クロコダインベホマズンデッキ
「ホーリーアーマー!」
カミラがそう唱えると、手前で構えるジョーの体をうっすらと白い光が包んだ。
これは確か直接攻撃や魔術に対する防御力を上げる呪文だ。
強力な防御壁を張るプロテクションと違い、攻撃を完全に防げるわけでは無いが、防御力を上げたまま素早い動きを保つことが出来、汎用性が高い。
「っしゃあ!ったらぁ!オラァ!!」
ホーリーアーマーを纏ったジョーが地を蹴り、こちらに突進する。
さて、どうするか、私の魔術であれば防御力が上がっていたとしても、ある程度のダメージを与えることは出来るだろう。
だが、一撃では仕留め切れまい。
相打ち覚悟で飛び込まれる危険性もある。
これまでの戦いで、このジョーという男はそういうことをやる精神性と根性がある男だというのは理解している。
で、あれば――
「毒霧」
愚直に距離を詰めるジョーに向けてパチンと指を鳴らすと、周囲に毒々しい緑色の霧が充満する。
ホーリーアーマーで防げるのは、主に外部からのダメージのみだ。
であれば、体の内部を毒で侵し、動きを封じる。
毒に侵された体は継続ダメージによる体力の減少のみならず、腹部や胸部への激痛、それによるモチベーションや集中力の低下などを招く。
回復役がいる以上は放っておけば治療されるだろうが、その前に毒で怯んだ隙を狙って更にダメージを――
「っだらぁぁぁ!!」
「っな……」
そう考える私の目の前に、毒の霧の中から勢い良く剣先が飛び出す。
思わず後ろに飛び退くが、水流を纏った魔剣は勢いそのまま、私の兜の一部を掠め、削り取る。
「逃っ……げんな!オラァ!」
尚も勢いを止めず、続けざまに繰り出されるジョーの剣戟を、私も魔術を用いて防いでいく。
しかしながら、鎧に身を纏い汎用的な魔術を持つ私とはいえ、距離をこうまで詰められて連続攻撃を続けられると流石にマズい。
よもや毒の魔術が効いていなかったのか?とも思ったが、ジョーは攻撃を繰り出しながら、自身も口から血を噴き出している。
やはり体内を毒に侵されてはいるのだ。侵された上で微塵も怯むことなく、気合だけで切り結んできている。
「愚直にも程がある」
「うおっ……!?」
私は距離を詰めるジョーに指を鳴らし、強風を発生させて吹き飛ばす。
毒が効いているのならば長期戦も悪くは無いのだが……
「おやおや、なんだジョー、苦しいか!?ふふん、仕方ないなあ、やはり私がいないと何も出来ないと見える!」
「っせぇ!クソボケェ!さっさとキュアとヒールかけろやァ!」
言いながら、ふふんと鼻息を鳴らしながらカミラが状態異常回復の神聖術を唱える。
やはり、回復役がいるとそうなるか。
であれば――再び私に向けて距離を詰めるジョーに、魔術を放つ。
「氷陣」
「っぶね……!」
パキン、と、高い音が響き周囲の地面が凍り付き、鋭い氷柱が突き出した。
それを躱すべく飛び退いたジョーだったが、地に足のついた瞬間、ジョーの足も凍り付き、地面に張り付く。
直接的なダメージは無い。
だが、少し動きを封じるだけでも十分だろう。
回復役がいる敵との戦闘ではまず――その回復役を叩く。
「雷槍」
「プロテクション!」
指を鳴らし、雷の槍を放つ私だったが、カミラも瞬時に光の壁を作り、それを防ぐ。
意外にやる。
先程の回復術からしてそうだったが、この神官の少女は術の発生速度と正確性が尋常ではない。
状況を適切に判断しながら、素早く的確に術を放っているのだ。
「ふふん、どうした?情けないなあ!魔導騎士様とか何とか言ってなかったか!?はは、首絞め趣味の悪魔様は美少女神官一人捉えられないと見える!」
……この人を煽るかのような態度さえ無ければ、最高の神官かもしれない。
まあ、私はこの程度の挑発で心を乱されはしないが、いずれにせよ攻撃を連続して繰り出す他あるまい。
プロテクションは強力な防御の術だが、いつまでも持続するものではなく、そう何発も絶え間なく連続で放てるものでもない。
解除された瞬間に強力な攻撃を差し込むか、絶え間無く攻撃に晒されるかしていれば、いずれ術者は逃げ出さざるを得なくなる。
予想通り、私がいくつかの魔術を放つと、その合間を縫うかのように、カミラは距離を取ろうと飛び出す。
「馬鹿め、そこから出ればもう――私の術の餌食だ」
「はっ、馬鹿は貴様だ!ジョー!」
飛び出したカミラに向けて、再び雷の槍を放つ、が――今度は射線に光の壁ではなく、人影が飛び出し――
「ぎゃああああああああ!!!」
雷に焼き尽くされた。
言うまでも無く、間に入った人影はジョーだ。
私がプロテクションに攻撃している間に氷の足枷を解き、身を挺してカミラを庇ったらしい。
ホーリーアーマーがありながらも尚、相当なダメージを受けた筈のジョーだったが……
「ほら、ヒール!」
「っだぁぁぁ!ちくしょう!!」
即座にカミラが回復の術をかけると、すぐさまジョーは体力を取り戻し、こちらへ斬りかかる。
私はそれを弾き飛ばし、また距離を取るものの、なんともはや、厄介だ。
ジョーに攻撃を仕掛けても即座に神聖術で回復されてしまい、カミラに攻撃すればプロテクションで防がれる。
「ふふん、私以外の無知蒙昧な連中はパーティに回復役がいる場合、すぐこう思うだろう『回復役から叩けば良い』とね」
距離を取った私に、カミラは腰に手を当てて胸を張りながら、自慢気に語り掛ける。
「だが、この天才神官カミラ様についてはそれでは済まない、何故なら、私を攻撃する前にこの肉盾が立ち塞がるからだ!これぞ無能ながらもタフネスと気合と根性だけはあるタンクを生かした必殺戦法――無限回復デッキ!」
「俺の負担がデカすぎるんだよなぁ!!!」
どうだ!と言わんばかりの自信たっぷりの笑みを浮かべながら語るカミラに、ジョーが苦虫を噛み潰したような表情で返す。
確かに、理論上では可能だろう。
体力のある者に攻撃を受けさせ、即座に回復する、それを繰り返すことで相手の消耗を招きながら攻撃のチャンスを探る。
だが言うほど簡単なことではない、この戦法の盾役は必然的に、強力無比な攻撃をその身で受け、即座にそのダメージを回復され、再び攻撃を身に受けることになるのだ。
回復したところで、体に感じる痛みが消えるわけでもなく、痛みと癒しが短時間で交互に押し寄せる感覚、というのは、常人であれば発狂しかねない程の苦しみだろう。
盾役にはその過酷な立場をこなす体力と精神性、回復役には適切に回復を繰り返す術の精度、一気に体力を全快させる回復量というものが求められる。
「だから嫌なんだよな、我儘な回復役ってのはよ……俺はもうちょっと堅実にいきてぇんだよ!」
ごもっともである。
こんなことを頻繁にこなしていたら、盾役の負担はとんでもないだろう。
しかも――この戦法には弱点がある。
「貴様らの……他の仲間がいれば、あるいは私が負けていたかもしれぬな」
私はボソリとそう呟く。
この戦法は盾役と回復役、それにもう一人、アタッカーがいてこそ完璧に機能するものだろう。
盾役が防ぎ、回復役が癒し、その間、もう一人が攻撃を仕掛ける。
本来であれば上層でジョーと一緒のパーティを組んでいた、カリカとロフト、その二人がその役割を担っていたはずだ。
だが今、ここには盾役と回復役しかいない。
であれば、私を倒すには不足している。
そうした私の考えを察したのか、ジョーの背後で構えるカミラが、頷きながら口を開く。
「確かに、そうだね、いくら天才神官の私であれど、流石にこの状況でアタッカーも兼任できる程には万能ではないだろう」
「わかっているではないか……ならば、潔く……」
「それで、ザッパローグ、貴様の魔力は――あとどれくらいかな?」
「……!」
そう来たか。
これまでの戦闘で私は相当に魔術を使用した。
それでもまだ魔力の底はついていない。だが、長時間の戦闘を続けられる程、潤沢に残っているわけでもない。
ましてや長期戦になれば、奴らの仲間がここまで来る可能性もある。
カンナには足止めをするように念話を送ったが、それが上手くいっているかどうかも分からぬ。
長期戦になって不利になるのは、こちらの方なのだ。
どうする?いっそ、ここは一度引いて、次の機会を狙うか……いや……
既に私がカミラを狙っているということは割れている。
それを警戒されて迷宮に潜るのを止められるのもマズい。
地上で襲い、都市を守る騎士団と戦うとなると、それは最早人間と魔族の戦に他ならない。
奪うのならば、ここで、だ。
私は一つ、覚悟を決めると、残った魔力を練り上げ、持ち得る最大の魔術を放つべく腕を構える。
魔力が集まり、収束する影響が辺りに漏れ出し、周囲には稲光が瞬くと、それを見たジョーが警戒するような体勢を取ると、ふうと大きく息を吐いて返す。
「上等じゃねえか」
言うと、ジョーが魔剣を担ぐかのように構え、腰を深く落とす。
魔剣に纏う水流が渦を巻き、ゴボゴボと音を立てて巻き上がる。
水流は勢いを増し、辺りには嵐の如き風と水滴が吹き荒れた。
雷光と風雨の吹き荒れる嵐の中、後方のカミラが髪の毛を抑えながらジョーに問いかける。
「わぶっ……なんだジョー!あれを使うのか!?疲れるから嫌だと前に言ってなかったか!?」
「嫌に決まってんだろ、神官の回復が無きゃロクに使えねえ技なんて。俺は本来、ちゃんと対策とか準備とか練って確実に探索したいタイプなんだよ」
が――これでないと私の魔術は止められない。
そう語るかのように私と視線をぶつけ合うジョーに、私も身構える。
魔剣……ミキシンや他の魔族が作った模造品が一定の出力、一定の攻撃しか出来ないのに対して、迷宮や遺跡の奥底に眠るそれは多彩な攻撃手段を持っている。
中でも特徴的なのは、これらの魔剣は術者の力を吸うことで、魔剣自体も力を得るということだ。
通常であれば、魔力や神聖力を糧に力を増すものだが――
「生憎、俺には魔力だの神聖力だのがロクに無いんでな、捧げられるのはいつもコレだ」
体力、あるいは気力、人間が生きる為に誰しもが持つ力。
それを捧げることで魔剣の出力を増している。
思えば、冬虫夏草の群れに囲まれて脱出したのも、こうして魔剣の力を引き出したが故なのだろう。
だからこそ、あの後、目に見えて疲弊していたのだ。
次に来る攻撃が恐るべき威力であろうことは想像に難くない。
だが、逃げるわけにもいかない。
背中からこれを撃たれてはそれこそ対処のしようが無い。
故に――真っ向から受け止めるしか無い。
「……行くぞ」
「おお、かかってこいや」
嵐の中、不思議と僅かな静寂が訪れた後――
放たれた雷光が辺りを照らし、暗く湿った中庭に、破裂音が轟いた。




