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爪と誓約と新パーティ

 『爪』

 もっぱら拳で握り込むタイプのその武器は、武道家、モンクなどの格闘特化の冒険者がメインで扱う武器である。

 当然ながら、剣士が使うような類の武器ではない。

 素早い攻撃には向いているが、剣よりも尚リーチが短く、どこか野性的、そういうイメージの武器だ。

 そんな爪――ヘムロック翁がカウンターに置いたそれを、俺はじっと見つめる。

 

 ――奇麗だ。

 思わずそう感じてしまった。

 亀の甲羅のように曲線を描く手甲部分は、白く輝く鋼に金の装飾が施され、どこか神聖な印象を与える。

 その手甲部分から一本、大き目のナイフ程度の刀身がすらりと伸びている。

 いわゆるジャマダハルというやつだろうか。

 一見して爪という武器種の乱暴なイメージとは少し離れているように思えた。

 確かに、ヘムロック翁の見る目は確かなのだろう。これはきっと素晴らしい武器だ。

 しかし……


「あの……俺、爪なんか使ったことないんですけど……」


 俺は恐る恐る口を開く。

 いや、でも本当に使ったことないんだ。

 到底扱える自信は無い。

 そんな俺に、ヘムロック翁は珍しく、くっくっと笑い声を漏らしながら問いかける。


「ほう、爪は使ったことが無いか……では剣は?お貴族様みたいに最初から誰かに習ってたのか?」


「いや、剣も我流は我流ですけど……」


「なら同じことだ。剣に固執し続ける理由もねえだろ」


「それは……」


 確かに……元々、俺が剣と盾を握って迷宮に飛び込んだのは、それがソロでやるのに一番効率が良い武器だったからだ。

 取り回しのしやすい剣は基本的にどんな状況でも使えるし、盾があれば万一の際も敵の攻撃を防いで逃げられる。

 剣と盾、というのは良くも悪くも汎用性が高く、一人で冒険する迷宮初心者にとってはうってつけだったのだ。

 だが、今は……俺が言う前に、眼前のヘムロック翁が口を開く。


「そこの嬢ちゃんも、外で待ってる天才神官様(笑)もパーティにいるんだろ。なら、剣に固執する必要も無い筈だ」


「ふぇっ……わ……私も……!?」


「トゥーラさんは別にまだパーティってわけじゃないんだけど……」


「なら、今ここでもうパーティを組め。その嬢ちゃんとお前らは相性が良い」


 じろりとトゥーラさんを横目で見ながらそう言うと、ヘムロック翁はさて、と、呟き、爪を持ち上げる。


「商品説明に戻るぞ。この爪は『精神異常軽減』の祝福がかかってる神聖武器だ」


「!」


 精神異常とは、魔術による状態異常を細かく分けた区分の一つだ。

 体に直接害を与える毒や石化と異なり、精神異常の魔術は幻術や魅了など、その名の通り相手の精神に直接影響を与える。

 ちなみに神聖武器というのは、魔力の込められた魔剣とは異なり、神官、あるいは神や精霊による神聖術を付与された武器であり、魔剣とは異なり攻撃よりも防御や補助の効果の得られる武器が多い。

 詳しくどういう効果かは聞いていないが、それこそカミラさんのモーニングスターも祝福を受けた神聖武器だった筈だ。

 しかし、精神異常軽減か……


「ヘムロックさん、あなたは一体どこまで俺の……」


「さてね、それでどうする?買うのかい?ちなみに値段は金貨5枚だ」


「金貨!?」


「ああ、ちなみにツケでも構わん、その場合は迷宮で見つけた宝を優先的に俺のとこに持ってきてもらうがな」


 そうは言っても……金貨の価値は1枚でざっと銀貨100枚分だ。

 それが5枚……どれだけ迷宮の宝を持ち帰らないといけないのだろうか……

 悩む俺に、ヘムロック翁はふふん、と鼻息を鳴らしながら、また口を開く。


「ま、買わないなら買わんで構わんさ。だが折角だ、少しの間だけ無料で貸してやる。お試し期間というやつだ」


「えっ、それならまあ……有難いですけど……良いんですか?」


「当然だ。俺は多くの冒険者を見て来てる。坊主はきっとこれを買う。一度使ってみりゃ病みつきだ」


 そこまで行くかな……と、考えながらも、ヘムロック翁が差し出した爪を有難く受け取る。

 確かに、これを無料で使えるのなら、試しに少し爪での戦闘を練習してみても良いかもしれない。

 仮に合わなかったとしても、それはそれ、また別の武器を見繕ってもらえば良いだけのことだ。

 爪の装飾を撫でながらそんなことを考えていると、ヘムロック翁はこれで仕事は終わりだとばかりに伸びをして、ぶっきらぼうに問いかける。


「で、まだ何かあるか?あるなら勝手に持ってきゃいいが」


「あ、そうだ、出来れば鎖帷子か何かを……」


 元々そういったものを買いに来たのだ。

 それを思い出した俺達は、いくつかの新しい防具や冒険で使う道具などを買い求めると、奇妙な魔道具店を後にする。

 カミラさんに相談したいこともあるし、この後ちょっと酒場かどこかにも行っておかないと……



――――――――――――――――――――



「トゥーラをパーティに入れる!?」


「うん、いいかな、カミラさん」


 大通りに面した小さな酒場――まだ昼が高いので、そこまで客は入っておらず閑散としている。

 その酒場で少し遅めの昼食をつまみながら、リガスがまたアホらしいことを言い出した。

 あの禿げた性悪ジジイに何か言われでもしたのだろう。トゥーラをパーティに加えるつもりのようだ。

 っはー!やれやれ!少し他人に何か言われただけで影響される!これだから凡夫というやつは度し難い!

 恐らくは理解していないであろうリガスに、私はゆっくりと言い聞かせる。


「いいかい、リガス。トゥーラは魔力量こそ多いが……決して便利な魔術が使えるわけではない。魔術師が欲しいなら他に良いのは沢山いる」


「それは……」


「ましてや、お前は……その……『アレ』だ。バレたらマズいんじゃないのか?」


 そう、リガスは何せ狂戦士だ。

 他の冒険者たちにそれがバレたら何かと面倒なことになる。

 パーティメンバーを増やすにしても、余程に信頼のおける奴ではないと安心はできないだろう。

 そう考える私だったが……それに関しては、リガスはこちらの目を正面から見つめ返し、堂々と答える。


「大丈夫だよ、トゥーラさんは信用できる」


「……根拠はあるのか?」


「今まで話した感じと、あとヘムロックさんの目かな……?」


「根拠が無いも同然じゃあないか!!貴様の頭は何だ!?理性的な思考を放棄しているのか!っはー!やれやれ!少しは私の天才的思考を見習ってほしい!」


「す、すいません……やっぱり駄目ですよね……私なんか……」


「ええい、そっちも落ち込むな!実力と才能はあるのだから堂々としていろ!」


 私とリガスの会話を聞きながら、どんよりと暗い表情で俯くトゥーラに喝を入れる。

 全く、実際のところ、私はトゥーラの魔力と実力自体は認めているのだ。

 使える魔術があまりにも少ない、というのはネックにも程があるが、そこは使い方の問題だしな。

 だというのに、うじうじと……


「そもそも……トゥーラ、私達は迷宮最深部を本気で目指している。貴様はそんな私達のパーティに本気で入る気があるのか!?」


「ふぇっ!?さ、最深部に……!」


「当然だとも!私達は迷宮の浅瀬でチャプチャプ遊んでいるカスとはワケが違うんだからな!貴様にちゃんと覚悟が無い限りは、パーティに入れる、入れない以前の話だろう!」


「私は……」


 私の問いかけに、トゥーラは震える手で杖をぎゅっと握りしめながら、目を閉じて俯く。

 ふふん、それ見ろ!そうそう簡単に覚悟など決まるわけがないのだ!


「ふ、やっぱり無理かな?ま、仕方ないがね!迷宮深部に挑むには才能に加え努力!実力!そして運!全てを兼ね揃えた私のような傑物でないと――」


「私、やれます!」


「――――へ?」


 見ると、トゥーラは手を震わせながらも、こちらを真っ直ぐに見つめ、相も変わらずおどおどとした調子ながらも、しかし、どこか筋の通った声で語り始める。


「私は……その……今まで、あまり人に褒めてもらったり……信用してもらえたりはしませんでした……でも、カミラさんは、そんな私の魔術を信じてくれて……受け入れてくれて……始めてだったんです、あんなこと言ってもらえたの……私……それがすごい嬉しくて……」


 うん?受け入れた……ああ、あのバジリスク戦の時の……?


「私には迷宮深部を目指す特別な理由はありません……でも、私を信じてくれたカミラさんとリガスさん……二人と一緒のパーティに入れるなら……私だって、命を賭ける覚悟くらいは……できます!」


 そう言って、トゥーラはまた、堂々とこちらを向く。

 どうやら本気のようだ。

 いや、まあ、確かに私はトゥーラの石化魔術の凄さは認めたが?受け入れてはいるが?それはまあ天才として当然のことであって……

 つまり……こうなってくると、断りづらくなってくるではないか!

 どうしよう、と、隣のリガスに視線をやると、リガスは何も言わずに、にこやかに頷いた。

 何だ貴様、何の笑顔だそれは!伝わっているようで私には全く伝わらんぞ!調子に乗るな!


 はー、やれやれ……全く……キラキラとした目でこちらを見つめるトゥーラを前に、一度私は冷静に考える。

 ……正味な話、トゥーラ以外の魔術師を得たところで、リガスの正体がバレたらマズいのは同じだ。パーティに新戦力を入れるのが難しいことは変わりない。

 であれば、この私に恩義を感じているというトゥーラを入れるのは別に悪い選択肢では無いのか……?

 私に恩を感じているなら、ピンチになったら私をかばって魔物の餌になってくれる程度はしてくれるだろうし、迷宮の宝も優先的に献上してくれるだろう。

 うん、そう考えると悪くは無い気もしてきた。いないよりはマシかもしれない。

 そこまで考えを纏めると、私は一度、大きく息を吐き、またトゥーラに向き直る。


「わかった。ただしトゥーラ、何が起きても必ずリガスと私の命令には従ってもらうぞ!絶対に裏切るんじゃないぞ!」


「はっ……はい、それは……えへ……」


「うむ、それなら……よし、誓約を交わしてやろうじゃないか!頭を出せ!」


 トゥーラが答えたのを見ると、私は腰の鞄から聖水を取り出し、その水を少し親指の先に付ける。

 そしてその指先をトゥーラの額に押し付けると、コホンと一つ咳払いをして、神官らしく誓約の祝詞を口にする。


「魔術師トゥーラよ、貴方は我らが大いなる地母神、母なるギアナの前に、私達を裏切らないことを誓いますか?」


「――はい、誓います」


 トゥーラがそう言ったのを確認すると、私は頷いて、トゥーラの額から指先を話す。

 これは私達の神殿における誓約の儀式だ。

 まあ、別に誓いを交わしたところで魔術の強制力のようなものがあるわけでもないが、一応は、この誓いを破ると天罰が落ちたりする……ということになっている。

 そんな迷信……と、私が言うのもアレだが、ともかく、よっぽどのことが無ければこの辺りの人間は、一度神官の前で交わした誓約を破ろうとはしない。

 仮にリガスの秘密がバレたとしても、これが少しでも抑止力になれば良いのだがな……

 などと考えながら、私達は新たなパーティメンバーと昼間から酒を飲み交わすこととしたのだった。


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