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泉と石と精神異常と

 迷宮第一層、入り口から中間地点の間の森の中で今、私達の前にポイズントードの群れが立ち塞がっていた。

 やはり通常よりも群れの数がはるかに多い。数にしておおよそ20匹程度と言ったところだろうか。

 私達を囲むようにして、ゲコゲコと喉を鳴らして威嚇する蛙たちを前に、色黒の冒険者――テレンスが両手にナイフを構えて言う。


「20匹か……フム、半分は儂が引き受けよう。E級といえども、自ら調査に志願したのだ。ポイズントードの10匹程度に遅れは取るまい?」


「ハッ!無論だとも!やってやろうじゃないかリガス!」


「勿論!」


 じろり、と、こちらを試すような視線を向けて聞くテレンスに、私は堂々と言い返す。

 やれやれ、失礼な奴だ!この天才神官たる私をナメていると見えるな!

 リガスは私に目で合図をすると、力強く踏み込み、次の瞬間、眼前のポイズントードを斬り捨てた。

 流石だ、こころなしか先日よりも少し早くなっているように思える。

 ダンジョンでの経験を積んで成長したのだろう。良いことだ。

 にやり、と微笑みながら、私はポイズントード達の只中に入り込んだリガスへ向けて術を唱える。


「プロテクション!」


 と、私が唱えると同時にポイズントードがリガスへ舌を伸ばすものの、ばちんと音がして舌が弾き返された。

 プロテクションは防御の術式。

 物理攻撃であれば余程のものでなければ軽減することが出来る優秀な補助の術だ。

 まあ、それも私が使ってこそだがな!

 と、プロテクションを身に纏い、蛙どもの攻撃を凌ぎながらも一匹、また一匹と、リガスは確実に斬り伏せていく。

 流石に不利だと感じたのだろうか、数匹の蛙が標的を私に変えて向かってくるものの、そこは私も天才神官!

 上手くモーニングスターで頭を打ち据え、攻撃を躱し、またモーニングスターで、と、上手く立ち回って処理する。

 少女の体になったことで弱体化したとはいえ、戦闘の勘や知識自体は鈍っていない。

 今の自分の実力を理解した上で立ち回れば、最適な動きというのは自ずと導き出されるものだ。

 と、最後の一匹を叩き潰したところでリガスに目をやると、あちらも終わったようだ。


「お疲れ、カミラさん……そうだ!テレンスさんは……」


「あれしきに手こずるわけがなかろう」


 と、背後から響いた低く貫禄のある声に目を向けると、テレンスは落ち着いた様子でゆっくりとナイフに付いた血を拭っていた。

 足元には何匹ものポイズントードの死体が転がり、血が溢れているが、驚くべきことにテレンス自身の体はナイフ以外ちっとも血で汚れていない。

 プロテクションをかけて精々かすり傷で済んでいるとはいえ、体にいくつかの打撃を受け、鎧を返り血でべとべとにしているリガスとは雲泥の差だ。

 流石はベテランの斥候、といったところか。最速、かつ最低限の動きでポイズントードを処理したのだろう。

 テレンスは落ち着いた動作でナイフを鞘にしまうと、しかし……と前置きをしながら、薄い微笑みを浮かべる。


「E級というから、どれほど酷いかと思ったが……思ったよりは動けるではないか」


「本当ですか!?ありがとうございます!」


「ウム……真面目にやっておればD級、C級まではすぐであろう、励むがよいさ」


 言いながらテレンスは軽くリガスの頭を撫でる。

 見たところベテラン、というよりもう老齢に差し掛かりそうな年代のテレンスだ。

 後進の若い冒険者に対しては少し思うところがあるのかもしれない。

 そう考えると首飾りのお陰で結果的に若返ることが出来た私のメリットは大きいな。流石は天才だ。


「さて、お主等がその調子であれば、もう少し奥まで進んでも良さそうだが……どうする?」


「無論!進むに決まっているさ!だろう、リガス!」


「えっ、あっ、はい!勿論です!」


「フ、威勢が良いな……良いことだ。この先をしばらく行くと確か小さな回復の泉がある。そこまで行くとしよう」


 回復の泉か。

 迷宮の各所に沸く魔力を含んだ清浄な泉だ。

 これもまた謎が多い存在だが、この泉に浸かったり、飲んだりすると体力や魔力、神聖力が回復する。

 確か第一層の中間地点もその泉があった筈だ。というより泉があるから中間地点となったのか。

 いずれにせよ、それがあるのならば万が一のことが起きてもどうにかなるだろう。反論する余地はあるまい。

 言いながらテレンスはぐしょり、と血濡れの地面を踏みしめ、私達もそれについて歩いて行った。



――――――――――――――――――



「……泉?」


「む……おかしいな……」


 言いながら、気まずそうな顔で顎をこするテレンス。

 泉があるということで案内された場所――私達の眼前には、清浄な泉とは程遠く、どろどろと濁った沼地が広がっていた。


「これは……泉が沼地に変わったんですか?」


 リガスが不思議そうに沼地を見つけながら問いかける。

 何らかの要因で泉の水が増えたり、別の場所から土砂が流れ込んだりして、辺りを沼に変えたのではということだ。

 が、声を掛けられたテレンスはふるふると小さく首を振って答えた。


「いや、それはあるまい。儂の見つけた泉は本当に小さいものだったからな。変わったのだとしたら――泉ではなく、その周りの地形ごとだ」


「なるほど……『組み換え』かな?」


「可能性はあるだろう」


 迷宮は謎が多く、気まぐれなものだ。

 探索された地域が急に別の地形へ『組み変わる』という事象も、他の階層ではよくあることだ。

 なんなれば、それが前提となって迷路のように絶えず道筋が組み変わる階層というのもある。

 今回もそのパターンなのかもしれない。

 だとすると、この組み換えが異常に関わっている可能性もあるが……私はテレンスにまた問いかける。


「どうするんだい?テレンス?調査していくか?」


「フム……E級二人を抱えての沼地調査は少し厳しいが……少しだけ、私一人で沼地の様子を見てみよう。万が一、泉が残っていたらそこで休息も出来る」


 テレンスはそう言うと、ざぶん、と沼地に脚を踏み入れる。

 沼地はただの森と比べても危険度が高い。

 ただでさえ足元が不安定な上に、出てくる魔物も沼地に適応し、泥や葦に身を潜めて静かに近づき、襲い掛かってくるのだ。

 急にワニのような魔物に飛びかかられたり、巨大なヒルに吸い付かれてはたまったものではない。

 とはいえ、ベテランの斥候であるテレンスであればそれは当然理解した上で、自分なりの対処法もあるのだろう。

 それ故の単独の沼地調査ということだ。


「ウム……確かにここにあった筈だが……目印に建てた旗も無くなっている……回復の泉自体もどこかに消え失せた……いや……移動したのか……?」


 ぶつくさと独り言を呟きながら、テレンスは沼地の葦を掻き分け、足元の泥を調べ、辺りに生えた木を調べている。

 私達がそんなテレンスの様子を眺めていると、不意にテレンスが驚いたような声を上げた。


「オオッ……これは……お嬢さん!良いかね!?」


「おや、どうしたというのかね?」


「これを見てくれ」


 どし、どし、と、何か岩の塊のような物を背負いながら沼地を進み、戻ってくると、テレンスはその岩の塊をどすん、と地面に置いた。

 と、近くで見てハッキリと気付く。

 岩ではなくこれは――彫刻だ。

 杖を抱え、とんがり帽を被った魔女のような形のその彫刻は、何か言いたげに口を開いている。

 ははあ、なるほど、これは……と、私が考えている中、彫刻をしげしげと見つめるリガスが、間抜けにも感心したように話しかけてきた。


「はあ……凄いですね、この彫刻……まるで生きているみたいな……」


「ハッ!間抜けだなあ、リガスくん!生きているに決まっているじゃあないか!」


「えっ、じゃあこれって……」


 驚いたようにこちらを見るリガスに、私はドヤ顔で頷きながら言って聞かせる。


「これは生きた人間、石化した冒険者だ。魔物にやられたのだろう」


「ウム、儂もそう見る。神官ならば癒せるか?」


「当然も当然だとも!私を誰だと思っているんだい!?」


 言いながら私は彫刻の額にトン、と手を当てると、状態異常回復――キュアを唱える。

 すると、みるみるうちに彫刻の表面から石の膜が剥がれ、中から一人の魔女が現れると――その魔女はすぐさま膝から崩れ落ちた。

 石化の術の厄介なところだ。

 あまりにも長いこと石化され続けていると、精神や体自体が長い時の中で摩耗し、石化を解いた瞬間に発狂したり死んだりすることもある。

 とは言っても、数日程度ならば解除後もすぐ動ける筈だし、精神に異常がきたすことも無い筈なのだが……

 やれやれ、仕方ない。

 私は石化解除された後、そのままそこに倒れ伏す魔女に屈みながら声を掛ける。


「やあ、この天才神官カミラ様が君の石化を解除してやったぞ!大丈夫かね!?問題無いようなら立ち上がってくれると嬉しいが――」


「き……か……た」


 私の声に、魔女は僅かながらに呟くような声を発した。

 石化している間に声の出し方を忘れる、ということもある。

 この魔女もその類か……と、考えたその時、今度は明確に、くっきりと聞こえる声が私の耳に響いた。


「石化……気持ちよかったぁ……!」


 魔女はだらしなく、蕩けそうに幸せそうな表情を浮かべながら、そう呟いた。

 なるほど、石化が気持ち良かった。ふむ。なるほど。


 どうやら精神に異常をきたしたタイプの奴らしいな!!



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