俺達E級冒険者
「ポイズントードの群れ、ですか?」
帰還後、ギルドに報告すると受付嬢が困惑したかのような表情で私達に言葉を返す。
あれのせいで結局、薬草採取の依頼はノルマに届かなかった。最悪だ。
薬草採取程度ができない冒険者に価値など無いじゃないか!
だが仕方ないだろう、あれだけの群れに対して冒険初心者二人でどうしたらいい!
いや!本来の私であれば一人で壊滅させられるのだがな!
だがあいにく、今の私は天才だが成長前だ!よって私のせいじゃないな!うん!
「しかし……受付嬢!貴様さては信じていないな!本当だぞ!ギアナ神にかけて私は嘘をついていない!」
「俺からも言えます!本当にポイズントードが何十匹も……」
「ああ、いえ、すいません。信じていないわけではないんです。ただ――同じ報告がいくつかの冒険者から入っていたので」
「なに?」
どうやらポイズントードの群れに襲われたのは私達だけじゃないらしい。
主に迷宮の浅層、第一層に入ってすぐのところで襲われた者が多いらしい。
ポイズントードは比較的弱い魔物ではあるが、それでも迷宮の入り口付近にまで大量発生することは無い。
となれば――
しばし受付嬢に依頼発生時の詳しい状況を報告し、しばしのやり取りをした後、私とリガスは大広間の椅子に腰掛けて話し合う。
「私が考えるに、別の魔物の影響でポイズントードの生息域が変わってるというとこだろう」
「つまり……ポイズントードを襲うような魔物が浅層に現れて、それで住処を失ったポイズントードが溢れ出した?」
「可能性はあるだろうね。ふふ、戦士の割には中々に賢いじゃないか」
実際に強力な魔物がポイズントードを追い出したのかどうかはともかく、ギルドとしても何らかの異常が発生したと見ているようだ。
翌日には緊急で多くの冒険者に募集をかけ、原因の調査・究明に乗り出すつもりらしい。
ついでに今回は異常発生による事故として、薬草採取任務の失敗は不問とされることとなった。当然だがな!
「ともあれ、見方を変えればこれはチャンスだ。そうじゃないか?リガス」
「チャンス……かなあ?受付さんはどっちかっていうと、しばらくE級は迷宮に入るの控えるべきって感じだったけど」
そう、調査に関して直接ギルドから声を掛けられるのは主にD級以上の冒険者たちだ。
Eランクだと殆ど一般人と変わらない程度の実力である者もそこそこいる為、万に一つもそういった者が巻き込まれないようにということなのだろう。
とはいえ、冒険者は基本として自己責任なのでギルドも無理には止めないようだが、遠回しに今回は休むように勧めているらしい。
が……私に言わせてもらえば愚策でしか無いな!
私はふふん、と優雅に微笑むと、眼前のリガスへ胸を張って言う。
「ランクなどあくまで経験の目安でしかない!低ランクでも私達のように優秀な冒険者というのはいるのだからな!」
まあ、以前の私と比べれば著しく弱体した身ではあるが、かといってEランク、いやさDランク程度の冒険者には遅れは取らないだろう。
つまり、高位から中位の冒険者の受ける、異常の原因そのものの対処……とは言わないまでも、迷宮浅層の軽い調査くらいだったら私達でも受けられる筈だ。
そしてこういった迷宮全体の異常解明に貢献した……となれば、流石に無知蒙昧なギルドといえども私達の実力は認めるだろう!
ランクを上げ、実力をつけ、迷宮深部へ潜る為にもこういったことは必要ではないだろうか!
と、熱弁をふるうと、最初は困ったような顔をして聞いていたリガスも納得したように、なるほど、と頷いている。
「確かに一理あるな……自ら危険に飛び込まないと、どのみち高位の冒険者なんかにはなれないか……」
「うむ、なあに、安心するがいいさ!この私がついているのだ!多少の危険な依頼程度アッサリこなしてやるとも!」
―――――――――――――――――――
「クッソめんどくせぇ」
晴れ晴れとした青空の下、迷宮の入口付近に集まった総勢30人程度の冒険者を眺めながら俺――ジョー・コールマンは独り言ちる。
なんで俺がこんなことしなきゃいけねえんだ、戦士だぞこちとら。
そんな思いに頭を悩ませていると、隣に立つロフトが呆れた様子で俺に話しかけた。
「そう言ってやるなよ。街一番の冒険者だって認められてるからこそ、今回の異常の解決を依頼されたんだろ?ひょっとしたら超強い魔物が相手かもしれないぜ?」
「ああ、それは良いんだよ別に……良いんだけどよ……だからって俺がこの調査隊を纏めないといけない意味がわかんねぇ。もうちょい自由にやらせてもらいてぇんだ俺は」
俺を窘めるように言うロフトに、頭を掻いて反論する。
俺は戦士だ。自由気ままに生きながら、まだ見ぬ未知のお宝を求めて危険に突っ込む冒険者だ。
異常の原因を叩くってのはともかく、ギルドの連中をまとめ上げて指揮……なんてのは正直あんま向いてねえ。
つーか正直、誰かの上に立つなんてまっぴらごめんだ。
そんな俺の心を読んだかのように、ロフトは溜息をつくとまた俺に言う。
「だからカシミールの奴を解雇しなけりゃ良かったのに……あいつだったらきっとそういうこと喜んでやってくれてたぜ」
「嫌に決まってんだろ!あいつの場合その後めちゃくちゃ得意げに上から目線でこっち馬鹿にしてくるに決まってるじゃねえか!」
『はっ!粗忽な野蛮人にはやはり人をまとめ上げることは少し難しすぎたと見えるね!やはり上に立つには私のような天に選ばれた才人でなければ!君達とは格が違うというところかな!ふふ、いやぁ、天才は孤独すぎて辛いものだとも!』
そんなことを言いながら自慢げに渾身のドヤ顔をしてくるあのクソ神官の様子がありありと想像できる。
アレをされるくらいなら俺が指示出した方がマシだ。
つーか、そういえば追放してからギルドでも迷宮でもあいつ見かけねえな。
ま、会わねえにこしたことはねえが……どうせどっか出掛けてるかソロで迷宮潜るかしてんだろ。
なんてことを考えていると、不意にちょん、ちょん、と肩を突かれた。カリカだ。
「おう、どうしたカリカ?」
「!」
カリカは俺が顔を向けると、にこやかな笑顔を浮かべながら迷宮前に設置された木製の台と、その周りに立つギルド職員を指差した。
どうやらあの台に登って何か言えってことらしい。めんどくせぇ。
つーか、冒険者共がどうするかなんてギルドの方でも決まってんだから自分達で指示出せよ!
「気持ちは分かるけど、街一番で高ランクの冒険者が音頭を取る……ってことで他の冒険者への示しがつくし士気の向上にもなるんだろ、ほら、さっさと行けって」
「ロフト……お前なんでちょいちょい俺の考え読めんだよ……ったく、わかった!行くよ!行きゃいいんだろ!」
言いながらグイグイ背中を押すロフトに負け、俺は胸を張って壇上に登ると、眼下の冒険者達の視線が突き刺さる。
ったく……俺は内心舌打ちしながらも、懐からギルドからの依頼書を取り出し、集まった冒険者達へと告げた。
「あー……みんな聞いてるとは思うが、今回はダンジョンの異変の調査だ。多分第一層での問題発生だと思うが、実際のとこどうだかわかんねえ!ってことで、とりあえず今日は第一層全域を調査することになった!」
第一層全域の調査、と簡単に言っても、その第一層だけでも相当に広大だ。そう簡単に行くものじゃねえ。
とはいえ、おおまかなマップは今までの冒険者たちの情報で大体出来上がってる。
ってことで、俺のパーティを含むB級以上の連中は主にダンジョン第二層へ続く階段付近の調査。第二層が近いだけあってこの辺が一番危険だからな。
で、C級の連中は更にそこから手前、第一層の中間地点付近の調査。
「で……D級の連中はダンジョンの入口から中間地点までの間の調査だ!ポイズントードは見つけ次第処理!ちなみに俺は何か情報があったら即座に駆け付けられるように中間地点で待機しとく!いいな!」
言うと、集まった連中が頷き、雄叫びを上げる。
半信半疑だったが、マジで俺が指示出すだけで士気が上がるらしい。
そのへんの気持ちってよくわかんねえな……っと、壇上を降りようとすると遠目にロフトが何か言っているのが見えた。
ああ一つ忘れてたな、と、また向き直る。
「わりぃ、一つ忘れてた。え~、今回の作戦に何か質問とかある奴いるか?いねえならこれで――」
「はいっ!」
これで締める。
そう言おうとしたところで、一人の冒険者が高々と手を掲げた。
何だ何だと、周りの冒険者もざわめきながら一斉にその掲げた手に目を向けると――声を発した正体はまだ若い少女だった。
装備からすると神官っぽいが、いかにも駆け出しという感じだ。
いや、つっても今回の依頼はD級以上のある程度経験を積んだ連中に対して募集をかけたはずだし……こう見えて意外と実力者なのかもしれない。
まあロフトも年頃で言えば似たようなもんだしな。
と、気を取り直して俺は少女へ声をかける。
「おう、そこの神官の子か、どんな質問だ?」
「ふふん、ボロが出たなジョー!E級冒険者であるこの私はどうしたらいいのか、まだ聞いていないぞ!」
「E級は家に帰って寝てろボケェ!!!」
ついそう叫ぶと、少女はやれやれ、といった様子で、呆れたように肩を竦めた。
『はは、なんだジョー、ランクなどという愚者御用達の基準をまだ信用しているのか?これだから他者の実力を読めない無能系脳筋戦士には参ったものだよ!』
なんていう最高にムカつく野郎の幻聴が聞こえた気がする。
なんつーか、スゲェ嫌な予感がしてきたぞ!くそったれ!!