「黒い天使・長編『死神島』」⑭
「黒い天使・長編『死神島』」第14話!
水爆解体を始めるサクラたち。セシルのバックアップの下なんとか水素爆弾の取り出しに成功するが、今度はその水爆を狙ったテロリストが島にと接近する。ゲームが中断されることを極度に嫌ったサタン村田は、テロリスト撃退するため、なんと拓とコンタクトを取り共闘を求める仰天の手段を取るのだった。
一方、ユージも黒幕の船に潜入。先に囮として入ったエダは、ついに黒幕ゲイリー=カミングスとの接触に成功するが、その正体は予想だにしない驚きの人物だった。
31/クライマックス、直前
1
紫ノ上島 地下5F 午前9時50分
……さすがに堪える……
村田はソファーに横になった状態でうっすらと目を開け、埃まみれの天井を眺めた。
今は動けない。輸血の最中だ。増血剤も飲んだが、それでも疲労と負傷、そして500ccの血液を抜いた影響は身体を重くしている。300cc分補給しているが、十分に動けるまで30分は動けない。
ファイナル・ゲームの開始は午前11時。ルール説明やその誘導に20分。ゲーム自体は30分…… もう休む間はない。
だがそれも後二時間10分で終わる。そう、全てが終わるのだ。
紫ノ上島、<新・煉獄>付近 午前9時54分
「後2時間……か」
拓は時計から目を離し、空を仰いだ。
じきに午前10時だ。ゲーム終了まで後2時間…… 村田が言っていたファイナル・ゲームは午前11時からのスタートだった。むろん、その言葉を信じるのであればだが。もうすでに賭けのゲームは破綻しているし狂人鬼の威力は十分知られただろう。ファイナル・ゲームを行う理由などないはずだが、村田の口ぶりからしてゲームはまだ続いている。村田がどうしてそこまでゲームに固執するのか…… その理由や動機だけは依然謎のままだ。
拓が戻ってから、生存者たちは<新・煉獄>付近で隠れていて危険な目には遭っていない。サタンである村田をついさっきまで監禁していたのだから当然といえば当然なのだが、本当にゲーム運営者たちがファイナル・ゲームに拘っているのならば、さっき拓に接触してきた時、村田を釈放させるだけではなく何かしら条件を言ってきてもおかしくなかった。しかしそういう要求もなかった。ユージたちが潜入し、実力行使に出ればもう指示する人間もいなくなるからゲームもそれで終わりだ。
……ユージたちが成功すれば、救援部隊が呼べる……。
その事は片山と田村には話してある。そして二人には、もうその時のための処置を頼み終わっている。
拓が煙草を最後の一本取り出し加えたとき、その仕事を終えた二人が報告にやってきた。
「終わりましたぜ、捜査官。コレを除いてね」
片山はそういうと38口径のリボルバーを差し出した。拓は頷きそれを受け取り、背負っている武器バッグの中に入れる。
「皆に納得してもらうのには時間はかかったわ」
「こんな事件の最中だから当然だ。だけどもう危険は少ないから」
「ハンドガンはかなりあったと思いますけど本当に全部だろうか?」
拓はそう堪え煙草に火をつける。
最初の6丁にサクラが見つけた3丁、島で発見された拳銃、そして<死神>からの捕獲事件が起き、10丁を越えた拳銃が出回っている。
片山も田村も「ちゃんと説得した。全部だ」と言った。それは本当だろう。生存者たちも片山、田村の事を信用している。
拓は吸い終えた煙草を足元に捨て、もう一本取り出そうとしたが……今のが最後だった。その様子を見て田村は苦笑し、「ポイ捨ては感心できないわね、捜査官。コレ、喜多川さんからのプレゼントですわ」と半分残った煙草ケースを差し出した。拓も苦笑し、受け取った。
「他にも喫煙者がいたとは知らなかった」
「あら、捜査官はご存知ないんですの? <フィジー喜多川>さんはチェーン・スモーカーで有名なんですのよ? まだ彼、一箱持っているといっていましたから、どうぞ、ですって。メンソール系ですけど」
「この際贅沢は言いません、有難くいただきます。どのあたりに沈めました?」
「湾内に向けて投げ込んだカンジです。これで銃は捜査官が持っている分と未成年組のものだけです」
拓が二人に頼んだ事は、銃の破棄だ。弾を抜いた自動小銃や拳銃、SMGを紐で括り、一纏めにして海に投げ捨てるよう頼んでいたのだ。残りは拓の持つHK G36Cと12ゲージ・ショットガン、HKM P5K、後は拳銃が4丁。弾は抜いて破棄したから弾は十分余裕があるが、銃の数はこれだけだ。
理由は二つ。
一つは、もう狂人鬼も狂犬もいないから武装する意味がない。あとは<死神>が残っているが、それは拓とサクラたちで対処したらいい。ここは日本だ。保護される際一般市民の彼らが銃を持っていると後で厄介だ。銃刀法違反はもちろん、狂人鬼を撃った人間は殺人にも問われかねない。そう考えた拓は銃の破棄を決めた。海に沈めてしまえば指紋は消え、誰が使っていたかの特定は難しくなる。もう一つの問題は、散々この島で警戒していた事……身内での紛争時の警戒のためだ。今のところ、数人を除き自分たちの身内が人質になっているという事実は知らない。もしサタンがそれを理由に揺さぶり、混乱を起こそうと画策したとしても、銃さえ持っていなければ、拓が制止できる。
「俺はフル装備分残していますし、サクラたちはそれぞれまだ持っています。狂人鬼たちさえいないのならば、俺やサクラの銃を回せばまた再武装はできますから。しかしそれにしても……」
拓は紫煙をたっぷりと肺に吸い込みながら紫条家の方向を見た。
……サクラたちからも連絡かない。本部からも……。
これは何かあったな……杞憂であればいいが、残念な事にこれまでこういうシチュエーションでは10回のうち8回はよくない事が起きている。特にサクラと飛鳥が絡んでいるなら尚更だ。しかし生存者たちがいるし拓自身も負傷している。はっきりとしたことが分かるまでは、拓も動きが取れなかった。
紫ノ上島、地下2F 午前9時58分
「チャッ♪ チャッ♪ チャッチャ、チャッチャッチャチャ! チャララ~ チャララ~ チャララ~ チャラッ!!」
「……あのサァ……いい加減<ミッション・インポッシブルのテーマ>謳うのヤメレ」
真っ暗なダクト内の鉄格子を降りているサクラと飛鳥。飛鳥はご機嫌そうに鼻歌をずっと続けている。
「いやぁ~ ついにうちらのミッションも核爆弾解体という大事件突入や! テーマ曲くらいは欲しいヤン。あ、サクラ的には<24-TWENTY FOUR->のテーマのほうがええか?」
「黙れって言ってンだい」
「気分を盛り上げようと思ったんやがなぁ~」
「おまいだけじゃ! 緊張感なさすぎだ!」
そう突っ込むサクラだが、この程度で飛鳥が反省するはずがないことも知っているから無視の方針に切り替えた。
階段を降り、大人がなんとか屈んで進めるくらいの通路に出たところで一度飛鳥はトランシーバーを取り、所長室で見張りをしている宮村、そして<ニンジャホーム>にいる涼に状況を報告した。涼は<ニンジャホーム>に残り、セシルのサポートを受けながらNSAのゴードンのパソコン内にあった水素爆弾の情報について調べていた。
すでに基本方針は決まっている。
①まずサクラと飛鳥で水素爆弾の解体に行く。
②核爆弾の起爆装置を破壊もしくは停止させ、プルトニウムを切り離す。
③それを放射能洩れしないように封印してバッグに入れ、移動。
④<ニンジャホーム>にある格納庫に入れて封印する。
作業するのは放射能被爆に強いサクラと、バリアーで被爆しない飛鳥がメインとなる。
サクラの計画では、ついでに上手く理由を設けて涼と宮村は<ニンジャホーム>に避難させることも考えている。あの<ニンジャホーム>にいれば、この島でのファイナル・ゲームに巻き込まれずに済む。しかしそれは、今はまだ言っていない。
「上は異常なし。<死神>も誰かくる気配もないみたいやで、サクラ」
「本研究所だけあって防音はしっかりしているんだろーな。……思い返せば、最初にあたしらがあそこで狂犬ぶっ殺した銃声も拓ちんや<死神>たちは聞こえていなかったし」
「ま! それでこそ秘密施設や!」そう言いながら飛鳥はショルダー・ホルスターからワルサーP38を抜いた。サクラも黙ってショルダー・ホルスターからキングコブラを抜く。
「……て。何で銃を抜く?」とサクラ。
「いや。気分的に」
「……あっそ……どうでもいいが急ぐゾイ」
サクラも釣られて抜いているのだから同じようなものか。
どうしいて水爆は残されたまま放置されたのか……真実は陰謀的でも複雑でもなく、至ってシンプルで、好奇心旺盛な彼女たちを酷く落胆させた。
数分前……所長室から直接水素爆弾が設置されている部屋に通じる秘密通路の存在があることを知った。これが行動の始まりだった。
NSAのゴードンが<ニンジャホーム>に配備されたのは、紫ノ上島にある水素爆弾監視が目的であることはセシルが突きとめた。そこでセシルのアシストで涼がゴードンのパソコンを操作し、所長室や水素爆弾についての情報を得ることが出来た。
次に水素爆弾の自爆コードがまだ生きている事。島の電力が完全に断たれた場合240秒……4分以内に電力が予備電力に切り替わらなければ自爆コードが作動する。しかしメイン電力が生きているうちは電子ロックが施されている所長室と水素爆弾の蓋は開けない。だから、電力の切り替えは<ニンジャホーム>でタイミングを見計らってやらなければならない。この設定があるため米軍も安易に回収ができなかった。これは涼と、捕虜のピートが行う。そのために<ニンジャホーム>から無線機を掴んで飛んできたのだ。涼と密接なやりとりが必要だからだ。
そして所長がなぜ自爆もせず、かつここを封鎖していたのかも、サクラの端末を使い、涼と連携して所長室を開錠したとき判明した。
中に入った一同が目にしたのは……狂人鬼化し餓死した所長の屍だった。
「つまりこういう事ね。所長は狂人鬼に嚙まれ感染、急いで自室に閉じこもり部屋を内側からロックして二次感染を防いだ。だけど外の状況が分からないから自爆をためらっているうちに狂人鬼になった。起爆権と起爆装置のある所長室に手も足も出なくなり……」
「で……米軍は第二研究室ごと封印した……ちゅーことやな」
宮村と飛鳥の推理にサクラも同感だった。ついでにこの第二研究所周辺も隠し電子壁の形跡をようやく見つけた。つまりゲーム運営者たちがこの島に来たことを察したゴードンが電子壁の設定をマニュアルで変更しゲーム運営側から隠した。だからゲーム側もサタンもこの部屋の存在を知ってはいても入れなかったのだ。
「テレビ企画が生きとったら、ウチらが正解! 2000万円ゲット! やのになぁ……」
本気かボケかわからない呟きを零す飛鳥。もしテレビの企画がまともにあったとしてもこんな真相を放送できるはずはないが。
このゴードンの行動履歴のおかげで、<ニンジャホーム>から、電力の部分的操作が可能な事もわかった。うまくやれば、サタンたちにもサクラたちの行動を知られる事を防げる。ピートもサクラや涼の指示に従順になった。殺されかけた事に加え、セシルを通じて本国上層部と連絡が取れて、全面協力を命じられたからだ。
サクラは、<ニンジャホーム>での出来事を飛鳥にだけは話してある。
「しかし意外やな。アンタが撃ち殺さへんのも、スズっちのことも……その男にはどんな利用価値があるんや?」
「さぁーね。今はNSAのデーター処理役だから役には立っているけど」
その程度ならばスムーズさは欠けるにしても誰でもできる。サクラはもうその事に関心はなさそうだ。しかし飛鳥には分かっていた。サクラがピートに見せていた冷酷な対応がフェイクだったという事を。
「ま。おのれが本当に殺す気なんやったら、何も言わず問答無用で頭パァーンしとるやろーしなぁ~」
「まるであたしに血も涙もないように言う……ま、間違いじゃないケド」
喋りながら進む二人。廊下は円形で。真ん中にはパイプが通っている。二人はパイプに這うように進まなくてはいけない。恐らく大の大人であれば人一人が這って進むような感じなのだろう。
「ちょっとした心理実験サ。もしあの男がかなりの情報を持つ高度な情報員なら命乞いなんかしない。『早く殺せ』って超然としただろうネ。でもあいつはみっともなく命乞いして情報を吐いた。て事はダブル・スパイを名乗っていても下っ端確定。殺してもよかったけど殺す価値もない。ならどっちでもいい」
「だから利用する、て事にした……と」
「うむ。奴もスズっちがキレたとこ見たし、もう大人しく従うだろうし」
「スズっちのほうは大丈夫なんか?」
「あたしがカウンセリングできると思う?」
「無理やと思うから心配しとるねん、ちょっとだけ。スズっちのほうを」
進む二人の前に、ようやく壁が出てきた。その壁の手前で二人が進むのを苦労させていたパイプが床にと続き、二人がなんとか並んで作業できるほどのスペースになっていた。この先に水素爆弾が収められた部屋があるはずだ。
「ふぅ~ 狭かった。で、スズっちのことやけど」
「カウンセラーはセシルに任せた」
「成程。おまいにしてはええ判断や」
涼が音楽家セシル=シュタイナーのファンだった事は不幸中の幸いだっただろう。<ニンジャホーム>の事や水素爆弾、NSAの情報については、今はセシルに聞くしかない。サクラがその対応と今後の説明をセシルと交わしているとき、ふと涼がセシルのファンだという事を思い出し、涼の事を含めて全部セシルに任せる判断をした。セシルがCIAだと知った涼の驚きは大きかったが、そのセシルのフォローと現状の任務の困難さを聞き、涼も怒りを抑え<ニンジャホーム>での作業に入れるメンタルを取り戻した。
「解体はあたしがやらんといかんが、<ニンジャホーム>での情報収集役も必要だったし。ま、あたしの日頃の行いがいいから、こういう風に都合よく物事進むってワケだ♪」
言いながらサクラと飛鳥は壁を調べ始めた。取っ手も何もなく手動では開きそうにない。
サクラは携帯電話と無線機の両方を取り出し、無線機を飛鳥のほうに投げ渡すと、携帯電話のほうでセシルにかける。飛鳥は<ニンジャホーム>の涼を呼び出した。そして、双方が出たところで両方ともスピーカーにしてパイプの上に置いた。これで三者と同時通話が可能だ。
「多分水爆の上に到達。スイッチらしいものも基盤もないみたいだけどどうしたらいい? セシル、スズっち。オーバー」
『確認しますが、サクラは所長室の横にある秘密部屋の階段から下に降りて、右回りに通路を廻って来たんですね?』とセシル。ちなみに会話は用心のためフランス語だ。フランス語ならばピートは分からなくても涼は分かる。
「そうよ。明かりがないからここの電源は来ていない……て事はないんだよね?」
『はい。電源が完全に断たれれば起動しますからね』
「つまりここのブレーカーだけが落ちているって事だ」
『ええっともしもし……サクラちゃん、違うみたい。元々その通路にはライトがないみたい。オーバー』と涼。
涼の隣りでは拘束された状態でゴードンのパソコンを黙々と操作するピートがいる。
サクラは念には念を入れ、ピートの両足をロープで拘束し、片足には爆弾を括りつけている。もしロープが切れれば起爆する設定だ。さらに両親指の根元と手首を結んでいる。親指を封じられるのは一番脱出が難しい拘束法だが、キーボードを叩く事はできる。サクラは涼に無用な自発的発言をしたら撃ち殺していい、と言われたからピートは無言で作業している。
元々ここに入り水素爆弾に近づくというケースは緊急事態時だ。当然元から照明装置はついていない設計になっている。
「ケミカルライト使うか? サクラ」
飛鳥は背負っているバッグの中に手を突っ込み言った。ここまではずっと暗視ゴーグルを使っているが、どうしても解像度は低い。
サクラはしばらく考えたが「いらんだろ」と答えた。
「じゃあとりあえず……」
飛鳥はそうつぶやくと、パワー手袋でドンドンと壁を叩き始めた。
サクラは飛鳥を一瞥し、会話に戻る。
「ぶっ壊していいワケ? 電子錠らしきものもないケド?」
『その壁自体が扉になっているはずだよ』と涼。設計図ではサクラたちが突き当たった壁は、全面全てが扉で、それ自体の重さで封じているらしい。しかしは長年の放置で錆付きビクともしない。飛鳥がガンガンと叩いている。音は低く響いた音で、向こう側は空間になっていることは間違いない。
『こっちの設計図でもそのようですね。今飛鳥が殴っているようですが、それで開きませんか? 二人共JOLJUのパワー手袋持っているんでしょ?』
「だ、そうだ。飛鳥ぁー。思いっきり押せ!」
「いや、何を喋っとるかウチはワカランのやが……」
会話はフランス語、英語、日本語が入り混じっている。三人同時会話はフランス語、飛鳥に話す時は日本語、サクラはセシルにだけに話しかける時は英語だ。正直飛鳥はついていけない。この会話劇を反射的にできるサクラやセシルはやはり住む世界が違う。
「とりあえず、絶賛殴っとるけど、壊れる気配ないで?」
「だ……そうだけど、セシル」
『じゃあ爆破しましょう。サクラはプラスチック爆弾持っているんですよね?』
「マジか!? こんなとこで爆発させたらあたしら死ぬワイ!!」
『もちろん少量ですよ。そして爆弾の前に飛鳥を立たせて下さい。それでモンロー効果の代わりになりますから』
すぐにセシルの意図をサクラは理解した。モンロー効果とは爆発物用語で、指向性爆発のことを指す。
「成程。……スズっち、一度切る」
『分かった。待機しているね』
すぐにサクラは無線機を掴み、飛鳥に投げ渡すと
「ミヤムーに連絡。こっちで爆発起こすから上の警戒ヨロシク!って。誰か来るかどうか警戒も」
と言いすぐ携帯電話を取る。飛鳥が「爆発ってどういうこっちゃ!? ヲイっ!! 説明しろぉ!」という怒声をサクラは無視して、扉の前に立った。
「セシル! 扉は押すタイプなのは分かるけど右開き? 左開き?」
『ええっと……右開きですね。吹っ飛ばしても大丈夫です。水素爆弾はそこから8m下にあります。扉が落ちたくらいでは誤爆しません』
「了解」
後ろで飛鳥が色々怒声を上げているが、それを無視しサクラは素早くナイフでプラスチック爆弾をカットし、扉に貼り付けていく。そして、全てに信管を差込み、コードを起爆装置に繋ぐと「一旦切る!」と言い携帯電話を懐に入れ、猫のような素早さで飛鳥の背後に回りこんだ。
「飛鳥ぁーっ!! 発破するぞぉ~! 両耳塞いで目を瞑ってバリアー全開!! 3っ!」
問答無用でカウントダウンを始めたサクラに、飛鳥は湧き出る無数の文句を飲み込み、現在進行形の文句に切り替えた。
「発破って……爆破かぁ!? アホか!! こんな狭いとこで……!!」
「だからアンタが盾になれ! バリアー全開! 耳やられるぞぉぉぉーっ!! 2!」
「本当におのれはテロリストやなっ!! くそっ!!」
飛鳥は文句をいうのを止め、上着のフードを被り、手で耳を覆った。サクラは一瞥、飛鳥の用意が整ったのを見てから自分も眼を閉じ耳を塞いだ。
「1っ! ゼロ!!」
サクラは叫ぶと同時に床に置いた起爆装置を踏み壊す勢いで叩いた。
次の瞬間、通路を閃光が包みこんだかと思うと、強烈な爆風が猛り狂い駆け抜けていった。
「ちょ……!? 本気……!? ……核爆弾は、無事なんでしょうね」
爆発の衝撃に、上にいた宮村は、予想以上の反動で思わず壁に手をついた。飛鳥から何かを爆破するとは聞いたが、こんなに強力だとは思っていなかった。
所長室の秘密通路から、猛烈な爆風と爆煙が拭き続けている。幸い宮村のいる第二研究所の廊下は直撃を受けることがなかったが、水蒸気のような煙が噴出していた。それは徐々に弱まってはいるが、蒸気と埃混じりの煙が廊下にまで充満している。
宮村は周りを気にしながら無線機を取った。
「サクラちゃん! こちら宮村。サクラちゃん、無事っ!?」
応答はすぐにはなかった。無線は死んでいるわけではない。ノイズも何が動く物音が聞こえてくる。30秒後再び呼びかけたとき、ようやく無線の向こうから反応が返ってきた。
「こちらサクラちゃん。飛鳥も無事よ。……あー、えらい目にあった」
体半分がビショビショになったサクラは、周囲に立ち込める水蒸気と壁から垂れる水滴を振り払う。
爆破したのは扉だけだったが、壁の向こうに水があったことは想定外だった。おかげで凄まじい水飛沫を浴びる事になった。
……セシルの馬鹿!! ちゃんと説明しとけ……!
他に大きなダメージは起きていないようだ。使ったプラスチック爆弾が少量で、しかも全方位性の爆発を飛鳥のバリアーで遮蔽することで、モンロー効果により全エネルギーを扉側にぶつけた。爆発力は飛鳥のバリアーでより大きな反発力となって最低限で最大の威力を発揮し、狙い通り思い扉を吹っ飛ばした。
「ま♪ 結果よければ全て良し! ……という事で」
ウンウン……と頷くサクラ。そのサクラの頭を叩く飛鳥。
「ホンマに殺す気かっ! ええ加減にせんかい!」
「100%絶対のバリアーで濡れてもいないヤツに言われたくないワイ。さて。爆発も水も収まったし、次のステップだ」
吹き飛んだ壁から、サクラはついに水素爆弾がある部屋を見ることができた。水素爆弾と思われる爆弾は、たっぷりの、水のタンクの中に沈んでいた。サクラは自分の携帯のガイガーカウンター機能で放射能数値を調べた。数値は反応するが濃度は低く汚染水ではない。サクラはもちろん、この程度の放射能レベルなら上の宮村も問題ないだろう。
水も爆風も被害を受けなかった飛鳥が、暢気に顔を出した。
「おお! あれが水素爆弾!!」
まるで宝物を見つけたかのように飛鳥は声を弾ませた。水素爆弾は、博物館の展示で見るような直径2mの巨大なフットボール型をしていた。いかにも<核爆弾>らしい代物だ。
「……で? これは一体どういう事なんや?」
「多分、この水が安全装置の一つだな。ふむふむ……ここの仕組みが分かってきたゾ。多分、有事がおきればここの水が排水されて、電源が落ちれば全てが排水される。それがステップ1……ってコトね。あの通路のパイプが配水管だったのかな」
サクラは改めてこの部屋を見回した。直径8m……壁の厚さや設備を考えて、ここが地下7Fの円柱の中なのは間違いない。天井には巨大な鉄の塊が吊り下げられていた。至ってシンプルな自爆装置の仕掛けだ。自爆スイッチを押せば水素爆弾起爆の安全コードが解除され、クッションとなる水が排出。吊り天井式に設置させた巨大な鉄の錘がむき出しになった弾頭に衝撃を与え爆発する。
「ネズミ捕りのトラップみたいな装置やなぁ~」
「70年代だし、極秘施設だしね。そう凝った物はできないし、凝った物ほど対応される。どこかの馬鹿の発明じゃないけど、シンプルなものほど対応しにくいってネ」
サクラはつぶやきながら円柱の中の空間に飛び込んだ。そして、水面ギリギリで停止し浮遊すると、再び携帯電話を取り、セシルに連絡をして、現状を伝えた。
すでにセシルは十分なデーターを揃え待機している。
『一応型番を確認してください。工具の用意はできています? 電源を落としてから4分以内ですよ?』
セシルの声にも緊張感が篭っている。核爆弾の解体だ。ミスによって核爆発が起こるだけではなく、核燃料が洩れれば致死量の放射能が島を汚染するだろう。
『通風孔やダクトが他にないか確認してください。こっちの情報だと……その水素爆弾が入っている円柱形の出入り口は二箇所です』
「二箇所?」
サクラは飛びながら周囲を見回した。するとサクラたちが開けた出入口の正反対側に似たような扉があるのを見つけた。すぐその下には同じように配水管を見つけた。
「あったっぽい。ぽいケド……」
……そういえばセシルは『右回りの通路』と言っていた。ということは普通に考えてこちらは左回りの通路なのだろう。だがこれを見つけた瞬間、いやな予感がサクラの脳裏を掠めた。
……所長室からは右回りの通路しかなかったはず……。
……じゃあこの通路はどこに繋がっているンだ……?
『もう一つの通路は地上から入れるよう緊急用に作られる予定だったところですが、設計上途中で水の入れ替えように変更されたようですね。海のほうに繋がっています。ええっと……私のところのデーターは古い年式なので』
「他からも入れるって事?」
『気になるなら高遠さんのほうで確認してもらったほうがいいかもしれません。データーを更新しているのはNSAです。私が今見ているデーターはあくまで国防総省のデーター・バンクに封印された70年代の基地情報と水素爆弾のデーターです。最新データーはNSAの専門担当者のほうが確かですから』
バシャッ……サクラの背後で飛鳥が梯子を伝って降りてくる音だ。バリアーが水を弾く音がサクラにも聞こえた。
『報告ではその左回りの通路は水爆設置して水を入れた後、コンクリートを流し溶接したようです』
「…………」
サクラはその扉の前で、無言のままその周囲を撫でた。かなり錆が浮かび、確かに溶接した跡がある。しかし、扉自体は押せばグラグラと揺れるのだ。70年代にコントリートを流し溶接したのなら扉がガタつくか? 反対側の扉を発破で吹っ飛ばした影響でガタついたのか? 気にしすぎだろうか?
「おいサクラぁ!! 何突っ立っとんねん。時間ないど時間がぁー!! お前も工具もたんかいっ! 用意せんかい!」
飛鳥は半分体を水に沈めながら叫ぶ。
「セシル! その件、スズっちのほうに命じて調べといて。こっちは準備できたら解体に入るから」そう答え、サクラは携帯電話のガイガーカウンター機能を常時起動状態にセットし、携帯電話を飛鳥に渡す。飛鳥はバッグの中からケミカルライトの束を受け取り、周囲に設置し始めた。作業は飛鳥と二人で同時に行う。いくら暗闇でも見え、かつ暗視ゴーグルがあっても、繊細さを要する作業は明かりが必要だ。
解体猶予は4分間……一つのミスもできない。サクラといえども専門ではないから、うまくいくかどうか絶対の自信はない。さすがのサクラの表情にも、緊張感が漲っていた。
31/クライマックス、直前 2
各地 日本時間 午前10時01分
「<M・P>、スタントン支局長。今、不自然な入金を確認しました。額は5000万ドルです。」
工作船内で作業する<M・P>のチームの、分析官の一人が報告の声を上げる。だが重要な報告はそれだけではなかった。
「小型ヘリ起動。6人乗り込みます。そのうち一人がドリトミー=ロマエノフと顔認識で確定。ロシア系の傭兵です。3分以内に飛び立つ模様」
「不審船確認。南から紫ノ上島に向かっています。4名確認」
「監視カメラの顔認証にスピードル=ホールデンを確認。部下を集め始めました」
「10分以内にクロベ捜査官到達予定。妨害はなく無事潜入予定」
「<レディー>の顔認証をかけていますが該当なし。ただし整形跡が随所に見られます。各国のデーターと参照の結果、ブタペスト警察のデーターにヒット……現在データー転送中です」
「紫ノ上島からの衛星通信をキャッチ。暗号化されていて内容は不明。解読中です」
「紫ノ上島電力の一時的な遮断を確認。電力遮断の時間は凡そ219秒間です。二度確認」
「……犯罪者は10時開店だったのかねぇ……随分と慌しいこと」
やれやれ……と、<M・P>は嘆息する。午前10時前後になってからというもの、これまでの静かな活動とは打って変わり、いくつもの重要情報が飛び交い、分析官たちはそれらを追うのに必死になった。
「何か地雷でも踏んだのカイ? 灰神楽が待っているよ、スタントン支局長」
『クロベが動くと大体そうだ』とコールも毒舌を吐く。
『まだ俺は到着していない。俺のせいじゃない』と、コールに抗議するユージ。
ユージはすでに工作船を出てクラウディア号に向かっているが、持ちこんでいるラップトップで情報のやり取りがすぐできる状況にある。それがなくてもユージの体には通信機器や隠しカメラがあり、眼鏡はモニター代わりになっている。
異常はコール側も把握している。コール側にも現場用に4人、日本政府用に2人、アレックスや政府担当として3人、計9人の分析官が目まぐるしく働いている。コール側も9時半を過ぎたあたりから俄に忙しくなっていた。この忙しさの理由の一つは分かっている。アレックスが約20分前に秘匿回線で紫ノ上島に政府が関知していない水素爆弾がある事、その存在はNSAが握っていた事、サクラがセシルの指示の下解体作戦に従事している事を伝えてきた。水爆の存在については米国政府にも<M・P>にも伝えていない。知られれば作戦や各国政府とのバランスが崩れ大混乱が起きる、というアレックスの意見に賛成だ。そのため水爆関係は全てアレックスとセシルに一任して、公には聞いていない事としている。
今上がったいくつかの情報は、核爆弾関係だと思われる。電源が落ちたことや紫ノ上島から暗号通信が飛んだのは関係があるだろう。
『<M・P>。君は<P>作戦関係に集中してくれ。彼女は今どうなっている?』
「<レディー>とガールズトーク中。今<レディー>の身元照会をしているケドね。スタントン支局長のところにはカミングスのデーターは行っているね? カミングスは通常若い男女を秘書として使う。この<レディー>と呼ばれる女性が秘書筆頭だよ」
『そのことは知っている。その<レディー>の名前、出身地はわかっていないのかね。モニターには映っているのだろう』
エダの傍では姿を消したJOLJUが手持ちカメラで周囲を映していたが、コールと<M・P>の会話を聞きカメラを<レディー>に向けズームアップした。工作船側ではすぐに判明している情報をつけ、モニター中央に表示した。
通称<レディー>。東欧系白人で髪が黒、瞳はブルー。身長172cm前後、体重55~60キロと普通体系。年齢は30前後。鼻、顎に整形跡がある。今回の事件以外にリベリア、シリア、カザフスタンで目撃されている、カミングスの第一秘書。偽名は複数あるが、まるでどこかのエージェントかのように自称<レディー>と名乗っている。
「偽名はリストにしてすぐに送るよ。スタントン支局長、ミスター・クロベ」
『俺はじき船に入る。丁度、乗船許可の応答が来た』
ユージは、顔を上げラップトップから前方3キロ先の豪華客船を見た。モーターボートが波を切り、飛沫が時折顔を濡らす。搭乗者はユージ、羽山夫人、そしてソーヤ捜査官とリン捜査官の4名だ。
ユージは目線を甲板で飛び立ったばかりのヘリに向けた。
工作船側では、ユージが捕えた映像をズームし、ヘリの様子を探る。
『武装しているようだねぇ……』と<M・P>。
『後部座席にドリトミー=ロマエノフが見えるな。クロベが見つかったのか?』とコール。
「それなら撃ち落すだけで済む。それにロマエノフは俺の顔を知っている。いなくなってくれるなら好都合だ。しかしこっちには興味はないらしい」
ユージはじっとヘリを睨んでいる。ヘリはそのまま急速上昇し、ユージたちのボートには目も暮れず紫ノ上島のほうに飛び去っていった。
見送りながら、ユージも事態の変化に戸惑いを覚えていた。今飛んで行ったロマエノフとその部下の傭兵団は武装していたが、<死神>のコスチュームは着ていなかった。
……<死神>用の要員ではない……。
ドリトミー=ロマエノフは一流の独立した傭兵だ。虚栄心が強く<死神>のような非役を引き受けるはずがない。拓が後れを取る相手ではないが、顔が知られているような男がサタンの行うゲームに関わるというのか? サタンが公言しているファイナル・ゲームの開始まで一時間の猶予がある。
「ロマエノフの件、拓に通告してください。どうして奴が島に向かったのかも。ゲームじゃないと思う。かといって逃げ出したようにも見えない。奴は傭兵で雇い主がいるはずだ」
『お前は今からカミングス逮捕のために潜入するんだ。今は潜入に集中して他の案件は任せろ』とコール。すぐに<M・P>が続いた。
『色々セキュリティーや人の目には気をつけてくれ給え。乗船直後が一番厳しいから。そこで捕まれば、我らがプリンセスに危険が及ぶからね』
「言われるまでもない。じゃあ任務に入る」
そういうと、ユージは持っていたラップトップを無造作に海に投げ捨てた。
紫ノ上島 午前10時04分
これまで何度も聞いたサタンの放送が始まり、島にいる全員に緊張が走った。
『敵の敵は味方……という意味をご存知ですか? 皆さん。さて、重大な問題が持ち上がりましたので、こうして連絡を取らせていただいた次第でございます』
緊迫感のない、相変わらずのサタンの口調だが、些細な事だがサタンの変化に、拓や一部の生存者たちは違和感を覚えた。サタンが拓やサクラたち以外の人間全てに話しかけるのは、最初のゲーム説明以来の事だ。
<新・煉獄>にはモニターはない。拓は一瞬迷ったが、片山だけを連れ紫条家敷地内にあるモニターに向かって走り出した。
「どういうつもりだ? 村田の奴」と片山。
「さぁ? 俺やサクラを名指しじゃないのは、何か意味があると思いますけど」
拓と片山の二人は小走りに駆け、すぐに紫条家東門を潜った。地下のほうが近くにモニターがあるのだが、それだと<新・煉獄>の様子が分からなくなる。
「口振りからして、ファイナル・ゲームの告知というわけではなさそうですね」
『僕はあくまでゲームを最後まで執り行うのが役目なのですがトラブルが起きましてね。じきに小煩い連中がやってくるって情報がありまして……そこで相談を提案したいんですよ、捜査官。それに皆さんにも。ということで、捜査官、連絡をお待ちしています』
と、言われても拓は今向かっているところだ。むろん村田も重々承知だ。
『捜査官が出てくる前に、こちらの条件を話しましょう。どうやらサクラ君がパンドラの箱を開け、宝を手にしたようです。その宝を狙って武装勢力がこの島にやってくるという情報を得ました。その勢力は僕にとっても邪魔でしてね。一時休戦、協力して撃退してはどうかと思います。細かい話は捜査官としかできないけど、皆さんに危険が迫っている事はお教えしましょう』
……何を言っているのか……拓はもちろん、生存者たちにも村田が何を言っているのか分からない。
ただ一つ分かった事は、サクラは地下6F以降の無力化に成功したと同時に何か見つけたということだ。しかし肝心のサクラから連絡はないし、サクラと別行動をとってから1時間も経過していない。
……サクラと飛鳥だから、また暴走したんだろうけど……。
何か手に入れたとしても、サクラから村田に接触をとるとは考えにくい。第一、もしサクラが何か見つけたとしても、反応が早過ぎるのが気になった。
同時刻 紫ノ上島 地下2F 第二研究所
「嵌められた」
遠くから聞こえたサタンの放送を聴き、サクラは左手で目を覆った。
この第二研究所にはスピーカーはないから音声は小さいが、村田の言っている事は、水素爆弾の事と、それを狙う襲撃者がいる事を示唆していることは間違いない。
「ふむ?」
飛鳥は足元にある核爆弾を見下ろす。60cmくらいの筒状のもので、両端にひっくり返したパワー手袋が貼り付け縛ってある。パワー手袋は筋力を強める道具ではなく、手袋の形状をしたエネルギー発生装置で、サクラは二つのエネルギーで包む事で放射能を封じ込める安全装置に作り終えた所だ。
「村田は核爆弾があるって知っとったって事か?」
「そういう事」
水素爆弾の部屋に入った時の違和感、そして反応の早さ。
村田はあの部屋に入ったか、なんらかの装置……盗聴器か何かを取り付けていたのだろう。でなければ、これほど早い反応はできないはずだ。
「私も分かった。……成程、村田ってホント腹立つくらい頭のいい奴ね。私たちはマンドラゴラを引き抜く犬の役目ってワケか」
宮村も村田の意図に気付き、大きく吐息した。
これで第二研究所が放置されていた疑問が全て解決した。第二研究所は運良く見逃されていたわけではない。村田はサクラたちの能力を計算した上で、あえて放置していたのだ。水素爆弾の存在も知っていた。だが解体するには専門知識がなければならないし、それが運営側に露見すればゲームは中止になり、水素爆弾を掘り出そうとするだろう。
だから村田は独断で、その事実を放置した。
サクラたちが気付けば良し、気付かない場合は脅しや交渉に使える。
「どういう事や?」
「この島についてはサタンたち……いや、村田のほうが一番詳しかった。それが事実だったって事よ」そういうと、サクラは武器袋の中を開き、爆弾や弾を確認する。
「あいつはこの島に水爆がある事を知っていた。だけど、自分たちで取り出すことも持ち出すことも無理。セキュリティーも厳しければ暗証コードやら電力カットやら解除方法やら、障壁だらけ。裏世界でも核に精通している人間は少ないし、そういうVIPには大体諜報部の監視がついてる。もし強引に奪おうとすれば、NSAに知られて米軍が動いてしまう。核爆弾の強奪はハイリスク・ハイリターン。世界中が本気で追う。当然狂人鬼ゾンビ薬イベントどころじゃない」
「おまいが言うと説得力ないケドな」
「だから、奴はあたしたちに見つけさせて、あたしたちに解体させたワケだ」
「ミス・ディレクション。地下7Fの爆弾は皆フェイクで、全ては私たちに核爆弾の存在を報せるためだった」と宮村。
「気付かなかったら時はどないするつもりやったんやろ?」と飛鳥は言いながら、予め用意しておいた大型バッグに核爆弾を入れる。
「その時は自分で言って終わりじゃ。聞いたら対処しなきゃならん。あいつの大好きなデスゲームが増えただけの事。こっちが先に知った場合は、また事情が異なるだろうけど、そのタイミングは捜査の手が運営側にまで迫り、ゲームを打ち切ることができなくなるくらい進んだ時。つまり今みたいな状況ね。ユージとエダが大ボスに迫っているから、このことをあたしたちが知っても政府には報せない……さらにあたしたちが解体できるほど本土との連絡が密になるまでサタンたちが追い詰められた状況になるまでは、このプランは実行できない。それだけ絶妙のタイミングでなければ意味がない危険なゲームを……あの村田は全て計算した上で、やり遂げやがった。全てあのサイコ野郎の掌の上だったって事」
……これが村田の切札だったか……。
これほど強力な切札はないだろう。これを切り出されれば、どんな状況下でも主導権は村田に移ってしまう。
しかし、全てが全て村田の計算通りではない。
「現物をあたしらがもう手に入れちゃっている……そのことは当局も拓ちんも知らない。村田ですらあたしらが今持ち歩いている事までは知らない。これが救いね。あたしらがどう動くかは村田も読めきれていない。少なくとも自爆さえしなきゃ、島で核爆発が起きることはなくなったって事が一つ。後、今の放送で分かった情報はデカい」
そういうとサクラは指で二人に「ここから出る」という意味を込めて指で前進する、と示した。飛鳥が核爆弾の入ったバッグを背負い、その後ろに宮村が続いて歩き出した。
「一つ。核爆弾についてはゲーム運営側の計画にはない、村田のスタンド・プレーっぽい。あいつはあくまでゲームを続ける事が目的っぽいし、今までそのことを黙っていたのは村田にとってゲーム側に対する切札でもあったからだと思う」
「だからそのことを知らない運営側が、強奪チームを島に寄越して……村田はそれを迎撃するために捜査官に協力を申し出た……そういう事?」
「多分ね。村田が強奪を命じられているならわざわざ外部部隊じゃなくて、<死神>寄越せば済む。運営側にとって<死神>は捨て駒、被爆しても痛くも痒くもないはずだし、ファイナル・ゲームとやらに組み込んでもいいわけだし」
「サクラちゃんや捜査官の話を聞いているかぎりだと、ファイナル・ゲームに<死神>は必要っぽいのよね?」
宮村もそのことには勘付いていた。<モンスター・パニック・ゲーム>や<生贄ゲーム>以降、<死神>は積極的な行動に出ていない。それどころか海上保安庁を使い<死神>を補充しているくらいだ。まだ何があるのか分からないが、村田は頑なにゲームに拘っている。そしてそのためには<死神>が手元に残っている事が前提だということは間違いないだろう。
「もう一つ。このことからすると、村田は結構重要な大ボスの幹部。あいつ、自分で言っていた<自分はただの駒>は嘘だ。あいつ自身相当の権限がある。でないと今回の事にはならない」
ただの駒に、水素爆弾の事を極秘裏に知り、その上でここまで巧みな作戦を進めることは出来ない。これまでの捜査でも普通の捜査権では到達できなかった情報を知っていた人間だ。サクラたちでさえ、セシルの反則諜報活動でようやく知ったレベルで、解体ができたのもJOLJUのスーパー・コンピューターがあったからで、正規の手法では存在は把握できても解体できたかどうかは難しいところだ。
三人は第二研究所を出た。人の気配は感じられない。
「で。これからどないするんや? サクラ」
「本当は拓ちんと合流する……というのも手だけど、下手に合流すれば核爆弾の所在を村田にも知られそうだし」
核爆弾は下手には渡せない。現状だと、他の人間を守る義務のないサクラと飛鳥くらいしかない。それでもユージとエダの作戦が終わるまではできればサクラも村田や運営と接触したくはない。
「涼ちゃんのいる米軍発電施設に持っていくんじゃなくて?」
「相手がヘリで来てるんなら海上で襲われたら逃げ場がない、一巻の終わり。あの<ニンジャホーム>も警備兵はいないから、持って行くにしても今飛んできている急襲部隊を撃退してからじゃないと無理。とはいえこの島にずっと置いておくのも……」
さすがのサクラもどうするべきか考え込んだ。
水素爆弾本体から、起爆用の核は抜き取ったので核爆発する危険はなくなった。起爆用核爆弾も、プルトニウムに直結していた起爆装置は外し、プルトニウムの圧力パネルも外し調節したので核反応が簡単には起きないようにはできた。しかし放射能爆弾としての能力は残っているから依然として十分脅威はあるし、起爆装置を再設定すれば核爆弾として運用できる。
誰も気付いていない時であれば、こっそりJOLJUを呼び寄せて始末させる手があった。しかし、数は限られているものの数人に知られてしまったからその手も使えない。
「で? どないするんやサクラ」
「まだ考え中」
「とりあえずここにいても仕方ないと思うけど」不安げに周囲を見渡す宮村。持っているものが核爆弾だと思うと誰が味方か敵か分からない。想像豊かにすれば、日本政府だって信用できない。非核国にとって完成された核爆弾の価値は天井知らずだ。
「ならS―1に行こか」と飛鳥。ここから一番近い、サクラたちが確保したセーフ・ルームだ。最初にサクラと飛鳥が潜んでいた東館の裏の地下部屋で、あそこからならどこにでも出られる。
「よし。一先ずはそうしよう。あ、だけどあたしはちょっと拓ちんの様子見てくるか。拓ちんと村田の出方がわからんとこっちも動けないし」
「これ以上下手は打てへんってトコやなー」
「そういう事。これ以上舐められるのも癪だし。ま、あの放送に拓ちんがどう応じるか見るだけだからすぐ合流する」
村田と拓がどういう交渉をするのか……それが現状把握のため必要だ。サクラはそういうと、M4カービンとベレッタを宮村に渡し、駆け出した。
紫ノ上島 紫条家敷地 森の中 午前10時08分
『まさかこういう事態になるとは夢にも思いませんでしたね、捜査官』
ようやくモニター前に現れた拓を見て、村田は相変わらず無邪気な笑みを浮かべている。
「感慨に耽っているところ悪いが、俺には何が何だかさっぱりだ。協力、と言ったがそんな気はないけど」
拓の表情は村田と違い、警戒と敵意がはっきりと出ている。村田はヤレヤレ、と苦笑した。
『捜査官は冷静な人で、真面目な人だと思っているんですが……僕からの説明がいるんですか? 皆殺しにされますよ、今のままだと。僕たちも貴方たちもね。十分それが分かった上での行動なのだと思っていましたが』
……嘘は言っていない……村田は何だかんだと嘘だけはついていない。
拓と片山は互いに顔を見合わせた。二人共表情には当惑が浮かんでいる。
恐らくサクラが勝手に何か仕出かしただろう事は予想がつく。それがかなりヤバい事も分かる。予兆はいくつもあった。
まず、自分に決定権があったセシルが自分から外れ、別の作戦に投入された。あれだけ頻繁にあったユージやコール、アレックスからの連絡がピタリとなくなった。潜入に入ったユージは分かるが、人質事件の件が一切連絡がないのは変だった。そしてサクラが接触してこないのは、よっぽどのめり込む何かを見つけたと思っていい。村田の言葉を信じるならば、ゲーム関係とは違うということか……。
「危険を教えてくれてありがとう。用件はそれで終わりか? 俺たちにとっちゃお前も、今からやってくる連中も敵であることに違わない」と拓。そして片山もニヤリと笑った。
「こっちは武器もあるし、お前さんのおかげで修羅場も潜らせてもらった。生き残るだけならお前さんたちの手を借りんでも大丈夫だぜ」
『沈めた銃火器は手入れをしないとすぐには使えないんじゃないですか? それに相手は捜査官レベルのプロ、10人前後ですよ? ……もし、クロベ捜査官がこの島にいたなら、余裕していていいと思いますけど』
……銃の破棄も見られていた……?
周辺のカメラは全て壊したが、遠くからの監視までは防ぐ事はできない。どうもこの状況はよくないな……そう拓が内心不吉な予感を感じていた時、ついに村田の口から拓の予想もしていない事実が吐き出された。
『コード・ブラック、G0D・10ST』
「!?」
そのコードを聞いた拓の表情から血の気が一気に引いた。
『確か……NSAのコードだったと思いますけど、捜査官なら知っているかと思いましてね。馬鹿みたいな簡単なゴロ合わせですね。コード黒、GOD・LOST……ですか』
「…………」
『今起きている事態は、正確にはこのコードとは違うと思いますけど、僕もそんなに詳しく知っているわけではありませんから、一番ストレートかつ知っているコードでお知らせしたわけです。これ以上、説明が必要ですか捜査官?』
「いらない。……ようやくクリアーになった」
そう答えた拓の表情は暗かった。拓も大体の意味を悟った。
<コード・ブラック、G0D・10ST>……その意味は<核爆弾に関わる紛争>という意味だ。それだけで拓は村田が何を言っているのか、全て理解した。
どこかは分からないが、サクラは核爆弾を見つけたか、入手した。その核爆弾を狙って、今回の事件とは全く関係のない第3勢力がこの島に近づいている。その連中は、核爆弾強奪のためにあらゆる手を使うだろう。そして、強奪後はその場に関係した全員を抹殺する。抹殺しなければいずれ足がつくからだ。
この島に来る直前、ユージから「今、裏社会に戦術核爆弾が流れているという噂があって、どの諜報機関も躍起だ。テロリストたちもな。だから相場が今天井知らずらしい」と聞いていた。今回のものが関係しているかどうかはまでは分からないが、市場がそうなっている以上、欲しい組織はいくらでもいるし、何でもするだろう。
しかし悪い面だけではない。今の村田の反応からすると、その核爆弾を手にしているのはサクラだ。村田たちではない。
「状況は分かった。その点は感謝する。だけど、お前はお前たち、俺たちは俺が守る。それでいいだろう」
「そうだぜ村田。今になって虫が良い話だぜ」と片山も拓の意見に同意する。
『捜査官も片山さんと同じ考えですか?』
「……片山さんの意見も間違ってはいない」と答える拓。だが片山ほど威勢よくはない。片山は知らないから言える事だが、危険性の理解はむしろ村田の意見のほうに傾いている。
拓は目で村田を鋭く睨んだ。「片山には教えるな」と……。
村田もこれが不用意に口にすべきでない事を理解している。小さく頷いた。
「今の話を全部信じるとしても、お前が力を貸して欲しいのは俺とサクラ、あと飛鳥くらいだろ? その第3勢力は俺はともかく他の日本人まで手を出すかまで断言できない。だから片山さんの意見も間違ってはいない」
『ウラジミール=ボルトロスキーがドミトリー=ロマエノフを差し向けている、と聞いても?』
「…………」
その名を聞いたとき、拓は一瞬目を閉じ舌打ちした。知った名……どころか、有名な反ロシア政府系のテロリストだ。ボルトロスキーは過激なテロリストで、ロシア政府だけではなくロシア政府と連携姿勢を取る米国やユーロ諸国も標的にしている。ウクライナにガス田を持っていると言われ資金も豊かだ。ドミトリー=ロマエノフも同じロシア系傭兵で、元特殊部隊出身で黒い噂が堪えない男だ。こいつらなら、やる。
そうは思ったが、村田にはそれを悟らせないよう表情を消した。
だが、そういう機微を見るのは村田のほうが一枚上手だった。
『では、こうしましょう。日本で皆さんを監視している連中を引っ込ませる。完全にね』
「…………」
拓は表情を変えなかった。だが片山は違った。それを聞いた片山の表情が一変したのを、拓も村田も見逃さなかった。
……やっぱり交渉力では村田のほうが一枚上手だ……。
拓は無言で片山のほうを見て、小さく頷いた。
「分かった。だが、まだ協力すると決めたわけじゃない。まずお前のほうから誠意を見せろ。監視対象を全員教える、そしてお前自身今すぐ、その穴倉から出て俺と直接交渉する事。俺はサクラの動きを把握はしていないから、俺とお前で詳細は決める」
『分かりました。さすが捜査官。英断に感謝します』
「あくまで交渉だ。場所は…… 俺は今から紫条家本館に向かう。そこで……」
そこまで言った時、遠くから迫るヘリの音が聞こえ、拓は空を見上げた。音は北西のほうから聞こえるが、森の中ではその姿を見ることができない。ヘリの接近は村田側も気付いたのだろう。画面に<大死神>が入り込み、村田に耳打ちした。
『では、すぐに向かいますから。捜査官も急いでください』
そういうと、村田は一瞬清々しい笑みを浮かべたかと思うとすぐにモニターが切れた。
拓は片山を見た。片山も細かい事は分からないが、とにかく一つだけは分かった。
……これまでとは違う、大きな危険が迫っている……と。
そして、それとは別に拓も痛感した。
……どこまでも、俺たちは村田の掌の上で踊らなければならないのか……と。
31/クライマックス、直前 3
日本/<ニンジャホーム> 午前10時11分
水素爆弾の解体に成功したとき、セシルの仕事の山場は越えた……そう思っていた。
だが、サクラから「無事解体完了」と連絡を受けてから約3分後、涼からゴードンのPCが突然異常な状態になったと連絡があり、急ぎゴードンのPCに入り込み、自分のパソコンと同期させた。
ゴードンのPCは、モニターに大きくプログラムの窓が開き、凄まじい勢いで意味不明の数字とアルファベットが乱れ飛んでいる。
「高遠さん。セシルです。今パソコンは操作していませんね?」
『はい。全く触っていません』
「こっちで操作してみます。しばらく待ってください」
……暗号ブログラムと暗号アルゴニズム……見た事のないヘッダー……。
NSAの特殊コード……? でも、見覚えがない。……改良が加えられたオリジナルのコード……!?
セシルは情報専門諜報員で、大体の秘密コードは分かっていたつもりだが、これは見たことがない。プログラムを止める事は簡単にできそうだが、止めていいものか悪いものかは分からない。
時間がない。一先ずデーターの時間を遡りJOLJUのスーパー・コンピューターを暗号解析に使った。結果はすぐだ。そして、その結果を見たセシルは一瞬言葉を失った。
核爆弾の情報が外部に発信され、さらにこの後<ニンジャホーム>に持ち込まれるであろう事がすでに予定の中に入っているのだ。それだけではない、NSAゴードン=フライシストの本当の正体が判明した。
ゴードンは、村田と接触していたのだ。この事件の最中に!
「ゴースト・ボムの……暗号アルゴリズム……!」
思わずセシルは唸った。この情報は核爆弾が何者かの手に落ちたとき、初めて起動するようになっていて、元データーはゴードンのPCではなくネット上に巧妙に隠されていた、特殊なプログラムだ。
もし、サクラたちが核兵器について気付かなければ、彼は<核兵器の監視者>としてNSAの仕事を道に外れることなく黙って続ける。だが、もし核兵器が動くことがあればゴードンは任務も祖国も捨て、村田と連帯する……それが彼の正体だったのだ。彼がサクラと涼を助けたのも、NSAとしてではなく自分自身のためだった。思えば50代にもなって管理職ではなく、僻地の閑職に回されるというのは、年金稼ぎか無能か理由があってか……その三つのどれかだ。少なくとも、ゴードンが仕事に情熱を燃やすタイプではない事だけは間違いない。
その時、自動的に一つの動画が立ち上がり、再生が始まった。セシルと涼、二人が同時にその動画を見る。何度も見飽きたサタン……村田の動画だ。
『ようこそ。まさか紫ノ上島以外で僕を見ることになるとは思わなかったでしょう? そう、核兵器をここに封印するという考えは中々いい判断です。ですが、紫ノ上島のモノを他所に移すのはルール違反です。この動画が流れたということは、かなり切迫した状況を潜り抜けての事だと思います。しかしゲーム終了まで紫ノ上島を出る事は許されません。実は格納庫に爆弾が仕掛けられています。もしここを利用するというのなら、遠慮なく爆弾のスイッチを押させて頂きますのでご了解下さい』
同時刻 <ニンジャホーム>
「どういう……事?」
涼は愕然とPCモニターを見ていた。これまで何度も驚くようなことがあったが、今回ほど度肝を抜かれた事はない。隣りで作業していたピートも驚きを隠せないでいた。彼は運営側が送り込んだダブル・スパイだったが、ゴードンが村田と繋がっていたなど聞いてはいないし、CIAも軍も探知していない。
『高遠さん! 安心してください、これは録画ですから』
「……はい」
確かにその通りだ。村田は涼だけでなく誰を相手にしているわけではなく、喋りは事務的だ。これは録画だが村田が語っているのは過去ではなく未来だ。村田はいつもの口調で喋っているが、<誰>とは一言も言っていない。
『今確認中ですが、こうなるとそこは安全ではありません。その<ニンジャホーム>は膨大なガソリン地下貯蔵庫と海流発電所で、軍施設です。爆発物を持ち込むこともそれを仕掛けることも可能でしょう。ですが……爆弾は多分フェイクです』
「爆弾はない……って事、ですか? でもここは安全じゃないって……」
セシルの勘だが、根拠はある。
『今計算してみましたが、その施設に埋蔵されているガソリンが一気に引火するとタンカー一隻に匹敵する大爆発が起きます。爆風に人工的な地震、津波が起こります。周囲5キロ圏内はなんらかの爆発の影響を受けますから、ゴードンが逃げ切れるとは思えません。そしてその爆発で電力が切られ、紫ノ上島は機能停止になります。だからフェイクです』
ゴードンだってここまでする以上、命を捨ててまで自爆するとは思えない。何よりこの録画はゴードンが生きていることが前提になっている。でなければ説得力がない。だとすれば、この録画が再生された後、ゴードンが逃げるだけの勝算があるはずだ。何より、事態がここまで進むには相当の難問、障壁をクリアーし、全てベストな状態でここに辿り着いた時を前提に発動するようになっていた村田の、最後の障壁となるのがこの録画だ。しかし、この行為は紫ノ上島の件と違い、米軍秘密施設を直接破壊するテロ行為で、ゴードンも安易に仕掛ける事はない。これはいわば、おそらく発見されないことを前提とした隠しステージだ。
セシルは同時に<ニンジャホーム>の3Dマップとその設備情報を見ている。地下20mに作られた<ニンジャホーム>は膨大な広さを誇っている反面、セキュリティーは最新のもので履歴が残っている。ゴードンは配備されて以来、発電施設やガソリン貯蔵庫のほうには近づいていない。彼が村田と手を組む事にしたのはほんの10日前ということがPCの履歴から判明した。
だが悪い事に、この<ニンジャホーム>の事と核兵器の詳細情報、そしてサクラと涼がやってきた事、その後の対応策、そして核兵器の誘導法などが発信されている。不思議な事に、発信先はフィリピンのインターネット・サーバーで、今のところその情報にアクセスした人間は紫ノ上島の村田と思われるものだけだ。ゲーム運営者、そして<ヒュドラ>たちは日本だけでなく中国や東南アジア諸国にサーバーを持ち、そちらを利用していたはずだ。しかも僅か10分前に一度あったきりで、すでにネット上からデーターは削除されている。今、観れているのは削除前になんとか拾い上げ、コピーに成功したからだ。
『高遠さんは、今のうちに紫ノ上島に避難してください。今ならまだ敵は<ニンジャホーム>に向かっていません』
セシルはさらに『このことをサクラに伝えてください。すぐに対策を考えて連絡します』と涼には日本語で伝え、ピートには英語で『貴方の背信行為について、協力を条件に免責を与えると司法長官とCIA長官が承認しました。貴方はそこでの指示に従う事。誓えますか』と事務的に告げた。ピートは無表情で「YES」と一言答え頷く。
『では高遠さんに武装を戻し、彼女を送り出しすぐに戻ってきなさい。武装部隊が来る前にそこにトラップを仕掛けてもらいます。急いでください』
ピートは短く「了解です」と答えた。歳はセシルのほうが下でもCIAの階級では上だ。もっともピートは裏切り者として、すでに籍は消されているが。
『高遠さん。電話はこのまま繋げたままイヤホンに。その男はこっちで使いますから放置してください。必ず自動小銃と防弾チョッキを持っていってください』
涼は頷き、デスクの上に置いてあった携帯電話を取り、イヤホンを挿して懐に入れた。その時、ベレッタM9が目に入る。涼の瞳にはまだ怒りの色が残っていたが、セシルの言葉を思い出し、そっとベレッタを取ると、ズボンに押し込んだ。そして、セシルの指示通り、ナイフを彼の目の前に置いた。拘束具ではなくロープで拘束しているからナイフがあれば外れるが、簡単ではない。自由を得るのは涼が出て行った後だろう。
『高遠さんいいですか? その男は法の裁きを受けさせるから、今は自分のことを考えて』
この会話はスピーカーではなくイヤホンだからピートに聞かれてはいない。セシルはスピーカーでは免罪を口にしたが、無罪放免にする気は微塵もなかった。CIAを裏切った者がそう簡単に許されない事は、セシルのほうがよく知っている。むろんピートは知らない事だが。
時間はない。涼はすぐにその場から駆け出した。自動小銃は確か入口近くのロッカーに入っていたはずだ。全てM4カービンだったと思う。担いでいくだけなら3丁くらいは持って行けるだろう。
紫ノ上島本館前 午前10時15分
「まさか、こんなに早く再会する事になるとは思わなかった」
「同意見です、捜査官」
紫条家本館前で、拓と村田は再会した。村田のほうが遠かったのだろう、村田は息を切らしながら、相変わらず清々しいほどの笑みを浮かべている。
「何が楽しいのか知らないけど、ヘリはもう上空を旋回中だ」
「撃墜しちゃってくださいよ捜査官。ウチのヘリ、あっさり三機も撃ち落したでしょ?」
「あの時みたいな重火器はない。それにあったとしてもお前に撃たれた俺じゃ使えないよ」
……そして撃墜したのはユージだ。あんな化け物と一緒にするなよ……。
拓は心の中でつぶやいたが、それは口には出来ない事だ。
「詳しい話をお前の口から聞きたいが、必要なくなった。裏は取れた」と拓。
ここに来るまでにコールに電話し、初めて水素爆弾の事や<ニンジャホーム>の事を聞いた。それだけで十分だった。これまでサクラたちが何をやっていたのか、全て理解した。自分に連絡になかった理由も分かる。今回ばかりはサクラを責めるわけにはいかなかったし、サクラの行動を理解もできた。
「なら話は早いですね」
「そうかな? 俺はますますお前との連帯の必要があるとは思えないけど? 追われるのはサクラだ、俺たちじゃない。お前たちだって隠れていれば済むだろう」
「サクラ君は捕まえようと思って捕まる子でないことは、捜査官が一番理解しているはずじゃないですか? 僕だって彼女を捕まえる自信はないですよ。もう、散々やられましたからね」
村田は自虐的に笑い頭を掻いた。サクラにどれだけ手痛い目を受けたか……それは敵対していた村田が一番よく知っている。
「だからこそ協力する必要があるんですよ、捜査官。いいですか? この島でヘリが着陸できる場所は限られている。今は一箇所しかない。貴方が吹き飛ばした役場前だけです」
拓は北にある役場のほう……森があって見えないが……を見た。確かにヘリが安全に着陸できる平地はあそこしかない。東館のヘリポートにはサクラが撃墜したヘリがそのまま残っているし、なんとか降りられそうな西館前は戦闘跡で生々しい状態かつ森からの攻撃には対処しようがない。着陸時の安全に不安が残るからプロならまず選ばない。倉庫側の波止場は電線が邪魔になる。そうなれば、ヘリが降りられそうな場所は役場前しかない。フォース・ルール時は電波塔と電線が邪魔だったが、今は拓が爆破したので障害はなくなった。
「その役場に一番近くにいるのは誰です? 皆さんでしょ? 僕も手の内を明かしますが、エダ=ファーロングさん、今ウチの船に来ていますよね? 彼女の代わりにクロベ捜査官が島を出た、それが条件だったみたいですね、ウチの羽山と交わした条件は」
ヘリの音が徐々に大きくなっている。ヘリは上空を旋回しながら島の状況を観察しているようだ。そのためか、村田の口調は早かった。
「余計な取引をしてくれたものだ。彼がいたらよかったのに。捜査官、一先ず役場のほうに向かいましょうか」
そういうと村田は率先して歩き出した。拓も黙って村田の後に続く。
「さて……問題はサクラ君ですが、あの子はまず出てこない。状況を知ったら余計に、でしょうね。そしてそれが一番賢い選択です。そして僕の願いはただ一つ。ゲームを最後まで遣り遂げる事です」
「この期になってまだゲームに拘るのか?」
「いけませんか? 僕はこのゲームを考えるのに膨大な時間を費やした。そして些かな報酬もある。捜査官が興味を引くように特別教えますが、ファイナル・ゲームでは例のウイルスを賭けます。……これを聞けば、少しはファイナル・ゲームをやりたくなったでしょ?」
「やりたくはないよ。それよりそのウイルスを持って投降しろ。免責取引できるようにする」
「人がいいな、捜査官は。ま、考えておきましょう。では僕の話を続けますよ。ロマエノフたちはこの島でのゲームを見ていました。つまり僕たちのことはよく知っているわけです。ロマエノフもボルトロスキーも僕がゲームを最後までやりたいということは知っています。だから障害①は僕たち。で、障害②は捜査官。障害③がサクラ君。ただし、ここで彼らも一つのジレンマに陥る。サクラ君のことです。あの子の養父はクロベ捜査官。そしてエダ=ファーロングさんは今ウチのボスと会談中…… あの子を殺すのはまずい。障害①、②は殺してもフォローできるが障害③だけは別ですよね? だから、できればサクラ君と取引をしたい。取引で穏便に済ませたい。そこで裏世界でもっとも基本的な交渉方法を選ぶでしょう」
「人質を取る……」
「さすが捜査官です。一番人質の効果があるのは、貴方や飛鳥君、高遠さんですが、それは無理がある。それでは次に狙われるのは?」
「……他の生存者、か……」
「僕でもその手を使いますからね」
「現に使ってきただろう」
村田はそこまで話し、立ち止まった。
「片山さんたちは今、大人しくしていますが<新・煉獄>は逃げ場のない袋小路。<死神>レベルの戦闘力なら篭城もいいでしょうが、プロの傭兵相手に全員守れますか? 僕たちが手を出さないという条件があれば、彼らを避難させるプランを持っていますがどうです?」
「気に入らないな」
「何が、です?」
「お前の提案を純粋に受け取るには、俺たちは血を流しすぎた」
「参ったな。そこまでないですか。僕への信頼は」
村田は相変わらない様子で苦笑してみせた。村田にとっては拓の冷たい対応は計算内なのだろう。拓を責めるでも不快がるでもなく、すぐに次の提案に入った。
「そりゃあすぐに休戦とはいかないでしょう。僕から二つ、提案させて頂きましょう。一つは、ファイナルゲームのスタートは30分ほど遅らせましょう。ですが終了時間が今日の正午という点は変わりなし、つまり捜査官たちにとって30分得するわけですね」
拓は銃を構えた。村田にではなく、住宅地上を旋回するヘリに銃口を向けた。
「で、もう一つは?」
「僕たちのほうが先にあの連中に手を出しましょう。僕たちがリアルに殺しあうのを見れば、疑念を少しは晴らしてくれますか?」そういうと、村田は拓が背中に背負っている武器の入ったバッグを指差した。「その証明はすぐにでも行います。武器を下さい」
「さっきのワルサーP99があるだろう」
「僕はジェームズ・ボンドでもデューク東郷でもクロベ捜査官でもないから、ハンドガンでヘリに挑んで勝ち目があるとは思っていませんよ」
「…………」
拓は一瞬躊躇したが、バッグの中からソウドオフショットガンを取り出し村田に投げた。村田はやや不満気にそれを受け取る。続けて12Gのダブルオー弾8発を投げて渡した。拳銃よりは威力はあるがショットガンは近接武器だ。そして撃つためのアクションも大きい。もし村田が打って変わって拓を襲おうとしても動作でバレるだろう。拓はそれを計算してショットガンを渡した。
村田は苦笑し受け取ると駆け出した。そして駆けながら無線機を取り出しヘリを迎撃するシフトを命じた。拓にも聞かせるよう日本語だった。
二人は紫条家の森の中にある地下通路に入り、すぐに住宅地の秘密通路から出た。
住宅地はサクラが大爆発で吹っ飛ばした。二人が出てきたのはヘリ側もすぐに見つけた。飛び出て10mも走らぬ内にヘリから自動小銃の弾が襲い掛かった。しかし距離ありヘリの機上からだから命中率はよくない。拓と村田はそれぞれ物陰に入った。
この距離ではショットガンは射程距離外だ。村田も素人ではない。無意味に発砲したりはしない。村田は焦る様子もなく、持っていた無線機を拓に投げ渡した。
「周波数はこのままで。すぐに連絡します。では、ちょっと見物していてください。捜査官たちは……そうですね。現状を皆に説明したらいいでしょう」
そういうと村田は物陰に隠れたまま駆け出そうとして、思い出したように足を止め、振り返った。
「どうせ無事ゲームが終われば米国政府が事件を回収するんです。検疫だってあるだろうしいっそ核兵器の事は言ったほうが話は早いと思いますよ? 何でしたら僕の口から言ってもいいですし。じゃあ、僕の戦いでも見ていて下さい」
親切なのか性分なのか……村田は笑顔でそう忠告を残し、ヘリに向かって駆けていった。
僅か1分後には、<死神>もどこからか現れ、ヘリとの交戦が始まった。
紫ノ上島 <煉獄> 午前10時19分
「なんや? 手ぶらカイ、サクラよ」
「手ぶらで帰ってくる以外できんかったんじゃい」
サクラは面白くなさそうに吐き捨てる。飛鳥と宮村は、ずっとこの<煉獄>にいた。もちろん村田の放送は聞いていた。
拓と村田の会話を、サクラはごく近くで聞いていたし住宅地で二人が別れるところまで尾行もしていた。最大能力で<非認識化>を使い上空から監視していたからまず気付かれていない。
話を聞いていて、重大な事が分かった。
核兵器強奪を派遣したのは、村田の組織のはずだ。そして何かしらセンサーのようなものが水素爆弾収納室に設置されていた。村田以外他に知りようがないし、ヘリはクラウディア号から発進したという事はセシル経由で確認した。
「つまり、またあの村田は引っ掛けようとしているワケだ」
「でも銃撃戦は事実よ」と宮村。
数分前から、激しい銃撃の音が<煉獄>で待機していた飛鳥たちも聞こえている。サクラも戻りながら様子を見ていたが、少なくとも襲撃者たちは本気で応戦していた。
「話のカンジだと、村田がひっかけようとしているのはあたしたちや拓ちんではないっぽい。これまで村田は運営側の人間で、奴らの組織に守られている駒だと思っていたけど、違うみたい。あいつはあいつで誰かと繋がっている」
そう言いながらサクラは<煉獄>の瓦礫の中に隠した武器の詰まったバッグを引っ張り出した。
「当分は……あたしたちは自衛するしかない。ミヤムーも防弾チョッキを二重に着て、武装して」
「大丈夫。もうしっかり着とる!」ドヤっと威張る飛鳥。飛鳥はさらに上をいく三枚重ねだ。
「いや、お前が着てどーする! バリアーあるのに!!」と突っ込むサクラ。
「拓ちんの話からすると<死神>は撃ってこないかもしれない。どうせアンタらが撃っても当たらないんだから、撃たれるまでは撃ち返さないほうがいい。基本飛鳥とミヤムーは隠れている事」
武器は自動小銃のM4カービンが二丁、HKMP5Kが一丁、拳銃や爆弾はある……だが武装した集団と渡り合えるわけではない。
……あたしたちが核兵器を持っているっていう事だけが強みね……
「そういえば、飛鳥よ。プルトニウムどこ隠した?」
「ああ、アレな。捨てたで」
「ふーーーん。捨てたのか。どこに?」
「今頃、水上バイクと共に海の底ちゃうか?」
飛鳥はのんびり顔で青く美しい海を見つめる。
海は、この四日間変わらず雲ひとつなく澄み切った晴れ空だ。
サクラと飛鳥の二人は、しばらく平和な海の漣を見つめた。
「……うーん。そのボケは面白くなかった、ボケるならもっとマシなボケしなさい。で……? どこよ」
「そやから、捨てたっていうとるやん」
「…………」
サクラは無言で振り向き、じっと飛鳥の顔を見つめる。飛鳥は全くいつもと変わらずマイ・ペース顔だ。サクラに見つめられ、「ウムウム」と頷いているのを見て、悪いジョークでもおちょくっているのではなく本当のことだと理解した。
「え…… まぢ?」
サクラは思わず宮村のほうを見た。二人の雰囲気の異常に戸惑う。宮村も飛鳥が水上バイクに細工をしてプルトニウムをバイクに固定し、南の海に解き放ったのを手伝った。
「サクラちゃんの指示……だと思ったんだけど!?」
「いやいや、ウチの独断やけど、ええかサクラよ。皆、核兵器なんかあるからモメるんや~ どうせ売る事もできへんし、持っていて狙われるだけやし。非核三原則完璧っ」
「…………」
飛鳥はそういうと唖然とするサクラの肩を笑顔で叩く。
「そういう厄介なんは、誰も手にできひんようにするのが一番♪ これで誰も手が出せへん、万事解決♪」
「……捨て値で1億……いや、あれなら5億はするのに……」
「アッハッハ♪ ウチらのポケットに、核兵器は納まりきらない、大きすぎる宝って事やな♪ 自然に還すのが、一番や。このワルサーを愛する同志も、きっと同じ事をしたやろう。ルルル~♪」
一人ノリノリと<ルパン3世>になったつもりで満足げの飛鳥と、唖然として言葉が出ないサクラ。
「あの……あのさ、サクラちゃん。飛鳥ちゃんをフォローするわけじゃないけど…… プルトニウムは、詳しくはよく分からないけど、そう簡単にはプルトニウムは核臨界にはならない……ンだよね?」
「ま……そのあたりは成功した……と思う。ミヤムーが放射能で死んでいないから」
もし放射能漏れしていれば放射能に対し何も対策がない宮村はまず倒れるだろうし、サクラだって体調の変化で気付く。放射能濃度はガイガー・カウンターでも確認したから、そこは問題ない。サクラも核兵器解体は初めてではない。
「なら……そんなに悪い手でもないんじゃない? 村田たちは核兵器をサクラちゃんが持っていると思って疑っていない……んだよね?」
宮村がサクラの傍まで駆け寄り、子供をあやすような口調でサクラの肩に手をかけた。
サクラは少し立ち直ったのか、頭をポンポンと叩きながら……長嘆と共に頷く。
「両端をパワー手袋で封印したから……海が放射能で汚染されることもないけど……」
「じゃあ結果OKや!! よし、これからのことはこれから考えよう!」
「あーあ……こんな形じゃ……セシルや米国政府やユージから報奨金が出ないジャン」
「そんなもん……このゲーム・クリアーしたら一人一億円もらえるやないけ!!」
「お前はアホか。あたしもユージもそのゲーム運営者ぶっ潰すンだから金なんかアテにするな! 5億ドルかぁ……確かにあたしらの財布には入りきれんわな」
「ごっ!? ……5億ドルっ!?」
今度は飛鳥が素っ頓狂な声を上げた。
「ドル!? お前っ……ええっ!? ……億って、アレ……1億円やないのか!?」
「アホかお前。あたしは米国人だゾ、基本はドルだい。第一、核兵器が一億円で買えるワケないダロ!? 100億円だ、馬鹿たれ。それも捨て値、実売価格は今なら500億円だって出す組織や国はあるゾイ」
「なんてこったぁぁぁぁーーーー!!! まぢでかぁぁぁーーーっ!!」
叫んだ飛鳥。今度は飛鳥が唖然と、消え去った宝がある南の海を眺める番だった……。
32/悪魔の降臨 1
クラウディア号 午前10時21分
……ホールのほうが騒がしくなった……?
低く小さきどよめきや無数の囁き。そして、急に緊張感を帯びた雰囲気の変化……。
エダがその気配に気付き、僅かに振り返った……その時だった。
「お待たせしました、ファーロング嬢。カミングス氏が、お会いになるとの事です」
「はい。すみません、お手数をおかけして」
「その前に一つ、確認をとりたいのですが宜しいでしょうか?」
「何でしょう?」
「ミスター・クロベ氏は今どこにいるのでしょうか?」
<レディー>は口元に笑みを浮かべ、女性らしいしぐさを見せた。だが眼は鋭く、先ほどまで雑談をしていた時と迫力が違っていた。女性がこういう眼をするときは、何でもする、本気の時だ。裏社会にいる人間ならば皆一度は体験するだろう。そして多くの場合、その底知れぬ迫力に圧倒される。嘘は、まず見抜かれる……。
しかし、エダは表社会の人間ながら、こういう人間を多く知っているし、こういう現場は何度も経験している。エダの赤心の胆力は、その見た目や雰囲気とまるで違い、拓やユージにも引けを取らない。
「日本です。島にはいません」
エダは怖じることなく、変わらぬ態度で答えた。
「皆を守るため、日本にいます」
嘘ではない。このクラウディア号も日本の海域にある。
「その事はすぐに確認をとってもらいことになります。それが交渉の条件ですよ」
「分かっています」
「ではこちらにどうぞ。ボスのお時間が取れましたので、案内させて頂きます」
<レディー>は軽く会釈すると、エダを部屋の奥にある廊下へと促した。
そして、同時刻……。
クラウディア号左舷。小型船舶用出入口には、モーターボートが乗り上げられている。
その奥にあるセキュリティー・エリアで、クーガンと警備員たちが新しい来客者を出迎えていた。
羽山夫人は、不安そうに周りを見回していた。彼女は羽山の妻とはいえ裏世界とは無縁の女性だ。自分の夫が信じられないような事件の黒幕であり、さらに裏世界の大物がいる場所に連れてこられるなど考えもしていなかっただろう。
「夫人。貴方が羽山夫人だと確認は取れました。ミスター羽山氏がお待ちです。すぐに案内しましょう。あの……英語は大丈夫ですか?」
クーガンは英語で喋っている。一応羽山夫人も日常会話程度に英語は理解できるが、今の状況では頭の中に入っていないようだ。控えていたソーヤ捜査官が日本語で夫人の耳元で通訳し、ようやく意味が分かったが、戸惑いが消えたわけではなかった。
「ところで……手前どもの情報では、羽山夫人をこの船に連れてくるように手配したのはチョウ・リンヂェンという男だそうですが……」
「それは俺だ」
羽山夫人の横に立つ、白いスーツの男が進み出た。変装したユージだ。チョウ・リンヂェンというのはユージが今でも潜入捜査に時々使う偽名で、フリーの中国系米国人傭兵ということになっている。さすがに日系人と名乗るのは疑念を抱かれる。それほど裏世界でフリーの日系人の数は圧倒的に少ない。それに比べて中国系なら世界中にいる。
クーガンはタブレットを開き、チョウ・リンヂェンのデーターを開き、本人と見比べている。チョウ・リンヂェンは元々ユージがごくごく限られた条件下で使用する偽名で、裏世界でも存在している。そこに<M・P>の手によって履歴を追加し検索されそうな場所に過去の経歴を公開している。
「是由于怎样的理由在日本活动着的? 据点地是美国(どうして日本に? 貴方の活動は米国では?)」
「被长老请求在日本。那个事如果确认长老判明。(チェン・ラウに頼まれて日本にいた。その事はチェン・ラウに確認すれば分かる事だ)」
滑らかなクーガンの中国語に、澱みない中国語で答えるユージ。
「长老保证着我。如果想更知道我的事,也问德国人和意大利人。(長老が私を保証している。もっと私の事を知りたければ、ドイツ人やイタリア人にも聞け)」
ユージが中国語を喋れる……というのは、ごく親しい身内やコールしか知らない、ユージの秘密だ。公式には喋れない事になっている。
「まだ中国語レッスンを受けたいのか?」ユージは無表情のまま会話を中国語から英語に切り替えた。クーガンは一笑すると、一枚のセキュリティー・カードをユージに手渡した。
「チョウ・ラウ長老から連絡は受けております。あと、ミスター・グレーソン氏に会いたいという希望も受けております。むろん、羽山氏もお待ちです」
クーガンも英語に切り替えた。一瞬、ユージは考え、まず羽山が今どうしているか聞いた。羽山の状況がどうも芳しくないと判断したユージは、羽山はソーヤやリン捜査官に任せ、ラファエロ=グレーソンのほうを選んだ。グレーソンはイタリア系の裏社会ブローカーをやっている男で、ユージの事を知っている人間だ。グレーソンがいることはエダから送られてきた映像を<M・P>が解析し、確認している。
「すぐに頼む。場所を指定してくれ」
「では第八階のバー・ラウンジでお待ちを。場所はすぐに警備が案内します」
「業界話をする。余計な監視は無用だ」
「勿論そのあたり心得ております」
ユージは頷き中に進もうとするが、クーガンは思い出したように再びユージを制止した。
「忘れておりました。銃と携帯電話をお預かりします。他に金属製のものは全て預けてもらいます」
「銃は持たない」
そういうと、ユージは背中から大型の折りたたみナイフと、小型ナイフ、計4本と携帯電話をクーガンに手渡した。チョウ・リンヂェンは銃を好まずナイフ使いの近接戦のプロという設定だ。ソーヤとリンもそれぞれ携帯電話と銃をクーガンに手渡した。そして三人は武装した警備員から直接ボディーチェックを受けた。
ユージは均整がとれた、全く無駄な贅肉のない見事に引き締まった身体の持ち主だが、今回は余計な贅肉が腹や足についている。その部分が丸々ボディースーツになっていて、銃、携帯電話などが隠してある。警備員の手が、一瞬ユージの背中で止まった時……そこは丁度パイソンのシリンダー部分だった…… 僅かにユージの心拍数は上がったが、結局警備員は傷跡か何かだと思ったようで、すぐに事務的に手を下半身に伸ばした。同時に金属探知機もかけたが反応は出なかった。
「ようこそ、クラウディア号に」
クーガンはそう日本語で夫人に告げ、軽く会釈をした。
ユージの潜入は成功した。
同時刻 ワシントンDC/東京/紫ノ上島<煉獄>
……年頃の娘の性格は三日で別人だよ……。
既婚者の同僚がそう愚痴っているのを何度聞いたことか。犯罪心理学専門のアレックスとしては、軽く受け流して答えてやるべきか、真面目に思春期の女子の心理状態を説明してやるのが正しいのか……そんなくだらないやり取りを何度か経験しているが……。 今、アレックスは、子供の人格変化という事について本格的に研究しようか……と不謹慎なのを承知で考えざるを得ない状況を今、体験している。
『オイ! 聞いてンのかアレックス!! こっちは色々聞いてるダロ、さっさと情報を寄越せ~ コーヒーを置く! ドーナッツも置く! おーい、返事をしろ返事をー!』
……自分が知っているサクラとまるで違う。そもそもサクラが電話してくるなど考えられない……。
<冷徹で子供らしくない、高貴で高圧な態度を崩さない>
それがアレックスの中にあるサクラ像だが、こんなに無邪気で子供っぽい口調だと、本当に本人かどうか疑わざるをえない。しかしサクラの特徴ある声は、確かにアレックスの記憶の中と同じだった。紛れもなく本人だ。
「今、№24と繋がった。で? 何を知りたいのだ」
アレックスは飲んでいたコーヒーを置き、ラックトップ画面を見つめた。ここはFBI本部に設けた特別対策室ではなくアレックスのオフィスだ。サクラとの通話は他の捜査官に知られても構わないが、セシルのことはまずい。だからアレックスは一度特別対策室から出て、すぐ近くにある自分のオフィスに入った。
サクラの要求は、全体の捜査状況と各位の全体の動き、核兵器を略奪しにきた一団の情報だった。つまり今起きている事全てだ。なぜセシルだけではなくアレックスなのかは、上級捜査官の中でサクラが個人的に接触が出来、かつ核兵器について知っている人間が、もうアレックスしかいなかったからだ。ユージはもう潜入してしまい、コールはサクラの超能力の事やJOLJUの丸秘アイテムのことなど知らない上に、自分たちが手に入れてしまったことを言ってしまうわけには行かない。(もう手元にはないが)セシルは極秘に島のほうを重点にサポートしている身なので潜入作戦のほうの情報まではアクセスできない。結局、セシル、コール側双方と連帯していて、サクラや飛鳥の特別な事情を知っているのはアレックスしかいなかった。サクラもアレックスのことを毛嫌いしてこれまで直接コンタクトを取らずセシルを間に入れたり飛鳥に連絡を取らせたりしたが、もう今はそんな事を言っている場合ではなかった。
『あたしのほうの情報も渡すから! そっちの情報もヨロシク! セシルのほうもまとめてヨロシク!』
こうして三者の間で確認できた事実は以下の通りだ。
①現在ユージとエダがカミングス一味の潜入に成功。作戦実行中。島の直接映像は未だクラウディア号には配信されている。
②村田はファイナル・ゲームに固執。そのため拓と一時停戦を求め何かの条件を出した。拓は今、ようやく核兵器の事を知った。そしてその事は生存者たちも知る事になる。
③ <ニンジャホーム>の存在は、NSA、ゲーム運営、村田の一味は知っている。
サクラたちを除いてコール、大統領は知らない。セシル、アレックスは知っている。
④ 村田だけがウイルスの所在を知っている。本人の発言、運営が強硬手段に出ない点、
それら状況を考慮した場合、そうとしか考えられない。
⑤今、島に襲っている反ロシア系マフィアと傭兵の数はヘリとボート合わせて10人。
これは村田の偽装の可能性が高い。ヘリもボートもクラウディア号から発進したのをコールと<M・P>側が確認した。<死神>の生存数は最大12人。
⑥サクラが核兵器を所持している……と拓、村田、運営側は信じている。サクラもその事を教える気はない。飛鳥が捨てた核兵器+水上バイクは見つかっていない。
⑦涼とピートが紫ノ上島に向かっている。セシルが衛星画像を加工しているのでその姿は今のところ見つかっていない。
⑧<新・煉獄>側は、拓の装備を除き海に捨てられた。サクラたちはそれぞれ拳銃+自動小銃とSMG、爆薬。涼が自動小銃を持って島に向かっている。合わせれば5人はフル装備が可能。しかしこれはサクラたちの自警用で拓たちには回せない。
⑨ファイナル・ゲームの内容はまだ分からないが、村田はウイルスを賭けると言及。
⑩反ロシアのテロリストたちは村田と連携している可能性があるので、<死神>と本気で戦うかは分からない。しかし、生存者たちには危険が大きい。その事も村田は想定内で、何か企んでいるが、現状対応できない。
⑪20億円という大金が何故か村田の手の元にあるというが、誰も現物は確認していない。しかし飛鳥を追い払うため脱出方法まで提示したことから、その存在は高い。
紫ノ上島 <煉獄> 午前10時24分
まとめられた報告を聞き、サクラは長嘆した。
「ほとんど村田が事態を掌握してるジャン。どーなってンだおい、シッチャカメッチャカのアメリカの捜査当局! 何か言え、FBIとCIA!! 専門家の二人!!」
『テロ事件は、常に入念に計画を立てているテロリストの方が主導権を握る』とアレックス。その後セシルもサクラに対し文句を続けた。
『シッチャカメッチャカにしている元凶のサクラが文句をいう資格はありません! 何で核兵器を捨てるンですか!? 何で拓さんに情報が行っていないンですか? それで村田に踊らされる事になったンじゃないですか!』
このツッコミだけはサクラもいい返答はできない。「目を離していた隙に捨てられた」なんて間抜けな話、セシルだけならともかく、アレックスには絶対知られたくない。
「……ま、過ぎた事はいいや。これからどうするか、だなー」
受話器の向こうで、アレックスの溜息だけが聞こえた。
……変わらず陰気でわけわからん奴め……と、自分のことを棚にあげ心の中で悪態をつくサクラ。
『もうじき高遠さんが着くと思いますが見えませんか?』
「んー? うん。ボートの音は聞こえる。だけどボートは見えない。この<煉獄>は入江で外はわかんないからねぇ」
サクラは聴力も超人的だ。軍用ボートのモーター音が、南東方向から徐々に近づいてくるようだ。もうそう遠くない。
正直、涼はあのまま<ニンジャホーム>に置いておきたかったし、多分サクラの判断では反ロシア・テロリストも<ニンジャホーム>に攻める可能性は少ないし、閉じこもる手があったとサクラは思っているが、セシルの判断も間違いではない、とも思っている。
「あのクソCIAの反逆者は、信用できるンカイ? 同業者よ」
『私はダブル・スパイでもなければ任務にも忠実です。ピート=ワイスのことは大丈夫でしょう、転身したといってもこの業界人です。ミスが発覚した以上、消されるか保護下で刑務所にいるかしかもうないので安心して使ってください。高遠さんのほうは大丈夫、落ち着きました』
「変な動きしたら射殺するからな! 今後の計画だけど……」その時、湾内に米軍用ボートが入ってきた。涼と、モーターエンジンを操作するピート=ワイスが乗っていた。サクラは一瞥すると、再び電話の対応に戻った。
「大体分かった。とりあえず、ロシアのテロリストはなんとかする。当面あたしたちは拓ちんや村田とは別行動するから。細かい調整が必要ならそっちでやって。で、話がまとまっていい作戦が思いついたら拓ちんに連絡!」
『このままだと拓さんは村田と協同しますよ? いいのですか?』
「こっちが村田の陽動に勘付いているって知られたら何言い出すかわからんし。異論あるかぁー イレブンっ!」
『了解した。こちらはこちらで対策を立て……』
「以上!」
アレックスの返事をサクラは無視して途中で切り、そのまま携帯電話を懐に収めた。その間にボートは<煉獄>の半分砕けた桟橋に到着していた。
「サクラちゃん!」
涼はすぐに桟橋を駆け上がる。背中には三丁の自動小銃が入ったバッグがあって、桟橋の上でそれを降ろし、肩で息を切った。自動小銃三丁と弾の重量は15kg近く、15歳の少女にはかなり重かったはずだ。これまで重さが気にならなかったのは気が張っていたからだろう。
涼は周囲を見渡し、飛鳥と宮村がいない事に気付いた。
「飛鳥ちゃんと宮村さんは?」
「あー あの二人は今工作中。……飛鳥のほうは自業自得だけどネ」
「?」
サクラは「時間がないから」と二人の上陸を急がせると、上がってきたピートを睨み、不敵な笑みを浮かべた。
「裏切りスパイ! アンタはあたしの駒だ。どういう約束を当局や本部としたかは知らないけど、少しでもあたしが疑問を持ったら殺す。ここは日本で、そしてこの島は無政府の殺人島。普通のルールは通じないと思え」と、涼と交わした会話の口調とは一変、容赦ないドスの聞いた低音で突きつけると、最後に高圧的な笑みを浮かべた。
「ようこそ。<死神島>へ」
そう告げたサクラの言葉にはほんの僅かも優しさや歓迎する気持ちは入っていなかった。
紫ノ上島 <新・煉獄> 午前10時26分
<この島では安全な場所はなく、常に命の危険が伴う>
<常識外の出来事が散々起きる、常識の通じない場所>
……そんな事は、誰もが承知していた事だ。そのはずだった。もう今が最低の状況なのだから、これより悪くなるはずがない……そう信じていた生存者たちも多かった。
それが幻想で、さらに悪い……それも想像すらできないような状況を知った時、人間は理性を保ち得るかどうか……。
ヒステリーに泣きじゃくる女性陣や、大声で嘆きを口にする若者たちは、拓一人では到底制御できるものではなかった。もし、上空や周囲を飛び交う銃撃がなければ、発狂して飛び出す人間もいたに違いない。
拓は今後の事もあり、核兵器が島の中にある事、今銃撃しているのはそれを奪いに来ているテロリストだという事を説明せざるを得なかった。突然村田の口から語られれば混乱はもっと大きく、(村田は必ず一番ショッキングな状況下で言うに違いない)皆の拓に対する信頼感は消え、パニックは収拾がつかなくなる。結果全滅しかねない。
拓は最初にここへの帰路で片山に告げ、その後<新・煉獄>に戻り田村、島の両人に告げた。三人とも最初は言葉を疑い、次に言葉を失った。しかし唖然となるのはまだ理性があるほうで、他の生存者たちはまともに受け入れる事はできなかった。核がいかに怖く恐ろしいものかということは、日本人なら全員が子供の頃から習い、アレルギーといっていいほど過敏な反応をする事は、拓も十分知っていた。
それでも、この事実は拓の口から言わなければ統制を執る事ができない、という事情があった。だから拓は全員を集め、現状を説明した。
「呪われているわっ!! 皆死ぬ!! 死ぬ運命なのよぉ!!」
山本がヒステリックに喚き散らし、斉藤や樺山は号泣している。他の人間たちも口々に絶望を呟き、収拾がつきそうになかった。だが拓はあえて黙っていた。今は皆を納得し冷静にさせられる事ができると思っていない。拓は片山のほうに目を向けた。片山は頷き、「静かにしろ! 重要な事を話す」と大声で一喝した。それに呼応し、女性陣は田村が、男性人は島が、それぞれ「重要な話だから落ち着いて」と言って廻った。この役を頼むためこの三人には先に話したのだ。
銃声は間断なく聞こえている状況だ。さすがに、全員すぐに拓に集中した。それを確認し、拓は村田の言った一時協力についての提案と、その代わりに日本での監視を止めるという条件を説明した。まずそれに反応したのは斉藤で、他の生存者たちも無言で顔を見合う。それは彼らにとっては一番の朗報だ。
拓は皆が何か言い出すより早く、すぐに、結論を告げる。
「俺の意見ですが、村田の要求を一先ず飲もうと思います」
拓と村田が協力し撃退する、という要求だ。これで、東京で人質になっている人間は解放され、監視も解かれる。これは拓や生存者たちに好都合なことが多い。
「そして、ここからは今後の展開ですが、どこか避難することになるでしょう」
「避難、ですかい?」と片山。ここからの話は片山たちも初耳だ。
「今回の件も、キーパーソンはサクラなんです。サクラは恐らく核兵器を所持しています。だから、村田もテロリストたちもサクラを探しているはずです。結論から言いますが、サクラは俺たちには合流はしないでしょう。理由は、核兵器の事件に俺や皆を巻き込まないためですが、相手はサクラと飛鳥たちです。これだけは断言しますが、この島の事を一番把握していて、もっとも知能が高いのはサクラです。そのサクラが本気で逃げたら、どうやったって一時間や二時間で捕まる事はないでしょう」
「捜査官とサクラちゃんはあえて接点を持たない…… それによってサクラちゃんの行動を自由にさせる…… という事ですわね、捜査官」と田村。拓は肯定した。
「でもテロリストたちは違います。もしサクラが捕まらなかった場合、ここにいる14人を人質にして、サクラに交渉を迫る可能性があると思います」
……サクラはあくまで独走で、拓たちでもどうにもならない。特に核兵器が絡んでいるという事であれば、絶対に妥協しない。サクラにとっての<友人枠>の人間……飛鳥、涼、宮村は一緒に行動しているし、拓はどんな苦境になっても村田やテロリストたちに倒されるとは思っていない。米国人のサクラにとって大局に立って考えれば、14人の日本人より核兵器がテロリストに流れるリスクのほうを重く取るだろう。拓だけはそのサクラの判断を理解できる。いや、この点に対しては村田やテロリストたちも同様にサクラを理解しているだろう。
彼らは考えるはずだ。迷宮のような紫ノ上島の中、追い掛けまわすより、サクラを脅迫し出頭させたほうがはるかにラクで早い事に。
「それが、俺たちって事ですかい?」と片山が皆の代弁を口にする。拓は違う、と頭を振った。生存者たちはサクラにとっての脅迫材料にはならない。
「でも、俺にとっての脅迫材料にはなります」
「…………」
その時、全員が拓の言いたいことを知った。
選択肢は二つ。武器なくこのままテロリストに捕まることなく、運を天に任せて見つかることなく島の迷宮に潜むか……。
もしくはいつ裏切るかわからない、村田と協力するか……。
選択肢はこの二つしかない。その事は確認しなくても全員が骨身に染みて知っていた。悩む時間がない事は、時々猛烈に襲い掛かる銃撃が物語っている。
「こればかりは、皆で決めて欲しい。俺は決めない。でも、相談する時間もありません」
拓はそう言って数秒沈黙し、一度目を閉じ、再び口を開いた。
「俺一人の力では、全員無傷で守るのは不可能です」
その一言は、全員が一番聞きたくはないと思っていた、冷たい現実だった。
紫ノ上島 <煉獄> 午前10時29分
……禅……でもしているのかな……?
ここ数分……電話を終えたサクラは桟橋の上で胡坐を掻き、目を閉じたまま動かない。
ピートは乗ってきたボートを浅瀬に隠しに行っている。涼だけが、ただ静かにサクラの傍で待っていた。銃声はつい先ほどから激しいやりとりが聞こえていたが、島のこちら側に来る様子はない。
「サクラちゃん……寝てるんじゃ……ないよね?」
「…………」
確認しなくても、サクラが思案中であることくらいは涼にも分かる。しかし、サクラもこんな風に常人がするような思案方法を取ることが涼にも意外だった。
……こういう日本人的なところがあるんだ、サクラちゃんも……。
涼はサクラを守るように周りを警戒しながら、小さな驚きを覚えていた。しかしこれはかなりレアな事を涼は知らない。サクラは合っていようが間違っていようが即断即決閃き優先タイプで、熟考したとしても数秒で決断する。サクラが日本人的に胡坐を掻き数分に渡って思案するなど、相棒である飛鳥ですら一度か二度しか見たことはない。しかも今回はサクラにしては長考している。
……知るべき情報は全て知った……。
あとは予測……想定……相手の反応……勝算……起きるであろう事態……。
脳内を情報が高速で駆け巡り、いくつものルートが生まれては消えていく。サクラが本気でシュミレートすれば、近い未来を想像することくらい容易だ。もっとも安全で、もっとも効率的で、勝つ方法……現状は、打ち出す一手を間違えるだけでバッド・エンドになる。
サクラは、目を開けた。涼はすぐに声をかけるが、サクラは再び目を閉じ「涼っち。10秒数えて」と、再び思考の海に潜った。
……どうやったって、大なり小なりバッド・エンドにしかならん……。
どう想像してもファイナル・ゲームで躓く。ファイナル・ゲームの予想は何パターンかつくが、勝算まで考えると最良のルートは見出せない。
計算していく中、涼のカウントが鐘のように響く。
……待てよ……?
涼が「5」と言ったとき、サクラの脳内に、これまで忘れていた情報を思い出した。この新しい情報により、一気にルートが増えた。そしてその中で、サクラは最良のルートの存在に気付いた。
「できた!」
サクラが、そう小さく叫んだのは、涼が「3」といい終わった時だった。
サクラはすぐに立ち上がると、困惑する涼に向かって不敵な笑みを浮かべた。
「サクラちゃん?」
「できた! みてろぉ~ 村田に一泡吹かせてやる!」
「私に、何か出来る事、ある?」
「あるある。本位じゃないけど、涼っちやミヤムーにも色々してもらう事になる。だけど大丈夫。上手くやれば死にはしないし、敵も一網打尽に出来る!」
「…………」
サクラはようやくいつもの悪戯な表情になると、桟橋を駆け上がった。
「涼っち! <煉獄>の残骸の中から鉄製の筒か、もしくは水筒探して!」
「水筒?」
「うむ。保温タイプの水筒! もしくはそれっぽいヤツならなんでもOK! ああ、消火器でもいい! 飛鳥たちが戻る前に出来れば見つけたい」
この作戦は飛鳥たちが戻らないと始められないが、準備は出来る。
これからサクラがやろうとしていることは、お遊びだ。しかも飛鳥が好きそうな、低レベルで単純な遊びだ。だがこれは相手がサクラと飛鳥、そして未成年たちという事情を加えれば、<遊び>は<本気>に変わる。サクラと飛鳥が相当子供っぽい点があると知っている村田は食いつくに違いない。
同時刻 紫ノ上島 南西岸壁
ピート=ワイスは黙々と米軍制式のゴムボートを岸壁に立てかけていた。
彼は自分の立場をよく理解していた。
自分の米国への裏切りは当局に知られ、さらにゴードンまでがダブル・スパイであったため、ゲーム運営側への保護も求められない。
残された運命は、サクラに協力し、司法当局に投降し、然るべき権限のある相手と司法取引を持ちかけ、減刑……あわよくば証人保護プログラムに入り人生をリセットすることだ。そのためには、感情的に納得できなくても、サクラの指示に従うしかない。サクラ=H=クロベはユージ=クロベという裏世界屈指のVIPの娘でありで、サクラ自身も当局に強いコネを持っていることは情報である。
ほとんど全身びしょ濡れになりながら、なんとか岩礁と岸壁の間にボートを押し込み終えた時には、さすがにピートも疲れを感じた。撃たれた傷も最低限縛っただけだから塩水が入ると飛び上がるほどの激痛が走り気力を奪った。もっともそんなことを口にすれば、即座にピートを射殺するかもしれない。島ではもっと酷い目にあっている拓や生存者がいるのだから。
ようやく命じられた役目を終え、復命のため戻ろうとした時だった。
何げにもう一度振り向いた時……ピートは意外なものを岸壁の上に見つけた。
それは、監視カメラだった。島に無数に仕掛せられた
……なぜこんなところに……?
岸壁のほうに向けても誰も映りはしないだろうに。単なるカメラの設置ミスか?
島のカメラは2000以上ある。その一つなのは分かるがこんなところに……?
その事を考えても彼には意味は分からない。所詮デス・ゲームにはほとんどタッチしていないのだから。監視はどこまでも怠らず死角を作らない、という事だろう。
ピートは岸壁に寄り添うようにある無数の岩を一瞥し、海に飛び込んだ。足場の悪い浅瀬を歩くよりは海を泳ぐほうが安全なのだ。
……しかし……泳ぎだしたため、一つの大きな岩がかすかに揺れたのに気づく事はなかった。
32/悪魔の降臨 2
クラウディア号/特殊工作船 午前10時32分
黒い暗室の中……その男は肥った身体をゆっくり動かすと笑みを浮かべ、囁くような重く低い声で言った。
「よくぞ来たね、ファーロング君。一度会ってみたいと思っていたよ。むろん、データーで君の事は知っている。だが、情報と実際会ってみるのとではまるで違う。成程、君はなんとも魅力的で、そして力強い眼をしている。会えて光栄だ、ファーロング君」
「貴方がこの船、いえ、あのゲームの支配者ですか?」
「そうだよ」男は、再びゆっくりと、深くソファーに座りなおし、するどい眼でエダを見つめた。その横に、静かに<レディー>寄り添い、その後の言葉を続けた。
「こちらが、ミスター・カミングス氏でございます。ファーロング嬢」
「…………」
その一言に、エダは僅かに息を呑んだ。
「音声確認。データーと照合中」
「顔認識にかけています」
「<P>がカミングスに接触した旨、クロベ捜査官に連絡」
特殊工作船の作戦本部の中は、分析官たちが慌しく情報を上げていく。
作戦室の中央デスクでは、<M・P>が、右手でキーボードを操作しながら、左手は手持ち無沙汰に顔の無精ひげを撫でていた。
『退屈かね、<M・P>』
とメインモニター端の窓に浮かぶコールは顔を顰めた。コール側も同じモニターがライブで流れ情報は共有されている。
「感動半分、閉口半分」
すでに船のセキュリティー・システムは乗っ取った。通信も良好で、監視カメラとは思えないほど鮮明な映像が……監視カメラとはJOLJUの持つ特別カメラだが……幾重もの妨害システムを突破して、この特殊工作船に届けている。その効果も大きく、船の構図や監視カメラの位置、船内の様子はほとんど把握できている。残っているのは未接触のいくつかのセキュリティーや監視システムだが、それは根幹の作戦に影響があるほどではない。
「こんなに仕事が早く進むと、これまでのほかの仕事での僕の苦労は何なのか」
分析官やハッカーの仕事はゲーム・プレーヤー的な要素も多分に含まれている。人命がダイレクトにかかる現場捜査官とは違い、データーを索敵、攻略、突破、支配……という作業はゲームそのものといえるかもしれない。
これまで、いくつもの高度なセキュリティーに苦しみ、自らの叡智によってそれらを突破し、知力とマシンスペックの限界に挑戦しながら情報を支配する……それが<M・P>たちの職業の性なのだが……。
今回のミッションも十分挑み応えのあるものだったが、米国政府が用意したサポート用スーパー・コンピューターは、彼を無敵のゲーマーにしてくれた。<M・P>が考えたら事はすぐに実行し、見逃していた点はフォローしてくれる。しかも厄介なセキュリティーや暗号プログラムはクリアーした状態で<M・P>に回ってくる。それは小気味がいいほどで、こんなに簡単に全体を支配できる事は感動的だが、反面、<無敵モード>過ぎて挑みがいがない。その点ではつまらない作業だ。
「何かそちらで新しい情報はあります? ミスター・スタントン。ロシア・テロリストたちが飛び出していった理由はこっちでは分からないんだよね。この件はそちらが担当するって事だけど、何か分かった?」
『それはこちらで対応しているところだ、<M・P>。心配はいらん。どうやら紫ノ上島の問題のようだ。船のほうとは問題ない』
まさか核兵器の争奪戦が起きている事は同盟国といっても安易に教えられない。
「作戦は順調だよ、ミスター・スタントン」
中に潜入したソーヤ捜査官とリン捜査官はメイン・ホール周囲で警備員たちの動きと数を調査しつつ、<M・P>の指示で突入部隊時船内に迅速に入れるように工作している。
一方、ユージはメイン・ホールに入った。
『すでに突入部隊は近くまで来ている。後は突入のタイミングだけだ』
特別機がすでにクラウディア号のはるか上空を旋回している。FBI、<DEVGRU>、SATの混成部隊だ。
もうエダがカミングスと接触した。後は島と船とのリンクを切り、ユージがエダと接触、保護できれば突入条件は揃う……はずだった。
<M・P>とコールがそう話し合っていた時、MI6の分析官が大きな声を上げた。
「声紋、出ました!! カミングスではありません!!」
「何っ!?」
「スティーブズ=ナザロ……彼はナザロです! 整形をしていますが顔認識でも確認」
『ナザロ!? ヤツはコンビアの刑務所にいるはずだが』
スティーブズ=ナザロ……国籍不明の麻薬組織のドンだが、数年前コロンビア警察に逮捕され、投獄中のはずだ。もっともコロンビアの刑務所はカオスそのもので、金と地位を持つ大物であれば塀の中でも何でもできるだろう。望めばこっそり脱獄することは可能だ。ということは、彼がゲイリー=カミングスの正体……<M・P>はそう判断したが、すぐに他の分析官が異を唱えた。間違いなく収監されていた期間にもゲイリー=カミングスが活動していた記録があるのだ。カミングスに関しては、CIAでもMI6でも専任で追いかけているスタッフがその事を保証したから間違いない。
<M・P>には、この矛盾がすぐには分からなかったが、コールには重要な点に気付いていた。
『ナザロの顔を整形したのも、逮捕のキッカケを作ったのもクロベだ』
ユージは闇医者として2年間ほど裏社会に潜入し、多くの情報を得て、多くの大物逮捕に貢献した。ユージは世界でも10指に入るほどの外科医で、しかもロクに薬や道具も施設もない状態でも変わらず医療行為が出来るという点でいえば世界一の闇医者だった。この存在は公に医者にかかれない犯罪組織のトップたちに好まれ、多くのマフィアや犯罪者と関わった。ユージの医療行為で一番多かったのは、整形手術だ。
……サクラ君をこのゲームに巻き込んだのは、ナザロの報復か……?
……それが本当だとすれば、<P>……エダの身も危ない……!?
コールの脳裏にその事が浮かんだときだった。立て続けてMI6分析官が報告を上げる。
「<レディー>と思われる女性、声紋確認。西アジア系で名前はナディア=ダワム。40代前後、顔認識、音声データーともに受信。しかし……」
「今、モニターに映っている<レディー>は…… 東欧系、だねぇ……」と<M・P>。
「ついでに30代半ば……いや、30代前後くらいに見えるよ。整形顔ではあるけど、整形だとすればよほどの腕だ。別人じゃないかな」
<カミングスは本人が直接やりとりすることはなく、必ず若い秘書官がやり取りする>というのが通説だ。今回でいえばクーガン、ジョディーの二人、そして<レディー>がその秘書官なのだろう。
<カミングスは、その都度有能な秘書役を調達する>という話もある。そのあたりの情報は様々に混入し、肝心のゲイリー=カミングス像に辿り着けない……というのがカミングス専任捜査官たちの意見だ。
しかし……実物よりデーターで物事を見る<M・P>は、それら専任捜査官たちの意見に首を傾げた。というのも、聞こえる声は違うものの……ナディア=ダワムと<レディー>との発音の声紋波長は同じなのだ。声は声帯移植や整形で変える事ができる。しかし、喋り方を完全に変える事はできない。特に今のように監視されている事を知らず、日常会話をする時は本性が出る。<M・P>も変装したり声帯変化装置を使った人間を丸裸に暴いた事は何度もある。その経験から言えば、ナディア=ダワムと今船にいる<レディー>は同一人物だ。
……若返りの整形はよくある話だけど、人種まで変えるほどの整形は可能か……?
普通では無理だ。だが……不可能ではない。
「確か、僕の好きなジャパニメーションにあったんだけどネ。すごい顔を作る造形師のストーリーがあるんだ。いや、ま、それはそうとして……あの<レディー>は日本人好みの美人じゃないかな? あまりに都合のいいファンタジーな話だけど、仮にものすごく腕のいい、アニメに馴染みある日本人の闇医者がやったというのなら、同一人物の可能性はあるんじゃないかな?」
すぐにコールも<M・P>の言っている意味が分かった。
『すぐにクロベに確認させろ』
「もう連絡したよ。後は、クロベ捜査官が画像を確認するだけだけがね」
ユージと良好な通信状態を保っているが、顔の確認などは、ボディースーツに隠した特別端末を取り出さし使用しなければならない。ボディースーツは一度裂いて取り出してしまえば元には戻らないから、ボディースーツは捨てる事になる。そうなればもう変装を維持しているとはいえない。
彼女のデーターが切り替わった時期とユージの潜入時期は合致する。潜入捜査を監督していたコールも、全ての案件を把握しているわけではない。やはり当事者に確認するしかない。
そして、もし<レディー>とユージが過去接触したことがあるとすれば…… 当然逆の問題も出てくる。カミングスも<レディー>もユージの顔をよく知っている事になる。ユージは変装しているといっても、傷を隠し髪をオールバックにしただけだ。分かる人間には分かる。もしユージが乗船していると知れば、エダ……そして島のサクラや拓にどんな災いが起こるか、全く予測できないことになる……。
紫ノ上島 <新・煉獄> 午前10時36分
……サクラちゃんの予想通り、皆も知っちゃったみたい……。
悲嘆や嘆きの表情を浮かべる一同を見て、宮村はすぐに状況を知った。拓の判断もサクラの判断の冷静さにも驚く。
宮村は一人ではなかった。ピート=ワイスを連れている。サクラの立てた新しい計画にはピートは不必要だった。彼の経歴や軍隊経験を考えて拓のサポートに回す、というのがサクラの判断だった。ピートはサクラの指示で、地下2Fで宮村と落ち合い、二人は<新・煉獄>までやってきた。そして窓から中の様子を見るだけで中には入らず隠れている。宮村が腕時計で時間を確認した時、拓は外に飛び出した。サクラが拓に電話をかけたのだろう。タイミングは完璧だった。
「捜査官……」
「宮村さん! ……ええっと……その男が?」
拓は最初に宮村の無事を喜んだが、すぐに後ろのピートに気付き表情を引き締めた。詳しくは聞いていないが、米軍所属のゲーム運営側に属していたスパイで今はこちら側の駒になったとだけは聞いた。
「詳しくは知らないけど、捜査官のフォローに使えって」
ピートのことは宮村もよくは聞いていない。
「…………」
「警戒しなくてもいい。自分はピート=ワイス。諜報機関と軍隊で訓練を受けた。貴方がナカムラ捜査官なら、指示に従う」
ピートは無表情に、兵隊らしい歯切れのいい口調で口上を述べた。ピートにとってはルール無用のサクラより、司法当局者である拓の支配化にあるほうが身の安全は堅いし、拓の心証によって今後の量刑も決まるから、挽回の機会もある。
拓も余計な事は言わず、小さく頷き返すだけだった。
宮村は、拓に自動小銃1丁、30発入ったM16用マガジンを4つ渡した。ピートは丸腰だが宮村はフルカスタムされた米軍制式仕様のM4カービンと防弾チョッキを身につけている。宮村は、ここには残らずまたサクラたちのほうに合流すると言う。拓もそれに同意した。
拓はピートに武装するよう命じた。その時だった。拓が腰につけている無線機が鳴った。村田からだ。
拓は宮村に声を上げないよう、口元に立てた人差し指を当てた後、無線機を取った。
『こちら村田。捜査官、ご無事ですか?』
「ああ、俺だ。用件のみを言え、村田」
無線機だから声は宮村にも聞こえている。その声を聞き、宮村の表情に驚きが浮かんだ。
『4人上陸1人射殺1人負傷させました。こちらは軽傷2ですね。ヘリは南のほうの上空を旋回中、僕たちでは、アレを墜とすのは無理ですね』
「上陸を許したのか……」
拓は役場のほうを一瞥した。まだ銃声の応酬は続いているようだ。まだ何者かがこの<新・煉獄>に近づいてくる気配はない。ヘリの音は遠ざかっているから、まず本当だろう。
『さて捜査官。そこにサクラ君がいないなら、事態は最悪の状況になったわけです。今僕たちが応戦しているので彼らは僕たちに敵意を向けていますけど、装備が違いますからね。奴等の狙いは僕でも貴方でもない、サクラ君ですよね?』
「それで?」
『そこまで僕に言わせるんですか?』
無線機の向こうで村田は苦笑した。直後銃声が大きく響く。
「11時30分まで、もしくはこの敵を排除するまでの停戦、か」
『捜査官の協力も、ですね。お忘れなく』
村田の口調は、相変わらず軽く明るいが、内容は報告だけでなく脅迫的要素が半ば含まれていて、即断を求めていた。もし拓が協力を拒めば、村田や<死神>たちはあえてロマエノフたちを攻撃せず逃げるだろう。ロマエノフたちは自衛的に防戦していただけで、攻撃されなくなったとなれば予定通り核兵器奪取に向かうだろう。いや、上陸した5人はもう動き出しているはずだ。そして、彼らの攻撃対象は直に拓たちのほうにもやってくるだろう。サクラが拓たちの仲間である情報は当然持っている。
「分かった。俺は協力する、どうすればいい?」
『捜査官が全員排除してもらえれば何も問題ないんですが? しかしそれはいかに捜査官でも無理でしょう、その撃たれた身体ではね。ですが、それでもこの島で一番の戦闘力があるのは、捜査官なのは事実です。むしろ捜査官のほうに何かプランはありませんか』
「…………」
拓一人分の武装するには余りある。ピートも使えるだろう。しかし、それでもユージ一人に勝る働きが出来るとは思えない。
「そうだ! 拓さん、いい考えがあるかも!!」
会話を聞いていた宮村が、顔を上げ拓に駆け寄る
「紫条家の東館! 一階の暖炉のあるリビング! あそこ、フォース・ルール時にサクラちゃんが要塞化できるよう機材持ち込んでいたの。あそこなら防御力は高いかも!!」
東館の中で南側にある洋間の客間兼リビングは、窓は鉄枠付きで中庭に向いているだけ、入口も一つしかない。フォース・ルールの攻防前、サクラが検分して、もし状況が不利になり避難が強いられた時は、女性陣はここに逃げ込む……という作戦になっていた。一部廊下に接している部分の壁が薄い点や、ドアが普通の洋館扉であることが弱点といえば弱点だが、その時のためにバリケードになりそうな鉄板や鉄棒は運び込んである。それで完全に<死神>を防げるわけではないが、フォース・ルールの場合、サクラと飛鳥が遊撃手として動き回っているから、少しの時間堪えられれば済む。廊下に面した箇所以外の壁は分厚く自動小銃の弾では貫通しない。そして周辺のカメラも全て壊してある。
「ここにはサタンが用意した対人バリケードの素材もあるから……それを持っていけば、どう?」
<新・煉獄>には、有刺鉄線や防弾パネルなどの素材が用意されてあった。入居者が自由に組み立てられる。それらの大半は監視所や周囲を取り囲むのに使ったが、防弾パネルの二三枚はすぐに取り外して運ぶ事ができるだろう。
「少なくとも、この野晒しの小屋よりは安全、か」
敵がヘリを持っている以上、この<新・煉獄>は丸裸同然だ。遮蔽物やバリケードも、モンスターたちやド派手に暴れたサクラによってほとんど機能してない。
拓は即断した。
「俺はテロリストの排除に手を貸す。その代わり、皆の安全を保障しろ」
『了解です』
「今から東館に移動する。皆には手出ししない、とはっきり約束しろ」
『約束しましょう。東館のどこですか?』
「それは後で言う。とにかく、すぐに移動に入る。それまでは絶対にこちら側に敵を入れるな。<死神>もこっちに寄越すなよ。その後、俺がお前と合流する」
『努力はします。しかし捜査官、一番肝心なのはサクラ君の動きですよ? なんとか捜査官のほうでサクラ君とコンタクトを取ってください。でなければ完全に皆さんの安全を保障する事なんてできませんから』
思わず拓は無言で宮村を見た。会話は宮村にも聞こえている。サクラ本人ではないが、宮村がいるからサクラとのコンタクトは取ろうと思えばすぐに取れる…… 宮村も無言だ。
ほんの数秒、二人は目を合わせたまま沈黙した。先に拓が目を閉じ、さらに数秒だが思考する。
そして、答えた。
「こっちでもサクラと合流できるよう模索する。ただ現状で、あいつが俺とコンタクトを取ってくる可能性は分からないけどな」
拓は嘘をついた。だが村田にはこの場が見えていない。
「まずは日本での監視がなくなった物証を示せ。それが最低条件だ」
『分かりました。では捜査官、再び本館前でお待ちしています。では』
村田は口早に答え、無線機を切った。
そしてすぐに拓は宮村を呼び寄せた。
「悪いけど、今の件、中の皆に報せてくれ。そしてすぐに移動の準備を」
「え? 私、すぐに戻る予定よ? それに私がいきなり現れたら……」
「君は飛鳥と行動していた。サクラは知らない、それでいい」
飛鳥と行動していたのは事実だが……と宮村は少し戸惑いつつ、中に入っていった。拓にすれば別に宮村である必要はなく、拓、そしてサクラに近い飛鳥以外なら誰でもよかった。要は肝心な事を告げず宣言するだけ、それだけの役目だ。宮村ならそのあたり上手く言うだろう。
拓はすぐにピートを呼び、自動小銃と自分が持っていたグロック26を渡した時だった。「あ!」と何かを思い出した宮村が拓のところに戻ってくる。
「サクラちゃんからの伝言。サクラちゃんの言葉丸々伝えるんで、怒らないでね、私の言葉じゃないから」
「?」
「ええっと……『拓ちん。サクラちゃんの努力と日頃の行いによってゲットした拓ちんラッキー・アイテムを授けるから、心置きなく死ぬほど頑張って働け! そして感謝をもってサクラちゃんに尽くしたまえ。まずは何か美味しいもの奢ると約束すべし!』……以上」
そういうと、宮村は背中のベルトに突っ込んでいたベレッタM9と、予備マガジン一つを取り出し、拓に手渡した。それを見た拓は思わず小さく吹き出し、声を忍ばせつつも苦笑した。その様子に宮村のほうが驚く。これは二人にだけ通じるジョークなのか?
拓は苦笑しながら「感謝する、とだけ伝えといて」と答え、ベレッタをズボンに押し込んだ。
ベレッタM9は、拓が普段勤務中に使用している愛用銃だ。そしてこの島での事件当初、散々サクラが「だから普段どおりベレッタ持って来ていたらこんな苦労もなかっただろうに」と皮肉を言われてきた。そのベレッタを拓に渡す……これこそサクラの拓に対する最大の皮肉であり好意であった。
クラウディア号 午前10時38分
メイン・ホールは8階ぶち抜きになっていて、各階それぞれカジノ、レストラン、ゲーム場があるが、どの階からも中央にある巨大モニターを見ることが出来る。
メイン・モニターは巨大液晶モニターがそれぞれの角度で360度展開され、そこでは紫ノ上島でのゲームや惨劇のハイライトシーンを繰り返し映している。狂人鬼たちの狂気の映像や狂犬が人を襲う様子、<死神>と拓たちの交戦の映像。それだけでなく、3D美少女キャラが、強毒性変異狂犬病Ⅱ型の解説をする動画があったり、ある種の嗜虐性か、囚われ震える涼の様子を録画した映像の隣りのモニターで、<Lies>の野外コンサートライブの映像まで流れている。
カオスそのものといっていいパーティーだ。
ユージはこの中にいても、不快に思ったり苛立ったりはしない。この手の闇パーティーには何度も潜入しているし、もっと吐き気がする場に行ったこともある。
……思ったより知った顔があるのが幸いか……。
今、ユージはラファエロ=グレーソンと対面していた。
最初、グレーソンはチョウ・リンヂェンが会いたいと聞いたとき、すぐには信じられなかった。だが本当に目の前にチョウ・リンヂェンことユージ=クロベを見たとき、全身から血が引く感覚を覚え、手に持っていたワイングラスを思わず落とした。零れたワインがスーツに染みを作っていくのをたまたま通りかかったウエイトレスが声をかけるまで気付かないほど、グレーソンは凍り付いていた。
この船で行われている事がいかに危険で違法なことかは参加者のグレーソンたちのほうがよく知っている。そこにユージ=クロベFBI捜査官が現れたということは、全てを知った上現れたということだ。それは大げさでも比喩でもなく、逃れようのない死刑宣告であった。ユージは問答無用で容疑者は逮捕せず殺す。
正に死神を目の前にして魂が抜け愕然としていたグレーソンの袖をユージが引いた時、彼は正真正銘失神寸前であった。だがユージの呟きが、グレーソンの意識を現実に呼び戻した。
「お前たちを助けに来てやったぞ、まずは聞け」
「…………」
「ボケっとするな。静かにしろよ、零れたワインで俺を汚すな。今日は白いスーツだからな」
「…………」
ユージは強引にグレーソンの腕を引きながら移動し始めた。できるだけ同じ場所にいるのはまずい。船に乗ったばかりで、ユージの事は警備室でも関心を持っているだろう。会話は工作船側でできるだけブロックしていると言ってもできれば聞かれたくないし、動く事で特殊工作船側にできるだけ多く情報を送るという理由がある。
さすがに裏世界で一流の名を戴くラファエロ=グレーソンだ。数歩引きずられていくうちに意識と理性を取り戻した。
「どういう事だ、ミスター・チョウ」
グレーソンはユージの耳元に口を寄せ、偽名で尋ねた。その反応にユージはグレーソンが正常なレベルに戻ったと理解した。もし「クロベ」とでも言おうものなら、言い終わるより早くユージの一撃がグレーソンの鳩尾に決まり物理的に黙らせていただろう。
ユージは小さく頷き、近くにたまたまいたウエイトレスの盆の上にある新しいワイングラスを取り、それを無理やりグレーソンに持たせ、共に歩き出した。
二人はあえて人が混み合うバーの中に入ると、すぐにユージが用件を告げる。
「お前たちを助けてやる。だから俺に協力しろ」
「…………」
どういう意味か……分かりかね首を傾げる。しかし立て続けにユージの口から衝撃的な言葉が続く。
「今から30分以内に部隊が突入してこの船を制圧する。その準備を手伝え」
「な……なんだと!?」
「声を上げるな、助けてやると言っただろう。難しい事じゃない、準備といっても俺たち犬の仕事を手伝えといっているんじゃない。ちょっと使い走りした後は、何もしなくていい」
ユージは口早に告げる。こういう時、相手に思考する隙を与えない……というのがプロの呼吸だ。
「知り合いがこの船に何人もいるだろう。誰がいるかも知っている。だが、今回俺が狙っているのはこのゲームの運営だけだ。お前たちじゃない。お前たちをこんなショボイ案件で逮捕するつもりはないって事だ」
グレーソンも一流の裏世界のプローカーだ。顔は広い。ユージがどうして自分を選んだのか、その意味も理解した。裏世界の顔の広さを買っての事だ。
「突入まで時間がないから急げ、運営には勘付かれるな。まず助けのほうからだ」
「俺たちを逮捕しない、という事だな。どうやって」
「突入の延期はない。そして全員逮捕、それは規定路線だ」
「それで?」
「運営の手が廻っていない、ただの裏世界の悪党共は今回は見逃してやる。手首を何でもいいから縛れ。片手でいいし、紐でもハンカチでもいいが見えるようにな。それが目印だ」
「それが免罪符、か」
「ああ。そして突入時は慌てずその場に伏せていろ。少しでも立ったり抵抗したり逃げれば突入部隊が射殺する。理解したか」
素直に捕まれば、制圧後ユージの裏ルートで裏社会関係者は逃がす……他の捜査官相手ならば身を売ったように捕えられるだろうがユージだけは別だ。そうするだけの力もルートも持っているし過去そうやって裏社会の人間と取引してきた。ユージの標的が運営のみというのならば、下手に抗うより応じたほうが断然いい。成程、突入時の目印も分かりやすい。さらにユージたち突入組にも、予想外の抵抗を受けずに済み両者両得だ。
これが突入作戦の手の内の一つだった。小物……とは言いがたい、指名手配犯がいるのも分かっているが今回は見逃す。超大物だけを狙い撃ちするのだから、そのくらいのロスならお釣りが来る。
「突入まで30分ないんだな」
「ない。大きな貸しだ、ラファエロ=グレーソン。時間がないぞ」
そういうと、ユージは一枚のメモを渡した。そこにはここに来る前にピック・アップした裏社会の人間のリストと、突入前に協力してもらいたい案件の内容が書かれてある。グレーソンはそれを一読すると、そのメモを千切り、素早く口の中に放り込みワインで流し込んだ。協力案件はソーヤ捜査官たちが引き継ぐ。ユージはカミングスの下に向かわなければならない。その工作も数分でグレーソンたちがある程度動くだろう。
グレーソンはすぐにその場を立ち去ろうとしたが、ユージは何かラバーの塊を押し付けた。
「どこかで捨てといてくれ。見つからないところにな。頼んだ」
憮然となるグレーソンを無視し、ユージはバーを出た。出るとすぐにポケットの中からタブレット機を取り出した。
そしてすぐに、通信機から<M・P>の声が聞こえた。
『そこじゃまだまずいよ、警備の目がある』
ユージの眼鏡は隠しカメラであり、モニターでもある。ユージの見たものは全て<M・P>他特殊工作船に全て繋がっている。
「どこも監視カメラがあるだろう」
『そこから25m左に進むと螺旋階段がある。そこがいい。階段を時速8キロくらいで降りれば監視カメラの解像度では君の手の中までは見えないはずだ』
……細かい奴だ……ユージは悪態をつきながら左に進む。成程、廊下は広く人の影もある。そして螺旋階段は無人だ。
ユージは階段を降り始めた瞬間にタブレット機を取り出し電源を入れた。
が……ユージの足は1階分を降りたところで止まってしまった。
タブレットには、ナザロの情報とナディア=ダワムの情報がすでに届いている。それを目に通したユージは、思わず歩みを止めた。
「手術した。俺が造った顔だ」
殺した人間の顔は覚えていない。だが手術した人間は覚えている。間違いなく、ナザロは勿論、ナディア=ダワムの顔にも覚えがあった。そしてナディア=ダワムの過去の手術の事……さらに現在の<レディー>の顔と情報、声を聞いたとき、唐突にユージの捜査官の勘が、これまで不明だった謎の答えに行き着いた。
「なんてこった、そういう事か」
ユージは思わず吐き捨てる。おそらくこの推理は間違いない。根拠は薄いが、ユージの勘がはっきりとそう断言している。
……ゲイリー=カミングスなんて男は存在しない……。
しかし、ゲイリー=カミングスは実存する。ただし、この男は操り人形で、操り師がいたのだ。
それがナディア=ダワム……。
そう、<レディー>だ。彼女こそが、本当の黒幕なのだ。
32/悪魔の降臨3
アイルランド ダブリン 数年前……。
寒い街だ。冬でなくても、重い雲が空を覆う日が多い。
それが、人気のない廃屋の地下だと、いっそうそれが身に染み入るようだ。
無造作に伸びた後ろ髪は結ばれポニーテイル。黒のズボンに濃いグレーのシャツ、そして所々色の剥げた羊地のレザージャケット、そして彼の全財産であり仕事道具が全て入っている、子供一人くらいは入りそうな大きなバッグがあった。
彼……ユージは、客を待っていた。
やがて、数人の男女がノックなしに入ってきた。ユージは一瞥し、溜息をつく。
「悪いが銃を置いて出直せ。丸腰じゃなければ相手はしない」
一団はユージのその言葉に、数倍の量の罵声と威嚇の声が地下室に響き渡ったが、全てユージは沈黙で応えた。ユージの背中のベルトに突っ込まれたリボルバーが見えている。なんとふてぶてしい若造か! が、ユージは全く動じず態度を変えない。
やがて、彼らの勢いは一人の女性によって制され、止んだ。
「ドクターに失礼はやめなさい」
綺麗な英国英語だった。ユージはゆっくりと振り返る。
そこには、深くフードを被った、短髪の女が先頭に立っていた。6人ばかりの護衛がついたが、女は振り返り一言告げると護衛たちは黙って部屋を出て行った。その間に、ユージは自分のバッグを開けた。中には各国の様々な医薬品に、最新の医療道具、そして1万ユーロの束が一つ入っていた。
女は、ユージの傍にやってくると、その開いたバッグの中に、黙って札束を置いた。
「5万ドル。確かに渡したわ」
「……病院の手配は済んだのか」
「ええ」
ユージはバッグの中にあるメモを取る。そして女はフードを脱いだ。40前後、おそらく西アジア系と東スラブ系の混血だろう。目を引くほどの美人ではないが、それなりに整った、美しいといっていい女性だった。
「……骨格を変えるほどの整形は、リスクは大きい。本当にやるのか?」
「依頼人の事は聞かない、それがルールじゃなかったかしら? <ブラック・50>」
……<ブラック・50(フィフティー)>……ユージを裏世界ではそう呼ぶ。闇医者として、どんな人間も治療する。ただし、ギャラは最大50,000ドル、最低5セントでやる。治療内容ではなく相手で額を決める。そのギャラも、最低限の移動費や生活費、闇での医療品購入に使うため貯金は全くなく、常に全財産を持ち歩いている。
ユージは依頼メモと本人を見つめながら事務的な口調で確認する。
「白人に見えるように骨格矯正、そして年齢を若返らせる。鼻、目も整形……」
「20年……は、容姿に変化は出ないように」
「ボディーラインとバスト矯正。一年間は抗生剤とホルモン剤を投与しなくてはいけない。だが俺は最初の手術しかしないから後は自己管理。市販薬だから手に入るだろう。少なくとも半年は大笑いしたり激情はするな。俺のほうはちゃんとした医療施設とメモで渡した医薬品がそろっていればいつでも取り掛かれる」
言いながら、口にしなかったもう一つの項目を見つめていた。
<今後も整形手術に堪えられるように>とある。この女は、よほど大物なのだろうか?
顔を何度も変えるということは、テロリスト…… 南ロシアは反ロシア系テロリストの巣であり、西アジアはイスラム教圏内。年齢を見るに、旦那か子供、もしくは家族を殺されてテロリストに転身した、そういう経歴か? それとも愛人の要望だろうか? いや、愛人の要望なら若返り整形だけでいいはず、やはり前者か? 前者であれば、国際指名手配がかかった重要容疑者かもしれない。これはデーターを残しておいたほうが良いかもしれない……。
「名前は?」
「この業界では名前は聞かず行うものじゃないかしら? <ブラック・50>。特に女性に名前を聞くのは……」
「年上の女性に『お前』と呼び続けるのは失礼かと思っただけだ。一度で済むかどうかわからない内容、少なくとも半年は経過観察が必要だ。普通ならば」
「それを一度の手術でやってしまう……それが闇の天才外科医、<ブラック・50>」
それでも、女は名乗った。ニチェルと……偽名なのは明らかだから、ユージはとにかくこの女の特徴だけを記憶に刻んだ。テロリストならばいつかこの顔に遭遇するだろう。
だが、ユージが捜査官に戻った後も、女はテロリストとして米国当局の国際手配リストにあがることはなかった。
クラウディア号 午前10時43分
フロアーの最深部に向かい、周囲を警戒しながらユージは進んでいた。エダのいる最深部のフロアーに入るには二回セキュリティー・チェックがある。一つは無人のセキュリティー装置だが最後はボディーガードによる応対だ。セキュリティー装置は<M・P>が何とか対応する。だが最後のボディーガードは実力行使しかないだろう。
『しかしクロベ。問題がある』そう言ったのはコールだ。返事の代わりに、ユージは通信機になっている眼鏡の縁を二度叩いた。
『お前の推理が正しいとして、だ。その<レディー>が本当にナディア=ダワムだと判明しても、逮捕できん。ナディア=ダワムには日本でも米国、英国でも逮捕状が出ていない』
ナディア=ダワムに出ている情報は、あくまで所属不明の裏社会の人間……というだけで、明確な容疑はどの国からも出ていないのだ。当然だ。彼女……ナディア=ダワムことゲイリー=カミングスは影武者を立てている。容疑は全て影武者……今現在はスティーブズ=ナザロ……に集約されている。今回の事件でも、羽山や他の当局者はナザロとやり取りしている。秘書に扮しているナディアにまでは届かない。
カミングス≠ナディア……というのはユージの状況証拠からの推理でしかない。賢い相手だ。警察が介入し逮捕されたとしても、「何も知らない雇われ秘書」と主張して通すだろう。弁護士もおそらく手配し待機させているはずだ。その手で打ってこられれば、警察側には明確な証拠はないし自白が取れる相手でもない。
法を厳守しなければいけないのは、事後処理の主導を執る事になっているFBIも同じだ。そこに警察庁も加わり、逮捕者を整理することになるが、基本日本国内の事件で、日本の警察権と司法制度が優先される。FBIが行うのは捜査と事件収束までの指揮であり、司法権まで米国、というわけではない。あくまで日本の刑法、司法が適用される。
CIAやMI6は外国人逮捕者に関してのみで一定の権限もあるがオブザーバーというのに近い。
一番いいのは、完全に重要容疑者となっている村田が、カミングス≠ナディアを証言してくれることだが、まずそうはならない。村田の身柄を確保しているわけではなく、そもそもこの事件で村田を捕える事ができるかも現状では確実とはいえない。
「何とかして、ナディア=ダワムに罪を犯させればいいんだな。まともな懲役刑を」
『出来るのか、クロベ』
……<レディー>は銃すら持っていなければ、ゲームに関する発言もしていない。
エダとナザロのやり取りの様子は特殊工作船方に届いているが、そういう発言はない。今、両者は、エダが島に行ってどうするのか、ユージをどのくらい押さえておけるかという内容だ。
『お話中悪いけど、いいかいFBIのご両人』と会話に<M・P>が割り込む。
『ナザロ氏が<P>に対して、クロベ捜査官との直接会話を要望している。それ自体はそれほど問題じゃないけど、もしクロベ捜査官が<P>に何か直接伝えるならこの機会しかないよ』
「…………」
驚く事ではない。元々エダがクラウディア号に行ったのは、名目上は誘拐されたのではなく取引のためで、サクラや拓たちの無事を保障。そして日本での他の生存者たちの保護をユージにやらせ、ゲーム運営者たちへの捜査の手を緩めさせる。その代わりにエダ本人が船で自発的な人質となる……そういう話だ。これによってゲーム運営者たちはユージを含めたFBIの捜査が日本の組織の対応までしか手が廻っていないと思わせる……これも今動いている作戦の一つだ。
そのため、コールは日本にあるCIA支部で、影武者を用意(通信の時は顔や声はCGで合成)して対応、その方向でも作戦は動いている。そしてその事はむろん<M・P>も知っている。知った上であえて口を出すのは、ユージとコールの会話を聞いてのことだ。
暗に、何かエダに挑発させろ……それが<M・P>の意見だ。彼はエダに好意を持ってはいても任務が一番だ。その意図はユージやコールにも分かった。
ユージは舌打ちしたが、頭は冷静だ。
「分かった。俺自身が話す。支局長、日本での活動状況を端末に送ってくれ。<M・P>、そっちは特別回線3を俺に直接、その後奴等と話す」
ユージが現場最高責任者だ。すぐにその指示で全部門が動き出す。
すぐに特別回線3は繋がった。
『こちらJOLJU~だJO?』
特別回線3はJOLJUとの直接回線だ。むろん、JOLJUは今も透明化してエダの足元でカメラを構えている。声は実際の音だが、そこはJOLJU、現場では一切音を出さず会話している。そしてこの会話はユージとだけ繋がっている。
「ちょっとお前の手品が必要だ」
そう前置きし、ユージはたった今思いついた作戦をJOLJUに伝えた。……もし、コールや<M・P>が聞いたら呆れてユージの正気を疑うようなチープな作戦を…… JOLJUはそれを聞いたとき、その無理難題に対して猛烈に抗議した。これはさすがにJOLJU的にも反則だと思ったが、この現場の中エダとユージの頼みで他に手はないというのなら、仕方ない。結局JOLJUもユージには頭が上がらない。最後は了解した。
ユージはすぐに通信を切り替えた。
「俺が突入する理由も出来そうだ」
そういうと、ユージは黙々と船の最深部に向かい歩みを速めた。
紫ノ上島 午前10時45分
……何か悪いジョークかね。これは……。
今、地下を進んでいる……片山は言葉には出さなかったが、心の中で嘆息を零した。
これまでこの島での四日間で、納得できない事、不可解な事や仰天展開、理解不能な状況は数限りなく経験してはきた。しかし今回ほど珍妙、かつ自分たちの命がいかに軽い扱いなのか、つくづく痛感した。
紫条家東館に向かう生存者たち一同を、完全武装した<死神>二人が護衛をしている。彼らは勿論無言だが、これまでと違い敵意はない。そう命じられたからだが、仮面の下でどんな顔をしているのか……拓やサクラたちから、普通の<死神>は根っからの殺人のプロではなく借金などの金銭的理由で人殺しに身を堕とした人間もいる、と聞いている。そういう<死神>たちのメンタルも気にはなった。好奇心と、不安の両方だ。
紫条家東館は見えている。もう自分たちは拳銃すら持っていない。
彼らの生死は、もはやゲームの駒であり、指し手である拓やサクラにかかっている。
同時刻 紫条家本館前
今回も村田のほうが早く着いていた。
「意外に時間にルーズですね捜査官は」
「時間指定なんかしてなかっただろう」
二人の装備は若干変わっていた。村田の手にはM733が握られ、拓は背中にM14A1を背負っている。フォース・ルールのとき拓が狙撃に使用したライフルだ。今の拓の身体で7.62ミリの大口径の反動はきついが、相手がプロである以上、ロングレンジが撃てて、基本的な防弾チョッキも貫ける大口径は必要だった。これは拓がサクラにも秘密で、埠頭近くの民家にずっと隠していたものだ。もっとも、弾は9発しか残っていないが。
まず村田のほうから、日本での監視の開放、解散を告げた。
「ウチのボスとファーロング嬢と何か取引したようで。クロベ捜査官は東京にいるらしいので彼に確認してもらってください。ご心配なく、フライングで手を打っておきましたから結果はすぐに分かると思いますよ」
……そんな取引だったのか……。
実は拓は、エダの潜入方法についてはそこまで詳しく聞いていない。だがそのあたりはコールが上手くやるのだろう。
「お前の望みは、今やってきているロシアのテロリストの撃退…… それまで共闘、でいいんだな?」
「是非。ウチも二人やられましたから。もう時間がないのでこのままよろしくお願いしますね」
「他の生存者たちには手出ししない……そうだな」
「ええ。午前11時30分まではね」
午前11時30分……それは村田が固執するファイナル・ゲームの開始時間だ。これだけ状況が悪化し、ゲームもすでに破綻しているのにファイナル・ゲームを行うという事は変わりがないようだ。
「紫条家東館に立て篭もるという案はベストではないがベターです。今、連中は西の森に潜んでいます。こちらの動きがはっきりするまで…… ざっと後10分くらいは森に潜んでいるでしょう」
「一つ確認したい」
「何でしょう」
「この島に核兵器を持ち込んだのはお前たちか」
「いいえ。あれは昔からここにあったものです。存在は知っていましたけどね。厳重な封印で僕たちですらどうにもならなかった。それをおたくの天才暴走お嬢ちゃんたちがその道のプロフェッショナルでもどうにもならない封印を解き放ち、それを持ち出して雲隠れ中ですよ」
……サクラたち……だからなぁ……。
これだけ巨大な元米国秘密軍事施設だ。時期を考えて、核兵器が残っていた……と言う説も荒唐無稽ではない。
しかも今回はセシルもサクラのフォローをしているらしい。セシルはJOLJUと繋がっている。このセットならば、どんな厳重な封印が施されていたとしても短時間で突破することができるだろう。
「サクラとは連絡不通だ。俺でもどうにもならない」
「了解です」
拓の表情に僅かに「うんざり」が見えたので、村田もそれ以上サクラたちについて問わなかった。本当に(事実その通りだが)サクラは独走しているようだ。
「お前やお前のボス……お前の言い方でいうとこういう表現だが……お前たちは核兵器に興味はないのか? 裏社会じゃあ目玉商品だけど」
「出所不明のモノならともかく、米国印のついた核兵器を奪った日には、世界の果てまで米国や西側諜報機関に追いかけられるでしょ? そんなの真っ平御免です」
成程……このあたり、村田が完全な裏社会の人間ではないと思える点だ。裏社会のプロならば、こんなチャンスを逃したりはしないだろう。核兵器は成程ハイ・リスクだが、滅多に出回るものではない。ロシア人たちのように大きな危険があっても手に入れようとするだろう。
「で? 俺に何をさせるつもりだ、村田」
「戦闘は貴方のほうがプロでしょう。敵は5人……僕が知る限り更に4人をヘリで連れて来るでしょう。合計9人、合流されてはとても僕たちだけでは対応できないでしょう。それを阻止しましょうか」
「お前と俺で、か?」
「今の捜査官一人でなんとかできるなら任せますが? ですから背中は僕がカバーしましょう。<死神>も自由に命令をしてもらって結構」
「11時30分までは、か」
「はい」
「途中気が変わって、お前の銃口が俺に向く……という事はないな?」
「はい。……随分回りくどいですね」
村田がやや呆れるように呟いた時、拓はポケットの中から携帯電話を取り出した。通話状態になっていて、会話は東京CIA支部の特別対策に繋がっていた。村田もすぐにそれが何かを理解した。拓は村田の言質を取るため、予め携帯電話を繋げっぱなしにしていたのだ。もっとも、言質を取ったからといっても村田がそれを守るという保障は全くないのだが……。
村田の表情も特に変わる様子はなく、想定内です、とばかりだ。
「俺だ。ユージか? スピーカー・フォンで話す。聞いた通りだ。お前が今日本にいるかどうか、サタンは気にしている」
『今朝一番の株式情報や円相場でも言えば納得するか』
答えたのは間違いなくユージ本人の声だ。応答も早く声に違和感はないが、これは合成音声だ。ユージは声が綺麗で滑舌もよく、それでいて彼の日本語は独特の不遜な喋りのクセがあり、すぐに分かる。
村田は信じた。
「いえ、結構。お声がきけて光栄ですよ、クロベ捜査官」
『いいかサタン。手筈はこうだ。お前が東京に残した組織を全員一番近くの警察署に自首させろ。<紫ノ上島の件>といえば通じるよう手配する。公安に手を回しておくから、FBI調書の後には釈放させてやる。この際特別にそいつらの誘拐や監禁の罪は問わない、被害者に怪我させていなければな』
「了解です。よい提案と迅速な対応に感謝します」
『後、エダ=ファーロングがゲイリー=カミングスとの取引終了後その島に行く。だが彼女はゲームプレーヤーではなく、事後処理の調査のためだ。ファイナル・ゲームに組み込もうなんて考えるな』
有無言わさず、一片の妥協もありえない語気だ。そして現状にも的確だ。
「了解です。元々ゲームは初めからこの島にいた人間だけが対象…… ファイナル・ゲーム後に誰がこようと、もう僕の管轄外ですから」
『今の言葉、忘れるな。核兵器はサクラからエダに渡させる。妨害や奪還を試みれば話は破談だ。この二人が死んでも同じだ。その時は島を空爆する』
村田は了承した。村田たちにとっては不公平な条件といえなくもない。要求の数はユージのほうが多いし、ユージ側には一切の妥協もない。
拓には村田がこれら条件をあっさり飲んだことのほうが驚きだった。
いや、それだけではない。
「…………」
……音声変換によるものにしては、具体的だし会話も長い。相棒の拓が聞いていても、コンピューターの音声には感じない。言葉言葉に混じるクセなども本人そのものだ。
電話先は東京のCIA支部特別対策部だ。JOLJU関係のスーパーアイテムはない。
……ユージが直接返答しているのじゃないか……?
できない事ではない。ユージとMI6特別工作船とは常にリンクしていて、それらのやりとりは米英が設けて特別クラウド・システムで各部門接触できる。セシルが手を回して直通回線を繋いだのかもしれない。
『核兵器には興味を示すな、エダが回収役だからな。その代わりに俺たちもお前がいうファイナル・ゲームとやらに口出しはしない』
「<死神捜査官>じきじきそんな確約がもらえるなんて、ゲーム・マスターとしてこれ以上ない話ですね」
『俺と交渉はこれが最後だ。俺は忙しいからな』
「ええ。お話できてよかったですよ、クロベ捜査官」
会話がこれで終わり……確かに用件はこれで済んだが、ユージは最後に言い捨てた。
『事件まで見逃すわけじゃない。お前がもし無事ゲームを終えたとしても、俺が必ず見つけ出し貴様の自由を永遠に奪ってやる。拓やサクラに何かあったら、命はないと思え。その島ではゲーム・マスターかもしれんが、俺にとってお前は殺しても殺し足りないクズだ。次会う時は、少しでも俺の機嫌をそこねていたら躊躇なく撃ち殺す。よく頭に叩き込んでおけ。以上だ』
「…………」
村田、無言。拓も無言だ。会話の主導権はユージが掴んで、結局最後まで主導権を握ったまま押し切り、去っていった。島という条件のない交渉術では村田でもユージにはかなわなかったようだ。修羅場の数が違う。
ただ、今のやり取りでユージが直接やり取りしていた事は間違いないようだ。わざわざ拓のために、ではない。セシルがバックアップしているからサクラのためでもないだろう。間違いなくエダのためだ。それだけカミングスのほうは難関だということだ。
むろん、拓はそんな考えを顔に出したりはしない。
「という事で、ユージから連絡があり次第俺は手伝う。それまでは個別に対処する」
「全員の自首確認を待ったら11時30分を軽く越えますよ? 今からすぐにその命令を東京に送っても、一番早くて15分くらいかかりますが?」
「まず一人。それなら時間はかからないだろう」
「分かりました。では無線機はそのままお使い下さい。すぐに連絡しましょう。ですが対処はしてもらいますよ。捜査官、いい作戦はありますか?」
「サクラの動きが分からない以上、とにかく西の森の中で撃退する。お前たちはとにかく森から出さないように。俺は戻ってくるヘリを待ちヘリを襲う」
ヘリが降りられる場所は限られている。今では役場前しかない。拓は住宅地の瓦礫の中に潜み、狙撃で対処する。もちろん西の森側から援護してくるだろうが、村田たちがそれを阻めば、拓の狙撃効率はかなり高いものになる。
村田もその作戦に同意した。
「どこかの誰かさんたちが、地下7Fの爆弾を無効化させなければ色々トラップを仕掛けて排除することができたんですけどね」と、村田はいつもの笑顔で皮肉を拓にぶつけた。拓はユージやサクラのような悪意という毒の塊ではないから、その悪意たっぷりの皮肉を仏頂面で受け取るしか出来なかった。
しかし、この両者の関係も、ほんの数分後破綻する。
ついに、サクラが動き出したのだ。
「黒い天使・長編『死神島』」第14話でした。
水素爆弾を手に入れたサクラたちでしたが、ここでもロシア系テロリストが襲来するなど色々難題沸きあがり、しかも事もあろうかまさかの村田との共闘……と、超急展開になりました。
こんなことがあっても、まだ村田とのファイナル・ゲームは残っているんですよね。
一体ファイナル・ゲームはどうなるのか……そして黒幕ゲイリー=カミングスを確保できるか……
物語はラストスパート、クライマックスに向けて駆け走っていきます!
真のクライマックス、ファイナル・ゲームまであと少し! もう少し「黒い天使・長編『死神島』」にお付き合いいただければと思います。
今後とも「黒い天使・長編『死神島』」をよろしくお願いします。




