副騎士団長
「シシツキ先生、私は放課後になったら学園室に来てくださいと言いましたよね? 」
「はい」
「今は何時ですか? 」
「もうすぐで、午後7時です」
「そうですね。ちなみに、放課後になったのは、約3時間前です。それまでシシツキ先生は何をしていたのですか? 」
「ごめんなさい」
「ごめんなさいじゃ分かりませんよ。私は、何をしていたのかと聞いています」
「えっと…、その…、シキと話をしていました」
「そう」
これらの会話からわかると思うが、シシツキは絶賛説教中だ。学園長室の床の上に、直接正座するシシツキの前には、鬼のような笑みを浮かべた学園長が立っている。
悪い事をした子供が怒られているのと同じように、すっかり縮こまってしまっているシシツキの両隣には、同じく正座したアイカとシキも座っていた。
「学園長、私は気にしていませんよ」
そしてもう1人。シシツキ達が正座している背後のソファに座り、優雅に紅茶を飲んでいる穏やかそうな青年が、柔和な笑みを浮かべていた。歳は、シシツキと比べたら少し年上だろうか。
彼が身につけているものが、この国の騎士団の制服である純白のマントを羽織っていることから、彼が騎士であることがうかがえる。
「そうですか。そう言って頂けるとありがたいですね。とりあえず、今日のところはこれ位にしましょう」
「まだ、するのですか?相変わらず厳しい人ですね、学園長」
「いえいえ、あなた達で痛感しましたから。甘やかすのは良くないと」
そう言って、学園長が青年に微笑むと、彼は何も言わず笑みを返した。
どうやら彼は、この学園の卒業生であるようだ。そして言葉からして、何かをやらかしたのだろう。このホンワカとした雰囲気をかもし出す彼が、何かをやらかすとは到底思えないが。
学園長はやれやれと肩をすくめて、シシツキたちの方に体を向けなおした。
「とりあえず、呼び出した用件を済ませましょう。あ、そのままで聞いてくださいね」
つまりは、まだ正座をしろと。
アイカとシキは、平気そうな顔をしているが、シシツキは足の限界だ。
顔を引き攣らせるシシツキを意に介さず学園長は、話を進める。
「カンナギ・シキくんは、ここにこのまま残っていてください。先に、シシツキ先生の用件から済ませます。アイカさんは、時間も遅いですし、先に寮の方に戻って頂いても構いませんよ」
「いえ、私も残ります」
「そうですか。では、副騎士団長よろしくお願いします」
学園長の言葉に待っていましたと言わんばかりに、スクっと立ち上がった青年は、3人の面々を見た。
「初めての人も居ますから、とりあえず自己紹介をしますね。私の名前は、サイキョウ・アカツキです。この国の副騎士団長を務めていて、聖女付きの騎士の1人です。よろしくお願いします」
そう言って、アカツキはペコリとお辞儀をした。
それに慌ててお辞儀を返したのは、アイカだけである。
シシツキとシキは顔見知りなのか、特にアクションを起こす様子はない。
「私は、アイカと言います。シシツキ先生の助手をしています。よろしくお願いします。あの…」
「はい?」
「サイキョウということは、サイキョウ公爵家の方ですか?」
アイカの質問にピシリと笑みを凍らせたアカツキだが、アイカの視線の先を見て、彼女がなぜこの質問をしたのか理解すると、一変して嬉しそうに顔を綻ばせた。
「私は、一応公爵家の次男ですが、だからと言って、私自身が貴族至上主義という訳ではありませんよ。あくまでアイツら…失礼、あの家とは血が繋がっているだけです」
だからと続けたアカツキは、ビシッとシシツキを指さした。
それに、シシツキはビクッと肩揺らしたが、アカツキはそれを無視した。
「万が一にも、彼がスラム街出身だからと言って、差別はしませんよ」
それを聞いて、アイカはホッと安堵の息をついた。
アイカは、スラム街出身と言うだけてシシツキが軽視されるのではないかということを心配していたようだ。
「まあ、後から色々と説教はしますけど」
ボソリと付け加えられたアカツキの言葉は、小さすぎて誰にも届かなかったようだが、シシツキは悪寒がしたのか、しきりに腕をさすっている。
「とりあえず、本題に入りましょうか。実は、勇者たちの訓練が思ったよりも進んでいまして、10日後、おそくても2週間後には、ダンジョンに行きたいと思っています」
「そうなんだ」
シシツキがダンジョンについて知っていることは、少ない。
なぜなら、シシツキはダンジョンに入ったことがないから。
ダンジョンは、冒険者と呼ばれる、魔族の眷属であると言われている魔物を倒す職業の者達しか入れないのだ。
ダンジョンがなぜ出来たか不明だが、そこに蔓延る魔物は総じて強く、それに比例して取れる素材も桁違いによい。
そのためか、冒険者達は一獲千金を夢見てダンジョンに潜るという。
シシツキが、ダンジョンについて知っているのはこれくらいか。
だから、シシツキはダンジョンに詳しい副騎士団長の判断を信頼するしかない。
「そして、あなたにはやって頂きたいことがあります」
「ん。どうせ、勇者たちの進路相談とかでも言うんでしよ?」
シシツキの言葉に、アカツキは首を横に振った。
「いいえ。それは、ダンジョンに入って、実戦を経験してもらってからにします。あなたには、ダンジョンに入る心構えをしておいて頂きたのです」
「今なんて言ったの?」
あまりに予想外の言葉に、シシツキは思わず聞き返してしまった。
「だから、生徒と一緒にダンジョンに入って頂きたいのです」
「お断り――」
「出来ると思っているのですか?」
うっと言葉を詰まらせたシシツキに、アカツキは更に畳み掛ける。
「それに、あなたにダンジョンに入って欲しいのは、他でもなく勇者たちの為なのです。あなたは、勇者たちにとっては、この世界で信頼できる数少ない大人なのです。私達も努力するとはいえ、勇者達が精神的な面で行き詰まった時に、相談できる大人が1人でも多くいた方がいいという我々の判断です」
「ダンジョンに、俺みたいな研究者連れて行っていいの?」
「あしでまといに、なるつもりなのですか?」
その瞬間、アカツキの雰囲気がガラリと変わった。
まさに、王国最強といわれる副騎士団長に相応しい風格にシシツキは、心の中で呟いた。あ、俺終わった。
「では、明日からあなたも勇者達と一緒に訓練に来てくださいね」
「いや、でも俺には研究が…」
これ以上貴重な研究時間を奪われてたまるかと必死で抵抗するシシツキを、アカツキは無情にも追い詰める。
アカツキが向けた視線の先には、シシツキがいつも完敗しているあの人物が。
「いいですよね、学園長?」
「はい。許可します」
嫌なタッグが組まれてしまった。
シシツキは、絶望した。さよなら、俺の研究時間。
別に学園長が、シシツキの研究を軽視している訳では無い。むしろ、シシツキのしている研究は、この国だけでなく、世界にとって極めて重要なものであると認識している。
しかし、当の研究者はまだ24歳。今は、様々な経験を積んで、視野を広げる時期だ。
しかし、そんな学園長の気遣いも、シシツキにとっては、お節介なだけのかもしれない。多分、学園長の想いが全く伝わっていない訳では無いだろうから。
それでも学園長はどんな形であれ、シシツキには、部屋に篭ってばかりではなく、もっと広い世界を見てほしいのだ。
「学園長の、裏切り者」
研究を積極的に応援してくれている学園長に、見捨てられ、シシツキはすっかりしょげかえった。
そんなシシツキを慰めるように、今まで傍観者になっていたアイカとシキが、彼の背中を優しく撫でた。
「俺の味方は、アイカくんとシキだけだよ」
そう言うとシシツキは、アカツキと学園長にそっぽをむく。
何とも、子供っぽい態度だが、1人には効果が絶大であった。
その1人は、先程までの毅然とした雰囲気を、一瞬で霧散させると、シシツキの前にしゃがみ込んだ。
「そんなことないですよ、私もシシツキの味方です。ほら、コッチを向いてください。ね?今回は、上の判断なのです…」
一生懸命シシツキの機嫌を取り始めたアカツキに、アイカとシキの疑問はピークに達する。
「先生と、副騎士団長様って、どんな関係何でしょうか?」
「さあ…?」
アイカがこぼした疑問に答えたのは、学園長だった。
学園長は、すっかり副騎士団長としての威厳を失ったアカツキと、幼子の様に固くなにそっぽを向くシシツキの2人を呆れたように見ながら、アイカとシキに答えた。
「彼らは、義兄弟ですよ。もちろん、血が繋がっているという訳ではありませんが、”兄弟の盃”を交わしたそうですよ」
”兄弟の盃”とは、数代前の勇者がこの世界に伝えたものだ。血縁よりも強い絆で結ばれた家族のことで、血縁や契約とは違い、その関係を保つのは、絆だけだ。この国では、”兄弟の盃”は、平民から貴族まで、広く使われている。
しかし、この国では身分差関係なく”兄弟の盃”を交わすものは殆ど居ない。貴族で”兄弟の盃”を交わすものは、大体同じような地位の貴族同士なのだが、その場合は政治的な意味合いが強い。
平民の場合も、数代前の勇者が願った、純粋な絆で”兄弟の盃”を交わすものはほとんどいない。
しかし、アカツキとシシツキは、誰がどう見ても”兄弟”である。それほど顔立ちではなく、雰囲気が似ている。
「…と言うことは、コレはただの兄弟喧嘩ということか」
「むしろ、駄々をこねる弟を兄があやす図の方が正解ですね」
お粗末さまでした。




