視界の先に
ゴブリンは狡猾な悪精である。鳴き声で信号を送り、人の使う道具まで使いこなす。
まして、私達から武器を奪い、人間のように凶悪な罠や作戦を仕掛ける魔境のゴブリンは異常とも思えるほどだ。
そんな本の知識を頭の片隅に思い浮かべながらも、矢を切り払って舌打ちをする。
俺が突っ込んで来る自体も把握してたのか、今度は石矢と木の矢を使い分けながら攻撃してくるようになった。これがかなり厄介で攻撃の優先順位まで考えなくては行けなくなった。
木の矢は石矢に比べて軌道がぶれる。しかし石矢はスピードが速い。
ここでは幅が広い大剣が役に立つ。矢を叩き落とし、風圧で軌道ごと捻じ曲げることが出来る。
大剣の隙を短剣で補い一息ごとに間合いを詰める。
矢が脇腹を掠る。大剣を掻い潜る矢が多くなる。
しかし着実に森に近づいて来てはいた。あのゴブリン共は決して下がらない。俺を森に入れたくはないからだ。
こんな慎重な奴らが近接戦の準備をしてないはずがないだろう。ならそこまで持ち込めればこちらに勝機が出来る。
俺は腕を加速させた。
違和感を感じていた。右腿に刺さった矢は一瞬で俺の右足を動けなくするほどの毒があったのに体中に回るのが遅すぎる。しかも右足にしかまだ効果を及ぼしていない。
だから俺は余り特徴が無いアイツを、俺の太腿に矢を撃ち込んだアイツを無意識に警戒していた。
視界から常に外さない程度には。
アイツは今まで矢を放っていない。
アイツはずっと気を窺っている。
アイツはずっと同じところを狙っている。
だから一瞬だけ目を離した。思わず笑みを漏らしてしまいそうになるくらい俺の同じ所を見つめていたから。
だから切れた。
俺の右太腿に石の矢を超えたスピードで放たれた矢を。
「ギっ?!」
「つッ!」
短剣で切ったら手が痺れるほどの衝撃だった。
しかし今ので分かった。
(この右足の麻痺…時間制だ!)
右足に突きたっていた矢を引き抜く。その間に矢が数本。油断なく叩き落とし引き抜いた矢も投げ捨てる。
心無しか少し感覚が戻ってきた様な気がする。
矢のスピードにも慣れてきた。距離は問題なく詰めれる。機動力も間も無く戻る。
俺はあえて表情を消してアイツを見た。
アイツも無表情だった。充分に動揺を誘えている筈だ。
ゴブリンの内数匹が剣を抜いた。アイツもだ。俺も二本の剣を構え直す。
ここからは決死で戦うとかそういう覚悟だろうか。
俺は初手受け手を取るつもりだった。しかしその時は来なかった。
ゴブリンは何かを気にするように辺りを見渡し始めた。
ブラフを考え目を離さないでいたが、その直後だった。赤い光がその場を染め、空気を焦がし、大音声を放ったのは。
顔を覆いながら見たのは魔境の中で文字通りの噴火が起き、秒で鎮静化する様子だった。
冗談かラグナロクか、その光景に呆気にとられた俺は魔境の中に撤退し始めたゴブリンに反応できなかった。
「…次ハ、殺ス。」
アイツは最後に視界だけでなく、俺の耳と記憶にも強烈な爪痕を残していった。
次回、魔境抜け……の予定です……。




