私は可愛い!(確信)
通りに面し、行き交う人々の喧騒が聞こえる宿屋の一室。
柔らかなベッドに腰掛けながら、私は手元に置かれた鏡を目の前に掲げ、覗き込む。
鏡に映ったのは――一人の美しい少女だった。
絹の如くしっとりと流れるプラチナブロンドの髪は丁寧に切り揃えられており、ぱちりとした目はキリッと真面目そうな印象を持たせながらも、どこかあどけなさを残している。
薄桃色にぷくりと膨らんだ唇は少女特有の可愛らしさを演出し、白く透き通るような肌がそれを更に際立たせる。
「美しい……」
鏡の中の自分を見つめて、私はついポツリと呟いた。
その声もまた、澄んだ笛の音が如き清楚さで宿の部屋に響き渡る。
自分の声ながらうっとりしてしまいそうだ。
「ふふ……素晴らしいね!まるで妖精の如き愛らしさじゃあないか!?やはり私は天才だな!」
あはは、と可愛らしい笑い声が響く。
これが私の、カシミール・カミンスキの声だとは誰が信じるだろうか。
広場の男達の話を聞いてすぐに宿に戻った私は、すぐさま変化の首飾りを装備し、可愛らしい女子になることを念じた。
するとどうだ、鏡の中に現れたのは私の想像通りの美少女である。
まあ、元が良いので私が美少女となるのは当然だろうが、それにしても素晴らしい!
「はは、この姿であればジョーも私だとは分かるまい。もう一度あのパーティに入ることも……いや……」
そう考えたところで、ふと冷静さを取り戻す。
姿は変わったと言えど、私の記憶や術式、本質は変わっていない。
迂闊にジョーと関わっては、普段の言動やクセなど、私自身でも理解していない部分で正体がバレてしまう可能性もある。
そうなってしまってはこの姿になった意味も無いだろう。
で、あれば、新たな冒険者のパーティを探す方が無難かもしれないな。
「ま、いずれにせよ、早いところ見つけるにこしたことはあるまい」
何せこの姿であり、かつ優秀なヒーラーともなればどのパーティでも引く手数多だろう。
この美貌の前には性格が合わない、などと馬鹿らしい理由で追い出されるわけもなく、ひとたびパーティに入ればチヤホヤされるであろうことは想像に難くない。
ふふ、早くこの体で接することによる相手の反応というものを見てみたいものだ。
そう想像を膨らませながら、私は急いで外へ――
「わぶっ!」
出ようとしたところで、法衣の裾を踏んで転げてしまった。
しまった。少女になったことで装備のサイズが合わなくなってしまったか。
仕方あるまい、出掛けにどこかで適当な装備を買っていこう……
―――――――――――――――――――――
人通りの多く、活気にあふれる街の大通り。
その通りを進むと、入り口に大きな旗を掲げた石造りのしっかりとした大きな建物が見えてくる。
私はその建物――冒険者ギルドの扉を開けると、さっと辺りを見回した。
広い空間になっており、いくつかの長机と簡素な椅子が置かれたロビーには数人の男達や、依頼を持ち込みに来た街の人間が佇むのみで、閑散とした印象を受ける。
それもその筈、冒険者は基本的に朝一で依頼を受けてダンジョン、あるいは依頼主の元へ赴くものだ。
魔道具屋に行ってから宿に戻り、その足で装備品を買って、午後を過ぎてからノコノコと現れる冒険者など、何か特殊な用事があるか、休日に茶化しに来る奴、要するにロクでもないカスのような冒険者だけだ。
一刻も早くパーティを見つけたいと思っていたが、流石に勇み足過ぎたか。
そう考えて、はあと溜息をついていると、あれも冒険者だろうか、皮鎧を纏い、ショートソードを腰下げた若い男がギルドの受付で何やら声を荒げているのが見える。
「なんで一人じゃダメなんですか!?依頼書には冒険者ならランクは問わずって――」
「依頼書をよく見て下さい、この依頼には二人以上のパーティを組んでいる冒険者であることが条件です。ソロではお受けできません」
声を荒げる男に、しかし受付嬢は冷静に、淡々と返している。
叫び声を上げるマンドラゴラの採取や、いくつもの首を持つヒドラ、あるいは本体は隠れながら人形を差し向けてくるリビングアーマーなど、そもそもソロでは依頼達成が困難な敵や依頼、というものは実際ある。
基本的にギルドは冒険者の自主性に任せ、生死は冒険者自身の責任だが、それでもむざむざ死なせに行くようなリスクはなるべく減らそうとしているようだ。
なるほど、確かにそういった依頼をこなす上でもパーティを組む必要はあるな。
見たところあの男は新人冒険者のようだが――他にギルドに依頼をこなしに来ている冒険者もいないようだし、物は試しだ。
「失礼、少し良いかな?」
私が背後から声を掛けると、驚いたのだろうか、ワッと少し声をあげて、男の身が跳ねる。
驚きながらも、いぶかしげに私を見つめる男を見つめながら、私は更に続けた。
「一人では受けられない依頼、というのが聞こえて来てね、どうだろう?私が一緒にパーティに入ってやろうじゃないか?」
「えっ!?パーティに!?いやでも……」
「何、構わないだろう?この天才美男……いや!美少女神官が手伝ってやろうと言っているのだ、断る理由は無いと思うが?どうかね?」
「それは……ううん……わかったよ、ありがとう。僕としても助かる」
「交渉成立だな!というわけだ、受付嬢よ、その依頼をこなさせてもらおうじゃあないか!」
決まった!
ふふん、経験豊富で強力な冒険者……とは言えないが今日のところは良いだろう。
一日限りの付き合いとしても良いし、何より!冒険初心者のこの坊主に先輩として色々とマウントを取って教えてやるのも気分が良さそうだ!
やはり善行というのは気持ちいいものだからな!
と、依頼書を改めて受け取るべく手を伸ばした私を、受付嬢がポカンとしながら見つめている。
ふむ?何をしているのだ、この受付嬢は。いつものようにスッとハンコを押して依頼書を渡してくれれば――
「ええと……その、すみませんが、お嬢さん……初めて見る顔ですが――冒険者登録はお済みですか?」
「あっ」
忘れていた。