第4話
シンは訝しげに左手に持ったままの弾倉を見つめる。
「そのマガジン?も、分解するの?」
「いや、これは分解はしなくて、弾をセットす……」
分解……?
「ちょい持ってて」
怜の〈分解〉という言葉を聞いて、シンは右手に持っていた銃本体を、顔も見ずに怜へ渡した。
「えっ、あっ」
怜は急に出された銃を、言われたに通り受け取った。弾倉がない分先ほど持ったときより軽い。
シンは両手で弾倉を持って、狭い側面の部分に爪を差し込む。両手で卵を割るときのように、亀裂に沿って弾倉を開いてみる。
「くっ……」
開かない。
(あ? 開かねぇな……重さに違和感を感じたのも、このヒビのせいだと思ったんだけどな……勘違いだったか?)
シンが力を強くしても弾倉はパカッと割れなかった。
首を捻りながらもう一度弾倉全体を確認するシンを見て、怜は声を掛けた。
「スライドさせるんじゃない?」
「は?」
「テレビのリモコンみたいに、力入れてスライドさせたら、開きそうじゃない?」
「……」
シンは言われ通りに、広い側面にある亀裂の部分に親指を押し当てて、奥へとスライドさせる。すると、
スルッ……ストン……。
亀裂に沿って象られた弾倉は、薄いプレートになってラグの上に落ちた。
「うわ、ほんとに開いた」
自分で提案しておいて怜は驚いている。しゃがんでプレートを拾って、シンに渡そうとする。
「……んだ……これ……」
シンは足元に落ちたプレートではなくて、手元に残っている弾倉本体を見ていた。
側面の3分の2が外れて、下部からは実砲弾──ではなくて、四角い黒色の塊が詰まっていた。
明らかに普通の弾倉の構造ではない仕組みに、シンは驚く。
(カートリッジじゃ、ない……なんだこれ……)
シンは弾倉を左手に持って、ゆっくりと自分の耳へあてる。
……ッーー……。
微かに、電子音のような音が聞こえる。
(モーター……? 分かんねぇ、なんの音だ……?)
そうシンが考えたときに、玄関のドアノブがゆっくりと回された。次の瞬間に、扉が勢いよく開かれた。
──バァーンッ!
「「!!!」」
シンと怜は同時に玄関の方へ振り返る。
開かれたままの扉の隣にはルイが立っていて、シンを発見すると片手に持っていた銃を構え始めた。
「!シン!」
「!ルイ、なんでここが……」
押入れが死角になっていて、怜はルイの姿を確認できておらずに、状況を把握できていない。
「……まさか、ずっと持っていてくれてるとは思いませんでした」
シンは左手に持っていた弾倉をゆっくりと右手に持ち替えて、ルイに見せた。
「……これのことか」
「あなたならもっと早く気が付くかと思ってました」
「……自分の銃に発信機付けてるなんて思うかよ……“兄さん”と一緒で、お前もボケ始めたか?」
「……その挑発には乗りませんよ」
ルイは両手で銃を構えて、体の正面をシンに向けている。銃身の上にあるリアサイトの谷間からはフロントサイトが見えていて、その先はシンを捉えていた。引き金にも指は掛かっている。
「……さっきから誰と話して──」
「ルイ!!!」
シンの大きな声に驚いて、怜は話しかけるのをやめた。
「……?」
急に大声で自分の名前を叫んだシンに、ルイは違和感を感じた。
「……コックしてねぇ状態で、どうやって撃つんだよ!」
シンは言い終わると同時に、右手に持っていた弾倉を、ルイの方に向かって思いっきり放り投げた。同時に左手で部屋の引き戸の扉を閉める。
「なッ!」
ルイは咄嗟に飛んできた弾倉に向かって、引き金を引いた。
──バンッ!
ルイが発砲した弾は弾倉には当たらずに、部屋の天井にめり込んだ。ルイの拳銃の撃鉄は、撃つためにちゃんと起こされていた。
「チッ!」
ルイは舌打ちをして、閉められた引き戸の方に向かって再び銃を構える。
「な、何……何が起こったの……」
怜は初めて聞いた発砲音がなんの音なのか分かっていない。しかし重たい破裂音を聞いて、シンに尋ねる声は震えている。
「悪い、説明してる時間は無い……ベランダから逃げるぞ」
「べ、ベランダってここ2階だよ!?」
「いいから早く!」
部屋の奥にあるベランダに向かって、2人で駆け出す。
シンがカーテンを開いてガラス窓を見た瞬間に、映っていた引き戸が蹴破られた。
──ガコンッ!
シンはガラス戸を開けてルイと一緒に外に出る。
「えっ、ちょっ、わっ」
シンは怜の体を左手で小脇に抱える。
「えっ、ちょ、ほんとに!? ひっ」
ルイが部屋に入ってきて銃を構える。ベランダから逃げようとしているシンの脚に向かって照準を合わせようとする。
「な、人間……?」
そのときに、シンが左手に怜を抱えていることを発見した。
(早く降りねぇと!)
ルイの声に気が付いたシンは、ベランダの塀に右手を突いて、怜を抱えながら飛び越えようとした。
「逃すか!」
そのときに吹いた強い風がカーテンを揺らして、一瞬2人の姿を見えなくさせた。ルイの照準が狂う。
──バンッ!
ルイの発砲した弾は、シンの脚ではなくて、塀を飛び越える途中で伸ばしていた右手の前腕を貫通した。
「ヴッ……」
「ひっ、ウソ、まっ──」
自身を支えきれなくなったシンは、抱えていた怜と一緒に、真下へ落下した。
「……ッててて……」
左手と腰が痛い。怜は落ちた際に小指の下にある小指球の辺りを、派手に切っていた。血がぷっくりと出始めている。打撲して痛めた腰を右手で抑えながら体を起こした。仰向けで起きた怜のお腹の上にはシンの右手が乗っかっていて、撃たれた所から血が流れ出ている。
(……!血が……)
怜を抱えて2階からコンクリートに直撃した衝撃に、シンは動けないでいる。
「うッ、……はぁ……」
(どうしよう、このままだと見つかってしまう……)
「クソッ、間に合わなかったか……?」
ルイはベランダまで移動して両隣の部屋やアパートの周りを見回す。
「……落ちたか?」
ベランダの塀から顔を出して下を覗き込むが何も無かった。
「……そう言えば、人間と一緒にいたな」
(人間を抱えて上に登るのは……この竪樋では無理だな)
ベランダの横の壁に付いている雨水を流すパイプは、変色していて随分と年季が入っている。
(それに、ヤツは確かに飛び降りようとしていた……)
「……念のため降りるか」
ルイがベランダの塀に手を突いて、真下に飛び降りようとしたときに、
──ウーーーー…….。
パトカーのサイレンの音が遠くの方で聞こえる。
「……チッ」
ルイは塀に置いた手を降ろした。
(脚ではないにしろ……シンではなくて、一緒にいた人間に当たったにしろ……出血はしているはずだ。手負いの仲間が一番邪魔なのに、下には血痕もない……)
「……また外したか」
ルイはため息を吐いて、パトカーのサイレンが近付く前に怜の部屋をあとにした。
※※※
「あの……ここは……?」
怜は雑居ビルの地下にある部屋にいた。暗い室内には、大人が入れそうなの木の箱が多く置かれている。寝かされている物や壁に寄りかかっている物がある。ロウソクが数本灯されていて、その明かりはゴシック風な室内を照らしている。
怜は木箱の上に腰をかけて、奥にある部屋から戻ってきた白髪の青年──ネオの話を聞いていた。
ネオはルカがパトカーのサイレンを聞いて逃げた直後に、瀕死のシンと怪我を負った怜の前に現れて、2人をここまで連れて来た。
ネオはかつてシンと同じ吸血鬼のコミュニティに所属していた。
シンは当時のコミュニティでも一匹狼で浮いていた。
所属した当初から優秀に任務をこなしていたシンは、仕事を回されることが多かった。当然、報酬も多くなる。シンは仕事をこなしていただけなのに、コミュニティのボスと何か関係を持っているのではないかと噂されるようになった。加えて、優秀なシンと一緒のチームで任務できる者は少なかった。シンはだんだんと孤立していった。
ネオは、仕事をした者がその分の報酬を得るのは当然だと思っていた。ボスとの噂はただの噂だと考えていて、周りがシンに嫉妬する気持ちが分からなかった。
ネオが周りを気にせずにシンと接していくうちに、シンもネオと行動を共にするようになっていった。
シンとネオが共にしていたある任務中に、他のコミュニティの吸血鬼がシンを襲った。ネオはシンを庇おうとして、代わりに右目に重傷を負った。
──お前といると不幸になる。
傷付いたネオを見ながら周りの仲間に言われた言葉に、シンは何も言うことができなかった。
ネオが目を覚ましたときに、コミュニティにシンの姿はなかった。シンはコミュニティを抜けて、ネオの前から姿を消した。
それからネオの右目が回復することはなくしばらくしてネオもコミュニティを抜けた。