勇者
やっとここまで来たか。
声に出すことはなかったが、それがアカツキの偽りのない本心だった。
目の前にそびえたつ魔王城は伝え聞いていたよりも、おどろおどろしい。そんな魔王城を見上げてそう思ったのは、アカツキだけではない。
長い旅路を共に旅した勇者も、聖女であるサラも同じことを思っているだろう。
まだ幼いといえる少年少女であった勇者たちは、今やこの世界の運命を背負ってもしっかり両足でたてるようになっていた。
この3年とすこしの旅の中で、小さな勇者たちは立派にたくましく育ってくれた。
魔物とたたかうことはもちろん、火を操る魔人と、何でも凍らす魔人と、大地を揺らす魔人と命がけで戦った。おかげで、魔王の幹部と言われる魔人はすべて道中で倒し終わった。
死にかけたのも、片手で足りないくらいだ。
だがそのおかげで、たくさんの人々を助けた。と同時に、たくさんの命に間に合うことができなかった。
私たちが駆け付けた時には、ムラの最後の生き残りが、腕を食われているところだったこともある。
親しかった人たちが目の前で食われ、自身も腕を喰われた彼は、間に合わなかった私たちに罵声を浴びせた。恨みで瞳をギラギラ輝かせ、罵声を放つ姿は、まさに何もできなかった自分への八つ当たりだろう。
私にはその気持ちが痛いほどよくわかる。かつての私とて、義妹を救えずただ周りの大人に当たるしかなかった。
だからこそ、確信を持って言えるのだ。彼は、元気でやっている。
最後に見た彼は、つらいことも乗り越えて、自分の足で立って歩けるだけの力がある者の瞳だった。
意外だったのは、勇者たちの方だった。
5人いる勇者のうち、誰かひとりでも心が折れると思ったのだ。命を懸けて救っても罵詈雑言を吐かれたら、心が折れても仕方がない。
“私たちが人間である以上、不可能なことはありますから”
そう静かに呟いたカレンの瞳には、怒りや悲しみや後悔の色がぐちゃぐちゃに入り乱れていた。
ほかの勇者たちも沈痛な面持ちで彼を見ていた。
きっと勇者たちは理解していたのだ。勇者という肩書があっても、彼らは人間であることを。そして覚悟をしていた。人間である以上、こぼれゆく命があることを。
だからこそ彼らは抗った。人間である自分たちができるだけの理想を叶えるために。
「禍々しいという言葉は、きっとこのことを言うんだろうね」
「うわぁ…。見てほら、鳥肌立った」
さすがに緊張しているのが、何とか気持ちをほぐそうと、軽口が叩かれている。
しかし、雰囲気は決して悪いものではない。
ふと、いつもは騒がしいサラが一言も発していないのに気が付いた。さすがに、この雰囲気にのまれているのか。
彼女はこのなかでは唯一戦闘をしない。そのためアカツキ達と比べると殺気に触れる時間が少ない。だから一番、殺気等の気に弱いのはサラである。
その彼女一人が気圧されていても不思議ではない。そう思って、アカツキはサラに声をかけようとした。
「ふふふっ…。やっとね」
「サラ?」
「ここに居座っている奴を倒せば、私の役目も終わりなのね。やっと、ユエちゃんとシシツキちゃんとギン兄と平穏に暮らせるのね…」
悲しいかな。サラの平穏な日常を過ごす家族としてカウントされなかったアカツキは、がっくりと肩を落とした。
そんなアカツキに、勇者たちからくすくすと笑い声がこぼれる。
その笑い声に、魔王を討伐したあとも生家に戻らない決心を新たにしつつ、アカツキは得意げに微笑むサラを恨めしげにみた。
彼女は、空気を改めるように1つ柏手を打った。
「さて、緊張は解れたね?」
サラの言葉に、皆の表情が引き締まった。
どうやら、意図的にアカツキを弄っていたらしい。
サラの表情を見る限り、半分くらい本音だったかもしれないが。
勇者たちは気を引き締め直し陣形を整え、勇ましく魔王城に乗り込んだのだ。
それから数刻。
結論を言おう。魔王城は王の間以外極めてあっさりと攻略することが出来た。
時間がかかったのも魔王城が見た目通りに、広大だったからであり、決して魔物が強かったからでは無い。
道中の魔族や魔物たちが、魔王の粗方の手札だったのだろう。
城内には、控え目に言っても雑魚としか呼びようのない魔物しかいなかったのだ。
それはいっそ哀れになる程、道中と城内のギャップがあった。
そして最後の扉である王の間の前までたどり着いた。
「ここから先は何があっても、一瞬たりとも気を抜いてはいけない。皆、気を引き締めろ」
「こんな凄まじい魔力を感じて気を抜く阿呆はここにはいませんよ」
扉からは、あふれんばかりの魔王の魔力が、漏れ出ている。
それは、勇者たちへの殺気を多分に含んでおり、それだけでも肌を刺すようであった。
全員の覚悟が定まっているのを確認して、先陣を切るアカツキが一つ頷いた。
「全員で王都に帰りますよ。もうひと踏ん張りです」
そうして手にかけられた扉は重厚な音をたてつつもあっさりと開かれたのだった。
「待ちわびておったぞ、勇者ども」
王の間は、学校の体育館程の大きさがあった。その広い王の間の細部に至るまで、煌びやかな上品さで美しく装飾が埋め尽くされていた。まさに、圧巻という言葉が似合う。
そして入って正面の王座に、魔王はゆったりと腰をかけていた。
初めて対面した魔王に勇者たちは思わず息を飲んだ。
それ程、魔王はこの世のものとは思えない美しい姿をしていた。
言葉に言い表すことが出来ない。感情があれが美しいと言うのだと囁いているようだ。
一般的に美しいと呼ばれる容姿をしているカレンとて、彼女の横に並んだら霞んでしまうだろう。
魔王は、そんな勇者達に頓着せず、口を開いた。
「よく、ここまでたどり着いた。わざわざ、妾に食われるためだけに」
魔王のコトバは驕りでは無い。
アカツキ一人、カレン一人ならば間違いなく魔王の言っている通りの未来になっていただろう。
それ程、魔王の力が強いことは、勇者たちはちゃんと把握していた。
しかし、そんな魔王でも恐れないのは、皆で力を合わせれば彼女を凌駕できると確信しているからだ。
これまで積み上げた経験が努力が、確信を裏付けていた。
「倒されるのは、お前の方だ魔王」
この部屋に入ってから一度も崩してない構えの体勢のまま、ヒカルが言い放った。
「これまで数多くの人々を殺めてきた、自身の行いを反省しなさい」
「ははっ、家畜が吠えよるわ」
弓を引くように極限までお互いの魔力が高められる。
きっかけはなんだったのか。
あまりの魔力に耐えきれなかった天井の悲鳴か、城外の物音か。
キリキリと引き絞られた矢が放たれるように、ヒカルが魔王に向かっていった。
それを見越していたかのように、魔王は危なげなく自身の武器である片手剣をぬいた。
剣と剣が合わさった。その瞬間、凄まじい轟音と衝撃波がうまれた。それは、魔王城の外にも伝わり辺りの空気が騒めく。
勇者と魔王。
ある意味必然とも呼べる戦いの火蓋は、切って落とされたのだった。




