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A級冒険者

「どっ……こい……しょと!」


 掛け声と同時に、俺は脇に抱えていた石像――カミラさんの体をずしりと地面に降ろす。

 と、陸地で待機したままのトゥーラさんが小走りで駆け寄ってきた。


「お……お疲れ様です、リガスさん……あの……えへ、色々と助かりました……」


「こちらこそ、すごいねトゥーラさんのあの魔術」


「いえいえ……へへぇ……その、私なんて全然……!」


 謙遜するように手を振るトゥーラさんだが、実際アレは凄かった。

 沼地の水面が一瞬にして石化し、バジリスクの動きを拘束したあの魔術。

 魔術に詳しくない俺にも並大抵のものではないだろうことは理解できる。

 先程まで目の前で起こった出来事を噛み締めるように、もう一度沼地に目をやると、石と化していたのが嘘のように、水面にはわずかに波がさざめき、沼底から生えた葦がたゆたっている。

 平和にすら感じる沼地の風景だったが、その傍らにはバジリスクが頭部から血を流しながら横たわっていた。

 息絶える瞬間、最後のあがきとばかりに撃たれた邪視でカミラさんが石化してしまったものの、その後はまた起き上がることは無く、静かに倒れて沼地の水と泥に沈んだのだ。

 まあ、アレはカミラさんが調子に乗って油断したせいもあるだろうけど……などと思いながら、先程運んできたカミラさんに目をやると、トゥーラさんが鼻息荒くカミラさんの石化した肌を撫でていた。


「はあ……あれだけ元気で偉そうだったカミラさんがこんなに静かで美しい石像に……良い……!やはり石化の妙……元気っ娘であればあるほどこうなった時のギャップによる興奮度が高く……この勝利を確信して油断したポーズもまた一瞬で固められた感が滲み出てととても良いと思いませんかリガスさん!」


「えっ、や、俺に振られても困るけど!?」


「あ、ふひぇ、す、すみません……つい興奮して……」


 トゥーラさんは変な趣味の人だ。

 石化の魔術しか使えないって言っていたし、そのせいでこんな性癖になったのかもしれない。いや、元々そういう性癖だったから石化魔術に秀でてるのか……?

 そんなことを考えながら、トゥーラさんになすがまま、ピクリとも動かないカミラさんを見やる。

 石化の魅力は分からないが……なるほど確かに、普段のカミラさんなら今頃バジリスクを倒したことを誇らしげに語っていることだろう。

 それが無く、静かにそこにいるというのは実際、不思議な感覚ではある。

 ともあれ、カミラさんをこのままにもしておけないし、早く街に戻って治療したいところだけど……


「今の俺達が下手にここから動いても危険かな……とりあえずテレンスさんが戻ってくるのを待とうか?」


「あっ、そ、そうですね……テレンスさんなら……石化の治療薬も持ってるかもですし……良いと思います」


 確かに、斥候を務める人達はいざという時はサポート役にも回れるよう、様々なアイテムを常備していることが多い。

 もしそれでカミラさんが元に戻れば、俺の石化したままの左手も治療してもらえるだろう。

 そうすれば無事に任務を終えられ――


 と、俺が人心地ついたその時、盛大な水飛沫と轟音を響かせながら、バジリスクの死体が跳ね上がった。

 まさかまだ生きて――いや、違う、間違いなく死んでいる!

 跳ね上がったバジリスクの死体は、そのまま力なくまた沼地に落ちる。

 確かにバジリスクは死んでいる。

 死んでいるのだが――目を見開いて沼地を見つめる俺の前に、四つの影が沼地の泥水を滴らせながら、ゆっくりと姿を現した。


「バジリスクが……四体……!」


 紛れもなく、先程苦戦して倒したはずのバジリスクと同種の魔物達だ。

 考えてみれば当然のことだ。いくらバジリスクとはいえ、一体のみで迷宮一層のポイズントード達があれだけ大量に逃げ出したりはしないだろう。

 ポイズントード達が群れ単位で逃げ出していたように、バジリスクもまた群れで現れていたのだ。

 俺は咄嗟に、横のトゥーラさんに目を向けるが――駄目だ、トゥーラさんも呆然としている。

 ましてや先程、あれだけの魔術を使ったのだ。もう魔力は残っていないだろう。

 ならどうする、俺だけでどうにかできるか!?

 最後の手段に狂化を……いやでもトゥーラさんに見せるのはマズいんじゃ……いやそんな場合じゃ

 俺が必死に考えを巡らすのも無視して、バジリスク四匹、八つの目が俺達を睨むと、無慈悲にもその邪眼から赤い光が放たれ――


「どっっっこいしょっとぉぉ!!!」


 ――放たれるかに思えたその瞬間、後方から野太い雄叫びが轟くと、矢の如き勢いで何かがバジリスク目掛けて飛び出した。

 呆気に取られる俺達とバジリスクを他所に、その邪眼の前に踊り出た人物は、飛び出た勢いそのままに、脚を大きく振り上げる。

 と、次の瞬間、何かが折れ砕けるような音と、何かが水面にぶつかる激しい水音、その二つの轟音を同時に炸裂させ、バジリスクの一匹の頭が熟れた果物の如く破裂した。

 バジリスクの頭を蹴り潰した人物――ふわりと風に流れる金髪に、屈強な体躯の女武道家は、その勢いのまま、俺達の目前に軽やかに着地する。

 と、それと同時に後方から先程の野太い声が辺りにまた響いた。


「っし!やったれ、カリカ!!」


 それが合図であるかのように、目前に立つ女武道家――カリカさんは力強く、しかし軽やかな動きで地を蹴り、今度は別のバジリスクの胴体へ蹴りを繰り出す。

 苦しむかのような鳴き声を上げるバジリスクだったが、そこは執念深い蛇と言うべきか、蹴りを食らいながらも、他の二匹と共に、邪眼でカリカさんを睨みつける。

 

「危なっ――」


 思わず声をあげる俺だったが、カリカさんはこともなげに、バジリスクの邪視を飛びのいて躱す。

 六つの邪眼から放たれる赤い輝き、バジリスクの視線を、次々に躱す。躱す。躱す。

 流石のバジリスクもこれ程までに軽々と連続で躱された経験は初めてだったのだろう。

 辛抱を切らしたのか、バジリスクのうちの一体が、大口を開けて噛みつかんとカリカさんに迫る。

 猛烈な勢いでバジリスクの牙がカリカさんに食い込むか否か、その刹那、カリカさんは体ごとぐるりと回転し牙を受け流す。

 噛みつきを透かした隙だらけのバジリスクの頭部、その真横にするりと避けると、息をつく間もなく、カリカさんが拳を振り下ろし――熟れて潰れた果物がまた一つ増えた。


「すご……」


「だろ?アレがAランクの武道家ってやつだよ」


「然り……いやしかし……無事でよかったぞ、坊主ども」


「あっ!テレンスさんと――」


「ロフトだ。俺もテレンスと同じ斥候だよ。石化解除の薬あるからそっちの子の石化解除するぞ。いいか?」


 言いながらロフトさんは腰に下げた鞄からガラス瓶に入った液体を取り出す。

 先程まで俺達の目前にまで迫っていたバジリスクは、カリカさんを追ってもう大分距離が離れている。

 この為にあえてバジリスクの邪視を躱してみせたのか……と、驚愕しながらも戦闘を眺めていると、喉を鳴らして威嚇するバジリスクの背後から一つの影が声を掛けた。


「よっしゃっと……そろそろ良いか!俺にやらせろカリカ!」


「!」


 男――ジョーさんの声に反応して、カリカさんが笑顔を浮かべながら、指でOKとサインを作り、またバジリスクの邪視を軽やかに避けつつ、ジョーさんへ駆け寄る。

 当然、残り二体となったバジリスク達もそれを追い、恐るべきスピードで迫ると、ジョーさんはゆっくりと腰に下げた剣を引き抜いた。

 ファルシオンの如く分厚く、反った大剣ながら、青く澄んだ刀身は、大剣の無骨さを微塵も感じさせず美しく輝いている。

 

「覚えときな蛇ども、これがA級冒険者!ジョー様の持つ水流剣だってなァ!」


 言いながらジョーさんが剣を振りかぶると、不思議なことに剣から次々に水が湧きだし、水流となって剣の周囲に竜巻の如く螺旋を描いた。

 そしてジョーさんは、まだ間合いの外であろうバジリスク達へ向けて、横一閃、剣を振るう。

 

 ……一瞬の静寂が辺りを支配した後、剣が鞘にしまわれるカチリという音だけが響くと、ジョーさんはこともなげにこちらへ振り向き、にこやかに俺に声を掛けた。


「よう坊主、よく生きてたな!やるじゃねえか!あの生意気なクソガキは……はっはっはっ!石化されてんのか!ざまぁねえな!ははは!」


「あっ、いやでも、頑張ったんですよ!カミラさんも!バジリスクを一体ちゃんと倒してくれて……」


「はっ、みてぇだな。俺達が倒した数より死体が一匹多い。E級にしちゃ大金星だ!やるじゃねえか!」


「いえ、そんな……俺達は、まだまだです」


「お、わかってんじゃねえか。そうだ。この迷宮を踏破する気なら――バジリスクの群れぐらい、一人で退治できるくらいにはならねえとな?」


 そう言いながらニヤリと笑うジョーさんの背後では、先程まで猛然と迫っていたバジリスク二体が、音も無くその場に倒れ伏していた。


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