この世界は…
「俺は今日から、君たちの担任を任されることになったシシツキだ。教えることは、主にこの世界の一般常識。こっちは俺の助手のアイカくん」
「先生の助手をしていますアイカと申します。このクラスのサポートをさせていただきます。よろしくお願いします」
学園長にやり込められた、その翌日。
シシツキはとても面倒くさそうに教壇に立っていた。もはや、面倒臭いと思っていることを隠そうともしていない。
その隣には、綺麗な笑みを浮かべたアイカが立っている。
シシツキの態度云々より勇者は、アイカの美貌に見惚れている。
完全に、アイカの尻拭いのお陰だ。
さて、勇者が学園で学ぶのには、深い訳がある。
今までの勇者達は、このように学園に来て、勉強をすることなど無かった。
なぜなら今までの勇者達は、王族専用の家庭教師で事足りたからだ。
では、なぜ今回は、この学園に勇者達が来ることになったのか。
それはシシツキの目の前に座る計31名の勇者達を見ればわかるだろう。
要するに、喚びすぎたのだ。
「えっと、確か、異世界の学校の生徒30人と教師1人であってるよね?一応顔と名前を一致させておきたいから、名前言ってくれる?そこの人から順番に」
確かに伝承通りに、勇者のほとんどは黒目黒髪だなと、感想を抱きつつ、シシツキは適当に端っこの生徒を指さした。
この世界は、皆とてもカラフルな色の髪や瞳をしている。
なぜ、このように様々な色を持って生まれるのかは、明らかとなっていない。
ある者は扱う魔法の属性であると言い、ある者は母体が摂取した食べ物によって変わるという。
だが、どれも有力的な説ではない。
ただ、そんなカラフルな色彩を持つこの世界の住人だが、黒髪黒目というのは、存在しないと言われている。
それは黒髪黒目が、勇者が特別な者という象徴であるからなのか。
ちなみに勇者の中の一部は、明らかに染めたであろう金髪をしていた。
閑話休題。
次々と名前を読んでいくシシツキは、王宮から送られてきた資料とその人物を照らし合わせていった。
王宮が素質をみるテストをした所、最も勇者として素質が高いのが、呼ばれてきた中で一際整った男らしい顔立ちをしているクジョウ・ヒカリと、男の目を惹き付ける容姿とプロポーションと気さくな性格で、クラスメイト全員から慕われているニカイドウ・カレンの2人だ。
彼らの顔を覚えつつ、シシツキは資料に書かれていた、1番勇者としての素質がないと評価されたカンナギ・シキを探した。
シキは、男子にしては小柄で、丸い大きなメガネと俯きがちな所から、非常に根暗な印象を受ける生徒だった。
調査書によると彼には、勇者として必要な光属性の素質が、とても低かったようだ。
だから彼は、影でハズレと呼ばれているようだ。
しかし、その割には、雰囲気に違和感を感じる。
その違和感が何なのか分からないが、この場で追求するわけにはいかず、とりあえずシシツキは次々と自己紹介を促していく。
一通り自己紹介が終わったところで、シシツキは授業を始めようと勇者に背を向けた。
そこで、勇者達からブーイングが起こった。
「センセー、質問タイムとかないのか?」
「俺聞きたいこといっぱいあるんだけどー」
そのブーイングの主である、髪を金髪に染めたサノ・オウキは、ニヤニヤとアイカを見ている。
アイカは笑みを保ったまま、腕をさすっている。気持ち悪くて鳥肌が立っているのだろう。
下心が丸わかりな提案だったが、下手に拒否することと質問タイムを設けることによる疲労を比較して、シシツキは後者を選ぶ。
「じゃあ、10分だけ質問の時間をとる。僕もアイカも、答えられる範囲でしか答えないからね」
シシツキの許可が出た途端、さっそくオウキからアイカに質問がとんだ。
「アイカちゃんは、彼氏とかいるの?」
オウキのちゃん付けに頬をひきつらせながら、アイカは丁寧に答える。
「いいえ、彼氏はいません」
そのアイカの返答に、目の色を変えた男子は、オウキだけではない。
シシツキの贔屓目無しにしても、アイカはとても美人なのだ。
人形の様な美しさと言えばいいだろうか。
それゆえ、お近づきになりたい男子は山ほどいるだろう。
男子がアイカに注目している間に、女子の1人が手を上げる。
「えっと…。たしか君は、ハヤマ・ユカリだったね」
「はい!そうです」
シシツキの指名に少女は、満面の笑みを浮かべた。
わんぱく少女という表現がしっくりくる容姿とそれに合わせてベリーショートにまで切った髪を持つ彼女は、その容姿を裏切らない元気な返事をした。
「シシツキ先生の好きな食べ物は何ですか?」
そして、至ってノーマルな質問をしてきた。
とても答えやすい質問に、シシツキはちょっと考える仕草をしたあと、思いついたものをそのまま口走った。
「カフェオレ」
「先生、それはちょっと彼女の聞きたかったものと違うと思いますよ…」
アイカ冷静な指摘に、それもそうかとシシツキは改めて答えをひねり出した。
「えっと、プリン」
シシツキは言ってから思った。
もう少しいいチョイスはなかったのだろうか。
しかし、人の好き嫌いなんてそんなものだ。
現に、質問者のユカリはそれで納得したようだ。
「そうなんだ!先生は、意外と子供舌なんだね!!」
「……」
なんか釈然としないという表情をしているシシツキに対し、アイカはユカリに同意するように頷く。
そんな感じで、和気あいあいと質問タイムを終わらせたシシツキは、改めて授業を始める。
「さて、まず君たちに俺が教えるのは、この世界の価値観だ。歴代の勇者達の記録から、まず君たち異世界人が壁にぶつかるとしたらこの1点につきる。心して聞いてね」
シシツキの言葉に薄笑いを浮かべるもの、気を引き締めるもの、顔色を悪くするものもいたが、シシツキはそれを無視した。
「君たちの世界では、戦争は無く、とても平和な世界だったそうだね」
シシツキはパラリと調書を、めくる。
そして、僅かに殺気を込めた目で教室中を見回した。
「この世界は、そんな優しい世界じゃない」
始めて受けるであろう殺気に怯えて、固まる勇者達を見ても、シシツキは殺気を緩めない。
なぜならシシツキは、王宮から依頼されていからだ。
勇者に向いている者とそうではないものの選別をすることを。
だから、これも試練の一つである。このクラスの中で、強い心を持つものを見分けるための。
しかし、それと同時に教えることを怠ってもいけない。
シシツキは、勇者達にこの現状が、現実であるということをしっかりと認識してもらうため、言葉も重ねる。
「まず、確固たる身分制度による貧富の差、魔族による捕食、また強盗などの犯罪者。まあ、これ以外にも理由はあるけど、主な理由がこれかな。俺らは死と常に隣り合わせだ。寿命?そんなものを全うできるのは、王族と一部の貴族だけだ」
シシツキの言葉と雰囲気に圧倒され、勇者のほとんどは顔を青ざめさせて、今にも失神しそうであった。
それでも、一部はそれを聞いても強い輝きをその目に秘めていた。世界を救うのは、自分たちなのだと。
勇者たちにとっては、突然呼ばれて、訳の分からないまま、勇者になれと言われ、世界の命運を背負わされた立場だ。
シシツキは彼らが、この世界を憎んでいても仕方が無いことだと思っている。
むしろその位の権利はある。
それでもこの世界を救おうとしていてくれる者がいることにシシツキは、嬉しさとも安堵とも言い難い複雑な気持ちを抱いた。
「この世界は、甘くない。忘れるな、気を抜けば死ぬのは自分だけではないということを」
シシツキの言葉が重く、勇者達に響く。
シシツキの言葉が決して出任せで言っているのではなく、実際に自分も経験があるからこそ、出てきた言葉なのだろう。
後に勇者達は語った。
自分たちが異世界に来たのだと実感したのは、この瞬間であったと。
お粗末さまでした