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魔導騎士

「ほほぉ……素晴らしい……」


 うっとりした表情でそう口にしながら、ダキアは迷宮の一室に置かれた棺を舐め回すように眺める。

 あたし……カンナと、他の一行は落とし穴に落ちた師匠達の行方を追って、ロフトさんの先導で迷宮の内部を進んでいた。

 ロフトさん曰く、こういった罠には、必ずそこへ行きつく為の死体回収用とも言うべき道筋も存在していて、迷宮の内部が組み変わっていたとしても、大まかな道筋自体は何となくわかるらしい。

 本職の斥候としての知識と経験というやつだろうか。

 ともあれ、そんなロフトさんはサクサクと隠し通路や下り階段を見つけながら、迷宮の奥へと進んでいくのだった。

 そうして今、私達が辿り着いたのは――王城とでも言うべきだろうか、どこかウチの魔王城と似た雰囲気の、荘厳な大広間だ。

 尤も、長い時の中で朽ち果てたのか、魔王城とは比べ物にならない程に薄汚れ、床もひび割れているが、それでも広々とした空間と、柱や壁に刻まれた細かな装飾からは、かつてはさぞ煌びやかな城であったのだろうという印象を感じさせる。

 そんな広間の中心部には、これまた華美な装飾を施された棺が、まるでそれ自体を讃えるかのよう安置されている。


「俺達が行った墓場もそうですけど、何ていうか、第二層って何かとお城みたいな感じしますよね」


「フフフ、さてさて、本当に城かもしれないよ?君達はダンジョンの成立の説をご存知かな?」


 リガス君がふと発した言葉に、ダキアがここぞとばかりに食いつく。


「フフ、それらの中にはこの地で信仰される女神ギアナがもたらした恵みであるという説、あるいは地脈を通る魔力の流れに沿って自然発生したものだという説がある。だが、面白い物では、これらの迷宮はかつて世界に存在した国の寄せ集めだという説もある」


「国の寄せ集め……?」


 ペラペラと早口で語り出すダキアに、トゥーラが疑問を返す。

 あの話しちゃんと聞いてたのか、凄いな、あたしは右から左に受け流してた。

 話を聞いてもらえたのが嬉しかったのか、ダキアはうふふと奇妙な笑みを浮かべながら、また自慢げに語り出す。


「然り!太古の昔、この世界を制していた大帝国の伝承は知ってるかな!?勇猛果敢にして知恵に優れた王のもと栄えた帝国は世界の殆どを食らいつくしながら、突如として終焉を迎える!その帝国が――」


「いいからこっちの手伝いしてくれねーかな?」


 止まらずに話し続けるダキアを制したのは、広間の端で何やら床に敷かれた石板を剥がしているロフトさんの声だ。

 荘厳な大広間からは、いくつかの道に通じているようなのだが、それらはいずれも頑丈な鉄格子やら何やらで入口を塞がれてしまっていた。

 恐らくはそれらの仕掛けを解除する鍵が床下にあるのだろう。いや、あたしはそういうのよくわかんないけど。


「普通はこういう門とか開く為のレバーみたいなのも、城内にあったりするんだけどな……あった、ほらコレとか……カリカ頼む」


「♪」


 ロフトさんの声に従って、カリカさんが床下のレバーのようなものを引っ張ると、ガコンと音を立てて鉄格子の一つが開いた。

 よし、と少し嬉しそうに呟きながら、ロフトさんは床下から身を乗り上げ、あたしに向かって問いかける。


「お前の師匠が念話の魔術使えるっつってたよな?ジョー達はまだ無事か?」


「ん~、大丈夫だと思うけど……あたしは受信専門で自分から連絡できないんだよね……まだ未熟だからさ」


「そうか、まあジョーのことだし大丈夫だとは思うけど……ちょっ、カリカ、やめろやめろ、もう」


 そう言いながら溜息をつくロフトさんを慰めるように、カリカさんが笑顔でくしゃくしゃと頭を撫でる。

 カリカさんは無口な割にこういうスキンシップは好きらしい。

 同じ無口で体の大きい相手であっても、あたしは師匠からそういうことされたことが無いので、ちょっぴり寂しい気もする。

 しかし、師匠は大丈夫だろうか。

 まあ大丈夫だとは思うけど、一度念話が来てからはまるで連絡が無い。

 無事なら一言二言なんか言ってくれても良いと思うんだけど――


(カンナ)


「あばわっ!?」


 などと思ってると、不意に師匠の声が頭に響いた。

 つい驚いて変な声が出てしまった。

 が、とにかく師匠が無事でよかった。あたしも問いかけるようにして心の中で念を送る。


(良かった、師匠、無事だったんで――)


(無事ではない、今ジョーと交戦中だ)


(は?)


(合流は無しだ。奴らの仲間をお前とダキアで引き離すか、足止めするか、あるいは処理しろ)


(は?)


(以上だ)


(いや、ちょ、師匠――)


 と、あたしが問い返す前に師匠はさっさと念話を切ってしまった。

 いや、なんていうか師匠、こう……いや……まあ……やるけどさぁ!

 


―――――――――――――――――――――



 カンナに念話での連絡を済ませると、私は眼下で剣を構える男、ジョーに問いかける。


「驚いたな、あの状況では生き延びるのは困難……仮に生き延びて追ってくるとしても、かなり時間がかかるものだと思っていたが」


 相性の悪い水の魔剣に、大量に湧いた冬虫夏草、そしてキングマタンゴ。

 いくら実力があったとしても抜け出るのは難しいだろう、というのが私の判断だったのだが、この男は多少の傷を負ってはいるものの、戦えるだけの体力を残し、速やかにここへ駆けつけた。


「恐らくは何かカラクリがあるのだろうが……ふむ、どのようにしたのだ?」


「言うわけねえだろ馬鹿が!」


 言うと、ジョーは私のいる空中目掛けて剣を振り抜き、いくつもの水の刃を繰り出した。

 キングマタンゴのような弾力と肉厚があるのならばともかく、私がこれをまともに食らえばただでは済むまい。


「業火球」


 私はすかさず体の前面に火球を出現させると、その業火の熱で迫る水の刃を蒸発せしめる。

 が――炎と水がぶつかり、辺りに霧の如き水蒸気が発生した刹那、霧の中から水ではなく、鋭い剣そのものが突き出された。

 なるほど、水の刃は陽動、私がそれを防ぐべく動いたタイミングで、自身の剣でトドメを刺すということか。

 流石は歴戦の冒険者と言うべきか、中々にやる。

 私は顔面に迫る魔剣の切っ先をすんでのところで躱し、くるりと空中で回転すると、そのまま指をパチンと鳴らし、台風の如く噴き荒ぶ風をジョーにぶつける。


「な、んのぉ!」


 あわや吹き飛びそうになるジョーだったが、落とし穴に落ちた時と同様だ。

 噴き出す水流で勢いを殺し、上手いこと着地して見せる。

 風に飛ばされて遠くに行ってくれたら楽だったのだが、まあ仕方ない。

 ……それにしても解せない。

 地面に降りたジョーに視線を合わせるように、私も地に降り、向き合うと、ちらりとジョーの後ろで倒れる少女――カミラに目を向ける。


「わからぬな、何故助ける」


「は?」


「その娘は貴様の仲間ではないだろう、何故そうまでして助けるのか、私には分からん」


 人間なのだ、自分が助かる為に身を張るのは理解できる。

 だが、本人曰く仲が良いわけでもなく、『うるさいクソガキ』を助ける為に身を張る意味が理解できない。

 そう問いかけると、ジョーは少し、何かを言いかけてから口を噤んだ後、呆れたように溜息を吐き、答えた。


「愚問だな。理由なんか無かろうが、自分より弱い初心者の……ましてやこんな若い女の子が死にかけてたら――助けてやらねえ男はいねえよ」


「お人好しすきる……だろぉ……ばか……」


「うっせぇ馬鹿、助けねえぞ」


 呂律の回らない口で倒れながら文句を言うカミラに、ジョーがぶっきらぼうに返す。

 なるほど、不可解というか、非効率だが、これがこの男の信念のようなものなのだろう。

  

「そもそも……俺がやられると思って話してんじゃねえよザッパ、要するに勝ちゃ良いだけだ!」


 言うと、ジョーは力強く地面を蹴り、私に迫る。

 直接ぶつけてくる剣戟に、私も魔術を用いて防ぎ、躱し、距離を取っていく。

 すると、ジョーはやはりなと笑みを浮かべ、剣戟を繰り出しながらも、自信満々といった様子で口を開く。

 

「やっぱりな!てめぇの魔術は基本的に炎か風のどっちかだろ!俺の水龍剣とは相性が悪い!ついでに魔術師なら接近戦も苦手ってわけだ!」


 言いながら、ジョーは絶え間なく攻撃を繰り出し、やがて私は中庭の朽ちた柱に背をついた。

 背後は倒れた柱や崩れた壁で塞がれており、最早逃げ場は無いだろう。

 ジョーはそんな私に容赦なく、ここぞとばかりに再び水の刃を撃ち込む。

 同じ水の刃でも先程の牽制とは違い、広範囲かつ大量の水流を用いた攻撃、まともに食らえば全身が切り刻まれるだろう。

 が――私はまた、腕を突き出し、呟く。


「氷陣」


 パチン、と高い音が響くと同時に、私に迫る水の刃が全て停止し、瞬く間に白く凍てついた氷柱へと変わった。


「な……」


 面食らったような表情を見せるジョーを尻目に、私はすぐさま氷の魔術を解除し、辺りの氷を溶かす。

 私はまた浮遊の魔術で浮かび上がると、今しがた大量の水がぶちまけられ、ぬかるんだ地面に、腕を突き出し、また呟く。


「雷槍」


 言って、音も無く雷光が走ると、刹那の後に轟音が辺りを揺さぶる。


「私個人として、魔術が最も優れているのは、その汎用性だと思っている」


 渇いた木や死体に対しての炎の魔術、素早く空を舞う敵に対しての風の魔術、柔らかく攻撃を受け流す敵に対する氷の魔術、そして、水中に隠れた敵をも瞬時に焼く雷の魔術。

 あらゆる敵に対処し、的確に弱点を突き、対応できるからこその魔術師。

 それを極め、接近戦にさえ対処するべく、鎧に身を固めた私をこそ、人々はこう呼ぶのだ。


「我が名は魔道騎士ザッパローグ。あらゆる敵を撃滅せしめる、王の持ちたる雷光である」


 言いながら、私は眼下の焼け焦げ、煙立つ地面を睨みつけるのだった。


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