魔境に必要なもの
容易に身を隠すことの出来る大木、地に生える植物は少ないが落葉があり、ここが肥沃な土壌であることを示している。であってもこの大木の様子は異常だが。
目がまだ暗闇に慣れていないため森の奥を見通すことは出来ないが、そこの底知れなさを感じてはいた。
「ついに来たね……魔境。……ってノアさん何してんの?それ……石?」
「……今の俺には遠距離に対しての攻撃手段が無い。」
そう言って左手に3つ、投擲に邪魔にならない数の石を持つ。
「ああ……なるほど、じゃあ索敵というか魔物の警戒はノアさんに任せていい?俺は今回の目的に関わるような事をやるから」
「了解。」
互いに頷きあいながら魔境へ向けて足を出す。キリアが探すのは採取物、俺が探すのは魔物。お互いの適材適所を考えた作戦だ。
キリアは宿屋の娘として冒険者から貪欲に知識を得ていた。
……俺がその知識を得るために全財産の半分を持っていかれたのだが……
キリアにはそんな端金程度所ではない程の情報を持っていた。もしかすればそういう才能が有るのではと思わせるほどに。
その知識を元に様々な採取物を発見していく。しかしその間で俺たちは決定的なミスをしていた事に気づく。
「……『ミュラの雫』?」
「そう、魔物の死体は放っておくと急速に腐敗していくらしい。だから採取した“魔物の素材”は魔境の木の樹液、通称『ミュラの雫』を塗らなきゃいけないんだけど……用意してなかったなぁー」
魔物の素材は防腐処理が必要らしい。何でもその冒険者は後で倒した魔物の素材を回収しようとしたらきれいさっぱり消え去っていたとの事。
……ちなみに自身の傷口や腕を切り落とされた時の応急処置にも役立つらしい。くっつくのだろうか?
「冒険者はもっと簡単に保存液なんて呼んでるけど……まぁ買うお金も無いし魔物の素材は諦めようか」
同意を求めるその声に頷きを返す。次に来る時までに買取を行っている部位のリストなんかも作っておきたい。
「あ!ノアさん!あれ!」
キリアが何かを見つけたらしく声を上げる。一旦索敵を止めて指さされた先を見ると幹の一部が淡青色の光を放つ木を見つけた。
「……あれは、目立つな……」
「あれがポーションの基本材料になるらしくて、どこでも結構高値で買い取ってくれるらしい。しかもここ、……群生地かも……?」
よく目を凝らすとその先にもぽつりぽつりと別の幹にも淡い光が宿っているのが分かる。しかし、これは……
「……群生地じゃない。」
「あれ、違った?」
歩いて光の場所へ向かう。そこには俺が予想した物、しかし予想外の物があった。
「……デカすぎる」
「わぁ、これが……!」
幹に蔦を巻き付け青白い花弁を持つ花が垂れ下がるように咲いている。壺型のその花からは水を注ぐように光が漏れ出していた。
「これって花粉?」
「……ツキノミチシルベ。こうやって花粉が風に運ばれて一本の道を作る。それは風の通り道ってことだから旅人は森を出る時この光を辿っていた。」
「暗いから見やすい、……だから月の道標。」
にしても花がデカい。全長で通常の三倍はあるだろうか。これは1瓶に1つしか入らないだろう。
「……これって大丈夫かなぁ?」
「……何が?」
「もしかしたら誰かが目印のためにここに放置していったものだったりして」
確かにこれは目立つ。文字通り道標に使えるだろう。でも、
「……だとしてもこれを採取しないで行く選択肢は無い。これは誰にとっても必要な素材。残ったままでいる確率なんて少ない。そんな不確実なものに頼るとは思えない。」
キリアは無言で頷く。生じた若干の躊躇いは消えたようだ。
花に向かって手を伸ばす。短剣を使い蔦から花を切り離す。それを見計らって瓶をキリアに差し出した。
「やっと稼ぎが出た。……でもこれだとバッグが小さいかも。瓶が後4本、後保存液も入れて素材を入れるスペースも確保しとかないといけないのか」
買えないだけで様々なポーション類、更に予備の武器まで。確かに冒険には人が必要みたいだ。
その後も暫く探索を続けた。俺たちがいる場所は魔境にしてはまだ浅い場所らしく、従ってリターンもまた少ない。
ただ魔境に入った意味は大いにあったと思う。これ以上深い場所に入るつもりはなかったので引き返そうとした時それを見つけた。
「……待った」
「ノアさん?」
索敵をする上で特に気をつけていたのは痕跡。足跡や木に傷が着いていないか、目で見るだけでなくそこに何かがいたのか、そういった痕跡も探していた。
そこにあったのはゴブリンの足跡、そして矢。酷く粗雑な矢で人間が作ったものとは思えない。おそらくゴブリンが外した矢。そして足跡は矢が飛んできた方向へ。
……背景が見えてこないな。
しかしゴブリンが向かったのは魔境としては浅い場所、出口の方へ行ったみたいだ。これだと鉢合わせする可能性がある。
「……ゴブリンがいるかもしれない。足跡が多すぎる訳でもないし二、三匹くらいだと思う。一応構えておいて。」
キリアは腰元の短剣に手をかける。変に横から不意打ちを受けたくない。足跡を追って出口に向かう。見つけたら殺さなくてはならない。その事になんとも言えない高揚感を覚えながら先へ進んだ。
足跡を追いかけるにつれこの足跡が何匹分なのか正確に分かるようになってきた。これは3匹分、どこかに向けて走っているようだ。
しかしそろそろ魔境の外が見え始めるのではないかという所で微かに空気に血の匂いが混ざった。身を伏せながらゆっくりと足跡を辿る。
少し進むと足跡が慌ただしくバラつき始める。それと動物の毛のようなものが少し。
「ゴア、グギャギャギャギャ」
騒がしい。獲物が取れて浮かれているのだろうか。ペチャペチャという音やグチャッという音。獲物を捕え、新鮮な肉を手に入れたなら今していることは容易に想像出来る。音からそのおぞましい光景を想像することも。
近すぎないところに生えた木に身を隠す。そこからゆっくりと様子を伺えば、ぐったりと倒れた狼のような魔物の腹に顔を寄せ合いながら何かを貪るもの達。キリアは口を抑えている。
俺だって見たくもない光景だが、考えなければならない。ここで戦うべきか見つからないように逃げるべきか。
ここで倒せば素材は腐る前に採取して魔境の外に出ることが出来るかもしれない。それ以前に安全に倒せるのか。ここから見た限り弓のような遠距離用の武器を持つような奴はいない。木の影に隠れながら不意打ちをすれば1匹は確実。
ただキリアには難しいかもしれない。俺一人でも倒せるかもしれないがリスクは出来るだけ減らせるようにしたい。
俺は背中の剣に手をかけながらキリアを見た。不安そうな目で見つめ返してくる。至極小さな声で作戦を伝える。
「……不意打ちで1匹、キリアも出来れば1匹。残りの1匹を2人で仕留める。出来る?」
キリアは短剣を握りしめる。やがてゆっくりと頷いた。
剣から手を離し、移動を開始する。キリアを誘導しながら出来るだけ近くの木へ。俺が指差しで右のやつを殺すように指示を出し、俺は左のやつを殺すという意思表示をする。
顔を見合わせてから指を三本立てる。合図だと理解したキリアは短剣を強く握る。
「……3、2、1、」
0のタイミングで飛び出す。キリアも躊躇いなく飛び出す。俺は狙い違わずゴブリンを一刀両断した。キリアはゴブリンの背中を一突きして行動不能に、上出来だった。
最後の1匹のゴブリンは今頃手近にあった棍棒に手を伸ばしている。そんな悠長な動きは見逃せない。半ば反射的に左手に持っていた石を投げつけ棍棒を弾き飛ばした。
「ゴガァッ?!」
こちらから顔を背けた瞬間に斬り捨てた。血が飛び散る。顔にかかったそれをさほど気にせず。キリアの方に顔を向けた。
キリアはゴブリンに短剣を刺したまま、背中を取り押さえている。ゴブリンはもう既に抵抗する力もないのか、途切れそうな呼吸を必死に繋いでいた。
「……キリア、殺してそいつ。」
あえて何でも無い事のように告げる。キリアは顔を青くしながら首を振る。よく見れば体も震えている。ゴブリンが今ほんの少し動くだけでもその拘束は崩れてしまうだろう。
俺はそこにゆっくりと近づき、ゴブリンの背を踏みつける。
「グギャァァァ……!」
「殺して。」
死ぬ恐怖があると共に、殺す恐怖が有るのも当然だ。どちらも指先が冷たくなるような、体から体温が奪われていくような感覚。ただどちらも恐怖であれば慣れさせることも、他の感情でかき消すことも出来る。
今その恐怖をキリアは一心に受けていた。生身の心に五感に受けるそれは容易に心を蝕む。その恐怖は失ってはいけない。失おうとして蝕まれているのだ。
失う必要は無い。どんな感情も必要なものだから。
それにそれはたった一つの魔法で乗り越えてしまえるものだから。
「……キリア、冒険者になるんだろ?」
やりたい事、我儘、意思、それをやり通すための自分だけの魔法。それが、
「キリア、覚悟を決めろ。」
その刃《覚悟》はゴブリンの首に吸い込まれた。




