生粋の魔族の血を与えられることで生まれたものだ」


 何が可笑しいのか、ふふ、と笑いながら、ダキアさんは続ける。


「体に血が合っていないのさ。強力な力を与えられる反面、それが暴走すれば理性を失う。ところが、だ、僕達のような生粋の魔族にとって、それは異物じゃあない。獣の如き体を持つ魔族は数多いるが――アラクネが蜘蛛のような知性しか持たないか?ラミアは蛇と同程度の理性なのか?いやいや、勿論違うとも」


 言われてみれば……一理あるような気もしないでもない。

 そんな俺の様子をチラリと見ながら、ダキアさんの語りは尚も止まらない。


「僕の正体もそれだ。僕は人狼。そして正統なる人狼は知性高く、人に紛れ人を欺き、人を利用する。そう、例えば――人里に降りて手駒となる狂戦士を増やしたり、だとかね」


「――――は」


 心がざわつく。

 俺の嫌な予感に応えるかのように、まるで挑発するかのような口調で、ダキアさんはいやらしく言葉を紡ぐ。


「フフフ、僕は昔から人里に降りて人間と交流をするのが好きでね、そうして関わっていると――人間達から頼まれるのさ、力が欲しい、怪我をした子供を救ってほしい、なんてね」


「……やめろ」


「だから僕は、頼みを聞いてやる。パッとしない戦士に血を与え、子供に血を与えてやって、狂戦士へと堕とす。するとどうだろう、せっかく救ってもらった命だというのに――ああ、人々は次第に救われた子供を恐れるようになり、遠ざけるようになるじゃないか!」


 言いながら、大仰に、芝居がかった態度で腕を広げながら、ダキアはつらつらと語り続ける。


「さて、獣と化し、人に馴染めない子供はどうなるか、人に迫害され、疎まれ、隠れ潜むようになり、やがては――人を、憎むようになる」


 放たれたそんな言葉と同時に、俺は眼前に立つダキアに飛びかかり、爪と爪とがぶつかる甲高い音が鳴り響いた。

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