第14話
「お前には……私の長年の“夢”を叶えてもらう」
「ゆ……め……?」
(そんなもんがアンタにあったのか……)
ルーナが畏れの対象であるシンにとっては、なんてかけ離れた言葉だろうと思った。
「そう……吸血鬼と人間が、永遠に共に暮らすというね」
「……? どういう、意味だ……?」
「私は、人間を私たちと同じように、不老不死にしたいんだ」
「!?」
ルーナはシンから離れて、話の続けながらシンの周りをゆっくりと歩き出す。
「私たちにとって、人間は必要不可欠だろ? 人間は必ず歳を取る。老化が進み、やがては死ぬ……寿命が延びてるだの健康寿命がどうだの言ってるけど、そんなの延命治療と変わらないと思わないか?」
「……」
「人間が不老不死になれば、私たちは若い血を飲み続けることができるし、人間は若い体のまま生き続けることができる……お互い、良いことしかないじゃないか」
「……んなこと、できるわけねぇだろ……」
「お前ならできるよ……シン」
「……あ?」
「お前には、特別な力がある……人を惹きつけて、夢を見させるような特別な力が」
「……アンタらが勝手に寄ってくるだけだろ……俺にはそんな、特別な力なんてねぇ……ただの吸血鬼だ」
「それに、どうしてか、お前の周りには不幸になるやつが多い……財布を失くすとか交通事故に遭うとかそんなレベルじゃなくて」
「!」
シンの顔が動揺する。
シンの周りを歩いていたルーナは、一周してシンの目の前に戻ってきた。
「リーも残念だったな……たまたまお前と同じ任務に就いてたから、白羽の矢が立った」
「!……っぱり、テメェが殺したんだな……殺す必要がどこにあった! 俺を捕まえてぇだけなら、最初からそうすりゃよかっただろ!」
シンはルーナに向かって勢いよく吠えた。ビシッと両腕の抑制帯は引っ張られて、椅子はガタッと少し揺れる。
シンはルーナの顔を睨みつけていて、怒りで口元が痙攣していた。
「その方がお前の心に傷をつけやすいからに決まってるだろ?……お前は自分のせいで、誰かが傷つくのを嫌がるからな。そのために、お前はギルドでも、仕事以外は誰とも連まない、群れない……巻き込みたくないから、不幸にしたくないから……でも……それはその傷つく誰かのためなんかじゃない」
シンはハッとした表情になった。睨んでいた目線が外れる。ルーナは再びシンの元へ近付きながら諭すよう話続ける。
「自分のためだろ?……お前自身のため。自分が責められるのが怖いだけだ。『お前といると不幸になる』って。責められて、結局は1人になるのが怖い」
シンはルーナの顔を見ることができずにいた。ルーナはシンの横に立ち止まる。
「殺す必要がどうとか、さも相手を心配しているように言ってるけど……結局お前は、自分が一番かわいいんだよ」
ルーナは膝に手を置いて、シンと目線を合わせるために少し屈む。
「違う?」
小さい子どもに話しかけるように、笑みを見せながら首を傾げた。
「ッ……!」
シンはルーナから顔を背けた。ルーナの言う通りだったシンに、何も言うことはできなかった。
ルーナは屈んでいた腰を上げて、真っ直ぐにシンの横に立つ。
「1人にならないために1人になる……お前は仕事はなんでもできるのに、生き方が不器用すぎる……でも、それももう心配しなくていい」
ルーナはシンの首筋に手を置いた。
シンは肩をビクッとさせて、顔を背けたまま固くつむっていた目を開く。
「ブラッドムーンに、お前の血を捧げる」
「!」
ルナは手を置いたシンの首筋に爪を立てる。
「お前の体の全ての血を抜いて、月の光を浴びせる……そしてその血を、人間に飲ませる……強力な月の力の前で、人間はきっと!……不老不死になった姿を、オレに見せてくれる……!」
シンの首筋は、ルーナの爪で破かれそうになっている。
「イッ……!」
ルーナは爪に力を入れるのをやめて手を離しシンの後ろへ回った。そしてシンの頭に自分の頬を置いて、椅子越しにシンを抱きしめた。
「お前はその人間の中で永遠に生き続ける……もう1人にはならないよ……シン」
ルーナは目をつむって、寝かしつけるようにシンにこぼした。
ルーナはシンから離れると後方へ向かった。部屋の入口付近にある棚の前に立つ。
「狂ってる……」
シンはひとりごとのように呟いた。
ルーナは棚の数多く付いている引き出しの中から一段を開けた。
開けた引き出しの中からメガネケースのような横長の箱を取り出す。開けて中身が入っていることを確認する。そしてもう一段別の引き出しを開けて、使い捨ての小分けのメガネクリーナーが入っているようなビニールの小袋を取り出す。
「んー?」
2つを持ったまま近くのデスクまで移動して、上に置いて作業を始める。シンの言葉には適当に答えた。
ルーナが取り出して開けた箱の中には、キャップが付いている太いマーカーペンのような本体と尖った小さなケースが固定されて入っていた。ルナはまず本体を取り出す。
キャップをまっすぐに外すと本体にはメモリが書かれていた。中身を混ぜるために両手でゆっくりと転がして、それから上下に振る。本体を置いて、ビニールの小袋を破いた。すると、中の白い綿で本体の先にある栓の部分を軽く拭いた。アルコール消毒をしているようだ。
ルーナは、消毒した本体と使った白い綿を置いて、箱に残っている尖った小さなケースを取り出す。ケースは三角錐状になっていて、底に貼られている保護シールを剥がす。本体を手に取って、まっすぐケースを押し当てた。止まるまで回して、取り付ける。するとルーナはケースをキャップのように外して、細い先端が顔を出した。これで注射器が完成した。
ルーナは針キャップを外すと注射器の下に付いてあるダイアルを回して、メモリを合わせた。注射針を上に向けて、注入ボタンと呼ばれるダイヤル部分を親指で押す。中身が出るまで回空打ちをする。数回目に注入器の中の液体が勢いよく飛び出した。
ルーナは注射器を持ってシンの元へ戻る。
「てめぇの理想を勝手に押し付けやがって……」
シンは首を前に倒し頭を下げて呟いていた。
下を向いていたシンの視界に、ルーナの足が入った。シンは勢いよく顔を上げた。
「人間はテメェのオモチャじゃねぇ! 俺達のエサであっても……命を弄ぶようなことはすんじゃねぇ!」
シンはルーナの目を見て叫んだ。シンの言葉を聞き終わった直後に、ルナはシンの顔を素早く掴んだ。ルーナの左手でシンの口が塞がれた。
「うるさいよ、シン……そんな風に思うなんて……やっぱり、お前は変わってる」
ルーナは、口を塞いでいる手とは反対側の手をゆっくりと上げていく。
シンの視界に、ルーナが用意していた注射器が目に入った。
「!?」
そしてルーナは、シンの左腕の上腕部に注射器を刺す。
「ンーーーー!」
(やめろーーーー!)
シンは口をふさがれたまま声を出した。
ルーナは注射ボタンを押し込む。ボタンが完全に押し込まれて、注射器のメモリが0に近付いていく。
1秒、2秒……。
液体がシンの体内に入っていく……。
5秒程経過した後に、ルーナはボタンを押したまま注射器をシンの腕から抜いた。
「ンン! ンーー!」
シンは体を揺らして、抑制帯を外そうとする。
ルーナはシンと目を合わせるために、頭を固定しようとシンの口をふさいでいる手に力を込めて、自分の顔をシンの目の前まで近付けていく。
シンは近付いてきたルーナの顔を、眉間に皺を作って必死に睨みつける。
「心配しなくていい……変な物じゃない。人間で言うところの、強心剤みたいなもんだよ。心臓じゃなくて、心を動かすための……ね」
ルーナはシン目の奥を見ながら話を続ける。
「お前には、吸血鬼の心が足りない……血を求める本能が。本能の叫びを……もっと聞いてあげて」




