魔境
魔境を囲む白壁に同化し、魔境ギルドは存在していた。夕闇の空と相まって白壁も『魔境ギルド』の看板もよく映える。そこからがやがやとした雰囲気で様々な人が出てくる。その流れに逆らうように中に入って行った。
魔境ギルドに登録して魔境内を探索する者は、冒険者、探索者、シーカー、色々な名で呼ばれる。ただ、そこに入ろうとする者の目的は更にある。金、名誉、腕試し、スリル、何でも求めて魔境に人が集まってくる。
ギルド内は騒々しいの言葉が似合う。本当に命を賭けて来たのか。そう聞いてやりたいほどに。
とにかく冒険者登録だ。それが無ければ魔境にすら入れない。
カウンターの前に立つ。人が多いのにカウンターに並ぶ人は少ない。
「…あの」
「はい、本日はどのようなご要件でしょうか。」
「…冒険者登録をしに来たんですけど……」
「かしこまりました。ではこちらの紙に必要事項をお書きください。」
紙を受け取る。ペンも貸してもらった。
内容に軽く目を通すと不思議な事項を見つけた。
「…あの、所属ファミリーって?」
「ファミリーとはA級の冒険者を団長とし、そこから支援を受ける為に集まって出来た組織です。簡単に言えば弟子入りみたいな物です。」
「…所属していないんですが」
「その場合は空欄で結構です。宜しければギルドからおすすめの所を紹介しますが?」
「結構です。」
食い気味に答えたが、気にしない振りをして空欄に必要事項を書き込む。
今更だが文字は日本語ではなく、この世界独自の大陸共通言語になっている。
間違いは無いかを確認して提出する。カウンターの人は紙を持ってどこかへ行き、しばらくして帰ってきた。
「…お待たせしました。こちらがギルドカードになります。紛失された場合は再発行に手数料が発生しますのでお気をつけください。」
「…ありがとうございます…。」
カードを受け取り静かにギルドを出た。本当にこれで魔境に入れるのか半信半疑だが、今はとりあえず宿まで帰れるかの方が大事だ。街灯には乏しい光を頭上から感じながら。町へと歩き出した。
目が覚めた。目の前に青空が見えなくてほっとする。大剣も脇に立てかけてあるし、荷物もある。宿にしっかりと帰って来れていたようだ。
しっかり寝たおかげで昨日よりスッキリした頭で今日やる事を考える。
一つ目は要らない所持品を売ること。これは幸い昨日の空き時間に纏めていた。
二つ目はそれで迷宮探索に必要な物を揃えること。大きめのリュック、野営用の毛布、水筒、最低限の食器、明かりになるランタンはある。揃えるべきなのは今の一般人と変わらない装備(血付き)だが、それは売上次第だ。
ふとポケットに入っているボタンが頭を過ぎる。
……これはまだ手元に置いておきたい。と思う反面売るべきだとも心の中で考えている。
悩んだ挙句俺はポケットから手を離した。これはトトアにも渡したんだ。これが町中で普通に売られていたら文句を言われそうだから持っておこう。
我ながら随分な言い訳だと思いながら他にやるべき事を思い浮かべる。
(少しだけ…魔境に入ってみようか…。)
売上は二千Gだった。途中で冒険者御用達の携帯食料という物が売っていたので十個買った。これで千八百G。とりあえず千G以上はキープしておきたい。
そんなこんなで昼過ぎにはギルドに着いていた。今回はカウンターの前を通り過ぎる。そのまま鋼鉄の門を通り過ぎようとしたところで誰かに呼び止められた。
「…すみません、許可申請はお済みでしょうか?」
「?……まだです…。」
胸を撫で下ろしながら安心された。許可申請がいるのか。どこで出来るのかとキョロキョロしていると呼び止めてくれた人が教えてくれた。
「カウンターから申請出来ますよ。これをしてないと冒険者の安否を確認し辛いですので忘れずにして下さい。」
素直に頷いてカウンターに向かう。
「…魔境に入りたいんですけど……。」
「…お一人で、ですか?」
少し感じが悪い人だ。それを差し引いても一人というのは危険なのだろうか、いや、どう考えても危険だ。でも…
「…今回は様子見だけなんです。」
「…………」
訝しげな目だ。すると近くに誰かが来た。それを視界の端に見て固まる。
「ドルトさん!良かったらこの四人の子達とその子一緒にして貰えませんか!」
「…見てたのか…。」
「…ノア……」
「…………」
そこにいたのはトニック達だった。そこにいるのを認識した途端、体はとてつもない拒否反応を起こす。無意識に手が震え、動悸は激しくなり、じっとりと嫌な汗が手に滲む。
トニック達の方に顔を向けることはしない。代わりに申請に必要そうなものをカウンターに突き出した。
「本当に少し見てくるだけなのでパーティはいらないです。速く許可下さい。」
「あ、ああ。」
「おっおい!ノア!」
厄介事の気配を感じたのか職員の人は手続きを速く進め始める。といっても目の前で一瞬で終わった。何かに俺のカードを一瞬翳しただけだった。
「…カードをお返しします。…お気をつけください。」
カードを貰うなり走り出した。その際トニックに腕を掴まれるが反射的にトニックの手首を掴み、捻りあげる。更に足をかけ掴んでいた手を離し転ばせる。
「ノアール君!止まってください!」
「こんなところで止めてよ!二人とも!」
ミニアとジョートがすぐに止めに入ってくる。ミニアは俺の行くてを阻むように立ち、ジョートは再度俺に掴みかかろうとしているトニックを抑えている。
「…ごめん、邪魔。」
ミニアを押し退け先に行こうとするが邪魔される。後ろから誰かに手を掴まれた。
「…ノア君、一度だけ…少しの間だけでいいから僕達と話しをしないかい……?」
…ソルだ。また反射的に手を振り払う。自分でもよく分からない行動だった。そんな行動の意味が相手にどう伝わったのかなんて自分に分かるはずが無い。
下だけ向いてミニアの横を通り抜けた。今度は止められなかった。背後でスラリと剣を抜く音がする。
あの行動がトニック達にどう伝わったかは分からないがどんなことになるかは想像が着いていた。
素早く後ろを振り返り攻撃をガードした。火花をあげ俺は大きく仰け反るがトニックを後ろに弾き飛ばすことに成功する。
トニックに剣を振る気はなかった。なので逃げるが勝ち。トニックに背を向け全力で走り出した。
魔境に入る申請をしていたのは俺だけの筈だ。あの門さえ抜ければトニック達を振り切るのは簡単だ。
警備員も剣を抜いた俺たちに気づいたようだ。「ギルド内での私闘は……!」みたいな事を言っている。
しかし俺は魔境に入る為の準備として宿から荷物を全て持ってきている。小さいカバンに収めているトニック達とは速度が雲泥の差だった。すぐ後ろにトニックが迫っていた。
「…殺してでも止めてやる……!」
トニックは剣を既に振りかぶっていた。剣は振らないようにしていた。なので体が動いたのは無意識。左手の裏拳でトニックの剣の腹を叩いて逸らし、大剣を持っている右手の肘を構えトニックの顔面がそこに吸い込まれる様に突き刺さった。
そこから振り返らずに走り出した。他の三人は門で止められている声がする。門を抜けてもしばらく走り続けた。
門の先にあったのは草原だった。あの大白壁は魔境から少し離れて作られているそうだから、今俺が立っている場所はまだ魔境ではない。
つまり、今目の前にある森。あれが魔境と呼ばれる場所だ。噂に聞く地獄のような場所とは思えない、……遠近法が狂ったとしか思えないほど巨大な木が生えていなければ。
俺はその場で草むらに倒れ込んだ。嫌な光景がさっきから頭を過ぎる。正直目の前の魔境どころではない。
あの裏拳で剣を弾いたあとトニックを両断する光景が想像出来た。…また友達を殺そうとしていた事に吐き気を覚える。
いや、それどころでは無いのだ。あんな戦い方、したことが無いのだ、これまでの稽古では。ドラゴンの時も、四人との連戦の時も、今のトニックとの戦いの時も。あれほど確実に殺す為の攻撃をしたことが無い。
俺は…、『ノアール』はあんな技を知らない……っ!!
…人体の急所、体の抑え方、痛みだけを与える方法、棒術、剣術、ナイフの使い方、銃器の扱い方、人の表情や癖、そこから相手の考えを読み取る方法、…………、
知らない情報、俺の知らない『俺』の記憶。俺がノアールとして目覚めてから思い出せなかった記憶。ずっとノアールとして生きていこうと思っていた。俺より幼い時に俺と同じように両親を亡くした哀れな子だと思っていた。
…俺の中の最大のトラウマである『両親の死』を刺激されて前世の俺が目覚めたのだろうか?
…だったら本当に酷い話だ。俺みたいな記憶が無ければ『ノアール』はあの四人と一緒に居れたかもしれないのに。
こうなると俺はノアールなのか?
それともノアールが俺なのか?
でも俺は俺だし、ノアールはノアールのままだと言われればそうだと言える。
俺は…この力は、この記憶はいったいなんだ?
急な吐き気。さらに碌でもない記憶が湧いてくる。人を殴り殺した感触、刺し殺した感触、血の温度、死に際の顔。
ソンナモノダレダッテイイ!オマエハタダツヨクナリタイトネガッタ!コノネガイガオマエジシンデアリオレジシンダ!
強く…なりたい?
ソウダ!ソノツヨサヲモッテスベテヲコワストネガッタ!
…壊す…それは違う!ノアールはあの四人と
ノアールノイシダトデモイウノカ!バカヲイウナ!オマエノイシハヒトツダロウ!ソレヲイッテミロ!
それは……
ジブンヲミウシナウトハ……オロカモノガ。
…お前は誰なんだ…?もしかして前世の俺とか!
…チガウ、ソレヲイウニハ、オマエハ『不安定』スギル。イゼンハイシガ『薄弱』スギタガ。
『魔境』ニチカヅクゴトニワレノチカラトオマエノ『記憶』ハモドリツツアル。ナニヲスレバイイカワカルナ?
突然視界が開けた。俺は魔境を見つめたま立っていた。いつの間に立っていたのだろう。そう思った後もしばらく見つめていた。
やることが沢山ある。思考に淀みは無く、優先順位を付けて整理していく。ひとまずするべき事は壁に沿って東の町へ行くこと。小さい頃に読んだ本にアルベニアの東の町『オルテノア』は物価が安いという情報があった。
最後に魔境を見て決意を新たにする。
何者かの息遣いが聞こえる。まとわりつく様な視線を感じる。ギルドのあの門をくぐった時、一切の希望を捨てなければ行けなかったのかもしれない。
それでもこの魔境に何かを求めてしまうのが『冒険者』という者かもしれない。
新章です。これから少し投稿が遅くなります。ペースはまだ模索中なので不定期になると思います。すみません。
その分クオリティは上げていきますのでこれからもよろしくお願いします。




