アンラッキーストライク
「よし、今度こそ根を傷つけずに倒したぞ」
言いながら私はキラープラントの球根にめり込んだモーニングスターを引き抜く。
普段ならば通常攻撃でも一撃で倒せそうなものだが、キラープラントに向けて三回もモーニングスターを振り下ろす羽目になってしまった。
ひょっとしたら少女の体になったことで筋力が下がっているのかもしれない。
だとしたら少し嫌なデメリットだ。
ともあれ、そこは後で考えることとしよう。
いずれにせよ後はこの球根を掘り返して根を入手するだけだ。
「お疲れ様!これで依頼達成だね」
「うむ、実力を考えれば当然だが、我々がD級に上がれるのもそう遠くはないな!」
なにしろ新規冒険者登録をしたことで私もE級からのスタートになってしまったからな。
あまりランクが低すぎるとギルドへのダンジョン深部への探索許可が降りなかったり、街の武具屋などからも甘く見られて良い装備を売ってもらえない。なんてこともある。
でなくともランクが高くなれば報酬の高い依頼を貰えたり、新たに発見された未知のマップの探索などを優先的に回してもらうことも出来る。
ダンジョン最奥に眠る、という神具を手に入れるにも結局はランクを上げるのが近道なのだ。
「さて、根も手に入れたことだし早めに帰ろう。今日は組んでくれてありがとう、カミラさん」
「うむ、もっと褒め称えても構わないのだぞ!いや!というか……」
ふと、ある考えが頭を過ぎる。
キラープラントを探す道中でいくつかの魔物にも遭遇したが、この若い戦士、リガスはそのいずれにも冷静に対処できていた。
一線級の冒険者となる日もそう遠くは無いだろう。
対して私は不本意ながら今は最下級の駆け出し冒険者、ということになっている。
欲を言えばランク的にはB級か、それ以上の連中と組みたいところだが、彼らに今の私の価値を理解できる程の頭脳があるかどうかは疑問である。
で、あれば――
「というか、だな、リガス!貴様が望むなら今日だけではなく、今後もパーティとして付き合ってやっても良いぞ!」
これはリガスにとっても破格の良い話だろう。
なにしろ下級冒険者にこの至高の神官たる私が手を貸してやるのだからな!
リガスの快い返事を期待してチラリと見やると、リガスは照れた様子で頬をかきながら答えた。
「えっ、いや……ごめん、それはちょっと……」
「うむ!そうであろう、そうであろう!なあに、感謝は不要だとも、私の力を求めるのは当然……は?」
「ありがたいけど……お断りしておくよ、ごめんね、カミラさん」
「なっ……なんだと……!?」
私の提案を断るだと!?本気か!?
それともやはり戦士だから脳味噌まで筋肉に支配されて理知的な思考が出来ないのか!?
でなければやはりジョーのように私の性格が気に食わない……いやいや、今の私は超絶美少女だ!
多少性格が悪くともそこは優しく見てくれるのが普通の男の思考、というものだろう!
どういうことだ、と問い詰める私に、リガスは尚も言いづらそうな様子で告白する。
「俺はなんていうか……運が悪いんだ」
「運が悪い……運が悪いだと?はっ!なんだ!くだらないな!そんなもの自分の気の持ちようの問題だろう!」
「いや、それはそうなんだけど……カミラさんはステータスって知ってる?」
「はっ、知っているに決まってるさ、この私だぞ?」
ステータス。
その人間が持つ肉体の強度、あるいは体内の魔力・精神力等を調査し、数値化したものだ。
一般的には教会や冒険者ギルドで魔道具を使ったりして調査することが出来る。
尤も、計った際の体調や鍛錬の具合、あるいは強化付与の魔術や装備などの些細な要素で観測できる数値は変動するし、ステータスは低くとも、生まれ持った特殊な能力や、修練で得た技術でその辺りを補って余りある活動をする者もいる。
それ故にあまり信用しすぎるのも危険だが、大まかな実力の指標にはなる。
「で、そのステータスがどうしたというのだ?」
「俺はそのステータスのラック――幸運値が1しか無かった」
「……ラックが、1?」
「うん」
予想だにしなかった答えに思わず目を見開いた。
ラックが1……1だと?他のステータスに関しては体調や鍛錬で変動することもあるだろうが、ラック……即ち幸運値に関しては話が別だ。
筋力や魔力のステータスが個人が現状持つ肉体の能力を数値化したものだとしたら、幸運値は言わば過去と未来に歩むであろう人生の予測から導き出される数値。
これに関しては正直どういう仕組みで上下するステータスなのか、何を元に観測できているのか、教会でも魔術師連中でも未だに解明できていない。
一般的には10~20程度の数値があるのが普通ではあるが、かと思ったらそんな一般人が急に50を超える幸運値を得て商売で大成功したりだとか、逆に高い幸運値を持つ貴族が急に幸運値を下げて没落する。などという話もある。
教会ではそんな不可解を最高神ギアナによる導きや神罰だということにしているが、実際どうなのかは眉唾である。
「にしても1は低いな……今までよく生き延びてこれたものだ。が……それでどうしてパーティを組めないという話になるのだ?」
「いやまあ、それは……」
と、リガスが口を淀ませながらも、何やら言おうとしたその時、突如として大地が揺れる。
この揺れは――
私が揺れの正体を看破するよりも早く、足元の地面が盛り上がったかと思うと、ぼこんと音を立てて空いた穴から幾多もの触手が立ちあがる。
続いて地面から這い出るように、ゆっくりと、巨大な花の蕾のような物が姿を現したかと思うと、次の瞬間、その蕾が勢いよく花開く。
しかし、蕾の中から現れたのは美しい花とは程遠い醜く、凶悪な牙を揃え、五つに分かれた顎、そして獲物を待ち望むかの如く、中央の穴から溢れ出す涎のような体液である。
マンイーター。
キラープラントの上位種であり、普段ならば上位の冒険者が数人でかかるような凶暴かつ強力な食人植物だ。
普段は地中深くで眠っている為、第一層でも出現するのは稀なのだが……などと私が呆然と見つめていると、リガスが乾いた笑いを漏らしながら、こちらに向き直り、言う。
「つまりその――運が悪すぎて、こういう奴を引き寄せちゃうんだよね」
「言っている場合かーーー!!!」
どうやら私も相当な貧乏くじを引いてしまったようだ。
ひょっとしたら幸運値がガクッと下がっているのかもしれない。
後でギルドで確認する必要があるな……等と考えながら、猛烈に迫るマンイーターから脱兎の如き勢いで逃げ出すのであった。