身バレと謎と第四層
「何故バレた!?」
「俺はむしろバレないと思ってたお前にビックリだよ」
「うわぁ!?普通に入ってくるな!」
突如として来訪して私の正体を見破ったロフトに、私は慌てて部屋の扉を閉めたのだが、残念ながら相手は腕利きの斥候だ。
ロフトは宿の扉についた鍵などあっという間に開けて、ごくごく自然な雰囲気で部屋に入る。
あまりにも不躾な態度のそれに、私も腕を組むと、眉間に皺を寄せて吐き捨てるように言う。
「年頃の女の子の部屋に鍵を開けて侵入するのは不躾じゃないかな、ロフト君?お里が知れるというものだよ?」
「年頃の女の子は男物のパンツ一丁で客を出迎えたりしないだろ、カシミール」
「むぐ……」
そういえば、直前まで服を脱いで寝ていたせいで、今は上半身素っ裸のままだ。
天才美少女カミラちゃんとして生きるのであれば、女の子らしい寝間着などもあった方が良いのだろうが、部屋で一人だとついつい男時代の感じで居てしまう。
あのミキシンが着させてきた装備もそうだが、明確に可愛らしい女性用の服の方が、裸よりむしろ恥ずかしい気がしてしまうのだ。
とはいえ人の前で半裸でいるのも良くないな、と、軽く上着を羽織り、ベッドに腰掛ける私の前で、ロフトは遠慮なく部屋の椅子に腰掛けると、呆れたように口を開く。
「そもそも、自分で自分を天才とか言い出すような奴はそうそういないし、バレたくないならもうちょい隠したら良かったじゃんか。口調とか態度変えるとかあるだろ」
「はっ!馬鹿を言わないでくれよロフト!常に自分に自信を持ち、自分を天才だと信じるからこその私なのだ!それを恥じて態度を変えることなどする必要はあるか!?いや、無いね!ふふん!」
「だよな~、お前ってそういう奴だよな……」
「うむ!」
バレているのなら仕方ない、とばかしに開き直り、堂々とした態度で私は言う。
正体がバレたのがロフトというのも、まあ良かった。いや良くはないが。
ジョーなら嬉々として私の正体を言いふらしたかもしれないが、ロフトは自分に得が無い限りはそういうことはしないタイプだ。
と、そこまで考えてふと気付く。
「ちなみにだが……ロフト以外の奴は私の正体に気付いているのか?」
「少なくともジョーは気付いてないんじゃないかな、馬鹿だから。カリカは……わかんないけど、気付いてたとしても大丈夫だろ、無口だし」
「ふふん、なんだ、やっぱりそうか!心配する程のことではなかったな!」
「あとヘムロックの爺さんは気付いてたけど」
「えっ、ウソ」
あの爺さん、私が新しい法衣を買いにいった時は特に何も言わなかったくせに……
まあ良いか、あの爺さんも別に私の正体を言いふらすタイプではないだろう。
私は思考を切り替えて、対面に座るロフトに問う。
「こほん……それで、ロフトは私に何の用事があって来たんだい?ま、予想は出来るがね?」
「へえ?どうしてだと思う?」
「ふふん!ずばり……私にパーティに戻ってきてほしい、ということだろう!」
興味深そうにこちらを見つめるロフトに、私はどうだとばかりに笑みを浮かべて返す。
やはりな、やはり、それしか考えられないだろう!
何せこの天才神官たる私が抜けてしまったのだ!パーティの損失は計り知れまい!
それ故に困ったジョーが泣きつき、私の正体に気付いたロフトが新戦力としてスカウトに来た、と!
っは~!やれやれ!天才神官はこれだから困ってしまうな!頼られてしまうな~!まったく!
「私を追放したジョーが困るのは正直ざまぁ!というところだが、仕方が無いな!ふふん!頭を下げて頼まれてしまっては私もやぶさかではな」
「あ、いや、別にパーティには戻ってこなくて良いかな」
「……うん?」
パーティには戻ってこなくても良い、そう告げると、ロフトは更に続けて語り出す。
「ほら、お前って補助っていうか攻撃寄りの神官だろ?ウチもう攻撃要員は二人いるしさ」
「まあ、それは……いやだが、回復・補助も天才的だろう、私は!」
「そうだけど……性格がさあ……ジョーと合わなさすぎるじゃんか……たまにアイツより前に出ようとすらするだろお前……」
「はっ!そこは神官に前に出られてしまうような不甲斐ない戦士に問題があるんじゃないかね!つまりジョーが悪いね!」
「そういうとこだよ」
どういうところだ?
いささかロフトの言に釈然としないものを感じながらも、仕方が無いかと溜息を吐く。
ま、パーティには相性というものがあるからな、いくら私が天才でも、リーダーの器が小さいと扱いきれない、というところなのだろう。
しかし、そうなるとロフトは何故、私を訪ねてきたんだ?
はて、と、頭を捻る私に、ロフトは指ですっと胸元を指し示す。
「その首飾りについてだよ」
「ああ、貴様にもらったこれか!そうだ、元はと言えばこれのせいで大変なことになってしまったんだぞ!全く、こんなもの一体どこで拾ったのだか」
「いや、それが……俺もそれ、どうやって手に入れたか覚えてないんだよ」
「…………んん?」
これのせいで(天才なのは変わらないし美少女になれたのは良いことだとしても)弱体化し、呪われ、悪魔に狙われ、といった散々なことを思い返しながら、文句をつけると、ロフトは何ともばつが悪そうな表情でそれに返す。
どういうことだ?と、不審に思いながらも見つめ返していると、ロフトはポツリポツリと語り出した。
「覚えてないんだ、それをどうやって手に入れたのかも、どうしてお前に渡したのかも」
「……あの時は確か……迷宮四層を探索した帰りだっただろう?だから、私も四層で手に入れた物だと思っていたが……」
「それはそうだと思う。ただ、どこでどうやって手に入れたかは覚えてない。宝箱なり何なりから手に入れたなら、お前達も見てた筈だろ?」
「……確かに、そうか」
私は首元に下がった、金色に煌めく首飾りを手で撫でながら、その時の探索を思い返す。
パーティ内で手に入れたアイテムの情報は共有するものだ、が、これに関しては確かにそういったやり取りをした覚えがない。
「ヘムロックの爺さん曰く、これは変化の首飾りだったらしいが……」
と、私は爺さんの見立てと、実際にこれを装備してから気付いたことについてロフトに聞かせる。
ついでに悪魔がこれに関心を示していたことにもだ。
それを聞き終わると、ロフトはううん、と唸り、また口を開いた。
「……呪われてるけど、何にでもなれるかもしれない首飾り……しかも悪魔がそれを狙ってるか……」
「ふん、言葉にすると、確かに何かありそうな物に聞こえてくるな」
「試してないって言ってたけど多分、通常の解呪も効かないんだよな?ううん、謎だらけだな」
と、今までのことを整理して二人で頭を抱える。
考えれば考える程によく分からないアイテムだ。
ロフトも考え込むように顎に手を当てると、ポツリと呟く。
「謎を解明するにしても……とにかく、また四層まで潜らないといけないな」
「ほう?」
迷宮第四層『白冠都市』
前回の探索では私も一緒にそこまで行った。
純白に輝く豪奢かつ上品な趣の建築物が立ち並び、迷宮内部なのにも関わらずどこからか照らされる光によって、一つの一つの建築物があたかも芸術作品の如く煌めく不思議な都。
が、息を呑むほどの美しさの都とは逆に、そこに出現する魔物の危険度は上層の比ではない。
あらゆる攻撃に耐性を持ち、しかも驚異的な怪力を持つミスリルの巨人、三つ首を持ち、それぞれの口から猛毒を吐き出すヒドラ、音も無く忍び寄り、自身の体液で鉄をも溶かすヒュージスライムなど、思い返すだけでも恐ろしい怪物が跋扈している。
私の為にまたそんなところまで行ってくれるとは……ふふん、余程に私を尊敬しているらしい!良いぞロフト!
「いや、言っとくけど普通に迷宮最深部の神具狙いだからね俺、お前の為じゃないっていうか、何なら首飾りの件がついでだからな?」
私の心を読んだかのように、呆れた表情でロフトがそう言う。
素直じゃない奴め。
「どのみちバジリスクの件とか色々片付いたし、俺達が潜るとしたらこのタイミングだ。しばらくは真面目に最深部を目指すことになると思う」
「ふうん、なるほど……前回とは違い、道中にこの私、こと天才神官はいないが大丈夫かい?」
「一度行ったお陰で道は分かってるし、大丈夫だと思う」
それより、と、ロフトは椅子から立ちあがると、ベッドに腰掛ける私を見下ろしながら続ける。
「お前の方こそ気を付けろよ、悪魔が狙ってくるっていうのも十分ヤバいことなんだから」
「は!それこそ心配ご無用だ!対魔特効!天才神官の私だぞ!悪魔如きに負けると思うかい!?」
「一回負けかけたって聞いたぜ?」
「はぁ!!?負けてないが!!!??」
ロフトの言葉に声を荒げながら返すと、ロフトは軽く悪戯っぽい笑みを浮かべながら、私に手を振り、部屋を後にする。
いや、本当に負けてないが???は??なんだあいつ??意味が分からん!
……が、まあ、負けてないが、確かにちょっとピンチにはなったので、まあ、アドバイス通り悪魔には気を付けることとしよう。
そう考えながら、私はまたベッドに横になると、毛布にくるまり目を閉じる。
悪魔に、首飾り、迷宮四層……考えることは山積みだが……まあ、今のところは素直に眠りに落ちるとしよう。




