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「黒い天使長編『死神島』」シリーズ  作者: JOLちゃん
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「黒い天使・長編『死神島』」③

始まったサパイパルデスゲーム。拓と涼は参加者たちと合流し、今後の事を協議する。一方サクラと飛鳥は秘せられていた地下秘密エリアに入り込み、30年前に起きた事件の真相を探っていく。しかしゲームの運営者、サタンも新しいゲームを提案しさらに予期せぬ<狂人鬼>まで発生、島の生存率はさらに悪化するのだった。

 3



 22時……夜中にも関わらず、島は騒然とした状態になった。


 紫条家 東館では、<こんぴら>の二人が慌しく館内を駆け回っていた。彼らは宝箱を集めていた。


「あかんわ! この館、先に進めへんエリアが多すぎや!!」

「平山ぁ! 外の方が宝箱あるんちゃうか!?」

「いや待て近藤! テレビモニターや!! テレビモニター前に確かスペシャル宝箱があるいうてたでっ! モニター探そうモニター!!」

「そ……そうやな。そっちの方が早いかもしれへん…… 俺らが見てたテレビモニターの前にはなかったよな!? じゃあ……」

「あ! そういえば村田や! あいつ、確か二階のテレビモニターで見とったんやなかったか!?」

 <こんぴら>の二人は一階の大広間でサタンのセカンド、サードゲームの放映を見ていた。同じく東館に逃げ込んだ村田が「何か細工があると困りますから僕は二階の大広間のテレビモニターで見ていますよ」と言い、両者別々で放送を見ていた。

 彼らが二階に上がろうとした時、近藤が窓の外に村田の姿を見つけた。近藤が窓を叩き村田を呼び止めるが、村田は「宝箱はなかった」と言わんばかりに両手を挙げ開いて見せる。

「おいっ! どこいくねん村田!」

「もちろん宝箱探しですよ」

 それだけ答え、村田は中庭の奥に歩いていく。その後を追おうにも、どこから中庭に出たのか分からない。

 歩きながら、村田は呟く。


「この状況じゃ、味方選びは慎重にやらないと、生死に関わるんでね」


 まだこの東館の中庭周辺は誰も入っていない。そして、夕方回収した宝箱の中に入っていたヒントで、この中庭は管理室を経由すれば東館の裏に出ることを村田は知っていた。外に出て、できれば<天使>であるナカムラ捜査官と合流しようか……そんなことを漠然と村田は考えていた。どちらにせよ、短絡的思考の<こんぴら>たちと組むメリットはない、と彼は判断していた。


 最も騒然となっていたのは住宅地の鳥居たちAD組のほうだった。


 彼らは元々監視モニター等の設置をしていたこともあり、電源の関係などからテレビモニターが島のどのあたりに設置されているか大体の予想を立てることが出来た。宝箱の設置場所も自分たちが用意した宝箱の場所は知っている人間が多い。すでに3人のADが鳥居や岩崎の制止を無視し宝箱を取りに駆け出していった。


「鳥居さん! 分かっていると思うけど! 出演者である私たちを優先して助けてくれるんでしょうね!」

「そ、そうだよね!」

 山本と樺山が二人同時に声を上げる。だが鳥居は一蹴した。

「馬鹿! もうそんなこといってる場合じゃねぇーんだよ!! 自分の身は自分で守れ!! テレビとか関係ねぇーよ! もうこれは事件なんだよ! 俺たち皆当事者だよ」

「何その暴言っ! 貴方、呪われるわよ!」

「この状況見てみろ! もうとっくに呪われてンだよ!!」

 鳥居はそう叫ぶと、唖然とする山本や樺山を置き捨て、自分もADを二人連れてこの場を去っていった。


 唯一理性ある行動をしていたのは紫条家本館の参加者組だけだった。


 元々難解連続殺人事件を解くために集められた頭脳の持ち主たちだ。


 最も……彼らは頭の回転が早いだけに、事の本質に気付き、動きたくても動けない状態にあった。


「あ……あの…… 皆さん、黙ってどうしたんですか?」

 この紫条家本館の中で唯一のAD三浦が、張り詰めた空気漂う参加者たちに向かって尋ねた。その問いに、拓、片山、宮村、篠原、河野が顔を見合わせる。

「あの……拓さん。十字架集めどうするんですか?」

 涼も彼らの沈黙の理由が分からない。

「十字架はどっちにしても集めることになる。だけど、これからどうするかって事が問題なんだよ、涼ちゃん」

「十字架集めが問題なんですか?」

 拓は静かに頷く。

 そこでようやく河野が沈黙組を代表し、喋り始めた。


「認識の共通を確認しましょう。追加説明があれば皆さん随時にその場でお願いしますね。今のサタンの放送で判明した事は大きく三つ。一つ、サタンも参加者であり主催者本人ではない。二つ、セカンドルールとサードルールは矛盾を抱えた、私たちを翻弄する罠。三つ……主催者は私たちの大半は殺すつもりでいる」


「大半? 全員じゃないんですか?」


「ううん、違うわよ高遠さん。これ、私の推測だけど」と宮村が手を挙げ追加説明をした。

「<天使>役……特に捜査官とAS探偵団は生き残らせるつもりなんじゃないかしら? 理由はこの事件を日本の刑事事件にしないためじゃないかな? 違います? 捜査官」

 拓は静かに頷く。


 もし拓が生き残れば、すでにビデオで記録させた通り事件の捜査はFBI主導で行う。そのための手はユージに連絡してすでに打っているし、今回の事件が国際的な規模で計画されていると思われる以上、普通に沖縄県警が担当することは有り得ない。そうなれば当然日本のマスコミへの対応も非公開となる。このゲームの主催者の狙いはそこにある。


 だから拓はわざわざ招待リストに入れられた……と今では確信を持って言える。


「恐らく<天使>は、このゲームのメイン・キャラクターね。例えば……セカンドルールの<サタンを捕らえる>っていうのは、私たちは無理。明らかに<死神>を倒して武器を装備している捜査官個人にあてたメッセージよ。セカンドゲームは、私たちがどれだけ捜査官に協力できるかね」

「協力すればいいじゃないか。こんなヤバい状況なんだし」と大森。


 だが、その事こそが、サードルールへの弊害なのだ。


「捜査官一人が追いかけっこで捕まる相手じゃないぜ。あのサタンの野郎はどこをどう移動しているかわからんし、俺たちよりこの島のことを知っている。施錠された封鎖エリアも行き来している。多分<死神>の護衛もいるだろうし、サタン自身も銃を持っているだろうさ。じゃあ紳士淑女、秀才の皆さんに質問だ。俺たちが最も有効に捜査官がサタンを追い詰める手助けは何か……」

 片山はそういうとコンコンとテレビモニターを叩いた。

「それは、俺たちが十字架を消費し、あのサタンの野郎を呼び出し、現在地を割り出し足止めすることさ」


「!?」


「ただし……です。そうすればセカンドルールの『十字架5つで生還者を出さないと翌日9時に<死神>が最大15人』が実行されるでしょう」

 篠原が冷静に話を繋ぐ。

「皆さん、最初のサタンの話を覚えていますか? 十字架総数は96+今回特別宝箱で合わせて5×2で10、イコール106です。ですがまず宮村さんたち4人が4つ失い、他に神野氏の死亡で1つ、最低5つ失っていますので101、片山氏は役場に置いてきたので先日入手分1つ置いてきたということで-1……これは回収可能です。田村さんが十字架を一つしかお持ちではない…… つまり単純に101個の十字架しかありません。平均すれば一人2.5。……これでは全員が生還者になることは不可能です。さらにサタンの言葉を信じるなら1/4……25%はブービートラップです。つまり十字架は75個ということになります。全て回収し、協力したとして生還者は最大15人です。では、今我々全員の十字架はいくつですか?」


 篠原の問いを受け、それぞれテーブルの上に十字架を置いた。

 数は8つしかない。田村、宮村が西館で集めた十字架4つと、篠原、河野の2つ、拓、涼の2つだ。それを見て、涼が不安げに「足りませんね」と呟く。


 今度は拓が涼の肩をポンと叩きながら話を引き継いだ。


「問題がもう一つあるんですよ。いいか悪いか分からないけど…… サクラたち……ASがいないでしょ? あいつらは多分宝箱集めてますよ、こういうゲーム好きだし。どこほっつき歩いているか分からないけど、もし一時間以内に姿を現さなければ、あのサタンの放送は見てない可能性があります。……あいつら、緊張感ないし冒険好きなんで……」


 保護者としては頭の痛いところだ。


 サクラと飛鳥は今回のゲームに死の危険など感じることなく謎解きに没頭しているであろう事を拓は確信している。もし、あの放送を見ていれば、サクラも事の重大さに気付き拓の元に戻ってくるはずだ。だがそんな気配はどうもなさそうだ。

 問題は、サクラたちが回収した十字架は、サクラたちが戻ってこない限り十字架を独占されてしまうということだ。


「あいつらだったら、下手したら20個前後は持っているかもしれない」


 サクラも飛鳥もこの手の宝探しは得意中の得意だし、サクラは透視できるから十字架だけを効率よく集めることが出来るだろう。


「い……いくらなんでも、サクラさんたちだって戻ってきますよ! 問題ないですよ」

「いや涼ちゃん。残念だけど、あいつらはアテにならないんだ。サクラと飛鳥は食料も持っているだろ? 食べ物には困らないし、飛鳥がいるからサクラも無理に<死神>を退治しようとはしないから倒された<死神>からあいつらの手掛りも出ない。それにもう時間が時間、あいつらが人目につかないところで眠っていたら朝まで合流できない」


 そう。もう夜の10時近い。サクラや飛鳥は基本徹夜を嫌うので寝るという行動を自然に選択する可能性は大きい。サクラなら完璧に見つからない場所を見つけ休むはずだから、そうなれば拓たちでは見つけられない。考えようによってはサタンより見つけにくい。


「確かに……あのおチビちゃんたちなら……結構十字架を集めているかもね」


 同じチームの田村がため息をつく。


 更なる問題がある。


「サクラは絶対ブービー宝箱を開けない。あいつは宝箱の中身が透視できる」

「ということは、残った十字架のブービートラップ率が上がるということですね。仮定として、AS探偵団が最大20個十字架を持っているとして……全体数は55個。……ブービートラップの確率が約40%くらいに上がりますね」

「4割か。だともう軽視できなくなるなぁ」

 やれやれと片山は呟く。他の皆も状況の悪化に思わずため息をついた。

「さらにこのうち5個セットが二つあるワケです。さらに宝箱の数は減ります。あと、気付いたのですが……」

 さらに篠原が説明を加えようとした時だった。遠くでドーンという花火のような爆発音が起きた。銃声とは明らかに違う。この音に、涼は聞き覚えがあった。昼間サクラが見つけた住宅地にあったブービートラップの爆発だ。

「誰かがブービートラップ引いたんですよ!!」

「え? 粉まみれになるんじゃなくて爆弾もあるのか!?」

「住宅地で見つけたブービートラップは爆弾だったんです! 同じ音です!」

「…………」

 全員沈痛な面持ちで顔を見合わせる。このままいけば、最低のシナリオが起きるのは確実だ。十字架の奪い合いが発生するだろう。


 危険を伴う十字架集め。

 生還者を出さなければ増える<死神>。

 そして十字架を消費しないとサタン捕まえる手掛かりが得られない。

 そして仲間たちの間に生まれる敵愾心と疑心暗鬼。

 これこそが、このセカンドゲームとサードゲームに隠された、裏の顔……正に悪魔のルールだ。しかもこのルールの陰険な所は、本当の苦悩はこの裏の悪魔のルールを理解した時から始まるという事だ。その点彼ら参加者たちはいち早くその事実に気付いてしまった。


 ただし、彼らはこの現状から最善策を考えるだけの冷静さも持っていた。


「船頭が多くてもしょうがねぇ。捜査官、アンタが仕切ってくれ。意見をまとめよう」


 片山はそういうと近くにあった椅子を引き寄せ座った。

「そうね。捜査官が公平ね」

 田村、そして宮村と篠原も賛同し近くの椅子に腰掛ける。他の皆も黙って椅子に座った。

「分かった」

 拓は頷く。拓だけはさっきサタンから宣言された通り基本ゲームから降りられないし、事件後の捜査を担当することにもなる。異常事態に対する経験も多く、唯一<死神>に対抗できる武力も持っている。

「まず、案は二つ。一つは、2人くらいは生還者を出し<死神>の数を少しは削る。もしくは全く出さず、今後もサタンの意図を無視し、バリケードを作って生き延びる。このどちらかの方法がベストだと思う。俺自身は状況が許せば<死神>を狩って少しでも状況を改善させる。第四、第五の追加ルールは気になるけど、サタンは事前にルール内容を知ることで対策は練れると言った。ということは、それを推理し抵抗することもできるかもしれません。皆はどう思いますか?」

「捜査官の意見だと、あんまり生還者を出すのは賛成ではないんですか?」

 柴山が少し驚いた様子で言った。拓は頷く。

「相手は秩序型の犯罪者で、信じていい点もあります。彼自身今回ゲームのプレイヤーの一つと言っているので、彼らの思惑通りの内は信用できます。ただし、思惑と違う展開になってさらに窮地に追い詰められた時、暴挙に出る可能性もあります。もし生還者を出すのなら、善後策であの生還者を収容する<煉獄>をこっちの手で最低限安全を確認してからでないと危険だと思う」


「成程。正論ですな」


「すみません。その判断は色々相談しあわないと出来ないので、まず話し合うより動けることを先にしましょう。とりあえずどっちにしても必要な食料を取ってくるのはどうですか? サタンは『本日は<死神>の活動はない』と言いました。本日0時までということでしょうから、急いだほうがいい」

「そういえばそんな当たり前のこと、抜けていたわね。何か食べたい気分じゃないけど」

「片山さんと大森さん、柴山さんの三人で行って貰えますか? あ、ウインチェスターは置いていってください、鳥居さんたちが警戒しますから。片山さんのコルトSAAはスーツの下に隠せるから大丈夫です」

「分かった。そうしよう」

 片山は頷き立ち上がる。大森は元気よく立ち上がり、柴山はしぶしぶといった表情でウインチェスターを三浦に手渡した。

「役場にダンボールがあるからそれに入れればいいかな。誰か懐中電灯は持ってる?」

「あ、私もってます」と涼がリュックの中から懐中電灯を取り出す。

「役場に行くんだったら、救急キットとかADたちが持ってきてないかしら? 三上さんのケガの手当てがしたいのよ」

「了解です。ところで捜査官、宝箱を見つけたらどうする?」

「サタンの言う黄金宝箱があればそれだけは持ってきてください。ただし、取り合いになるようなら譲って来て下さい。できるだけ争いは……」

 拓が説明している最中、また爆発音が聞こえた。今度は紫条家の敷地のようだ。


 構わず、拓は説明を続ける。


「争いはせずに。宝箱の場所はメモしとく程度でいいです」

「集めないんですか?」と尋ねたのは篠原だ。

「宝箱集めは残りの我々で、紫条家の敷地内のものだけでいいです。朝までにサクラを捕まえれば、十字架問題は大分改善されるはずですから」

「よし、行動開始しよう諸君」

 片山はどこか楽しげに笑みを浮かべ宣言すると、二人を連れ外に出た。拓は一応窓からHK G36Cを構え三人が無事去っていくのを確認すると、再び室内に戻り、残ったメンバーを見渡し言った。

「じゃあ、俺たちはセーフ・エリアを確保しましょう」

「セーフ・エリア?」

 涼が聞き返すと、拓は微笑んで答えた。

「絶対安全圏……。ま、俺たちの基地作りって事さ」

「……基地……」





「どこの基地よ、ここは……」


「アンタさっき言うてたヤン。ゆーさむりぃーど……やっけ?」


「あー ユーサムリッドね。そういうことが言いたいンじゃないんだけどねあたしは」


 サクラと飛鳥は第二研究所の奥にドアを見つけ、さらにその先に進んでいた。二人が入った研究室はあくまで事務所の一つのようだ。


 奥の通路も、所々に風化した屍が転がっている。どれも凄惨な姿で死んでいた。


 サクラは屍を見つけると、使えそうなものがないか探っていく。サクラの目的は研究資料や武器だった。どちらもあまりいい成果が得られなかった。何せ30年以上前だ。


「もうええ加減に死体漁りはやめたらどないや?」

 屍に生々しさがないおかげで、飛鳥も今は顔を顰めつつサクラについてきている。もっとも死体には指一つ触れようとしないが……。


「そだねぇ…… あんまいいもの持ってないし、情報もないし」


 サクラもそろそろ飽きてきた所だ。死体から離れいくつか見つけたアイテムを見つめた。身分の高そうな職員のIDカードやタグ、鍵、後は銃だ。銃以外はポケットの中にある。

 サクラが手にしているのはボロボロのM16A1と30連マガジンが2つ、同じくボロボロのコルトM1911A1とそのマガジン、45口径の弾10発、イサカM37ショートバレルと弾5発、コルト・ポジティブ38口径と38口径の弾が8発。ただしどれも劣化が酷く使えるかどうかは分からない。どの銃も錆びが浮かび機関部の音がおかしかった。一応飛鳥が抱えるように持ち、サクラが使えるかどうか確認している。


「ダメだ。つーか重い」


 と、サクラは近くの大きな木箱の影に銃を捨てた。銃はちゃんとオイルを差し手入れをしなければ鉄の部分は錆びる。その上どの銃も血塗れで、血による酸化の錆びもひどい。オートマチックは全滅で、結局今すぐ使えそうなのはリボルバーのコルト・ポジティブと38口径とイサカのショットガン、後は弾の45口径、223小銃弾とマガジンだけは持って行くことにした。


 再び二人は通路を歩き出す。10mほど先に新しいドアが見えている。


「あ、銃ウチにも寄越せゴラァ! もしくはこいつの弾はないんかい!?」

 飛鳥はリュックの中から拓に渡された弾のないS&W M459をサクラに見せるがサクラは「残念、9ミリはない」とにべもなく答える。すると飛鳥はサクラの手の中にあるボロボロのコルト・ボジティブを欲しがったが、「これ、動く保証ないし暴発しても知らんけど?」とピシャリ。飛鳥に銃を持たせるといろいろな意味で危険なことはサクラが一番知っている。最も飛鳥は欲しがるものの言うほど銃には関心がないのでそう言われると素直に諦めた。


 目の前のドアはプレートがなかった。鍵がかかっている。


 あいにくサクラが手に入れた鍵では開かなかった。


 ふむふむと得意顔で、ヘアピンを使い開けに入る飛鳥。


「……こんなもので開くはずがないとお思いの方が多いワケですが……♪」


「ホント……アンタ、どこでこんな特技会得したんじゃ?」


「ネット♪」


 ……10分経過…… ガチャガチャといじる飛鳥と、沈黙するサクラ。

「ちと今回難しいな」

「よく考えたら、この施設って30年以上前の施設だから、ほとんどシリンダー錠かな? 確かにピッキングしやすいタイプね。それにしても……なんか、匂わない?」

「……し……死体の匂い??」

「いや……なんだろ? ……血と……獣の匂い?」

「ウチにはワカラヘンけどなぁ……」

「あんた、さっきから口呼吸じゃん。死臭怖くて」

「…………」


 ……二十分経過……


「……むづいな、コレ……」


「ヲイ! 誰だ、さっきドヤ顔だったのは!! たくっ! やっぱアンタ信じたあたしが馬鹿だった!!」

 サクラは呆れ顔で背負っていたショットガンを取り出す。

「あーーーっ!! 面倒! ドアノブぶっ飛ばす!!」

「短気は損気やでぇ~」

「なんで普段短気のアンタがそんな暢気なのよ! どけどけ飛鳥! ケガするわよ!」

「アンタみたいなちっこいのがショットガンなんか撃てるンかいな」

「鍵ふっとばすくらいできるわ!」

 と、イライラしながらサクラは喚く。確かにサクラは米国でショットガンを撃った事がある。もっとも反動がきつくて楽しい思い出はないが……。

 

「物騒やなぁ……」 

 飛鳥はヤレヤレとため息をつき立ち上がった。

 サクラはポンプアクションで装填すると、反動に負けないよう、しっかりと腰だめで銃を固定し、構える。

 飛鳥が立ち退くと、サクラは緊張の面持ちで引き金を引いた。


 が……


 バスン……と鈍い爆発が起き、大量の黒煙を噴き、銃口からバラバラと散弾が空しく転がり落ちた。火薬がダメになっていたようだ。


「うがぁーーっ!! 馬鹿にしやがって!!」


 怒りのあまり銃を地面に叩きつけるサクラ。それを見て無言でまたヘアピン・ピッキングに戻る飛鳥。するとどうだろう……一息ついたのが功を奏したのか、なんと鍵が開いた。


「あ、開いた」


 カチリッと音がし、飛鳥はドアを開ける。


「アンタらおちょくってんのかあたしをっ!!」

 うがうが!!と地面を激しく蹴り暴れるサクラ。それを白けた顔で見つめる飛鳥は、黙ってサクラがぶん投げたショットガンを拾った。

「じゃあ先いくでぇ~」

「スルーか!! ツッコミなしか!! ていうかもしかしてアンタわざと!?」

 喚き散らすサクラを無視してドアを開き中に入る飛鳥。所詮、この二人の存在はギャグのようなものだ……。


 が、ドアの向こうはギャグではなかった。


 ドアの向こうは薄暗い。これまでの入り口同様防菌用の半透明のカーテンがあり、右手側には別のドアもあった。カーテンの奥は廊下になっていて、右側に窓もある。だがこれまでと違い、窓には厚いカーテンがかかっていて、鉄格子が嵌められていた。飛鳥にも感じる血と腐った肉と、動物匂が充満している。


「な……なんじゃこりゃ」


 飛鳥は思わず後ずさる。不貞腐れ顔のサクラも、中に一歩入り異常に気付き、表情が一変…… 真剣な表情となった。


 サクラは飛鳥からショットガンを奪い取ると、声を潜め言った。


「飛鳥。この右のドアの鍵、開けて。どうやら、ここビンゴみたいよ。かなりヤバイ」

「う、うむ」

 飛鳥が鍵開けに入り、サクラはショットガンの弾を抜き、弾の具合を確認した。最初の弾は腐食していたが、残り4発は大丈夫のようだ。サクラはその弾を再装填してショットガンを背中に背負うと、ポケットにつっこんでいたコルト・ボジティブを抜いた。

「何かいる」

 サクラは感じている。この廊下に充満する何かの気配に。


 サクラは透明のカーテンを潜った。廊下に入るとさらに匂いがきつく、そして廊下は一面、血か何かわからない染みで染められていた。なんと人間の屍もあるが、これまでと明らかに違った。屍は人と戦ったのではない。原型が全くないほど食い散らかされているように見える。


 その時だ。廊下全体に唸り声が響く。そして、4つの足音が聞こえる。


 相手は、すでにサクラたちの存在に気付いたようだ。


「サ……サクラさん……。このシュチュエーションはヤバいンとちゃう?」

 上擦る飛鳥の声。サクラは真剣な表情のまま頷く。サクラはポケットの中の鍵の束を飛鳥に投げて渡す。この中に鍵がなければ自力で開けるしかない。

「まったくの同意見よ。だから早く鍵開けたほうがいいわよ」

「そういうプレッシャー与えられると弱わる。つーか、今気付いたンやけど、これってゲームとかやとモンスターが出るイベントやんな? 中ボスクラスの♪」


 ガルルルゥ……


 まさにその時、廊下の奥からソレは現れた。


「……飛鳥……言霊って言葉知ってるかいカイ?」

「サクラさん。ウチのせいにはせんといてね……」

 そういいながら飛鳥はカーテンを捲り、サクラと対峙しているソレを見て……そして叫んだ。


「な!! なんじゃぁぁぁーー!! こりゃぁぁぁ!!!」


「アンタが言ったんでしょ? 中ボスクラスのモンスターって……おめでとう飛鳥。見事にビンゴだ」


 唖然とする飛鳥と、ソレを睨みつけるサクラ。


 そこに居たのは、巨大な一匹の犬だった。


 いや、正確には、犬らしき生き物だ。


 体長は1m60cmくらいだろうか……元は茶色のようだが、恐らく血だろう……全身傷だらけで、乾いた血が体を黒の斑模様に仕上げていた。だが、異常なのはそれだけではない。

その正体不明の犬の目は混濁し、通常の犬とは思えないほど大きく剥き出しになった牙に血の混じった大量の涎……さらに異様なのは、体の半分以上体毛がなく、毛どころか、顔、足、胸の一部は皮膚すらなく骨が剥き出しになっている。


 どう見ても……この犬は動けるような状態ではない。


 だが動いている。だけではなく、敵意剥き出しでサクラたちに近づいてくる。その動きは遅いが、弱っている様子はない。


「ゾ……ゾ……ゾンビ犬やないか!!」


 そう。まさにそう表現する以外適切な言葉が見つからない……目の前にいるのは、体を腐らせ敵意しかもたない巨大な犬だ。


「ていうか、なんでここに犬がいるの? ここ封鎖されていたじゃん」

「だからゾンビなんやって!!」

「現実考えろ。ゾンビなんて創作物よ」

 そう答えたサクラだが、困惑していた。


 この犬からは、まったく思念が感じられない。サクラは犬の心を読もうとするが、犬から感じられるのは異常な攻撃的本能と食欲本能だけだ。知能や理性は微塵も残っていない。サクラのテレパスによる精神感応もまったく受け付けない。

 さらにこの犬は自分の体がこれほどボロボロであるにもかかわらず痛覚も感じていないようだ。全く常識の存在ではない。


 魔獣……一言で例えるならそれしかない。もしくは飛鳥の言うとおり、ゾンビだ。


「動くな!」


 サクラは念波と共に強力な攻撃的テレパスを発し叫んだ。サクラは飛鳥の目でも見えるほど強力な蒼白いオーラが波動となって放たれたが、犬はそれを受けてもなんら変化はない。普通なら気絶するほどの強力なテレパスだ。だが目の前の犬にはなんら変化がない。むしろそれに触発され、さらに攻撃的な唸り声を上げる。

 そして次の瞬間、犬は唸りながら猛然とサクラたちに飛び掛った。


 だがサクラも予期している。すぐに右手に握られたリボルバーを向け、発砲した。


 至近距離だ。犬の跳躍力は本来人間が対処できるものではない。さらにこれほどボロボロの体のどこにそんな力があったのか……犬の跳躍力は普通の犬の二倍以上速い。サクラの予想を遙かに上回るスピードだ。


「!!」


 サクラは咄嗟に横に飛びのいた。まさに犬がサクラの喉に噛み付く寸前のギリギリだった。だが、サクラはすぐに自分の行動のミスに気付いた。自分が避ければ、すぐ後ろの飛鳥が無防備だ。


「しまった!! 飛鳥っ!!」

「どわぁぁっ!!」

 犬はそのままサクラに目を暮れず、今度は目の前にいる飛鳥に襲い掛かった。飛鳥は無防備だ。


 ……が……


 まさに飛鳥に迫ったその時、犬は飛鳥に触れる寸前、見えない壁に弾き返された。


 大きく弾き飛ばされる犬。サクラは冷静に銃口を向け、引き金を引いた。


 3発の38口径を受け、呻き声を上げ倒れる犬。それを見届け、銃を構えたままサクラはゆっくりと立ち上がった。弾は胸部と腹部に当った。これで動けないだろう。


「おわぁ~ ……焦った」


 ふぅ~っと暢気に汗を拭う飛鳥。


「って! 何じゃ! アンタのその力っ!!」

「え? あ、コレ?」

 そういうと飛鳥は愛用のパーカーのポケットから小さなボタンのついた箱を取り出す。サクラはそれに見覚えがあった。それはJOLJUが、いつも好んで冒険に飛び込む飛鳥用に開発した個人用携帯バリアーで、事件によってはサクラも使うことがある。超便利道具で普段はJOLJUが回収していくのであるはずがないものだ。

「ふっふっふ♪ 実はちゃーんとあのウーパールーパー犬もどきから、こういう事態を予想して借りていたのだよ、明智君♪」

「……強奪した、の間違いでしょ?」

「違いますぅ~ 奴が荷物の整理してる時拾ったンやでぇ~」

「それ、盗むって言うンじゃい」

 呆れて言葉も出ないサクラ。だが、これで何があっても飛鳥はこのゲームを生き残ることは確定した。この携帯バリアーは島が崩壊しようとも押しつぶされることはないし、海の中でも作動するから溺れることもない。

 まさか飛鳥もこの事件を予期してJOLJUから盗んだワケではないだろうが、何故か飛鳥にはこういう幸運というか、事件が起きても難に合わないという不思議なジンクスがあり、この無自覚の幸運力はサクラの予想を超える。


「まぁアンタを守らんでもいい事がわかった。あたしも好きにやるわい」


「ぎょえっ!?」

「何よ。文句あるんかい?」


 ガルルルゥゥ……呻き声が響く。


「サクラ。出番やで……」

「な……」


 なんと信じられないことに、倒したはずの犬が再び立ち上がると、まるでダメージがないように素早く体の向きを変え、サクラに対し敵意を剥き出しにして歩いてくる。

「アンタ、外したンか!?」

「当てたわよ!! この距離であんなデカい犬外すか!」

 見れば、点々と床に血が落ちている。確かに当った。

 再びサクラは素早く銃口を向け、引き金を引いた。弾は確実に犬の胸部に当たり、血と筋肉が飛び散る。だが、犬は直撃を受けた瞬間だけ体を怯ませたが、ほとんど気にする様子もなく向かってくる。


 間違いなく38口径、4発が体の中に入っているはずだ。体内に残った鉛弾は、動くたびに体内で痛覚を刺激し行動力を奪う。このサイズの犬が38口径を4発も食らってこれほど動けるはずがない。

「だからゾンビ犬やというとるやないかぁーっ!! 頭や! 頭吹っ飛ばせ!!!」

「だからこの世にゾンビなんかおるかっ!! そしてサクラちゃんには動く犬の頭を撃ち抜く腕はないっ!」

「自慢することかいっ!」

「普通の人間の銃の腕なんてそんなもんじゃいっ!!」

 銃の腕に関して言えばサクラは射撃を趣味にする週末シューターと変わらない。

 そんな二人のドタバタなやり取りなど意にも介さず、ついに犬は二人を自分の攻撃距離範囲内に入った。


 犬は大きく咆哮を上げる。サクラが反応した。犬は身を沈め、跳躍した。


 サクラはすぐに体を沈め、横に飛ぶ。射撃はともかく運動神経は常人より遙かに高い。サクラと犬は丁度交差するように立ち位置が変わった。


 犬はすぐに振り返り、再びサクラめがけ跳躍する。


 だが、サクラはすでにリボルバーを捨て、背負っていたショットガンを抜きポンプアクションし終えたところだった。


「ぶちまけろ!!」


 サクラが叫ぶと同時に、ショットガンの銃口は大きな火炎を噴き出し、9粒の円弾が高速で放たれた。至近距離だ、外れるはずがない。サクラの僅か3m目前の空中で、9粒全ての弾丸を受け犬の上半身は木っ端微塵に砕け散る。


「おわぁっ!!??」


 飛び散る肉片に飛鳥は思わず仰け反る。砕け散った犬の上半身は細かい肉片となって壁に飛び散り、残った下半身はそのままショットガンの威力で弾き飛ばされ、廊下に転がり、飛鳥の足元で止まった。飛鳥が素っ頓狂な悲鳴を上げる。


「おどれーーっ!! こんなグロいもんこっちにやんなーっ!」

「これでさすがに死んだでしょ?」

「は??」

 サクラに言われ、飛鳥は斧で下半身だけになった犬を突いた。ビクッと動き飛鳥を仰天させたが、それはただの筋肉反応で、どうやらさすがにもう動く様子はない。

「やっぱ頭部をフッ飛ばさないと死なないっちゅーことやな…… やっぱゾンビ犬や! うおぉーーーっ!!? 紫ノ上島はまさかのゾンビワールドかっ!?」

「アホか。上半身無くて生きてる動物がおるか!」

 サクラは毒づきながらショットガンを背負い、右手をブラブラ振っている。ショットガンの反動はサクラには強すぎて、手が痛いのだ。


「でも」

「でも?」

「本当に予想以上の事件になってきた。こうなった以上、やることは一つね」

「……この謎の解明のため! さらに秘密を探るということやな!!」


「…………」


 ……もしかしたら飛鳥は自分が知る多くの異常人の中で一番おかしいんじゃないだろうか……。


 ふとサクラはそんなことを思ったりした。ただし、謎の解明はサクラも同意見ではあったが……。


 なんだかんだと、この二人は似たもの同士なのだ。


「とにかくあたしはこの廊下の奥見てくるから、飛鳥は鍵開けよろしく~」

「おうっ!」

 こうして二人は、地上でのサバイバル・デスゲームのことを忘れ、地下冒険を続けて行くのであった。




10/疑惑の中 1



 紫条家本館 


 拓は二階のバスルームに籠もり、NYの相棒、のユージで電話をかけた。電話に出たユージは特に切羽詰った様子も危機感もなく少し早い昼食の弁当を食べている所だった。


「お前……俺がどんな状況なのか分かっているのか? 少しは真面目にやれよ!」

「ま……とりあえず生き残ってるようで良かったな」

 ユージはまったく心配する様子はない。拓はまず、セカンド、サードゲームのムービーをユージに転送して送った。

 ユージは特に驚く様子もなく、淡々と映像を見ながら弁当を食べていた。

 そして弁当を食べ終え、一息つく。

「予想通りってとこかな」

「予想通りなのか? これが」

「ああ。前回言わなかったか? ちょっと心当たりがある……って」

 そういえば最初に報告した時もユージは焦る様子はなく、確かに「ちょっと心当たりがある」と零していたのを思い出した。拓にも米国政府か軍、日本のテレビ局や秘密の組織が絡んでいる、ということは分かるが、ユージはもっと事情を知っているらしい。


「詳しくは面倒だから省くけどな。俺が調べた情報を言う。よく聞けよ」


「ああ」


「ハミルトン社、知っているか?」

「知ってるよ。西海岸を本拠にもつ民間軍事会社だろ? 米軍との契約もある」

「そうだ。そのハミルトン社が2カ月前日本の黒神グループ傘下の警備会社から、120名の研修者を受け入れた。問題はここからだ。ハミルトン社と黒神グループは提携を結び、アジアに進出している米国系石油企業にアジア系警備員の派遣を決め、先月米軍のルートで厚木に輸送された」

「…………」

「任地は中国、東南アジア、中央アジア、中東……バラバラだ。そして確かに何人かアジア系の民間警備員は現地に行っている。記録上は120名全員任地に行ったことになっている。だがちょっと調べただけだが、実際半分以上は現地に行ってない。大体70人以上の人間が消息を絶ったってワケだ」

「それが今回の<死神>たちって事か?」

「推測するとそういう事だろうな。これで米軍にも加担しているヤツがいるワケだ。ちなみにハミルトン社は武器も提供している。このルートを使って武器を持ち込んだんだろう。元々日本人で、米軍ルートで来日して米軍に協力者がいるならこっそり国内に潜りこめるだろうな。これが情報の一つ」


「…………」


「二つ目。少なくとも国防省やホワイトハウスは暗躍していない。だから国家ぐるみでない。政府や軍の関係者はごく少ない……つまりこれは大規模な犯罪で国家の秘密作戦じゃない。よかった反面、ちょっと面倒なったって事だ」


 ユージは国防省にホワイトハウス関係者、さらに裏の政府のいうべき政府中枢の他、裏社会やマフィアにも顔が利く。

 今回の一件が国家規模であれば、むしろ簡単だった。ユージのコネで事件を止めることが出来る。だが事件はそこまでの規模はないようだ。ユージの存在はトップダウンが大きく、事件が国家規模、国際規模であれば裏の顔を使い手を打つ事ができるが、数社規模の犯罪組織レベルの陰謀に対してはFBI捜査官という表の顔でしか通用しない。今回は不幸なことに後者の方のようだ。

 拓もそのことは理解している。つまり、超法規的手段で事件を終わらせる方法はない、という事だ。


「三つ目。これはお前に直接関係していると思う。お前たちのいる紫ノ上島の衛星写真を手に入れた」

 言いながらユージは自分のデスクのパソコンに衛星写真の画像を開いた。本来国防省が非公開にしていたファイルだが、この程度のものを入手するルートはある。

「島の南、約30キロ洋上に大型フェリーが停泊している。調べたら黒神グループの豪華客船クラウディア号で、珊瑚礁やホエールウォッチングのツアーっていうことになっているけど……状況から考えて、ここが黒幕の拠点だろうな」

「30キロ……近いな…… お前のコネでそこを押えられないのか? いるだろ? 軍にもCIAにも知り合いが」

「いるけど無理だ」

 ユージはため息をつきながら答える。


 ここが事件の規模が微妙すぎる点だ。


「今の状況……傍観的にいえば、<死神>とやらが犯した確実な殺人は、俳優殺しだけだろ? そしてその容疑者の<死神>はお前が殺した。後はサタンを名乗る危険人物がいるだけだ。この程度なら日本の警察で対応できる……。この程度の事件に横槍で軍は出動させられないし、FBIも動かせない。日本の警察からの要請もない。無理やりねじ込んでできるとすればお前とサクラの二人だけを救助するくらいで他の日本人は助けられない」


「……だなぁ」


 拓もそのことはよく分かっている。この事件が米国国内だったとしても、正規手順を踏んでいけば法的根拠を得るまでにかなり時間がかかる。それが、今回はさらに日本なのだ。そもそも、海上で停泊しているフェリーが怪しいというのは勘であって物的証拠も状況証拠もない。そして今回の事件での管轄は、まずは沖縄県警と海上保安庁だ。日本の海上保安庁にはコネがないし、テレビ局のフェリーの爆破事件があったにもかかわらず出動する様子がないところをみると、海上保安庁は抱き込まれている可能性が高い。


 ユージが仮に強引にヘリで向かったとしても、このフェリーが奴等のもので、武装しているのであれば撃墜される危険がある。それに対するために軍用の小型ミサイル搭載した武装ヘリと海兵隊を借りれば済むが、軍やFBI上層部を説得するだけの証拠がない。


 結局、今はユージにできることはない、ということか……。


 拓の孤立無援の戦いは続く。


「いや。最後に……こっちの方はお前の役に立つかどうか分からんが……。まだ確証がないので、この後足を運ぶ予定だ。だから今のうちに言っておくが」

 ユージはそういうとパソコンの電源を落とし、コーラで弁当のオニギリを流しこんで言った。

「俺の予想だが、お前たち…… 賭けの対象になっているぞ」

「なんだって!?」

 拓は驚く。他の事は予想にあったが、賭けの対象なんて話は考えていなかった。

「誰が生き残るか……もしくは<死神>が何人殺すか……逆にお前が何人<死神>を殺すか……お前が何人守れるか……いくらでも賭けの対象になるだろ? 実はそっちの方面にも心当たりがあって、この後接触する予定だ」


 これはユージの勘だ。

 だが、もしそうであれば今この島で起きているゲームの不可解さと不明だらけの中で始めての手掛りだ。実は壮大な賭けゲームだとすれば、それは核心の一つになりえるのではないか?


 サタンははっきり<サバイバル・デスゲーム>と言っていたし、サタンも自身は駒の一つと言った。カメラがそのままジャックされサタンたちに利用されているのも賭けの見物用と考えれば全て納得できる。何よりこれが人間を駒とした大規模な裏社会の賭けゲームであれば、胴元は大きな利益を得ることが出来る。それで今回の資金も賄えるだろう。


 だが、まだその確証はない。


「だから、今度はちょっとそっちを調べる。3時間後くらいに連絡をくれ。最悪……」


 最悪どうしょうもない状況になったら連絡を……と言おうとした時だった。ユージの携帯電話が鳴った。ユージは言葉を切り携帯電話を見た。ユージの携帯はサクラのものと同様、クロベ家専用の特殊なもので通話しながらメールはもちろん、色々なことが出来る。


 メールを見たユージは、一笑した。


「なんだ? どうした、ユージ」


「エダからのメールだった。吉報だ、喜べ」


「?」


「JOLJUが帰宅したそうだ」


「…………」


「じゃあ俺はJOLJUを拾ってくる。三時間後、またな」

 そういうとユージは電話を切る。拓は黙って携帯を懐に戻し時計を確認した。三時間後ということはこっちでは午前1時頃か……。


 この拓が行っているユージとのコンタクトは、ゲーム運営側も気付いていない。拓が取っている唯一の反抗行為だ。元々相棒のユージは米国の権力組織に顔が利き僅か半日で色々情報を得ることが出来た。そして、ここにJOLJUも加わる。扱いにくいが、JOLJUは間違いなく地球一のハッカーで、特殊アイテムをいくつも持っている。ユージとJOLJUならば、情報収集力は格段に上がるだろう。今回の事件の黒幕、サタンたちの思惑、そういった事情はかなり判明するかもしれない。


 だが、今拓たちが置かれている現状をすぐ打破する手はまだない。


 拓たちは、少なくとも明日まではユージに頼らずこの島で生き残らなければならない。その事は今回の電話ではっきりとした。


「そのためにはサクラと合流しないとな」


 今、この島で拓にとって一番心強い味方はサクラたちだけだ。だがそれが一番の問題でもあった。 依然、サクラたちはどこにいったか検討がつかない。

 



「む……」


 サクラは飛鳥が破壊した壁の穴から顔を出した。前回同様通路かと思ったが、今度は大きな電子ダイヤル式のドアがある。


 後ろで飛鳥がサクラをつつく。


「ドアがあるー まだ暗いけど……」

 答えながらサクラは穴から這い出て周りを見渡す。サクラの予想通りドアの傍に電気のスイッチを見つけた。電気をつけると飛鳥の方の通路も明かりが灯った。飛鳥も「おーー」と壁の向こうで周りを見ていた。


 二人は狂犬を倒した後、サクラは犬のいた部屋を、飛鳥は隣接していた研究所内に入り色々探索した。狂犬は一匹だけで、他にはいなかった。ざっと見回したがずらりと壁際に並んだロッカーのうち半分ほどが開き、机や椅子が倒れていてかなり混乱した様子は見られるが書類の類や死体はないようだ。部屋はかなり広く、奥には会議室、そして実験室が開けっぱなしのドアがあり確認することができた。その後、別の場所にと繫がる階段を見つけたので、一先ず二人は階段を上りさらに通路を進んだ所で再び封じられた壁に当った。そして入ってきたのと同様、壁を破壊した。それが今である。


「ということは、ここまでが封印エリアってワケね」


 サクラは電子ダイヤル鍵を見つめながら呟く。さっきまで何の反応もなかった電子ダイヤル鍵は、今はダイヤルの上にある小さなモニターに光が点っている。このドアはこの内側から電気を入れないと開かないようだ。サクラは懐から死体たちから取り出したIDカードやタグを取り出し調べた。もしかしたらパスワードがどこかにあるかもしれない。


 ダイヤルは8ケタ……3つのタグに、該当しそうな同じ8桁の数字が打ち込まれていた。サクラがその8ケタの番号を打ち込むと、鍵はガチャリと音を立てドアの鍵は開いた。するとその直後すぐに液晶モニターに<NEW PASS>文字が浮かぶ。


「ふむふむ。そういう事ね♪」

 サクラはすぐに別の、数字を打ち込む。その様子を穴から飛鳥が見ていた。

「どういう事や?」

「30年以上前にしてはハイテクな設定。この電子鍵、毎回最後に開けた人間が新しくパスワードを設定する事になってるみたい。まぁ、当時の研究員たちはめんどくさいからずっとこのタグにある数字を入力してたみたいだけどね」

 そういうとサクラはタグの束をポケットに戻した。今、このドアはサクラが新しく設定した数字が開錠のパスワードになっている。

「これであたし以外はここには入れなくなったって事」

「パスワードは何なんや?」

「秘密♪」

「くぅっ! 生意気なクソガキめ!」

「まだここは調べることが沢山あるし……。ここはあのサタンたちも来ていない場所だと分かった以上、今回の事件の謎解きになるかもしれないしね♪」

 そう言いながら、サクラは明るくなったので懐から書き込んでいた地下マップを取り出し加筆していく。あの狂犬がいた部屋、研究所、そして通路に階段。通路途中には4つほどドアがあり、廊下には大きなロッカーが4つありそのうち二つが開いていた。開いていたロッカーには何もなかったので、とりあえず先を急ぎ後回しにしてきた。部屋の大きさは研究所の大きさや通路の長さで大体予想はつく。地図を書き込み終えたサクラは、ある事に気付いた。


「おんや? ……紫条家東館に戻ってきたのかな?」


「ふむ?」

 サクラは、今度はテレビ局が用意した紫条島の地図を取り出し指で地下の道をなぞってみる。この地下施設はかなり大規模で、なんと通路の一つは紫条家の敷地を出て住宅地のほうまで伸びていた。今にして思えば住宅地でサタンと撃ちあった時、奴等はこの地下通路に逃げ込んだのだろう。


 地下施設は、紫条家東館から本館にかけて存在し、地下通路は紫条家西館、一般居住区にまで伸びている。島のほとんどがこの地下施設のために作られていることはもはや疑いようがない。

 今、サクラがたどり着いた場所は恐らく東館の入り口からやや本館に近い場所で、まだ来ていないエリアだ。


「とりあえず先進む? 飛鳥」

「こないな死体一杯あるトコは一刻も早く立ち去りたいわい」

「でも、多分この先の地下1Fのエリアはあのサタンたちの支配下よ。よっぽどそっちのほうが危険だけど。あ、まぁアンタはバリアーがあるから問題ないか」

「えっへん♪」

「そろそろ拓ちんと合流するか……。あ、そういえばあたしのケータイ、まだ返してもらってなかったし」

 そう答えてサクラは初めて拓と合流する約束と、サタンの次の放送があったことを思い出した。最も放送は拓が録画していると思うから特に焦ってはいない。

「うちは肉体労働でええ加減疲れたからゴロンとしたいンやけどなぁ……」

「そだねぇ~ 同感」

 二人は暢気に頷きあいながらドアを開けた。ドアの向こうは暗かったが、通路ではなくここもまた別の研究所のようだ。まずサクラが外に出て、周りにカメラがないか確かめ、その後飛鳥も出てくる。二人が出てドアが閉まると、再び鍵がかかった。闇目の利くサクラが部屋の外、そして周りの気配を探り、周辺に誰もいないのを確認して部屋のブレーカーを見つけ電気をつけた。

 こちらの方が研究室としては大きいようだった。もっとも研究実験室というよりオフィスのような感じではある。こっちには血痕、弾痕、死体はなく書類などが少しあるだけのようだ。空気はさっきまでと違って圧迫感や嫌な乾燥感はない。空気循環機能はちゃんと機能しているようだ。


「ほんまに大研究所やな、ここは」


 飛鳥はうむうむと頷きながら、さっそく周りの探索を始めた。この研究所は大きく50平方メートルはあるだろう。他にもドアが5つあるが、サクラたちが出てきたような電子鍵ではなく普通のドアのようだ。

「ここが第一研究所かな? 多分」

 サクラも呟きながら見て回った。薬品棚やロッカーがズラリとあり、他に冷凍庫、保菌ケース、防菌スーツなどがあった。

「段々分かってきたぞ、この施設の秘密。こっちはやっぱオフィスっぽいな。さっきの死体だらけな場所が実験室なワケね」

「ふむ?」

「飛鳥。常にバリアーのスイッチはONにしておいたほうがいいぞ。ヘンな菌に感染するかもしれんから」

「あのゾンビ犬がまたおるんかと思ったわ」

 答えるまでもなく、実は飛鳥はずーっとバリアーのスイッチはONのままだ。

「あいつはここで作っていた生物兵器の検体か? でも辻褄が合わないのよね、それだと」

「なんでや? 地下施設でゾンビの研究!! 王道やんか」

「あのエリアは完全に封印されてたのよ? そもそも犬が30年以上生きれるワケないでしょ?」

「だからあれはゾンビ!! 死体に年月は関係なしっ!」

「だから! この世にゾンビなんかおらんっ!! ……ただ、ここの生物兵器だった可能性は高い。問題はいつ、誰があの犬をあそこに持ち込んだか……」

「冬眠しとったとか?」と飛鳥。

 ふむ、と考え込むサクラ。

「……時々アンタ鋭いこというよね。冬眠かぁ…… 確かにその可能性もアリっちゃーアリかも…… あいつ、エサは食べてたようだし」

「えさ?? そんなんあったん?」

「うん。あの狂犬の通路の奥に、でっかい貯蔵庫と自動的にエサと水が出る機械があった。後、檻が10個はあった。ついでに人に屍の形跡や糞の山もあって気分のいい場所じゃなかったけど」

「行かんで良かった」

「もしそこ全部に犬がいて、もっと人がいたとしたら……あの犬はエサを食べつくした後は共食いして、さらに死んだ人間を食べてたんじゃないかな?」

「マジかっ!?」

「あたしの推測だけどね。ホラ、あの犬、吼えなかったでしょ? あの犬にとって人間は<餌>以外のナニモノでもないって事よ。……そっか、そういう事か……」


 ぽふっ……とサクラは手を叩く。


 檻の数、あの通路や部屋にあったボロボロに食い散らされた遺体の数、そして貯蔵されていたエサの量……そしてやや低めな室温。

「これはあくまで推測だけど…… あの檻の通り元々は6匹から10匹くらいは犬はいたんだと思う」

「でも他に犬の死体はなかったやん」

「だから、食べたのよ。あの狂犬がね」

「……むぅ……」

「そもそも整理するけど……。あそこで犬が飼われていたのは事実。じゃあどういう事かっていうと……多分、取り残された犬は6匹から最大10匹はいた……と思う。エサは貯蔵機があって壊されてたから犬たちが壊したンでしょうね。そして犬はなんらかの生物兵器の検体だった……。ただし犬の寿命はどんなに強化したとしても15年前後が限界。じゃああの犬は……? 結論、あの犬は、この地下で産まれた二世、もしくは三世よ」

「地下で繁殖したっちゅーことか?」

「そう考えると、エサの問題は少しクリアーするでしょ? 共食いすればいいんだから。犬は一回の出産で4、5匹産むでしょ? 最初の頃は普通のエサがあったからそれを食べた。もし10匹いたと仮定して5組、4匹産んだとして親犬入れて30匹。多分このあたりからエサがなくなるから、人間を食べ始める。それでも足りなきゃ、弱った犬を襲うでしょうね。だけど2年もそれで持てば、再び繁殖が可能になるから……やっぱり10匹から20匹になっていた。だけど今度は食べるものがない、だから当然、生まれた犬たちはお互い共食いすることで生き残ったのがあの一匹……って事でしょうね。根拠はあるよ。あの狂犬、目が白濁してたでしょ? 視力はなかったと思うわ」


 産まれたときから暗闇で過ごした場合、目が退化してしまったり目の機能そのものが不能となる事は十分に考えられる。むろん生物兵器による病気の可能性もある。


「えげつない話やなぁ…… まるで呪いの儀式……蠱毒やな」


 そう。もしサクラの言うとおりだとすれば、陰陽師の呪いで有名な蠱毒そのものだろう。


 蠱毒……基本はいくつもの蟲やヘビ、蛙、ムカデなどを壺に閉じ込め密封し、共食いさせ最後に生き残った一匹が強い呪いの力を持つというものだ。


 飛鳥はともかくサクラはそういった呪いの類を信じてはいないが、今回に限り科学的観点から見て呪いの蠱毒と同じ効果があるかもしれない。呪いの連鎖ではないが、生物兵器として特別な犬たちは、共食いすることでその薬かウイルスか菌か分からないが、その効果を強めていった可能性は否定できない。

「そして異常に能力が発達した狂犬はエサがなくなった事で心肺機能を低下させ休眠モードに入った……。それが冬眠ってコトね。もちろん犬にそんな能力はないけど、そういう能力が目覚めた可能性は否定できない」

「ふぅむ……」

「あくまで可能性だけどね~ まぁゾンビでないのは間違いないけど」

 言いながらサクラたちはロッカーを簡単に見ていく。そのうち飛鳥が他と違う、大きなロッカーを見つけた。二つあるうち左側の一つは開いていて右側のほうは開かれていない。

「このロッカー……似たのさっきもあったなぁ~」

「ああ、廊下ね。でもこっちのやつはこのロッカーにだけ鍵がかけられた上鎖が巻かれ、南京錠がかかっている。これは特別ってコトか……」

「ふっ♪ こんな南京錠、うちに任せろぉっ♪」

 そういうなり飛鳥は鎖を問答無用で叩き切る。


 その物音に、サクラは顔を顰めた。


「ちょ……アンタ、ナニ暴れてンのよ。一応あたしらは隠密行動だぞ?」

「ふっ♪ さすがの南京錠もウチの華麗でパワフルな一撃で一発や♪」

「ドヤ顔するのはいいけど、このロッカーにも鍵がかかってるようだけど?」

「ふざけおって!!! ……鍵は……ヘアピンで開けるか!」

「あれ? このロッカーのメーカー知ってる。家にもある」

 飛鳥はすでにヘアピンで開け始めていた。作業しながら、飛鳥は尋ねる。

「ロッカーなんかどこでも一緒やろー?」

「いや、ここのロッカーはピッキング難しいと思うゾ」

 飛鳥は作業をやめ立ち上がった。サクラが言うとおり思ったより難しかった。

「どこかに鍵があるといいけど……後回しにしよう」

 そういうとサクラは歩き出した。それに飛鳥も続いていく。


「で……あれにはナニが入ってるんや?」

「銃」

「銃!?」

「同じメーカーのガンロッカーが家にある。だから多分銃が入ってる。左側の方は開いてるでしょ? 多分あの第二研究所の研究員やユーサムリッドの兵士たちが持ってた銃はこのロッカーの銃……かな? そう考えると当然銃器が入ってるんじゃないかな?」

「おお!! なら開けて武装やっ!!」

「これ以上あたしたち二人が持ってどうする!」

「ウチは銃もっとらへんやんっ!」

「アンタには危険で持たせられるか!! アンタの場合逮捕される危険もあるのよ」

「むぅ」

 正しくはサクラが米国籍だとしても一般人だからサクラも逮捕対象だが年齢の問題があるから逮捕されることはない。だが16歳の飛鳥は刑法に引っかかる。もっともこの島の現状を考えれば緊急避難として減刑されるだろうが。


「とりあえず、もう少しこの研究室調べたら一旦地上に戻ろう。そろそろ疲れてきたし。一つ重要なことは分かったし」


「ふむ?」


「この第一研究室……空気のカンジもそうだし、床にも跡があるし、机もいじった跡がある。少なくともこっちは最近誰か入ってるわ。テレビ局じゃないな、カメラとかマイクはないから。第二研究所のほうは間違いなく30年以上封鎖されてたけどね」

「おおぅっ! ということはあのサタンやら<死神>たちか!?」

「ワカラン。明らかに新しい跡もあるけど、かなり古い跡もあった。大人数じゃなくて少人数だと思う。ま、とりあえず今はそれ以上わからんし、まずはこの研究所の事、拓ちんに教えてやらんとな」

「そやな。スズっちたちにも食料分けんといかんしなぁ」


「…………」


 ハッ! 表情を変えるサクラ。今この瞬間、サクラは重要な事を思い出したのだ。


 飛鳥はADたちが持ってきていた一番大きなリュックを、サクラも大きなリュックを持ち、主に飛鳥が食料、サクラがお菓子、小物やアイテムを持ってきている。


 飛鳥がここでブラブラしているということは、拓たちには食料が決定的に少ないということではないか! 


 食料は飛鳥と涼の二人が分担して目一杯持ってきたが、大槻と宮野のところでは涼の食料を分けた。涼のリュックの食料は半分ほどになっていたはずだ。もし、拓たちがあの後誰かと合流していたら夕食として食料を分けただろうが、それほど量はなかったはずだ。


「……つまり……拓さんやすずっちたちは、おなかが空いている?」


 何人と合流したか分からないが、当然そうなっているだろう。飛鳥のリュックにはサクラと飛鳥が食べただけでまだたっぷり残っている。


「……やっぱ拓たちと合流するのやめよっか? なんか怒ってるかも……あははは♪」


「アンタ、相変わらず結構チャランポランやな」

「失礼な……」


 ぷいっとサクラは再び黙って机やロッカーを探り出した。飛鳥の質問から見事に逃げた。


 こうして、現在の所サクラたちが地上に出る予定は未定となった……



 

  2



 紫条家本館 23時00


「あれ? 今物音がしませんでした?」


 壁に背をつけて座っていた涼が不安げに顔を上げる。その言葉に近くに座っていた田村と宮村が顔を見合わせる。


「音なんかした?」


「ていうか、捜査官たちがバリケード作ってるんじゃないの?」

「でも上の階からしたような……」


「…………」


 丁度そこに拓が戻ってきた所だった。涼はすぐに拓を見た。


 拓たちは、紫条家本館の紫条芳彬の書斎件寝室を中心に、本館の二階、南西側を確保し、バリケードで封鎖した。ここにはバス、トイレ、簡易キッチンがあり、西側の階段もあり、内庭、正面の外を見ることが出来た。サタンと交渉するテレビモニターもエリア内の応接室にある。河野と篠原と三浦の三人は念のためこのエリア内の無人の部屋を探索している。


 この間、宝箱を2つ見つけたが開けず回収に留めている。


「どうしたの?」


 拓は三人の様子がおかしいのに気付き尋ねる。涼は「気のせいかもしれませんけど……」と、さっきの物音のことを拓に伝えた。


「俺も気付かなかったけど……」

「……ですか……。やっぱり気のせいかな」

「どんな音だったの? 高遠ちゃん」

「何か壁を叩くような音です。ほとんど真上からしたから……三階のどこかの部屋だと思うんですけど」

 だとすれば余計不可解だ。階段は見張っていたし、廊下の方がそういう物音が聞こえやすいはずだ。だがそういう音はなかった。サタンを信じるとすれば<死神>が動いているとは思えない。


 もっとも、可能性がないわけではない。可能性は二つある。


「三階か……30分前ちょっと簡単に見廻っただけだけど……」


 この紫条家本館は広い。基本四階建ての洋館で、四階部分は正面中央に数室だけ物置になっている。


 その時だ。今度ははっきりと窓を割る音が聞こえた。三階だ。


 拓は無言でHK G36Cを手に取った。


「今度は私も聞こえたわ」

「でも、三階に誰がいるの?」と田村と宮村は顔を見合わせる。

「サクラたちかサタンのヤツかどっちかだ」

 そういうと拓は廊下に出る。すると涼と宮村が続いてきた。二人に戸惑う拓は立ち止まり、難しい顔で振り返った。


「いや……危険かもしれないから、二人は部屋に居て欲しいんだけど……」

「危険な時って、一番強い人の傍にいるのが一番安全! っていう事知らないんですか、捜査官」と笑みを浮かべる宮村。

「あの……音がした場所……私なら大体予想がつきますから」と少し不安な表情を浮かべつつも、はっきりと拓についていく意志を示す涼。


 ……少しでも力になりたい…… ただ守られるだけの存在はイヤだ……


 周りの大人たちは、未成年のこの二人を子ども扱いし危険や仕事を任せていない。それを二人は感じていたし、それが二人にとっては苦痛だった。

 特に雑学知識でクイズ王になり、頭の回転では自信のある宮村にとっては尚更だ。同じ未成年ではるかに年下なのにAS探偵団が特別扱いされていることも気に食わなかった。

 拓もその気持ちが分からないわけではない。ただあらゆる意味で特別なサクラたちと同等に扱うわけにいかない。もっとも彼女たちはまだサクラや飛鳥たちの能力をよく知らないから仕方がない。

「じゃあ一つ約束してくれ。絶対俺の後ろにいて必ず俺の指示に従うこと。絶対俺が危機に陥っても、俺を助けようとはしないこと」

「は……はい!」

「<英雄になるな>……『ゾンビランド』の生き残る32のルール、17番目ね♪」

 と、こんな所でも雑学ネタを言う宮村。涼は意味が分からなかったが、拓は分かったらしく苦笑し頷くと、二人の同行を許した。




 涼の感覚では、音の発生源は彼らがいた部屋の上、やや中央よりだった。


 拓たちの警戒は、その場所にたどり着いた瞬間一気に解けた。

 客間の小さなテーブルの上に、一枚のメモ紙がつけられた大きなリュックがあり、窓が一枚割られ開いていた。


 涼はすぐにそれに気付いた。


「これ! 飛鳥さんのリュックですよ!!」

「あいつら……隠れんぼのつもりか?」

 ヤレヤレとため息をつきながら銃を降ろす。宮村がリュックを開くと、そこには大量の食料が入っていた。さらにM16のマガジンと弾、45口径のマガジンと弾が入っている。

「どういう事? この食料と銃の弾は?」

 宮村が怪訝な顔でリュックを掴んだ。彼女にはこれが飛鳥のリュックと言われても、食料と銃の弾は結びつかない。だが食料の方は、涼たちには分かる。


「ASの二人ですよ。この食料は今日の昼、私と飛鳥さんとで役場の台所から詰めてきたものです。……そっか、飛鳥さんたち、私たちに食べ物がないと思って置いて行ったんですね」

「メモにも書いてある。ていうか……それならちゃんと出てこいよ! あいつらは! 何コソコソしてるんだ!?」


 拓はサクラと飛鳥にだけは容赦なく悪態をつく。


 メモには

『みんな~ エサだぞぉ~ by サンタなサクラちゃん&飛鳥より 

PS・拓ちんへ。弾やる! 100年と38年2カ月感謝しろ♪ えっへんw

さらにPS・4月中頃から5月中頃。ドシラソファ・ソラドシラソファミ#レミ 待つ』


とある。


「何であいつらまでゲーム感覚になってンだ!? なんで暗号なんだ!?」


 拓は呟きながら頭を抱えた。いつものことだがサクラと飛鳥の危機意識のベクトルが分からない。


「二人は何考えてるんでしょうか?」

「というかあいつ等、何やってるんだ?」

 そういいながら拓はサクラが調達した弾とマガジンを取る。

 暢気に食料だけはこっそり届け、持っている十字架は置いていない点を考えると二人がサタンのセカンドルール、サードルールを知らないことは間違いなさそうだ。

 その時、ふと拓は弾やマガジンがかなり年代モノである事に気付き表情を変えた。


 ……サタンは<死神>の一人はサクラたちが倒したというようなことを言っていた。この弾やマガジンはその戦利品かと思ったが……。

 違う。古すぎる。弾はどれも無刻印のミリタリー用のものだ。サクラや<死神>たちの銃弾は市販されている殺傷力の高いホローポイント弾だからミリタリー弾というのはおかしい。


 拓の脳細胞も活発に働き始めた。


 そもそもサクラはどうやってこの本館三階に現れたのか?

 サクラの能力であれば、拓たちが本館二階に陣取っていることは分かるだろう。顔を合わせたくないから三階を選んだ。窓を割ったのは場所を知らせるためだろう。サクラだけなら飛んでどこにでもいけるが飛鳥が一緒ではそうはいかない。不精なサクラがこんな大きなリュックを運んでくるとは思えない。リュックを運んだのは飛鳥だ。


「片山さんが言っていた秘密通路か」


 サクラは十字架を多く所持している可能性があり、自分たちが進めないエリアにも出入りできるかもしれないと思っていた。そして今回の荷物をこっそり置くことが出来た事実を考えると可能性ではなく実際に普通ではない通路や部屋はあるのだろう。

 サクラたちが今、主に利用しているのはそういった秘密通路や秘密部屋、<死神>たちと同じルートを使っている……。その事を暗に知らせるため、わざと姿を消してこんな意味ありげに食料を置いていったのではないか?

 

  ……M16の30連マガジン……45口径のガバメントのマガジン……

 

 M16のスタングマガジンはNATO公式採用だから、他の欧州のアサルトライフルでも使用できる。拓がサタンから奪ったHK G36CはG36系専用マガジンではなく、スタング仕様の100連発マガジンに改良されているからそのことを知っているサクラはどこかで発見し取ってきたのだろう。


 拓はマガジンや弾をポケットに入れながら考える。


 これは30年前の事件の備品か?


 サクラたちは事件の謎に近づいた。だからサクラたちはこちらに合流もせず勝手に動き回っているのではないのだろうか……。


「そういえばすっかり忘れていたが……元々この島の連続殺人事件を解明するっていうのが、俺たちがここに来た理由だったなぁ」

「?」

 拓は苦笑する。サクラたちだけはどうやらその原点の謎解きを楽しんでいるのかもしれない。そしてサクラたちは恐らく何かしら手掛りか答えを見つけたのかもしれない。そう考えれば二人の行動は理屈が通る。最も、現状起きている事件のほうがはるかに難解で謎だらけなのだが……幸か不幸か二人はまだ知らない。


「だから、『待つ』……待ち合わせするって事か」


「あのさぁ捜査官。私、ちょっと話が見えないんですけど…… その暗号、捜査官はもうお分かりですか?」

「あいつが何か特別な話があるっていうのは分かる。だけどどういう意味かは……」

 言われ、拓はメモの後半に書いてあったサクラの謎々のこと思い出した。

「まだ考えてなかった」

 素直にそう答えると、宮村は手を伸ばした。

「ちょっと貸してもらえます?」

 宮村は笑みを浮かべ拓からメモを取り上げて紙面を見つめた。涼もそれに覗き込む。

「そもそもASの二人が考えた暗号ですよね。私たちが解けること前提にしているはずですからそんな難しいものじゃないと思うんですよ」

「だと思うけど……サクラだからなぁ……」

 サクラと飛鳥だ。二人のひねくれ具合からすると不安がなくはない。

「サクラちゃんがいくら頭がよくても、それくらいは考えていると思いますよ、拓さん」

と涼は覗きこみながら答えた。涼が興味を持ったのは音符が並べられた箇所だ。


 拓は、音楽に特別な知識はない。だとすればこれは、サクラが涼に宛てたメッセージだ。


「ドシラソファ・ソラドシラソファミ#レミ ……ドーシーラーソーファー……」


「そっちは私にはわかんないから高遠さんお願い。でももう一つのほうは…… 4月中頃から5月中頃……春……牡牛座……ああ、そういう意味ね」

「分かった?」

「牡牛座……牛は、丑にひっかけてるんじゃない? だとしたら丑三つ時……午前二時。今から三時間後だから、妥当な時間じゃないかな?」


 ふふん♪

 と得意げに笑みを浮かべながら宮村はメモを涼に手渡した。後は涼の専門になる。カタカナの表記は『#』が入っているから音符なのは間違いないだろう。


「捜査官。サクラちゃん、音楽の知識はどうなの?」

「音感は絶対音感があるよ。だけど別に楽器とか演奏はしないしそういう趣味もない」

「才能あるのにやらないってヘンな子ね」

「サクラの才能は別格なんだ。他にも多才だけどほとんど活用してないよ、あいつ」


 正しくは目立たないよう生活しているからだが、そこまでのことをここで説明する必要はない。ただそういわれても、宮村は納得できない様子は変わらなかった。


「じゃあ単純に曲ですかね? ドシラソファ……ドシラソファ…… サクラちゃんて好きな音楽のジャンルあります?」

「多分アニソンじゃないかな。あいつあまり日米含めどこのポップスも好んで聴かないし。アニメは好きだから観てる。だからアニソンは知っている」

「そ、そういうあたりはまんま子供なんですね、サクラちゃん。ご両親の影響とかは?」

「ないと思う」

「なんの役にも立たないわね、捜査官」

「ドシラソファ…… ドーシーラーソーファ…………!!」

 何度か音符を口にしていた涼だったが、その時一つのメロディーが頭の中で流れた。

「フライミー・トゥーザムーン………拓さん! これ、<Fry Me to the Moon>ですよ!」


 涼は嬉々と目を輝かせた。


「本当?」

「はい。間違いないと思います! 有名だからサクラちゃんや飛鳥さんも知っていますよね?……でもどういう意味が? 月……飛んでいく……場所?」

「ああ……そういう事なら予想はついたよ。ありがとう、二人とも」

 拓は笑みを浮かべるとその部屋の窓を開け夜空を見上げた。

「サクラが俺たちに解かせるのが前提なら、考え方はストレートでいい。この場合、<私を月まで連れて行って>って意味だから、月に行くために一番近い場所……そして月が正面に見える場所……だ。ここからだと少し月が右に見える。後三時間後だと、月はもう少し西に移動するから……」

「……この本館の正面に月が来る?」

 涼、宮村も同じように窓の傍に行き夜空を見上げた。

 ニヤッと宮村は全てを理解し、笑みを浮かべた。

「つまり! この紫条家……ううん、この紫ノ上島で一番標高の高い場所……島の山の天辺にあるのがこの紫条家本館! そしてこの本館で一番高い場所」

「この本館の四階……ですか?」

「多分そう思うわ! 私が知る限りだけど、四階にはまだ誰も上がってないはず」

「上がりたくても上がれないですよ」

 二人の言うとおり、少なくともこの本館に居る参加者は誰もまだ3階以上にあがれていない。四階に上がると思われるドアにダイヤル錠が設置されていてパスワードが分からないからだ。


 だが宮村はその点も問題なし、と笑顔で答えた。


「1382よ!」

「1382?」

 ふふん♪ と宮村は自信満々に得意げに微笑みながら、メモの中文を指差した。


「サクラちゃん、ちゃんと書いてるわ。『100年と38年と2カ月感謝しなさい!』ってね♪ つまり、全部足せば、100+38で138。そしてその後に2を足すと、それで1382の四桁のパスワードになるでしょ? この不自然な数字はそういう事だと思うわ」

「成程。すごい! やっぱり宮村さんは頭いいですね!」

「ということはあいつ、確実に宝箱を開けたな。……十字架置いてけよ、全く……」

 この鍵は内容的にテレビ局が用意したものだろう。サクラたちは宝箱で暗号を知ったと思われる。当然十字架も手にしている。だが十字架は持っていったままだ。サクラも飛鳥も意味ない収集癖があるから戦利品ということで持っているのだろう。


「元々サクラちゃんは私たちに解いてもらうためこういう書き方したんだから解けて当然よ。でも、不思議ね。私たちへの手紙ならどうして暗号にしたのかしら?」

 首を傾げる宮村と涼。確かにこの時間は<死神>たちの徘徊はなく、わざわざガラスの物音で知らせたのだからこのリュックと置手紙はすぐに拓の元に届いたはずだ。素直に書いてもいいはず……と、二人は思った。

「そこはサクラだからあんまり深く考えなくて言いと思うよ。じゃあ、とりあえずいつまでもここにいるのは不安だし、河野さんたちにこの食料持って下に行こう」

 そういうと、拓はリュックを担ぎ、もう廊下に向かいだした。涼と宮村の二人は、何かしっくりこないものを感じていたが、今はそれが何か分からないので、素直に従いついて行った。


 拓はサクラのもう一つのメッセージを読み取っていた。


 サクラは『拓だけに話がある』と言っているのだ。涼がついてくることくらいは計算しているが、肝心の話は拓にだけ……それは、あのメモにもメッセージとして隠されている。


 一つは、音符を理解できるに涼宛てで『Fry Me to the Moon』を持ち出したこと、最初に上に呼び寄せたのが『音』だったことだ。涼と拓はコンビだ。サクラは涼が絶対音感を持ち聴力が優れていることを知っている。今は涼と拓はセットのようなものだから、涼限定のメッセージは拓宛てといっていい。


 さらに『Fry Me to the Moon』の歌詞内容は、ラブ・バラードで女が男に愛を囁く歌だ。つまり拓だけに話す……という意味だと拓は気付いた。どうやら宮村はそこまで気付かなかったようだ。拓もあえてその事を口にしなかった。サクラが拓にだけ、という事には絶対に意味がある…… 30年前の殺人事件、そしてユージが告げていた数々の組織の暗躍、それらのことに関係することをサクラは何か掴んでいる…… 拓はそう睨んでいた。


「面倒くさい奴」


 誰にも聞こえない声で、拓は呟いた。この島にはどうやら只ならぬ秘密がいくつも隠されているらしい。





 丁度その頃、片山たちも役場に辿り着いていた。


 役場の前にはサタンが言っていた通り、大量の缶詰や未開封の乾パン、真空密封された惣菜、チョコバー、クラッカー、ペットボトルの飲み水、粉末コーヒーといったものが無造作に積み上げられていた。


「どうやら毒殺する意図はないみたいだな」

 片山は食料の山を見て一笑した。

「どういう事ですか?」と柴山が尋ねる。片山は白い歯を見せ笑った。

「どの食料もまるで被災時の食料だ。これは奴らが用意したもの……もし調理済みの弁当とかだったら食う気するか? こんな人殺しゲームを企むような連中だぜ? 何仕込んでるかわかったもんじゃない。だけど、ここにあるのは全て未開封で、しかも開封したらすぐに分かるものばかりだ」

「確かに……」

「しかし何が目的なんだ? あのサイコ共は……。こういう食料にトラップ仕掛けるのは常套だと思うんだが……。考えても仕方ねぇから、とりあえずもてる限り運ぼうぜ。食べるか食べないかは後で考えればいい」

 片山はそういうと「ちょっと役場を見てくる。君たちは食料をダンボールにまとめておいてくれ」と言い、役場の方に向かった。田村に救急箱を頼まれているし、着替えや自分の荷物も取ってきたかった。


 片山が役場に消えた5分後、柴山と大森は二つのダンボールに食料を詰め終わった。

 さらに5分が経過する。


「何してるんだ片山さんは」

「なんだかんだ言ってあの人も一癖ありますからねぇ」

 片山もこの異常事態の中では理性的に活動している。

 正直柴山も大森も僅か一日なのにかなり精神的に参っている。二人とも体力には自信のあるほうだが、肉体的疲労と精神的疲労で今は手足が粘っこく重い。その上今夜はぐっすり眠れそうにない。しかしFBIの拓はともかく、片山も比較的疲れている様子は見えなかった。彼もどこか普通の社会人ではなさそうだ。


「だけど鳥居さんたちの方がこの辺りにいるはずだろ? 何で食料を取りにこないんだ? それとも取った後かな?」

「どうだろうか?」

 ここと居住区は近い。だが柴山も大森も今は様子を見に行こうとは思わなかった。


 その時だ。


 風が吹いた。


  ……うおぉぉぉぉぉ……


「なんだ? なぁ柴山巡査。今、なんか聞こえなかったか?」

「え? 何がですか?」

「ヘンな動物の声のような……」


 ……うあぁぁぁぁぁぁぁぁ……ぁぁぁぁぁぁぁ………………


 今度は間違いない。動物の声なのか、人の呻き声なのか分からない。それはまるで亡霊のような声だ。そしてその直後、石の道を歩く足音が聞こえた。


 ……誰か来る……


 それは仲間のはずだ。理屈ではそう分かっている。この時間、<死神>は動いていないはずだ。


 だが、足音と呻き声のようなものは一緒に迫ってくる。


「おいっ! 柴山さん! アンタ警官だろ!? ちょっと見てきたらどうだ?」

「じょ、冗談じゃないっ!」

 二人は顔を見合わせる。紫条家に戻るか役場に走りこんで入るか……どうするべきか……二人が逡巡している間に、ソレは現れた。


「うあぁぁぁぁぁぁ……」


「ああぁぁぁぁぁ……」


 足元は三つ……そして現れた人影も三つだ。彼らは皆ADたちだ。


 だが……その異常な風貌に、二人は絶句し、立ち尽くした。

 風は生暖かく、微かに血の匂いを含んでいる。

 三人のADはふらふらと歩いていたが、役場前に柴山と大森がいるのに気付くと体の向きを変えた。そして……彼らは柴山と大森の二人めがけて突進してきた。


「なっ、なんだよ!?」

「ちょっ!?」

二人は思わず手にしていたダンボールを落とし後ずさりした。明らかに攻撃的な行動で、敵意はむき出しだ。二人はなんとか掴みかかろうとするADたちから逃れる。幸い役場周辺は街灯があり明るく、迫るADたちの動き見極めやすい。だが、その事がさらなる恐怖と混乱を生み出す結果となった。


「ひいぃぃっっ!!」

「なんだよ!? お前等っ!! その顔っ!!」

AD三人の姿は異様以外の何物でもなかった。顔面他露出している肌の部分は大きくただれ、眼は白濁し、口からは血と涎がまじった液体が滴っている。服は半分近くズタズタで、血も噴き出している。だが彼らはそんなケガを気にする様子はない。

「ちょっと!! 俺たちは十字架は持ってない、暴力は……」


「うああぁぁぁぁぁっ!!」


 宥めようとした柴山に、一人のADが問答無用で襲い掛かった。たまらず地面に押し倒された柴山に、さらに残りの二人も柴山に襲い掛かる。大森が間に入り引き剥がそうとした時、ADの男が大森の腕に噛み付いた。

「うわぁっっ!! くそっ!!」

 大森は渾身の力で男を柔道の投げ技で投げ飛ばす。だがその直後、柴山も二人に襲われ悲鳴を上げた。大森は体当たりで二人を弾き倒すと、柴山を抱き上げる。

「なっ、なんだよ!! あいつら!」

 柴山の袖はボロボロに引き裂かれていた。

「なんて力だ」

 普通の力ではない。その大森も、左腕を肉までしっかり噛まれ血が吹き出ている。人間の力とはとても思えない。

「なんなんだよ! 一体っ!!」

「大森さん!! あいつらまだ来る」

「くそっ! ……えっ?」

 顔を上げた二人が見たのは、起き上がる三人と、さらに居住区の方から二人だった。だが、そのうちの一人を見て、二人は傷の事を忘れ呆然となった。


 やってきたうちの一人は、大槻リポーターだった。だが驚いたのはその事ではない。


 大槻の手に握られているものを見て、二人は頭が完全に真っ白になった。

 大槻は全身真っ赤に染まり、同じように体中焼け爛れたような姿になっている。

 そして、その左手には……引きちぎられた腕を。右手には、長い髪を掴んでいる。そして引きずるようにその先には生首があった。生首は、無残なほど傷つき両目が潰された宮野だった。


「あわぁぁぁぁぁっ!! 化け物っっ!!」


 柴山は悲鳴を上げ、そのまま闇の中に向かって走った。逃げ場所はない。彼はそのまま波止場の先に向かって走っていく。それを二人のADが奇声を上げ追いかけた。その直後、何かが海に飛び込む音が大森に聞こえた。

 大槻他2人は、まるで獲物を狙うかのようにじりじりと大森に迫る。


 ずるっずるっと、宮野の生首が地面を転がった。


 その時だ。


 銃声が鳴り響き、大槻の足元の道が砕ける。


 大森は我に返り振り向くと、役場の入り口のところで銃を構えている片山の姿があった。


「大森! 来い!! ゆっくりとだぜ! 大槻さんっ! お前等! 来ると今度は当てるぞ!! 死にたくなきゃさっさと去れ!!」

「片山さん……柴山さんが」

「いいからお前も早くこっちに来い! おいっ! お前等動くなよ!!」

 片山はそう叫び、SAAのハンマーをコックすると、もう一発地面に向け発砲した。


 だが……


「うへへへへへっ……」


「ああぁぁぁぁ……」


 大槻たちは、じょじょにスピードを上げ、大森を追うのを辞めない。

 片山は舌打ちした。もうこの状況は理屈や法律がどうこうという次元じゃない。片山は、迫る大槻目がけ銃口を向け、もう一度警告を発した。

 だが、大槻の返事はおぞましい奇声と、攻撃意志だった。大槻は右手で握っている宮野の生首を片山に投げつけるが、コントロールはまったくなく宮野の生首はそのままあらぬ方向に飛んでいき、そして闇の中で肉の潰れる嫌な音とゴロゴロと転がっていく音が聞こえた。

 さすがの片山も、恐怖のため着替えたシャツが一瞬にして冷や汗で濡れていくのを感じた。舌打ちし、片山は引き金を引いた。

 44口径は、大槻の腹部に当たり、彼は仰向けに倒れた。続いて他の二人にも銃口を向け、引き金を引く。古式リボルバー特有の白い硝煙が濛々と立ち込めたとき、ADたちも地面に倒れていた。

すかさず大森は片山の傍に駆け寄った。


「こりゃ……俺も捜査官にフォローしてもらわないとムショ行き確定だな」

 片山は苦笑したが、その笑みは引きつっていた。射撃は旅行先で何度も体験したが、人を殺したのは初めてだ。殺人の不快感が腹の底から込み上げ口中が酸っぱくなっていく。たまらず片山はすぐに役場の入り口の水場にいくと、込み上げる胃液を吐き出した。


「片山さん、大丈夫ですか」


「くそ……情けねぇモンだぜ、俺の神経もサ。三人も殺した……殺しちまったよコンチクショウ」

「大丈夫スよ! 片山さんがいなきゃ俺もどうなってたか…… この事はナカムラ捜査官が上手くやってくれますよ」

「ああ。そうだな」

 片山は蛇口を捻り、吐瀉物を流しつつ顔と口を洗った。そして、ハンカチで顔を拭い終えた時は、大分冷静さを取り戻していた。

「それより大森。お前の傷は大丈夫なのかよ。傷口洗って、とりあえず縛れ」

「は……はい」

 その答えつつ、何気に振り返った大森は、ソレを見た。


「な!??」

 思わずその場に腰を抜かした。それを見て片山はすぐに外を見る。

「なんだと!?」


 ……うあぁぁぁぁぁぁぁぁ……


 片山は目を見張った。


 なんと…… 大槻他二人のADは、立ち上がり、ゆっくりと役場に向かってくるではないか。三人とも、腹を撃ち抜いた。現に腹から血を噴き出しながら迫ってくる。


「なんで死なないんだ!? くそっ!!」

 片山はすぐに大槻と、そのすぐ後ろのADに再び一発ずつ撃ち込む。大槻には肩、ADの男にはまた腹に当ったが、今度は少し歩みを止めただけで、再び迫ってくる。

 さらに、柴山を波止場まで追いかけていった二人も、奇声を上げ戻ってくる。向こうは街灯のない闇の中だが、奇声と足音は間違いなくこっちに迫っていた。

「大森!! 入口を閉じろ!!」

「は、はいっ!!」

 二人はすぐに役場のガラスドアをつかみ、ドアを閉めると鍵をかけた。その直後、血塗れの大槻たちが入り口にたどり着き、ドンドンと血塗れの体でドアを叩いている。

「ど……どうなってんスか!? 片山さん!!」

「俺だって知らねェーよ! くそっ……しまった。このままじゃ俺たち、ここから出れやしねぇ!! とにかく奥だ! 奥行くぞ!」

「は……はいっ」

「何がどうなってンだ!」

 片山は最後に舌打ちし、大森と共に役場の奥に逃げ込んだ。もはや食料どころの話ではなかった。



 

  3




 午後 23時43分 紫条家本館


 島の南のから聞こえた数発の銃声に、全員が窓を開け、身を乗り出した。


「銃声よね、あれ」

「ちょっとどういう事!? <死神>はまだ動かないはずでしょ!?」

 田村と宮村がそれぞれ顔を見合わせる。その隣りで涼は黙って音の方角を見つめていた。

「サクラさんたち…… じゃないですよね? 拓さん……これって役場の方から……」

「ああ。片山さんたちだろうな」

 拓だけは、すぐに窓から離れた。

「しかし解せません。片山氏は良識ある人。もし十字架を狙って襲われたとしてもあんな連続に発砲したりするものでしょうか?」

 篠原が首を傾げる。拓が片山、柴山、大森の三人を任命したのは、それぞれ腕っ節に自信のある人間たちだからだ。柴山は警官で大森は消防隊員だ。片山も護身術の心得はあると言っていた。

「発砲の感覚が短いわね……最初一発だけ……そして三発がやや間がややゆっくり、その後間があって連続で二発。……明らかに複数の対象を相手にしているんじゃないかしら?」

 河野が推理作家らしい分析を呟く。宮村、篠原がそれに同意する。

「もっとも……<死神>が動かないというサタンの言葉を信じれば、というのが大前提ですけどね」

 と篠原が付け加える。それは誰も否定できない。


 その時だ。拓が窓際に戻ってきた。手にはHK G36Cが握られている。


「皆ちょっと離れて。かなり音は煩いから。特に耳のいい涼ちゃんは耳を塞いだ方がいい」

「え? 拓さん、何をするつもりですか?」

「俺は様子を見に行きます」


 そういいながら、拓はHK G36Cの銃口を空に向けた。


「何する気? 捜査官」

「これはサクラを呼び出すためです。気付いてくれればいいんだけど」

 そういうと拓は全員を窓から離れさせ、十分全員が離れたのを確認し、空に向かってHK G36Cのフルオート・モードでトリガーを引いた。

 自動小銃も、フルオートでトリガー引きっぱなしであればあっという間だ。元々残り弾も少なかった。僅か3秒ちょっとでマガジンは空になった。


「思った以上に残っていなかったな。20発あったかなかったか」


 拓はそう呟きマガジンを外し、黙って銃を涼に渡した。

 他の皆は拓の説明を黙って待っている。

「今のはサクラへの緊急合図です。もしこれをあいつが聞いていれば、俺に異常が起きたことを知るはずです」

「ごめん、捜査官。ちょっとお話が見えないわ?」と田村。

「皆は不快に思うかもしれませんが、事実としてこの島で俺の次に戦闘力があるのはサクラです。サクラは<死神>を倒しているし、銃も奪って持っているでしょう」


 まさか元々違法に銃を持ち込んでいるとは言えない。


「今、<死神>を除いて自動小銃を持っているのは俺だけです。それはサクラも分かっている。だから、俺は今自動小銃を一斉に使い切りました。俺はプロです。自動小銃っていうのは今みたいに一斉射撃で使うものじゃないんです。その事をサクラは知っています」


「なんとなく分かりましたよ捜査官。つまり片山氏の銃声と意味合いは同じというワケですね。どちらも意図と行動原理は違いますが、<非常事態>を知らせる手段となる」

「うん。篠原君の言うとおりだ。自動小銃のライフル弾の音量は140から160デジベル。人間の声はせいぜい90デジベル。音は銃声が一番大きいので……これがサクラに対するメッセージに最良です」

 そう答えつつ、拓はショルダーホルスターに納まったガバメントを取り出し確認する。

「一時間以内に戻ります。もしサクラが現れたら、その時はサクラの指示に従って下さい。あいつの父親は俺のパートナーでFBI捜査官ですし、あいつ自身FBIや政府に知人も多いので今回の異常事件に対してうまく対処してくれます。万が一……俺が死んだ場合も同様に。それまでは、現時点では田村さんにまとめ役をお願いします」

「わかったわ」

 どうして拓がそこまでサクラを立てるのか理解はできなかったが、一応サクラの父親がFBI……ユージのことだが……という事、銃を持っている事、扱えるということでとりあえず納得した。

「非常事態が起きたらウインチェスターを乱射して下さい。ただし<死神>が現れても防衛以外では絶対こちらから攻撃しないように」

 拓は、さらに大人陣は交代で見回りを、宮村と涼には三上の容態をみるよう指示し、廊下に飛び出した。それを涼と宮村がまた飛び出しついてくる。


「さすがに今回はついてきちゃダメだ! 二人とも、分かるだろ?」


「いや……そうじゃなくて……この銃、どうして拓さん持っていかないんですか?」

 涼の腕の中にはマガジンのないHK G36Cがある。確かにさっき弾は撃ちつくしたが、サクラが調達した新しいマガジンがあるのを涼と宮村は知っている。

 拓は二人に「玄関までつきあって」と促し、早足で歩き出した。それについていく二人。

 歩きながら、拓は小声で二人に会話を交わす。

「その銃は涼ちゃんが預かって欲しい。そして……」そういうと、拓はマガジンを一つ取り出し、涼に手渡した。

「これはこの自動小銃のマガジン……新しい弾だ。万が一<死神>が現れた時は、これをセットして、ここのレバーを引く。そうすると撃つ事が出来る。涼ちゃん、君でも撃てる」


「ちょ……! 拓さん、待って!!」


 突然のことで戸惑う涼と驚く宮村。


「捜査官! サクラちゃんプッシュはともかく、どうして高遠さん優遇!?」


「一番若いからだよ」

「え?」


「宮村さん。君はダメだ、賢すぎるからね。自分で判断して、自分で行動するタイプだ。銃は……」


 そういうと、拓は静かにガバメントを抜き宮村に突きつけた。


「!?」


「銃は人殺しの武器だ。この距離なら、このガバメントを誰が持っていても君を殺すことができる」

「…………」

「これが逆の立場でも、そうさ。もし君がガバメントを俺の額に突きつけられれば、俺もやられるだろう。それくらい力があるものなんだよ、銃って」

「そ……それは……分かるけど……」

「宮村さんはサクラの指示には従えないかもしれない。違う?」

「それは……状況次第だと思うけど」

 宮村は拓から眼を背け呟く。拓にはよく分かっている。いくら能力があるからといって、そうそう10歳の女の子の指示を受け入れられるはずがない。気持ちはよく分かる。だからこそ駄目なのだ。多少なりともサクラの尋常ではない能力を見ている涼との違うのだ。


 他にも理由はあるが拓はあえて説明しなかった。


 しかし……涼はその時、拓が言った言葉の真の意味を悟った。


 丁度玄関ホールに下りたとき、涼は拓の袖を掴み、三人にだけ聞こえる声で囁いた。


「拓さん。もしかして…… もしかしてですけど…… 皆を信用してない……んですか?」

「信用してる」

 拓は振り返ると、笑みを浮かべそう言った。


「ただし、今はね」


「……今は……?」

「サード・ルール……によって、仲間割れが起きるかも……ですね? 捜査官」

 宮村の問いに、拓は頷いた。

「あの生還者ルールは俺たちの仲を乱すため作られたルールだ。俺がいなくなることで、箍が外れてその事が表面化するかもしれない。そうなった時はどうなるか分からない。あの部屋には、ウインチェスターライフルが二丁あるだろ? あのライフルを、いつ誰が手に取り凶行に出るか……危険の可能性は否定できないと思うんだ。その時涼ちゃんが持っているこの自動小銃は、あの中で唯一ライフルに勝る火力だ」


 あの部屋には2丁のウインチェスターがあり、今は一応篠原と三浦が持っているが、二人とも壁に立て掛けたりテーブルに置きっぱなしにしたりでいつでも他の人間が手に取ることが出来る状態だ。

「でも、弾は隠しておくんですよね?」

「うん」

「それは分かるわ♪ 心理戦……そういう事でしょ? 捜査官。一種の牽制ね♪」

 宮村の答えに拓は苦笑し頷いた。

 皆、涼が拓のパートナーとして行動していることは知っている。マガジンがなくても、拓から渡されているかもしれない。(事実渡しているわけだが)もし悪意をもった人間が銃を欲しがるような行動を取れば、それは離反のフラグになるだろう。

「だから宮村さんにはそのあたりのことや涼ちゃんの安全を見ていて欲しい。今怖いのは仲間割れだからね」

「了解したわ」

 宮村は頷き、ポンと力強く涼の肩を叩いた。彼女はやはり自信家だけあって、何かしら責任のある役目があると活き活きとなるようだ。拓は時計を確認し、「1時間以内だから」ともう一度念を押すと、外に飛び出し、すぐに森の闇の中に消えていった。





「…………」


 空に木霊する銃声…… その音に、サクラは顔を上げた。


「…………」


 隣りで毛布に包まり鼾をかいている飛鳥を一瞥し、腕時計を見た。拓との合流時間までまだ2時間ある。だが、今聞こえたフルオートの銃声は恐らく拓のメッセージだ。


「おい、飛鳥~」


 と声をかけたが、飛鳥は完全に熟睡モードで起きる様子がない。どこでもいつでも入眠ができるのは飛鳥の特技の一つだ。


「…………」

 サクラは静かに目を閉じる。イメージを広げていく。

 そのイメージは紫条家の地下を走り、やがて一つの鉄扉の部屋……そしてその奥に待機する3人の<死神>たち。


 ……<死神>は動いてないな……


 すでに日付が変わっているが、<死神>たちも動く様子はない……


「ちょっと行ってくるか」

 サクラは立ち上がり、メモ紙に飛鳥宛に「しばらく出てくる」と書き、飛鳥が愛用していた斧を掴み部屋を出た。特に理由はない。ショットガンは重いし弾が少ない。手ぶらはなんとなくしっくりしない。


 廊下は整備され、電気がついている。地下エリア1Fだ。

 サクラたちがいたのは地下エリア1Fに無数にある倉庫の一つだ。扉にはパスワード鍵がついている。パスワードはすでにサクラが書き換えたので絶対誰も入れない。

「睡眠は大切なんだけどなぁ~」

 ぶつくさと呟きながら、サクラは斧を背負った。

 もっともサクラは前日、たっぷり睡眠時間を取り熟睡した。もうサクラはゲーム終了まで寝なくても活動できる。


 サクラは周囲の気配に気を配りながら、ゆっくりと地下道を歩いていった。

 




 森の中は漆黒の闇に包まれている。僅かにある月明かりだけが唯一の光源だ。普通の人間には、ほとんど先は見えない。

 ただひたすら、走る。時々足を取られる転がり、体を傷つける……だがそんな事に頓着している場合ではない。


 とにかく走った。


 時々月光でうっすらと見える道を目指し……さらにその奥にある光に向かって駆けた。


 その時だった。


「!?」

 足を止めた。

 だが、藪を駆け抜ける音は聞こえる。


 自分ではない。


 そう思った瞬間、彼女に再び恐怖が襲った。


「ひぃやぁぁぁぁーーっ!!」


 彼女は再び走った。

 やがて彼女は森を抜けた。


 目の前には、紫条家西館が見える。西館は明かりが点り、周辺は行動するのに十分なほどの明るさがある。彼女は戸惑った。闇から抜けた安心感と、自分の姿が丸見えになってしまったという不安が同時に襲い掛かる。そしてその間も藪を突き進む音が聞こえてくる。


 彼女……芸人の樺山は、泥と擦り傷だらけになりながら、今混乱の極にあった。


「おや。樺山さん?」

「!?」

 突然の声に、樺山は眼を見開いた。

 暢気な声は上からだ。

 振り返った彼女の目に映ったのは、見覚えのある青年だった。

「む……村田さん!?」

 紫条家の二階から村田が身を乗り出していた。村田は特に焦る様子もなく普通だった。だが、樺山は村田の姿を見ても顔から恐怖が消え去らない。樺山は明らかに挙動不審で辺りと村田を見ている。


 その只事でない様子に、村田は首を傾げた。


「ど……どうしたんですか? 樺山さん。ナニかあったんですか?」

「ア……アンタ!! アンタはまともぉ!??」

「はい??」


 問われた村田にも樺山が何を言っているのか分からない。


「アンタはまとも!? にぃ……人間っ!!?」

「よく分かりませんけど、どうかしたんですか?」

「アッ、アンタはここでナニしてんのよ!?」

「ボク? ああ、十字架探しですけど?」

「誰かが追ってくる!! ここ開けてぇ!! 早くッ!!」

 そういうと樺山は、扉を壊さんばかりに激しく西館の玄関を叩いた。その狼狽ぶりに、村田も驚く。

「ちょっと樺山さん。何暴れてるんですか? 貴方のほうがよほど不気味ですよ」

「アホっ!! ンな事いうてる場合ちがうわ! いいからここ開けてよ!!」

「ボクにはむしろ今の貴方の方が怖いんですけど……どうしたんですか?」

 村田は村田で樺山の態度に不審さを感じていて、とても下にいき玄関の鍵を開けようという気にはなれない。


「あ……」


 その時だった。藪の中から人影が浮かび上がる。


「誰だ?」

 その村田の呟きを聞いた樺山は、素っ頓狂な悲鳴をあげ、さらに激しく玄関を叩き泣き叫んだ。


「化け物ぉぉぉーーっ!! 開けろ!!! 開けて、早くぅっ!! まだ死にたくないぃ!」

「…………」


 藪の中の人影が動いた。


「その話……」

 やがてその人影は森の茂みの中から抜け、姿を現した。それを見た瞬間、樺山はその場にへたりこみ、ゆっくりと涙を拭いた。


 そこにいたのは、拓だった。


 拓はガバメントの銃口を下ろしホルスターに戻すと、ゆっくりと樺山の方に向かいながら言った。


「樺山さん。今の言葉、どういう事ですか?」

「ナ……ナカムラ捜査官ぅぅ」

「貴方は冷静そうですね」

 村田は苦笑すると、窓の傍から消えた。玄関の鍵を開けにいったのだ。

 拓がやってくると、樺山は這うように進み、拓に抱きつくと号泣した。拓はそれを優しく受け止める。

「大丈夫。誰もこの付近にはいないよ。俺の音で怖がらせたみたいだ。ごめん」

 拓はカメラを警戒し、わざと森の中を進んでいたのだ。サクラほどではないが、拓も経験と訓練によって夜目は常人より遙かに優れている。昼間、森の様子は確認しているし、月がこれほど明るければ行動には支障ない。

「何があったんですか、樺山さん。その様子、只事じゃないみたいですけど」

「助かった……助かったぁぁぁぁっっ!!」

 樺山は安堵のため泣き崩れてしまい、とても話ができる様子ではなかった。そこに村田が現れる。


 村田は、とりあえず西館の中に二人を招いた。


「君は一人か? 他にこの館には?」

 樺山を支えながら拓は村田を見て言った。村田は苦笑しながら頷く。

「ボクはあんまり大勢でゾロゾロっていうのは好きじゃないんで。ああ、でも今はそんなこと言っている状況じゃないですけどね」

「俺たちは紫条家本館に集まっています」

「ああ、じゃあボクも合流してもいいですか?」

 無邪気に村田は答える。どうも彼の性格なのか、えらく明るい。が、考えてみれば村田は21歳という若さでサクラたちが突破してきた難問クイズをクリアーしてきた頭脳派だ。宮村、篠原がそれぞれ年齢に見合わない個性を持っていることを思うと、この青年も一癖あるだろう。

「今は紫条家本館の方もピリピリしている。行くんなら俺と一緒に」

「捜査官は……ボクたちと偶然って事はなさそうだから、さっきの銃声の捜査ってところですか?」

「ああ。そんなところ」

「なら丁度いい。ボクも、まだここで遣り残していることがありますから」

「?」

「これですよ」

 村田は微笑を浮かべ、ポケットから十字架を見せた。十字架は三つだ。

「ここでコレを探していたところなんです。最初は東館に居ましたけど、あそこは<こんぴら>の二人が牛耳っているし、ASの二人が漁ったみたいで宝箱は見つからないし。それでこの西館に来て探してたんです」


「こんな時に君は……」


「別に間違ってないでしょ? ボクは生き残りたいし。捜査官や他の皆は違うんですか? ま、どっちにしてもこれはボクの判断で勝手にやっていることですから」


「…………」


「そんな顔しないで下さいよ。別に普通でしょ? 大丈夫、本館に招いてくれるならボクだって勝手な行動はしません。この十字架は渡しませんけどね」


 拓は苦い顔で頷いた。それは強制する権利はない。


「分かった。君の意見はともかく、まずは彼女を落ち着かせたい。水を一杯、頼めるかな?」

「いいですよ」

 村田は頷き、部屋を出て行く。

 拓は涙を拭う樺山に、もう一度何があったのか尋ねた。

 樺山は顔を上げる。思い出した瞬間、再び激しい震えを起こす。よほど怖い目にあったんだろう。拓はすぐに「もういいよ」と彼女を止めた。再び顔をくしゃくしゃにして下を向く。拓はそんな彼女の頭を優しく撫でた。


 ……彼女には聞けない。やはり自分が行くしかないか……


「……化け物……」

「?」


 その時……彼女は呟いた。


「え?」

「皆……狂った……みんな、化け物になったの」


「…………」

 それだけいうと、樺山は頭を抱え蹲った。


 ……みんな、化け物……?


 拓にはまるでその意味が分からない。





 呻き声が響く。


 もはやこれは人といえるのだろうか……徘徊する男や女……彼らにはもはや意識というものがあるのだろうか……?


 ある者は狂ったように壁を叩いては、奇声を上げている。


 ある二人の男たちは、もはや反応しなくなった死体を何度も叩きつけている。


 ある者たちは、ふらふらと壁にぶつかりながら駆け回っている。

 路上に転がる死体は、ぱっと見るだけで4体……一方異常な状態になっている人間はざっと見て12人……。


「数があわん……もう何がどうなってるんじゃ?」


 サクラは、静かに一軒の家の屋根に飛び移った。誰もサクラの気配に気付いていない。


「まさにゾンビね……。くそ、飛鳥の勝ちか」


 さすがに色々な事件に遭遇してきたが、今回の事件は間違いなくサクラにとっても特異なレベルとなった。


 徘徊する人間は、とても普通には見えない。


 ただ理性を失っただけではない。ほとんどの者の目は瞳孔が開き、肌は大きくただれたり窪んだりしている。さらに、中には腕や足があらぬ方向に曲がっている者や大きな外傷を負った者までいるのだが、まるで痛みなど感じている様子はない。


 彼らは死んではいないのだ。


 その点、世間でいう「ゾンビ」とは違う。だがよく見れば何人かに人の噛み跡や引掻きキズが見えた。見た目は世間でいう「ゾンビ」そのものだ。


「体温ややや高め……だけど顔がただれたり、真っ青だったり……間違いなくなんらかの病気…… さすがのサクラちゃんもこれは専門じゃないんだよね、ここまで来ると……ホント、なんじゃこいつら」


 全く分からないわけではない。この症状は知っている。

 サクラはこれと同じ症状を持った犬を地下で撃ち殺してきたところだ。


「…………」


 サクラは立ち上がった。もはやこの住宅地でまともな人間はいない。それは、透視能力をセンサーのように広げ全体の気配で確認した。


「!?」


 その時、遠くでガラスの割れる音が聞こえ、サクラはその方向を向いた。役場の方だ。


 サクラは目を閉じ透視する。すると、5人の狂人に襲われている片山の姿が浮かび上がった。どうやら彼はまだ無事のようだ。


 サクラは役場に向かうことを決め、ゆっくり舞い上がる。カメラや人の目がなければ、サクラは空を飛んでいける。


「紫ノ上島・オブ・ザ・デッドか、これ……? ショットガンを持ってくるべきだったかなぁ……」


 まだどこか暢気なサクラ。空を飛びながら、サクラは嫌なことに思い当たった。


 ……もしかして、あたしたちがあの研究所に入って、ウイルスが外に拡散した……??


「…………」


 心当たりはある。

 部屋に入り、電気をつけたことでこれまで動いていなかった空気循環機が稼働し始めた。あまりに非科学的なので認めたくはないが、もし飛鳥が言うとおり、あの部屋でゾンビ・ウイルスのようなものがあったのだと仮定したなら、サクラたちが電気をつけることでウイルスは通風孔を通じて外に漏れたのかもしれない。実際、あの狂犬のいた部屋には換気装置があったし紫条家東館の庭や中庭を中心に巧妙にカモフラージュされた通風ダクトを見つけている。サクラや、携帯バリアーに<サクラ・キャリー>を持っている飛鳥は強靭な防御能力があるためなんともなかっただけで本当はゾンビ・ウイルスがかなり充満していたのかもしれない。本来ウイルスを扱う施設の換気機器であれば防菌対策はとられているはずだがそれも30年放置されたもの……故障していないと誰がいえるだろう……。


「嘘でしょぉぉ~」

 サクラは間抜けで脱力系の嘆息を零す。


 あくまで科学的根拠のない、推測だ。


 だがサクラ自身、腹立たしいことに、この推測を否定する材料がなかった。


「これは……ちょっと……まずいな」


 たらり……とサクラは汗をかく。もしこれが事実なら元凶はサクラと飛鳥たちである。


 法的にはともかく、この事をユージが知れば……拓がいる以上知られないはずがないが……どれだけ怒られるか……想像するだけでもサクラはアンニュイになった。そんな次元ではないのだが……。

 

 ……このまま沖縄本島まで飛んで逃げようか……。


と一瞬、本気で考えたサクラだった。


 この時、時間は午前1時になろうとしていた。日付的にはついに三日目に突入した事になる。




  4




 NY ブルックリン。


 薄暗い部屋で、デービス=ウッズマンはデリバリーの昼食を食べ終え、一人静かに事務所の奥でインターネットを楽しんでいた。彼はカタギではない。とはいえこの大都市NYでチンピラではないが悪党と呼ばれるほど法も犯していない、ギャンブル好きの裏社会のなんでも屋で多少名前が知られている……その程度だ。


 そこに突然の訪問者が現れた。


 彼の事務所には、二人の舎弟に番をさせていた。血気盛んなだけで頭の足りないの若造たちで、腕っぷしはデービスより上なのだが、そこは先輩後輩の縦社会……デービスは上手に言い含め、先輩としての顔を潰すことなく彼らを護衛のように使っていた。ギャンブルでトラブルになった時もこの頭の軽い後輩たちのおかげで事を上手に収めてきた。


 何てことのない……ただの昼……の、はずだった。

 突然、事務所の若造たちが騒ぎ出したかと思うと、ドタバタと激しい物音が響いた。


 ……何をやってるんだ……?


デービスは顔を上げ、そっと机の中から小型リボルバーを取り出しズボンのポケットに入れようとした……まさにその時、ドアが開いた。


「!!?」


 デービスはそこに現れた人間を見て、思わず凍りついた。

 なぜこの男がここに……!? 訳が分からない……だが彼にとって、その男の出現は白昼の龍の蛇行であった。


「なんだその銃は。もしかして俺にか?」

「ア、アンタ! ミタスー・クロベ!?」

 ユージは無言のまま堂々と入ってきた。恐ろしいことにユージの右手は懐中のDEのグリップを握っている。それに気付いたデービスは何が何だか分からず目を泳がせる。とにかく銃を持っていては殺されると思い、すぐに足元に銃を落とし外聞も何もなくその場で手を上げた。


「待て! 俺は何もしてないぞ!! 大体なんでアンタがこんなトコにいるんだ!?」


 デービスは叫ぶ。何故、天下のユージ=クロベFBI捜査官がやってくるのか検討もつかない。彼は、歯向かった者は問答無用で射殺す<死神>の異名をもつ裏世界S級ランクの人間だ。彼が、いわば<殺しのライセンス>というべき権利と勢力を持ち怖れられているのは、裏社会だけではなく表社会でも暗黙の了解があるからだ。この謎につつまれたFBI捜査官は、裏社会のマフィアのボスからホワイトハウス、国連本部まで顔パスで通るといわれている。デービスから見れば雲の上のスーパースターだ。そんな男がこんな下っ端のなんでも屋に何の用があるというのか。


「感心しないな。ガキに銃を持たせるもんじゃない。ガキはすぐに銃を抜く……相手もよく確認せずな」

 そういうと、ユージは懐から二丁のオートマチックを取り出し床に投げた。事務所の二人に持たせていた銃だ。デービスは完全に詰まれた。ユージはこれで悠然と正当防衛を言い立てデービスを射殺できる。

 ユージは再び懐からDE抜き腰だめで持ちながらデービスの肩を叩いた。

「インターネットで何をしていた? ……なんだ、ネットギャンブルか? 知らないのか? ニューヨーク州ではインターネットギャンブルは違法なんだぞ? もちろん銃の不法所持も違法だが」

「ちょっ、ちょっと待て!! 確かに違法だ。だがそんな事いいに来たのか!? アンタほどの大物が!? 市警の刑事の点数稼ぎじゃあるまいし」


 銃の不法所持や違法なギャンブル行為は軽犯罪だ。FBIの仕事ではない。デービスはそう答え、背筋が急激に冷めた。だとすれば、この男は何をしにきたというのか?


ユージは近くにあった椅子を引き寄せ座ると、ゆっくりとデービスを座らせた。


「そんなに警戒しなくていい。実はお前に頼みがあってやってきたんだ。すごいぞ。このNYで俺に貸しがある人間なんて誰もいないんだから」


 ユージは淡々と言うと、銃口でインターネット画面を指した。そう、なんだかんだいいつつユージは銃を戻していない。頼みというより脅迫だ。

「俺に何させようってんだ!?」

「ちょっとネットギャンブルについて、な。力が借りたいんだ」

「待てよ。俺ぁギャンブルは趣味でプロじゃねぇし、そんなデカい裏ギャンブルもしらねぇ。アンタの知り合いにはもっとプロの連中がいるだろうが。何で俺なんだ」

「そこなんだ」と言うと、ここでユージはようやくDEをホルスターに戻した。

「ちょっと今調べたいことがあって、裏ギャンブルに詳しい奴の力が借りたいトコなんだが、俺の知り合いは皆裏世界一流の奴らばかりでな。あの連中に貸しを作るのは今後あまり嬉しくないし、あの連中の仕事を知ってしまうと、俺も立場的に逮捕せざるをえない事案まで触れかねない。そうなると調べごとも何もあったもんじゃないだろ? FBIの表ルートを使うと記録に残る……そうすると、暴きたくもない陰謀まで知ると厄介だ。ちょっと今回は極秘の捜査であまり事をでかくして時間はかけたくない、本題だけ分かりたい…… そう考えると……そうだな、デービス=ウッズマンくらいが妥当なんじゃないかと思うんだがどうだろうか?」

 そういうとユージは懐から二枚のメモを取り出し、テーブルの上に置いた。そこにはマフィアのボスの名前が書いてある。それを見てデービスは青ざめた。知っている名前だ。

「聞いたンだが……お前、この二人から仕事を頼まれた時、ちょっとしたヘマをやって不興を買ったらしいな? 実は俺はあの連中に大きな貸しがいくつもあってな。電話一本入れて、帳消しにしといた。ついでに、俺の仕事を手伝うが、けしてお前が余計な事を言って組織の足を引っ張らないだろうということも伝えておいたよ」

 そういうとユージはメモを掴み、黙ってデービスの懐にメモをねじ込んだ。この段階ですでにデービスには拒否権などないではないか。断れば、マフィアに狙われる。

「おや? なんだかこう考えると……もうお前には貸しは返しているのかな?」としらじらしく少し驚いてみせるユージ。もう脅迫以外の何物でもなかった。

「分かった! もういい! 協力するよ!! 何をやらせたいんだ」

 デービスは泣きそうな顔で頷いた。ユージは今開いているネット画面を指差す。

「ネットでの違法ギャンブルについてだ。今、特別なイベントがあるだろ? 実は大体の概要はもう知っている。お前が知らないような裏の高等次元の事までな。ただ、実際に確認していないから確認したいだけだ。俺がアカウントを取っても、B・メーカーが警戒しちゃどうにもならないし、FBIの規約を通すと面倒でな」

「特別イベント? あのなぁ……捜査官。そんなのどんだけあると思ってるんだ? B・メーカーはイギリスの大手賭けサイトだぜ?」


 B・メーカーはイギリスにある、何でも賭けの対象とする大手の総合賭けサイトで、会員は世界中に居り、賭けの内容はスポーツの試合からボジョレーのイギリス到着日、果ては芸能人の離婚時期まで賭けの対象として公開している。ただし実際にクレジットカードで現金の支払いが行われる、公然としたギャンブルには違いなく、米国でも州によっては違法サイトの指定を受けている。


「ヒントをやる。有料、しかも賭けの内容は生き残りゲームだ。期間限定、その割には参加費が高いヤツだ」

「…………」

「まだ分からないか? ゲーム製作は日本の企業だ。殺しのゲーム……」

「おい。ちょっと待てよ、まさかアンタ、『サバイバル・ビレッジ』の事言ってるのか!? あれのどこにアンタみたいな大物が関心持つんだ!?」

 デービスは笑えを浮かべ余裕そうに答えたが、彼の中で混乱はさらに深まった。

 『サバイバル・ビレッジ』……人工知能の3Dキャラクターたちが、殺人鬼の村から脱出するというもので、期間限定で昨日から明日までの3日間のリアルタイム式生き残りゲームだ。日本のゲーム会社が、人工知能キャラクターにどこまで人間的反応が作れるかどうかという実験をネット上で行っているのだが、B・メーカーはその会社と契約し、賭けの素材として提供しているのだ。

「本気かよミスター・クロベ? 『サバイバル・ビレッジ』は参加費5ドルで誰でも参加できる賭けだぜ? しかも掛け金は1ドルからできる、初心者イベントだ。10歳のガキでもやってるやつがいる」

「お前もやってるのか?」

「そりゃ……少しだけ……」

「よし、中々いいぞ。話が進んできたな。俺はそいつの事を調べてる。お前が知らないとお前には用がなくなるトコだった」

「な……なんだよ!? アンタ、何を調べてるんだ!?」

「いいか? 今からこのゲームの裏側をちょっと見せるが、このことは他言するな? 約束できるか? でないと俺はお前を消さなきゃいけない」

 そういいながらユージは携帯電話を取り出しメールを打つと、再びデービスのほうを向いた。デービスも即答で約束するが、ますます訳が分からない。こんなゲームに何の秘密があるというのか? 賭けに参加しているのもジャパニーズ・アニメ風の絵柄でオタク中心ではないのか? ユージに言われ、デービスはゲームにログインした。ゲームはヨーロッパの山奥の村風で、スタート画面は村を上から見た地図画面から始まる。そして画面の下に<キャラクター><イベントモード><チョイス><チャットルーム>とメニュー文字が出る。


「確か、チャットで個人での賭けも成立できるんだったよな」


「あ、ああ。ゲーム運営の公式イベントは12時間置きに発表されて、それに参加するが……参加者同士で賭けルールを作って掛け合うのも可能だ。例えば……」


 デービスは<キャラクター>をクリックする。するとアニメ風のキャラで36人の男女が現れ、それぞれスキルが出てくる。そして、スキルの中に『生存確率』も表示されていた。この生存確率が、そのまま基本の賭けの『ゲーム終了まで誰が生き残るかという賭け』の倍率である。一番生存確率が高いのは、魔法騎士ナカムで、次は最年少キャラの魔女ハギノ、アヤの二人だ。ただしこの三人は注意書きがあり『※魔法使い系キャラはオリジナルイベントでは対象外になる場合があります』とある。

 キャラクターのうち、半分近くはカラーではなくグレーになっていた。グレーはすでに死亡したキャラクターらしい。

 デービスは、傭兵カザンと吟遊詩人少女クリルの二人をクリックし、<チャット>を開いた。

「今、俺は傭兵と吟遊詩人をチェイスしただろ? ここでチャットルームで書き込むと新しい賭けになる。そうだな、例えば『後6時間以内にこの二人が死ぬか生きるか、10ドルで賭けないか?』 とか『この二人のうち、どっちが先に死ぬか……スタート5ドルで。参加者求む』とか書くと、反応があればそれで賭けが成立するんだよ。パターンは色々だし、賭けのルールは自由だ」


「よし。賭けろ。金は俺が出す」


 そういうとユージはテーブルの上に100ドル札を2枚置く。デービスは沸きあがる不信感や質問を引っ込め、素直に反応がありそうな後者の賭けをチャットに乗せた。すると2分後には、6人の人間が参加を表明し、結果的にデービスは吟遊詩人クリルに50ドル、他二人は20ドルずつ賭け、他3人は20ドルずつカザンに賭けた。そしてそこで提案者のデービスが『賭けの成立』と打ち込むと、2分後、運営からメールが届き、クレジットカードの番号入力と暗証コード、そしてデービスの掛け金と、勝ったときの配当金が表示されていた。このメールに必要事項を打ち込み返信すれば、賭けは成立する。

「ミタスー・クロベ。このゲームのどこが怪しいんだ? もしかしてこれ、なんかの囮捜査なのかよ?」

「囮捜査なら堂々とするだろーが。キャラクターがどこにいるかは分かるのか?」

「<チョイス>をクリックすればな」

 そういうとデービスは吟遊詩人クリルを<チョイス>した。すると画面は切り替わり、洋館の中に移動した。洋館の一室で、5人ほどのキャラが集まっていて、その中にいる長髪の黒髪の少女キャラが吟遊詩人クリルだという。

「お前、何でこの子を選んだ?」

「この子は、魔法騎士ナカムと仲がいい。そしてどこで手に入れたのか、今、この子はボーガンを持ってるだろ? 身体スキルは低いが、生存率は高く設定されてる。傭兵カザンも剣を持っているが今、村の廃墟になった教会にいて周りにモンスターがウロチョロしてる。身体スキルが高いから生存率も高いが危険エリアにいる分危険だと思ったからな」

「モンスター?」

「基本、ゾンビと<死神>が徘徊してるが、キャラクター同士も殺しあう。そこが普通のゲームと違う点だな。こいつ等、会話もするしすげぇリアルだよ。さすが日本人は芸が細かいぜ」

 そういっている間にも、クリルの傍にいた学生風の少女ミリーが「さっきから村のほうでずっと騒いでるわ。何が起こってるの!?」と焦っている言葉が吹き出しで浮かぶ。すると同じ部屋にいた、槍を持ったひ弱そうな村人アキラが「騒がず静かに様子を見るしかない」と答え、今度はジプシーのミカが「イタイ、イタイのなんとかなんないぃ?」と呟く。ミカだけは名前の表示が赤くなっていた。ケガをしているらしい。

「魔法少女の二人はどこにいる?」

「ちょっと待て。…………なんだ? 『行方不明』って……。おい、ミスター・クロベ。これが一体何なんだ!? なんか馬鹿馬鹿しくなってくるぜ。どうせギャンブルなら俺はもっと別の、盛り上がるギャンブルがしたいんだ。こんなオタク向きのゲームじゃなくて! こんなゲームのどこに問題があるんだ?」

「このゲーム、賭け参加者はどれくらいいるか分かるか?」

 苛立つデービスを無視しユージはじっと画面を見ている。その眼は真剣で、その迫力にデービスは口を塞ぎ、黙ってチャットルームを開いて参加人数を見た。普通は見れないが、そこは多少その方面に知識はある。これまでのチャットルートの入室者数は分かった。それが表示された時、デービスは初めてヘンな違和感に気付いた。


「参加者……13万5962人だって!?? な、なんでこんなに参加者がいるんだ!?」


「だから言ったんだ。こいつには裏があるんだよ」


「な、なんだよ。それは……」

「他言したら殺すぞ」

「分かったよ! 気になるじゃねーか! なんだよ」

「このゲームはリアルタイムだ。ゲーム内の時間を見てみろ。きっかり14時間差だ。人工知能の3Dゲームの形をとっているが、日本で実際に起こってるリアルな事件なんだ」

「な?」

「噂じゃ、このゲーム、<スペシャル会員>があるらしいがどうなんだ? 画面にはそういうのはないようだが」

「確かに噂は聞いたことがあるけど、俺はこんなオタゲーにそこまでハマってるワケじゃねぇーから分かンねぇよ」

「調べろ。お前、ギャンブルの友人がいるだろ? 10分やる、俺は外に出ておいてやるからな。逃げると殺す」

 そういうとユージは嫌味交じりの笑みを浮かべデービスの肩を叩くと、部屋を後にしていった。 


 デービスはすぐに何人かの非合法なギャンブルを生業とする仲間に一斉にメールを送り始めた。




 ユージは部屋を出て、暴れてメチャクチャになった事務所と呻き声を上げダウンしているチンピラを無視し外に出て時計を見た。午前11時42分……拓との連絡はちょうど正午時……日本時間では午前2時だ。丁度外に出たところでJOLJUは座り込み、紅白饅頭を黙々と口に運んでいた。ユージは黙って紅白饅頭を一つ掴み上げる。

「なんで紅白饅頭なんか食ってるんだ?」

 いいながらユージは掴み上げた饅頭を摘まんで口に運ぶ。JOLJUは気にすることなく黙々と食べている。思った以上に不味い饅頭でユージの手は止まった。


「なんだこれ?」


「オイラ法事の帰りだもーん。法事のお土産といえば紅白饅頭だJO!」


「お前が行った法事って地球じゃないじゃないか。どうして他所の星に紅白饅頭があるんだ?」

「地球の風習ということでオイラが作ったンだJO」


 エッヘンと胸を張るJOLJU。


「てことはナニか? お前は他所の星の法事に顔出して、地球の風習という事で自分で紅白饅頭作ってみんなに振舞って、そして風習どおりお土産で持って帰ってきた、と?」


「だJO♪」


「……お前……自分の行動に疑問はもたんのか?」


「別に」


「あっそ……。好評だったのか? 紅白饅頭は」

「来客のグレイン星人には餡子が不評だった……。グレイン星人は糖質が苦手なのすっかり忘れてたんだJO。一応彼ら用には砂糖でなくて塩餡子にしたけどイマイチだったみたいだJO♪ えっへん♪」

「法事って誰が死んだんだ?」

 待つ時間がヒマなので、JOLJUとだらだらと会話を続けるユージ。

「ヒャダマゼって星で神様やってる友達」

 JOLJUもこう見えても神様で宇宙にも多くの知り合いがいる。特に宇宙にいってしまうと色んな星の神様と友人だ。だから今更驚くようなことはないが、今起きている事件を思うと別次元すぎて現実感が欠片もない。

「というか、他所の星の神様はそんな簡単に死ぬのか?」

「そりゃ神様だって死ぬJO。あーーー、でも今回は肉体が死んだだけで精神体に昇華してかえって身軽になったみたいだったJO。もっとも一般人には見えなくなっちゃったけどね」

「お前、呼ばれて行ったんじゃなかったんだろ?」

 JOLJUは基本サクラと一緒に行動することが多いのだが、今回はサクラと飛鳥がテレビに出ることになり一緒にいることができずヒマなので<押しかけ訪問>で無理やり他所の星の神様の葬式に出て行ったのだ。こう見えても宇宙ではJOLJUは誰もが知っている神様だから、その惑星の方でも無碍にはできなかったのだろう。そして地球(日本)の風習ということで頼まれてもいない紅白饅頭を自分で作って持って行き(微妙に勘違いしている上に饅頭の出来は悪い)、「風習」ということで紅白饅頭を貰って(ほとんどつき返された)戻ってきた…… 考えれば考えるほど間抜けな話だが、本人は気付いていないようだ。本人は満足そうだしユージたちに害はないのであえてツッコむ必要もない。

「しかし……」とユージは饅頭の残りを口に放り込み飲み込み言った。「確証があったわけじゃないが、嫌なことに予想通りの展開だ」

「JO? サクラたち?」

 ユージは頷く。いくつもの会社によるリアル・デス・ゲーム。そしてそれを賭けゲームとして世界中に発信する。スペシャル会員は、ユージの予想だと3Dのゲームキャラではなく、リアル映像を見ることができるようになるのだろう。裏の格闘デスマッチやスナッフビデオの需要は世界中にあり、このリアルな殺し合いありの生き残りゲームはまたとない機会だ。裏世界の嗜好者は必ず食いついているだろう。この手の人間は金持ちが多く、相当なお金が運営側に入ることだろう。


 だがその収益はせいぜい大目にみても2000万ドル前後ではないのだろうか?


 確かに大きな収益だが、これほど大規模な組織が複合して起こした事件の収益としては少なすぎる。死人も出ている。もし当局が本格的に捜査にかかれば何社かは責任を問われ逮捕される可能性は大きく、今の知る状況では運営のリスクのほうが大きいはずだ。


 逮捕される……もしくは逮捕されてもフォローしてくれる存在がある……。


 それがこの事件の最大の黒幕なのだろう。それだけが何なのか分からない。ただ、これだけの事件を起こしこれほど巧妙に工作しているとすれば、その規模は数億ドルというレベルのはずだ。そうなると本当に国家は絡んでいないのか……いや、ユージの調べた限り政府も軍も公には関わっていない。ただしこれは政府や軍の中でも正統なグループの話だ。


 ユージは時計を見た。すでに10分は経過している。


 ユージは紅白饅頭を食べているJOLJUを掴み上げると、事務所の中に入っていく。


「JO~! ナニすんだぁぁJOぉぉ~」


「何のためお前連れてきたと思ってンだ。これからお前に手伝ってもらうんだ。行くぞ」

 元々デービスから黒幕にたどり着けるとはユージも思っていない。キッカケを掴み、そこからハッキングしていかなければならないだろう。JOLJUはそのハッキング要員だ。


 ユージたちがデービスの部屋に戻ると、デービスは携帯電話で喋りながらパソコンのキーボードを叩いている所だった。デービスはユージが戻ってくるのを確認すると、パソコン画面を指差した。そこには銀行口座番号とID入力画面の指示が出ていた。


 そしてメッセージが短くある。


≪この口座に5万ドル入金の上、メール・アドレスを入力。おってIDとパスワードを送ります≫


 ユージとJOLJUがパソコンの前に座ったときもデービスは携帯での会話を終え、携帯電話を懐にしまった。

「多分これだ。しかしなんだよ5万ドルって! 完全に詐欺じゃねぇーのか!?」

「詐欺じゃないのは確認したんだろ?」

「……ああ……」フンッ……とデービスは鼻をかみ「スペシャルメンバーの誰かの紹介がないとこのページには行けない。それに、この銀行口座振込みでこっちの情報は運営側に知られる。運営側も参加希望者の身元を調べてから入会許可を出す。そのくらいのセキュリティーシステムはある」

「分かったろ? 俺じゃダメな理由が」

 もしユージや他の法執行機関の人間が加入しようとしても、運営の方で拒否するか、エラーということで弾いてしまうだろう。もっとも推薦者にもよるだろうが。

「ということで、デービス=ウッズマンあたりが妥当ということなんだよ」

「ちょっと待て! 俺に5万ドルなんて大金支払わせる気かよ!?」

「お前の口座を教えろ。そこにとりあえず諸々必要かもしれんから7万ドル振り込む」

「……わかった……」

 デービスはメモに口座番号を書き込む。それを受け取り、ユージは椅子の上で傍観している   


 JOLJUにノートPCを出させて、ユージが銀行口座を指定し、そこからデービスの口座に7万ドルを送金した。ユージの個人口座でなく、ユージたちが共有している裏口座で足はつかない。ユージは送金の確認をデービスにさせた。デービスは露骨にやる気なさそうに会員登録を始めた。


 数分後。デービスのメールに『スペシャル会員情報』が送られてきた。そこにはIDとパスワードとアドレスが表示されている。


 デービスがさっさと登録を済ませたが、出てきた画面は『スペシャル会員ページ』とあるだけで、これまでの『サバイバル・ビレッジ』のままだ。


 唯一増えたのは、メニューに『ショッキング』という項目が追加されているくらいだ。


「どういう事だ!? ぼったくりじゃねーかコレ」

「ちょっとオイラもログインするJO」と、JOLJUはケーブルを取り出しデービスのノートPCに接続した。そしてJOLJUはすぐに作業し始める。


 一方、デービスは念のためゲーム内に入っていく。


 ……スタート画面こそほとんど同じだったが、中身は完全に別物だった。


「なんだよこれ」

 デービスは映し出されたゲーム画面を見て愕然となった。ユージの予想通り、画面はこれまでの3Dアニメ風キャラクターではなく、場所は紫ノ上島であり、キャラクターたちは本人のリアル映像だ。キャラたちの会話は日本語で、英語、フランス語、中国語、スペイン語、ポルトガル語の五カ国語の字幕が選択できる。

 デービスは新しく増えた『ショッキング』をクリックした。すると、画面は紫ノ上島の居住区の一角が映し出され、醜い死人のような姿の男たちが、女性ADを執拗に襲っているシーンが映し出された。

 一方、JOLJUの方では通常のゲーム画面で、同じ場所を立ち上げた。そこでは3Dのアニメ風の女キャラがモンスターのようなアンデッドに囲まれている。

「時差があるな。……1……いや、2分くらいか……。リアル映像を3Dアニメに変換し反映するタイムラグってコトか」

「マジかよ」

 その後、<チャット>の方を見る。ここのルールも同じだったが、賭けの内容は違った。さっき一般ゲームの時アップしたデービスの賭けは登録されていない。そして決定的に違うのは、賭け金が10倍以上になっている。正に選ばれた人間たちの賭けゲームだ。


「おにゃ? ……おお、こっちだと本名や経歴も見れるJO」


 JOLJUは<メニュー>の中にあるパスワード式の隠しリンクを見つけ、そこから参加している人間の経歴と顔写真が公開されていた。


 拓の経歴も載っている。そこにはユージが相棒であることもある。


 だが、ユージとJOLJUが驚いたのは、サクラの顔写真とサクラがユージの娘であることが載っていた事だ。サクラと飛鳥はテレビモニター前では仮面をつける、と言っていたのをユージは知っている。

「アンタの娘か!? このガキ……いや、お嬢ちゃんは。異常な知能をもつ天才ってあるが。それにサイコメトラーって本当かよ」

「黙って色々画面操作していろ」

 ユージは考える。

 どうやら、サクラの本当の能力は知られていない。ということは、この情報源はやはり国家レベルから漏れたものではない……。サクラの情報はアメリカのかなり重要度の高い極秘文書の中にあり、政府でも長官クラスや上級の将軍クラスでなければアクセスできない。運営はサクラに関してそこまで情報を得られないレベルだ。これで国家ぐるみの策謀の可能性は消えた。

「JOLJU。サクラのデーターと顔写真、消せるか?」

「できるJO。あ、でもハッキングはバレると思うけど」

「容疑者を適当に数十人用意して、誰がやったかわからないようにして消す事はできるか? もしくはシステムエラーを装って顔写真だけでも消すとか」

「まぁ……じゃあその両方で……」

 そう答えるとJOLJUは自分のノートパソコンを操作しはじめる。


 サクラだけは顔や能力が世間に知られるのはまずい。元々サクラの存在は米国国家機密なのだ。今の異常知能の情報程度ならば問題ないがサクラの超能力や超身体能力までバレるのは別の意味で困る。


「とりあえず、『謎の少女。知能が高い』くらいに書き換えてくれ。全てのデーターを破壊してしまうと、運営のほうが警戒しだす」

「飛鳥や拓は放置?」

「あいつらは別に放置していい」

 拓も飛鳥もサクラに比べれば経歴がバレて困ることは少ない。

「というか、拓やサクラは今どこだ?」

「ええっと……それって魔法騎士ナカムと魔法少女ハギノだよな? ハギノは依然行方不明だが、ナカムは今森を移動してるようだぜ?」

「モニターに出せないのか?」

「森の中はカメラが少ないんだ。ただ、時々センサーに引っかかる。どうやら森を抜け住宅街に向かっているようだ」

「誰か助けにいってるんだな」

 ユージが呟いたその時だった。デービスは声を上げた。

「あっ」

「?」

「アンタの娘……お嬢さん、このちっこいデニムの女の子だよな? 見つけたぞ。なんか海沿いの大きな建物の前だ」

 デービスが指差す。確かにモニターには、突然サクラが斧を手に現れ、役場に向かって進んでいく。役場の前には5人の男たちがうろついているが、サクラには気付かないようだ。サクラは<非認識化>の能力を使っているのだろう。モニターやカメラのような機械は誤魔化せないが、人間相手にはその存在感を消すことであたかも姿を消したような事ができる。


 だが、JOLJUは怪訝な顔をする。


「3Dゲームの方だとサクラ出てきてないJO?」

「データーの時間差じゃないのか?」

「ミスター・クロベ。データーは認識していない」

「どういうことだ?」

 ユージたちはサクラが腕輪を外した事を知らない。

 サクラは役場の玄関の傍でドアを叩いていた男二人を斧で殴り倒した。すると、中から片山と大森が姿を見せた。

「こいつらは……データー表示されるな」

「カラムとビッグボーイの二人だJO。あれ? サクラ、今データー表示されたJO」

「多分運営側が画面で認識したんだろう」

 会話の翻訳もある。かなり大規模に監視されているはずだ。これはテレビ局関係やゲーム制作会社のスキルだろうか。裏社会ではなく普通の企業が仕事として請負っているのかもしれない。ここで起きていることがリアルな犯罪だと知らされなければ普通の企業でも請け負えるし、テレビ局からの発注であれば番組か映画だと思うだろう。


 今回の事件はかなり大きな事件だ。だがこのように巧妙に各国にわたり、しかも表の仕事と思ってかかわっているところも多いだろう。どの会社も色はグレーだが、白の濃いグレーや黒の濃いグレーが混在しどこから叩けばいいか検討がつかない。


「ちょっと待て。今、拓はカメラ内にいるか?」


 二人がそれぞれカメラで森を探索する。拓の位置は暫定で南西に移動中と表示さけているがカメラでは捕らえられていない。カメラはどうやらセンサーになっていて対象がカメラのエリアに入ると認識するらしい。

「丁度いい」

 ユージはすぐに自分の携帯を取り出した。




 拓が漆黒の森の中を小走りに進んでいた時……それは突然大音量で『スター・ウォーズダース・ベイダーのテーマ』が鳴り、思わず声を上げる。


「な……なんだ!? 携帯の着メロか!?」


 拓は上着のうちポケットから携帯を取り出した。液晶画面には『YUJI』と表示されていた。


 この携帯はサクラの携帯である。


「あいつ……どんだけユージを怖れてンだ? あ、そっか。あいつとの定時連絡もあったか……ちょっと時間が早いけど」

 電話は間違いなくユージだった。幸いここは森の中、見たところカメラは見えないし電話の会話を聞かれる心配はない。

『俺だ。生きてるか?』

「なんとかな。……しかし、随分いいタイミングだな。まるで見ているよう……」

『見てるんだよ』

「え?」

『お前、もしかして誰か助けに住宅地のほうに向かっているんじゃないか? なら大丈夫だ。そっちはサクラが駆けつけた』

 拓はユージの言葉に沈黙した。本当にユージは全ての状況を見ているようではないか。いや、確かにユージ自身が言ったではないか。「見てる」と……。


 その時、拓もユージの言葉の意味が分かった。ユージはなんらかの方法でこの紫ノ上島に設置されたカメラを見ているのだ。前の電話で、JOLJUが帰宅したということも聞いた。ユージとJOLJUがいれば大抵の荒業はやってのけるだろう。

「ちょっと待て。何が起こってるんだ?」

『今から説明する。ただ……ちょっと気になることがあるんだが』

「気になること?」

『敵は<死神>とサタンって聞いていたが、今はゾンビも島にいる。ルールが変わったのか? どういう状況だ?』

「いや、待った。なんだそのゾンビって」

 全くの初耳だ。だがユージの口調からしてこの島にソレが出現しているのは間違いないようだ。やはり居住地に何か異変が起きている。

『どういったらいいかわからん。俺も色々みてきたが……そうだな、例えるならゾンビとしか言いようがないんだよな。ああ、ゾンビって言っても死人が甦るってカンジじゃない。発狂して理性がぶっとび暴れる……そんなカンジか? 俗に言う病理型ゾンビだな』

「…………」

 ユージが何を言っているのか、意味は分かるか現実との関係が分からない。


 病理型ゾンビというのは、ウイルスや病気によって人間の姿が奇形化し、理性をなくして人を襲いだすものだ。ゾンビという架空モンスターのベンチマーク、人を襲い感染させていく有名なジョージ・A・ロメロのゾンビタイプと特徴はよく似ているが、病理型は人間として生きているという事。死体ではないので走り、腕力なども強いという事。そして感染する、という事だ。


 ユージと拓の間での<ゾンビ>というのは、けして比喩ではない。


 モニターで見ている限り、そうとしか見えないのだから。


「状況を整理させてくれ…… そのゾンビは、俺は見てないからわからん。ゾンビはいるのか? つまり……今居住区の方は危険っていうことか?」


『今、住宅地の様子を見ている。狂った奴らが殺し合いしているよ。もしこれが何かのウイルスか細菌なら……お前とサクラはまだ大丈夫かもしれんが、ゾンビになってしまったヤツを今救うことはできない。今、役場にいるお前の仲間はサクラがきっと助けるだろう。お前が行っても無駄だ』


「くっ……」


 ユージの言葉の意味を拓はようやくぼんやりとだが理解した。そして樺山のさっきの取り乱し方も納得した。彼女は発狂し殺人鬼となった人間に襲われ命からがら逃げてきたのだろう。

「分かった。……他に情報があったら聞かせてくれ。俺も状況を説明する」

『ショッキングだぞ?』

 そう前置きし、ユージは『サバイバル・ビレッジ』について説明を始めた。その後拓がサード・ルール、セカンド・ルールを説明する。

 これで事件の姿はおおまかに見えてきた。サタンの言葉通り、これは紛れもなくゲーム以外のナニモノでもなかったのだ。そして、フォース・ルールに関しては予想もついた。黒神グループが用意した<死神>は50人近く残っている。<死神>の大量投下……恐らくそれがフォース・ルールかファイナル・ルールだろう。

 だがここに<ゾンビ>という不可解な要素も加わった。拓たちはこの状況下で生き抜かなければならない。


『今、ざっと見ているだけで確証はないが<死神>はどこにも出現してない。もしゾンビが奴らにとっても計算外……もしくは感染する危険があるものだとすれば、奴らの手駒である<死神>が動いていないのも理屈としては成立する』


「かも……な」


 推測はできる。だが確証はない。


 ユージは一つだけ、危惧を拭えないでいる。


『これはゲームで、基本リアルタイムの公開サバイバル・ゲームだ。これが生き残りを競っている間は、本気で殺しにかからない。だが、もし<生存者は出るか、出ないか>という賭けを運営が言い出したときは危ない。後は俺の捜査が察知されて……証拠隠滅を決断されればお手上げ、お前等は皆殺し、全滅だ』

「信頼しているよ。お前が唯一俺たちにできる反撃の手なんだからな」

『努力はする。まぁ最悪を考えて強襲救出部隊は交渉しておくよ』

「わかった。頼んだ」

 拓は小さく頷き、携帯をしまった。サクラが動いているのならそれを信じるしかない。どのみち午前2時にサクラと会う約束がある。もしユージのいう通りの状況であれば、下手に助けに行って拓が感染すれば、拓の生命はもちろん他のメンバーの生存率も下がってしまう。


 ……手掛りだ……何か手掛りを掴まないと……


 拓が分かったこと……

 ユージの情報で事件のおおまかなビジョンは見えてきた。だが、ユージも言うとおり決定的なものがない。そして、ユージの話を信じるとすれば、この事件……ゲームには多くの企業が参加し、主催者というべき存在の姿は見えない。ゲーム製作委員会というべきものがあり、どの企業も関係者であり黒幕だが、現在の法律で裁けるか……ゲームの中止を決定する存在があるのか……。


 あるとすれば、一つ。サタンを捕らえることだ。


 拓はそう決意すると、ゆっくりと紫条家に戻るため、森を引き返した。




 

 11/地下世界 1




 拓はテレビモニターを凝視している。


 テレビモニターは黒い画面になり、機械的な音声で『十字架をこのカメラの前で破壊して下さい』と告げた。拓はポケットから十字架を取り出し、カメラの前でそれを折った。


『十字架の破棄を確認しました。しばらくお待ち下さい』


 機械音のアナウンスだけが冷酷に告げる。拓は周りを警戒しながら待つこと5分後、モニターは突然映像が映し出された。そして、そこには仮面を被ったサタンが姿を現す。背景は室内だが、先ほどと違って薄暗い。


『最初にこのサービスをご利用されるのはナカムラ捜査官だと思っておりました。質問時間は3分でございます。基本、イエスかノーで答えられる質問のみ受け付けます。どうぞ』


「さっきと場所が違うな。サタン、お前は紫条家の館を移動している。イエスかノーか?」


『イエスです』


「紫条家の敷地以外に行くことはあるのか」


『イエスです』


「君は武器を持っているのか? 直接対面した時、戦闘になるのか?」


『イエスです。私もただ捕まるわけには行きません。当然抵抗はいたします』


「もう<死神>は動いているのか? 日付は変わったけど?」


『ルール的にはイエスです。しかし<死神>も人間、彼らも体力を消耗します。彼らをどのように使うかは自分の裁量でございます』


 その時、モニターの見えないところで微かに物音がした。気付くか気のせいと思うかギリギリの物音だ。拓は気付いたが、表面的には気付かぬフリを続ける。

「君との対決はあくまでフェアなものか? 人質を取りこちらの追跡を封じる……そういう真似を考えているのか?」


『それはありません。自分との対決はあくまでフェアな対決です。どうやら時間のようで、今回はこれにて失礼します。では、皆様の奮闘を期待しております』


 そういうと映像は途絶えた。拓はすぐに森の奥に走りこみ、センサーの圏外にくると、警戒しながら携帯を取りユージに連絡する。ユージにはサタンがどこにいたかモニターでの監視を頼んでいた。

「どうだ? サタンはいたか?」


『いたが……いない』


「何だそれ?」


『表示はされているよ。ただしゲーム画面、リアル画像、どっちもはっきり映してない。悪魔マークのアイコンがぽっと出て、そして今消えた。サクラ同様こいつもセンサーに探知されないようにしているんだろう。最も、こいつに関しての加工処理は運営側がやってるということになるが』


「場所はどこで出現していた?」


『地下一階の通路だ』


「地下一階の通路? 西館とか東館とか本館の地下?」


『いや。この位置だと……ええっと……西館と本館との間かな。正確には西館から100mほど進んだ地下だ』


「知らないぞ、そんな地下通路。いや……違うか、そういう秘密通路や地下部屋、秘密部屋の存在は感じていたけど…… お前たちが見ているデーターにははっきりその地下通路があるんだな?」


『秘密…………といえるか? どう思うJOLJU』

『秘密ではないJO~ 明らかに地下ダンジョンだJO』

「ダンジョン?」

『全貌は見えないが、多分地下はかなり広い。その島の1/3に広がってるぞ』

「え?」


 拓は思わず足元を見た。島の1/3……それが各紫条家の館を中心に広げられているとすれば、紫条家の敷地のほとんどではないか。



 ユージとJOLJUはすでにデービスの事務所を出て車で移動していた。運転するユージの横でJOLJUが二台のノートパソコンを操作している。一台はデービスのものを拝借してきた。

「地下ダンジョンは、虫食いで、全てが見えてるわけじゃない。……多分、お前等プレーヤーが足を踏み入れた場所は表示されてるんだろう。だけどお前は地下施設のことを詳しく知らないってわけだから……」

「あ、わかたJO。これ、飛鳥が行ったエリアだJO」

 カメラの過去の履歴をハッキングで探っていたJOLJUが、飛鳥のアイコンが動くのを見つけ出した。カメラのほうにはサクラも映っているがすでに腕輪を捨てていてサクラはデーター上認識されていない。

「だそうだ。どういうことか分からんが、サクラは運営のセンサーを欺いてるようだ」

『それは分かる。俺たちは全員、センサー用の腕輪をしてるんだが、サクラは外したんだ。だからあいつは運営に把握されてないって事か』

「お前たちも外せないのか? その腕輪」

『ダメだ。腕を切断すれば別だがナイフやハサミくらいじゃどうにもできない。解除は電子鍵だから事件が終わって時間をかければなんとかなるだろうけど』

「まぁサクラみたいには無理だわな。しかしあいつはホント、どこでも自由気儘だ」

『そのサクラと、約一時間後に会う約束になってるんだが……サクラはこれそうなのか? 今片山さんたちと一緒なんだろ?』

「どうだろうな」

 ユージはJOLJUにアイコンタクトを送る。JOLJUは頷き、モニターを役場に移した。役場の周りには、狂人鬼がさらに増え7人になっている。サクラたちは役場の中に立て篭もっているようだ。修羅場だ。


 ユージは特に心配する様子もなく淡々と言った。


「この程度の修羅場はなんとかするだろう、サクラなら」




「うわぁぁぁっっ!! ぐうぅぅっっっ!!」


「うーーむ…… ちょっとシャレにならんな、これは」


 サクラは大きなため息をつく。


 役場の奥の一室。ソファーで大森が青白い顔で呻いていた。


「暑い……くそっ……なんでこんなに暑くて痒いんだ!!」

「大森君、ホントに大丈夫か?」

 片山も不安を隠せない。大森は歯を食いしばり、必死に痛みや不快感、さらにいくつもの体の異常に耐えていたが、それももう限界に近い。

「水……水を!! 暑い……暑い痛いっ!!」

「分かった。水だな」

 片山は頷くとサクラの斧を借り部屋を出て行った。


 サクラは冷静に大森の症状を見つめる。 


「40度近い発熱……全身がピリピリ痛い……肌に発疹、かなり荒れてきた。咬まれた傷口はそんなに深くないのに、傷口は紫に変化……血の止まりも悪い……なんでか心拍数も早いのに……大量の汗に涎、涙……痒みあり……」


「煩いっ!! 静かにしてくれよぉ!!」


「……そして気性が荒くなった……」


 サクラは小さく呟きため息をつく。


 ……認めたくない……絶対認めたくないけど……。


 ……明らかにあの地価の凶悪犬や外にいる狂人ゾンビもどきと症状が似ている。大森は噛まれた。片山には傾向は見えないから空気感染の線は薄いか……空気感染じゃないとすればサクラちゃんのせいじゃないな、うん……。


 ……片山はいない……しょうがないなぁ……やるしかないか……。


「大森さん」


「なっ、何だよ!! 煩ぇ!」


「煩いのはアンタだアンタ。ちょっと楽にしたげる」

「何を……」

 大森が起き上がろうとした瞬間、サクラの右手が大森の頭に伸びた。そして額に触れた瞬間、サクラの瞳が赤く光る。


「「眠れ!」」


 念が発動した。サクラの強烈な念波によって大森は意識を失った。サクラの力が脳に直接伝わり、脳の活動が麻痺を起こさせたのだ。


「寝ていれば痛みも苦しさも……病気の進行も少しはマシのはず。……さて、どうしたもんかなぁ……飛鳥は寝てるし……あ、拓ちんとの約束もあったな……」


 それもあるが、問題はこの狂人たちだ。


 まずここから脱出しなければならないがそれはさほど問題ではない。


「やっぱ、どう考えても関連性あるよね」


 少なくともあの研究と関係があるはずだ……。


 そこに、片山が戻ってきた。


「おい。大森はどうした?」

「寝てもらったわ。苦しそうだったし」

「そうか。外は連中がウロチョロしてるぜ。数も増えた気がする」

「脱出しないと。あたしと片山さんの二人ならなんとか紫条家に戻れると思うけど?」

「大森君はどうする?」

「彼は感染してるわ。連れて行けない。まだ紫条家の皆は感染してないでしょ? 感染を上に拡大させるわけにはいかないわ」

「そりゃ……そうだが……」

「認めたくないけど、これって<ゾンビ>が発生してるって認識しないといけないんじゃない? 科学・非科学はおいといて。そうね、とりあえず<狂人鬼>と呼ぶか」


 片山も分かっている。外にいる狂人鬼たちに大森は噛まれ、今、外で徘徊する狂人鬼と同じようになろうとしている。そう、これは正にゾンビの現象そのものだ。それは否定できない事実だ。


「お嬢ちゃんは詳しそうだな」

「多少ね。片山さん、ここはもう戦場よ、甘いことはいってらんない。外の連中が襲ってきたら、殺すしか自分を完全には守れない」


「…………」


 片山はサクラが持っていた斧を握り締める。サクラは、能力はともかく腕力は大人に到底敵わない。ここに入るとき斧で殴ったが、ダメージを与えただけで殺せなかった。だが片山の腕力であれば一撃で殺すことが出来るだろう。元々この斧は凶器として<死神>が使っていたものだ。さらに片山はコルトSAAを持っている。6発撃ったが、まだ予備の弾も持っている。外の人間を殺して突破することは可能だ。いや、無事ここから狂人鬼を近づけることなく紫条家の敷地に入るためには、戦いは必須になるだろう。


 それはつまり、意図的に<人を殺す>ということだ。


「それともできない? それができないようなら」そういうとサクラは片山から斧を奪った。

「貴方も死んだと同じ。あたしが助ける意味はないし、戦えない人は足手まといよ」

「……随分クールだねぇ、お嬢ちゃんは……」


 片山は苦笑すると、サクラから斧を取り返した。


「こう見えても、並の男よりは骨がある……と、そう言って来たからね。人殺し、上等だよ」

「よかった。これで少しは生存者が増えるわ」

 サクラは不敵にだが、微笑んだ。とても子供とは思えない妖艶さがあり、片山は思わずゾクリと恐怖と戦慄を感じた。


 が、そんなシリアス・サクラも一瞬のこと。すぐにいつもの明るく緊張感のないサクラにと戻ると腕を組み考え込んだ。


「じゃあ……まぁ……これからどうするかなんだけど……ね」と歯切れ悪く呟く。

「何が?」

「一応大森を見殺しにするのも気が引けるから……なんとかやることはやろーかなぁ~とか……思わなくもないんだけど……ね」

 さっきまでのクールさはどこにいったのか……表情は子供そのものとなり、歯切れの悪い独り言を呟いている。だが片山はサクラの呟きを聞き逃さなかった。

「なんとかなるのか!?」

「……なる……かも……? かもしんない。保証は全くないけど……」

「どうするんだ!? 難しいのかい?」

「難しくは…………ない……」

 そういいつつ、サクラの表情は浮かない。


 サクラは面白くなさそうに呟く。


「あたしの血を大森の傷口に塗る」


「それに意味があるのか?」


「なるかもしれないしどうにもならないかもしんない。そんなのあたしだって保障ないわい。ただね~ ……簡単に言うと、あたしの血は一般人にとっては抗生物質的なものになる……と思う。例えるなら純粋なペニシリンみたいなもの。だから、特効薬とはいえないけど、まだ完全に化け物化していない今なら効果がある…………かもしんない」


 そういうとサクラは斧を持ち、自分の腕に当てた。


「だ・か・ら! ……サクラちゃんはどこか切って血を流さないといけないの。……指はこの後色々使うからダメ……二の腕は血を取りにくい、足は走るからダメ。そうなるとリストカットしかない。あーーーーー ヤダヤダ。片山さん、悪いけど何か血を採る瓶かケースみたいなもの、包帯、ガーゼ用意して」

「ああ、それなら救急ケースがここにある」と言いながら片山はすぐにサクラのいったガーゼと包帯を取り出し始める。サクラはその間に腕を切ろうと思ったが、切らない。


「…………」


 じーーーっと、自分の腕に当てた斧の刃先を見つめるサクラ。腕か斧、どちらかを引けば切り傷が出来るのだが中々やろうとしない。


 3分が経過する。


 まだサクラは切らない。


 動いた! と思ったら……それはサクラが身を引く動きだった。

「おい、お嬢ちゃん……」

 片山は呆れ顔を浮かべたままだ。

「いや! やっぱ斧は不衛生だし切れ味悪いからナイフにしよう、うん」

 サクラはそういうと四次元ポケットから折りたたみナイフを取り出し、ナイフを広げ腕に当てた。 だがやはりサクラは切らない。腕に当てたまま「ムゥーーーーー」と唸りつつ、じっと睨めっこを続けている。


「お嬢ちゃん……怖いのか、切るの」


 見かねてついに片山が呟いた。サクラはすぐに「誰が痛い思いすると思ってるのよ! サクラちゃんだぞっ! サクラちゃんは痛いのメッチャ嫌いなんだぞっ!!」と珍しく知り合いにしか見せない子供らしい反応で喚く。拓や飛鳥が見ていたらきっと大きなため息をつき問答無用で取り押さえ実行に移しただろう。サクラは圧倒的な治癒能力ももっている。切り傷くらいなら数時間で元に戻ってしまうことを知っているから、容赦はしない。


 だがここにいるのは片山……サクラのことはそこまでは知るはずがない。片山が知っているサクラはあくまで異常に知能の高い、大人ぶった少女だ。だからサクラの気持ちに理解を示した。普通の女の子は自分の腕を、自分でナイフで切れるものではないだろう。

「俺でよければ、手を貸そうか?」

「痛いと泣くぞ!? 痛くなくできるのか片山!?」

「そりゃ無理だ」

「よし! …………大森は捨てよう。うん、この際仕方ない」

 サクラは「ハハハッ」と乾いた笑みを浮かべながら部屋を出て行こうとするが……さすがに良心が働くようで、ドアまでいくとくるりと引き返してきた。

 そして四次元ポケットからコルト・ポジティブを取り出す。

「うがぁーーーっ!! ナイフなんて原始的で怖いものがあるからできんのじゃ! 銃で思いっきり一発でやれば…………って! 傷口火傷するし血も汚れるじゃん馬鹿っ!! くそぉーーーっ」

 と叫び地団駄を踏む。それをどうしたらいいか分からず見守る片山。


 結局、サクラはブツブツ言いながら、片山にナイフを渡し、左腕を差し出した。


「スパッとやっちゃって! 早く!」

「分かった。ええっと……」

「ちょっとだけ深く表面を切る! 縫わなくていい程度! でも血は滴るくらい! なんか飴とかキャンディー持ってたらサクラちゃんの気を紛らわせるために渡す! 包帯、ガーゼは用意しておく!」

「すごく運が良かった。実は非常食用のキャンディーがあるんだよ」

 片山は苦笑し、サクラにキャンディーを渡した。サクラは今にも泣きそうな顔でそれを受け取ると、それをやけっぱちにそれを口に放り込み、顔を背けた。まるで幼児に注射するような風景だ。


 片山も子供の腕を切りつける、という行為に抵抗がないわけではないが、大森の命がかかっている事だ。理屈はわからないが、この状況下ではやるしかない。


「一、二、三で行くからな…… 行くよ、サクラ君。一!」


 そういうと片山は「一」でスッとナイフを引いた。

「ふにゃっ!!」


 思わず間抜けな悲鳴を上げるサクラ。


 傷は左、一の腕の真ん中あたりで横に3センチほど切られ、すでに血がぷっくりと盛り上がり、溜まり始めている。


「三で切るんだろぉーがぁぁぁ!!!」

「三でやると、緊張して余計に痛いだろ?」

「阿呆ぉぉぉぉっ!!!」

 サクラは涙を浮かべながら傷口の上を掴み絞る。傷口からは血が溢れた。

 サクラは「うにゃ~ くそぉー 馬鹿ぁぁぁぁ~!」と間抜けな泣き声を上げながらも、すぐに大森の元に走り、素早く大森の傷口のガーゼを取り外すと、大森の傷口に自分の血を流し込んでいく。喚いていても行動は冷静だ。流し込む……といっても、サクラの傷はそれほど大きくはない。大森の傷口に、言葉通り、丁度塗る程度の血液が入っただけだ。だがそれで十分だった。ちょっとでもサクラの血が体内に入ればいいのだ。


 サクラはそれを確認すると、片山に腕を差し出す。


「ああ、すまん。すぐ手当てするよ。よく頑張った」


「少しナイフで血を採っとけ! 早く手当てっ!! 消毒はいらないからギュッと包帯で強めに縛れ!」

「我儘なお嬢ちゃんだ」

 なぜ消毒がいらないのか、まさか消毒を知らないわけではあるまいに……と思ったが、今はそれを尋ねるより傷口の手当てが先だと判断した。サクラの指示通り、腕についた血は削ぐようにナイフで取り、濡れたガーゼで腕や傷口を拭く。


 その時、片山は思わず傷口を凝視した。


「血がもう止まっているぞ」


 驚いたことにもう血は噴いていない。信じられない事だがすでに切口に薄い膜が出来ていて治りかけている。切ったのは僅か三分ほど前なのにありえない回復力だ。

とりあえずサクラの言うとおりガーゼを当て、包帯で強く縛った。その間、サクラはキャンディーをガリガリと噛みながら、必死に痛さを紛らわしていた。片山はサクラの希望通り、かなり強めに縛った。強く縛れば圧迫によって傷の治りは早いし、傷の痛みも少しは紛れる。


 手当てが終わると、サクラは痛そうに包帯が巻かれた腕を撫でる。


「頑張った! サクラちゃん頑張った! うんうん」

 と自分を慰めるサクラ。片山は苦笑すると、今度は大森の方に移った。サクラが剥した大森の傷口をもう一度処置するためだ。同じようにガーゼを当て、包帯を巻いた。心なし、傷口周辺の肌の変色が減っている気がする。

「片山さん、そのナイフについたあたしの血だけど…… それ、舐めておくように」

「は?」

「血よ。聞いてなかったんかい? あたしの血は抗生物質みたいなものなの。一応体内に取り込めば、多少は抵抗力が強まるはずよ。説明する気はないから、信じられないなら別に舐めなくてもいいわ。100%それで助かるワケじゃないし」

「もうここまでやったらやりますよ、お嬢様。しかし、なんだかオカルトな話だな」

 外の狂人鬼たちといいサクラといい、あまりにファンタジーすぎて、片山はどう反応したらいいか分からないが、本能が<従え>と言っている。片山は黙ってナイフについた血を舐めた。血独特のしょっぱさ、鉄のような味がしたが、妙に甘いような風味もあった。

 サクラはもう大森や傷のことは脳裏になく、廊下に出て外の様子を見に行った。そしてすぐに戻ってくる。

「正面は奴らがうろついてる。全部殺していくなら突破はできるけど、銃声に気付いて他の連中もこっちにくるかもしれない。やっぱこっそり別の出口から出るしかないみたいね」

「どこから出ても役場前は通らざるをえないぜ?」

 役場には裏出口、調理場の勝手口、他に窓からも出ることは出来るが、裏は漁港の倉庫と港で紫条家敷地に戻るためにはどうしたって役場前は通らないといけない。

「サタンの話を信じるなら、食料を少しでももっていきたいトコね。居住区がこの状態って事は、もう二度と食料を入手するタイミングはないかもしれないし」

「確かADたちの大きなリュックが大部屋にあったから、それに詰め替えてできるだけ運ぶしかないだろうねぇ。救急医療セットもいるから、結構な重さになるな。ちょっとリュックを取ってこよう」

「あたしは出口と外の様子見てくる」

 二人はそういって部屋を出た。そしてきっかり3分後、戻ってきた。片山は子供が一人入れそうなほどの大きなリュックを背負っている。救急医療セット、片山個人の荷物などが入っているが、まだ2/3は空いている。ダンボール一箱分の食料は入りそうだ。そして手には普通サイズのリュックがある。


「お嬢ちゃんの分も持ってきたからね」

「あー ごめん。残念だけど作戦的にあたしは食料持つという計画はないんだな、これが」

「作戦?」

「簡単。あたしがあの狂人鬼どもを引き付けとくから、その間に片山さんは食料を詰めて、詰めたら走ってゴー! あたし一人ならあの狂人鬼ども撒けるから、すぐに合流するわ。悪いけど異議も討論も認めない」

 サクラははっきり言う。どうしてサクラが奴らを撒けると言い切れるのか分からないが、少なくとも拓以外に<死神>を倒したのはこのサクラだけだ。銃を持っているし、拓の話を聞く限り銃の扱いも問題ない。サクラの能力が異常なのはサタンたちも認めているところだ。そして、サクラの言うとおり今はあれこれ討論している場合ではない。


「お嬢ちゃんを<10歳の女の子>と考えるのは間違いだということは理解したよ」


「それは作戦に異議なし、という返事ととっていいよね?」


 片山は苦笑し「異議を言ってもダメなんだろ? それに俺にはいい案はないからねぇ」と言うと、斧を取った。

「OK。念を押すけど、襲ってきたら容赦なく反撃して。あたしは襲われたら迷わず奴らの頭を撃って殺すわ。さらに念を押すけど、もし貴方が噛まれたり大怪我受けたら捨てていく。感染者、感染の可能性がある人間は紫条家の敷地に入れない。もし門が開いているようなら門も閉じてこの居住区と紫条家とは隔離する。OK?」

「OKだ。ところでお嬢ちゃんが噛まれたら?」

「あたしは100%感染しない。第一まず絶対ヤツらなんかに噛まれないから心配いらないわ。まぁもし万が一、そうなったらあたしを捨てていっちゃって」

「納得できないことだらけだが、OKだよ」

「とはいえ、とりあえず正面の奴らをちょっとどかせないとダメかな…… あいつらは射殺するか……」

「……銃……」

 その時だった。突然の声に、サクラと片山は振り返った。するとそこには、意識を取り戻した大森がいた。気のせいか、わずかばかり顔色がよくなり落ち着きを取り戻していた。

「大森君! 大丈夫なのか!?」

「……わかんないっス……。頭に靄がかかったカンジで……体中が痛いし……だけど、さっきよりはマシっス……。それに……状況も……把握してるっス」


 大森はそういうと、壁に手をつきながら、ゆっくりと立ち上がった。


「俺はここに残ります。あの子の言うとおりですよ…… なんか、俺、やられちゃったのは間違いないです。館にいる皆を危険にするわけにはいきません」

「大森君」

 大森の症状は明らかにさっきより回復していた。サクラの血が早くも効果がでたようだ。もっとも、完全に症状を押えこみ回復させるかは分からない。

「だから……表の奴等を引き付けるのは俺がやります。ドアを開ければ……奴らは中に入ってくるはず……その間に二人は裏口から出て下さい。大丈夫……ひきつけたら俺もすぐにこの部屋に立て篭もりますから…… 片山さん、銃、貸してくれませんか? 弾は……一発だけ入っていればいいっス」


「お前」


 一発……つまり自殺用。大森はもう覚悟した。あのような狂人鬼たちに生きたまま弄ばれるのは耐えられないし仲間を襲う存在になるのも耐えられない。それならば自分の頭を吹っ飛ばし、自分の始末をつける。そのほうが余程満足だ


 片山にもサクラにも、大森の言葉の意味は分かった。


 片山は、ズボンに押し込んでいたコルトSAAを取り出し、大森に渡した。


「使い方は分かるな? 反動があるぞ。弾は6発入っている」


「一発で十分……」


「6発だ。奴らが襲ってきたとき使え。6人、殺せる。あとは部屋に籠もって安静にしていろ。薬は必ず見つける」


 片山は畳み掛け大森の言葉を打ち消すと、そっと大森の手にコルトSAAを握らせた。


「……はい……よろしくお願いします」


 大森は涙を浮かべ頷いた。片山は大森の肩を握った後、肩をポンと叩くと「生きろよ」と短く言い、サクラのほうに歩いていった。

「じゃあ皆準備はできたみたいね。時間がないから、さっさと行くわよ」


 サクラは静かに二人を促す。


 三人、それぞれ武器を手にし、ゆっくりと部屋を出た。

 






「黒い天使」の長編ノベルシリーズ『死神島』の第三話です。サバイバル・デスゲームのほかに、生きたゾンビである<狂人鬼>も登場しました。もちろん事件はこれでは終わらず、今後も二転三転していきますので、楽しみにしていてください。かなり長くて濃密な4日間のドラマです。今後とも「黒い天使」シリーズを宜しくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 蠱毒ってたしか呪術の一種とかでしたっけ? 動物とか虫とかを共食いさせて最後の1匹させる ずいぶん前にやってたアニメのゴーストハントで 出てきたのを思い出しながら読んでました あ~ただのゲ…
2022/09/19 22:18 クレマチス
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