薬草採取はクソ
「どうして私が薬草採取などやらなければならん!」
「ええええ!?いや、だって冒険についてきてくれるって!」
「草むしりが冒険と言えるか!私は天才神官だ!エリートなんだぞ!もっと魔物の討伐とかすべきだろう!」
ふくれっ面で不満を口にしながら、私は目の前に生える薬草をむしり取った。
折角、この私がパーティを組んでやろうと、ダンジョン前で待ってやっていたというのに!
薬草採取!薬草採取だと!子供のお使いではないか!
まあ確かに、薬草採取自体は駆け出し冒険者の貴重な収入源だ。
それどころか浅層で小遣い稼ぎに、と、本職で商売や鍛冶をやる傍らに副業として何年も続けているような連中もいる。
薬草は種類にもよるが各種ポーションに丸薬、武器に塗る毒、果ては料理にといくらでも使い道があるからな。どれだけあっても困るということは無いのだ。
しかも迷宮内の薬草は不思議なことに、刈っても刈っても翌日になればいくらでも生えてくる。
恐らくは迷宮に満ちる魔力が関係しているらしいが……まあ今は関係あるまい。
「ともかく、私が言いたいのはだね、こんな依頼を受けるのは無駄極まりないということだ!まだ依頼を受けずにフリーでダンジョンに潜った方がマシというものだよ!」
「けどほら、一応金にはなるし」
「はっ!はした金じゃないか!こんなものは修練にも経験にもならない!単なるバイトだ!」
斥候や商人であれば、危険な薬草とそうでない薬草の見分け方だとか、効率的に薬草を採取するコツだとか、そういったものを会得する理由にはなるだろう。
だが我々は戦士と神官だ!そんな微妙な技術を磨くよりももっとやるべきことがある筈だろう!
というか、私に至っては薬草の種類など既に殆どを覚えているしな!天才だから!
そんな私に今更薬草採取など――
「ん……リガス?」
「ああ、周りに何かいる……」
殺気と言うべきか、敵意を含んだ視線がいつの間にか私達を囲んでいた。
やはり運が無いだけある。リガスは魔物を引き寄せる能力は一級品だな。
そして私はそれこそを求めていたのだ!
警戒しながらギュッとモーニングスターを握り込む私に向かい、甲高い鳴き声を上げながら一つの影が飛び出した。
が、しかし、その影は私に届く前に伸ばされたリガスの剣で両断される。
どしゃり、と、ドロリとした粘液を撒き散らしながら地面に落ちたそれを見て、敵の正体に気付く。
「ポイズントードか!は!この私にとっては張り合いの無い敵だね!」
「でも毒を持ってる!注意してカミラさん!」
「ははっ!なんだリガス、私が何か忘れたのか!?天才神官様だ!」
言いながら、新たに茂みから飛び出すポイズントードの頭にモーニングスターを叩き付ける。
今の私の筋力では一撃で倒せないが、モーニングスターはそれ自体が重量のある武器だ。そんなものを頭に食らえば大抵の敵は怯んで動きが鈍る。
その隙を突いてまた頭に、また頭に、と、次々に打撃を加えていく。
と、私が一匹を叩き潰す間に新たにポイズントードが一匹飛びかかるも、そちらはリガスが素早く一撃で処理する。
ふふん、なかなか良いチームワークではないだろうか!流石だな!私!
残りのポイズントードは二匹程だろうか。距離を取って警戒していたトード達が、ぶるりと喉を震わせたかと思うと、頬をぷくりと膨らませる。
「まずい!カミラさん!」
言いながらリガスが私の前に立ち、トードの大きく空いた口から放たれた霧を全身に浴びた。
「うっ……が……」
かしゃり、という音がして、リガスの手に持つ剣が地に落ち、崩れるように膝を突く。
毒霧だ。こいつらの吐き出す毒は致死性ではないが、獲物の動きを麻痺させ、そのままじわじわと体力を奪っていく。
この状況で襲い掛かられたら冒険初心者にはなすすべも無いだろう。
まあ――この私がいなければの話だが!
「ははっ!やれやれ、世話の焼ける戦士だ!キュアー!」
言うと、私は眼前でうずくまるリガスに状態異常解除の術・キュアをかける。
その瞬間、体の自由を取り戻したリガスは流れるような動きで地面に落ちた剣を拾い上げると、素早くポイズントードに突進する。
たまったものではないのはポイズントードだ。
今しがた動きを封じた筈の獲物の突進に慌てふためいた様子を見せながらも、舌を突き出して反撃を試みるが――
反撃むなしく、二匹の胴体をほぼ同時にリガスの剣が切り裂いた。
倒れたポイズントードを確認すると、リガスははあっ、と大きく息を吐き、安心したかのようにこちらを振り向く。
「カミラさん、ありがとう!助かったよ!」
「ふふん、そうだろう、そうだろう?全く世話の焼ける男だなあ!ははは!」
私がいなければリガスがどうなっていたかは想像に難くない。
これは私のお陰の勝利と言っても過言ではないだろう!やはり天才だったか!まあ知っていたがな!
「さて、折角だ。ポイズントードの素材を採取していこう。毒肝はそれなりの値段で売れたはずだ」
「あれ……俺達、薬草採取に来たんじゃなかったっけ?」
「薬草採取などついでだろう!あくまで小遣い稼ぎだ、あんなものは!」
私は言いながら小刀を取り出しトードを解体していく。
マンイーターは残念ながらサイズが大きすぎて、ギルドに提出する討伐部位以外の素材を持ち帰ることが出来なかったが、ポイズントードは比較的小柄な魔物だ。
肝と皮くらいなら持って帰って解体屋にでも売ることが出来るだろう。
やれやれ、と、苦笑いを浮かべながらも、リガスも隣でトードの皮を剥ぎはじめた。
うんうん、初心者はそうやって先輩に従うのが大切だぞ!即ち私にな!
と、二人で黙々と作業を進め、少しの後に皮と肝を無事に採取すると、リガスが口を開く。
「さて、トードの解体も終わったし後はもうちょっと薬草採取を……いいかな?」
「ま、仕方ないだろう。薬草採取とはいえ依頼未達成では評判に傷がつくからな」
「だね、こんなことでランクを上げるのに手こずっても――ん?」
ぼとり。
そんな音を立てて、少し離れた地面にポイズントードが落ちてきた。
「まだ一匹残っていたのか、やれやれ、出てきたのなら仕方ないな!」
私はそう言ってモーニングスターを構える。
「たかだかポイズントードだ。何匹出てきたところで――」
ぼとり。ぼとり。ぼとり。ぼとり。ぼとり。ぼとり。
ぼと。ぼと。ぼと。ぼと。ぼと。ぼと。ぼと。ぼと。ぼと。ぼと。
一匹、二匹、三匹、四匹、十匹、二十、三十――いっぱい。
山ほどのポイズントードが次々に頭上から降ってくる。
ははあ、ふぅん、なるほど。なるほどね。
私は隣で剣を構えるリガスに目をやると、互いに見つめ合い、頷く。
「――前言撤回だー!!!」
私の言葉を合図に二人して一目散にダッシュする。
いくら天才神官とはいえ逃げる時は逃げるのだ!