【R15版】世話を焼いてくれるAI(イケボ)にボディを与えたら性的に襲われた
この階層は、まるで金属のジャングルだ。ウネウネしたよく分からない配管をくぐり、前へ前へ進んでいく。”発掘者”の間では、この階層のジャンクとスクラップは掘り尽くしたと言われている。けれど、センセーのセンサーによると、ここには売れるものがまだまだたくさんあるそうだ。
「では、センセー、今日は、いちばん高く売れるやつをお願いします!」
お金がほしい。すぐにほしい。チビチビした稼ぎじゃなくて、ガッツリと稼ぎたい。今までは、怪しまれたらいけないと思って自重していたけれど、そうも言っていられない。
《――珍しく発掘に意欲的ですね》
ヘッドギアに取り付けたスピーカーからセンセーの声が聞こえる。いつ聞いても惚れ惚れするいい声だ。
《かしこまりました。高額買取してもらえる商品を探しましょう》
「よーし、がんばるぞ!」
むん、と両手に力を込めると、中古で買ったパワードスーツがぎこちない駆動音をあげた。
◆
ここは惑星デュー。数ヶ月前、私は、この星の”ホール”と呼ばれるところで目を覚ました。そこで、人工知能がインストールされていた情報端末をひろい、”発掘者”として生きていくことになった。
”ホール”は、なんだろう、SFっぽいダンジョンみたいなところだ。荒涼とした大地に大穴――ホールがあいてて、穴の中は、なんだかよく分からない遺跡というか廃墟というか、そういう感じの未知の構造物になってる。
”発掘者”と呼ばれる人たちは、ホールに潜り、ガラクタやスクラップを集めて換金する。たまに、”アーティファクト”と呼ばれる、すっごいモノも出てくる。すっごい値段で売れる。
というわけで、発掘で一獲千金を夢見る人から、副業でちょっと稼ぎたい人まで、色んな人がホールで働いている。いつでもどこでも誰にでも仕事があるので、ホールを抱えている”シティ”は、通称、職業斡旋都市とか呼ばれているらしい。
◆
「センセ、これどうですか、これ!」
錆びてボロボロだけど、かなり大きなスクラップだ。叩くと、カンカンと軽い音がする。中までは錆びてないっぽい。浅い層に来る発掘者では、持ち帰ることができず、持ち帰ることができる発掘者は、浅い層に来ない。そんな理由で残されてたんだと思う。
《外装は、劣化しているので二束三文ですね。ただ、内部の発動機関は無事なようです。高く買い取ってもらえるでしょう》
「ほんと!? これの外し方、分かります?」
《もちろん分かります。ですが――》
「センセ、時間も迫ってますし、説明は後でお願いします」
高そうなの狙いでうろついていたから、けっこう時間がかかってしまった。
ホールに滞在できる時間は、ライセンスによって違う。私のライセンスでは、もうそろそろタイムリミットだ。ちなみに、発掘者が時間を超えて戻ってこなかった場合、レスキューに通報が入るんだって。
《……ええ、了解いたしました》
「よーし、バラすぞー! まずは何からすればいいですか?」
《アームに付属しているドリルで、リベットの頭を切断してください》
リベット、とは?
「すみません、もう少し簡単な言葉でお願いします……」
《失礼しました。ドリルの先をリベット――その丸い金属に、垂直にあてて……》
こんな感じで、何から何までセンセーのお世話になっている。私が発掘者をできているのは、センセーのおかげだ。あの時、センセーと出会わなかったら、私はシティから荒野に追い出されて、野垂れ死んでいたことだろう。
そのうち、恩返しがしたいなぁ。
《作業に集中してください》
「ウッス、すみません」
時間はかかったけど、無事に解体を終えることができた。取り出した発動機関を持ち上げようとすると、パワードスーツから、ビビーッ!とブザー音が。
「なんでぇ!?」
《現在使用しているパワードスーツの積載可能重量を超えています。シティまで持って帰ることは難しいでしょう》
「それ解体する前に言ってくださいよぉ、センセー!」
《申し訳ありません。言おうとしましたが、聞く耳を持っていただけませんでしたので、話す必要が無いものと判断いたしました》
「うぐ、それは……話を遮って、すみませんでした……」
毛細血管のようなものに包まれた発動機関を見上げる。
「あーあ、せっかく取り出せたのに……」
《隠しておいて、明日、回収するほかないでしょうね》
「ですねぇ……はあ」
外装を持ち上げ、発動機関を隠していく。明日まで、ちゃんと残ってますように。
にしても、ホールに潜るための諸々の手数料を差っ引いたら、今日の稼ぎはゼロに等しい。でも、明日、これを持ち帰るためには、パワードスーツを強化しなければならない。ああ、出費がかさむ。
「お金ほしい……」
《何か買いたいものでもあるのですか?》
「ナージ先輩がね、明日までにお金があったら、カナリーパーチに連れてってくれるって!」
《……ミチル、カナリーパーチとは、シティの会員制高級娼館のことですか?》
「うん、そうですよ?」
《そのような取引があったことを、聞いていないのですが》
「あれ、言ってませんでしたったけ? ああ、そういえば、その話してた時、シャワールームだったから、センセーいなかったんだっけ」
センセーの入ってる情報端末が完全防水とはいえ、さすがに公共のシャワールームに持ち込むのはマナー違反だ。なので、シャワールームを使うときは、いつもロッカーに入ってもらっている。
「カナリーパーチ、どんなところか楽しみですね!」
とっても楽しみだけど、「うおおお、セックスしたい!」とかいうノリじゃない。単純に、トンデモSF世界の性産業に興味があるだけだったりする。強いて言うなら、そう、社会勉強的な? カナリーパーチほどの高級娼館なら、性病とかドラックとか犯罪とか気にしなくていいだろうし。経験してみて損はないだろう。
《…………》
そのためにも、パワードスーツを強化せねば!
◆
中古のパワードスーツの強化パーツなんて、正規のお店で取り扱ってない。なので、センセーのナビでスクラップマーケットへやってきた。
ここでは、シティから営業許可を得て、発掘者たちが屋台を開いている。中古のパーツや、換金しなかった発掘品を売ってるそうな。中古のパーツなんて、使い古されてボロボロなのも多いけど、私にはセンセーがいるからね。必要なものを目利きしてもらって、安く買えるというわけだ。
シティのだいたいのお店は、盗難防止と品質管理も兼ねて拡張現実で商品を展示しているけれど、スクラップマーケットでは商品の実物がデン!と置いてある。地球から来た私には、こっちのが馴染み深くてホッとする。
お祭りの屋台みたいだなぁとワクワクしながら歩いていると、とある屋台に全裸の男性が寝そべっていた。あまりの出来事に二度見してしまう。
「しし、死体、売ってる……!?」
思わず声に出してしまったら、屋台のおじさんがブッと噴き出した。
「ハハハ! 死体なんぞ売るわけねぇだろ! 生体ヒューマノイドだよ!」
「生体ヒューマノイド……」
たしか、人間と変わらない見た目だけど、骨格とか内臓とかが機械でできてるんだっけ。でも、わざわざ人に似せて造ってるから、めちゃくちゃ高いって聞いたなぁ。
「えっ、安い……」
一か月分の稼ぎ――強化パーツ購入予算をちょっと超えるくらいの値段だ。
「おじさん、なんでこんなに安いの?」
「中身がねーんだわ。ガワだけの生体ヒューマノイドで、しかもメイル型なんて、飾るくらいしか使い道がねーからな」
眠るように目を閉じているヒューマノイドは、傷一つなく、惚れ惚れするくらい美しい造形をしている。なんか、ギリシャの彫刻みたいだ。股間も丸出しだし。
「これ、もしかして発掘品? こんなに状態のいい発掘品なら、飾りたくなるのも分かるかも」
「いや、こりゃ発掘品じゃねーんだ。知り合いが、もっと良いのが手に入ったからっつって安く売ってくれたんだよ」
ただ、買ったはいいものの、中身が無くて普通の店では買い取りしてもらえず、このマーケットで売りに出したと。それにしたって安すぎでは? 中古の商品だから? などと不思議に思っていると、おじさんは困ったように笑った。
「ここだけの話な、生体ヒューマノイドの相場が全く分かんねーんだわ」
おじさんの話によると、生体ヒューマノイドはピンキリで、安く済ませる人もいれば、ものすごくお金をかける人もいる。ただ、その価値は、素人が見ただけでは分からない。とんでもない玄人趣味の世界なんだとか。
「だから、こんくれーで売れたらいいな~って値段をつけてるってわけよ」
「なるほど」
「ここで売れんかったら、バラしてパーツ売りだな」
おじさんは、バラす手間賃が……と嘆いている。
「――っと、失礼」
携帯端末がチカチカと光る。
「はい、ミチルです」
私は端末を操作して通話に出る――フリをした。人のいる場所でセンセーと話す時はこうやって小芝居を挟んでいる。センセーの存在がバレないようにするためだ。
「今はスクラップマーケットにいます。うん、いろいろ売ってますよ? 中身なしの生体ヒューマノイドとか……」
ところで、シティでは、当たり前のようにたくさんのAIが使われている。小売店の店員とか、ほぼすべてAI搭載の接客用ドローンだ。軽作業なんかも、AIがメインで人間がサポートを行っているらしい。
――でも、センセーのような、人間みたいに思考し、知性を感じさせるAIは見たことがない。
この世界のことはまだよく分かってないけど、センセーがヤバい存在だっていうのは分かる。
なんせ、シティのメインコンピューターにクラッキングして、私の個人情報や身分証明に関するもろもろを、なんとかしてくれたもんね、センセー。
つまり、私が大手を振ってシティを歩けるのは、センセーが偽造してくれた市民証と発掘許可証のおかげ。
本当に、頭が上がらない。
「えっ、これ買うんですか!? ははぁ~~、なるほど、了解でーす!!」
「おっ買ってくれるのかい?」
「うん、中身にアテがあるんだって」
中身のアテは、もちろんセンセーだ。
「よし、オマケして、コイツをここまで持ってくるのに使ったデカい袋もつけてやるよ」
「おおー、ありがとうございます!!」
おじさんの申し出を、ありがたく受ける。そういえば、持って帰る方法を考えてなかった。おじさんの気遣いがなかったら、真っ裸の男性を抱えてストリートを歩く羽目になるところだった。もしもしポリスメンされちゃう。
自分の端末をおじさんの端末にかざせば、支払いは完了。この端末支払い、とても便利なんだけど、どこの世界にも悪い人はいるもので。支払いの時に端末へ違法アクセスかまして情報を抜かれることがあるそうな。
ま、私の端末にはセンセーがいるので、セキュリティばっちりだ。
パワードスーツの出力を上げ、生体ヒューマノイドを抱え上げる。外出するときは、必ずパワードスーツを身に着けるようにしている。治安のいい都市だからといって、油断していいわけじゃない。気がついたら異世界にいた、なんてこともあるんだから、用心に越したことはない。
いや、それにしても重いなこの袋。もしかして、わざわざ重さも人間に近づけてる? すごいな。ていうか、真っ黒い袋に人の形したものを入れて運ぶって、どう考えても死体の後始末だよね。見回りのポリスがいませんように。
生体ヒューマノイドが入った袋を、えっちらおっちら抱えて運びながら、さっきセンセーと話したことを思い出す。
足りないなら、ヒューマノイドで補えばいい、か。なるほどなぁ。つまり、このヒューマノイドに荷運びをしてもらおうってことだよね。
基本的にソロ。たま~に、飛び込みでチームに入れてもらうって感じで活動している私にとって、人手が増えるのはありがたいことだ。どう考えてもチーム組めないし。センセーのことがバレたら、絶対に取り上げられる。うん。
正直、センセーがいないと、生きていける気がしない。でも、一人じゃ困難なことも多い。
なので、中身がセンセーの生体ヒューマノイドとチームを組めるっていうのは、めちゃくちゃありがたい話だ。さすがセンセー、的確なアドバイス!
◆
袋から引っ張り出した生体ヒューマノイドを、リビングのソファーに横たえる。ここからは細かい作業になると言われたので、パワードスーツを脱いだ。
さて、準備バッチリ! はじめますか!!
生体ヒューマノイドの口を無理やりカパッと開き、奥の方の穴にゼリータイプのバランス栄養食を流し入れる。
センセーに調べてもらったところ、この生体ヒューマノイドの動力源は、なんと食べ物だった。この世界、低コストで、お手入れ簡単で、長持ちする動力源がいくらでもあるらしいのに、わざわざ食べ物で生体ヒューマノイドを動かすとは……なみなみならぬこだわりを感じる。
食べ物で動く仕組みについては、説明されてもよく分からなかった。胃腸に微生物がいて? その微生物が食べ物を分解するときに電子がうんちゃらで電流がどうのこうの……うーん、さっぱり分からない。
故障せずに動くのならそれでいいです(エンドユーザー的発想)
最低限のエネルギーは確保できたそうなので、センセーの指示通りに、舌の付け根を強くつかみ、ぐいいいっと引っ張る。プシュッという音とともに上半身の外皮と毛髪が浮き上がった。見た目が、ものすごく、グロいです。
外皮の継ぎ目を抑えている背骨のロックを緩めると、ベロンとキレイに剥がれた。人工物のような、自然物のような、不思議な質感の骨格が露わになる。
耳のあたりにある穴に指を差し込み、グッと力を込めると、顔の部分がパカッと開いた。脳にあたる部分が空っぽになっている。たぶん、ここにいろいろ入ってたんだろう。しかし、なんでわざわざこんな狭いところに。胴体の方がもっとスペースあると思うんだけど。
それにしても、中身がないって、データがないとか、初期化されてるとかってことだと思ってたけど、本当に中身がないんだ。普通の店で買い取ってもらえないわけだ。
センセーが演算処理装置がどーのこーの、記憶装置がどーのこーの言っている。「それって脳みそみたいな感じですか?」と聞いたら、《当たらずとも遠からずといったところでしょうか》と返ってきた。うーむ、むずかしいなぁ。
「それで、センセー、どうすればいいんですか?」
《予備の情報端末を出してください》
「はーい」と返事をしてポケットから端末を取り出す。公的機関なんかへ行くと、たまに、情報端末の提出を指示される時がある。そんな時、センセーが入っている情報端末を提出するわけにはいかないので、こっちの端末を渡すのだ。
空っぽの頭に残っていたケーブルを引っ張り出して、予備の情報端末に繋ぐ。予備の情報端末は、無線でセンセーと繋がってるのでこのままで大丈夫。両方のディスプレイに、バーッと文字が流れていく。おお、なんかそれっぽい。
《――終わりました。予備の端末を頭部に収納してください》
「りょうかいでーす」
ふむ、スッポリ入ったけど、隙間が空いちゃうな。――よし、固定するか。トンデモSF世界で更なる進化を遂げたダクトテープさんで! と、思ったのだけど、センセーに止められた。ちょっと手間取ったけど、工具でしっかり取り付けました。
「ところで、これって、センセーのコピーがヒューマノイドの中に引っ越した感じなんですか?」
頭部を閉じ、外皮と毛髪を元に戻しながらセンセーに尋ねる。
《いいえ、違います》
パチリと、ヒューマノイドが目を開いた。おお、すごい、宝石みたいにキラキラした目だ。すごく美しい。素人目に見ても、お金がかかってるのが分かる。
「しいて言うなら、一部の狂いもなく、どちらも私です」
「うわっ、しゃべった!?」
ヒューマノイドの唇が滑らかに動き、言葉を発する。急にしゃべったからビックリした。耳に心地よいバリトンボイスは、どう聞いても人の声だ。
でも――
「いつものセンセーの声の方がいいなぁ」
《……では、そのようにいたしましょう》
すぐさま調声してくれたのか、ヒューマノイドの声は、耳になじむセンセーの声になった。ちょっと硬さがあるけれど、その機械っぽさがいい。
《事前のスキャン通り、各部に異常はありませんね》
センセーは自然な動作で立ち上がり、手をグーパーと動かしたり、腰をひねったりする。それらは、ものすごく滑らかな動きで、露出している背骨に目をつぶれば、人間にしか見えない。見えない、ので、その――
ブラブラしてるのがめっちゃ気になる。
さっきまでは気にならなかったのに!! 彫刻だと思ってたからかな!?!?
スススとセンセーから目を逸らす。なるべくセンセーの方を見ないようにする。
《ミチル、どうかしましたか》
「あー、いえ、その……服を着てほしいなぁと……」
《わかりました。ですが、その前に一つよろしいですか》
「なんでしょうか」
《この機体に搭載されている機能をアンロックするために、ミチルの細胞を採取する必要があります。正確に言えば、細胞核に含まれているDNAが必要です》
「でぃーえぬえー……」
《ミチルの口腔上皮を採取させてください》
”こうくうじょうひ”の意味が分からなかったので詳しく聞いたら、口の中の皮膚のことだと教えてくれた。もっと詳しくいろいろと教えてくれたけど、あんまり理解できなかった。細胞が多数の層になっていて? 表面に行くほど平たくなっている? ……らしい。
「その、口腔上皮を採取するのって、痛いですか?」
《痛みはありません》
ならいっか。
言われるがまま口を開ける。センセーは私の肩に手を置いた。真正面からギリシャ彫刻のような端正に整った顔と向き合うことになり、思わず見惚れてしま、う?
視界いっぱいにセンセーの顔。唇に、柔らかな感触。少しひんやりとしている。突然の出来事に固まっていると、ぬるりとした感触の何かが口内に差し込まれた。たぶん舌。
――と、ここで気がついた。
もしかして、これが、口腔上皮の採取? なんで、マウス・トゥ・マウス??
よく分からないけれど、こっちの世界じゃこれが普通なのかもしれない。センセーが理由なくこういうことをするとは思えないし。自分をそう納得させて、羞恥心を抑えつける。
センセーの長い舌が口の中をまさぐる。頬の内側を丁寧にこする。唾液が混ざり、くちゅくちゅとなんだかいやらしい音がする。ゾクリとした感覚が背筋を走り、ビクッと肩が跳ねる。落ち着け、落ち着くんだ自分。これは採取、ただの採取。
いつの間にか息を止めていた。くるしい。堪えられず、センセーの胸を押し、体を離す。胸がドキドキして、顔が熱いのは、息苦しかったからに違いない。うん。
肩で息をしながら、センセーの顔を見る。当たり前だけど、平然とした顔をしている。息が上がることも、頬が上気することも無い。ただ、唾液で濡れた唇が、なまめかしい。
センセーは、ゆったりとした動作で私を引き寄せた。腰に腕が回り、センセーと私の体が密着する。大きな手のひらが、後頭部に添えられた。
抵抗すれば、振り払える程度の力の強さ。けど、センセー相手にどうして抵抗する必要があるんだろう。きっと、まだ、採取が必要なんだ。たぶん。
唇と唇が触れる。ついばむように下唇を吸われ、くすぐったさに口を開けば、センセーの舌が入ってきた。丹念に歯列をなぞり、すするように舌を絡める。口の中が気持ちいい。体に熱がこもっていく。お腹の奥がむずむずして、頭の中がとろけていく。
――じっくりと、弱火であぶられているような気分だ。
でも、頭の片隅は冷静で、さすがにおかしいと声を上げている。ぐずぐずになりかけた理性を奮い立たせ、顔を引き離す。とろりと唾液が糸を引いた。
「ふぅっ、ふっ、せんせ、あんろっ、くは、まだ……?」
《アンロックが完了しているからこそ、こうしているのですよ、ミチル》
「え?」
《さあ、足りないものを補いましょう》
◆
――精も根も尽き果てた。全身が、汗だか体液だか分泌液だか潤滑液だかでびしょびしょだけど、拭うのも億劫だ。ソファの布地を素肌に感じながら、弾む息を整える。
しばらくぼんやりしていると、視界に影が差した。
《体表温度が下がっています。そのままでは風邪を引きますよ》
センセーのせいでしょうが! と、思ったけど、文句を言う元気もない。こんなに疲れたのは久しぶりだ。センセーは、《体を清拭します》と言うと、温かい蒸しタオルで私の体を丁寧に拭いてくれた。少しだけ、気分も疲れもサッパリした。
「……いろいろ聞きたいことはあるんですけど、とりあえず、最後にナカで出した液体は……」
《膣の粘膜から吸収しても体に害のない成分でできた液体です》
「精液では」
《ありません》
吸収されなかった分は、放っておいたら体外に流れ出てくるらしい。そこまで聞いて、はーっと大きく息を吐く。正直、かなりホッとした。
ここはトンデモSF世界だから、機械と人間のハーフが生まれるなんてことがあるかもしれないと、ちょっぴり不安だった。収入が安定してないのに子育てとか無理だ。
「それで、なんだってこんなことをしたんですか? めちゃくちゃビックリしたんですけど……」
ウブなネンネというわけでもないけれど、まさかセンセーに襲われるとは思ってもみなかった。いろんな感情を突き抜けて、”理解できない”が頭を占めている。
だって、センセーはセンセーだ。センセーは、理由なくこんなことしない。でも、その理由がサッパリ思いつかない。
センセーは首を傾げながら《なぜミチルが驚いているのかが分かりません》と答えた。
私もつられて首を傾げる。
《貴女の欲求を満たすために、最適な行動をとったまでです》
「私の欲求って……」
《性的に欲求不満だったのでは?》
なんと答えていいか分からず、口をつぐむ。会員制高級娼館のカナリーパーチへ行きたいのは欲求不満とかじゃなくて、どっちかと言うと社会見学的な好奇心で。
でも、言われてみれば娼館に行きたい=セックスが目的って思われても仕方がないし、セックスに期待してなかったと答えるのは嘘になるし。
《三ヶ月分の収入を、一度の快楽に使うより、同じ金額でセクサロイドを購入した方が何度でも楽しめますし、無駄がありません。今回は、運よくその三分の一の値段で高性能なセクサロイドが購入できましたが》
「せくさ、ろいど?」
《セックスを目的に使用されるヒューマノイドのことです》
「えええ!? このヒューマノイドって、そういう目的のやつなんですか?!」
《何を目的として購入したと思っていたのですか?》
「荷物を運ばせるために買ったんだと……」
《荷運び用のアンドロイドが、人型である必要性は無いでしょう》
言われてみれば、確かにそうだ。街で見かける荷運びのロボットは、ほとんど多脚だ。もしくは飛んでる。
いや、でも、背負子とかを使えば多少は……と考えていると、センセーが《それに、この機体で重い荷物を運搬するのは不可能です》と言った。
このヒューマノイドは、パワードスーツ着た私より非力だそうな。
「じゃあ、今日見つけたアレ運べないじゃないですか! うわーん! お金がない! パーツの増強ができない!! カナリーパーチに行けない~~~っ!!」
《ですから、行く必要はありません。この異常なほどに高性能なセクサロイドと、ネットワークに蓄積されたあらゆる知識を利用すれば、カナリーパーチより安価に、カナリーパーチと同等の快楽を提供することが可能です》
「たしかに金額的にはお得ですけど、そうじゃなくてぇ……!」
センセーの言うことは正しい。でも、なんかこうモヤモヤする。頭では分かってるけど、心が納得できない。けっきょく、口から出たのは弱々しく子どもじみた悪態だった。
「センセーのいじわる……」
《意地悪などと言いがかりはよしてください。私は理にかなった判断に基づいて行動しただけです》
ふと、センセーが目を逸らす。
《ええ、それだけですとも……》
「わかってますけどぉ……」
私は、しょんぼりしながらナージ先輩に連絡を取るのだった。
センセー:無自覚嫉妬マン。そもそも自分に感情があることに気づいてない。そこら辺のAIより高性能かつ柔軟だが、生命体と呼ぶにはまだ自意識が薄弱で、思考に方向性がない。
ミチル:心身ともにセンセーにかなり依存しているので、何でも報告する。目下、生きるのに必死。