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第9話

 シンとネオは様子を伺っていた物陰から移動して、地下にある店へと続く階段の前に立つ。

 2人はさっさと階段を降りて、左へ曲がると奥には店の扉が1枚あった。扉には“WELCOME“と赤字で書かれたプレートが掛けられていた。

「……懐かしい」

 プレートを見たネオは、シンの後ろから声をこぼした。

「最近は来てなかったのか?」

「……ギルドを抜けてから、来てなかった」

「そうか……“OPEN”じゃなくて、この“WELCOME”ってのがマスターっぽいよな」

「……確かに」

 ブラッディ・シャドウは、表向きは普通の酒場をしていて、人間も通うことができる。シンは血のメニューであるブラッディ・ワルツも好きではいたが本心は、誰も関係なく迎え入れるこの店のスタイルが好きだった。

 アンティーク風な扉に付いている取っ手を回して、2人は店の中へ足を踏み入れた。


 中には更に下にあるフロアへ降りる階段があって、扉から入ったばかりのシンとネオの目線の先には、大きなシャンデリアが吊るされていた。店の中は客が多く繁盛している。

 2人は階段を降りて、制服であるマントを羽織っているスタッフが立つカウンターへ向かう。

「ブラッディ・ワルツ、2つ」

 グラスを拭いていたスタッフに声を掛けた。

「かしこまりました」

 スタッフはシンの声に気が付いて、拭いているグラスから目を離し顔を上げる。

「お持ちいたします。どうぞお掛けになってお待ちください」

 スタッフは番号が書かれている立て札をシンに渡して、空いているテーブルと椅子がある方に顔を向けた。

「ども」

「……」

 シンは立て札を受け取って、ネオは会釈しながらスタッフの元をあとにした。

 スタッフは案内した席に2人が座るのを、横目で確認していた。


「……初めて見る店員だった」

 ネオはこの店に何度も来たことがあったが先ほどのスタッフには初めて会った。

「そうだな……まぁ久しぶりに来たんだし、そりゃスタッフも変わるだろ。転勤とかかも知んねぇし」

 シンはスタッフに勧められた席に着くまでに、近くの席の客がブラッディ・ワルツを飲んでいるのが見えた。

「隣の席の奴ら、ワルツを飲んでる。何か話すかも知れねぇ」

 ネオに小声で伝える。

「……分かった」

 2人はテーブルの前まで来て、様子を伺いたい2人の吸血鬼に顔がバレないように、背を向けて席に着いた。

 ダイニングテーブルは椅子と共に脚が長くて、深く座ると言うよりは腰を掛けると言った感じだ。

 シンは持っている番号札である立て札を、カウンターの方から見えるようにして、テーブルの上に置く。


 2人は隣の席の男たちの会話に、耳を傾ける。

「聞いたかよ」

「ん? なんの話だ?」

「この前、近くのギルドで仲間殺しが出たって話だぜ。しかも、まだ捕まってねぇんだと」

(俺のことじゃねぇか……)

 話を聞こうとしていたシンの眉毛と口がピクリと動く。目を瞑って、眉間にシワを寄せながら話の続きを待つ。

「へぇー、初めて聞いたな。オレのところのギルドには、まだそんな情報来てなかった」

(それぞれ違うギルド出身か)

 どうやら2人は、それぞれ違うギルドに所属しているらしい。ここの酒場では、より景気の良いギルドや自分に合ったギルドを探すために、吸血鬼同士が情報交換をよく行っている。珍しくことではなかった。

「どこのギルドだ?」

「ルーナの地区らしいぜ」

 ルーナとは、シンのギルドの吸血鬼たちが“兄さん”と呼ぶボスのことだ。

「あそこか……ルーナに関しては、オレもおもしろい話がある」

「どんな話だ?」

 シンとネオは目を合わせたあとに、注意深く話に聞き耳を立てる。

「もうすぐブラッドムーン……しかも、今回はテトラッドだろ? それに関して、前々から何か準備をしているらしい」

「……? 準備って?」

「なんでも、“エサ”と関係しているらしい」

「エサって……大量に仕入れるとかか?」

「そんな簡単な話じゃない……あそこの地区は、元々あまり羽振りが良くなかった。ところが、ルーナがボスになってから、数年で潤い出した」

(!……そんな話初めて聞いたな)

 シンがルーナに雇われた頃には、もうギルドは安定して仕事を得られるようになっていて、枯渇していたことなどシンは一切知らなかった。

「それは俺も聞いたことがあるぜ。シンが入った頃だろ? 女みたいな長い髪してる優秀な奴で、言われた仕事はなんでもするっていう」

(いや、俺別に髪長くねぇから! 伸ばしてたこともねぇし、第一俺の髪はこれ以上伸びねぇ)

 人伝いに語られて行くせいかシンの容姿は、本来とは違うものとして広がっていった。恐らく“女のような顔“が“女のような見た目“などに変わって、“女のような長い髪“になったのだろう。

 吸血鬼の髪は、ある度の長さまで伸びると止まってしまう。これは吸血鬼が不老であるために、不老=成長が止まるという意味だと吸血鬼たちは理解している。

「違う」

 相手の男が否定する。

(そうそう、別に俺の髪は長くねぇ)

 話に聞き耳を立てながらシンは頷く。

「オレが話しているのは、その女みたいな髪をしているシンが入る前の話だ」

 シンの額に薄っすらと青筋が浮かんだ。先ほどから表情を変えるシンの様子を、ネオは無表情で見ていた。

(……バレてない方が都合が良いから、怒らなくてもいいのに)

 ネオはそう思った。

(……やっぱり、シンは有名だな……でも、仲間殺しの犯人ってことは、まだ伝わってないみたい)

「じゃあ、シンがルーナのギルドに入って仕事をこなす前から、ルーナがあの地区を立て直したってことか?

「あぁ、そうらしい。まぁ、シンが入って更に潤ったのは間違いないだろうけどな……ルナは元々、もっと遠くのギルドから来たらしい。今回のテトラッドのために、長年エサと太いパイプを作ってきたらしい」

 シンとネオは耳を傾ける。

「太いパイプ?」

「あぁ、なんでも──」

 男が話を続けようとしたときに、

「お待たせいたしました。ブラッディ・ワルツでございます」

 店のスタッフがシンとネオのテーブルの前に現れた。

「「!」」

 後ろの男たちの話に聞き耳を立てていたシンとネオの視線が目の前のスタッフに移る。

 トレーの上には2人分のブラッディ・ワルツがグラスに入って乗せられていて、赤く光っていた。

 スタッフは2人の前にそれぞれブラッディ・ワルツを置いて、立ててあった番号札を手に取る。

「どうぞ、良いワルツを」

 スタッフはそう言ってお辞儀をしてからテーブルを離れていった。

 恐らく大事なところを聞き逃した2人は、後ろで話していた男たちの方をすぐに振り返った。

 すでにそこには先ほどの男たちの姿は無くて、ハの字になった椅子とテーブルには空になったグラスが置かれているだけだった。

 シンとネオは勢いよく立ち上がって、店内を見回す。

 男たちはカウンターの横を通って、出口へ続く階段へ向かおうとしていた。

「! いた!」

 シンとネオは2人を見つけて、追いかけようとして走り出す。

 男たち2人は階段を登っている。

「待てっ……」

 2人の後を追いかけるシンとネオに、賑わってきた店内の客が階段への道をふさぐ。

「チッ……くそっ……」

 シンとネオは人の波をかき分けて、やっと階段までたどり着く。

 シンが顔を上げた階段の先には、男たちの姿はなく扉が閉まった直後だった。

 シンは階段を駆け登って、出入り口の扉を勢いよく開けた。誰の姿もそこにはなかった。

 すぐに地上へ続く階段を登る。

 地上には、2人の男の姿どころか人影さえも全く無かった。

「くそッ……!」

(もう少しで……俺の知らないルーナに関する情報が得られそうだったのに……!)

 シンは左手で建物の壁を殴った。

 すると後ろから声をかけられた。

「お客様、困ります。お代をいただかないと……」

 話しかけきたのは、店のカウンターにいたスタッフだった。

 シンは壁から手を放して振り返る。

「あ……あぁ、悪い。すぐ戻るよ」

(そういや、ネオはどこに行った……?……さっきの人混みではぐれたか?)

 シンは店の中に戻ろうとスタッフの横を通った。そのときに、

 ──ドスンッ!

「なッ……」

 首の後ろの頚椎を、声をかけてきたスタッフに殴られて、気を失ってしまった。

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