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石の水

「リガス!何も聞かずに沼の方に全力で逃げこめ!いいな!」


 傍らの少女神官、カミラちゃんの声と同時に作戦が始まる。

 上手くいくだろうか、いや、やらなければ……!

 私は震える手でギュッと杖を抱えながら、はあ、と大きく息を吐く。

 大した打ち合わせも出来なかったので不安だったが、リガスさんもカミラちゃんの意図を理解したのだろうか、迷うことなく沼地の泥水へと飛び込んでいく。

 バジリスクもそれを追い、巨体を泥水へと投げ入れた。

 私とカミラちゃんは更にそれを追い、沼の目前まで行って止まると、もう一度ふう、と大きく息を吐き、目を閉じる。


 大丈夫だ。私なら出来る。


 私は――駄目な魔術師だ。

 きっと才能がない。何をやっても上手くいかない。


 だけど――――


「石化の魔術だけなら……誰にも負けません!」


 私は意を決して叫び、自分を奮い立たせると、足元の泥に杖をずぷりと突き立て、呪文の詠唱に入る。

 石化の魔術――だが、バジリスクはそれ自体が石化の邪眼を扱い、状態異常に強い耐性を持つ魔物だ。

 バジリスク本体を石化させることは難しいだろう。

 でも、それ以外の物であれば?


 私は頭の中にイメージを思い浮かべる。

 固く、強く、決して砕けない頑丈な石。

 万物万象、全てを捕らえ、固め、拘束する石の力を。


「――ブレイク!」


 私が呪文を唱えると、一瞬、ピシリと何かが割れたような音が響き、バジリスクが振り下ろそうとした首が、リガスさんに到達する前にピタリと止まる。

 困惑した様子で首を動かし、暴れ回ろうとするバジリスクだが、体の一部が動かないことに気付いたのだろう、不審そうな様子で沼地を見下ろす。

 と、バジリスクにも感情があるのかどうか知らないが、少なくとも私には、かの大蛇が驚きで目を見開いたように見えた。


 でも、うん、それは驚くかもしれない。


 さっきの一瞬にして――自分が浸かる泥水が全て、石へと変わっていたのだから。



――――――――――――――――――



 私の隣で杖を握る魔女、トゥーラによるブレイク――石化の魔術の発動と同時に、バジリスクの半身が沈む一帯の水が、一瞬にして石へと変わる。


 驚いたな!

 無機物や自然物を石化させること自体は決して難しいことではない。

 バジリスクがリガスの盾や、森の木を石化させたように、動かない物質を石化させること自体は容易ではある。


 が、広範囲の水を全て石に変える、というのは相当の魔力量が無ければ出来ることではあるまい。

 正直なところ、トゥーラが水を石化させてバジリスクを拘束させるなんて言った時は馬鹿かこいつと思ったし、流石の私も半信半疑だったが、なかなかどうして!

 私が感心していると、隣で杖を握るトゥーラが、焦ったように声を掛けてきた。


「か……カミラちゃん……は……早く……長くは持ちませんよぉ……」


「おっと、そうか!そうだな!では後は私に任せてもらおう!」


 情けなくもプルプルと震えるトゥーラを尻目に、私も急いで石と化した水面を駆ける。

 バジリスクは足元――と言って良いのだろうか、水中に浸かっていた胴体がまるまる石で閉じ込められ、動かせるのは首だけだ。

 しかも、最高なことに、今の私は神聖力が満ちている!!


『あの……カミラちゃん……こ、これ……』


 バジリスクを追う前、そう言ってトゥーラが渡してきた物は、一本の瓶に入った液体だった。

 なんとそれは、件の回復の泉で汲んだ水だという!

 回復の泉で休憩した際、ついでにとポーションの空瓶に入れておいて、そのままバッグごと石化したらしい。

 ま、経緯はどうでも良い!とにかく今は……


「これで、貴様の頭を全力で殴れるということだ!ホーリーハンマー!!」


 回復したばかりの漲る神聖力をモーニングスターに込め、眩い光をバジリスクの首に思い切り叩き付ける。

 メキメキ、と、何かにヒビが入るような音を立てながら折れ曲がるバジリスクの首だったが、どうやらまだ息はあるらしい。

 シュウと、甲高い鳴き声を上げながら、怒ったように私の方へ頭を向ける。

 だが――はっ!遅い!遅すぎるね!しかも今の私はポイズントードを倒して少しは成長している!


「即ち――ギリギリだが、ホーリーハンマーもう一発くらいは撃てるのだよ!食らえ!ホーリーハンマー!」

 

 もう一度、今度はバジリスクの頭部を狙ってモーニングスターから溢れる光をバジリスクに撃ち付ける。

 ぐしゃり、と、鈍い音と共にバジリスクの頭部が陥没し、血が噴き出した。

 流石にこれでもうお終いだろう!流石の火力!流石は私だ!

 アンデッド以外にもこれだけ神聖術で火力を出せる神官というのは私を置いて他にはいるまい!


「はっはっは!見たかリガス!私にかかればこんなもの――」


「――カミラさん!バジリスクが!」


「あっ?」


 リガスの声に、頭から噴水のように血を流し、石の沼地に倒れ伏すバジリスクを見やる。

 と、紛れもなく死にかけの筈のバジリスクの瞳が、最後のあがきとばかりに大きく見開き、その瞳から自身の血と同じ真っ赤な輝きを私に浴びせ――


 ――――その真っ赤な閃光の中、石と化した私の体はごつんと音を立てて転がるのだった。


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