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セラフィーナ 01

『申し訳ないが、君を愛することはできないと思う』


 セラフィーナに初対面でそう告げた時、レナートは悲しみに満ちた瞳をしていた。傷ついているのだ、と理解した。

 だからセラフィーナは、その言葉を責める気にはなれなかった。気持ちは痛いくらい分かったし、何より、かつての自分の方がずっとひどかったからだ。


 失恋の痛手から立ち直れず、自分を無意味な存在だと考えて荒れた生活を送っていた頃、セラフィーナは自分を慰めようとする両親にひどい言葉を何度も投げつけた。今思い出しても、耳をふさぎたい気持ちに襲われる。

 消し去りたい。なかったことにしたい。でもそんなことはできないから、今度こそ間違えないように、前を向いて進むしかない。


 レナートの最初の発言が好意的でないことには驚いたが、見方を変えてみればとても正直な人物であるとも言える。本当は心がないのに、愛していると言われて虚しくなるよりは、かえって良かったのかもしれない。セラフィーナはそう考えて、レナートの気持ちを受け入れた。


 セラフィーナはもう、自分を憐れむことはやめたのだ。これからは自分の力で、小さな幸せを見つけていけばいい。


 だから、レナートが愛以外にはセラフィーナに誠実に対応する姿勢を見せてくれたことは、この際僥倖とも言うべきことだった。

 せっかくそう言ってくれるのだから、セラフィーナはできるだけのことをやってみたくなった。


 とりあえず、レナートの青白く生気のない顔をなんとかしたい。そう思ってセラフィーナは、お節介を焼いてみることにした。

 早朝の陽光を浴び、適度な運動をし、十分な食事と睡眠をとる。誰かと会話をすることも、とても重要なことだ。そのことを身をもって知っていたから、セラフィーナは少々強引なことを理解したうえでレナートを誘い続けた。


 約束したとおり、レナートは生真面目にセラフィーナの要求に答えてくれた。

 最初の頃こそ、レナートの困惑や迷惑は見てとれたが、セラフィーナは鈍感なふりを決め込んで、日々の生活を変えなかった。


 そうして過ごしているうちに、レナートの顔色はずっと良くなったし、どうやらレナートの方も気を許してくれるようになったらしい。時々、セラフィーナの笑顔につられて小さくほほえみを見せてくれるようになって、それがとてもうれしかった。

 その頃になると、朝食だけではなく夕食も一緒にとるようになっていて、レナートがセラフィーナと過ごす時間は随分長くなっていた。セラフィーナの苦い過去の話を聞いてくれたこともあった。


 考えるに、きっと二人は良いタイミングで出会えたのだ。

 傷ついた直後ならば、お互いに歩み寄ることはできなかったと思う。セラフィーナはレナートのために何かをしたいと思わなかっただろうし、レナートも決して受け入れはしなかっただろう。

 互いに、必要な時が経過していた。それはある意味では運命だったとすら思う。


 そんなことを考えるようになったある日の晩、レナートがセラフィーナに尋ねた。


「セラフィーナ、何か必要なものは?」


 就寝前、ラベンダーティーを一緒に飲んでいる時だった。

 セラフィーナはカップをテーブルに置きながら、少し考えて答えた。


「そうですね、温室があったら良いと思います」


 何か必要なもの、と言われてセラフィーナは、サハロフ邸に必要なものを考えた。最近は屋敷の管理にも意見を求められることが多くなっていたので、そのことだろうと思ったのだ。


「この間購入した鉢植えが、寒さに弱いみたいで……。あまり元気がないので、温室に入れたら良いかと思うんです。できれば以前からある鉢もまとめて移動できる広い温室があれば……」


 と答えている途中で、セラフィーナはレナートが何か言いたげな表情を浮かべているのに気が付いた。


「どうしました?」

「いや。必要なものというのは、君にとっての、という意味だ。屋敷にではなく」

「もちろんわたくしにとっても必要ですよ?」

「……そうではなくて。ドレスや宝石で、何か必要なものはないのか?」

「特にありません」

「…………」


 きっぱりと言い切ったセラフィーナに、レナートがわずかに表情を曇らせた。不満というよりは困っているというか、そんな表情だ。

 不思議に思ってセラフィーナが小首をかしげると、やがてレナートは観念したような小さな息をつき、言ったのだ。


「君の、誕生日に贈りたい」

「…………」


 たっぷりと沈黙してから、セラフィーナは「えっ」と声を漏らした。


「……わたくしの誕生日を、ご存じだったのですか?」


 思わずまじまじと見つめてしまう。レナートは短く咳払いをすると、目を逸してカップを口に運ぶ。


「レナート様……」


 感激が胸に満ちてきて、セラフィーナが見る間に頬を緩めると、レナートはいたたまれなくなった様子で椅子から立ちあがる。


「設計士を呼んでおく。君の希望を伝えておいてくれ」

「……設計士? 温室を建設しても良いのですか?」

「ああ、君に任せる」

「でも、誕生日の贈り物にしては、高価すぎます」

「構わない。他に欲しいものがないのなら、それで」


 言いながらレナートは、セラフィーナに背中を向けてしまう。


「レナート様」


 引き止めようとしたセラフィーナの手をすり抜けて、レナートは部屋から出ていってしまった。


 その後迎えたセラフィーナの誕生日。

 建設中の温室よりも先に、美しい宝石がセラフィーナに届けられた。

 いくつもの雨の雫がさらさらと落ちるような造形をしたネックレスには、ダイヤモンドが数多くちりばめられており、中央には透明度の高い美しい翡翠が連なってあった。


 それはセラフィーナの瞳と、同じ色をしていた。

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