キリア7
魔境開放まで一日。流石に笑えないくらい人がいる。本当に、隙間が無いくらい。町独特の熱気とピリついた空気がさながら戦争のような空気を醸し出していた。……戦争なんて行ったことないのだから完全に比喩だが。
ただこの人通りだと出歩きたいのもそうは行かないわけで……。
「……いつもこんな人通り?」
「……えっ?ああ、うんと、これは流石に異常。いよいよ明日だから物資を買い出しに出てるんだと思うけど……」
この調子だと訓練場もまずいだろうか?でも、ファミリーについては自分で探すよりギルドの人に聞いた方が良いという結論に至ったのだ。それよりも重要なのは……
「……パーティー探しか……。」
別に一人でいいじゃないかと思うが前回のギルド職員の反応だと、ごり押すことになりそうだ。何の目的もなく魔境に入るだけならば、入口で適当なパーティーを組まされるだろう。必要なのは3~5人と前後衛のバランス。
事前の自己紹介だけである程度の戦い方は分かるものの、人柄や実力も分からない相手と組むのは本来ならば避けたいところ。魔境に入る前からリスクが有るなんて、たまったものではない。
となるとソロでも安定させることが出来る狩場、方法を考えなくてはならないのだが……、まぁ魔境に入ってみないと分からないことだらけだ。取り敢えず今日は明日に向けて体のストレッチとかをしておきたい。
「……キリア、今日は部屋に戻る。人通りが少なくなってきたら教えてくれるとありがたい。」
「…………」
「……キリア?」
「……あれ?ノアールさんどうかしました?」
……一瞬嫌がらせかと思うほどぼーっとしてた。昨日以来だろうか、こんなに考え事をしているのは。
「……部屋に戻る。…化けの皮が離れない程度に」
「す、すいません、気合い入れ直します……。」
何が原因かは分かっているのだが、「はいコレ」と渡すように解決に導くのは逆効果、背中に手を添えて置くくらいしかしないつもりなのだ。
食器をキリアに手渡し宿の自室に戻った。
◇
『親にもそのくらい素直に言えばいいのに。』
なぜこんな言葉に心を乱されるのか。決まっている……図星だからだ。
『私』はキリア、誰からも好かれる笑顔を。
『私』はキリア、両親にも苦労をかけてはいけない。
『私』はキリア、楽しそうに女の子らしく働く。
『私』はキリア、……私は誰?
『そんなに肩肘張らなくてもいいんだよ、ほらこれをお食べ!』
……お母さん?
『……あんたみたいな子要らなかったわよ。お父さんに似てブサイクね。私は私に似た長女が欲しかったのよ!その点、椿と菫は良い子だわ、ちゃんと女の子に生まれてきて。将来有望だわ!』
……そうだ、俺は『一ノ宮湊』日本の一般……とは少し離れた家庭に生まれた長男だった。その一般とはかけ離れた部分は母親がモデルだったところだろうか。
……違うな、少し恨みを吐き出させてもらうなら自分の理想が高すぎる故にそう出ないものを簡単に切り捨ててしまう人だったことだ。それは例え家族でさえも。
あの人の目には自分と二人の娘しか目に映っていなかった。俺はいない者として、父親は……財布だろうか?
俺は父親が生活費の中から何とか捻り出してくれたお金で学費を払ってもらい、普通の高校に入ることが出来た。妹二人は元から聡い子だったからだろうか、母を反面教師として人格者に育っていたのは幸いだった。
しかし、母親がいる手前、俺に構えば母親がヒステリックを起こす。被害が三人に行くのを防ぐため家の中と母親の前では冷遇されることを俺は自分から望んだ。さらにそれから避ける為父親に学費を返すという名目の上バイトを日々する事にした。
俺は家の中から消えたものとしてどこかで暮らすのが目標だった。それでもやはり……、あの日バイトがバレたのが良くなかったのか。俺が一人で生活していくために貯めていた金を拾い上げて、初めて俺に笑顔を向けた。
『こんなに……良いじゃない、働いてきなさい。』
あの時の俺の気持ちを、父親が、妹が、『母親』が分かっただろうか!自分が一から積み上げた夢を!未来を!笑って踏み潰した怪物が!あれが『母親』なんだろう?
「キリア、あんたはもっと可愛いんだからこういう服着てみなさいな。」
…………違う。
「どうしたのその手!?皿?そんなのいいから!こっち来なさい!」
……違う。
「将来ここで働くなんて、嬉しいこと言ってくれるじゃないの!……やりたいようにやんなさい。あんたは可愛くて、頑張り屋で、優しい子なんだから、何にでもなれるわよ!」
違う!
『湊……苦労かけてゴメンな、お前のやりたい事は全部父さんが叶えてやる。……だから、母さんと離婚出来るまで何とか耐えてくれ。……ごめん、……ごめんな……!』
『兄さん!料理なんて良いですから!今はゆっくり休んで下さい。お身体を壊したら、私泣きますからね。』
『大丈夫!お兄ちゃんは菫が養うから!……だから泣かないで、お兄ちゃん。』
泣いてないよ。でもなんでか今、皆に会いたいんだ。弱音を吐きたいんだ。温かい肌に触れたいんだ。夢を……見たいんだ。
「……もっと親にも素直になればいいのに」
『お母さんがいるじゃないか』
『お母様がいますよ』
『お母さんは優しかったよ!』
私を見守ってくれた。
温かい手だった。
夢を見ることを推してくれた。
本当は分かってくれていたのだろうか、こんな俺の親不孝な夢を。
でも私はまだ夢なんて言えない、小さな憧れ。吹けば消されてしまうような小さな炎。
でも確かに今、胸に灯った。




