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先生は勇者と共に…  作者: 朱音
第1章
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始まり

亀更新です、温かく見守って頂けたら有難いです。

 

「先生、今朝の新聞読みましたか?とうとう勇者召喚がされ……聞いてます?」


 バタンと興奮気味に扉を開けた少女は、一心不乱に机に向かう青年を呆れたように見た。

 それもそのはず。今朝流れた、国の一大ニュースに国民が浮き足立つなか、この男はいつも通り、研究にのめり込んでいたのだから。


「ああ、うん、聞いているよ。ところでアイカくん、そこの資料を取ってくれない?」


 心ここに在らずの返事をして、青年はたった今駆け込んできた助手の足元を指さした。

 ため息をついて、アイカは足元にあった資料を手に取ると、狭い部屋の殆どを占めている本の山を避けながら、青年の元へ届けた。


 青年は、乱雑に括った髪から零れた横髪を耳にかけつつ、アイカから資料を受け取る。

 よく見ると彼の胸元には、シシツキと書かれた名札が、斜めに付けられている。


「先生もたまには、新聞を読んでみたらどうですか?」


 アイカの言葉に、シシツキは手元の紙から視線を外した。それと同時に、カリカリと紙を引っ掻いていたペンがピタリと止まった。

 シシツキは、不服だという目をアイカに向けた。


「失礼だな。新聞くらい読んでいるよ。ただ、その内容に関して、俺の感情が動かされないだけだ」

「一般的にそれは、興味がないと言いますね。異世界からの勇者召喚ですよ?やっと、私たちが魔王の脅威から、開放されるんですよ?」


 それでもですかと、言外に訪ねたアイカに、シシツキは、だからなんだという表情を作った。


「俺は、貴重な史料さえ壊されなければ、勇者なんてどうでもいい」


 堂々とそんなことを宣うシシツキに、アイカは頭を抑えた。

 この男は、今とんでもないことを言った。

 それはもう、聞いたのがアイカでなかったら、社会から追放されるくらいのことを。


 それほど、この世界の人間は、勇者というものを大切にしているのだ。アイカは勇者の信者でないので、さらっと聞き流してしまうが。

 熱狂的な信者であれば、間違いなくシシツキは、いろんな意味で終わっている。


「そうですよね、先生は三度の飯よりも歴史の人ですからね」


 知ってた、知ってましたとも。けれど、せめてこのニュースにくらい関心を持つべきでは無いだろうか。そんなアイカの心を、表情が見事に表していた。


 しかし、そんなことに気が付かず、シシツキは手元の紙に視線を戻した。


「そもそも、俺らが勇者と関わることは無いだろうし、気にする時間なんて無駄だよ。俺らは未来を、異世界から来た見ず知らずの勇者に委ねるしかないんだよ」


それ以外に、道はないと断言したシシツキの言葉を、アイカはそれもそうだと納得した。学園の片隅に引きこもっている自分たちが言葉を発したところで、その行為に何ら意味はない。


「ただ勇者にとっては、突然こちらに呼び出されて、世界は君にかかってるなんて言われて、迷惑でしょうがね」


 アイカは、そう苦笑すると、自分の座る場所を確保するべく、積み上がっている本を片付け始めた。


「あ、今度の私の論文は、初代勇者についてというのはどうですか?」

「好きなようにすればいいけど、初代勇者については、既にいくつも論文が、書かれてるよ?」

「…違うテーマにします」



 そんな呑気な会話をしていたのが、数日前だった。


 今現在は何をしているのかと言うと、シシツキとアイカは学園長と揉めていた。


「だーかーら、俺は嫌だって!無理、絶対無理!!」

 

 滅多にないシシツキの大声と、アイカの声が学園長室いっぱいに響く。


「そうですよ。大体、先生に一般常識を教えることなんてできると思ってますか!?」

「アイカくん、ちょいちょい俺を貶すの、やめてくれるかな!?」


 前言撤回。

 揉めているのではなく、駄々をこねていた。


 柔和な笑みを浮かべつつ、それを聞いていた学園長は困ったように頬に手を当てた。


「そんなことを言っても、シシツキ先生しかいないのよ。この学園で担任を持っていない先生は」


 学園長の言葉に、2人はピシッと固まった。


 そして、しばらくの沈黙のあと、先に口を開いたのは、アイカの方だった。


「確かに、この学園で一番暇なのは、私たちのようですね、先生」

「暇とか言うな。俺は、研究で忙しいんだ」


 フイッと学園長にそっぽ向くシシツキに、学園長は微笑みながら、切り札を使った。


「王国最強と名高い副騎士団長からの推薦なんですけどね…」


 その瞬間、シシツキの顔色が変わった。主に、悪い方に。

 そして、ゆっくりと視線を、学園長に合わせる。


 そんなシシツキの反応に、アイカは意味が分からず、キョトンと首をかしげた。

 その動きに合わせて、自身のの腰にまで届くほどの長さの金髪が、サラリと揺れた。


 学園長は相変わらず微笑んだまま、追撃をする。

 柔和な老人、近所の優しいおばあちゃんの様な容姿と雰囲気を持つカノジョだが、意外に容赦と言うものが無い。


「それに、あなたは貴族じゃありませんからね。上層部の余計な派閥争いに勇者()を巻き込まなくて済みますし。あなたも、異世界きた勇者()を派閥争いに巻き込むのは、心が痛むでしょ?」

「……」


 黙り込んでしまったシシツキに、学園長は先ほどと変わらない笑みを浮かべる。


 しかし何故だろう。

 凄く怖い。言葉に言い表しにくい、ゾワゾワとした恐怖が、シシツキとアイカに冷や汗をかかせる。


 さらにシシツキが頼りにしていたアイカは、シシツキが突然黙ってしまったことに、戸惑って静観する姿勢を見せている。

こういう時に弁が立つのは、アイカなのだが、流石になにも把握していない状況では、同じ土俵に立つことすらできない。


 まさに万事休す。

 追い詰められたシシツキは、最後の悪あがきとばかりに、先ほどとは覇気のない声を出した。

 

「俺なんか研究しかしてこなかった人間だよ?能力的に荷が重いよ」

「それでも、この世界の常識くらいわかるでしよう?それに、私が頼んだ理由はそれだけではありませんよ。あなたが、優秀で馬鹿ではないから頼んでいるのですよ」


 ただ、この場合の“頼んでいる”は、脅迫とイコールである。


 それでも、その声音と瞳から、学園長の本音であろう言葉を聞いたシシツキは、覚悟を決めた。

 彼女の言う馬鹿は、決して学力的な馬鹿では無いことは、明白だ。彼女がシシツキに声をかけたということは、余程切羽詰まっているのだろう。


 それに、どうせ学園長に抗ったって、結局押し通されてしまうのだ。ならば、素直に受け入れた方が、傷が浅くてすむ。


 シシツキは、深々とため息を吐いた。

 普段は、ため息なんかを学園長の前で吐くと、言葉の制裁が飛んでくるものだが、諦めからくるため息くらい許して欲しいものだ。


「ボーナスつけてよ」


 シシツキの降参の声に、学園長は満面の笑みを浮かべた。


「もちろん、研究費も上乗せしておきますよ」


 それを見守っていたアイカは、普段は意地でもそんな仕事を受けないシシツキが、素直に仕事を受けた事を考え、学園長には逆らわないでおこうと心に決めた。

 一体どんな弱みを握られているかわからない。


 そして、意気消沈しているシシツキに、研究室に戻ったら、彼の大好きな甘めのカフェオレを入れてあげようと決意した。


お粗末さまでした

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