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落とし穴の底

「ああああああああああああああああ!!!!」


 ジョーの阿呆みたいなミスのせいで、迷宮の罠に突き落とされた私達は、暗闇の中をどこまでも落下していく。

 もし通常のトラップよろしく、底に槍でも敷かれていたら、いや、というかこの高さでは普通に落ちるだけでも即死だろう。

 私を脇に抱えて落ち続けるジョーに向けて、必死に声を荒げる。


「なんとかしろ!ジョー!」


「このクソッ……オラァ!水龍剣!」


 掛け声と同時に、剣を引き抜くと、勢い良く発生した水流が迷宮の壁に激しくぶつかり、落下の勢いが弱まった。


「ダラァッ!」


 続けざまにジョーが下方へ向けて剣を突き出すと、今度は水が箱状の形となって現れ、私達はそれに着水する。

 私達の体はすぐさまその水の箱を突き抜けて落下を始めるが、ジョーは続けて水の箱をいくつも設置し、落下の勢いを殺していく。

 それを何度か繰り返し、いくつかの水の箱を突き抜けたところで、どしんと音を立てて、ジョーの体が迷宮の硬い床にぶつかった。

 私は咄嗟に身を捻ると、ジョーの体を尻に敷くようにして着地する。尻の下からゲフッと少し苦しそうに息を吐き出す声が聞こえた気がした。


「ごほっ……おま……いや、いいや……つ、疲れた……」


「ふふん、やるじゃないかジョー、助かったぞ!今回ばかりは褒めてやろうじゃないか!」


「いやお前、おま……降りろやァ!!」


 と、私は寛大にも褒めてやったのにも関わらず、ジョーは力任せに起き上がると、私の体を乱雑にどかした。

 なんて失礼な奴だ。

 やれやれ、と、私がジョーの粗雑さに溜息を吐いていると、今度は頭上から低く、くぐもった声が聞こえてくる。


「無事のようだな」


 声の主は……確かザッパローグと名乗っていた男だ。カンナは師匠と呼んでいた。

 黒々とした重厚な甲冑に身を包んだ男は、しかし、そんな重さなど感じていないかのように、ふわりと宙に浮いている。


「……お前、騎士じゃねえのかよ」


「騎士だとも、ただ魔術が得意なだけだ」


 言うと、ザッパローグは軽やかに落とし穴の底に着地する。

 どうやら、私達と一緒に落ちたのはこの騎士だけらしい。

 空中浮遊の魔術が使えるのなら、このまま上に戻れそうな気もするが……


「空中浮遊は出来る、が、流石に二人を担いでこの距離は登れぬ」


 私の視線に気付いたのか、問いかける前にザッパローグがそう答える。

 天才の私とはいえ、魔術に関してはそこまで詳しいわけでは無い。

 本人が無理だと言っている以上、私達がここで無理に推し進めるのも危険だろう。

 なんなら上に戻る途中で魔力が尽きて、今度こそ落下して即死、なんて可能性もある。


「やっぱ、このまま探索進めてカリカ達と合流するしかねえか」


 話を聞いたジョーもそう言うと、周囲を観察するように見渡す。

 落とし穴の底は真四角の狭い空間になっており、四方の壁のうち、一つに鉄格子の扉が嵌め込まれている。

 錆びてボロボロの鉄格子の隙間からは、薄暗く、じめじめとした通路が見える。

 ジョーはずんずんと鉄格子に歩み寄ると、思い切り鉄格子を足で蹴り飛ばし、鉄格子がガシャンとけたたましい音を立てて倒れる。

 ロフトならしっかり鍵を開けたりするのだろうが、ジョーの場合はこうして雑に突破することが多い。

 が、まあ、こういう場所においては頼りにはなるのも事実だ。

 私は通路を進むジョーの背後にぴたりと張り付き、共に狭い通路を進んでいく。


「なんでこの手の罠ってこういう脱出経路あるんだろうな」


「……脱出経路ではなく、回収経路だろう。これはむしろ、罠に落ちた侵入者を回収する為の通路だ」


「ああ、なるほど」


 ジョーがそういえば、という感じで口に出した疑問に、背後のザッパローグが答える。

 なるほど、確かに罠を仕掛ける側としたら、罠にかかった間抜けの遺体や遺品は回収しておきたいものなのだろう。

 とはいえ、この迷宮に人が住んでいるとは思えないので、そういった用途でこの道を使用している者もないだろうが……

 ひょっとしたら昔は迷宮にも人が住んでいたりしたのかもしれない。

 そんな考察をしながら進んでいると、やがて通路が終わり、広い空間に出る。

 迷宮の硬い石造りの床ではなく、湿った地面が広がり、ところどころに柱や彫刻が立ち並ぶその空間は、さしずめ王宮の中庭といった印象だ。

 尤も、かつては豪奢であったかもしれないそれらの彫刻や柱は今はひび割れ、崩れ落ち、中庭に生えていたであろう木はぐずぐずに腐って崩れ落ちているのだが。


「ジョー、ここがどこか知ってるか?」


「知らねぇ、けど雰囲気的には第二層の最下層ってとこだろうな。だいぶ落とされたぞこりゃ……」


「むう、そうかぁ……くっ……ジョーが愚かにも美少女の戯れにキレて壁ドンなんかしなければ……」


「俺が壁ドンした原因は誰かなぁ!!?あぁ!!?」


 私が大きく溜息を吐き、呆れたように呟くと、ジョーが眉間に皺を寄せて怒鳴り始める。

 やれやれ、そういうところだぞ!

 ジョーはもうちょっと我慢と言うものを覚えるべきだと思う。やれやれだ。

 私はそんな哀れな怒れる男を蔑むようにはっ、と息を吐くと、苔むした地面に足を踏み入れる。

 いずれにせよリガス達と合流するには上層に戻らないと行けないということだろう。

 

「ったく……気を付けろよ、また罠があるかもしれないだろ」


 中庭に足を踏み入れ、進む私の背後からジョーが注意するような言葉をかけながらついてくる。

 上の階層からそうだったが、口やかましい奴だ。

 見たところ中庭には魔物らしい魔物も見えないし、ここは素直に進んでも問題無いだろう!

 私がそう考えながら足を踏み出すと、不意に土とは違う、ぐにゃりとした感覚が足の裏に伝わってきた。


「ん?なんだ?柔らか――――ぶはわっ!?」


 妙な感触に、僅かながらの不安を感じ、足元に目をやると――瞬間、ぼふんと音を立てて、足元の地面から大量の粉が噴き出した。

 突然の粉に視界が塞がれ、尻餅をついて転げる私の前で、先程まで踏みつけていた地面がモコモコと盛り上がる。

 粉を噴き出し、地面から現れたのは、まるでキノコのような姿をした魔物だ。

 巨大なキノコに太く短い手足の生えたソレは、ゆらりと起き上がると、小さく落ちくぼんだ瞳でこちらをじっと見つめる。


「ま……マタンゴか……まずい……」


 マタンゴの吐き出す胞子には厄介な効果がある。

 この胞子はまず、噴き掛けられた獲物の体を毒で犯し、じわじわと体力を奪い取る。

 更に症状が進むと、獲物は幻覚や幻聴を感じるようになり、方向感覚を失い、動くことすら困難になる。

 胞子はそうなった獲物に根を張り、やがて獲物はキノコの苗床となり朽ち果てるのだ。

 これを回避するには先んじて状態異常を回復するか、あるいは――


「水龍剣」


「わぶっ!」


 胞子に視界を遮られている中、突如として私の頭上から水が降り注ぐ。

 ジョーの水龍剣だ。突然の水に髪も服もびしょ濡れになってしまったのは遺憾だが……対処としては悪くない。

 要はマタンゴの胞子が体内に吸収され、悪さをする前に洗い流してしまおうということだ。

 ジョーは、再び噴出されたマタンゴの胞子を水流で洗い流すと、そのまま一足飛びで距離を詰め、マタンゴを袈裟懸けに斬り捨てた。

 ぐちゃりと水に濡れた地面に沈むマタンゴを見届けると、ジョーはこちらを振り向き、にやりと笑みを浮かべる。


「はっ、だから言っただろ天才神官様よ!あんだけ調子に乗っといてマタンゴ如きにピンチになって今どんな気分だ!?」


「はぁ~!?全然ピンチじゃなかったんだが~!?やれやれ、凡夫には私があの程度で倒れるか弱い村娘にでも見えたらしい、見る目が無いなあ!?」


「実際か弱い村娘みたいなもんだろ、自分の実力を理解してから迷宮に潜れってんだよ」


「無論、正しく理解しているとも、その上で――私は天才だという自信を持っているのだからね!」


 言うと、先程の戦闘で起きたのだろう、地面からむくりと起き上がろうとしたマタンゴに、私はモーニングスターを叩き付ける。

 脳天からモーニングスターを叩きつけられたマタンゴは、頭から謎の汁を噴き出し、その場に倒れ伏した。

 私はどうだと言わんばかりの表情でジョーに向き直ると、ジョーはまた、苦虫を噛み潰したような顔で吐き捨てる。


「クソガキがよ」


「ふふん、負け惜しみかな?」


 言い合いながら、わらわらと現れるマタンゴを叩き伏せ、斬り捨てていると、背後で腕組みをしながらじっと戦況を眺めていたザッパローグが、ポツリと呟く。


「……貴公ら、仲が良いのだな」


「はぁ!?良くないが!!!??」 


 私とジョーは背後のザッパローグに振り返ると、二人で同時にそう言い放つのであった。



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