可愛いは正義
愚者のジョーにパーティを追放された翌日、私は行きつけの魔道具店に来ていた。
店の棚には紫色の毒々しい髑髏に、ミイラ化した何かの手、色とりどりの宝玉で飾られた鏡など、何に使うのかも解らないものがそこら中に置かれている。
だが今日の目的はこんなくだらない玩具ではない。
私は商品に見向きもせずに足を進めると、カウンターでカリカリと金細工をいじっている禿げかけた恰幅の良い男に声をかけた。
「店主、鑑定を頼みたいのだが、構わないかね?」
「ん……ああ、カシミールか。今日はどんなもん持ってきたんだ?」
ぶっきらぼうに言う店主に、懐から取り出した首飾りを差し出すと、店主は動かしていた手を止め、じっと首飾りを見定める。
「変化の首飾りだな、珍しい。どこで手に入れた?」
「アドニスの迷宮、第4層くらいだ。恐らくだがな」
「くらい?」
「ロフトに貰ったものだからな、具体的に奴がどこで拾ったかまではわからぬさ。私は木っ端共が何をしているか等にいちいち気を遣う程ヒマではないのでね」
「お前のそういう性格さっさと治した方が良いぞ」
呆れたようにそう言う店主だったが、言いながらも首飾りを手に持ち、光に透かすと、より詳しく調べ始める。
口ではそう言っているが私を悪く思ってはいないのだろう。
ま、天才の私を嫌うようなものはそれこそジョーのような非才かつ粗雑な野蛮人ぐらいなので当然だが。
などと考えていると店主が一言、唸り声を上げてこちらに語り掛けた。
「駄目だ、カシミール、こいつは呪われてるぞ。装備しないで売っぱらった方が良い」
「ほう……そうか、まあロフトも鑑定したとは言っていなかったからな。仕方あるまいさ」
「どうする?売るつもりならウチで買い取ってやってもいいが……」
「いいや、仮にも元パーティメンバーからの捧げものだ。取っておくとするさ。それに最悪、私であれば解呪の神聖術も扱えるしな」
そう言いながら店主の差し出した首飾りを受け取る。
ロフトが私に憧れてプレゼントしてくれた品、ということを抜きにしても、呪われた状態で売っても二束三文にしかならないだろう。
解呪しても構わないが、呪われた装備というのはモノによっては解呪すると砕け散る場合や、魔道具としての効果が消え失せるものもある。
そうなってしまっても勿体ないし、この首飾りはひとまず自分で持っていても良いだろう。
そう判断した私が店を後にするべく戸を開けると、背後から店主の『ああ、それと』という声が届いた。
「ジョーの奴に会ったらツケ払うように言っといてくれ、こないだ買ってった魔剣の支払いがまだ残ってるってな」
「ふむ、会えば伝えておくが……あの愚物に会うかどうかはわからないぞ?」
「ああ?なんでだい、同じパーティじゃ――」
不思議そうな顔でこちらを見つめる店主に、私はにこやかな笑顔を浮かべ、晴れやかに返す。
「昨日、解雇されてしまったからね」
――――――――――――――――――
「さて、どうするか」
魔道具店を出た私は、街の中央広場に位置する噴水に腰掛けると、晴れ渡った空を見上げながらポツリと呟いた。
パーティを追放されてしまった。
それ自体は別に構わない。私の有用さを理解できなかったジョーが愚かなだけなのだから。
だが問題は、ジョーとカリカ、それにロフト、彼らが知性や人間性はともかく、冒険者としては中々の手練れだったということだ。
ジョーは戦士としての攻撃力もありながら、敵の攻撃を受け流せる技術、最悪受け止められるタフネスというものを持っている。
カリカもジョーと同じかそれ以上の攻撃力と、武道家としての素早さ・正確さは一流だ。
ロフトに関しても戦闘技術はそこまでではないが、罠の探知やアイテムの使用判断などに優れていた。
それに対し、私も攻撃から回復・補助まですべてをこなせる天才超神官であるとはいえ、メインはあくまで神聖術だ。
本業の戦士が持つ一流の技術と比べれば僅かといえども劣るだろうし、神聖術に耐性を持つ敵が現れたら一人で対処するのは厳しいだろう。
「流石に一人でアドニスの迷宮に潜るのは無謀というものだな……」
アドニスの迷宮とは、いわゆるダンジョンの一種である。
この大地に現れる魔力と謎に満ちた迷宮の数々。
そんなダンジョンのうちの一つ、この街のほど近くに位置するアドニスの迷宮には誰もが求める宝――神具とでも言うべきものが眠っているとされている。
そして『その宝を手に入れた人間はあらゆる願いを叶えることが出来る』と囁かれているのだ。
かくいう私、カシミール・カミンスキもその宝を手に入れたいと願っている。
しかし、当然ながらそのダンジョンの踏破は容易いことではない。
ダンジョンは奥に行くほどに現れる魔物や罠も強力になり、逆に帰還は困難になっていく。
それ故に、未知の宝を目指してダンジョンの最奥を目指す冒険者と言うのは驚く程に少ない。
ましてや何度も迷宮に挑むベテラン、しかも実力者の冒険者、というのはそれこそ希少だ。
多くの冒険者は最初こそ憧れを持ってダンジョンに挑んだとしても、冒険の中で挫折を経験していくうちに心が折られてしまう。
ダンジョンの浅層で金になる魔物の素材を得るか、ダンジョン特有の鉱石や薬草の採取で小銭を稼いで得られる日々の暮らしに満足するようになってしまうのだ。
いくら愚かとはいえ、戦士としての実力があり、尚且つ最奥を目指すべく冒険を続けるジョーは何だかんだで優秀な冒険者だった。
「私もその部分については認めていたというのに……奴が愚かすぎる故に私の真心も通じなかった。というところか、参ったな」
確かにダンジョンで得た財宝を少し多めに懐に入れたり、回復する際にあえて思わせぶりな態度をして相手の反応を楽しんだり、回復は別途料金として強請ったりもしたが……
毎回なんだかんだで適切な補助や回復はかけてやっていたのだ。それで命が助かるのならば安いものではないだろうか?
流石にパーティの生命線たる有能な神官をクビにする理由たりえないな。やれやれだ。
と、しかし今更あのパーティに思いを馳せても仕方ない。大事なのは次に進むことだ。
が――――
「問題はパーティに入ることが出来るかどうか……いや……私に見合う人物がいるかどうか、だな!」
パーティに入ること自体は問題ではない、何しろ、この私なのだ!
ひとたび募集を掛ければ私のスペックと才能の前に全ての冒険者がパーティに入ってくれと首を垂れる筈……
が、問題はその後、パーティに入った後で私の活躍を妬んだジョーのような脳筋戦士に追い出されないとも限らない。
でなくとも、ダンジョン浅層でゴミ漁りをしているようなクズパーティはお断りだ。
少なくともある程度の実力と深層を目指す意思のある冒険者でなければ……
やれやれ、何故この私がこんな苦労を……
『てめぇの性格の方の問題なんだよボケナスがぁ!』
――――不意にジョーの言葉が頭を過ぎった。
ふむ、私の性格か……この私の性格に欠点があるとは到底思えないが、ひょっとしたら凡人にとっては有能すぎる者が近くにいると不安なのやもしれないな。
だが、性格をどう変えれば良いと言うのだ?私に性格を変えることが出来るのか?
あるいはこのままの性格で受け入れられる方法を探すべきなのでは――
「えっ、お前の仕事の報酬、全部その女に盗られたの!?」
と、私が必死に思考を重ねていると、同じく広場の噴水に腰掛けた男が叫んだ。
やれやれだ、人が思考に励んでいるというのに……自分のことしか考えていないような自意識の高い連中は救いようが無いな。
私がうんざりしているのにも全く気付かない様子で、男達は話を続ける。
「そうなんだよ~、いや盗られたっていうかあいつが欲しいって言うからなんだけど……困るよな~」
「いやいや、困るよな~で済ませんなよ……そんな女パーティからクビにすればいいじゃんか」
「う~ん……でも、なんつーか憎めないっつーか……可愛いからつい許しちゃうんだよな」
「!」
可愛いからつい許しちゃう……可愛いからつい許しちゃう、だと!?
男の一方は呆れた様子で話を聞きながらも、頭を掻きながら答えた。
「まあなあ、気持ちはわかるけど……俺だってついお気に入りの娼婦に服とか貢いじゃうもんな」
「だよな~、でもプレゼントとかすると喜んでくれるから……それが可愛いんだよなあ」
「可愛いは正義ってやつだな」
可愛いは正義!!!
私の脳髄に電流が走った。
なるほど、そうか!
理解したぞ、私に足りないものは何だったのか……確かに私は天才であり美形だが……それは『カッコイイ』系の美しさ!
男を宥めるには、パーティの和を保つのに必要なのは、そう、女の子としての可愛さだったのだ!!
そして今の私の手には……この変化の首飾りがある……これは……繋がった!
「やっぱ女の子がパーティにいると違……」
「諸君!良い話しを聞かせてくれた!感謝しよう!」
「えっ、あっ、おう……えっ、誰?」
私は意気揚々と立ちあがると、隣で話す男達の肩を叩き、感謝の言葉を述べて広場を後にする。
待っているがいい、ダンジョン!そしてまだ見ぬパーティメンバーよ!
私は今日――――可愛い女の子になるぞ!!