勇者達の素質
「ふぅ…」
「お疲れ様です。少し休憩なされてはいかがですか?」
「そうしようか。ありがとう」
タイミングよく差し出されたカフェオレを受け取りながら、シシツキは、今しがた書き終えた報告書をチラリと見た。
黒板の板書の様に雑な字であるが、内容はこと細く丁寧に書かれているという、妙なギャップのある報告書だ。
面倒くさがりながらも、面倒見のいいシシツキの性格が、そのまま表れている。
アイカは、シシツキの隣に立って、報告書を見て苦笑した。
「勇者達の教育を始めて、1週間になりましたね。1週間前はらまさか私達が、勇者達の教育係になるとは、思っていませんでしたね」
「ああ、アイカくんにも、苦労をかけるね」
「いえ、私の仕事は先生を全力でサポートすることですから」
「君も、物好きだな。歴史なんて、この世界では底辺の学問なのに。君の能力なら、何にでもなれただろうに」
アイカは、それに明確な返事をせず、ただ微笑んだ。
その反応を分かっていたかのように、シシツキはそれ以上は何も言わず、10枚ほどの束になった報告書をパラリと捲りながら、アイカがいれてくれた甘めのカフェオレを口に含んだ。
その味に、微かに頬を緩めるシシツキを見て、アイカは内心でガッツポーズをした。シシツキの好みの味を出し切れたことに、達成感を抱いているアイカを他所にシシツキは、自分の書いた報告書に目を通す。
「やはり、一番素質があるのは、ヒカルとカレンか。単純な力のこともあるが、2人とも正義感が強く、人を惹き付けやすい」
「お二人共、賢いですしね」
アイカは、つい先程行った小テストの結果を思い出した。
100点満点のテストであるが、2人ともほぼその数字に近い点数をたたき出している。
「頭がいいだけの奴は、沢山いるよ。例えば、サノ・オウキとか」
そう、驚くべきことに、サノ・オウキは不良で、素行はかなり悪いが、頭はかなりいいのである。
具体的にいうと、ヒカル・カレンに次いで3番目に点数は良い。
しかし、それだけでは足りない。シシツキが言う賢いとは、単純な学力を指すだけではないのだ。
「まあ、それより問題なのは、カンナギ・シキだろうね」
「え、でも彼は、勇者としての素質は無いですけど、ただの大人しい生徒じゃないですか?」
そう、彼を言い表すなら、成績が平均的な大人しい生徒だ。世間一般は彼の様な人間を平凡という。
ただ、シシツキは勘という、研究者に有るまじき不確定要素で、シキはタダの大人しい生徒とは違った、裏の顔があると感じ取っていた。
「カンナギ・シキの裏の顔が、どんなものか興味無いけど、彼を表の顔だけで、判断してちょっかいをかけようとしている人間がいる」
「それはまさか…」
アイカは、それ以上続けず、シシツキも特にそれ以上その人物について述べるわけではなかった。
しかし、2人の脳内には、共通の人物が思い浮かんだ。
2人ともいい印象が無いのか、シシツキは面倒くさそうにため息を吐いて、アイカからは軽く殺気が漏れ出た。
「アイカくん、カンナギ・シキを気にかけてあげて」
「はい」
「まあ、ちょっかいかけられたら、倍にやり返して良いよ」
アイカは、シシツキのその言葉に、とてもいい笑みを浮かべた。
もちろん、この世界には居ないはずの般若が見えるほどの。
その笑みを見て、シシツキは悟った。
あ、コレは任せちゃって大丈夫なやつだ。
シシツキは、そっと彼女から視線を外して、カフェオレを堪能した。
「はぁ、美味しいな…」
現実逃避ではない。多分。
お粗末さまでした。