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序章(2)夷まわし

 さて、赤松当主赤松政村(まさむら)はじめ、先ほどの浦上村宗(むらむね)など、赤松家臣団が置塩(おきしお)城二の丸の広間に揃った。集まりの主催者である浦上村宗の挨拶もそこそこに、(えびす)まわしが始まる。


「私共は諸国を廻り、えびす様の有り難い福を配る傀儡師(くぐつし)でございます」


 傀儡師の長、作兵衛(さくべえ)は赤頭巾にウグイス色の素襖(すおう)といった、いで立ち。肩ひものついた大きな箱を腰元に提げている。この箱の中に人形が入っているのだろう。


 他の傀儡師のうち、助六は青頭巾に黄土色の素襖で、手には小さい太鼓とバチを持つ。


 もう一人の次郎は黒頭巾にヨモギ色の素襖で、青い布など小物を持って立っている。


「では、どのように福を配りますかというと、そのものずばり! えびす様にこの置塩のお城まで来ていただくのでございます。えびす様に来ていただいて、鯛を釣りあげていただくと、それはそれは、有り難い福が、たんとやってくるのでございます」と傀儡師の長、作兵衛。


 なるほど、あの作兵衛とやらが肩から提げている箱の中から、えびす様の人形が出てくるのか。広間にいた大体の者は見当がついたわけであるが、見立てができぬ者も当然いるわけで、そのうちの一人が勢いよく大きな声を上げた。


「傀儡師とやら、それはまことか? 本当にえびす様が来てくださるのか?」


 やや興奮気味に傀儡師に問うたのは、九歳と幼く、直垂(ひたたれ)と折烏帽子がまだ似合わない少年であった。興味津々といった具合で目がキラキラと輝いている。


「はしゃぎ過ぎです御屋形様(おやかたさま)。まだ歳は九つとはいえ、御屋形様は播磨(はりま)備前(びぜん)美作(みまさか)三カ国を治める守護大名なのですから、もっと落ち着きなさい」


 そうやって少年をたしなめたのは、齢六十前の婦人であった。

 頭からゆったりとした白の尼頭巾を被り、墨色の袈裟を着る法体姿。


 彼女は二代前の当主赤松政則(まさのり)の後妻であった人物で、名を洞松院(とうしょういん)という。少年とは直接血がつながっていないが、祖母として接してきた。


 当時としては高齢であるものの眼光鋭く、覇気があり、赤松家中に絶大な影響力をもつ女性であった。


 彼女の出自は、室町幕府の管領を輩出する名家、細川家の惣領。いわゆる細川京兆家(けいちょうけ)である。


 父は、応仁の乱(1467~77年)で東軍総大将として十二万の兵を率いた細川勝元。

 弟は、時の将軍足利義稙(よしたね)を京都から追放し、「半将軍」とまで言われた謀将細川政元(まさもと)である。


 そのような出自もあいまって、洞松院は赤松家当主よりも絶大な権勢を握っていた。


「分かりました。おばぁ様。堂々と参りまする」

 居住まいを正し、身を引き締める「御屋形様」と言われた少年。


「おっほん。我は播磨・備前・美作三国守護、赤松……。赤松……? う~ん?」

 最初の勢いは良いものの、いきなり考え込む少年。


 そして、とぼけた顔で一言。

「おばあさま、私の名乗りは何と言いましたかの?幼名の才松丸から変わったのは覚えているのですが。」


 その一言で、広間には浦上村宗はじめ家臣達の和やかな笑いが広がった。ただ、少年は相変わらず、とぼけた顔のまま。


 その少年を洞松院は鋭い眼差しで睨んで言った。

「御屋形様、昨年の元服の折、政村の名乗りになったのをお忘れか」


「そうであった。そうであった。我は播磨・備前・美作守護、赤松政村じゃ。名乗りが変わると覚えきれぬ」

 そこで洞松院以外の一同はまた笑い転げた。


 元服。今でいう成人儀礼を済ますと、武士は名前が変わる。

 この少年は元服を済ましたものの、まだ新しい名前が覚えられないらしい。


 そして、この無邪気に見える少年こそ、播磨、備前・美作の広大な領域を治める守護大名、赤松宗家第十一代当主、赤松政村であった。


 昨年、彼の父が突然隠居したため、幼くして当主の座に就いた。とはいえ、赤松家中は浦上村宗・洞松院の二人に握られているため、お飾りに近い存在である。


「御屋形様は隠居された父上様より、赤松家の家督を譲られたのですから。もう少し、しっかりしてもらわねば困ります」

 洞松院のきついお叱りに先ほどまでの威勢はどこへやら、すっかり縮こまる赤松政村。洞松院から顔をそっぽ向けて、いじけてしまっている。


「洞松院様、御屋形様も落ち込まれておいでですし、その辺でよいではないですか?」

 お怒りの洞松院をなだめたのは、赤松家臣筆頭浦上村宗であった。当主、赤松政村が九歳と幼年のこの時、洞松院に意見できる人物は彼くらいであった。


「さて、御屋形様も疑っていらしたが、傀儡師。まことにえびす様が来てくださるのか? 来てくださるのなら、わしも赤松の益々の強勢と、浦上家の繁栄を願いたいの」


「ええ、来てくださいますとも、掃部助(かもんのすけ)様(浦上村宗)。皆々様が、えびす様の名を呼んでくだされば、来てくださいますよ。えびす様は福の神。この度、我々傀儡師風情が、置塩のお城に寄せていただいたのも何かのご縁でございましょう」

 作兵衛はにこやかに答えた。


 えびす(戎・恵比寿)様といえば、七福神のうちの一神。

 ヱビスビールのラベルに出ている神様と言えば、お分かりだろう。ふくよかな顔に髭をはやし、烏帽子に狩衣姿で、肩から釣り竿を引っさげ、左脇で釣り上げた鯛を抱えている。


 十日えびすの「商売繁盛で笹持って来い」の掛け声で知られているように、えびす様は商いの神として、現在は数多の企業から崇敬を受けている。


 とともに、釣り竿を右手に持っていることからも分かるように、漁業の神でもある。


 そして、寄り神としても信仰されている。寄り神とは遠くから寄り来たりて、幸いをもたらす神である。えびす様の場合は海から寄り来たるということになるだろうか。


「ではでは、皆様方。大きな声で、えべっさん! えべっさん! と二回呼んでいただけますかな」

 ド、ドンと手元の太鼓を二度叩いて、傀儡師の助六が大きな声で促す。


 大の大人が恥ずかしい。

 どうせ、声をあげようがあげまいが、傀儡師作兵衛の持つ箱の中に「えびす様」はいるのだ。正直なところ、茶番はなしでさっさと出してほしいと赤松家臣一同思ったなか、ひと際目立つ、甲高い声があった。


「えべっさん! えべっさん!」

 それは、九歳の少年当主赤松政村の声。先ほどまで、気を落として縮こまっていたのが嘘のようだ。これが幼いゆえの無邪気さか、と一同思う。ハタハタ迷惑である。


「ご当主様が声を出しておりまするのに、他の方々の声が聞こえませぬ。残念ですが、これでは、えびす様も来てはくれませんな」そう言って、赤松家臣団を煽る傀儡師作兵衛。


「えべっさん!! えべっさん!!」

 当主赤松政村の甲高い声に加えて、徐々に低く野太い声が交わり、段々とえびす様を呼ぶ声は大きくなっていく。


 傀儡師風情に煽られては、叫ぶのを恥ずかしがってはいられない。


 これは当主に忠義を示す格好の場。赤松家臣団はそう思った。


 特に大きな声を張り上げているのは、播磨国の姫路城城主、小寺則職(のりもと)であった。彼は当時二十六歳の血気盛んな若者である。父の小寺政隆(まさたか)は前年に完成した播磨国御着(ごちゃく)城(姫路市)にあって、この日は参上していなかった。


 小寺家は代々、赤松家の段銭(たんせん)奉行を務める家柄。つまりは税の徴収など、赤松家領国の財政を一手に引き受ける重臣であった。


 赤松政村の父で先代当主、赤松義村に対して熱い忠義を示し、浦上村宗と対立することも数多くあった彼だが、今は当主赤松政村への忠義を示すため、顔を真っ赤に腫らして、精いっぱいの声でえびす様の名を叫ぶ。


 その一生懸命な小寺則職の姿が滑稽に見えたのか、浦上村宗は笑いを堪えるのに必死であった。


 家臣団一同(笑いを堪えている浦上村宗を除く)の盛大な「えべっさん!」と呼ぶ声を受けて、傀儡師作兵衛は、広間の一同に背を向けた。箱の中から「えびす様」の傀儡を出し、操作するためにその背から手を通しているのだろう。箱は肩ひもで腰元に提げたままであった。


 そして、作兵衛がやわら前を向くとともに、「えびす様」の傀儡が現れた。

「誰じゃ。誰じゃ。わしを呼んだのは。わしがえびすじゃ」


 ド、ドン、ドンドンと助六も登場の場面を盛り上げるために太鼓を叩きまくる。

 ちなみに、「えびす様」の声を出しているのも、操っているのも勿論、作兵衛である。


 それに熱狂する二人があった。幼君赤松政村と、家臣の小寺則職である。


「うぉおおおお! まことにえびす様が現れた!」

「左様でございまするな。御屋形様。ほんに霊験あらたかなことにございます!」


「えびす様」が現れたことを純粋に驚き、興奮する赤松政村と、それに合わせて大袈裟に驚いたフリをする小寺則職。


 赤松政村の祖母、洞松院は馬鹿馬鹿しいといったような顔をして二人を睨み、浦上村宗は案の定、笑いを堪えていた。


「そうか、そうか。わしを呼んだということは、鯛を釣ってほしいということじゃの」

「えびす様」を操る作兵衛がそう言うのを合図に、傀儡師の次郎は小物を入れた袋の中を漁りだした。


 そして、船の形に加工した木の板と釣り竿を取り出して、作兵衛に渡す。それを受け取った作兵衛は「えびす様」の入っていた箱の端に、船形の木の板を引っ掛ける。


 さらに、「えびす様」の右手には釣り竿を持たせた。その間に、次郎は棒に巻き付けた青い布を、船形の木の板の下に大きく広げる。


 釣り竿を持った「えびす様」が、船に乗って青い海原に鯛釣りへ漕ぎだす様子が、あっという間に現れた。


 最初から気勢を上げている当主赤松政村、小寺則職は当然として、他の赤松家臣団一同もこの手際の良さには唸らざるを得なかった。


「えびす様」の傀儡が「海」を模した青い布に、釣り竿を垂らす。

「釣れるかな?釣れるかな?今日は鯛を釣れるかな?」


 作兵衛の音頭に合わせて、助六(すけろく)が太鼓を叩く。「えびす様」の釣り竿に何かが引っかかると、海原つまり、青い布が揺れる。そして、「えびす様」が釣り竿を「海」から引き上げると……。


「ああ、鮎じゃあ。鯛は捕まえられなんだか。」といった具合で、なかなか鯛は捕まらない。

「鮎なんぞ、市川でも釣れる。というより、海に鮎はおらんわい!早う鯛を捕まえよ!」

 最初は傀儡を茶番としていた、赤松家臣団も何だかんだで、夷まわしを楽しむようになっていた。


「釣れるかな? 釣れるかな? 今日は鯛を釣れるかな?」

 作兵衛の歌う音頭に合わせて、赤松家臣団も手を叩く。そして、遂に青い「海」から、赤い尾びれが見えた。


「鯛じゃ! 鯛じゃぞ!」

「いやあ、鯛だけに実にめでたいですな。御屋形様!」

 赤松政村と、小寺則職は意気軒昂だ。


 そして、「えびす様」が鯛を「海」から引き上げる。

「遂に鯛を引き上げたぞ。いやあ、鯛を捕まえたからには、わしは酒を飲みたいのお」

 作兵衛の操る「えびす様」の酒要求に対して、傀儡師助六が大きな赤い盃を手渡す。


「赤松家の益々の強勢を願って、一杯頂こうかのう。」

 そう言って「えびす様」は盃の酒をグビリグビリと飲み干す。


 飲み終わった「えびす様」はまた助六に酒をねだる。助六は、持っていた扇を広げて、盃に酒を注ぐ所作をする。


「浦上家はじめ、赤松家臣の皆々様の繁栄を願って、もう一杯」

「えびす様」はまた盃の酒をグビグビ飲み干す。


 赤松家臣団もそれにつられて、互いに盃を交わして、酒を飲み始める。


 しかし、「えびす様」はただ盃の酒を飲むわけではない。赤松家の強勢、家臣の繁栄……。皆の願いが叶うことを祈り、福をその場にいる者たちに分け与えていく。

「えびす様」は皆に等しく接し、福をもたらす。それゆえか、赤松家臣団は不思議な一体感に包まれていた。

 飲み終わった「えびす様」は助六にまた酒をねだる。


「御屋形様がご自分の名前を覚えられることを願って、もう一杯」

「えびす様」のその一言に、赤松家臣団はまたも大きな笑いに包まれた。


「酔うた。酔うた」

 そう言って、「えびす様」は扇子を持ち、舞いを始める。これが、夷まわしの佳境である。


 舞の間に日は段々と暮れ、屋外の松明に火が灯る。

 そして、酔った家臣団も各々が好きなように舞い始める。

 その踊りを囃し立てる者、ヘベレケになって寝てしまう者、酒には酔わず、家臣同士で語らう者、様々な姿が見られる。


 それを嬉しそうな表情で見つめていたのが、九歳の幼き当主、赤松政村であった。


「家臣が互いに仲よさそうにしておる、本当に良い眺めじゃなあ。のう、則職?」

「そうでございますな。拙者、小寺則職も父の政隆とともに微力ながら、赤松家を盛り立てていく所存にございます」

 小寺則職は、当主赤松政村の手を固く握り、その忠義を誓った。


「そなたらは父の義村にもずっと付いて戦ってくれた。微力ではない。そなたらさえいれば、千人力、いや、万人力じゃ」

「勿体なきお言葉にございます」

 赤松政村と小寺則職はその絆を深くした。


 えびす様が福をもたらすというのは、本当のことなのかもしれない。

 そう思いつつも、政村には強い疑念があった。


「しかし、隠居した父上が戻ってこられるとの話は本当のことと思うか」

 先程までの笑顔とは打って変わった真剣な表情で、政村は小寺則職を見つめる。


「拙者も含めて、赤松家中の者がこうして置塩城に久しぶりに集うのも、その話を信じたからにございます。掃部助が今までの不義を詫び、先の御屋形様もそれを聞き入れられたとか。実に明るい話でありましょう」則職は穏やかな口調で答えた。


「おばぁ様と掃部助、あの二人の前では阿呆のように見せておる。しかし、わしも何も分かっていないわけではない。父上を隠居させて、幼いわしに家を継がせたのは彼奴らじゃ。それが何の理由もなしに、また父を迎えるということがあるのだろうか。……そなたも含めてじゃが、少し能天気すぎるのではないかと思うのじゃ」

 強い言葉で家臣を叱責する赤松政村。

 しかし、その語気の強さとは裏腹に、肩は恐怖で打ち震えていた。


「勿論、拙者も掃部助の動きを不気味には感じておりまする。だからこその拙者のみの登城。父の政隆は万一に備えて、本城の御着城に詰めておりました。されど、本日の饗応も不審な点は何もない」


「それはそうじゃが……」


「どこで、掃部助の息のかかった者が聞き耳を立てているか分かりませぬ。滅多な事は口になされぬよう」

 そう言って、主君に注意を促す小寺則職。


 先代赤松義村(よしむら)の「隠居」は政村が言う通り、浦上村宗と洞松院に強いられたものである。赤松義村は、浦上村宗の権力を排除するために兵を挙げたものの返り討ちに遭い、最近まで玉泉寺(ぎょくせんじ)という寺に籠っていた。


 その玉泉寺に、勝った浦上村宗の使いが来て、負けた義村へ再び臣従を誓ったという。それは普通に考えてあり得ないことだ。浦上村宗と洞松院。あの二人が何か謀をめぐらしているのではないか。政村がそう勘繰るのは不思議なことではない。


 放っておけば、崩れて壊れてしまいそうな当主の様子を見て、小寺則職は彼の肩を抱き、己の胸元へ引き寄せこう言った。


「御屋形様! しっかりなさいませ。掃部助が万一、謀を巡らしていたとしても、不安に思うことはございませぬ。先程言うて下さったではないですか、この小寺父子さえおれば万人力であると!」


「……そうであったな。我は一人ではない。そなたのような、忠義者の家臣がいる。頼りにしておる。それに、父上もまだ生きておる」

 そう言って、赤松政村は少しほっとしたような笑みを浮かべた。不安からなのか、安堵からなのか、幼き当主の頬に一筋の涙がスッと流れていった。


「そなたの言う通り、謀など何もなく、父上は戻ってこられるに違いない。どちらにせよ、根拠のない不安で心を乱しておっては当主の務めを果たすことは出来ぬ。もっと気持ちを強く持たねばな」


「……御屋形様! どこまでも付いていきますぞ!」

 決意を新たにした幼君を小寺則職は強く抱きしめる。しかし、抱きしめながら、彼の脳裏にも深い疑いと不安が渦巻いていた。

小寺則職もこの作中では重要な人物となります。

ただ、小寺則職の祖父も途中から小寺則職と名乗り始めるらしく、ややこしいんですよね……。


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