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「黒い天使長編『死神島』」シリーズ  作者: JOLちゃん
15/16

「黒い天使・長編『死神島』」⑮

「黒い天使・長編『死神島』」第15話です。

水素爆弾争奪の乱戦が繰り広げられる中、サクラは大胆な策でテロリストとサタン村田を追い込んでいく。完全に四面楚歌に陥ったサタン村田は、もう手も足も出ないかと思われたが、実は水素爆弾の件すらサタン村田の術中の一つだった。

 一方ついに黒幕ゲイリー=カミングスに迫ったユージ。ついに制圧部隊が投入される。混乱の中エダを人質に必死に逃げるゲイリー一味は、証拠隠滅と逃走のため、船内に仕掛けたEMP爆弾を爆発させる。

 そして、ついに村田による最後のデスゲーム、ファイナル・ゲームの内容が告示され、サクラと拓はファイナル・ゲームに突入するのだった。

32/悪魔の降臨4



紫ノ上島 午前10時52分 


 それは突然の放送だった。

 数時間ぶりに、島中のテレビモニターに映像が映った。だが、そこに映ったのはゲーム運営者のサタンではなく、サクラだった。

『こちらサクラちゃんだ。これからゲームを開始するっ』

『パチパチパチ♪ ドンドン、プープー♪』

 場所は薄暗い地下のどこかのようだ。サクラと飛鳥の二人が画面中央でドデン!とばかりに胸を張っている。しかもサクラの言葉は英語だ。仲間たち向けではなく、サタンたちやロマエノフに対しているものだ。

 村田も拓たちも、すっかり忘れていたが、島にあるテレビモニターは双方向性で、テレビ局の機材を使う事でサクラも発信者になれるのだ。その映像は島にある全てのテレビモニター……とはいえもう最初の時の1/3以下に減ったが……に映し出される。そして、ゲームを運営しているクラウディア号にも送られるし、間接的にユージやコール、<M・P>たちの特殊工作船にも流れる。もちろん、全てサクラは計算済みだ。

『ゲームの前に、まずルールを説明するゾ! まずその①! <核兵器を探せ>だ。今、あたしたちは地下4Fの<モンスター・パニック>の部屋にいる! ここに核兵器を隠した~。見つけたもの勝ち、持っていけドロボー! だけど、そうは簡単にはいかないゾ♪』

 そういうと、サクラは足元に置かれたバッグの中から地下7Fの爆弾を取り出した。爆弾には新しい配線が伸び、小さな目覚まし時計とクロベ家非常用携帯電話に繋がっている。タイマー式であり通信式……であるように見える。あの地下7Fの爆弾が爆弾である事には代わりがなく、紫ノ上島の住宅地の1/3を爆破したり核兵器を簡単に分解するサクラたちだ。そのくらいの事は出来るだろう。

『11時30分になれば、ここの出入り口を爆破、ここは閉鎖されるゾ♪ 11時30分からはサタンの楽しいファイナル・ゲームがあるからネ♪ そうだな? 村田よ』

 そう言ってサクラがバッグに爆弾を戻すと、画面外から涼が現れ、そのバッグを持って去っていく。

『核兵器はこの部屋のどこかに隠してある。それを時間以内に見つけられなかったらここは封印、核兵器は米国当局が回収だ。欲しけりゃこのゲームに参加する事だな! とはいえ、何もヒントがないわけじゃない。これはゲームだしね。ホレ、飛鳥~』

 飛鳥。「よし!」と頷くと、足元から別のバッグを取り出し、開いた。そこから出てきたものは、皮肉と悪趣味以外の何物でもないモノ…… <紫条家殺人事件解明用>としてテレビ局、そしてゲーム運営者が用意した十字架等を入れていた宝箱だった。12個ある。サクラと飛鳥が初日集めた宝箱の空箱だ。

だが、今はもう空ではない。

『最初のゲーム同様、6つにヒント、6つに爆弾が仕掛けられてる。半分半分だけど……』

『威力が違いマース♪』と飛鳥。飛鳥は日本語だがそこは問題ではない。そのうちの一つを取り出し、蓋の止め具を外し画面奥の空間に投げた。それと同時にその場に伏せるサクラ。20mほど遠くに落ちた瞬間、強烈なオレンジの閃光と共に爆発…… 一瞬のうちにカメラは爆風に包まれ、一度切れた。



 同時刻 紫条家西館前


 村田は西館の森の中にあるモニター前で、サクラたちの動画を見ていた。

 ……ぶっ飛んだ子だとは思っていたが……核兵器をエサにゲームを始めるなんて……

 宝箱を使うなど、村田に対する悪趣味にもほどがある。だが、これを見ればロマエノフたちはサクラのゲームに向かうだろう。余計な危険は少ない。それに一つ、重要なミスをサクラは口にしていた。

ファイナル・ゲーム開始時間が11時30分になったことは拓にしか報せていない。勿論その後、拓は生存者組には取引の件で報せただろうが、サクラと接触はないと言っていた。しかし現実にはサクラは変更時間を知っていた。拓が「全くサクラとは連絡が取れない」と言っていたが、あれは嘘だ。もっともこの程度の事で腹を立てたりはしない。騙しあいはこの島のルールだ。

 モニターはすぐに点いた。まだサクラ側は爆煙が漂い、突っ立っているサクラに飛鳥が猛然と日本語で「己れアホか!! 同じボケか! 火薬の配合おかしすぎやろ!!」喚き散らしている。サクラ、無視し、もう一度宝箱を11個、カメラに映るように積み上げた。

『というワケで、爆発力は当社費5倍以上……間違えて開ければ下手すりゃ全滅だ。C4だから投げたくらいじゃ爆発しないから。ふふふっ♪ 楽しいデスゲームだろ? この宝箱はこのエリアの様々なところにおいてある。ただし、普通の宝箱にはちゃーんとヒントが入ってる』

 そういうと飛鳥は一つの宝箱を取り出し開けた。箱の中には砂と、その砂に埋もれるように白い小さな紙片が入っていた。飛鳥はそれを取り出し一読、そのメモをモニターのほうに向けた。

『SALMON! サーモン!! 鮭!!』

『ヒントは「サーモン」♪ こんなカンジで残り5つ、核兵器がある場所を示すヒントがあるから♪ あ、このエリアの秘密扉、フィボナッチ数だから勝手に解読して挑戦な!』

「本当、困ったお嬢ちゃんたちだ」

 成程…… 村田はサクラの意図を理解した。

 あのエリア……<モンスター・パニック>の狂獣たちはサクラたちによって倒された。しかし、コンテナ内に潜ませている感染蝙蝠はまだ全て開放されたわけではない。

<モンスター・パニック>は、当初の予定ではコンテナを避難壕代わりに開けさせて、最終的に感染蝙蝠だらけになる予定だったが、サクラたちはコンテナの上に避難する方法を取ったため、まだ相当数の感染蝙蝠がいる。すでに免疫薬など投与されたサクラたち、そして<死神>はともかく、初めて島に来るロマエノフたちには強毒性変異狂犬病に感染しかねない危険地域だ。

 サクラはロマエノフたちを他所に行かせず地下4F<モンスター・パニック>に集め、殺すにしろ生かすにしろ封殺してしまう気だ。あの<モンスター・パニック>は、入口と<生贄の間>に繋がる出口、地下6Fの猛獣部屋に繋がるエレベーター……この三つしかない。エレベーターは完全に破壊されたから実質は二箇所、それ以外の場所は猛獣対策のため壁も扉も分厚く、安易には破壊もできないから出られない。核兵器を封印するにも最適だ。

 村田は核兵器には興味がない。小気味いい事だ……と一笑した時だった。

 終わりだと思っていたサクラの放送は続いていた。

 サクラの口から、よく分からない数字とキリル文字の暗号コードのようなものを告げた。

「?」

 ……何かの暗号…… しかし聞いたことはない。CIAや裏社会のコードか。いや、何かの製造番号か…?

『今のコードを聞いて理解した諸君! 何故あたしがこの番号を知っているか知りたいダロ? ふふふっ、そうなのだよ。サクラちゃんはこのブツ! この管理製造番号が打ち込まれたモノの現物の在り処を知っている!! 外じゃなくて内部にあった番号、ま! 裏社会人なら皆知ってるよね? ここで特別ゲームその②! デッド・オア・アライブ!!<村田・サタンを捕まえサクラちゃんに差し出そうゲーム>だ!!』

「な……!?」

 村田は思わず絶句した。

 これももちろんロマエノフたちを対象にしたゲームだろう。サクラが持っているものなら拓は別に急がなくても手に入る。しかし意味が分からない。わざわざロミエノフたちに罠を仕掛け封殺するゲームを提案しておいて今度は村田を捕まえろ、という。これではロマエノフたちを閉じ込める事はできないではないか。分散させるのが目的……というにはロマエノフたちの兵力は多くない。

『さて、商品を提示したところで肝心のルールだ。これが守れない荒くれ者とは取引はせん! まずはサクラちゃん並びにサクラちゃんの知人には手を出さない事。特にエダの身は鄭重に扱え~ その②、通信による接触はこれが最後。あたしは煉獄周辺を監視しているから村田は煉獄に連れてきたらいい。その③、村田を煉獄に連れてくるときは丸腰だ! その④、このゲームに参加できるのは今現在島にいる人間だけで部外者及びあらゆる政府の人間の飛び入り参加は禁止する。ん……こんなもんか』

 これで話を打ち切ろうとしたサクラだったが、ふと思い出し再びカメラ目線になり言った。

『ルールその⑤.サクラちゃんを怒らせたり逆撫でするようなことがあったら、問答無用で時価5億ドルの米軍が残していった置き土産を作動させる。巨大なキノコ雲の中心だからどうなるかは説明いらないよね? 多分その時この周囲50キロ圏内で生きていられるのはあたしと飛鳥、エダだけだから。それじゃあゲーム・スタート! 30分しかないゾ』

 そういうと、サクラは冷徹で不敵な笑みを浮かべ、モニターの電源は切られた。

「…………」

 村田は、黙って自動小銃を握りなおし、テレビモニター前から離れた。

 サクラにどんな意図があるのか…… サクラのことだから、そのままの意味だけではないはずだ。今の放送はもちろん拓も見ているだろう。そしてその情報はすぐに拓をバックアップしているFBIやCIAも知ることになる。殺人ゲームだけなら米軍やCIAも日本政府に遠慮するだろうが、核兵器があるとなれば独断で強行介入してくる。どう考えてもサクラの狙いはそこにある……と思ったが、ルールその④では政府の介入も拒否をした。これはむろん米国、日本政府のほかに中国、台湾、ロシアなどの近隣政府に対しての事だろう。しかし、それではこのルールの意味は何があるのだろうか、等…… わからない事だらけだ。ルール①のサクラの知人……という言葉も引っかかる。エダ=ファーロングが含まれていることは分かった。この放送が自動的に運営本部に流れる事を計算に入れてのことだろう。島の人間ならば拓、飛鳥だけのことか、今行動を同じくしている涼や宮村も含むのか、それとも日本で活動しているユージ他関係者全てなのか…… これでは下手に手が出せない。もし認識を誤りサクラの怒りに触れればルールその⑤が適応される。

「さすがはサクラ君だ」

 やはり知力対決ではサクラは他の人間とは比較にならない。

 しかし村田は考えるよりすぐに動かねばならなかった。自分が狙われている……という点に関しては、はっきり明言された。しかもこちらに関しては、時間制限はない。この放送の内容はすぐにナザロも知るだろう。その時、彼が村田を切り捨てることは十分考えられる。そうなれば、もう<死神>たちは自分の駒ではない。会話が許されているプロの<大死神>の二人は拠点で待機している。場所は地下5F…… 遠い上に、ロマエノフたちも自分が今の放送を聞き拠点に戻ると考えるに違いない。もはや<死神>たちもアテにはできない。

 ……だとすれば、もはや独り……というワケか……

 幸か不幸か、今単独行動中だ。

「神にもっとも近い傲慢なルシフェルが、神に挑み地獄に堕とされサタンとなる……か。成程、僕は正しくサタンと名乗るのは相応しい……わけだ」

 村田は自嘲した。そして、そのまま森の中に消えた。

 

 その直後…… 島の北に再びヘリが舞い戻ったかと思うと、ヘリから放たれたグレネードによって、<新・煉獄>は木っ端微塵に吹き飛ばされた……



 クラウディア号 午前10時57分


「全て…… はい。全て終わったら説明します。あの話は本当半分ハッタリ半分です。核兵器については俺が知っているので…… ……ええ。回収しています。ああ、はいはい。報告書も始末書も構わないですよ、どんだけでも書きます」

 ……終わったら、サクラはぶん殴る……あいつは当分小遣いと外出禁止だ!!

 ユージはうんざりとした顔でコールの罵声を聞き流した。

 サクラの島での放送は、予想通りクラウディア号にも同時に伝わっていた。そして当然<M・P>によって傍受され、コールの作戦本部にも流れた。

ここ数ヶ月各国諜報部が血眼……現実に、虚構の核兵器の存在を信じて殺し合いも起きていた……携帯型戦術核の居場所が、こんな形で明らかになるなど誰も想像していなかっただろう。もっとも、サクラとJOLJUが核兵器を入手した事を知っていたのはユージだけで、迅速に報告しなかった責任がなくもないのだが。

 ユージは今、メインフロアーの最深部まで降りていた。ここは客のための施設はなく、スタッフ用のフロアーだ。

ここからエダがいるナザロの部屋まで直線距離だと30mほどしか離れていない。その間に特別セキュリティーの扉と監視カメラ、そして警備兵とは違う堂々と武装したボディーガードが8人…… 室内に2人と<レディー>とナザロ。

 ユージの右背中のベルトに押し込まれたワルターPPQNVには既にサイレンサーが装着されている。コルト・パイソンは左腰に、戦闘用ナイフや端末機器はポケット、準備は整った。ただし今はまだ飛び込めない。

 サクラのゲームの件はもう運営側を動かし始めたのか、スタッフが慌しく動き始めている。フロアーにある島の動きを映していたモニターがサクラの放映が始まると同時に消えたままだ。客は不審がり始めているようにも見える。狡猾で下衆な連中だから、サクラが言い出したゲームも<ニュー・ゲーム>として賭けのエンターテイメントにしてしまうのかもしれない。だが、この僅かな喧騒が、ユージと作戦本部との連絡をカモフラージュしていた。

 ユージは腕時計で時間を確認し、眼鏡にある通信機のボタンを押した。

 まずはソーヤたちの状況を確認した。彼らは突入時の案内役となるため、メイン・フロアーの要所や警備室で待機している。彼らとユージによって協力者たちによるの用意が完全に整うまで約10分…… だが突入部隊はすでに動き出している。

 ……合図はまだか……!?

 ユージはエダのいるナザロの部屋のほうを一瞥した。実戦はいつもそうだが、最良で最高のタイミングで事に作戦にかかれることなど少ない。逆境は常、その中で結果を出す……それが本当のプロ。ユージはそのプロ中のプロだ。超一流の。

 エダの救出が先か、突入部隊の援護が先か……その判断は現場で指揮をするユージの任務だ。


同時刻 ナザロの部屋。


 ナザロの耳元で、<レディー>が囁く。ナザロは肥満した顔を大きく縦に動かした。

「残念だがファーロング嬢。君を島に行かせるわけにはいかなくなったよ。島のほうの事情が変わってね」

「何かあったんですか?」

「ああ。あの島には核兵器がある事が判明したのだよ」

「か…… 核!?」

 エダは驚きのあまり立ち上がり、思わず駆け出そうとしてロングのチャイナドレスに引っかかった。すぐに<レディー>が駆け寄り、静かにエダを立たせた。

「随分やんちゃな妹さんをお持ちのようですね。核兵器を玩具にするなんて」

「話がよく分かりませんけど…… もしサクラが危ない事をしているなら、尚更あたしが説得します」

 エダの驚きの表情を見てナザロも<レディー>も、エダは核兵器について知らない事は分かった。同時にエダの反応からみて、サクラならば核兵器くらい手に入れられるという事も悟った。

「妹さんは、島には誰も来るな、と言ったのです。そして核兵器がある、と我々を脅迫しています。ですから貴方を行かせない。貴方の身を案じているだけではなく、そういうルールが新しく出来たからです」

「……サクラは、あたしが島に行くことを知らないんです。あたし自身望んでいくのですから、ご心配要りません」

「妹さんは、いざとなれば親しい人間を除いて自爆すると言っています。そうなればこの船の罪のない人間も放射能の被害を受けるのですよ? さらにそのゲームルールでは貴方の身の安全を条件にして厳命しております」

「……なら、こういうのはどうですか? サクラは……頭に血が昇ったらそのくらいの暴走はするかもしれません」そういうとエダは大きく息を吸った。「……なら、そのサクラの自爆行為はあたしが全力で止めます。核兵器についてあたしは知らない。貴方たちにも渡すわけには行きませんけど、サクラから取り上げる事はできます。他の人の言う事を聞かないけど、あたしの言う事なら聞きます」

「…………」

 ナザロと<レディー>は顔を見合わせた。それが本当であれば一つ危惧は消えるし、彼らの作戦上も都合がいい。サクラから核兵器を強奪する事はまず不可能だが、エダならば交渉の余地があるし、リスクは大きいが島でならどさくさにまぎれて核兵器を確保したエダから強奪する手もある。

 しかし、そこまでエダができるか?

 最新型戦術核のほうは、正しいやり方で解体し無力化したのなら放射能の心配はない。だが70年代の水素爆弾ともなれば、放射能漏れを起こしていても不思議ではない。

 サクラが常識外の特異体質である事は前情報やサタンの報告で分かっている。どうやら放射能にも強い免疫があるらしい。

「あたしにも、放射能に強い免疫があります。それに、サクラとは違うタイプの…… その……なんていうか、あたしにもあるんです。特別な力が……」

「…………」

 突然すぎる突飛な発言に、ナザロと<レディー>は言葉を失い、顔を見合わせた。しかしエダの様子を見る限り真剣で冗談を言っているようには見えない。それに、エダが不思議な力でFBIの事件の捜査に協力をしていくつかの事件を解決させたという情報もある。

あるが………… エダのキャラクターとはどうしてもかけ離れた話で想像できない。

 エダは「うーん……」としばらく首を傾げ考えている。エダは賢い少女だ。馬鹿にしたり口だけのでまかせを言っているようには見えず、本当に真面目に何かしようとしているようだ。しかし……特別な力と言っても何があるというのだ?

 エダは何か思いついたらしく、ナザロ、<レディー>二人のほうを見た。

「あたしを銃で撃ってみてください」

「…………」

「それを掌で弾きます。避けるのでなく、弾いて見せます。大丈夫、跳弾になるほど強くは弾けませんから」

 そういうとエダはそっと右手を顔の横に上げ、そして目を閉じ力を込めはじめた。

 ナザロたちはついていけない。だがエダは本気のようだ。

「あ。ええっと…… 高速弾は無理……かな、銃声で反応しますから早すぎるのでタイミングが難しいし……弾いた後どこに飛ぶか分からないし。9ミリか45口径……もっと確実なのは32口径くらいですけど。大丈夫です。ちゃんとこの右の掌を狙ってくれれば、もしタイミングがズレても、掌に穴が空くだけで死にはしません」

「冗談はよしなさい、ファーロング君」ナザロは苦笑した。だがエダは変わらず、いつもの様子で優しく真面目な表情で続ける。

「サクラの能力情報をお持ちですよね? サイコキネスの一つです。あたしたち姉妹にはそういう能力があります。ただあたしの場合サクラのように何か物体を浮かせるとか飛ぶような強い力はないですけど…… もしくはサイコメトリーでもいいんですが、御二人共あたしに心を読まれ知られる事は御嫌だと思いますし、あたしもそんなデリカシーのないことは好きではありません」

「…………」

「これなら超能力があることは明白ですし…… この力があるからあたしたちには、放射能に対して強い対抗力があることを知って頂けると思います。この部屋は防音加工がしてあるようですから、銃声で騒がれる事はないと思います」

 エダの声はまっすぐで、マジシャンのように挑戦的で自信に満ちてもいなければ、馬鹿にしているわけでもない。そして部屋が防音であることを目ざとく観察し、ナザロの懐中に32口径オートマチックがあることも見抜いている。二人の立場を十分考えるだけの思考力もある。

「……私には、君のような美しい少女を撃つなんてことは生理的にはできんよ」

「では、<レディー>さん。お願いしていいですか?」

「…………」

 ナザロと<レディー>は顔を見合わせた。どうも、このマジックに付き合わなければいけないようだ。

 ナザロは、懐から金色にコーティングされ、エングレーブが施されたベレッタ・ピューマを取り出すと、「度胸があることは分かった。やめるなら、今言い給え」と言い、それを<レディー>に渡した。二人とも超一流の裏家業の人間だ。決断すれば揺るがない。

「これで貴方が満足するならば、試しましょう」

「はい。32口径……ですね?」

「32口径のベレッタです」と言いながら<レディー>は安全装置を外し、銃口をエダのかざした右手に向けた。

 エダはそれを確認し、目を閉じ意識を右手に集中させた。

「すみません、変な事をお願いして。でも、これもあたしの能力を信じてもらうためです」

「ではカウントをどうぞ、ファーロング嬢」

「はい。では……」そう答えたエダは目を閉じること10秒…… 用意が出来、目を開けた。カツン、カツン、と右足が床を叩く。

「3、2、1、ゼロ!」

 ゼロ……とエダが告げたと同時に、<レディー>は引き金を引いた。


 同時刻 フロアー


「よし! 撃った!!」

 騒がしいメイン・フロアー…… その中で銃声に気付いた人間は誰もいない。ユージを除いて。通信機越し、そして自分の耳でも、確実に銃声をユージの研ぎ澄まされた聴力は、聞きなれた銃声の音を逃さなかった。

「本部! <レディー>発砲を確認したな!!」

『何の遊びだい、ミスター・クロベ!! どうして僕の<P>にこんな無茶をさせる!?』

「撃ったのは<レディー>……ナディア=ダワムなんだな!?」

『銃はナザロ……スティーブズ=ナザロのものだけどね。一体何がしたかったのか言ってくれ』

「作戦成功だ。ここは日本だ。銃に世界一厳しい国だ。銃に触るだけでも銃刀法違反。握れば火薬等不法所持、発砲すれば殺人未遂が確定だ! これで懲役刑の実刑、日本じゃ重犯罪が確定だ!」

 これこそユージの狙いだった。外国人……特に銃器に慣れ親しんでいる諜報部や裏社会人にはなんて事のない、銃を握り発砲するだけの行為で問題だとも思わないが、日本では違う。緊急性がないかぎり、置いてある不法拳銃に触っただけでも銃刀法違反が成立する国だ。元日本人のユージだけがこの事の重要性を認識していた。

『しかし、いくら君の身内だからといってそんな事で右手を撃ち抜かせたのか!?』

「当たることはない」

『は?』

「弾は、<神>が止めた。これこそ、神の奇跡という奴だ」

 エダには霊感のようなセンシティブなことやリーディング能力は確かにある。だが霊感はともかくリーディング能力はサクラに当然及ばない。ましてやテレキネシスの類の能力気などない。超能力者とは呼べないレベルだ。だが今回に限っては、核弾頭を向けられてもエダは無事だという確証があった。

 何しろ、透明化したJOLJUがピッタリ張り付いている。そして、前もってユージは<特別回線3>を使いJOLJUにこの作戦を伝え、JOLJUもものすごく渋い顔をしたが了承した。エダに銃弾を止める事など到底できないが、JOLJUなら瞬きをするほどの労力でソレが出来る。

 だが…………

 予想外の銃声がもう一発、さらに一発鳴った時…… 状況は急転するのだった。

『おいクロベ!! <P>のカメラが消えた!!』

「何!? 三発…… 何があった!?」

『いきなりでわからない。音声は聞こえるがモニターが死んだ!』

「了解、行動に移る」

 ……何が起きた……!? 何故三発だ!? 

……音声が生きているのならバレたワケではないだろう。<M・P>の口振りからして、エダたちは普通の会話をつづけているようだ。

 カメラはJOLJUが担いでカメラマンをやっていた。そのJOLJUが盾になり、カメラを落としたのか!? 後の二発の間隔は短かった。何が起きた!?

 ……カメラの存在がバレたのか……!?

 ユージは飛び出そうとする自分を懸命に抑えた。

 ユージの突入は、本隊突入の混乱に乗じなければ突入は成功しない。もう突入が始まるまで数分だ。エダの救出のタイミングはその時の混乱…… そして突入時起きる内部の反応に対しユージも対応し指示を出さなくてはいけない…… 動けない。

 事態は、思わぬ展開になりつつあった……


33/生と死1



紫ノ上島 西の森周辺 午前10時58分 


 拓は村田を見つけ、同じく村田も拓を見つけた。

 両者、数秒の間があった。もはや仇敵といってもいい間柄だ。村田は立ち止まった。拓はそのまま村田に近づく。

 その時、西の森の奥から、何者かが現れた。<死神>だった。拓も村田も<死神>も、全員一瞬自動小銃を上げたが、示し合せたように銃口を下げた。奇妙な緊張感が張り詰め、重くピリピリと殺気が飛び交う空気……不気味な雰囲気を拓は感じていた。そして、それはすぐに現実となった。

 村田が拓に対して手を振りながら再び歩き出した時…… 村田の背後についた<死神>は、そっと自動小銃ではなくヒップホルスターの357マグナムに手をかけた。

「村田!!」

 拓が鋭く叫ぶ。村田が足を止めたのと、<死神>がリボルバーを抜ききったのは、ほぼ同時だった。そして次の瞬間、拓はレッグホルスターに差し込んである、AT特殊弾が装填されたS&WM39を抜くと、一瞬で<死神>の両胸と頭に3発弾丸を撃ち込んだ。

「…………」

 村田が振り向いた時には、すでに<死神>は倒れ、屍になっていた。

 何が起こったか…… 村田はすぐに理解した。<死神>は自動小銃を下ろし村田(や拓)を油断させ、村田の背後に回ったとき狙撃しようとしたのだ。だが、<死神>は拓を甘く見すぎていた。拓の目を盗んで凶行に及ぶ事など出来るはずがない。

「……ようこそ。常に命が狙われる死神が棲む島、紫ノ上島のゲームへ」

皮肉を思いっきりこめ、拓は言った。村田はそういわれても、相変わらず余裕を持った苦笑を零すだけだ。そんな村田の神経の太さに、内心拓は驚嘆していた。この男も知能だけではない。尋常ではない根性と体力を持ち、どんな状況になろうとも、<ゲームマスター>という立場を忘れはしない。それは驚嘆すべき素質だが、同時にそれがこの村田という男の不気味さであり、人間性の欠如を感じる点だ。

「捜査官が僕を守ってくれるなんて、光栄至極に尽きますね」

「守りたくて守っているわけじゃない」

 そう拓が言った瞬間、旋回してきたヘリが二人に迫り、自動小銃の弾幕を放つ。すぐに二人は木の陰に飛び込むが、ヘリからの銃撃は止む事はない。問答無用で、とにかく銃弾を撃ちこんで来る。

「村田!」拓は鋭く村田を招く。村田はヘリのほうを一瞥して、すぐにやってきた。

「走り回るのと狙撃、どっちが得意だ」

「どっちも貴方ほどではないですけど」

 拓は背負っていたバッグの中からM16用マガジンを二つ取り出し、村田に投げた。

「俺はもう少し上に上がる。お前は森の下だ。囮になれ!」

 いいながら、拓はM14のスコープの調整をし始めた。倍率を2倍にまで下げる。微調整をする残弾も時間的余裕もないから一発本番だ。

「ま……多分ですけど、僕のほうがダメージは少ないですから走り回れと言われれば走りますよ。どうせ狙われているのは僕のほうですし」

 村田はさっさと予備マガジンをズボンのポケットに入れると、銃を構えた。

「当ててくださいよ! 無駄働きは嫌ですから」

「できるだけ近づけろ。そしてできれば低速か、滞空させろ。10秒隙があればいい」

「ただし、その分僕が危険……と。うん、中々スリラーなゲームですね」

 どこまでも村田の脳はゲームでできているらしい。そういうと、拓を信頼しているのかノープランなのか、打ち合わせも何もせず今のやりとりだけで斜面を駆け下りていった。

 ……どうして俺の周りは暴走する連中が多いんだ…… もっとも村田は仲間ではないが。

 拓はスコープでヘリを確認した。機は新しいが軍用ではなく民間機で、改造もされていない。ここは日本でしかも船に乗せていたサイズだ。パイロット一人、あとは4人がギリギリ入る大きさだ。

 普段の拓ならば、7.62ミリライフルがあれば民間仕様のヘリを撃墜させることは不可能ではない。5.56ミリでも墜とせるし、やろうと思えば9ミリ拳銃弾でも墜とせる。ただし銃によって狙う箇所が違う。ユージのように50口径などの対戦車ライフルならど真ん中に当てるだけで撃墜できる。弾に余裕があるならエンジン、ライフルならばパイロットを狙撃すればいい。SMGや拳銃ならプロペラのロータリーやテイル・プロペラを狙い破壊して墜とす。

 弾は9発。HK G36Cの5.56ミリは、200発くらいは持っている。

 拓はヘリが一度離れたのを確認し、自分は森の中の傾斜を昇った。



紫ノ上島 地下4F<モンスターパニック・ルーム> 午前11時02分


「……こちらサクラちゃん。テロリストホイホイに二名様ご案内~」

 サクラは<モンスターパニック・ルーム>の天井に、逆さまの状態で浮かんでいた。まるで天井を床にして立つように。もちろんカメラの死角で<非認識化>を使っているから、見つかることはない。手には近距離用の軍事用高性能無線機がある。<ニンジャホーム>にあったもので周波数もすでに合わせてある。

『こちら飛鳥様やぁ~ なんや、二人だけカイ。思ったより核兵器って人気ないんやなぁ』

 飛鳥、涼、宮村の三人は煉獄近くのセーフエリアで待機している。<煉獄>方面、<モンスターパニック・ルーム>どちらにでもすぐに行ける場所だ。煉獄にはテレビカメラを設置していて、誰か来たらモニターで見られるようにしてある。

「相手もプロだ。明らかに罠だと分かっていて全員突入して閉じ込められたら全滅するからネ。まぁこっちはそれ狙ってあんなことしたわけだけど」

『で? これからどうするんや、サクラよ』

「んー…… あたしもここ、撤退するかな? 二人だけじゃねぇ……」

 ここに来た二人はロシア系だがロマエノフし入っていない。今度の襲撃部隊のリーダー、ロマエノフは今島のどこにいるか分かっていない。できればロマエノフを捕まえ、誰の指示かを確認してほしい、というのがセシルからの要望だ。もっとも、それはセシルの要望であってサクラの作戦とは少し違うのだが。

 時間がない。二人なら必殺のトラップにかけるまでもない。このまま閉じ込めてしまうか…… そう思い、そっと天井から離れた時だ。無線機に反応があった。サクラはそっと無線機を取る。

『こちら飛鳥様やぁ~ 喜べサクラぁ~。西の森から、どうやら追加で二名ほどやってくるで~』

「ほうほう。どんな奴ら? 偉そうにしているボスっぽいのいる?」

『外人っぽい悪人面やな! メッチャ外人っ! お、地下通路に向かった…… うむ、そっちに行くようや。さすがは腐っても核兵器やな』

「おまいの説明じゃあよくワカラン。とにかくあと二人来るんだな? ちょっと涼っちに代われ」

 状況観察、そして報告には飛鳥は全く役に立たない。飛鳥も特に気にせず隣りの涼に無線機を渡した。

 代わった涼も、後ろに控えている宮村もサクラが何を求めているか聞かなくても分かっている。入ってきた二人の身元照会だ。涼が二人の身なりや武装や風貌を伝えつつ、同時に宮村がこの二人をデジカメに収めて、セシルに送る。東京のセシルがそれを照会する。この中にロシアの傭兵団のリーダー、ドリトミー=ロマエノフがいるかどうかだ。照会には時間は掛からなかった。ロマエノフは、居た。

「ふむ。こっちに引っ掛ってくれたことはいい事だけど、これじゃあどうやら村田巻き込み抹殺プランは成功しなかったってコトか、残念。ま、労せず4人排除できてロシアの裏家業の大物を退治できるんだから、セシルたちの機嫌も悪くならんだろう」

 サクラはそう言うと、携帯電話を取り出すと、<モンスター・パニック・エリア>に仕掛けた発煙弾とプルトニウムに貼り付けた小型爆弾のスイッチを入れた。8箇所で小さな爆発が起き、瞬く間に部屋中に目隠しのための煙が充満する。兵器用の発煙弾ではないから多少目が痛くなる程度で危険はない。だがプルトニウムの入った水筒は砕け、中のカバーも裂けて放射能濃度は一気に高まっていく。放射能は無味無臭で被爆は自分では分からない。

 実は、サクラは兵器級プルトニウムを持っていたのだ。島に来る前から。これは紫ノ上島にあった水爆ではなく、先々週サクラとJOLJUが入手した携帯型戦術核爆弾から抜き取った3本の内の一番小さい1本で、2本はJOLJUが太陽に捨てて処分したが、一番小さいものは回収した証拠として提出しようとサクラが引き取り、四次元ポケットの最重要セキュリティー・ポケットに入れていたものだ。不覚にもついさっきまで忘れていた。

 サクラは核兵器の奪い合いをゲームにするなんて発想は元々ない。ここに入ってきたが最後、全員被爆させそのまま封印してしまう……というのがサクラの作戦だ。幸いここは気圧室になっているから外に洩れるには時間がかかる。少なくとも4、5時間は外に洩れることはない。後は今向かってきている二人が入ったのを見計らって扉を閉じてしまえば良い。半日前の村田の言葉が正しければ、ここの扉や壁はちょっとやそっとの爆弾で壊れるものではない。この事は飛鳥にだけしか言っていない。サクラは相手によっては残忍にも非情にもなる。サクラの計画ではロマエノフ一味だけではなく村田たちも入ってくれれば全てまるっと解決だったのだが、世の中はそこまで都合よくはできていないものだ。



太平洋 クラウディア号船内/船外 午前11時04分


すでにそこは戦場の様相そのものだった。

 大型輸送ヘリ2機、武装ヘリ2機が水平線の向こうから現れたのは11時になる前だった。僅か5分の間に船外にいた武装警備兵は沈黙、<DEVGRU>とFBIの急襲部隊がそれぞれヘリから船上降り立ち、あらゆる入口から突入していく。

武装のレベルは突入部隊のほうがワンランク上だ。訓練のレベルも実戦経験も違う。瞬く間に警備兵たちは駆逐されていった。警備側が防衛の要として期待していた再審のセキュリティーも、迷路のような船内構造も、突入チームの侵入を遮ること事は出来なかった。<M・P>がこの数時間用意したプログラムによってセキュリティーは全て無効化されただけではなく、逆に乗っ取られ、待機していた警備兵の一部はそのまま閉じ込められ手も足も出ない。

 船内の混乱は絶後の極みであった。

 これまで残虐ゲームに興じていた愚かな表世界の道楽者たちは、この突然起きた戦闘に混乱し叫ぶか、自分の部屋に逃げ込もうと走り出すくらいしかなく、しかも扉は開かない。恐慌せず冷静にその場に手を頭に当て静かに伏せているのは、皮肉にも裏社会の人間たちのほうだった。

船内では、ソーヤ捜査官とリン捜査官がいち早く警備兵から武器を奪い、本部のリストにある人間を選別し、中に迫りつつある突入部隊の露払いを行っていた。

もっとも厄介な企画運営直属の、武器を隠匿している私服警備員たちのほうが、外の警備兵より熟練度は高いプロたちだ。この混乱の中でも、なんとか状況を把握しようと拳銃やSMGを持ち、駆け回っている。だが、彼らがもっとも不幸であった。大混乱する中、どこから飛んでくるのか、彼らが動くと一人、一人と倒されていく。

 狙撃をしているのだ。ユージが、船内最深部の影から。使用しているのはコルト・パイソン357で、スコープも使わず、射線させ通れば50m先の敵の頭を一瞬で撃ち抜いてしまう。こういう使用ができるのは高性能なリボルバーでしかない。ユージが固執した理由だ。

私服警備兵たちもプロだから、状況確認も僅かに頭を出したり、慎重に上司の指示を聞いて動くのだが、実はその上司の命令も<M・P>が偽で出したりしていた。もはや彼らがいかに優れたプロでも、集団として対応できるものではなかった。

「これだけ混乱させれば、後は大丈夫だろう」

 この状況に導いたのはユージの指揮だ。ここまで混乱が起きれば、後はユージの手から離れコール指揮の下、制圧作戦は進行されるだろう。

「捜査権をコール=スタントンに。これよりカミングス逮捕と<P>救出作戦に入る」

ユージはユージの仕事……カミングス一党の逮捕とエダの救出だ。ユージはパイソンの弾を交換すると、ようやくメイン・フロアーから出た。廊下に出た瞬間、6人の私服警備兵と出くわしたが、彼らが拳銃を取り出すより早く、ユージは左手に握ったサイレンサー付ワルサーPPQで、一瞬にして全員の頭を撃ちぬき倒した。

『噂では聞いていたけど、化物だね。捜査官』

 ユージの動きを一部始終モニターしている<M・P>からの個人的感想がマイクを通して聞こえた。やれやれ、とユージは溜息をつく。この手の賛辞は聴いても嬉しくもない。

「それより<P>の現状報告。まだ部屋か!?」

『そのことなんだけどね。移動中だねぇ…… ……ヘリの突入で勘付いちゃったらしい。彼女が潜入して先導したとは思っていないが、完全に人質になってしまったよ』 

 カミングスたちの反応は予想以上に冷静で速かった。ユージが突入しようとした、ほんの僅かな間にカミングスたちは突入を知り、狼狽することもなく、冷静に移動を始めた。元々制圧部隊がやってくることは想定内だったのだろう。ユージとエダは、一時は壁をはさみ7mまで近づいていたのだが、今は倍以上離されてしまっている。

『今彼女のアイズ・カメラと発信機でなんとかフォローはしている』

「メイン回線はどうした!?」

 そう言うと同時にユージは真っ暗な部屋……先ほどまでナザロやナディアがいた部屋に入った。敵はいない。そして、周りを見渡した時、ユージは思わぬ衝撃を受けた。床で転がっているJOLJUを見つけたからだ。

「一時、こちらのマイクとカメラを切る!」

 <M・P>が反問する間も与えずユージはメガネを仕舞い体にとりつけたマイクの電源を落とすと、すぐに地面に倒れているJOLJUに駆け寄り、躊躇することなくJOLJUを蹴飛ばした。

「JO!! 痛いJO~」

 JOLJUはすぐに意識を取り戻した。まだ<非認識化>がかかっているが、ユージには見えている。JOLJUは暢気に蹴られた顔を撫でていた。堪らずユージがJOLJUを掴み上げる。

「何でお前がここにいる!! エダについていたんじゃないのか!!」

「……あれ? エダはどこだJO?」と寝ぼけた声で答えるJOLJU。

「おいっ!」問答無用で怒鳴るユージ。JOLJUは数秒、キョトンとしていたが、すぐに何が起きたのか思い出した。

「あ! ……オイラ、撃たれたンだJO」

「撃たれた!? 消えて見えないお前がどうして撃たれる!?」

「……エダが超能力って言って…… そんでもってオバちゃんに銃撃たせた。で、オイラはその弾を受け取ろうとしたんだけど……」そこまで言ったJOLJUは、「てへへだJO」と頭を掻く。

「カメラ落とした。そんで、オバちゃんがそれにびっくりしてカメラを撃とうとしたからつい一瞬<非認識化>が解けちゃって……」

「…………それで驚いたナディア=ダワムがお前を撃ったンだな」

「てへへだJO」

 ……この重要な時になんてポカを…… ユージは思わず目に手で覆い頭を抱えた。連続した銃声はそういう意味があった。本来JOLJUは32口径どころか45センチ砲を至近距離で受けても痛いだけで死なないが、痛いものは痛い。 弾は目に当たり、「痛っ!!」と転がった拍子に頭を打ち、ここ二、三日まともに寝ていなかったので見事に気絶してしまった。

 だがJOLJUは怒るユージを他所に慌てる様子なく平常通りだ。

「モーマンタイだJO。エダの靴に万能バリアーを取り付けていたから、エダの身の安全は保障するJO」

「お前…… お前のバリアーは撃たれたり殴られたりした時には有効だが連れ攫われた時には何も役も……」

 そう言いながらエダたちの消えた秘密通路のほうに目を移したユージは、思わず息を呑み一瞬固まった。そして、すぐにJOLJUの頭に垂直に拳を突き下ろした。悲鳴を上げるJOLJUを、ユージはすかさず掴みあげた。

「……もしかして、あそこに落ちているハイヒールがエダの、とは言わないよな?」

「JO?」

 秘密ドアの近くに、ピンクのハイヒールが一足、脱ぎ捨てられている。JOLJUの目が、文字通り点になった。ユージはJOLJUを掴んだままそのハイヒールを拾う。そして、ヒール部分にユージも見覚えのある小さな丸いシールのようなものを見つけた。

「……JO……」

 確認するまでもない。これはエダに用意されていたハイヒールで、この小さなシールのようなものがJOLJUの携帯バリアーだ。

「ええっと……その…… うん。おー・まい・ごっど・だJO」

 ポリポリと頭を掻きながら笑顔で誤魔化すJOLJUを、ユージは渾身の力で地面に叩きつけ、JOLJUは「くぎゅ!」と悲鳴をあげ、倒れた。

 エダは元々あまり高いヒールのハイヒールを履くことはない。もっぱらスニーカーかブーツ系だ。ナディアやナザロたちが突入を知りこの部屋から脱出を図り、その際エダも当然連れて行く。その時走れないエダを連れては足手まといになる。エダはこの部屋を出るとき靴を脱いだのだ。<M・P>の話ではまだ粗雑に扱われた様子はないし、靴は綺麗に揃えて置かれているから、エダの意志で脱いだのかもしれない。

 ユージは、こうなることを想定していなかったわけではない。だが実際そうなると、自分でも感情が荒ぶるのが分かる。それを必死に押し殺し、まずはカメラに移さないためと怒りのため、JOLJUを右足で踏みつけると、眼鏡をかけて回線を特別船に繋げた。

「部屋に<P>はいない。どこだ!」

『移動中だって言っただろう? 聞いていなかったのかい、捜査官。そこから2階下を進んでいるようだネ。客室部じゃない、狭い通路を通っているよ。下舷に向かっているね』

 ユージは左手に握っていたパイソンをズボンに押し込み、その手で気絶したJOLJUを掴み上げると、開いた秘密ドアのほうに走った。その先の廊下は暗く、通路も人が二人並ぶくらいの狭さだ。光源は廊下の天井にある等間隔の非常灯しかなく地面までは見えない。だが、ユージは夜目が利く。これで十分だ。

「すぐに追跡する。そっちはどこに向かっているか調べろ」

 言いながらユージは廊下に駆け込んだ。敵はいない。

「どうせ潜水艇か小型潜水艦があるんだろう。ここからの最短ルートを教えろ!」

『だろうねぇ~ それはすぐに分かるとして…… 実はたった今、面白くない報告が来たよ。コール氏は君が冷静ではないなら教えるな、と言っていたけど』

「冷静だ」

『よし。少し遠回りになるけど君の運動神経なら、とりあえず、一旦メインフロアーに出て機関室を経由したほうが速いね。全速力だ、ミスター・クロベ』

 すぐに来た道を引き返すユージ。気絶しているJOLJUが邪魔だがこれはこれで捨てていけないし使い道もある。

 部屋を飛び出すと同時に廊下にいた私服警備員が飛びかかってきたが、ユージはJOLJUを掴んだままJOLJUで男を殴り倒す。私服警備員とJOLJUの悲鳴が重なった。

「何すんだJO!? オイラをナンだと思ってるんだJO!!」

「バリアー持っているな。出力全開にしろっ」

「JO?」

「早くしないと痛い目をみるぞ」

 その直後、ユージの左斜め上……一つ上のフロアーにいた私服警備員がユージを見つけ、拳銃を撃つ。ユージは、その弾道を予想し、問答無用でJOLJUを盾にした。9ミリ弾がJOLJUに当たり、JOLJUが悲鳴を上げる中ユージが一撃で仕留める。だが他の私服警備員はすぐに集まってくる。

「全部顔で受けるか?」と、平然と言うユージ。

「ひどいJO!」

 堪らずJOLJUは自分の前にバリアーを張った。ユージはJOLJUをうまく盾にしながら、時に銃弾の弾除けに、時に進路を塞ぐ敵や客を吹っ飛ばす<シールド・チャージ>として使った。これならばユージの運動速度は落ちない。こういうJOLJUの無茶苦茶な使い方をするのはユージ、そして飛鳥だけだ。

「すぐにメインフロアーを出る! で? そっちの俺は冷静だ。情報は何だ」

 JOLJUを盾に人を蹴散らして走る姿を<M・P>が見れば「冷静だ」という言葉は信じなかっただろうが、その様子を<M・P>側は知らない。船のセキュリティー・カメラやユージのカメラは、今ユージの姿だけモザイクがかかっている。カメラがJOLJUの姿を捕えたら自動的にモデイクが入るようセッティングされているためだ。

『不審潜水艦が沖縄列島線を越えて太平洋に入ったらしいよ。まぁ…… 何を意味するかは言わなくても言いよねぇ』

 沖縄近海に突然現れる潜水艦を持つ国は、米国、日本、そして中国しかない。

 今回の強毒性変異狂犬病に絡んだ組織に中国の地方軍も含まれていた。<ヒュドラ>の頭の一つだ。この艦がどの国のものかは一目瞭然だ。このタイミングだから、サタンの回収かカミングス一派回収のどちらか、もしくはどちらも、というところだろう。

 状況としては間違いなく今回の事件に関係していることは明白だが、正規軍の潜水艦で敏感な外交問題に関わる。中国軍艦船が日本領域を侵犯し太平洋に出ることはままあることで、日本も米国も向こうから攻撃してこないかぎりは、追尾や監視くらいしか対処できない。サタンやカスミングス一派を海上で拾い、そのまま中国海域に戻るだけならば手の出しようがない。政治で圧力を加えるには時間がなさ過ぎる。

「時間がないって事だな」

『そういう事サ』

 ……もしエダがそのまま連れ攫われたら、ユージは彼らに対し手も足も出なくなる。事実上FBIの負けだ。それだけは阻止しなければならない。

「何かエダたちの足を止めさせろ! 拓でもサクラでも、もしくはサタンを利用していい。二、三分足止めするだけでいい」

 その僅かな時間でいい。今や1分1秒争う。それを稼ぐ術はどんな手でもいい。

 ユージは、眼鏡の回線を一端切り、携帯電話を取った。頼りたくはないが、今、もし連中の足を止めることができるとすればサクラしかいない……


34/生と死2



紫ノ上島 東館 午前11時8分


 <新・煉獄>が爆破され、銃撃戦は全く止む様子がない。詳細は分からないが、今が異常状態の戦闘下なのは分かる。

 自分たちは、隠れ、やり過ごすことしかできない。

 片山も、田村も、その事を痛感していた。彼らにできることは、今生き残っている仲間たちを励まし、冷静さを保つようお互いを鼓舞し合うことしかできない。

 そんな時だった。廊下越しに人の気配がした。全員が息を殺す。すると、廊下の男は英語で「ピート=ワイズ、アメリカ兵だ。英語が分かる人間はいるか?」と聞こえた。

 ……そういえば一人、捕虜で裏切り者のアメリカ兵がいて、今はこちら側に協力している…… と、宮村が言っていたのを思い出した。

「何か用か?」と片山。英語を喋ることができる人間は他にもいるが、今この生存者を仕切っているのは片山だ。

「お前たちがいた小屋は爆破された。敵はロケットランチャーを持っている。今、ナカムラ捜査官が上陸を阻んでいるが、テロリストの一部に上陸された。彼らはこの島の地理に明るい」

「それで?」

「米国の捜査本部から連絡が入った。西館一階のリビングがセーフ・エリアとして機能できるそうだ。そちらに移るんだ」

「今、ここでも十分防衛できている」

「ああ分かっている。だが、ここに君たちが潜んでいることは、サタンも承知していることだろう? 忘れたのか? サタンは完全に味方になったわけじゃない」

「…………」

「捜査官は移動のこと知っているの?」と田村は片山に問いかける。もちろん日本語だ。

「捜査官は戦闘中だぜ?」と片山。もしそういう方針が事実なら、拓はこの転身者ではなく飛鳥や宮村を寄越すのではないか? いや、サクラが核兵器を餌で逆デス・ゲームを仕掛けているところだ。少女陣はサクラが使っているだろう。

 片山たちはどうするべきかと目線を合わせ泳がせる。

「早くしろ。<死神>が戻ってきたらこの計画は終わりだ」

「米国政府の判断か?」

「そうだ。ナカムラ捜査官ではなく、無線で捜査本部から直接受けた命令だ。もちろん移送後、ナカムラ捜査官にも報せる」

「分かった。そうだな…… すぐに用意させる」

「二手に分けてはどうだ? 俺一人で10人以上護衛しながら西館まで進むのは大変だが、半分…… そうだな、まず男性陣。そして女性陣というのはどうだろう」

 悪くない方法かもしれない。女性陣には負傷した三上や精神的不安定な山本や樺山がいる。もし途中襲われることがあっても今いる男性陣ならば途中本館や地下に逃げるくらいの対応は出来る。<死神>の目を盗むというのならば急がなければならない。少なくとも村田が味方なのは、後20分の間だけだ。

「分かった。すぐに用意する」

 それしかないか、片山は頷き後ろを振り返った。田村そして他のメンバーも、今の会話を聞いていた。英語が分かる人間も多く、片山たちが報告するまでもなく状況は伝わっていた。

 片山は、田村の肩をそっと叩いた。

「男性陣を送り届けたら、俺はあのアメリカ兵と戻ってくる。皆に言い聞かせて待っていてくれ」

 そういうと、片山はすぐにドアのバリケードを退け始めた。ピートの言うとおり、サタンの目を盗むのなら急ぐ。



紫ノ上島 西の森 午前11時10分


 ……左肩が相当痛む、頭痛もひどいな……

 西の森の一番高い場所から、拓は直下に墜落したヘリを見下ろしていた。M14はなく、HK G36Cが握られている。

 ヘリからは3人の男が、上空を警戒しながら浅瀬を移動している。ヘリの操縦者は拓に狙撃されて死に、乗っていたテロリストの一人は墜落時放り出され死んだ。今奴らは頭上を警戒しながら<煉獄>方向に向かって進んでいた。拓は狙撃できないがそっと移動しながら機会を伺うが、隙がない。今の位置では下手に狙撃しては散会してしまう。バラバラに逃げられるほうが始末に悪い。

 ……手持ちの弾も、余裕はない……

 村田に2マガジン渡し、拓自身も1マガジン使った。バッグの中に残っているのは2マガジン。つまり3マガジン90発。多いように思えるが、フル装備したプロを相手にするのには、けして十分とはいえない。そして、一戦闘したが、拓自身予想していた以上に身体はダメージを負っていて、今は左上半身が動かず、激しい頭痛が襲う。もっともそれを顔には出さない。

 ……村田が下で迎撃するという話だが、アテにはできない……

 後20分は、村田は協力する。しかし、今村田は<死神>にもテロリストたちにも追われている。そんな村田が、その両方から発見されやすい<煉獄>にはあまり近寄りたくないはずだ。

 奴らの一人が、携帯電話のようなもので誰かと会話している。リーダーのロマエノフか、船のほうかは分からない。ただ、彼らの行動速度は上がった。

 ……<煉獄>の手前で陣形は乱れる。そこで最低一人は始末する…… 

その瞬間<煉獄>へと下る坂道の一番上を押さえていれば射線が出来る。相手からは見えづらい。そこで狙撃。今の状態の拓でも、最初の一撃は狙い目に当てることが出来るからそれで一人は排除できる。問題は残る二人を仕留められるか、どう反応するか、だ。拓は気配を殺しながら、そのポイントに向かって走る。その時だった。拓の携帯電話が震えた。すぐに足を止め物陰に入り携帯電話を取り出す。相手はサクラだった。

「どうした?」

『拓ちんのほうはどうダイ? 巧くやっているカイ?』

サクラの声には緊張感なくいつもの暢気な声だ。拓は一瞬怒鳴りたくなったが、サクラ相手に怒鳴っても仕方がない。

「こっちは戦闘状態の最中だ。緊急の要件なのか?」

『そんなに~? 拓ちんがどうしてるかな~と思ってサ。あ、怪我ダイジョーブ?』

「お前な……」

 ……サクラは暇なのか…… だとすればサクラが行っていたトラップ・ゲームのほうは順調ということだろう。だがおかしい。サクラはそんな事をわざわざ報告するような真面目な人間ではない。

 拓がそれを問いただすと、サクラは一瞬沈黙したあと、口を開いた。

『サタン…… 村田との共闘は終わったのカイ?』

「どういう事だ?」

『村田がついさっき地下に入って来たみたい。一人だったって。どこにいったかまでは追いかけてないから知らん。こっちは4人、ロマエノフとかいうテロリストのボスも罠に掛かった。今4人揃って現状打破しようと頭突き合わせているけど、もう閉じ込めちゃったから問題無し、封印完了。で、涼っちからの報告だとそっちで凄い爆発音したっていうけど、やったの拓ちん?』

「ヘリを撃墜した。二人排除、三人生存だ」

『意外に戦果が少ないナ。ふーむ……』

 長閑すぎる。何か隠しているな……

 サクラは暢気な報告を続けようとしたが、拓はそれを遮り、単刀直入用件を聞いた。

 サクラは「ふむ」と頷き本題に入った。

『ユージから連絡があってネ。何でもいいからカミングスって黒幕の足止めできるような情報を用意してコンタクト取れってサ。この連絡は拓ちんのほうが適当だと思ったけど、戦闘中の拓ちんがカミングスを足止めできる電話なんか出来そうに無いことは分かったからサ~ どうしようかなってネ。あたしが接触しようにも、電話番号知らんからなぁ…… いや、まぁ……セシルのルートですぐに判明するとは思うけど』

「成程。何でそんな遠回しな話を」

『会話しながら思考まとめてるんだい。……もう手元に核兵器はないし、そこにサタンがいるなら拓ちんが強引にサタンを捕まえて……とか、誰か捕虜があればとも思ったけど、 どうもそういう状態じゃないみたいだし』

「後数分もしないうちに戦闘になる。そんな余裕はない。任せる。もしかしたらそっちに逃げるかもしれない。だけどそれだと厄介だな」

 拓は走る速度を早めた。作戦変更だ。坂の上で狙撃するのではなく<煉獄>側で迎え撃つ。煉獄の入口周辺には飛鳥や涼たちがいるはずだ。巻き込む可能性は低いがないわけではなく、今の拓の体調で誰かを守りながら戦うのは難しい。そして地下に本気で逃げられた場合、まず捕まえることは不可能になる。迎撃役の村田もいなくなったのであれば作戦を変えざるを得ない。

『じゃあ拓ちんはとにかく地下にそいつらを入れないよう頑張れ~ ユージからの要請の件はあたしがなんか考えるから』

「任せた」

 携帯電話を上着のポケットに戻し、拓は全総力で駆ける。時間がない。



 同時刻 紫ノ上島地下3階 S-6


 飛鳥、涼、宮村の三人が3つのモニターを黙って監視している。<煉獄>の入口、<モンスター・パニックルーム>の入口、<モンスター・パニックルーム>内の三箇所にカメラは設置されている。

サクラはつい先、下の<モンスター・パニック・ルーム>の入口を破壊した。今戻ってきているところだろう。もうこのあたりのルートはサクラにとって庭のようなものだ。

「ふむ。今のところは順調やけど、はてさて……」

 腕を組み呟く飛鳥。

 ……これは思案してるんじゃない。暇になったから、何をやるか考えている……

涼も宮村も、飛鳥の意志が手に取るように判るようになっていた。サクラのほうは重々心得ていて、二人に「物事が巧くいけば暇になる。その時飛鳥は暴走するからアホなことしようとしたら止めて」と言い聞かされている。

「ここで待機でしょ? 飛鳥ちゃん」

「そうだよ飛鳥さん。今だって戦闘は続いてるんだし」

「……なぜにウチが何かやろうと考えているって判るンや? 二人は超能力者?」

「…………」

 ……やっぱり…… と涼と宮村は顔を見合わせた。超能力者でなくても、飛鳥としばらく接していれば飛鳥のキャラクターがどんなものかくらいは誰でも判る。ただしどんな行動をし始めるかは超能力者でも予想できないが。

「テロリストがやって来てどうなるかと思ったけど、案外なんとかなりそうやな」

「まだ半分残っているわよ、飛鳥ちゃん」

「そやかて、そいつらは今拓ちんが対処しとる。援護要請もないし、戦闘力ないウチらが闇雲に出て行ったところで意味はないし…… 暇やな」と、最後はついにはっきり「暇」と口にする飛鳥。僅か10数分の待機でもやる事がないと飛鳥にとっては暇になるらしい。

「片山さんや田村さんたちは無事なんやろか? ミヤムーは見に行ったンやろ?」

「私が見に行った時は、東館に移動する前ね。特に問題なさそうだったけど」

「ふむ。そっちも順調なんやなー」

「何か気になることがあるの飛鳥さん」

「……暇……という事は、順調って事やん? ま、ウチらだけの話やけど。外の様子ワカランからなんやが…… このまま平和に終わるもんやろか?」

「と、いうと?」

「何かウチら忘れてへん?」

 ……ボケてばかりだが、時々鋭いことを言う…… それが飛鳥でもある。

 涼と宮村の二人は顔を見合わせる。一つはすぐに思いついた。サタンが行う<ファイナル・ゲーム>だ。未だに何をするかはわかっていないが、ゲームの存在自体は初めから明言されていた。

「あのモンスターたち襲撃…… じゃないんだよね」と宮村

「違うって拓さんもサクラちゃんも言っていた。あれは運営の独断で、拓さんたちが島で生存している以上、本当のファイナル・ゲームは用意してあるって」と涼。

 それを聞いた飛鳥は、首を傾げた。

「なんかヘンやな」

「ヘン?」

「村田の奴、今四面楚歌状態やろ? 今命をねらわれとるから、拓ちんに協力求めてきたし。それやのにまだ余裕あるとおもわへん? 何か引っ掛るんやなぁ~」

 そこで宮村は飛鳥が感じている違和感を理解した。

「飛鳥ちゃん! それ凄く大事っ!!」

「ほえ?」

「何で村田の奴、捜査官だけじゃなくて私たちまで助けるようなことしたんだろう? 11時30分からは敵に戻るっていうし…… でもテロリストたちにはそんな制約関係がない……」

「サクラちゃんが11時30分までに、って制限したからじゃ?」

「それは村田にファイナル・ゲームを行わせないようにっていう意味があったからじゃん。

でも核兵器が欲しいテロリストたちにとっては関係ないし、時間オーバーしても村田を捕まえることができればサクラちゃんと交渉の余地があるじゃん。そしてその発想方法からすると……」

「敵の敵は味方……だから……」なんとなく涼も宮村の考えが分かって来た。

 計算が合わない。

確かに生存者たちは拓にとっては人質の価値はある。しかしサクラにとってはあまりない。逆にもしファイナル・ゲームが始まってしまえば、敵味方は入れ替わることになる。一転、テロリストたちにとって生存者たちに危害を加えればサクラが怒り、交渉しづらくなる。

彼らにとって、サクラの<核兵器捜索ゲーム>は、そもそもがイレギュラーなのだ。

「そっか」ぽふっ……と飛鳥は手を打つ。

「そもそも、今やってきとる連中と村田はグルやった……という事やな」

「…………」

 唐突に…… 何事もないように話の核心を突く…… それが飛鳥である。その言葉に二人の表情が変わった。

「……ん? 何や、二人共そんな真剣な顔で。そんな驚かんでも、どっちにしてもあいつら悪い奴って事に変わりないやん今更」

 核心には辿り着いているが、その意味までは分かっていない…… それも飛鳥である。

 涼と宮村はそこに重大な問題点がある事に気付いた。

「ヤバい…… 東館に皆まとまっていること、村田も知っているよ多分」

 宮村はそう言って頭を抱えた。提案したのは宮村だったが、<新・煉獄>だけが爆破されたことを考えると、宮村が言わなくても村田が提案しただろう。理に叶っている提案だが、それは村田が味方である、という前提があった。村田が執拗なまでに執着していたのは拓とサクラ(と飛鳥)だから、もはや生存者たちには手を出さない…… と思い込んでいた。だがテロリストの襲撃すら村田の計画通りだとすれば、その考えは甘いのではないか? 肝心の村田本人も拓と共同せず地下に姿を消したではないか……

「水素爆弾の事だって、村田は知っていた。島外の米軍の秘密施設にまで村田は動画を用意していたの。それも、サクラちゃんが核兵器を解体して持ち込むことまで見越して!  何を企んでいるか分かったものじゃないよ!」

「ふむ」

 ……やはり村田は相当頭が切れる危険人物だ…… 三人は改めてその事を認識した。

「よし!」

 二人の話を聞き、飛鳥は立ち上がると鉄パイプを掴んだ。

「じゃあ、とりあえず偵察してくるわ。留守番よろしくな~」

「ちょ…… 飛鳥ちゃん!」

「サクラちゃんが戻ってくるのを待ってからでもいいんじゃ……」

「あいつが戻ってくるまで5分はあるやろ。幸い東館はこの上やから、チャチャッと行って様子見て戻ってくる。二人はここ居ってええよ~」

 飛鳥にとってサクラは相棒だが、リーダーではない。

 そういうと飛鳥はいつも通りの様子で部屋を出て行く。涼と宮村は顔を見合わせる。飛鳥を一人で行動させるな、というのはサクラの指示だ。飛鳥には強烈な生存本能と携帯バリアーがあるから本人の危険は少ないだろうが、何が起きるか、何を起こすか分からない。そして、涼と宮村の二人だけというのは心細い。テロリストたちはこの<煉獄>に向かっているのだ。一応この部屋は鍵が掛けられるセーフ・エリアだが、何が起こるか分からない。

 結局、二人も装備を背負い飛鳥の後を追った。サクラには、ちゃんと伝言メモを残し、無線機も持っていく。サクラのほうに何かあれば様子見を止め戻ればいい…… それで問題ないだろう。もう島には狂人鬼はいないようだし、<死神>たちもテロリストを警戒してか、姿は見えない。

「私たちも行く! 飛鳥ちゃん一人じゃ何があるかわからないし、第一飛鳥ちゃんは東館のリビングの場所よくは知らないでしょ」

「ふむ。なら一緒に行こか~」

 涼も宮村も、状況判断が楽観的になっていた。常に計算高く非常にポジティブ志向のサクラ&飛鳥に毒されすぎたのかもしれない。サクラや飛鳥はなんだかんだと危機に陥っても、ポジティブ・シンキングでなんとかしてきた。それに付き合ってきた二人は、危険に対して自分たちもサクラ&飛鳥たちと同じだと錯覚してしまった。これが痛恨の判断ミスになることを、彼女たちは僅か数分後に身に染みて思い知る事になる……



クラウディア号/MI6特殊工作船 午前11時12分


「後続の<SEALs>と日本の<SAT>も船に入りました。制圧作戦に入ります」

「<DEVGRU>とFBIの第一チームはメイン・フロアーに侵入成功」

「<ヒュドラ>のセキュリティー・ルームに侵入。現在交戦中」

「操舵室、制圧。船停船させます」

 作戦は概ね成功していた。突入した世界最高クラスの特殊部隊たちは、瞬く間に船の制圧に成功しつつある。味方陣営の負傷者は数人出ているようだが死者はなく、十秒単位で一つ一つエリアを確実に制圧し、支配していく。

 問題は肝心要のカミングス一派と<P>が未だ補足できないことだが、それはユージに任せている。下手に口出しせずとも、セキュリティーとナビゲーションさえ指示すれば、ユージ=クロベ捜査官なら一人でやってしまうだろう。しかも彼らがどこに向かっているかは、予想がついている。

 このクラウティア号は大型客船で、元々はホエール・ウォッチングをしながら太平洋からインド洋を回る船だ。設計図に、上舷の最深部に、海中遊泳用の小型船水底が設備されている。間違いなくそこに向かって進んでいる。それはエダに取り付けた発信機の軌跡を見ても分かる。問題はそこに辿り着かせない事だが、ユージがすでに動いている。カミングス一派…… ナザロと<レディー>のナディア、クーガン、そして人質のエダ。後は護衛と思える私服警備員2人がまとまって移動しているが、6人の移動速度より、ユージ一人の移動速度のほうが速いはずだ。

 素晴らしいといっていい成功だが、<M・P>はそれらの報告に大喜びすることはなかった。船のデーターは事前に入手しており、潜入作戦開始すぐに彼らが最も信頼を寄せていた最新型電子セキュリティーはハッキングしてこちら側で操作できるようになっている。送られてくる情報は膨大だが、世界屈指の<M・P>とJOLJUのスーパー・コンピューターが共同で作業しているのだ。遅れを取るはずがない。

「中々楽しいゲームだったヨ。まぁ、でも僕たちの勝ちだね、これは」

『まだそう楽観はできんぞ。中国海軍と思われる潜水艦が近くにいる』と言ったのはコールだ。

「コール支局長。それは僕の仕事ではなくそちらの仕事だよ。それは政治問題に属するからネ」

 作戦の全体指揮を行っているのは米国FBIグレード6のコールだが、ここは日本だ。中国艦が領海侵犯した件は、状況を考えれば本件と関連していることは明確だが、中国側も馬鹿ではない。おそらくカミングス一派や村田を回収することが目的で戦闘になるとは考えられない。日本領海内での軍事行動ということになり、それはもはや犯罪ではなく軍事紛争事件だ。これまでほぼ無関係だった日本政府と米国軍が動き出し戦争勃発という事になりかねない。むろん中国政府はそんなことを望んではいない。そしてそういう外交面で日本政府と共同したり中国に圧力をかけ中国艦を撤退させるのはコールの仕事だ。

「それはそうと、だよ。ちょっと引っ掛ることがあるんだよ。考えすぎじゃないといいけどねぇ」

 <M・P>は引き続きキーボードを叩きながら、コールが映っているモニターのほうを見た。

「順調すぎるね。そりゃこっちは最高のスタッフに最大限の準備と作戦を立て実行した。だが<ヒュドラ>やカミングスだって自分たちに部隊が送られる危険を全く考慮していなかったとは思えないんだよね。4日間もその海域にいてだよ? 暢気すぎるよねぇ~」

 サバイバル・デスゲームの一報が入ったのは早く、最初の夜にはユージに伝わり、その後すぐに衛星によってクラウディア号の場所は発見されている。だがクラウディア号は海域を去ることもなくこの場に居続けた。米国による秘密軍事作戦が執行される可能性は、もっと早い時期に行われる可能性もあった。もしそうであればクラウディア号はあまりに無警戒すぎる。あれほど緻密かつ巧妙な規格を作った組織とは思えない。

 その時だった。<ヒュドラ>のセキュリティー・ルームの制圧指揮を執っていたソーヤ捜査官から連絡が入った。予想していない話だった。

「カウント・ダウンが始まっている? ええっと…… それ、確認できないんだけど?」

船のセキュリティー・ルームは船内と島、双方の映像が集約されている最重要エリアだが、そこは真っ先に支配し、<M・P>が把握している。だが特殊工作船側のモニターには何の変化も見られない。

『映像をそちらに送ります』

 ソーヤ捜査官は突入部隊からカメラを借り、モニターを映した。映し出されたクラウディア号側のモニターには、全モニターにでかでかと赤いランプでカウント・ダウンの数字が現れている。

 俄に<M・P>の体内のアドレナリンが急激に上がった。カウント・ダウンはすでに1分を切った。突入部隊にも動揺が広がっている。誰が見てもこれは自爆ではないのか。

「カミングス一派はまだ船内だろう? 自爆するには早いと思うんだけどねぇ」

「<ヒュドラ>関係者を尋問しろ!! 捜査官」と叫んだのは特殊船に搭乗し監督していた英国海軍ブレディ少佐だった。しかしそんな事はソーヤたちも分かっている。生きて逮捕した警備兵たちもその正体を知らなかった。カウント・ダウンは僅か3分前に始まった、ということだ。

「こちらで調べよう。時間との勝負、いいね。ゲーム的だ♪」

 そう答えた<M・P>はすぐに作業に入った。これまでの通信履歴、会話、映像に怪しい点がないか検索をかけつつ、これまでの捜査記録にも検索をかける。

 そして作業に入って11秒後…… カミングス一派のクーガンが、4分前何かを操作している映像を見つけ出した。おそらくこれが起動スイッチだ。だが、その反応はメイン・管理コンピューターには何も反応していない。つまり、このカウント・ダウン表示は全く独立した、カミングス一派が仕込んだものだという事だ。

「誰でもいい。このことをミスター・羽山に確認してくれ」

 可能性を一つずつ消していく。この船は羽山が属する日本企業所有の船で、羽山は日本組織のトップだ。何か知っているかもしれない。

 ……自爆は合理的だ。だけどまだ早い……

 この船が爆発し沈めば証拠も関係者も全て排除できる。だが今この段階では黒幕のカミングス一派まで消えてしまう事になる。また、多くの裏社会の人間を巻き込み殺すということになれば関係者は今後裏社会から追われ続けるだろう。第一、そんなものがあるのであれば、その自爆爆弾とエダを盾にして突入の阻止を交渉することができるはずだ。合理的ではない。

 カウント・ダウンが35秒を切った時、エダに身につけさせたカメラに問題のクーガンらしき男が合流するのが映った。クーガンもナザロやスディア、エダと共に潜水艇に向かっている。これで船を完全に沈める計画はないと見ていい。じゃあ何だ?

 データーの一挙消去か? それならば問題はない。もうシステムを乗っ取っとり必要なデーターは共有している。第一システム・ダウンすれば困るのは防衛側である奴等のほうではないか?

 30秒を切った。その時羽山と交信していた分析官が、立ち上がる。

「ミスター・羽山の車がこの船にあるそうです!! その車ですが何か積み込んであるとの事です!」

「車……」すぐに船内の駐車エリアを映す。日本人客の送迎用の車があるが、それほど台数があるわけではない。羽山の車はその中に混じっている。場所は船首近くで、メイン・フロアーから遠く、近くにチームはいない。

 20秒を切った時、クーガンの通信と駐車場との間で通信した形跡を発見。やはりクーガンは何かの信号を送り、それが羽山の車に積まれた何かに反応した。カウント・ダウンの信号は、そこから発信されている。暗号回線ではなく、ただの電波信号だ。

 15秒…… カミングスたちは立ち止まり、その場に伏せた。感度が悪く会話からは分からない。

 ……まさか……

 船底に配備されてある潜水艦を確認する。システム上で確認するかぎり、潜水艇は旧型で、しかもエンジンに火は入っておらず無稼動状態だ。おかしい。今すぐにも船から逃げようとしているのに、どうして稼動していないのか……

 <M・P>の脳裏に、ある可能性が思い浮かんだ。だとすればもう手遅れだ。

「クロベ捜査官!! 閃光爆発に備えてくれ!」

<M・P>は振り返り、全員に向かって叫んだ。

「特殊工作船の機能を全てすぐに落とすんだ!! ヘリを着水させろ! 全電源停止!!」

「何があるんだ<M・P>!」叫び返すブレディ少佐。

「おそらくこれは……!!」

 <M・P>が立ち上がった瞬間…… 大爆発音と閃光がクラウディア号を包む。その直後全てのモニターが消えた。そして瞬く間もなく、凄まじい衝撃が特殊工作船に襲い掛かった。


34/生と死3



特別機機内 午前11時16分


 <ヒュドラ>事件対策本部…… 米国政府専用特別機は、それ自体が大きな移動作戦基地であり、政府の執行機関でもある。そして日本上空を、どこに降りるわけでもなく大きく旋回していた。どの空港でも状況に応じて降りられるためにだ。

 この特別機の主が、<ヒュドラ>事件対策本部長で捜査、軍事、政府対応を一任されたFBI・NY支局長コール=スタントンである。本事件に関しては、米国大統領の代理といっても支障ない権限を持っている。

 事件が大きく動いたのは日本時間午前11時を過ぎたあたりからだ。核兵器、ロシアのテロリスト、カミングスとの接触、中国潜水艦…… 立て続けに重要事案が持ち上がり、捜査の指揮や日本政府との応対も激しくなっていたところだった。

 慌しくなったところに、突如本事件のため沖縄上空で稼動していた人工衛星が機能不全になったという報告を受けた。そしてユージと英国海軍所有の特殊工作船との交信も途絶えた。

「クラウディア号で爆発が起きたようです」

 様々な情報が行きかう中、臨時秘書官がそう告げた。

「ただの爆発ではありません。どうやらEMP爆弾が使用された模様です」

「EMP……!? EMP爆弾だと!? それで衛星が破壊され、クロベたちとも連絡が取れなくなったのか!? 被害は!?」

「部隊を移送用したヘリ二機は墜落。監視衛星機能停止。突入した部隊がどうなったかは分かりませんが、爆発による直接ダメージはないと思われます。ただし、各種電子機器兵装は全て使えませんし、こちらからの指令も届きません」

 EMP爆弾…… 電磁パルス爆弾は破壊兵器ではない。電磁波爆発を起こし、電子装置は全てを焼き潰してしまう。上空にあった人工衛星から、携帯電話に至るまで全ての電子機器は破壊された。おそらくクラウディア号ももはや船としての機能はなく、ただ浮かぶ鉄の箱でしかない。

「EMP爆弾を開発できるテロリストがあるとは思えんが」

 核兵器開発のように材料調達やテストが困難な兵器ではないが、高度な科学技術が必要で予算も掛かる兵器だ。

 米軍でも秘密裏に所持しているが核兵器並に厳重管理されているし、核兵器より新しい最新兵器だから勝手に盗み出したものではない。開発した場所があるとすればハミルトン社だろう。

 だが今はそれを追及している場合ではない。

「EMPの効果範囲はどうなのだ? 他の艦船や航空機、そして島の状況は」

 コールが問うた時には、すでに被害状況はまとめられていた。

 一般艦船や航空機への影響はなし。効果範囲はクラウディア号半径20キロで、この作戦のため民間船には規制がかけてありこの範囲になく、米国空母はギリギリ効果範囲外にあり僅かな影響で済んでいる模様。島も同様のようで、先ほど拓と電話が通じたから影響はないようだ。

 だが、大きな問題が二つ。

 まず、これで<ヒュドラ>の全てのデーターは消去された。船にあったメイン・コンピューターは全て壊れた。セキュリティー関係も破壊されたはずだ。それによって電子扉が開放されたのか、逆にロック状態になったかは分からない。

 そして、混成部隊を指揮できる人間がいなくなった。

 この作戦の指揮者はユージ、<M・P>、コール……この三人だ。ユージは現場の最前線だが単独行動で部隊を指揮しておらず、全体の指揮を通信によって行っていたのはコールと<M・P>だ。だが通信手段は完全に破壊された。もはや現場の部隊指揮官に任せるしかないが、捜査のプロ<FBI>、人質救出のスペシャリスト<DEVGRU>、戦闘のスペシャリストの<SEALs>、政治的理由により投入した日本の<SAT>……どの組織もそれぞれのルールがあり、各個、独自の判断で連携しあう事は不可能だ。

 捜査状況としては絶望的だった。

 この絶望的状況に思わず顔を手で覆うコール。

 その時だった。コールの作戦用の携帯電話が鳴った。この携帯電話番号を知っているのは捜査関係者だけだ。そしてそこには<クロベ>と表示されていた。作業する全員が驚愕の表情でモニターを見た。クラウディア号のど真ん中にいたユージの携帯電話がどうして使えるのか…… 有り得ないことだ。だがコールは冷静さを取り戻し携帯電話に出た。

「無事か、クロベ捜査官」

『俺は無事です。今さっきの爆発の詳細を知りたい。EMPでしょう? 現状は』

「お前の携帯は無事なのか!?」

『俺のものは特別です。今移動中だから手短に!』

「分かった。口頭では時間を食う。すぐにデーターで送る」

 ユージの回線が無事だという事にスタッフ一同面食らいながら、すぐに作業に掛かった。

 その間にユージは走りながら船の様子を報告してくる。機関は停止、全てのセキュリティーは破壊され開放された場所とロックがかかった箇所が混在。電磁波によって脳震盪を起こした者、鼓膜が破れた者、体調不良で倒れた人間が多数いる事など。さすがにユージは場慣れしていて焦りも動揺もしていない。

『この携帯電話をソーヤ捜査官に渡します。支局長はそれで全体の指揮を執ってください。俺はこのままカミングス一派を追います。自爆をした以上、奴らは本格的に逃げる気だ。俺はそっちに専念します』

「分かった。そのようにしよう。しかし……」

『方法はこっちでやります。2分後に連絡を下さい』

 そして、電話は一度切れた。

 一方、クラウディア号のユージ。

 少し走る速度を遅め、送られてきた被害情報に目を通すユージと、ユージの肩の上でそれを一緒に見るJOLJU。

 EMP爆弾の効果は知っているし、先の爆発が電磁波パルス爆発だったことはJOLJUが先に教えてくれた。被害は大きいが、それは運営側も同様だ。これはカミングス一派だけが逃げる、ただそれだけのために行った証拠隠滅行為にすぎない。

 一通り目を通し、ユージはJOLJUを掴んだ。

「JO?」

「よし。お前、この携帯を持ってソーヤ捜査官のところに行け。テレポートなら一瞬だ」

 そういうと携帯電話をJOLJUに持たせる。テレポートするのはJOLJUだけでユージはこのままカミングス一派逮捕に向かう。JOLJUは少しだけ首を傾げた。

「オイラ姿見えたらまずいんじゃないの?」

「上手くやれ! <非認識化>したまま俺の音声を使うなり、ホログラムで化けるなりなんなりと工夫しろ! お前の良識範囲内の方法でいくらでもできる」

「むぅ…… 簡単に言うJO」

「今は指揮する人間が必要だ! 俺は行けんのだから他に手はないだろう」

 ユージはもうテレポートに耐えられないし、ユージにとっては全体の混乱を収束させるよりエダのほうが心配だ。カミングスたちの逃走ルートと自分が進むべきルートは頭に入れた。船の制圧は誰かが指揮を執らねばならず、この場合特例で本事件のみグレードがあがったユージより、すでに政府高官であるコールのほうが最適だ。

「むぅ」

ユージの携帯電話に備わっている生体セキュリティーを解除し、普通の携帯電話にできるのは製作者のJOLJUしかいない。今、通信可能な回線がこれしかないのだから、他に手段はない。

「しょーがないJO」とJOLJUもユージの判断の正しさを認めた。渡すだけならば別にJOLJU自身が捜査に手を貸しているわけではないからJOLJUのマイ・ルールにも抵触しないだろう。多分……

「でもオイラなしでユージは大丈夫かだJO?」

「馬鹿か。俺はいつもお前なしに仕事している。くだらん心配はするな!」

 ……いや、今回はメチャクチャオイラを利用してるJO…… 

とJOLJUは口にしかけたが寸前で飲み込んだ。言えば拳骨が飛んでくる。ユージの拳骨は痛い。

 JOLJUは了解し、ユージの肩の上で携帯電話を受け取り飛び降りる。

 そしてテレポートしようとした直前、走り去っていくユージが前言を見事に翻す。

「ちゃんと俺の動きは把握しておけよ! 俺が呼んだらすぐに来い! 分かったな!!」

「…………」

 JOLJUが反論する間もなく、ユージはそう言い捨て、走り去っていった。

 数秒間…… 「理不尽だJO」「ユージはサクラ並に自己中だJO」と独りで呟いた後、JOLJUの姿はその場から消えた。



紫ノ上島 煉獄 午前11時18分


 拓はゆっくりとHK G36Cを下ろした。

 目の前には二人の射殺体が転がっている。二人共、拓が奇襲し仕留めたテロリストだ。一人だけは負傷させられたものの獲り逃がし、西の森のほうに逃げられてしまった。

「殺さず逮捕したかったけど」

 倒した二人の生死を確認しようと思ったが、その必要もなかった。一人は頭を撃ちぬきさらに胸2発、もう一人には喉の他胴体に4発撃ち込んだ。ついさっきまでもがき、拓が駆け寄ったが目前で崩れ、事切れた。

 二人共ロシア人のようだ。フル装備に最新通信機、防弾ベスト、自動小銃…… そしてガイガーカウンターを持っていた。核兵器対策装備をしている。……これといってプラスになるような情報はない。

 その時だった。

 西の森から激しい銃声が聞こえ、拓は振り向き銃を構えた。

 フルオートの激しい応酬だ。激しい銃撃戦はまだ続いている。

 ……1対1じゃない。複数の人間が撃っているぞ……さっき逃がした奴か……?

 自動小銃、ショットガン、SMG…… 誰か一人を複数が囲んでいるのが銃声だけで分かった。発砲の間隔から考えてプロだ。

 拓は<煉獄>の奥の地下通路……セーフ・エリア6の方向を見た。確かサクラたちがそこにいると聞いていたが出てくる気配はない。<非認識化>のサクラか、バリアがあり村田も一目置いている飛鳥あたりがひょっこり様子を見に来るかと思ったがその様子もないし、合流するという約束もしていない。

 ……行くか……

 拓はHK G36Cの残弾を確認し、戦闘態勢のまま西の森に向かい、歩を進めた。

 坂の中間当りまで進んだ時…… その銃声が、止んだ。

 拓は一度、歩を止めたが、すぐに足を動かし、ゆっくりと進んでいった。



紫ノ上島 地下3F通路 同時刻


「…………」

 カミングスとの電話が繋がらない。

サクラは難しい顔で携帯電話を見つめる。繋がらないというより、相手に携帯電話の電源が切られているようだ。

 サクラは携帯電話を操作し、セシルに回線を切り替えた。

「おい! どうなってンだ!? アンタが言うカミングスって奴も、羽山っていうヤツも皆携帯電話の電源切ってるんだけどぉ!」

『ちょっと待ってください! 今こちらも色々起きていて大変で』

 確かに電話の向こうのセシルは慌てている……というより、混乱している。サクラの文句も、それどころではないという様子でちゃんと聞いているのか?

 ……何があったんだぁ……? 今度は誰が何やらかした……??

 セシルが慌てふためく…… こういう事はこれまでなかったわけではない。他の事件でも散々危ない橋を渡らせたり、問題難題の尻拭いをしてもらってきた。

セシルは優秀で冷静だが、自分の容量範囲を超え処理が追いつかない時、セシルはまず原状回復と整理を選ぶ。それはそれで有能な対応なのだが、サクラたち無鉄砲組からすれば、セシルのソレは立ち止まりになる。

「分かった分かった。とりあえず何が起きた? これじゃああたしはユージの頼みが達成できないんだけど? これで殴られるのあたしなんだけど?」

 カミングスに電話して足止めしろ…… というのが数分前ユージから届いたメールに内容だ。していないと後でバレたら叱られるではないか。ユージの拳骨は痛い。

『そういえばサクラ! ユージさんからメールが来たんですよね!? ユージさんとの連絡は今取れるンですか!?』

「とれん。でも電源が切れているんじゃなくて通話モードになってる。んー…… 生体判別だと、JOLJUのコードが出るから今ユージの携帯はJOLJUが使っているみたい」

『携帯電話は起動してるんですね!! 間違いなく!』

「何を当たり前な……」

『島の電子機器は正常なんですか!? 無線とかも使えるんですか!?』

 ……やっぱり変だ。

一先ず言われたとおり無線で飛鳥を呼び出してみたが反応はない。だが無線機自体は生きているから、多分無線機を置いたままどこか出かけたのだろう。今の会話を素直に返すななら「無線機反応なし」という事になるが、なんとなくサクラは嫌な予感を感じ即答しなかった。

「セシル。落ち着いて、まず、何が起きたか教えろ」

『特殊工作船が突然ロストしました。監視衛星もエラーが出て、ここからアクセスできません。米国のほうにも連絡してみましたが情報が錯綜して部外者の私が入れる状態ではないんです』

「ふむ」

 セシルの活動は、一応コールの特別対策室やアレックスの米国本土のFBI対策室と繋がり、さらに唯一サクラとの直接回線が常時繋がっている。ただしその作業を行っているセシルのアクセス権はグレード3で、グレード6のコールやグレード5のアレックスとは大きな差がある。セシルには国家の安全に関わるような重大な情報にはアクセスする権利がない。状況観察と予想はできるが、確認はできない。それでセシルは戸惑い混乱しているようだ。

 ユージの携帯電話が生きていることを考えると、ユージとJOLJUの活動は継続している。だがユージをバックアップしていた特殊工作船は行方不明。米国の監視衛星もおかしくなり使えなくなった。セシルのところにもJOLJU製のスーパー・コンピューターがあるが、セシルがその使い方を完全に熟知しているわけではない。

「核で自爆したかジャミング兵器か、なんかそういうのが使われたってトコ?」

『核は使われていません。それは別の衛星で確認しました』

「じゃあEMP爆弾とか?」

『そうか! EMP!! 容疑者たちが証拠隠滅のため自らEMP爆弾を作動させた…… 成程、そうかもしれません』

「ヲイヲイ…… 核の次はEMP爆弾? じゃあ後は気化爆弾かクラスター爆弾が揃えばフル・コンボだな。ないのは化学兵器くらいか」

 そう暢気に答えるサクラ。確かにEMP爆弾の詳細などはセシルの立場で確認できる事案ではない。しかしこれで納得がいった。今までの情報を聞く限り間違いないだろう。

 サクラは再び歩き出しながら、次の会話に入った。

「コールのおっちゃんでもイレブンでもいいから、放射能対策チームを手配するよう伝えといて。<モンスター・ルーム>にテロリスト4人閉じ込めて封印してきたけど、全員被爆しているから」

 プルトニウムに入れた亀裂は大きくないし、フロアーは広く頑丈な気圧室だ。数時間は問題ないし、もし連中がガイガー・カウンターを持っているなら、すぐに状況を理解して待避するだろう。どっちにしても連中の装備では出られない。連中の手当ては事後当局によって行われる。サクラはその事をセシルに伝えると、再び歩き出した。



紫ノ上島 東館 同時刻


「……なんや? コレ」

「私が見たときはこんなのなかったけど?」

「鍵……ですよね? どう見ても」

 東館のメイン玄関の前には巨大な電子錠が嵌められている。飛鳥、涼、宮村の三人はこの電子錠のため東館の中に入れないでいた。錠はこのメイン玄関だけではなく、地下通路からも入れなくなっていた。

「片山さんたちが防衛用に仕込んだンやろか?」

「これ、外から嵌めたみたいだけど……」

「決定的に怪しいのはコレだけどね」

 そういうと宮村は玄関前に置いてあった小型ボイスレコーダーを掴み上げた。勿論こんなものは初めて見る。

「やっぱりこれって<聞け>っていう事だと思うんだけど、ぶっちゃけ罠じゃない?」

「こういうパターン…… あんまええ事やない予感プンプンやな」

「同感」と頷く宮村。その時ハッと涼が顔を上げた。

「これって、もしかしてファイナル・ゲームの何か……なのかな?」と涼。

 三人、黙って顔を見合わせる。これまでの経験からだと、これはサタンが好きそうなゲームのパターンに当てはまる。思い出せばファイナル・ゲーム開始まで後10分だ。

 だが、東館に何かあったとして…… 飛鳥たちがここに来る予定があったわけではない。

 ということは、どうやらこれまでも何度かあった<ワープ>したことになるのだろうか? セカンドゲーム時、サタンの誘導より先に武器を見つけたときのように。

「ということは、ウチら的にはソレを聞かないかんって事やな」

 うんうん、と頷く飛鳥。宮村は拓もサクラもいないのに専行する事に抵抗感を覚えていたが、このままで悩んでいても仕方がない。

「分かった。聞こう! ファイナル・ゲームのことなら早く知っておいたほうが……」

 宮村がボイスレコーダーを持ち上げた時だった。突然のどこからともなく銃声が鳴り、9ミリ弾が宮村の左二の腕を貫いた。

「!?」

「宮村さんっ!!」

 左腕を押さえ倒れる宮村を、涼が慌てて抱きとめる。そして銃声がした方向に飛鳥は向いた。

「武器を捨てろ、少女たち」

 東館の建物の物陰から現れたのは、予想外の人物だった。ピート=ワイスだ。手には拓から預かったグロツク26が握られている。

「裏切り者っ!!」

 涼が叫ぶ。すかさずピートは涼の足元を狙って発砲した。

「武器を捨てろ。言う事を聞けば、殺さない」

 ピートはたどたどしい日本語で警告を発する。銃口は涼、宮村に向き、顔は飛鳥に向けている。ピートもこの中で決定権を持っているのが飛鳥だと分かっている。だから日本語の警告なのだ。

「ウチにケンカ売るとはええ度胸やな!」

 飛鳥はそう叫ぶとショルダー・ホルスターからワルサーP38を抜いた。が、撃たない。というより、飛鳥の腕で殺さず撃つことなんてできない…… 勿論それは牽制にもならず、すかさず、ピートは涼と宮村の傍の大地に向け発砲した。土が砕け、二人は身を震わせる。

「殺しはしない。お前は、武器を捨てて東館に入る。そこの少女二人は俺と来る。理解したか」

「そんな事させない!!」

 涼はヒップホルスターからHK USPコンパクトを抜く。

 だが戦闘経験の差は圧倒的だった。涼が抜いた瞬間、すかさずピートは銃口を涼の足元に連続して9ミリを放つ。凄まじい土煙が上がり、その勢いに思わず涼は握っていたUSPコンパクトを落とした。

 そこからが速かった。

ピートは牽制の弾丸を連続で撃ちながら走り、瞬く間に地面に落ちたUSPコンパクトに手を伸ばした。

「させるかぁぁ!」

それとほぼ同時に飛鳥はワルサーを捨て鉄パイプを握り、ピートに向けて思いっきり振り下ろした。

「!?」

 それは同時だった。

 ピートは飛鳥の鉄パイプを背中で受けながら、それでも銃を拾い銃口を涼たちに向けていた。すぐに飛鳥は第二撃をピートの背中に叩き込むが、それでもピートは銃を落とさず、飛鳥を睨みながら銃口を問答無用で二人に突きつけた。

「くっ……!」

「How Do you do!? 次は、撃つぞ!!」

今の飛鳥はパワー手袋がない。飛鳥は運動神経がいいといっても男に勝るはずもなく、ましてや訓練を受けた屈強な兵士を昏倒させるほどの威力が出るわけではない。ピートも撃たれたダメージがあり、そこにこの打撃はけして身に優しいものではないが、それでも手に届くほどの距離にいる少女二人の方向に銃口を向け、引き金を我武者羅に引くことはできる。狙うまでもない距離だ。

 ピートは苦痛に顔を歪ませながら、宮村を一瞥し英語で再び警告を発した。

「銃を捨て、お前は東館に入れ。そしてこの少女二人…… アイドル少女と英語が分かるショートヘア少女は俺と一緒に西館に行く。通訳しろ、ショートヘア! 撃ったのは腕で骨には当っていないはずだ。死ぬ怪我ではない」

「…………」

 宮村は痛む腕を押さえながら、苦々しい表情でピートの英語を日本語に翻訳し飛鳥に伝えた。これは飛鳥との交渉だ。いくらピートでも飛鳥だけはどうにもならない。涼と宮村は飛鳥に対しての人質、交渉の駒だ。

 いくら英語が苦手でも、今の状況は飛鳥も理解している。

問答無用このままこの自分より二周り大きいアメリカ兵を叩きのめせるか……?

 いや、最低でも一発は撃たれる。駄目だ。もしくは…… 飛鳥だけならこのまま走って逃げればいい。自分は撃たれても効かないし、負傷しているピートよりも足も早く島の地理にも精通している。逃げ切れるだろう。そうして飛鳥は拓やサクラと合流してその後巻き返すことも可能だ。だがピートは飛鳥を追わず、涼と宮村は捕まってしまう。村田と違いこの男は見せしめにどっちかを殺すくらいはしかねない。それでは意味がない。サタンにとって涼や宮村は人質としての価値はあっても重要人物ではない。しかし…… 

 五分五分といっていい状況だ。無言で激しい心理戦が、両者の間で交わされる。

 数秒間…… 飛鳥とピートは睨み合った。その間も飛鳥の鉄パイプには力が込められ、ピートの銃はその痛みに耐え銃口を震わせながらも二人を捉えている。

「一つ答えろ米国人! アンタ、何でこんな事するんや!? サクラと取引したやろ! もう言い逃げられへんど!!」飛鳥が日本語で叫ぶ。宮村はすばやく英訳した。

「ああ。もう戻る気はない。200万ドル頂いて俺は消えるからな!」

「200万ドル……買収されたんか!? サタンか! これはファイナル・ゲームのためのもんか!?」

 200万ドル…… 約2億円。この金額を聞いて飛鳥たちはすぐにサタンの仕業だと悟った。サタン……村田は現金で20億円、この島のどこか分からないが持っている。その一部だろう。村田はいつのタイミングか分からないがピートと接触し、買収したのだ。この数十分、村田は拓と協力関係にあり村田の行動は自由にあった。元々ピートは運営側の人間だ。村田にルートがあるなら、当局に捕まり取引するより、2億円持って雲隠れするほうがマシだと判断しても不思議ではない。

 飛鳥は全て理解した。

 この男がサタンの手先と化したのなら、ゲームを優先させる……!

「じゃあ、ウチらを人質にするのはファイナル・ゲームのため、やな?」

「イエスだ」

「……ウチが投降すれば、二人を無事西館に送るンか?」

「イエス」

「信用できへん! ……でも、しょうがないな。ミヤムー、大丈夫か? 涼っち、ミヤムーのケガ、ほんまに大丈夫そう?」

「掠っただけ…… 血は出ているけど弾は抜けているみたいだし骨も大丈夫そう」

 傷口は涼が圧迫止血をしている。拓のときのようにドクドクと脈打つような出血ではないから大きな血管にも当っていないようだ。骨が砕けている様子もない。大出血と銃弾による骨の粉砕骨折を、幸か不幸か涼は拓で経験していて、その状態は分かる。宮村の腕は軽傷だ。

「このアメリカ男は信用できへん。そやから、二人は東館に閉じ込めてって事にして、ウチのほうを西館に連れて行け。ウチが投降してお前が二人に危害加える……なんて事になったらウチがアホ見るだけやからな!」

……くそっ……! 私たちがこんな足手まといになるなんて……!!

飛鳥の気配りと立場、自分たちの扱いに宮村は口惜しくなる。飛鳥はぶっ飛んでいて考えなしのようだが、さすがサクラの相棒をやっているだけはあって、度胸と思慮は並大抵ではない。

 だが、これで飛鳥も事実上無力化することになるだろう。残るのは拓とサクラだけだ。

……自分たちに油断がなければ…… 飛鳥ちゃんは生かせたのに……!!

この中で一番年長なのは自分なのに! ……瞳に涙を浮かべながら、宮村は一語一句間違えずに飛鳥の言葉を英訳した。

 ピートは飛鳥の提案を聞き、了解した。

 飛鳥は鉄パイプを捨てた。ピートも銃をズボンに差し、後ろポケットから手錠を取り出しそれを飛鳥に投げた。飛鳥は黙ってそれを受け取る。

「二人が無事東館の皆と合流したら、手錠嵌めたる。まず二人の安全や!」

「OK」

 ピートは不敵な笑みを浮かべると、立ち上がった。

まだ飛鳥には意図がある。時間を稼ぐことで拓かサクラに見つけてもらう事だ。この異常事態はすぐに二人共知るだろう。二人に遭遇出来れば、飛鳥は遁走してしまえばいい。

 だがそれはピートも理解していた。そうならないためにも、すぐに行動に移した。

 時に…… ファイナル・ゲーム目前に迫った午前11時22分の事だった。


35/ファイナル・ゲーム1



紫ノ上島 西の森 午前11時23分


 拓が森の中に入り、100mほど奥に進んだときだ。木と木の間の窪地で蜂の巣になったロシア系のテロリストの遺体を見つけた。

 殺されてすぐの遺体。だが、遺体の前には5.56ミリ用の30連マガジン3本とボイスレコーダー、そして『<新・煉獄>に急ぎ行かれたし、<サタン>』と書かれたスケッチブックが残されていた。このテロリストの武装は剥がされている。

 すぐに拓は周囲を見回す。だが森に敵の気配は感じられない。

 拓はマガジン3本を背負っているバッグに入れ、HK G36Cを肩から吊るすとボイスレコーダーを取り、再生ボタンを押した。

 第一声で聞こえてきたのは、予想通りの男の声だった。

『こちらはサタンです。ゲームを妨げる無粋な無法者はこれで全滅です。ということで、僕たちの協力関係は解消、本来の立場に戻ります』

「……村田……」

『そこに置いてある弾は、予想外の戦闘で消費した捜査官へ僕からのささやかなプレゼントです。大丈夫、ちゃんと使えるので安心してください。そして、ファイナル・ゲームを始めるため急いで<新・煉獄>に向かってください。ああ、いい忘れましたが、全紫条家の館、地下通路は封鎖しましたので地上を移動して下さい』

 ここでボイスレコーダーの再生は切れた。

「何がプレゼントだ」

 拓は時計で時間を確認し、早足で南に向かって進んでいく。南に進み役場のほうから住宅地を抜けていく。地上を行くルートならばこれが一番早く近い。

 半壊した役場の一部が見えたとき、バッグの中に入れた無線機から音がした。すぐに無線機を取る拓。相手は村田だった。

「どういうつもりだ? 村田」

『時間がなくてボイスレコーダーには話したいことを全て入れられなかったので…… <新・煉獄>に着くまでの暇つぶしに、少しお喋りしたいと思いましてね。ああ、<死神>は、今は徘徊していませんから安心して会話ができますよ』

 無線の向こうからは環境音が聞こえない。声はクリアーに聞こえるから、おそらく地下の1Fか2Fのどこかか、全紫条家を封鎖したと言っていたから紫条家の館のどこかかもしれない。

 だが村田を探しに行くことに意味はない。今はもう彼のゲームの中に戻った。そして村田にとって最大の山場であるファイナル・ゲーム開始午前11時30分まですぐだ。

 拓は無線にボイスレコーダーを当て、録音ボタンを押してから喋り始めた。

「上手く利用したな、俺たちを。<死神>一人、生贄にして」

『<死神>が僕を襲う、と判断したのは捜査官で僕が明言したわけでも助けを求めたわけでもありませんよ。いや、失礼。そうなるように仕向けたのは僕ですけどね。様々な思惑と問題が混み合っていました。それを整理するためには、一時でも捜査官と手を結び、自由な時間が僕には必要でした。そして貴方はそこに居てもらわないと困りましたので。でもその点に気付くのはさすがですね。どうも今気付いたというわけではなさそうですし』

「襲ってきた<死神>は一人だけ…… 四面楚歌のはずが単独行動を頼んでも平気で応じた。<死神>が事実離反したのならファイナル・ゲームどころじゃないはずなのに、お前はファイナル・ゲームまで、と時間を制限していた。お前は自分で今起きている問題が茶番だと証言していたようなものだ」

『成程。そう言われてみればその通りですね』

「どうしてそこまでファイナル・ゲームに拘る?」

『そりゃ僕はゲーム・マスターですから。決められたゲームを予定通り行うのが仕事です』

「そこが分からない。どうしてそんなにゲームに固執する?」

 拓は役場前に出た。役場周辺も住宅地にも人気はない。<新・煉獄>のほうからはうっすら煙が上がっているのが見えた。視界のどこにも監視カメラはないし、テレビモニターもない。ここも人気は感じない。

「賭けゲームはとっくに終わった。そして強毒性変異狂犬病ウイルスの売買も、もう行われないだろう。本土の組織はほとんど壊滅、あのテロリストやカミングス一派含めたお前の黒幕も今頃アメリカ政府の部隊に制圧されている。誰も見ていないファイナル・ゲームを行う意味はない」

 もう暴かれるべき組織や秘密は全て暴かれ、そのほとんどを壊滅に向かっている。それは連絡を密とはいえない拓も知っている。第一、この期に及んで、村田に一体どんな球が残されているというのだろうか? 

「馬鹿な事はやめて投降しろ。もうお前たちは終わりだ」

『ありがたい話ですね。まだ僕にそんな情状をかけてくれるなんて。捜査官は本当にいい人だ。ですが、それはファイナル・ゲームが終わってから考えます』

 村田は平常どおり会話を返してくるが、肝心のファイナル・ゲームに関することや動機に関することは全く答える気がないようだ。

「そのファイナル・ゲームとやらは何をさせるんだ?」

『それを教えるには、まだ数分あります。焦らないで下さい。<新・煉獄>、午前11時30分に告知、スタート。……そして本日正午に全て終了、この流れだけは変わりません』

「かたい奴だな」

『これは捜査官にだけ伝えているわけではないですから。……聞いていますよね? サクラ君。ああ、捜査官からは見えないと思いますが、サクラ君もこの無線周波数を拾って僕たちの会話を聞いています。ですから捜査官との私的な話半分、サクラ君へのメッセージ半分なのです』


 同時刻 紫条家東館近くの森


 無線機を握り黙って会話を聞いていたサクラは、突然の名指しで思わず酢を飲んだような表情になった。

 ……そりゃあ無線傍受くらい気付いているだろうけど厭味な奴だ……

 サクラは溜息をついた。そして左手に握ったボイスレコーダーを見た。

 飛鳥たちは捕まったようだ。そして東館の出入り口が全てロックされているのも確認した。電子式の仕込み鍵のようで鍵本体がどこにあるかは分からなかった。鍵が分からなければ開錠はできないし、<ニンジャホーム>に行って全電源を落とすには時間がかかる。

 全員が人質になった。

 今の村田の口調からして、ファイナル・ゲームの対象者は始めから自分と拓、二人と決まっていたようだ。村田が認めた飛鳥は入っていない。

「つまりあたしと拓にしか出来ない事、か」

 飛鳥が駄目でサクラと拓ならできる事…… 共通点は一つしかないではないか。

「くそ…… 拓ちんはともかくサクラちゃんも村田と同じレベルとか…… 嗚呼腹が立つ! 胸糞悪いっ!」

 拓とサクラだけが出来る事…… それは、躊躇なく人を殺せる事だ。事実だが、それを正真正銘サイコパスの村田に言われたくない。

 だがこの会話で、ほぼファイナル・ゲームの内容も分かった。

 ただ拓も感じていたとおり、村田の意図がさっぱり分からない。セシルの話とおりなら、クラウディア号でEMP爆弾が使われた。王手…… ユージたちがそこまで追い詰めたのだ。一旦は王手を防がれたが、もう敵組織は最後の持ち駒を使った以上、ユージが圧倒的優勢なのは間違いない。将棋でいえば、村田は敵陣に一つだけ深く差し込まれた飛車か角のようなものだ。敵陣でいくら飛車角が暴れても、玉が取られたら勝負は終わる。今、村田陣営の玉の周囲は全てユージの駒で埋まっている状況だ。

「やけっぱちか嫌がらせ? ……あの村田が?」

 飛車角だと思っていた駒…… もしかしたら全く別の第三者の駒なのかもしれない。この将棋は、一対一だと思っていたが二対一だったのかも…… だがそんな存在は感じた事はないが。

『<新・煉獄>には新しくモニターとデッキを用意させてもらいました。これまでのような高画質なものではなく安いDVDプレーヤーですが午前11時30分丁度に内容が始まるように、すでに映像は流れています。ですから、二人共遅刻のないようお願いしますね。見逃しても再放送はありませんから』

 これまでの戦闘で、住宅地や煉獄周辺のカメラやモニターは破壊してしまっている。映像で伝えるというのは村田のこだわりか、このゲームのルールかは分からない。良い材料として受け取るならば、もう村田たちにはそういう芸当をするだけの機材がない、という事だが。

「……つまりはファイナル・ゲームだけは予め録っていた…… ふむ、確定だな」

 サクラはこれから起きるゲーム内容を凡そ理解した。

 村田がそれを行うためには、まだ村田側にゲームに参加させるためのコインが足りない。一枚のコインは生存者全員を人質、二枚目はおそらくアレ…… だがこれだけでは足りない。まだ村田にレイズするためのコインは何か…… それが僅かにサクラにも分からず、気になる点だった。

「ま。どうせ数分後に分かるか」

 その時は来る。

 サクラは歩みを速めた。11時30丁度辿り着いたのでは拓との相談や情報交換もできない。まだ紫条家敷地内で地下道が通れないなら、走らなければいけない。

「ええぃっ! メンドイっ!!」

 サクラは跳躍し、そのまま上昇した。飛べば5分以内に辿り着く。もうサクラが飛んでいる姿を捉えるカメラも、見られて困る一般人もいない。空から行けば、拓もすぐ発見できるだろう。


 

クラウディア号 船内最深部 午前11時25分


 遊覧用潜水艇乗り場。吹き抜け二階の娯楽用に作られたフロアーだ。中央に巨大なプールがあり、潜水艇がそこで浮かんでいる。

「速やかにあの潜水艇に乗って頂きます。ファーロングさん」

「…………」

 <レディー>の口調は丁寧だが、命令だ。もうエダは賓客兼人質ではなく、貴重だが場合によっては盾にする完全な人質となった。それはエダ本人も自覚している。

「相手がプロであれば素直に命令に従うほうがトラブルは少ない。相手がヤク中や素人の犯罪者の場合、お前の戦闘力が上なら反撃しろ」

 それが日頃からユージがエダに言い聞かせている教訓だ。ユージとエダの関係上、どれだけ裏社会がエダを特別扱いしていても、そういう事に無頓着な無頼やチンピラたちは無数にいる。未だに身の程を弁えない犯罪者にユージが襲われるのは、それだけユージの名は裏社会では大きい獲物でもあるからだ。勿論その程度の犯罪者たちにユージが殺されるはずがなく、逆に「手っ取り早い馬鹿チンピラ狩り」とユージは平然としているが。

そういう愚者ではなく、ユージの報復を考慮しても利害があるという時、エダは狙われる。その場合、エダが下手に抵抗すれば、その抵抗を封じるため逆に怪我を負いかねないし、命の危険も発生する。プロは物分りのいい人質に対しては必要以上の苦痛は与えることはない。

カミングス一派は、「物分りのいいプロ」だ。

だからエダは、黙ってその指示に従っている。

このまま潜水艇に乗せられれば…… コールやユージは潜水艇の撃墜行動を起こせなくなる。エダを人質として最大限利用するだろう。逃げるようなら構わず殺す。

 エダは黙って周囲を見渡した。

 警備兵が5人、潜水艇の作業員が3人…… そしてナザロに<レディー>、クーガン、私服警備が2人…… 警備兵や作業員たちは全員SMGを装備し周囲を警戒しながら作業を進めている。

 潜水艇からエンジン音が起き、船体が僅かに震え始めた。

「潜水艇起動に成功です、ミスター・カミングス」

 クーガンはナザロのほうを向き淡々と事実を告げた。

 この潜水艇は最終脱出ルートだ。EMP爆弾使用後という事も想定内で、この潜水艇は予め全てのブレーカーを落とし、全てのプラグやヒューズ関係を抜きEMPの影響を受けないよう用意していた。そしてEMP使用後、作業員たちが入り込み急ピッチでエンジン起動まで持っていった。元々数分で再起動できるようにセッティングはしてあったが。

「ファーミング嬢。スミマセンがこの先はこれを付けて下さい」

 クーガンがそっと手錠を差し出した。エダはそれを黙って受け取り、ゆっくりと両手に嵌める。

「キツく締めてください。出航後しばらくまでは」

「はい」

 エダは頷き、ゆっくりと手錠を締めた。それを見届けクーガンが頷いた時だった。

「……!」

 エダの中の第六感が、ハッキリと強い意志を感じ取った。何かが起こる! すぐに!

そう感じた瞬間、すぐに行動に移した。エダは突然その場に倒れるように伏せた。次の瞬間、猛烈な銃声が鳴り響いた。

「!?」

 驚くナザロやナディア、クーガン。激しく鳴り響き連続する銃声。反応することすらできず警備兵たち全員指を引き金に当てる暇もなく正確無比に頭部や胸を撃ち抜かれ倒されていく。そして咄嗟に銃を抜いたクーガンも右肩を撃ちぬかれた。

 僅か3秒も掛からず、10人が倒された。

 そして数瞬の沈黙の後…… 二階の物陰から、犯罪者たちにとって最も見たくない男が、姿を現し、ゆっくりと階段を降りてきた。

「この俺から、逃げ切れると思っていたのなら、随分甘い考えだ」

 その姿を見たエダの表情に、安堵の笑みが浮かんだ。他の人間にとっては死神だが、彼女にとっては最愛の男だ。

 現れたのは、両手に9ミリ拳銃を握ったユージ=クロベだった。

「二丁拳銃というのは非効率的だ。人間の意識は両手に別々のことを処理するように出来ていないし利き手もある」

 そういうとユージは左手に握っていた、弾の切れたワルサーPPQを投げ捨てる。

「それは俺だって同じだ。だから無駄弾が出る。しかし利点もある。使いこなせるのならば、圧倒的な制圧力だ。SMGより無駄弾が少なく確実に標的だけを撃ちぬける」

 普段DE44を競技銃のように扱うユージにとって、9ミリ拳銃は22口径を撃つより楽だ。片手の二丁拳銃でもその精度は落ちない。

「バ……化物奴!!」

 立ち尽くしていたナザロは、思わずその場にへたり込んだ。当然だろう。彼ら犯罪者にとって、ユージは絶対的な死神であり、もはや恐怖の対象ですらある。

 ユージの右手に握られたSIG P226は、ピタリと彼らのほうに向けられている。そしてユージはゆっくりと彼らに向かって歩いてきた。

 この潜水艇乗り場に到着したのは、ユージのほうが僅かに早かったのだ。そしてユージは一網打尽できるタイミングを見計らっていた。全員が視界内に捉えられる事ができるタイミングを。

「スティーブズ=ナザロ…… 刑務所に入っているはずなのにおかしいな。そして……ナディア=ダワム。俺が造った顔を持つ女…… 抵抗するのならしてもいいぞ。税金の無駄を省いてやる」

「…………」

 二人共、背中に銃を差し込んでいたがそんな隙などあるはずがない。この状態で少しでも動けばユージは容赦なく頭を撃ち抜く。15mほどの距離だが、この距離ならユージは耳でも目でも指でも寸分の狂いもなく撃ち抜くだろう。

「エダ、無事か?」

「うん。あたしは大丈夫」

「普段なら、一秒でもエダを人質に取った奴は生かしてはおけない。問答無用で殺してもいいんだが、エダのいる前ではできるだけ残酷なシーンは見せたくない。大人しく投降すれば、特別殺さないでおいてやる」

 ……たった今9人射殺しておいて、どの口がそんな事を言うのか…… と、この場にサクラや拓がいたらツッコミを入れただろう。殺さなかったのは生かして逮捕しろ、とコールから厳命されているからだ。それを言わず個人的な脅迫をするのはユージの常套手段だった。飽くまで裏社会においては、ユージは法を超えた理不尽な死神でなくてはならない。

「お前たちは最大のミスを犯した。エダを連れて行ったことだ。もし、あの部屋でエダを置き去りにしていたら、俺はエダの介抱でその場に残っただろう。お前たちは唯一の機会を無駄にしたな」

 場の空気は完全にユージが制した…… かに見えた。正体を見抜かれたナザロやナディアは完全に硬直してしまっている。だがこの中でクーガンだけが密かに反撃を考えていた。

 ……聞こえた銃声は13発だった。もう一丁の9ミリ拳銃にはサイレンサーがついていたから、聞こえた銃声は全てあの右手のSIG P226…… だとすれば、残りの弾は最大3発……

 クーガンはチラリと潜水艇入口のほうを見た。そこには、運よくユージからは死角となり撃たれなかった作業員がいて、SMGを持ち潜んでいる。

 クーガンはユージのボディー・チェックを行った人間だ。武器は持っていなかった。あのSIGはおそらく私服警備兵から奪ったものだろう。彼らには予備弾を持たせてはいない。もし少しでも私服警備兵が抵抗したのならば、もしかしたらあのSIG P226の残弾は残っていないのかもしれない。残っていたとしても最大3発だ。

 クーガンはもう一度、露骨に潜水艇のほうを見、目で作業員に「反撃しろ」と合図を送った。自分も右肩を撃たれたが、動けない事ではない。エダは、まだ<レディー>ことナディアの前で座り込んでいる。

 クーガンはそっと床を叩いた。その微かな音を全員が聞いた。だがユージは撃たなかった。しかし気付いたはずだ。

 ……これでクロベへの<ミス・ディレクション>は成功した……

 先の潜水艇への一瞥、この合図が反撃の合図だということはユージも悟ったに違いない。だがそれでいい。クーガンと作業員、二人が撃たれればユージの銃の弾は切れる。もちろんクーガンはただ撃たれるだけではない。ズボンのポケットに小型爆弾が入っている。殺されても構わずこれを投げればいくらユージが化物的戦闘力を持っているとしても数秒間は隙が出来る。ナディアならば、その隙を見逃したりはしないだろう、彼女は裏社会を狡猾に、その存在さえ巧みに晦ましてきた、世界を敵に活躍する闇商人ゲイリー=カミングスなのだから。

「ミスター・クロベ!!」

 クーガンは叫ぶと同時にポケットから小型爆弾を取り出し振りかぶった。それと同時に潜水艇から作業員がSMGを取り上げ向けた。だが当然ユージが見逃しはしない。

 ユージは一瞬の内に作業員の頭を撃ち抜く。そしてそれで弾が切れた。そこまではクーガンの予想通りだった。だが、ユージの反応はクーガンの予想より遥かに速かった。

 撃ち終えた瞬間ユージの右手はSIGを捨てたかと思うと、ほとんど神業というべき速さで背中からパイソンを引き抜くと、クーガンの右足を撃ちぬき、空に舞ったナニカ……煙草箱サイズの小型爆弾を撃ち飛ばした。弾き飛ばされた小型爆弾は、一瞬にして8mほど吹っ飛び、そこで爆発した。

 爆風と爆煙が、一瞬全員の視界を奪った。

 爆風を受け、クーガン他全員が前のめりに倒れる。

 ユージはすぐにエダの元に向かい駆け出した。階段を飛び降り潜水艇に続く廊下に乗った。

 が……

「そこまでよ! ミスター・クロベ!!」

 鋭いナディアの声が上がり、彼女は立ち上がった。

 ユージの足が止まる。

 立ち上がった影は、二つだった。

「…………」

 ユージとナディアとの間は7m…… その間に座り込むナザロがいる。ナザロは突然急回転した状況に呆然としている。

「それ以上近寄れば、彼女の美貌は失われることになるわよ!!」

「……ユージ……」

 ナディアの締められた腕の中で、エダは捕われていた。銃口はエダのこみかめに突きつけられている。

「自分の行動がどういう意味を持つのか、理解している上での行動だろうな? ナディア=ダワム」

 ユージは、パイソンを両手で構える。

 ナディアはすぐにエダを前面に押し出し盾にした。エダはイングランド系白人としては小柄で、未だに高校生に間違えられるほどだから、170cmを超えるナディアの体は一回りはみ出ているが、それでも急所を隠すには十分だ。

「指一本、足一歩…… ちょっとでも近づいたらすぐに引き金を引くわよ! ミスター・クロベ」

「撃ったら終わりだ。お前を殺す。ただ殺すんじゃないぞ」

 ユージはしっかりと銃口を僅かに見えるナディアの瞳に突きつける。が、エダの顔のすぐ傍だ。

「痛覚を持っていることを後悔し自ら死にたいと叫ぶまでいたぶって殺す」

 ユージは世界屈指の外科医だ。人体構造は誰より把握している。殺さず凄まじい激痛を与える方法も、その道のプロより熟知している。その事はナディアもかつてユージの患者だったから分かっている。けして脅しではない。

「だから、まず狙うのはここよ!!」そういうとナディアは銃口をエダの見事に整った鼻先に当てた。

「こんな整った鼻が木っ端微塵に吹き飛ぶなんて、想像するだけでも悲劇じゃなくて? どれだけ人工の鼻をつけてもこの美貌には及ばないでしょうね」

「それで?」

 ユージは威嚇するように、パイソンの撃鉄を起こした。

「取引よ。私をその潜水艇で逃がすなら…… この娘は五体綺麗にキズひとつつけずここで開放してあげる。約束は守ってあげるし、ナザロは置いていくわ。事件の事は彼に聞けばいい」

「ナザロは事件の全てを知っているのか?」

「ええ。今回の事件はね」

 そう答えると、ナディアはさらに強くエダにしがみつく。思わずエダは小さな悲鳴を上げた。

「考える時間は10秒! 10秒たてば彼女の鼻を吹き飛ばす! 次は耳! 次は顎よ!

この状況を続ける限りこの娘の命は取らない。だけど彼女は10秒ごとに類稀な美貌を失っていく!! さぁどうするの!!」

「…………」

「9! 8っ!! 7っ!!」

 ナディアの持つベレッタ32口径はエダの顔面上にあるから撃って弾くことはできない。

 提案は狡猾だ。もし命を取るといえば、ユージはエダ越しにナディアを撃つ可能性が高い。ユージは超絶な技量を持つ外科医でシューターだ。エダを殺さずナディアの急所を撃ち抜くという神業をやってのける腕があり至近距離で357マグナムならそのくらいの貫通力がある。しかしナディアはあえて命を盾にしなかった。

 ユージは動じず静かに左目を二度瞬かせた。

 エダは息を呑み、そして瞬きを返した。

「5っ!!」

 ナディアがそう叫んだ瞬間、エダの体からだらりと力が抜け、それと同時にユージはエダの胸の真ん中めがけ、発砲した。

「っ!!」

「!?」

 357の衝撃はエダを通してナディアの体を揺らす。そしてその反動でエダの体は大きく前に向かって崩れ落ちた。愕然となるナディア。エダが完全に床に倒れ込んだ時、ナディアは自分とユージを遮るものが何一つ無くなった事を知った。

 その瞬間、ユージはパイソンの4発目を躊躇することなくナディアに向けて放った。

「ぐっ!?」

 357マグナムはナディアの右肩を貫き、その場に崩れた。噴き出す血が瞬く間にナディアの半身を染め、床を濡らす。激痛のあまり意識が定まらない。僅か1m先に落としたベレッタ32口径があるのが分かっているのに全身が痺れて指一つ動かせない。

「右肩の腱と神経、鎖骨を撃ち抜き静脈が裂けた。速やかに適切な手当てをうけなければ死ぬが、安心しろ。俺は医者だ」

 その冷たく非情なユージの宣告はほとんどナディアには聞こえていなかった。ユージが傍まで来てベレッタを拾ったときには、ナディアは激痛のため意識を失ったからだ。

「うわぁぁぁぁっ!!」

 それまで呆然としていたナザロが叫び声を上げ立ち上がると、這いずりつつ駆け出す。ユージは、冷静に這いながら逃げるナザロの頭部めがけてパイソンを向け発砲した。ナザロは強い衝撃を受け、その場に倒れる。

 終わった。

ユージは完全にその場の制圧に成功した。

 素早く周囲を確認したユージは、制圧完了を確認するとすぐに倒れたエダに駆け寄った。

 エダは完全に意識を失っている。すぐにユージはエダの手錠を破壊して外し、エダを抱き上げた。

 ユージはエダの脈拍、撃ち込んだ胸のあたりを確認しながらエダの名を叫ぶ。

 エダが荒い息と共に瞼を開けたのは、五度、ユージがエダの名前を叫んだ後だった。

「……ユ……ユージ……」

 吐息交じりの声で答えるエダ。その瞬間、険しかったユージの表情が僅かに緩んだ。

「無理するな。ゴム弾とはいえ357マグナムの至近距離だ」

 そう。エダの体からは血は一滴も流れていなかった。血が流れていないのはエダだけではない、頭部を撃たれ倒れたナザロも頭から血を流してはいなかった。

 ユージのパイソンには、通常の357マグナム弾と暴徒鎮圧用ゴム弾を半分半分、交互に装填していたのだ。クーガンの投げようとした小型爆弾を爆発させず弾き飛ばしたのもゴム弾だったからだ。ユージが頑なにパイソンを持ち込もうとしたのは、こういう状況を想定してのことだった。

リボルバーなら、通常弾、狙撃用の強装弾、そして安全確保用のゴム弾と弾の使い分けが出来る。エダが人質として潜入すると決まったときから、ユージの脳内にはエダが盾にされる最悪の状況も頭に入っていたのだ。

「衝撃で肺が少し麻痺している。エダ、ゆっくり呼吸しろ。痛みがきついなら……」

「だい……じょう……ぶ。訓練……とお……りに……したから」

 ようやくエダの呼吸は、荒く不安定ながらしっかりとした声が出せるようになった。

 人質になり盾にされるときの事を、二人は想定していないわけではない。隙がなく敵を撃つ事が難しい時は、ダメージの少ない場所を撃つ。その予想外の出来事で敵に隙ができ、その隙を討つ…… これが予め二人の間で取り決められていた非常の場合の処置だ。ユージのウインクには、それを決行するという合図だった。それを見たエダは、日頃ユージから言われていた通り、自分のダメージが最小限になるよう力を抜き、できるだけ体を動かさないようにする……

「本当に無理はするな。触診するかぎり肋骨は折れてないがヒビは入っているかもしれん。しばらくは呼吸も苦しいから、とにかく今は…… 容態を落ち着かせよう」

 ユージは一見冷静で淡々と告げていたが、動揺は隠しきれていなかった。いくら想定のこととはいえ、エダを傷つけたという結果はユージにとってショックであった。

 エダは、荒い呼吸を必死に整えながら…… そっとユージの首に両手を回した。

「ごほ……う……び……」

 エダはそう囁き、微笑むとそっとユージに抱きついた。

「……ああ……」

 ユージは右手に握ったパイソンを置くと、優しくエダを包み抱き上げ、二人は抱擁した。 

 その時…… 午前11時28分。

 紫ノ上島でのファイナル・ゲーム開始まで後2分となっていた。


35/ファイナル・ゲーム2



紫ノ上島 <新・煉獄> 午前11時30分


『ついにこの時がやって来ました。これより最後となるスペシャル・ゲーム、ファイナル・ゲームの開始と内容の説明をさせて頂きます』

 これまで何度も観てきた映像と全く同じ演出。室内で、椅子に座った素顔の村田が真ん中にいる。違いは村田が仮面を被っていないくらいだ。

 さらに、これまでと違い彼がいる場所が何処か、すぐに拓もサクラも分かった。紫条家本館の玄関エントランスだ。さらに彼の傍に小さなテーブルがあり、物がいくつか乗っていた。

「アレが村田のスペシャルってワケだ」と呟くサクラ。

「この画面じゃ何かワカランな、さすがに」と拓。

 <新・煉獄>で用意されたのは小さな折り畳みテーブルの上に10.5インチのポータブルDVDデッキで、再生ボタン以外は瞬間接着剤のようなもので固められていた。テーブルの下には金庫と小さなカメラが付いている。これで一応二人の姿をモニターしているのだろう。

『ルールは至極単純なものです。僕は見て分かるとおり紫条家本館エントランスにいます。僕はこれから一歩も動きません。相手をするのは散々皆さんを悩ませた<死神>です。今11時30分丁度ですから、正午までに全員を殺してください。<死神>たちは貴方たち二人を殺す。至ってシンプルなゲームです』

 拓とサクラは顔を見合わせた。今更すぎる。<死神>が敵だということは一貫しているルール。違いは確実に殺し合いをさせるという点だけではないか。

 もちろん、これで終わりではない。村田はパチンと指を鳴らすと、画面が切り替わり本館前の映像になった。そこには11人の<死神>がズラリと並んでいる。そこに村田の音声だけが加わった。

『全ての<死神>は外! そしてほぼ全ての館の扉、地下通路、全てにロックをさせて頂きましたから、バトル・フィールドは地上に限定されています。そして、貴方たち二人を殺さなければ30分後には<死神>の仮面に取り付けてある自動爆弾が起動します。つまり、<死神>たちが生き残るためには貴方たち二人を殺す以外ない、というわけです』

 ……相変わらず最低なサイコ野郎だ……

 画面は再び村田側に切り替わった。

『さて。では今から今度は御二人の戦う理由を今から説明します。まずは一つ…… 僕を捕える事ができます。僕は30分、無抵抗でのんびりここにいます。もちろん言葉では信じないでしょうから、この説明ビデオの最後に椅子と僕の手を手錠で繋ぎましょう。さて、二つ目は、ここに皆さんの言うところの、細菌兵器化した<強毒性変異狂犬病Ⅱ型>のサンプルがあります。僕の血液プラスいくつかの薬やウイルスを混合させたものです。もし正午までここに辿り着けなければ、このサンプルは投棄します』

「やっぱ村田が持っていたのか、ウイルス・サンプル」と拓。

「ていうか、村田はいつでも自分の血液から造れた…… っていうほうが正確だねぇ。見つからないわけだ」とサクラ。

 ウイルスや溶剤は乾燥させれば小さくしておいて、それを決まった温度、蒸留水で戻せば用意は整う。専門知識と一定の技術は必要だが村田ならばそのくらいやれるだろう。そうやって村田は必要になると、この島でウイルスを造ってきた。

 そして、村田はテーブルの奥から小さな金庫を取り出した。拓たちのテーブルの下に用意されたものと同じものだ。

『そして、ここに一つのタッチ・パネルがあります。この正体は<ボンバー・システム>の起爆装置です。そう、ファイナル・ゲームで使うためにずっと隠していましたが満を持しての登場です。本物かどうか、一つ実演しましょう。本館四階。3つある全てを爆破させます』

 モニター内の村田がキーを素早く動かした瞬間…… 遠い紫条家本館方向で爆発が見え、僅かに村田側が揺れた。間違いないようだ。

 これで村田の駒はほぼ判明した。

 村田を捕え、あのタッチ・パネル機を奪わない限り、東館と西館に閉じ込められた仲間たちの命は村田の掌の中ということだ。

『多分確認済みかと思いますが、東館に参加者女性陣。西館には男性陣を閉じ込めています。正午までに開放させないと大惨事が起きるでしょう。そう、たった今、全<ボンバー・システム>の起動を設定させて頂きました。正午丁度にね。ですがこれではゲームにならない…… 解除コードは<#>+ENTER、これで爆破は阻止できます。これを、この金庫の中に入れます』

「…………」

『この金庫と、そっちにある金庫、そしてこの全館玄関の電子錠の暗証コードは11桁の数字で、同じです。これで意味は分かって貰えますね。<死神>たちのボディースーツに、番号が二つ打ってあります。一つ目は配置順、二つ目が暗証コード、というワケです』

「最低のサイコパスだな、相変わらず。でも…… 固執していた意味は分かったかも」

 そうサクラは呟いた。

 村田は全てをなかったことにするつもりだ。<死神>も、サバイバル・デスゲームも、参加者たちも…… そして、これは正義の側にいる拓とサクラへの彼なりの挑戦状なのだ。自分の命もその賭けにレイズさせて。村田は自分自身が自発的に生き残ることは考えていないようだ。<ボンバー・システム>が全て起動すれば、紫条家全館が完全倒壊してしまう。元々これまでも村田は生に執着など持っていなかった。

「しかし気にいらんなぁ」

 やれやれ、とサクラは溜息をつく。

 拓とサクラは正当防衛であったり、必要上仕方なく<死神>を殺したが、好んで殺しているわけではない。彼らはサイコパスではなく莫大な負債など止むに止まれず<死神>になった者もいるし、捜査にとって有効な情報を持っている<死神>もいるだろう。だが村田はそんな拓の思惑を封じ、かつ証拠隠滅を拓たちにやらせる手を取った。

 拓も村田の意図を理解し、大きな溜息をついた。胸糞悪いことこの上ないが、その村田のゲームに参加せざるを得ない。

『では、捜査官とサクラ君。ファイナル・ゲームを始める前に持っている携帯電話と無線機を全てそこにある金庫に入れてください。それでゲームスタートです。では健闘を!』

 そうして録画は終わった。

 拓とサクラは顔を見合わせ、互いに大きな溜息をついた。なんとも面倒くさい事になった、という呆れる気持ち半分と、容易ならざる前途を憂い重くなる気持ち半分だ。

 二人は言われたとおり携帯電話と無線機を金庫に入れた。サクラが監視していた小型カメラを叩き潰し、背負っているM4カービンと弾の入ったバッグを拓に突き出した。

「戦闘は拓ちんの仕事。コレは全部あげよう♪」

「俺一人で11人も無理だぞ」

覚悟としてはサクラの言うとおり、これは民間人で未成年のサクラの仕事ではなく大人の拓の役割だ。もっとも司法当局者の仕事でもないが。

「ユージが出来るんだし、拓ちんでもできるだろ?」

「あいつと一緒にするな。アイツは半死半生でも50人相手にして生き残る化物だ」

 拓は毒吐きながらサクラからM4カービンと予備マガジンを受け取る。サクラが持っていたのは2マガジンしかない。他に小型爆弾が二つあるだけだった。「これだけか?」という表情を拓は浮かべた。確かサクラは元々隠し持っていた銃もあれば、<ニンジャホーム>で奪った装備があったはずだが?

「そりゃあったけどネ。飛鳥たちが持ち出して奪われちゃったから、正真正銘これっきり」

「お前はどうするんだ?」

「ちょっと用があるから、最初10分は拓ちんの任せる。用が終わればちゃんとサポートしてあげるから心配するな~」

「用?」

「落し前を取らせる。ま、これはあたしのほうの問題だから」

 そういうとサクラは背中の四次元ポケットから40センチ×30センチほどの大きなソフト・ガンケースを取り出した。拓はソレ自体初めて見るものだったが、ガンケースである事は分かる。

「サクラちゃんのほうはコレがあるから」

 そういいながらサクラはガンケースを開けた。中に入っていたのはマシン・ピストル、ベレッタM93Rだ。拓は思わずそれを二度見した。

「お前…… またそんな物騒なモノを。どこで手に入れたんだよ」

サクラがいくら違法なものをどこからともなく調達する、とは言っても限度があるだろう。ベレッタM93Rは特殊部隊向けで、一般ガンショップで手に入るものではない。もっともユージも持っているが、ユージは公的機関の人間でフルオート所持可のライセンスも持っているから正規ルートで手に入れているわけだが、このベレッタM93Rはユージのモノでもなく、コンペンセンサーの付いたカスタムされたものだ。

 サクラはキングコブラを四次元ポケットに戻し、ショルダーホルスターにそのベレッタM93Rを差し込んだ。

「これ、セシルのだからできれば使いたくなかったンだけどねぇ~」

「ということはCIA仕様?」

「うんにゃ、SAA仕様。だから弾もノーマルじゃなくて強化弾だから防弾装備の<死神>にも有効だと思うよ。あたし的にもM4カービンよりは使い勝手いいし、ベレッタのマガジンは何本か持っているし」

 サクラがセシルの秘密装備一式を勝手に拝借してこの島に来たことは拓も知っている。小型爆弾や電子機器、発煙弾や閃光弾だけではなく、このベレッタM93Rも入っていたのだ。この銃を今まで出さなかったのは、銃マニアであるセシルが後日で五月蝿いからだ。カスタムなだけあって、使用後のメンテナンスが普通のベレッタより大変なのだ。過去何度か拝借したが、銃に関してはかなり文句と厭味を言われたので、サクラとしてはできれば使わず返したかった。さらに使うだけならともかく敵に奪われたりすればセシルの怒りは相当なことになる…… だが、もうその心配はないだろう。

 サクラは予備マガジン二つを四次元ポケットに入れた。サクラはこのM93Rの他に、自分専用のベレッタM92Dカスタムがレッグホルスターに入っている。<ニンジャホーム>で手に入れたベレッタM9の15連発マガジンもある。ベレッタM92F系とベレッタM93Rのマガジンは共有できる。100発近くは弾があるだろう。後、軍用手榴弾は一つだけ持っている。

 サクラは準備を終え、「ふぅー!」と体を伸ばした。サクラが火力の強いM4カービンを手放したのは、正直その重さに辟易していたからだ。フル装填されたM4カービンは4キロ前後の重さがある。使い慣れているといっても常時持つには子供の体力にはキツイ。

思えばサクラは島に戻ってからというもの、ずっと自動小銃にSMG、爆発物やら拳銃やら、常に8キロ近い装備を持って飛び回っていた。普通の女の子ならとっくにバテて動けないだろう。マシン・ピストルなら1.5キロ、他の装備を入れても3キロちょっとだ。

 そういわれて、初めて拓はそんなごく普通の問題に気付き苦笑した。サクラはサクラなりに苦労していたと思うと、ほんの少しだが同情した。本当にほんの少しだけ。

「ところで拓ちん。拓ちんは大丈夫なのカイ? 体調は」

「悪い。痛み止めは一本使った。出血はないから、痺れと痛みだけが問題かな」

「それで戦えるのカイ?」

「やるしかないんだろ? 誰か代わりがいるわけではないし」

「そりゃそーだ」

 一見普段と変わらない風を装っているが、拓の怪我は重傷で、普通ならこうして起き上がって戦闘するなど考えられない状態だ。だがサクラの言うとおり、代わりはいない。

 予備の痛み止めや増血剤は涼が持っていたがなんだかんだと使った上に、涼は囚われてしまった。

「ユージが残したスペシャルな注射が一本ある。最悪はそれを使うから、大丈夫だろう。三ヶ月停職するのは嫌だけど」

「そか。……ま、拓ちんが大丈夫っていうんなら大丈夫だ」

 サクラも全く拓を心配していないわけではない。ユージのスペシャルというのがどんなものかも分かっている。拓自身かなり無理をしている事も分かっているが、わざわざ心配するのは相棒として失格だ。そのくらいの信頼感は二人の間にある。

「じゃあ、10分貰うから。なんとか10分耐えろ拓ちん。できればその10分で倒してなー。無理ならその後は適当にフォローするから頑張れ」

「ああ。お前もな」

 二人は特別な挨拶は交わさない。強い信頼感と友情がある。

 サクラは南の上空に向かって飛んで去っていった。もう飛ぶサクラを見て仰天するギャラリーもカメラもない。ようやくサクラは本気で戦える状態になったのだ。

 拓は時計を見、そしてHK G36Cを構え歩き出した。これから起こる戦闘は本気の殺し合いだ。<死神>も命が掛かっている。これまで以上に本気で襲ってくるだろう。



 同時刻 紫条家東館


「今頃、ファイナル・ゲームが始まっているンだよね」

 不安げな表情を浮かべているのは涼だけではない。いや、正しくは、表情を変化させるだけ余裕があったのは涼と宮村、田村の三人だけだった。他の女性陣は全員絶望感のため茫然自失状態だった。

 彼女たちのいる東館にも、ピートが用意し置いていったDVDプレーヤーがあった。内容は違っていて、村田が言ったのは電子錠で外部からロックされた事、拓とサクラがファイナル・ゲームをクリアーしない限りここから出られない、という二点だけだった。

「高遠さんが医薬品持っていたのは良かったけれど」

 田村は宮村の傷を縛っていた。幸い拓用の予備の包帯、消毒液、止血薬、痛み止めがあり、それを使って宮村の腕の治療をすることが出来た。傷は宮村の腕の肉を抉りはしたが、大きな血管や骨を砕いてはいなかった。今、圧迫で血の流れをなんとか止めている。

「多分、このままでも血は止まりそう。でも、このままだと傷跡が残っちゃうわね、宮村さん」

「いい記念もらった、と思っておくわ。銃で撃たれるなんて、そうそうない事だし。痛みはもうそんなには酷くないけど…… 腕が少し痺れているみたい?」

「それは薬のせいよ。どれもかなり強い薬だから。本当は全部使わず三上さんや大森君にも分けて使いたかったけれど血液型が違うし注射器の使いまわしはできないから」

 三上は被弾してもう二日以上になる。これまでにある程度適切な治療が出来たので、すでに血は止まり、今は熱も微熱程度に収まったが、体力の消耗は大きく、この状況となってからは一言も発する元気はない。

「心配……ですね」と涼。

「何が?」と田村。まだ頭脳が死んでいない宮村は、すぐに涼の言葉の意味を悟った。拓の事だ。ユージが拓のために残した医薬品は、涼がほとんど管理していた。<ニンジャホーム>で使い、今宮村に使った。本来は全て拓に使うはずだった薬だ。それが肝心の拓には使われていない。

「ユージさんは一応多めには用意して置いて行ってくれていたけど、拓さんは二回分の痛み止めしか持って行かなかったから……」

「捜査官が撃たれてから約9時間…… そうね、これだけ強い痛み止めでも一回分はもう使っているわね」と冷静に判断する田村。しかもこの間、大人しくしていたワケではない。狂人鬼の始末に村田との直接対決、そしてついさっきまでテロリストと戦っている。徹夜も続いている。普通の人間ならまず疲労で昏倒……動いている事自体が不思議なくらいだ。

 その時、遠くから銃声が聞こえた。単発ではなく、交戦しているようだ。銃を使っているということは、戦っているのは拓だろう。

「サクラちゃんが巧くやってくれればいいけど……」と祈るような気持ちでいる涼。

「サクラちゃんだけが無傷で元気、装備もいいけど…… 特殊能力や頭脳はすごくても銃の扱いはプロのものじゃないものね」と宮村が呟く。

サクラは誰に対しても容赦ないが、そういえば彼女たちもサクラが人……<死神>を殺したところを一度しか見ていない。人殺しには向かない……と思うのは自然な考えだった。

 とすれば…… 僅かにある希望は、ピートに連れ去られた飛鳥に寄せられる。

「飛鳥ちゃんが自由になれれば…… ファイナル・ゲームを巧く乗り切れるかも」

 しかし、それは所詮願望でしかない。何よりファイナル・ゲームが皆殺し戦だという事を涼も宮村も知らない。



紫条家西館 リビング 午前11時32分


「なんで最後のとっておきゲームやのに!! ウチは部外者なんやぁぁー!!」

 喚く飛鳥。丁度ピートが置いていったDVDの再生が終わったところだ。だが肝心の飛鳥は今も後ろ手で手錠されたままだ。

「叫ぶ気持ちは分かるけど動かないでくれるかな? これ軍用手錠だし、ヘアピンで開けるのは大変なんだよ飛鳥君」

「ウチが人質なんて納得できるかー!! さっさとこんなトコ脱出するんや!」

「そりゃあ無理だよ飛鳥君」

 片山がヘアピンを使って飛鳥の手錠の開錠を試みていた。手錠は市販品だが玩具ではなく軍や警察に納入されている本物だ。普通のヘアピンでもそうそう開く物ではない。もっとも飛鳥曰くヘアピンでも自分なら開けられる、という事だが、あいにく後ろ手なので飛鳥本人ではできない。という事で飛鳥からコツを聞いた、ピッキングの技能を持つ片山が先ほどから取り掛かっていた。

「数分は我慢してくれよ、飛鳥君」

「うー……」

 その時、銃声が聞こえ、全員が虚空を見上げた。もう始まったようだ。

 喚いても仕方がない、と悟った飛鳥は黙り、周りを見回した。

 西館一階のリビング。和室や和風作りの多い西館の中央にあり、20畳ほどの和風造りになっている。床は畳ではなく沖縄風のフローリングで、洋館と違いシンプルでテーブル、座椅子があり、壁には沖縄風と和風の掛け軸や置物がある。壁は木製で扉だけは鉄製に変わっている。飛鳥も他の男性陣も武器を持ち込んでいないし、ここには武器になりそうなものはない。

「扉に鍵穴はない。ボブ君や佐々木君がぶち破ろうとしたけどビクともしなかったよ。壁はもちろん素手じゃどうにかできるものじゃない。俺たちは、見事に騙され体よく閉じ込められた」

 飛鳥に、片山は作業しながら説明する。

 最初、片山たちはピートに騙されたとは思わなかった。だが飛鳥が連行され、東館での話とそこに置いてあったボイスレコーダーの内容を知り、トドメにピートが持ってきたDVDを観た。彼らも自分たちが騙され人質になったことを知った。

 それでも彼らが強引にここから出ようとしなかったのは、ピートが去り際にファイナル・ゲームについて重要なことを3点言い残していたからだ。

 1 ファイナ・ゲームは殺し合いで、どちらかが全滅するまで。

 2 ゲームが終われば自動的に開放される。

 3 ここにいる限り<死神>は来ないし、襲われることはない。

 ことゲームに関しては、村田は嘘をつかない。ファイナル・ゲームは生存者全員を人質にし、拓とサクラVS<死神>の戦いを強制させたのだろう。そのことも飛鳥が東館で聞いたボイスレコーダーの内容で確認できている。村田は散々「ゲームは正午。それまで生き残れば勝者、命は保障します」と言っていたから、片山たちも素直に現状を受け入れた。仮に部屋を出られたとしても武器も持たず、命の掛かった死に物狂いで襲ってくる<死神>たちをどうこうできる力は飛鳥にも片山にもない。そして足手まといになるだけだ。

「うーむ…… ま、ウチはそれで納得するタマではないンやが……」

 今は何も出来ない。それは受け入れるしかないようだ。

 が…… 一つ気になることが飛鳥にはあった。

「ウチの気のせいかもしれんケド……」とういうと飛鳥は扉近くにある小さなテーブルの上にある、黒電話を足で示した。

「?」

 片山は意味が分からず首を傾げた。ちなみに片山以外の男性陣は飛鳥の扱いが分からずあまり接触はない。彼らからすれば飛鳥は保護すべき未成年の少女なのだが、この中の誰よりも修羅場を潜り抜けていて片山は勿論村田もその力を認めている。奇想天外で行動も読めないから相手にすると疲れるのだ。その点片山は、飛鳥に大分慣れた。

「ここに電話なんかあったっけ?」

「さぁ? 俺たちは本館や東館での活動が多かったし、ここに来たのは初めてだし」

 西館は最初の頃村田が立て篭もり入る余地がなかった。その後活動は本館、東館、地下が主で西館を開拓した人間は少なかった。さらに今生き残っている男性陣で、ゲーム最初からの生存者は片山と大森だけだ。二人共西館には足を踏み入れたことはない。

 飛鳥は初日の探索の時、サクラと共に来ている。一通りの部屋は見てきたが、本館や東館ほど見る物がなく、宝箱を回収したくらいだ。

「黒電話だから当時のものかもな」

 確か携帯電話はアンテナが設置されていて使えるが固定電話は廃線になった…… と初日に聞いた気がする。使える電話がこんなあからさまな場所には置かないだろう。それでも片山は気になり、佐々木に目で合図を送った。佐々木はすぐに黒電話を取るが、やはり案の定使えなかった。

「この西館はある意味放置プレイの場やったなー」

「この時のため、村田が本館や東館に事件を集中させたのかもな。こういう<ミス・ディレクション>はあいつが得意にしているからな」

 この時既に飛鳥や片山も、村田の<ミス・ディレクション>に嵌っていたのかもしれない。もっとも、気付いたところで飛鳥たちにはどうする事もできなかったかもしれないが。



 クラウディア号 午前11時36分


「現状7割制圧ですか。ま、<ヒュドラ>本体の首は落としたんです。後は純粋な武力制圧と逮捕者の確保ですから、堂々と増援を寄越してください。ああ、医療班と搬送先の手配も至急お願いします」

 ユージは気絶しているナディアやナザロたちを見た。彼女たちはエダが応急処置をしている最中だった。エダも負傷していて余裕があるわけではないが、傷つき倒れている人間を放置できる性格ではない。エダは見た目と違って度胸もありタフだ。ユージの診断ではやはり肋骨の一本か二本ヒビが入っていると思うが、体にピッタリとしたチャイナ服が固定する効果があるのか、それとも尋常でない根性なのか、「大丈夫」と答え、額に汗を浮かべながら死んだ警備員たちの衣服から上手に包帯状のものを作り、一番重傷なナディアの手当てを行っていた。

 ……自分に酷いことした女に、まぁ……よくも献身的にできるものだ。昔からだが……

 エダの博愛主義というか優しさのベクトルは、未だにユージには理解できない未知のものだ。とはいえ、誰かが手当てをしなければ出血死かショック死しかねない。エダは正規ではないがずっとユージの無茶苦茶な医療行為の補助をしてきた。こういう場は慣れていて手際もよく下手な衛生兵より上手い。

『容疑者を殺すな、という命令だっただろう』と、うんざりとした声のコール。ちなみに今ユージが使っている携帯電話は自分のものではなくナザロのものでEMPの影響を受けないよう工夫が施されていたものだ。ユージの携帯電話は今もソーヤ捜査官が使っている。

「殺していませんが、撃つなとも言われていません。<ヒュドラ>の中核容疑者は全員負傷、内二人は搬送が必要です。<P>も負傷、こちらは緊急性はありませんが、緊急で」

『お前は当然無傷だな』

「当たり前です。ああ、そうだ、船医と医療室があるでしょう。もし医療室を押さえているのならば医療器と薬をここに持ってこさせてください。俺が処置しますから」

『<SEALs>の小隊一つをお前のいる最下層に向かわせている。3分以内に着くはずだ。医療チームの手配と指示はこっちで行うから、お前は制圧の指揮を執れ。この忙しい時にお前を遊ばせてはおけん!』

 まだ完全に制圧が完了したわけではなく、混乱は続いている。ソーヤ捜査官やリン捜査官は下っ端で、こんな大作戦を仕切れる能力はない。コールが電話で指揮をするには限度がある。ユージはFBIでの階級はグレード3だが、捜査官であると同時にFBIのSWATに当るHRTにも所属しているし、大事件慣れしている。その経験があるからこそ、ホワイトハウスはユージにグレード6の臨時特別捜査官権限を与えているのだ。何よりこの船に乗り合わせている裏社会の人間の処置は、ユージにしかできない。

『その船の客、乗員全員を一度は逮捕することになる。まずは米国側で身柄を拘束してから日本に引き渡す。日本政府はかなり不満で憤っているが、海上保安庁に<ヒュドラ>の息の掛かった人間がいるということで押さえ込んでいる。一部逃がすというお前の作戦はまだ具体化できていないぞ。それはお前がせんでどうするのだ。立場上私はそれには介入できないのだからな』

 この船に乗っている人間全員逮捕ということならば、その数は1000人近い数になるだろう。重要容疑者を除いた日本国籍所有者は日本の警察に引き渡さなければならない。すでに事件の対応は準軍事介入から政治と警察の管轄に移りつつあるようだ。ユージは日本が動く前に、ユージの言葉に従った裏社会の人間を逃がす仕事がある。これはユージ以外の人間が行えば裏社会との癒着、となり後々まずい事になる。彼らも相手がユージだから素直に従い、大人しく当局の指示に従ってくれたのだ。

「了解です」

 ……後始末が大変だな…… これで休ませてはもらえないらしい……

 徹夜が続く。もしかしたら今夜も徹夜になるんじゃないだろうか…… そう思うと、ユージの気分は積み重なった疲労とこの後の始末の面倒さが重なり、それが共にズンと重く背中に圧し掛かった気がした。これまではただ我武者羅に攻めればよかった。それは緊張を維持するのに効果があったが、これから待つのは後始末……モチベーションを維持するのは、徹夜続きで多くの事案を処理した後のユージにとっては気苦労でしかなかった。元々書類仕事が嫌いでもある。

『そういうな、クロベ。いくつかいい報告もある』

「いい報告ですか」

『2分前に別の衛星をその区域に移動させた。それを察知したのかお前の働きか、不審潜水艦がこの海域への進行を止め、中国海域に向かう気配を見せている』

「機を観るに敏、ですね。中国の地方軍か地方政府かどっちかわかりませんが彼らも<ヒュドラ>の首の一つですから、この船でのカミングスの動きに神経を張り巡らせていたのでしょう」

 そこはユージにとってどうでもいい事だ。ユージの領分を超えた話で、そういう問題はコールやホワイトハウスの仕事だ。

『後、MI6の特殊工作船も無事だ。まだ船は動けんし電子機器系統が相当やられたようだが死者は出ていない。そしてカミングスと<ヒュドラ>本部が持っていた膨大なゲームデーターも無事確保出来ているそうだ。ただししばらくこっちのバックアップは難しいようだが』

「それは良かった」

 この事もユージにとっては驚くべきことではなかった。元々レーダーや電磁波などに対応したステルス船だし、EMP爆弾は離れた対象を物理破壊する兵器ではない。ゲームのデーターをバックアップしEMP攻撃にも耐えたのはJOLJUのスーパー・コンピューターだろう。JOLJUのスーパー・コンピューターは現代兵器レベルのEMPではなんともないはず。それは想定内だ。

 その時、<SEALs>が駆け込んできた。すぐにユージの元に駆け寄ってくる。

 ユージは淡々と彼らに容疑者の拘束と手当てを命じ、さらにエダの身柄の安全確保を命じた。

 指示を出し終えた時、部隊のリーダーがユージの元に駆け寄ってきて、「クロベ捜査官ですね?」と確認を求めてきた。ユージは頷くと、リーダーは愛想よく笑みを浮かべ「アンタは中々強い運をお持ちですな」と言うと、背負ったバッグの中から黒いショルダー・ホルスターに入ったDEを差し出した。もちろん、これはユージが作戦前に本部に預けた正真正銘自分の銃だ。

「確かに運がいいようだ」

 珍しくユージは無邪気に微笑むと、それを受け取った。ユージはこのDEとカスタムメイドのショルダー・ホルスターに強い愛着を持っている。ユージにとっては、これ以上ない代え難い、お守りであり相棒だ。

 ホルスターを身につけ終わったとき、ふとユージはもう一つの相棒の状況が気になり、コールに「紫ノ上島の状況はどうなっています?」と尋ねた。別の衛星を回してきたのなら状況が分かるかもしれない。

『まだ衛星の調整が巧くいっていないが、どうやら銃撃戦が起きているようだ。詳しくは分からん。島のまでは衛星範囲の限界があるし、当局もナカムラと連絡が取れなくなった。それにこっちもそこまでは手が回らん』

「そうですか。了解です」

 この報告が、ユージにとって一番大きい問題だった。

 ……今起きているのがファイナル・ゲーム。結局阻止することはできなかったか…… 

 拓やサクラの携帯電話は特別だから故障は考えられない。EMP爆弾の影響も、爆発後間接的にサクラが連絡をしてきた。しかし今回それがない、という事はゲームを始めるにあたって封印を余儀なくされたのだろう。おそらく、何者かを人質に取られ拓やサクラに連絡を出す時間的余裕がない状況を作られた。

 ファイナル・ゲームが始まる前に、このクラウディア号を制圧できたのならば、部隊を紫ノ上島に送り、拓とサクラを助けることが出来た。ヘリがあればユージ本人が行くことだって出来ただろう。しかしファイナル・ゲームが始まった以上、何の情報もなく不用意に嘴を入れることは出来ない。島の生存者の命に関わる。

 もうユージたちにできる事はないし、ユージには処理しなければいけない後始末が山ほどある。

 ファイナル・ゲームは、拓たちが自力で乗り切るしかない…… ……死ぬなよ……

 ユージには、自分の相棒と娘に、そう祈ることしかできなかった。



「黒い天使・長編『死神島』」第15話でした。色々あった今回の話ですが、とりあえず黒幕の逮捕に漕ぎつけました。しかし全ては村田の計画通り、ファイナル・ゲームがついに発動……サクラと拓だけとなった生存者チームは果たしてファイナル・ゲームを乗り切ることが出来るのか!? というところです。本当、最初から最後までサタン村田がみんなもっていくことになりました。

 ということで、ついにファイナル・ゲームがスタート。そして次回、おそらく完結ということになると思います。黒幕はもう消滅しましたが、村田が最後まで皆さんを楽しませてくれることと思います。

 クライマックス突入の「黒い天使・長編『死神島』」。あと少しです。どうぞ最後まで楽しんでいってください。

 

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