ハズレ勇者
「君が、ハズレ勇者か?」
「……」
「何か答えたらどうかね?」
シシツキは、廊下を歩いていたら、聞こえてきた声と言葉にゲンナリとした表情で、天井を仰いだ。
危惧していた状況になってしまった。
「お前のようなものが勇者と名乗るのは、おごがましいにも程がある。今すぐ、勇者を辞め、この学園から姿を消せ」
シシツキは、チラリと曲がり角から、向こうを伺った。
状況は、予想していたとおり、1人の教師と3人の生徒が、シキを取り囲んでいる。
彼らはいわゆる、過激派の勇者信者といえば良いのか。
この国の宗教は、女神だ。それが何故勇者の信仰に繋がるのかと言うと、女神より力を授けられ、この世界を救う勇者は、女神の使者と言われているからだ。
また、勇者と並んで、女神から癒しの力を持つ聖属性の魔法を操る聖女も存在する。
しかしこの宗教は、過激派が存在する。それは、勇者・聖女を冒涜するものは異教徒とし、異教徒は人としての価値を持たないと考えるものだ。
では、何故彼らは、異世界から呼び出したシキを排除しようとしているのか。
それは、シキがほとんど女神からの加護を受けていないからだ。
だから、過激派はシキを勇者として認めず、逆に勇者を貶しめる存在として、抹殺しようとしている。
それが、このような状況を生み出した背景だろう。
そんなふうに、冷静というよりも投げやりに思考していると、生徒達がシキを罵る言葉が聞こえてきた。生徒のうち、2人が女子だからか、甲高い声が、聞きたくなくても聞こえてくる。
この廊下が、準備室の前で、普段は教師しか立ち入らないからこそ、遠慮なく怒鳴っているのだろう。
ただ、資料を取りに来て、鉢合わせしたシシツキにとっては、いい迷惑である。
「あー、もう。こんな時にアイカくんもいないし…。面倒臭いな」
そんなことを呟きつつ、シシツキは角から姿を表した。
「君たち、何してるの?」
突然現れたシシツキに、全員の視線が向けられた。
そして、教師と生徒達は、シシツキだと分かるとあからさまに蔑んだ目をした。
しかし、シシツキはその蔑んだ視線を完全に無視して、シキを見た。シキは、大勢に取り囲まれ、罵声を浴びているのにも関わらず、恐怖しているという様子は無い。
やっぱりコイツ、勇者達と同じじゃ無い
妙に争い慣れをしている雰囲気のあるシキに、そんな感覚を確信に変えつつ、シシツキは教師と向き合った。
先に口を開いたのは、いかにも貴族ですと言わんばかりの、派手な服を着た教師の方だった。
彼は、汚物を見るかのような目で、シシツキを見ると形ばかりの笑みを浮かべた。
「これはこれは、シシツキ教授では、ありませんか。もう既に学園は立ち去ってくれたものだと思っていましたが」
その言葉に、シシツキは最近アイカが荒れていた理由に思い当たった。
そうか、コイツが原因だったのか。
どうせ、何かの脅迫文だったのだろうが、そういうのはアイカがシシツキにも伝えず、全て処理していた。余計なことで、シシツキの研究の邪魔をしないために。
それに気が付いたシシツキは、今度アイカに何かプレゼントを贈ることを心にメモをしつつ、こちらは無表情で、毒を吐いた。
「残念ながら、今は担任を持つ身分だから、私情で辞めるなどという無責任なことはしない。それに、この学園の校則も理解できない低能に、従う義理も義務も無いしね」
シシツキは、生徒達に囲まれているシキに手招きした。
シキは、チラリと自分を取り囲む生徒達を見ると、スルリと間を抜けて、素直にシシツキの傍に寄った。
シシツキに気を取られていた教師と生徒は、シキに逃げられたことに気がつくと、顔を真っ赤にしてグッと握りこぶしを握った。
そのわかりやすい怒りは、すまし顔で自分たちと向かい合う、シシツキに向かった。
「貴様!!この私を誰だと思って…」
「スズカ伯爵様でしょ。その身分は、この学園では通用しないよ。まだ理解出来ていないの?」
シシツキは、自分の教員証を懐から出すと、ヒラヒラとそれを揺らした。
この手帳型の教員証には、教師の名前だけでなく、校則も乗っているのだ。
シシツキが、いつも律儀に持ち歩いているわけではなく、アイカが持っておいた方がいいと、ポケットに入れておいたものだ。
本当に、シシツキには勿体ないほど優秀な助手である。
「校則11条全ての生徒・教員は平等に扱い、ある特定の生徒・教員を贔屓しない。それは、たとえ王族であろうともこの学園では、生徒の一人とし、特別な処置は行わない。また、全ての子供に教育の平等を認め、実力があるものは身分を問わず入学を認める。アンタ達の大好きな勇者様が創立したこの学園の校則を、破るの?」
シシツキの言葉に、スズカは忌々しげにシシツキとシキを睨むだけだ。
「私は、ただその生徒に指導をしてやっただけだ」
「その大勢で取り囲んで、罵声を浴びせることが指導か。俺には、出来ない指導方法だね」
シシツキの言葉と嘲笑に、スズカと生徒達がいきり立つ。
「スラム出身のくせに!!」
「下賎な民が!大きい口を叩いてもいいと思ってるの!?」
「何の役にも立たない歴史を研究している気狂いが!!」
次々と、シシツキに向けて放たれる罵声に驚いたのは、シキだった。
「先生…」
「ん?どうしたの?」
ケロッとした顔でシキを見るシシツキとは反対に、シキの顔は青ざめていて、メガネの奥の瞳は、心配そうに揺れていた。
「その、ごめんなさい」
「君が気にすることじゃないよ。こんなの、日常茶飯事だからね」
シキの気を紛らわそうとしたのか、シシツキはシキの頭をワシャワシャとかき回した。
「聞いているのかね、下民!!」
スズカが、そうヒステリックに叫んだ瞬間だった。
シシツキは、自分の背後に慣れ親しんだ気配があることに気がついた。
「おやおや、騒がしいと思ったら。これはなんの騒ぎですか?スズカ先生、シシツキ先生」
先ほどシシツキがあらわれた曲がり角から、聞こえてきた声に、いち早く顔を青ざめさせたのは、スズカだった。
「が、学園長…その…これは…」
「なんの騒ぎって。聞いていたんでしょ?」
あっけらかんと言うシシツキに、学園長は否定をせずに微笑んだ。そして、シシツキとシキを通り過ぎるとスズカの前で立ち止まった。
「スズカ先生、困りますよ。生徒の見本となるべき教師が率先して校則を破るのは」
「いえ、学園長、私はただ、そこの生徒に指導を…」
「あれは、指導とはいえませんよ。あれは、脅迫というのです」
学園長は微笑みながらバッサリとスズカを切り捨てた。
「以前にも私は言いましたよね?ここでは、身分はあってないようなものであると。これ以上自分の身分をひけらかし、庶民を見下す様な発言をするならば、この学園を辞めてもらいますよ」
学園長の言葉に込められた、逆らいがたい雰囲気に押され、スズカは口を噤んだ。
それに、満足そうに頷いて、学園長は生徒達を見た。
「あなた達も、この学園での余計な身分の誇示は、校則を軽んじるものとなります。以後気をつけなさい」
「…はい」
明らかに不服そうだが、生徒達が全員頷いたことろで、学園長はシシツキに向かい合った。
「シシツキ先生、カンナギ・シキくん、お話があります。放課後、学園長室まで来てください」
「えー」
「来てくださいね?」
「…わかりました」
渋々頷いたシシツキとは正反対に、シキは素直に学園長に頷いた。
それを見て、学園長はいつもの柔和な笑みを浮かべた。
「もうすぐ、次の授業ですよ。さあ、教室に行ってください」
学園長の言葉に、シシツキはいの一番にその場に背を向けた。
シキはその後ろを、慌てて追いかける。
2人が角を曲がったのを見て、学園長はやれやれとため息をついた。彼らに非がないのに、このような目に合わせてしまう心苦しさがあるのだ。と、その時だった。
立ち去った筈のシシツキが戻って来た。
「よく考えたら、資料を取りに来たんだ。二度手間になる所だった」
「……」
「……」
まだ立ち去っていなかったスズカ達と、学園長の周りに何ともいえない空気が漂ったのは、言うまでもないだろう。
「締まらない人だな…」
シキがポツリとこぼした言葉に、遺憾ながらシシツキを除いたその場にいた全員が同意するのだった。
お粗末さまでした。