表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/21

第2話

 どれくらいの時間が経ったのだろう。

 シンは、朦朧としながらも意識を徐々に取り戻しつつあった。

 工業用の油の独特な匂いがする。

 部屋には錆びた鉄屑と空の薬瓶が転がっている。どうやら何かの工場の部屋らしい。

 時計も窓も無い空間では、今の時刻を知る由もない。

 動きようにも手足を縛られていて、横たわったまま身動きが取れない。

 コンクリートの冷たさが顔から伝わってくる。

 監禁部屋の鍵が外される音がした。

 扉が開かれて、ルイが薄ら笑いを浮かべて入ってきた。

「シン……頭は冷えましたか?」

 横たわったまま鋭い眼差しでシンはルイを睨みつけた。

「冷やすも何も……俺はなんもしてねぇっつってんだろ……わざわざリーを殺してまで嵌めやがって……一体なんのつもりだ……?」

「私はただ、兄さんの命令に従っただけです」

 ルイが勝ち誇ったような顔をして近づいてくる。

(……もう少しだ……もう少し、ヤツの注意を引いて……)

「……あんなヤツが飼い主だと、飼われる方も大変だな」

 シンは、ルイを呼び寄せるかのように挑発する。

 その言葉に、ルイの目つきが変わった。

「お前に頼まねぇと俺1人好きにできねぇなんて……アイツももうろくしてきたか?」

 更にシンはルイを挑発する。

(もう少し……こっちに来い……)

 からかうようにシンが言い終わるのと同時に、ルイは近づいて来てシンの前髪を掴んだ。

「いッ……」

(もう……少し……)

「……前にも言ったはずだ……口のきき方には気をつけろ……兄さんのことを悪く言うのは許さん」

 ルイがシンの目を覗き込もうと顔を近づけたそのときに──今だ!

 シンは、吸血鬼の特徴である長い犬歯を伸ばして、ルイの首筋に噛み付いた。

「なッ!」

 不意をつかれてルイは怯んだ。ルイの首から血が飛び散る!

 慌ててシンの頭を振りほどいて、シンの顔をコンクリートに叩きつけようとした。

 しかしシンは体を回転させて立ち上がった。そのまま復活した筋力によって、手足の縄を引きちぎった。

「忘れてたみてぇだな……俺たち吸血鬼には、仲間の血が一番栄養価が高いってことを!」

「チッ、くそッ!」

 首を抑えるルイのみぞおちに膝を入れて、間髪入れずにこめかみに拳を打ち込んだ。

「ガッ……」

 あっという間に気絶したルイは、床に倒れ込んだ。

「……ぜってぇ真実を突き止めてやる!」

 ルイの持っていた拳銃を奪って、シンは部屋をあとにした。


※ ※ ※


 廃工場から抜け出して、なるべく大通りを避けながらシンは歩いていた。

 足取りがフラフラとしていておぼつかない。

 日差しがシンの体力を奪っていく。

(……もう少し、ルイの血を奪っておくべきだったか……いや、同属の血を糧にする、俺は落ちぶれちゃいない……)

 だんだんと意識が朦朧としていく。

(早く、早く日陰に入らねぇと……)

 路地裏に入り古い建物がある。一刻も早くどこかの部屋に忍び込むしかない。

 手すりを持ちながら階段を上る。息が荒く鼓動も早い。足を一歩踏み出すごとに、吐き気を催す。

 2階の廊下に出て、一番日の当たらそうな部屋を目指す。

 部屋のドアが何重にも見える。もう限界だ。

 シンは、最後の力を振り絞りって、ドアノブを掴んで回した。

 幸運にも鍵はかかっていなかった。

 (た……助かった……)

 シンはそう呟いて、気を失ってしまった。


※※※


アパートの2階の欄干に巻き付いているツタの影は、西へと沈む陽によって背を伸ばしている。黄昏が遙か彼方まで広がっていて、夕闇を連れて来ようと誘っている。

駅から続く古い家が並ぶ道には、井戸端会議をする主婦たちの姿や遊び回る子どもたちの姿もない。閑静な住宅街と言えば聞こえが良くて、実際には駅から少し離れた人気のない所だ。

しんとした帰宅路を、東怜が歩いていた。

道路のアスファルトが剥げた白い部分は、アパートの敷地まで侵食している。境目には塀などは無くて、誰の物か分からない自転車だけがぽつんと1台置かれていた。

建物の一部と化している自転車の横を通り過ぎて、怜は自分の部屋へ向かうために階段を上る。

一段一段足場の鉄の板は錆び付いていて、元の色が何色であったのかは分からない。手すりだけは新しく塗装されていて、建物全体の雰囲気から浮いてる。

(いや……どうして手すりだけ直したの……)

 普通の場合とは違って、この階段は上るときの方が気をつけてしまう。

(そろそろほんとにこの階段抜け落ちるんじゃないかな……)

 足元に不安を感じながらも階段を上り終えた瞬間に、風が強く吹いた。

「っ……」

 風は夕陽の方に怜の顔を向けさせた。

「…………」

 いつもと変わらない茜色の景色を、怜はただ見ていた。

 階段から移動して続く廊下の先に、怜の部屋があった。

 怜は、自分の家の鍵をかけたことがない。怜の故郷では、近所の人は皆顔見知りばかりなので鍵をかける習慣が無かった。

 「……あれ?」

 怜はドアノブに手を伸ばしたときに、違和感を感じた。ドアが少し開いていたのだ。

(え……誰?)

 怜は、思わずその場で立ち止まって部屋の様子を観察した。

(泥棒?……空き巣?……酔っ払いの人かも……警察? 警察呼ぶ?でもこんなことでお巡りさん呼んでも良いのかな……)

 その場を動けずに、怜は背伸びをして様子を窺っている。

 倒れている男は、ピクリとも動かない。

(全然動かないじゃん……まさか、死んじゃってるとか!?)

 頭の方までゆっくりと回り込む。しゃがんで覗き込んで見えた横顔は、想像していたよりも幼かった。

「えっ」

「……うっ……あ……」

 驚いて出た怜の声に、シンは目を覚ました。呻き声を出して、瞬きを繰り返している。

「あっ、えと、その……大丈夫?」

 声のする方へと顔を上げる。怜の存在に気が付いたシンは、目を見開いて驚いた。

「なッ……に……」

(人間!?)

 倒れていた体を素早く起こして、立ち上がろうとする。立ちくらみが起こって、シンは壁に手をついて体を支える。

「あっ、そんな急に立っちゃだめだよ。疲れてるなら座っておきな」

 体を支えようと怜が伸ばした手を、シンは無意識に払いのけた。

「「あ……」」

2人の声が重なった。

「……」

「えと……ごめんね。急に触ろうとしたらびっくりするよね」

「いや、その……大丈夫、自分で立てる」

 怜の目はシンを見ているのに、シンは怜の顔を見られなかった。2人の視線は交わらない。

「ほんとに? 顔色も良くないけど、大丈夫? 救急車呼ぼうか?」

「……! いや、救急車はいい」

「でも……」

「心配しなくていいから……ほんとに、大丈夫……それより、ちょっと教えてほしいんだけど……ここは、アンタの部屋?」

「……? そうだよ」

「……そうか」

 眉間にシワを寄せたシンを、怜は不思議そうに見ている。

「あっ……もしかして、部屋間違えた?」

「あ、あぁー……そんな感じ」

「なんだ、そうだったんだね。だったらお隣さんかも」

「! ……そ、そうかも」

 シンは怜の話に合わせることにした。

「そう、だったら、隣さんまだ帰ってないみたいだったし、戻るまでこの部屋で休んでるといいよ」

 隣の部屋の住人の知人と分かった怜は、安堵の表情を浮かべた。

「……悪いな、助かる」


※※※


「悪い、トイレ貸してもらえるか」

 空腹が続いているからか腹の辺りが少し痛い。シンはトイレを借りようと怜に尋ねた。

「トイレはね、キッチンの後ろの扉だから」

「サンキュ」

 シンは腰を上げて、ゆっくりと立ち上がろうとしたときに、腰とローテーブルの間でガコッと重い物音がした。

「?」

 立ち上がったあとに、シンは自分の腰へ伝わった感触を不思議に思って振り向いた。

 捲れた上着の下には、ルイから奪った拳銃が入っているホルスターが顔を出している。銃がローテーブルに引っかかった音だ。

(しまった!)

「どうしたの?」

 目の前に座っていた怜は、鈍い物音と振り向いたシンが気になった。

 膝を立てて、音が鳴ったシンの後ろ側を覗き込もうとする。

「あっ、いや!別に……立とうとして、腰ぶつけただけだから!」

(コレを見られるのはまずい……!)

 体の向きを変えて、腕を後ろへ回して上着に着ていたパーカーの裾を引っ張る。

「……?」

 不自然に後ろへ回された両手に、怜は疑問を持った。

(……何か隠してる……?)

 怜は立ち上がって、訝しみながら無言でシンに近づく。

 怜が一歩前に足を出すたびに、シンの足は後ろへ退がる。シンの踵と髪の毛が壁に触れて、もう逃げることはできなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ