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「黒い天使長編『死神島』」シリーズ  作者: JOLちゃん
13/16

「黒い天使・長編『死神島』」⑬

「黒い天使・長編『死神島』第13話です。

紫ノ上島のすぐ近くにある秘密電力施設に乗り込んだサクラたち。そこもまた、陰謀の場であった。混乱する秘密電力施設の中で立ち回るサクラと涼は、NSAがずっと隠していた秘密に辿りつく。そしてその秘密は、島で暗躍する飛鳥と宮村も知ることとなった。

なんと、紫ノ上島の地下深くには、証拠隠滅用に1970年代に仕込まれた戦術水素爆弾が存在していた。サクラと飛鳥は、セシルのバックアップを得て、水素爆弾の解体に乗り出す。

それと同時に、ユージがFBI、CIA、MI6バックアップの元、黒幕のいる豪華客船「クラウディア号」に潜入するのだった。ついにクライマックスの一つに突入した「黒い天使・長編『死神島』第13話です。




FBI本部特別室 日本時間午前8時48分


FBI本部の特設会議室では、7人の専門捜査官が集まりアレックスの指示の元、それぞれの仕事に従事していた。日本語通訳官、電磁機器専門官、各組織(コール、統合作戦本部、NSA)対応分析官、主任分析官、爆発物専門官たちだ。


『またどこか爆発したけどええん?』

と飛鳥の声がスピーカーから聞こえた。電話は双方スピーカーになっている。


「こちらで調整します。少しお待ちください」と通訳官が日本語で伝える。


 アレックスは各捜査官たちのほうを見た。全員で周波数の調整を続けている。


 飛鳥たちが持っていた携帯電話が、非常用とはいえクロベ・ファミリーの携帯電話だった事が幸いした。クロベ・ファミリーに携帯電話は全て衛星電話なので、紫ノ上島の電磁機器制御施設と携帯電話を介する事でFBI本部での遠隔操作が可能になった。これが操作の効率を格段に上げた。さすがの飛鳥や宮村でも、見たことも触った事もない電磁気制御機を使って爆弾を無効化することような専門的な事はできない。


 地下7Fの通信式爆弾はドイツ製の軍用品、一年前にハミルトン社がドイツの武器メーカーから大量購入していたもので、先日からすでにFBI本部に設置された特別チームがその事を調べてあげていた。通信コードはすでに入手しデーターとしてサーバーにアップされているので、強い電磁波により通信霍乱させる方法より、プログラムを組み替えた偽の通信コードを送り、再設定することで無効化したほうが確実だと判断された。


 ただ予想外に島の電磁波制御装置の精度が悪く、地下7F全部の爆弾のコードを書き換えるのには、想定していたより強い電磁波を出す必要があった。そのため、紫条家や他の地下エリアにセットされた<ボンバー・システム>爆弾が誘爆する事態になったのだ。もっとも、それはアレックスも飛鳥たちも予期していた事だ。


 爆発物専門官のロニー=サーフィスは、これまでの敵組織の装備情報やハミルトン社関係のデーターを睨んでいた。

「おそらく地下7Fの爆弾は全て同じものを使用していると思います。ハミルトン社のデーターの裏づけがあることもそうですが」そういうと彼は、開いているデーターを、アレックスの主任分析官ジーン=フォートンのモニターに送った。ジーンの後ろではアレックスがモニターを見ている。送られたのは、地下7Fまで書かれた紫ノ上島と秘密施設の3D・MAPだ。地下7Fの存在が判明したのは拓が見つけたほんの一時間ほど前だったが、そのことを国土安保長長官に確認すると、5分後にはNSAから機密文書として紫ノ上島秘密施設全エリアの地図の提供があった。紫ノ上島のデーターが軍からNSAに移った理由は分からないが、とにかくもようやく島の完全なデーターを手に入れることが出来た。


「ガソリンに引火しただけでは……」

そう言いながら彼はエンター・キーを押す。地下7Fが一気に赤くなり、直後地下6Fは崩れ落ち、赤い光は地下エリアへの外部入り口各々から洩れていく。

「島やその上にある施設、館までは崩壊しません。元々地下5Fと6Fはセキュリティーの関係上底が厚く、地下6Fは、限られた三箇所の出入り口は、そのまま地上、もしくは地下2Fを経て地上……という感じで熱が逃げるようになっています。しかしここに爆弾70個があると話は変わります」

 ロニーは再び地図を元に戻し、これまでの情報と経験から、大まかに地下7Fに爆弾70個を表示させた。今度は赤く点滅する爆弾をまずは爆破させ、その後ガソリン爆破を再現させた。すると地下6F、5Fの底が抜けるように崩れ、そして炎は地下4Fに広がる。

「データーでは<ボンバー・システム>があるのは地下4Fより上からです。クロベ捜査官が入手した爆弾配置通りであれば、爆風によってそれらが全て誘爆を起こし……」

「施設は崩壊、島は吹き飛ぶ」とアレックスが呟く。

「おそらく、爆弾の多くは天井や壁に設置してあると思われます。それによって丁度鍋底が抜けるように建築物を破壊できます。しかし……」

 ロニーは再びキーを叩いた。3D・MAPの地下6Fと地下7Fの間にグリーンのラインが引かれた。

「今、バグを送りエラー状態にして使用不能になりました。一先ず安全です」

「全ての爆弾が同じコードだと思っていいのか?」とアレックス。それに答えたのはジーン捜査官だった。

「部長。この爆弾は、犯罪組織にとって使用する予定にはない最後の手段です。そして爆破を決意した場合は同時である事が必須です。ロニーの意見では、このドイツ製爆弾の通信範囲は約2キロ以内です」

「持っているとすればサタンだけ、というのだな」

 場所が都会で通信状況が整っていればかなりの遠距離からも操作は可能だが、この爆弾の通信力は惰弱だ。


 サタンはすでに拠点を4つ失っている。その事を考えると、爆破のスイッチの形状は大きくてもタブレット・サイズ以下のはずだ。そして常に持っている、という想定にたてば爆弾の種類は一つ、というロニーの推理は的を射ている。行動犯罪心理学のプロ、アレックスの意見も同じだ。しかしユージたちの報告ではサタンは持ち歩いていないという。



 ……目的は脅し、か……。



 本気で爆破したければ、改良を加えるなり何社かの製品を混ぜたりするはずだ。


「では後は階段を爆破し封じれば終わりだな。それは彼女たちの技能で可能か?」

「他に小型の爆発物を持っているという情報ですので、それを使えば爆破は可能です。しかし、ちゃんと階段だけを破壊しないといけないといけませんし、<ボンバー・システム>に当たらないよう場所を検討します。2分下さい」とロニー。アレックスは了承し、通訳官にその事を指示する。


 その時、NSA担当のホールス捜査官が、奇妙なものを見つけアレックスとジーン捜査官にデーターを送った。


「NSAのデーターの中で暗号化されたブロック・プログラムがあるのですが」


 そういうとホールス捜査官は、地下7Fの地図を開き、ほぼ中央にある黒く塗りつぶされた場所を指差した。


「このデーター自体暗号化されていました。それを突破して、この画面になりますが問題が」

「ここに何かあるというんだな」

 とアレックス。しかしそのデーターにアクセスしようとしても弾かれてしまう。

「我々のアクセス・レベルではアクセスできないようです」

 とジーン。

「俺のアクセス・キーを使え」

「やりました。でも、ダメです。アクセス権レベル6以上の人間、三名の同時アクセスが条件になっています」

「…………」


 アレックスの表情がにわかに険しくなった。



 ……アクセス権レベル6以上だと……? 長官クラス又は将官クラスのアクセス権だ。


 それが三名以上ということは、よほどの重要機密ということだ。ここまでNSAは協力して情報提供しているのに、さらに暗号があるという事はどういう事か……


 一瞬迷ったが、アレックスはSAAの№4のアクセス・キーを伝え、強引に暗号解読するよう命じたが、ジーンはそれを拒否した。


「国防総省管轄の国家機密扱いのものです。ハッキングによるアクセスはFBI捜査官ではできません」

「緊急事態だ。このコードはレベル6。後、クロベ捜査官とスタントン支局長の二人がグレード6でレベル6のアクセス権がある。これで三人分だ」

 一同アレックスがレベル6のアクセス権を持っていることに驚く。確かFBIでの彼のアクセス権はレベル5のはずだ。


「できません部長。国土安保長長官に話を通さないと違法行為です」


「……そうか」


 アレックスは舌打ちした。彼らの対応は間違ってはいない。いや、むしろ憲法厳守の宣誓をしたFBI捜査官としてはそれが正しい手順で、強引に無視し事後処理で誤魔化すユージやアレックスの手法が本来は違法なのだ。


「ジーン、統合作戦本部のウィラン少将に連絡を取ってくれ。今時程度したレベル6のほうのコードで呼び出せばすぐに連絡がくるはずだ。もう一度NSAから情報を聞きだせ。後この経過をスタントン支局長に報告。ロニー、君には極秘で、だ。頼みたい事がある」

「なんです?」

「軍が所持している戦術核クラスの核・設置型爆弾のデーターを集めろ。膨大だろうが、すぐにウィラン少将他統合作戦本部も協力する。すぐに対応できるよう情報を集めろ」

 そういうと今度は電話の通話をスピーカーから直接通話に切り替えた。

「そこに飛鳥君がいるな。頼みがある」

 アレックスは日本語で話す。

『なんや~?』

「もう一度地下7Fを見てきて欲しい。地図データーを送る」

『ラジャー♪』

「データー転送後、一度電話を切る。そこには細かい捜査内容を文面に入れておくからそれを読んでくれ。日本語で作成させる」

 アレックスは、すぐに日本語通訳官にメモの内容を耳打ちした。それを聞いた通訳官は驚き愕然とアレックスを見たが、アレックスは顔色ひとつ変えずいつも通りの表情で「黙って文章を作れ」と命じた。そして小声で、しかも日本語で続けた。

「まだ他の人間には言うな」

「分かりました」

 通訳官は急ぎ日本語で文章を作り始めた。20秒でできる。だが、内容の凄まじさに、彼の口からは全く唾液が失せていた。


 その直後、別の場所からアレックスに連絡が入った。ホワイトハウスからだ。


 しかしその内容は、すぐには意味が分からなかった。


「緊急コードの確認があった? どこからですか」

『軍です。だが部隊名が分からない。スタントンにも伝えたが彼にも心当たりがない。どうなっている?』

 電話したのは特別補佐官のランバートからだった。他の人間が同席しているような雰囲気がないからオフレコの会話だ。

「調べます。詳しいデーターをこちらに」と答えた後、すぐに肝心な事に気付いた。「誰のアカウントです?」

『クロベ捜査官だ。しかも今回大統領が特別にクロベに与えたコードだ。だがクロベは今任務実行中で使える状況にない。だからこっちも戸惑っている。ついでにいえば、このコードは裏から得た情報だ。軍は正規ルートではこのコードを無視している』


 特別補佐官ともなれば、軍にも国防総省にも統合作戦本部にも秘密のルートを持っている。ただしその情報源こそ彼にとって重要な政治的人脈だ。相手は明かせない。


「思い当たりはある。……あまりいい情報ではないな。結果はスタントン支局長から報告

を受ける事になる。後で連絡する」


 そういうとアレックスは携帯電話を手にし部屋を出た。ユージの捜査コードを知っているのはサクラしかいない。そしてサクラの行動は施設の破壊に行ったと聞いている。しかしそちらにも、まだアメリカの組織や軍が関わっている。この段階でもまだ政府と犯罪組織、二つの敵を相手にしないといけない……それを考えるとアレックスは頭痛を覚えずにはいられなかった。思わず「現場のほうが楽だな」と愚痴を吐いた。





  紫ノ上島沖11キロ 特別発電施設 午前8時58分


 米軍極秘燃料貯蔵施設・通称<ニンジャホーム>。中国、朝鮮、台湾での有事の際、沖縄の発電施設や港湾施設が破壊された時のため、米海軍が極秘に建築したエネルギー生産及び備蓄施設で、海底に巨大なガソリン貯蔵庫と巨大貯電型発電施設、水流発電器がある。こういった施設の多くは、冷戦時に世界中に作られている。ただしそれらの施設が使われることはほとんどなく、常駐しているのは五名の軍兵士と一人のNSA諜報官だけだ。911後、管理の中にNSAが加わる事になったが、管理任務が増えたわけではない。六人は一日二度の報告、一日三回の見回り。あとは海底の底で中国や台湾、日本、米国のテレビ番組を見てはポーカーをしてビールを飲んでいるだけ……そんな退屈な職務を半年過ごす。この退屈かつ変化のない生活は、半年以上は精神面できつい。世界の紛争危険度が上がれば有能な人間が派遣されるが、普段ここは組織でもボンクラや怠け者が送り込まれる閑職だ。しかも本人たちも自覚しているようなレベルの。


 9月に新しく班長が代わり、ブレッグス軍曹が班長として赴任してきた。30代前半で軍曹というのは有能とはいえない。他の兵士たちは皆20代の伍長で、NSAのゴードンだけは50代だ。彼の場合は年金稼ぎの任務勤務時間を稼ぐため進んでこの任務を志願してやってきた。このメンバーの中では一番古参で、同僚たちは彼が読書と酒、カードゲームをしている姿以外見たことがない。彼だけはここに来て2年になる。



 そんなボンクラの集まりの<ニンジャホーム>が、設立以来最大の事件に巻き込まれ、混乱の極に陥っていた。



 突然武装した少女二人が<ニンジャホーム>に現れたのだ。しかも大量の爆弾や見たこともない機器を所有していた。どう見ても一般人には見えない。


「自爆テロだ!! 間違いない!!」そう言いきるのはピート曹長だ。彼は半年前まで北アフリカで任務についていた。自爆テロはあの地ではしょっちゅうだ。

「でも日本人の自爆テロなんてあるのか?」やや懐疑的なのがスペンサー伍長。まだ軍隊に入って一年未満だ。

「15歳と10歳の子だ。確かにおかしい」一番懐疑的なのはこの中で一番若いクライド伍長だ。彼は半年前まで横須賀基地警備をしていた。

「それに……なんかあの子、見覚えがあるんだけど」

「襲われた俺はどうなる!?」伍長の中で一番の古株グレアム伍長は語気を強めて言った。サクラに昏倒させられたのは彼だ。当然あの二人をテロリストとしか見ていない。

「とにかく落ち着け。本部に連絡を送ったばかりだ。俺たちが討論し合っても意味がない。逮捕はしたんだし上の判断を待つべきだ」

「そもそもどうしてここを知っているんだ? 子供というがあの武装はスーパーで売っているような代物じゃない。テロリストならまだ爆弾を持っているかもしれない」とルイス伍長。「ここには膨大なガソリンがあるんだぞ!」


 サクラと涼を逮捕してからまだ数十分だが、彼らは緊張と興奮は収まる様子がない。こんな事態など、ここに配備されるような連中は体験したことがない。


「とにかく上の判断を待とう」


 ブレッグスはそう部下たちに言い聞かせるが、クライド伍長を除いて全員納得はしなかった。彼らの脳裏にまず浮かんだのは、これによって手柄を得て軍人らしい名誉や勲章を貰い昇格する……という事だった。だが下手に報告すれば上司に手柄を横取りされる、という考えも自然に浮かんだ。自分の手柄にするのに一番いいのは、自爆テロ犯としてこの場で射殺してしまうことだが、相手は日本人(サクラは米国人だが)で、しかも10歳と15歳の少女ということだ。15歳の自爆テロ犯というのはありえるが、10歳の東アジア系白人で自爆テロ犯だというのは想像できない。しかも父親はFBI捜査官だという。それが本当なら10歳の幼女殺害は死刑確定だ。その常識的判断が彼らの虚栄心をなんとかセーブしていた。悪い事にさらに彼らを混乱させたのはサクラが政府の緊急コードを口にしたことだ。班長のブレッグスも、その直属の上官のデニス=バートナー中尉も、そんな緊急コードは知らなかったが、<ニンジャホーム>で半ば隠居しているNSA諜報員ゴードン=フライストは、日課の読書の手を止め珍しく煙草を咥え言った。


「そのコードは、もしかしたら本物かもしれん。意味は分からんがコードの形式は合っている。後FBIのIDは出鱈目じゃないな。そっちは確認したほうがいいかもしれんよ」と、重要すぎる発言をした。もっとも彼はそれ以上何も言わず、我関せず煙草を吸い続けると再び読書に戻り<ニンジャホーム>の対応会議にも顔を出さなかった。






「……善良なアメリカ国民が、何故に一日に二度も米軍に逮捕されないといかんのか……」


 独房に閉じ込められたサクラは溜息をついた。手錠は最初後ろ手で嵌められていたが、体を柔軟に曲げて前手に位置を変えていた。手錠抜けもできるし身に着けていた武器は奪われても四次元ポケットはそのままだから脱走も可能だし、その気になれば全員を倒す事もできる。しかしここがどうやら秘密施設ではあっても正規の軍施設と分かった以上、脱走や抵抗は事態を悪化させるだけだ。ユージの名前は出したし、ユージも対応しているはず。焦りは禁物だ。ただ涼の事は心配だった。サクラと涼は別々の独房に監禁されていて涼の状態は分からない。

 


 サクラは米国人で、しかも10歳という年齢だ。いくら不審者とはいえ殺すという決断には勇気もいるし身元の照会もすぐにできる。だが日本国籍の涼のことを米軍が調べるには手間がかかるはずだ。


 連行中に施設の状態を見て、ここがどういう施設なのかは分かった。サクラの心配は軍ではなくゲーム運営者たちのほうだ。ここの連中は、目と鼻の先にある紫ノ上島の事など全く知りもしなかった。この距離ならヘリの音、ライフルの銃声、爆発音くらいは聞こえていたはずだ。それを知らないという事は、妨害している人間がここにいるということになる。その人間が運営に報告したら……その時は最悪の事態も起こりえる。そしてそのリアクションはすぐに起きる。



 ……手錠くらいはコッソリ外しておこうか……。


 外しておいて、改めて付けているように腕を通した時だ。突然扉が開いた。



「サクラ=ハギワラ=クロベ……だったね」



 現れたのは、髪が真っ白で少し太った、不機嫌な表情を浮かべたゴードン=フライストだった。サクラは頷く。しかしすぐに表情は険しく変わった。ゴードンの手には、サイレンサーのついた中型オートマチックが握られている。



 ……やっぱりこうなるのか……。



「そんな顔で睨まんでくれ。ボンクラの新人共はともかく、私が<クロベ>の名前に気付かんわけがないだろう? 死神捜査官ユージ=クロベを知らんほどボケてもおらんよ」


 ゴードンは周囲を見回し、人の気配がないのを確認すると懐から煙草を取り出し口に咥え火をつけた。そして紫煙をたっぷり吐き出しながらサイレンサーのついた拳銃でサクラに立つように指示する。


「ちょっと来てもらうよ、お嬢ちゃん。こんな私でもクロベ・ファミリーがどんなものかは知っている。子供扱いはしないからね」

 そう言うと、ゴードンは再びたっぷりの紫煙を吐き出した。サクラは一瞬目を閉じ考えた後、一言「確か海底基地では基本禁煙じゃなかったっけ」と毒づいた後黙って指示に従った。





  紫ノ上島沖45キロ 海上 軽空母上 午前9時09分


 専用機から降りたユージは、用意された特殊工作船に向かう。

 空母の看板上では慌しく人が往来していたが、通常の軍事活動と違う点は軍服ではない人間が多い点だ。そして軍空母にはありえない民間用小型ヘリがある。

 ユージは一度足を止め、ヘリのほうを見た。


 ヘリではちょうど羽山や羽山の部下がヘリに乗り込もうとしていた。そして開いたヘリの中にいるエダを見つけた。元気そうだ。阿吽の呼吸だろうか、エダはユージに気付き振り返り、二人の目線は合った。エダはいつもの明るい笑みを浮かべ頷いた。


 ユージも頷く。この二人には会話は要らない。


 まず羽山がエダを連れてフェリーに入る。二人には最先端の探知機やモニターを付けていて動きは全て特殊工作船に伝えられる。そして内部情報が分かり次第第二陣として、羽山の部下という名目でユージたちは羽山夫人と一緒にフェリーに潜入する。羽山夫人の身柄は先に保護され、数分前に特殊工作船のほうに移動した。

特殊工作船に向かいながら、耳の後ろに巧妙に隠された通信機のスイッチを入れた。


「今から作戦に入ります。俺もじきに出航しますが、貴方はこっちに来るんですか? コール支局長」


『私は今東京だ。だが潜入作戦中は日本政府との応対よりそちらを優先する。クロベ、言ったかもしれんがMI6が全面的に協力してくれている。その工作船はMI6が提供してくれている。後方主任エンジニアはMI6のエージェント<M・P>だ。すでに活動をしている』


「<M・P>!?」思わすユージは声を上げた。丁度空母から特殊工作船へのタラップを移動していた。


「英国が誇る天才エンジニアを借りられたんですか!?」



 <M・P>……マスター・プロフェッサーの略。英国が誇る裏世界の屈指のスーパー・ハッーカー兼エンジニアで、本名も容姿もほとんど知られていない。ユージが裏世界の現場捜査官のスーパースターなら<M・P>はハッカー世界のスーパースターだ。米国含め多くの英国の同盟国が秘密作戦で何度も英国に彼の協力を頼んだが、MI6が応じた例は少なかった。



『お前にはあまり面白くないと思うが……彼はたまたま香港にいて……この案件に興味を示し自ら参加を表明した。……理由を伝えるが……怒るなよ?』


と、急に口調が家庭問題で悩む父親のように変わった。『彼に<P>の写真を見せ、彼女の監視とサポートが任務だと伝えた。そうしたら高校生の初デートのように喜び作戦参加を希望した。まぁ……お前は面白くないだろうが』



 呆れた理由だ。<007>のジェームズ・ボンドよろしく、MI6の諜報員は全員色ボケの集団か……!? コールが呆れるのももっともだが、ユージにとっては他人事ではない。紳士の国が聞いて呆れる。



「……そいつは……俺に撃ち殺されたいのですか?」



『だから事前にお前に教えているのだクロベ。現場でお前が彼の不謹慎で下品な会話を聞いたとしても逆上するな。お前は米国人らしく規範と節度を保て』

「世界で一番大事な女を、自称紳士の国の変態がストーキングするのを見て我慢しろ、と」

『そうだ。<M・P>には機嫌よく仕事をしてもらうためお前たちの関係は多く説明していない』

「コール。これが貴方の奥さんでも自分は堪えられるのですか?」

『私ならむしろ光栄に思うな。生憎うちの家内はすっかり体型も崩れ男に言い寄られる図は想像できないからな。逆に考えてみろ、どんな大金や名誉を提示されても動かん<P・M>が、無償で最高の仕事をしてくれるのだぞ。エダ嬢はそれだけ魅力的ということじゃないか。私なら自慢するね』

「…………」

『殴るなり脅すなり好きにしろ。ただし事件解決後にな。作戦中は理性ある行動をお前に求める。分かったか? 分かったら、<分かりました>とちゃんと返事しろクロベ』

「了解です」不満と呆れに混じった、自棄っぱちでユージは答える。

『以上だ。個人的な身内会話も以後一切なしだクロベ。職務を果たそう』

 そういうとコール側から通信が切られた。


 コールにしてみれば、高校生のカップルじゃあるまいし、こういう苦言をこんな危機の最中に言わなければならない事自体馬鹿馬鹿しいが、事がエダに関することなので<M・P>の態度にはコールも不満があり、さらに公私混同が常であるユージがいる以上、父親のような忠告をいい大人を演じざるを得なかった。ユージは理屈では分かっていても、感情的な男なので一々釘を刺しておかなければどう暴走するか分からない。ユージは内心米国の立場や政府の意向など気にも留めない、ただ正義と家族を護りたいだけの人間だという事は、コールもよく知っている。ユージを言い聞かせるのは、法でも規則でもなく、結局は友情や信頼感しかないのだ。幸いユージはコールに対してだけは比較的耳を貸す。

「あのハゲは学校の校長がお似合いだな」

 通話が終わり、特殊工作船に乗り移った時ユージはぼやいた。ハゲ……むろんコールのことである。コールの前頭部に髪が消えてもう10年、今は白髪交じりの髪が両側頭部にあるだけで、その髪も綺麗に短く刈り上げられ整えられている。米国人は禿げに偏見がないが、彼がまだ密かに頭髪に未練を持っていること、部下たちが「ハゲ仮面」陰口を叩いている事をユージは知っている。コールがユージの長髪に対し何かあると文句をつける一方、親しみと信頼を培っているのは髪の問題があるから、という噂がある。医者であるユージの薦めた栄養ジュースによって彼の髪が僅かに増えたという話があって、それがあるがためコールは何だかんだとユージを手元に置き庇うのだ、と。もっとも当のコールはこの噂を知らず、もし耳にしたならこう怒鳴り返すだろう。「クロベに対する気苦労でどれだけ私の髪が抜けたか!」と。


 ユージ他数名の職員が特殊工作船に乗り込むと、船はすぐに空母と別れ、朝陽……というには昇がり過ぎた太陽を横に受けながら、紫ノ上島方向に向かっていった。






集中戦/3






  紫ノ上島沖11キロ 特別発電施設 午前9時11分


 窓も家具も何もない鉄の壁に囲まれた独房の中で、涼は後ろ手で手錠をされパイプ椅子に座らされていた。涼は自分でも驚くほど緊張も恐怖で怯えたりもしていなかった。



 ……捕まるのって、今度で何度目だろう……。


 ここ数日衝撃的な事を体験しすぎた。何度死に掛けたか分からない。今回違いがあるとすれば、これまではずっとテロリストに捕まってきたが、今回はどうやら米軍関係だ。すぐに殺害される危険は少ないだろう。それにサクラがいる。ここ数日の事件で、サクラがいかに凄いか……本人も、そのコネクションも……思い知っている。サクラならなんとかしてくれる、という確信があった。



 ……思えば、私は初めから運がなかった……。



 元々番組参加予定ではなかったが、いとこの柚木が急性盲腸炎で入院し、付き添うはずのマネージャーの井上はよりにもよって沖縄から出航するその朝食中毒で入院、結局涼一人が島に行く羽目になった。



 ……でも、考えようだ……柚姉ぇや井上さんがこの事件に巻き込まれなくて良かった。そう考えると、むしろ運はいい……うん、そう考えよう……。


 紫条家で待機中、宮村が言っていた言葉を思い出した。彼女は東北出身だ。涼に話した内容は311の地震の話だった。


「311の後も沢山地震があったケド、311経験したら震度5くらい慣れちゃうのよね。感覚の麻痺ってヤツね」



 ……今回の事件も感覚が麻痺するという点は似ているな……。


 数日前なら、自分がSMGで武装して米軍基地に突入するなんて姿を想像できなかっただろう。しかし今では銃がないと不安すら覚える。信じられない事だ。



 ……今は生き残ることだけを考える……余計なことは考えない……。

 これは拓の言葉だったかサクラの言葉だったか……。


 そんなことをぼんやりと考えていた時…… 慌しい足音と共に勢いよく鉄の扉が開いた。



「…………」



 扉を開けたのはブレッグス軍曹だった。すぐに逮捕されたから涼には彼が兵士である事以上は分からない。だが、すぐに状況は最悪に陥っている事が分かった。彼の手には、サイレンサーを装着したベレッタM9が握られている。


 ブレッグス軍曹は何も言わずすぐに銃口を涼の頭部に向けた。それはあまりに突然で機械的、ブレッグス軍曹からは殺意や怒りなど感情も感じない。

涼は、悲鳴を忘れた。こういう場面は何度も遭遇したが、今度は違う。脅迫も人質でもない、抹殺だ。


「悪いがお前たちがここに来なければこうならなかった」ブレッグス軍曹はそういうと素早くベレッタのスライドを引き、再び銃口を涼に向けた。


 その時だった。


「な、何をやっているんですか軍曹!!」

 鋭い叫び声にブレッグス軍曹は振り向いた。そこにいたのは唯一サクラや涼たちの存在を敵だと思わなかったクライド伍長だった。クライド伍長は最初すぐには状況が分からなかったが、ブレッグス軍曹の手にサイレンサー付のベレッタを見た瞬間反射的にクライドも腰のホルスターからベレッタを抜いた。


「軍曹! 銃を下してください!!」

「この少女たちは自爆テロ犯で即始末せよ、という命令が来た! それを速やかに実行するだけだ! 邪魔をするな伍長!!」

「それが本当なら裁判があるはずです! それに彼女たちは自爆テロ犯だなんて……自分には考えられません!!」

「何故そう言い切れる!」

「だって……」とクライド伍長は愕然となっている涼のほうを見て指差した。「彼女、日本で有名なアイドルのスズです!! テレビでもよく出てくる<Lies>のボーカルの子です!!」


 ブレッグス軍曹はその言葉に耳を疑った。反対意見が出る事は想定していたが、まさかこの少女が芸能人だとは想像すらしていなかった。


 元々ブレッグス軍曹は信念を持って実行しようとしているのではない。狼狽が目に見えるほど動揺した。


「ア……アジア人は似たようなものだろう!?」

「間違いないです! 逮捕時、彼女はスズシ=タカトーと名乗っていました」


 そういうとクライド伍長は上着のポケットから<Lies>のポスト・カードを取り出した。その中心には、確かにギターを持ち歌っている涼たちの写真がある。服装こそ違うが間違いない。ブレッグス軍曹の動揺はさらに大きくなった。いつのまにか銃口は涼から外れ、涼とクライド伍長どちらにいくか迷うように動いている。


「上からの命令なんだ! お前こそ上官に銃を向けるとは何事だ!!」

「僕たち下士官に軍がそんな行動取らせるとは思えません! これが公になったら大変な事になりますよ!! ブレッグス、命令なら命令でもう一度確認したほうがいいと思います」

「上官に反抗するな!!」

 ブレッグス軍曹が叫び、問答無用で銃口を再び涼に向けた時だ。奥の廊下にゴードンが現れた。それを涼がいち早く見つけた。そしてこの場で初めて叫んだ。


「銃を持った人が後ろに!!」


 言語は日本語だが、ブレッグス軍曹もクライド伍長もその言葉の意味を理解し振り返った。次の瞬間、ゴードンの銃弾がブレッグス軍曹の足と肩を撃ちぬく。溜まらず膝を着いたブレッグス軍曹は、反射的に余力全てを使い涼に再び銃口を向けようとするが、その瞬間クロイド伍長のタックルがブレッグス軍曹を捉え、二人は縺れるように床に転がる。そして揉み合う最中、ブレッグス軍曹のベレッタから3発発射され、そのうちの一発がクライド伍長の左大腿に命中した。


 悲鳴を上げ転がるクライド伍長をブレッグス軍曹が引き剥がした時、ブレッグス軍曹のこみかめに、ゴードンのサイレンサー付中型拳銃が突きつけられた。


「何をするゴードン!? 正気かっ! くそっ!! 俺を撃ちやがって!!」

「黙りたまえ軍曹。撃たせたのは君のせいだ。もう何年も銃を握っていなかったのだがね。それに急所は外したはずだよ。まずは銃を捨てろ軍曹。話はそれからだ」



 ……何が……? 何が起きているの……?



 突然兵士が現れ射殺する直前、何か自分の名前やバンドの話をする青年が現れ、雰囲気がおかしくなった。そして視界に銃を握った中年男が見えたので思わず叫んだ。それが騒動のトリガーになり、今二人が撃たれ、中年の男が場を制した。状況があまりに目まぐるしくて現実が理解できない。


 そんな涼を混乱から現実に連れ戻したのは、散々耳にしている頼りある女の子の声だった。


 どこに隠れていたのか、廊下の奥から自由になったサクラが「スズっち! 無事っ!? 返事して!!」という声が聞こえ、涼は緊張と困惑の鎖から解かれた。


 サクラはゴードンたちを掻い潜り、独房の中に入った。


「サ……サクラちゃん」

「そう! ご存知サクラちゃんだ! 間一髪……というか間半髪くらいだったけど! ま、もう大丈夫よ」

 サクラはニヤリと微笑むと、すぐに涼の後ろに回り、ゴードンから受け取った手錠の鍵で涼を開放する。


「どうなって……るの?」

「とりあえず、あたしたちが犯罪者ではない事は証明できた」


 ……いや。大量の銃器に爆弾を持っていた時点で、十分犯罪者なのだが……。


 涼を開放したサクラは、涼に部屋の隅に避難するよう命じ、共に部屋の隅に行った。


 ゴードンはユージ=クロベの名を知っていた。そして自分用のPCから本国に状況の説明を問うと、僅か1分後ゴードンの元に、直属の上官を飛び越えて、統合作戦本部から『対象を保護しろ』と連絡があった。これほど速い対応は、よほど差し迫った事態が起きていることの証明であった。そして急を要するという事も。彼は昔から愛用している、お守り代わりのワルサーPPを掴み行動に出たのだ。


 ブレッグス軍曹は罵声を上げながら銃を投げ捨て、撃たれた肩と足を両手で押さえた。


 ブレッグス軍曹は体が大きく、32口径が掠めた程度の傷で身動きが取れなくなるほどではない。しかしベレッタの9ミリを太腿に受けたクライド伍長のダメージは、死の危険はないが軽傷ではない。


「クロベの娘さん……状況は知らんが、この混乱を収拾できるんだろうね?」やれやれ、といった表情でゴードンはサクラを見た。

「こんな程度混乱のうちに入らないほどすごい事になっているから大丈夫」

 そう不敵な笑みでサクラが答えた時だった。大きく響く銃声と同時にゴードンの背中に穴が空く。大量の血が吹き出て、瞬く間に背中を真っ赤に染めた。



「キャァァー!」

 反射的に悲鳴を上げ、眼を閉じその場に伏せる涼。逆にその銃声に緊急行動のスイッチが入るサクラ。


 銃撃はさらに続き、ゴードンの体にさらに1発、ブレッグス軍曹の頭に一発、胸に二発。そして、突然の事で呆然となるクライド伍長に銃口が向いた時、サクラは倒れたゴードンの手に握られていたワルサーPPを奪うと、銃声の方角に銃口を向けた。反対側の廊下奥からの銃撃だ。


 一瞬、人影が見えた。サクラは躊躇なく引き金を引く。弾は人影には当たらず、壁に跳ね返った。だがそれで謎の狙撃者は反撃者に気付き走り去っていく。


「スズっち!! 二人を部屋にいれて扉を閉めて!! あたしが戻るまで絶対扉開けないで!!」


 そういうとサクラは狙撃者を追い走る。走りながら、照準に邪魔なサイレンサーを外した。サイレンサーは隠密行動用に適しているが、威力や命中精度は落ちる。L字路まで来たとき、サクラは一度止まり素早くマガジンの残弾を確認した。残り4発だ。


 サクラは自意識を広げ狙撃者の気配を探った。遠ざかっていく足音も聞こえる。だが、すでに相当距離がある。そっと顔を出し目視しようとしたが、今見える廊下に人影は見えなかった。約20mほどで丁字路になっている。もう狙撃者は右か左に曲がった後だった。



「追うだけ無駄か……」



 サクラはワルサーPPを上着のポケットに突っ込むと、涼たちの元に駆け戻った。ブリッグス軍曹は頭部と胸部被弾で即死したが、ゴードンとクレイブ伍長は生きている。特にサクラの事を知り協力者であるゴードンを死なせるわけには行かない。


「一難去ってまた一難……もぉ~! いい加減にしてほしいナ」

 あの時ブリッグス軍曹はすでに動けず負傷していた。そのブリッグス軍曹を二番目に、かつ確実な急所を狙撃した……この状況から考えて、狙撃者の狙いは、失敗者の口封じだったのは明白だ。いくら武装した不審者が秘密施設に来たからといって30分もせず秘密裏に始末しろ、などという命令を軍がするはずがない。


 つまり……その狙撃者はゲーム関係者、もしくは米軍内部の協力者……しかも、殺人を犯しても揉み消せる程度に地位がある高級将校……ということだ。軍関係の協力者がいることは判明しているし何人かは逮捕されたが、まだ協力者はいる。その事をユージやコールたちも分かってはいるが、何分米軍組織は大きすぎてこの短時間で全て突き止めたわけではない。しかし今回の狙撃者はその人物を知っている。なんとしても捕えてそれが誰か突き止める事が最重要だ。


 幸か不幸か……この海底秘密施設は閑職の地で派遣されている軍人は5人。そのうち二人は違う。残る三人の誰かだ。狙撃現場からは逃げられても、この施設から逃げる事はできない。





  紫ノ上島 地下7F 午前9時15分




「んーーー? うーーん?」


 飛鳥は送られてきたデーターと、手製の地図を見比べた。


 地下7Fは他のエリアは他のエリアと違いほとんど一つのフロアー、巨大な倉庫だ。北側にはガソリンが貯められ、南側の半分は水、残り半分はプロパンガスや薬品、車両、書類備品倉庫、各種大型機器があり、西中央に燃料式大施設用自家発電機、東中央に巨大な海水真水変換機と下水処理機器がある。空いた空間は、ガソリン缶もしくはコンテナが区画を作り、それらが天井高くまで積み上げられている。


 そして、はっきり見えるところに無数の通信式爆弾。


「で……一見巨大な柱に見えるアレ……」


 おそらく倉庫のやや南寄りの中央にある、直径10mほどもある巨大な柱が立っている。遠目では分からなかったが、その柱の周囲はフェンスの檻で囲まれている。


「ここが例のブラック・エリア……やな。ただのどでかい柱に見えるけど」


 拓もサクラもこの大地下施設を支えるものだと思っていた。しかし柱の周りを頑丈なフェンスで囲うのは不自然だ。拓もサクラも爆弾とガソリンをさっと確認しただけで、ここまで来ていない。


「変よね、確かに。これ、かなり頑丈な代物、人力でどうにもなるものじゃないわね」


 暗視ゴーグルを外し、ライトで直接見ながら宮村はこの柱の周りを観察している。他の場所と違いこの柱周辺の床は埃や煤が溜まり、誰かが入った形跡もない。


「ま、とりあえず」

 というと、飛鳥は上着のポケットから弾を取り出し、思いっきり柱に投げつけた。弾はコォンと音を響かせ跳ね返る。弾丸はぶつけたぐらいで暴発はしない。

「今の音だと、鋼鉄の柱……じゃないみたいね。何かしらこれ」と宮村。


 宮村は興味津々に眺めていたが、飛鳥の表情は不機嫌……というより「ちと困った」という柔かいしかめっ面で柱を見ていた。


「知れば迷い、知らねば迷わぬ……冒険の道」

と意味不明な呟きながら、南京錠とチェーンで固定されたフェンスの扉に近づき、パワー手袋ありの金属バットを使ってそれらを破壊し、中に入る。その予告なしの行動に、宮村は慌てて駆け寄ってきた。


「何しているの!?」という宮村の声に、飛鳥はトホホ……といった表情で「こういう予感っていうか……こういうシチュエーションやと、やっぱりそうなんやろーなぁ……」と意味不明に呟き、問答無用で柱に近づき、今度は宮村にも聞こえるように言った。


「自慢やないんやけど、ウチ……こういう事件とか陰謀とかワリと遭遇しとるねん。ま、性分もあるケド、なんちゅーか、この手の事件は今回が初めてやないねん」

「うん。知ってる」

「驚くかもしれへんけど、村一個消滅とか、勝手に軍事施設爆破とか、結構色々やっとるねん。こう見えて」

「うん、知ってる」

「普通の女子高生やのにな。しかも真面目な都立の。ミヤムーが驚くのも無理はないケド」

「大丈夫。飛鳥ちゃんが普通でない事は皆が知っているから」

「……まぢ……!?」真顔で振り向く飛鳥。どうやら今の呟きはボケではなかったようだ。ツッコミを入れると飛鳥の話が逸れそうなので宮村は無表情でスルーする。飛鳥はさらにボケようと考えたが、すぐに元の深刻な顔に戻った。


「で、経験からなんやけどな! この手の秘密施設には、絶対あるねん!! 施設の自爆スイッチと爆弾が!」


「…………」


「自爆爆弾! 自爆爆弾!!」


「…………」


「重要な事なので二度言いました!! ……って、何やミヤムー、その冷めた反応わ」

「ええっと……その最後の自爆用爆弾がアレのことじゃん」と、冷たい表情で宮村は一番近くに設置された通信爆弾を指差した。そろ~っとそれを見る飛鳥、そして沈黙。


「…………」


 ガクッと膝を付き地面に頭をつける飛鳥。付き合いきれん、と吐息をつく宮村。


「うぅ~ あの電話の内容とかこの場所とか絶対これが自爆用爆弾やと思ったのにぃぃ! これ解体して一躍ヒーローになる予定がぁぁぁ……」

「大丈夫。飛鳥ちゃん十分ヒーローよ、ボケ係の」

「だってぇぇ~ この柱、第一研究室や第二研究室の真下やし、細菌兵器施設は必ずウイルス滅却用爆弾があるってセシルっちが言うてるし、実際南アフリカでもあったんやもーーん……ううぅ」


「……え?」


 その時、宮村にようやく飛鳥の言葉に隠された……飛鳥は勘違いしていたが……本当の意味に気が付いた。そしてそう思わせる会話を電話先のFBI対策室で交わされていた。あっちは英語で喋っていた。会話は双方スピーカー・フォンで、飛鳥は英語がまるで分からないしFBI側もこちら側は英語が分からないという前提で対応していたが、宮村は完璧ではないが喋る事はできる。



 ……向こうのやりとりで、確か爆弾がどうとか言っていなかった……?



 ……そしてここの施設は軍とNSAが管理していて、セキュリティーがどうこう……。


「……飛鳥ちゃん。南アフリカがどうとか、これまでの経験がどうとか言っていたけど、具体的には何やったの?」

「二ヶ月前やろかなぁ~。南アフリカに友達がおるんやけど、ま、なんか内陸で化学兵器を作られているって噂聞いて、いつものノリでサクラと探検しにいったら、これが本物でもうシッチャカメッチャカ♪ いつも通りサクラが大暴走や~。 で、これがまた本当に化学兵器の開発しとってな。しゃーないからセシルっち援軍に呼んでAS探偵団フル・メンバーで色々と……」


 ほんの二ヶ月前に、まるで<ちょっとした面白体験>を語るかのような口調で、これまた無謀かつ常識外の事件に遭遇している事を告白する飛鳥。この島での飛鳥を知らなければ法螺だと思うだろう。……というか、この子らはどこのスパイ映画だ……!? もう驚くより言葉がない。


 飛鳥はその後活躍譚を語りだしたので、宮村が途中で「結論だけお願い」と遮った。


「結局、黒幕が基地自爆させて証拠隠滅したんや」

「……それが今回も適応される……?」

「ミヤムーはどう思う」

「そりゃそういう自爆システムはガチ、王道すぎる王道だけど……でも細菌や化学兵器はバレたり洩れたりすると危ないからそういうものなのかも。でもそういうのはどっちかというとフィクションの王道で、実際どうなのかしら?」


 化学兵器は「貧者の核兵器」と呼ばれ、国際法で開発は開発が禁止されているが、発展途上国や軍事国家が先進国との外交のためにこっそり開発や実験をしていることはよくある。秘密の開発だから、露見した時は関係者諸共爆破しなかった事にするのも簡単だ。飛鳥の語った事件もそういううちの一つだろう。


「……聞いてみるか、専門家に」


 飛鳥は懐から携帯電話を取り出し、番号を必死に思い出しつつダイヤルを叩いた。


「あーウチやけどぉー。セシルっち元気ぃ?」

『……飛鳥、ですか。随分暢気ですね、相変わらず貴方元気そうで』

 セシルは流暢な日本語で応対する。セシルは電話をスピーカーで聞いているらしく、キーボードを叩く音や日本の朝のワイドショー番組の音が遠くで聞こえた。

「ん? アンタどこにおるん?」

『用件は手短に! 私も忙しいンですから』

 ふむ……と飛鳥は頷き、これまでの流れ、FBIとのやりとりの流れ、地下7Fの不審物、二ヶ月前の話など手短に説明し、最後に「ウチの予感やと、これが自爆用の爆弾と睨んどるんやけど、どう思う?」と自分の意見を付け加えた。それを聞いたセシルは、沈黙した。


 初めは、飛鳥の妄想だと断言して電話を切ろうと思ったが、一点重要な事に気が付いた。


『一分後折り返しかけるから待っていてください』


 そういうとセシルは一度電話を切った。





 同時刻 飛鳥の家 サクラの部屋


 サクラの8畳間には、セシルのノートPCをセンターに起き、飛鳥のPCも使い周囲には通信用機器と分析用機器が設置されていた。これらの機器の半分は自分が持って来たCIAの備品、残り半分はJOLJUが秘密収納庫に入れていた各種装置や小型のスーパーパソコンで、国家レベルの情報処理能力を持つ情報室に変わっている。一般情報を得るため、飛鳥の部屋のテレビを全チャンネル再生で点けている。


 すでに日本政府関係、米国各機関はもちろん、中国、台湾、韓国の情報機関に入り込んだし、アレックス指揮のFBI本部、コール指揮の政府専用機、ユージ指揮の太平洋移動中の工作船とのリンクを終えている。アレックスとコール以外のリンクは非公式だ。短時間でこれだけの事が出来るのはセシルのスキルではなくJOLJUのスーパーコンピューターの力によるものだ。ズボラなJOLJUが作り使っているので入力は音声で済む。幸いセシルはこの20平方cmの黒い正方形のプラスチックの箱がスーパーコンピューターで、それを使って色々遊んでいるサクラとJOLJUの様子を見たことがあったので使用方法も知っている。その凄さにセシルは感動すると同時に、普段サクラたちがこれをどんな事に使っているのか、その事も気になった。……後日こっそりユージに報告して取り上げさせよう……。


 セシルが気になったのは、飛鳥の言う場所の上が第一研究所だという事だ。


 ゲーム運営者たちは島のほとんどを支配下に置いている。しかし唯一の例外が第一研究所だった。


 第一研究所は強毒性変異狂犬病研究の本部で、不幸にもそこで事故が起こり、感染者は生存死亡関係なく外から封じられた。ここで大きな疑問が起きる。なぜゲーム運営側はこのエリアの開放を行わなかったのだろうか? 封じられたとはいえサクラや飛鳥であっさり突破できる程度のもので、あれだけの規模の組織が封印を解けないはずがない。これだけ慎重かつ高い計算でゲームを仕切っているのに、手付かずで放置する理由がわからない。


 それでもあえて理由を考えるとすれば……入ってはいけない理由があった、という事になる。第一研究所エリアには事故で放出された強毒性変異狂犬病ウイルスが残っていたからか? いや、換気扇の機能は生きていたとサクラたちは言っていたからウイルスが心配だという事はありえない。


 その疑問と飛鳥の「自爆装置」という発言を合わせた時……セシルの脳裏にある恐ろしい可能性が浮かんだ。そして不幸にも、NSAが管理する地下施設のデーターので、飛鳥のいう鉄柱について暗号化された防壁がありアクセスが困難だという現状が、セシルの推理の状況証拠として合致する。



「……まさか……ね……」



 まさか……まさかそこまでトンデモ事件はならないだろう……そう思いつつもセシルは国防総省の兵器管理のデーターにアクセスする。その操作をしながら飛鳥に電話をかけた。ちょうど1分過ぎたところだ。


 相変わらず飛鳥は暢気な口調で電話に出た。セシルは電話をスピーカー・フォンにするよう頼み、飛鳥が動けるよう命じた。宮村が同行していることは知っている。宮村はもちろん飛鳥に知られるのも本来まずい事だが、拓やサクラを呼ぶ時間はない。


「その鉄柱ですが、人が入った形跡はないんですよね? じゃあ当然表面はかなり煤けていたり汚れていたりしていませんか?」

『うん。ばっちり煤だらけ、錆だらけや~』

「叩いた感触だと、中は空洞ですか? 空洞の中身は分かりますか?」

 ゴォン、ゴォン……飛鳥がバットで叩く音が聞こえる。空洞ではないが、表層の鉄の奥は別の物があるようだ。するとさらに大きな音が聞こえた。飛鳥が本気で殴ったようだ。パワー手袋と個人用バリアーがあり、その二つの出力を総合させると小型シャベルカー並のパワーは出る。


 轟音が三度響いた時、これまでにはなかった別の金属音が聞こえた。


『どわぁぁっ!! うちのスーパー宝具、超弩級爆砕丸2号が折れたぁーーっ!!』


 飛鳥が愛用している金属バットの事らしい。当然だ。そんなパワーに金属バットが堪えられるはずがない。

『あ、でも少し裂け目できた。……なんやろ……コンクリートと……なんか金属が混じっとるみたいやな』


 悪い状況証拠がさらに増えた。


「その金属片、鉛だったりします?」


『ナイフで今刺してみました。刺さるから、鉛かもしれません』と宮村。

「二人共、すみませんがどこかにアルファベットの製造番号みたいなのが彫ってないか確認してもらえません? 多分番号は腰くらいの場所にあると思います」

『分かった。うん、見つけた』

 セシルのいう製造番号のようなものは飛鳥が立っている正面のすぐ横にあったらしい。折れたバットで少し煤を払っただけでアルファベットと数字が出てきた。今、宮村が布切れで煤汚れを綺麗にふき取っている最中だ。その間にセシルは次のステップに移るため、


 さらに兵器管理の中から問題となる厳重ファイルにアクセスをする。


「ええっと……アルファベットが、まず三つか四つ並んでいて、その後が数字……8ケタだったり……します?」

『んー……うん、そうみたいやな』


 衝撃的絶望へのステップが一段上がり、今ステップ4……。


「アルファベットですが、A、B、F、U……そのどれかだったりします?」

『……<U>やな……』


 さらにステップ5に。セシルは<U>の項目をチェックし検索。300ほどのナンバーがヒットした。さらに8ケタの番号を聞き入力、再検索をかける。数は20に減った。



 ……絶望ステップ・最高点到達……。



「ええっと……飛鳥、その携帯クロベ・ファミリー専用非常用携帯でしたよね? ダイヤルは……ええっと確か……」

 セシルは自分の手帳を開き、クロベ・ファミリー携帯の使い方のコードを探しだし、口頭で飛鳥に操作させる。クロベ・ファミリー携帯電話は特殊で多機能だが、メーカー製ではないので各機能のアイコンなんかはなく、ほぼ全て暗号コードを入力してその機能を起動させなければならない。


「それで……画面に何か変化あります?」

『んー…………お! なんか画面がグリーンになったでぇ~ あと数字が出た。0.19……0.211……0.198……なんかこんなカンジやけど、これスカウター?』



 絶望確定。


 もう疑いなしだ。セシルは頭を抱えすごく大きい溜息をついた。これで全ての疑問は解けた。NSAがどうして地下5Fより下があることを隠し、その情報を中々提示しなかった事も、ゲーム運営側がここに手を加えていない理由も。こんなことが公になれば、日中米の関係はグチャグチャになるだろう。元々洒落ではすまない大事件だったが、これが知られれば米国は袋叩きにあうだろう。そして、恐らくホワイトハウスはこれを知ったのだ。だからこの件に日本政府に全面協力を求めず、あくまで米国主導で対応しているのだ。CIA長官が出てきたり国防総省長官が出てきてこの事件の政治的な指揮権を握るため暗躍していたのだろう。もしかしたらベネットの変節はカミングスの件ではなくこっちの問題かもしれない。


 セシルは表示されたシリアルナンバーの中で<UNKNOWN>と表示がある番号をクリックした。するとモニターにフットボール型の爆弾の画像が表示された。詳細は画像の下についているが、これが何かは素人でも一目で分かる。爆弾の中央に、大きく黄色の正方形の下地に黒の三つ葉の<放射能マーク>が付いている。



『おーい。どないしたセシルっち~。何か喋れぇ~ 生きとるかぁ?』



「大丈夫、なんとか理性は保てています。嗚呼、もう開いた口が塞がらないというか笑えないのを通り越して笑いたいというか」そう零したセシルはその後「あははは」と愉快でも楽しくもない、乾いた笑いが口から洩れた。ここまで来ると笑うしかない。


『で、これ何なん? 爆破してええん?』

「あー もういっそ爆破して消し飛ばしてください」と、セシルは投げやりに呟いてから、慌てて「今のはジョークですよ! 絶対、真に受けないで。真面目に言うと絶対爆破しちゃいけません。誘爆もしたら大変ですから」


『で、何やねん。コレ』


「誰にも言わないと約束してください。ああ、サクラと拓さんには構いません。そこにいるのは宮村さんですよね? 貴方も誓ってください。今後一生この秘密を口にしない、と」


『え? 私? えー……あ……うん。もうこの島での事が生涯封印レベルなのは分かっているけど。もう何が起きても驚かないし』


「爆弾ですよ。非常に強力な」



『おおーっ!! ホレ見ろぉぉー!! やっぱ飛鳥様の直感は、正しかったンやぁぁ!!』



 セシルの言葉に鼻高々に喜ぶ飛鳥。……自分がその爆弾の前にいることがわかっていないようだ。宮村の溜息も聞こえた。



『秘密化学兵器施設に自爆爆弾は付き物!! 前の南アフリカの時は……焼夷弾やったっけ? アレもすごかったなー♪ 一気に建物全部燃えたし。てことは今回クラスやと、ナパームとか気化爆弾とか液体爆弾とかスラスター爆弾とかやな! うーむ! 一気に危機迫るってカンジで盛り上がってきたな!!』




「残念。今回は核爆弾です」



『そっかー♪ ついに核まできたかぁー! ウチらもバージョン・アップしたなー!!

核爆弾やとさぞ派手に消し飛……………………え??』


「戦術レベルの水素爆弾のようですね。1970年代ですから、冷戦期に開発したものを流用して自爆用に埋めたみたいで、兵器級核爆弾の型落ちを使っているみたいですが、小型とはいえ水爆なので間違いなく島は消滅しますね。爆発の時は100キロは離れる、サングラスがないと目がやられますよ」


『…………セシルっち。冗談は置いといて、本当は何なん?』

「水素爆弾です」

『…………』

 さすがの飛鳥も、沈黙した。そしてしばらく、言葉を発する事はできなかった。





 

  集中戦/4



  紫ノ上島 地下2F 午前9時17分


 闇と密閉の重苦しさが、扉が開けられた事で開放された。


「ええっと……僕にまだ用があったんですか? それとも処刑ですか? 捜査官」


 入口に立つ不機嫌そうな拓に、相変わらずマイペースな村田が笑顔で出迎えた。

「どうもここは地下2Fか3Fのようですね。いい加減太陽を見たいんですけど。折角の沖縄ですし」

「相変わらず無駄口の多い奴だな」

 拓はそういいながら村田に近づき、締め付けていた拘束具を外した。

「反社会性人格者は、知能が高く多弁……見事に当てはまるな」

「お褒め頂き感激の限りですが、僕の質問にはまだ答えていませんよ? 何しに来たンですか?」

「お前には関係ない、といいたいところだが、どうせすぐに分かる事だから教えてやるよ」

 というと、拓は村田を立たせると村田を部屋の隅で立つよう指示した。

「お前たちの黒幕が俺に接触してきてエダ=ファーロングを人質にしたと言った。お前を解放しろ、という事だ」

「ああ、ファーロングさん……すごい美少女でしたね。そして貴方たちファミリーの最重要人物……でしたか。ふぅーん……一言断っておきますが、彼女が誘拐されたのは僕のせいじゃないですよ?」

「お前たちは一線を越え逆鱗に触れた事は覚えておけよ。もう容赦はしないし、事後逃げ延びたとしても一生命を狙われる事は確定だ」

「…………」

 村田が黙った。エダの存在価値も知っているようだ。そして運営側が採ったこの手段がいかに危険な事であるかも分かったようだ。その点からして、村田は「自分は駒に過ぎない」と言っていたが、今の応答からするとゲームの企画面から関わっているようだ。村田は黙ったままなにか思考している。その間に拓は履歴から黒幕たちに電話をかける。


 向こうは最初驚いていた。非通知で暗号セキュリティーをかけた電話が逆探知されていたとは思っていなかったのだろう。「安心していい。この携帯電話は特別製で他にはバラしていない。そこまで俺は馬鹿じゃない」と言った。それを信じたかどうか分からないが、数秒保留の後、最初に接触してきた男に代わった。むろんボイスチェンジャーは使っている。


「タク=ナカムラ捜査官だ。今サタンと一緒で他の人間はいない。……分かった、サタンと替わる。ただしスピーカーにする」


 そう言い、拓は村田の前に電話を近づけた。


「どうも。サタン・ルシファーです。色々怪我は負っていますが生きていますよ」

『間違いなくサタン本人のようだ』

 無駄な情報は漏らさないか……お互いそれ以上話をしない。拓は再び自分のほうに携帯電話を戻した、

「開放する前にエダちゃんの声を聞かせろ。もしハッタリなら今この場で即座にこいつを射殺する」


『アドレス。698.397.146』


 会話しながらでもインターネットは出来る。すぐに指定されたアドレスにアクセスした。すると羽山と共に映っているエダの動画が画面に現れた。恐らく黒幕側から電話連絡が入ったのだろう、羽山が突然電話を受け何か喋っていた。それはすぐに終わり、羽山は電話をエダに押し付けた。


『ごめんなさい、拓さん。あたしは大丈夫だから』


 向こうで電話を中継したようだ。音質が変わった。エダの後ろではアイドリング状態のヘリのエンジン音が聞こえる。


 ……丁度今潜入したワケか……エダちゃんは完璧に潜入に成功しているようだ……。



 ここまでは成功している。さて、どうする?



『これで状況は理解してもらえたかな、捜査官』

「分かった。こいつは解放する。ただしエダちゃんには傷一つつけるな。まだ信用できない。サタンには自爆通信機をつける。今度はこの電話から直接エダちゃんの無事を確認できたら、自爆装置の解除コードを伝える。それが最低条件だ」

「…………」

『彼女を握っているのはこちらだ。お前に要求できる立場ではない』

「そういう交渉なら俺じゃなくユージとすべきだな。俺にはこの島の皆の命に責任がある。この電話が最後、お前たちが今すぐエダちゃんを殺さない保障はないだろ? もうこの島でお前たちが外道の極みなのは俺が一番痛感しているんだ。俺が今すぐ米軍海兵隊に連絡してフェリーごと殲滅させてやることもできる。この要求がこちらの最低条件だ」


『分かった。折り返しかけるとしよう。捜査官、他の人間に報せれば我々の平和的な会談は終わり、お互い絶望の結果しか生まない事を理解するのだね』


 電話は切れた。


 一部始終聞いていた村田は、小さな拍手を拓に送る。


「さすがこういうやりとりは巧いな、捜査官」

「仕事だからね」

「しかしそんな通信式自爆装置なんか持っていたんですか? それはフェイクでしょ」

「生憎お前が寝ている間に作った。実験はしていないけどな」

 そういうと拓は武器袋からプラスチック爆弾を取り出し、村田の背面のベルトに括りつけ、瞬間接着剤を使い固定し、そこに何か小さな機械を取り付けた。


「俺の携帯から爆破できるようセットしてある。安全装置用にお前たちの<死神>の仮面を流用した。ついでにGPSと盗聴器もつけたから、俺の指示通りにしないと問答無用でお前を殺せる」


「驚いたな、そんなスキルも持っていたなんて」


「驚く事ない。爆発物の基礎知識はアカデミーで習うから。手錠はつけたままにしとく。前につけるから最低限の活動はできるはずだ」


 どうせ、開放されるまでそう時間がかかるわけではないし、手錠くらいなら道具があれば外す事も鎖を切る事も容易だ。村田もそのくらいは拓の主張を認めていいと思った。


「ま。この暗闇から開放されるだけで僕は十分です。こうしてゲームが続けられる事が一番ですから。ああ、ボクの希望を言わせてもらえれば銃もらえません?」

「そういうとは思っていた」

 拓は武器袋からワルサーP99を取り出し村田のほうに放り投げた。村田はそれを拾い上げ、慣れた手つきでマガジンを抜きスライドを引いた。銃にもマガジンにも弾は入っていない。


「……ボクのワルサー、わざわざとってきてくれるなんて感激ですね。でも弾がない。外には狂人鬼や猛獣もいるでしょ?」


 それは自業自得だろ……と、思ったが口にするのは不利益にもなるのでやめた。


「執着していたようだからな。もう地下6F、7Fは封鎖した。取りに行ってくれって言われると困るから先に持ってきておいただけだ」

「至れり尽くせり。残念ですね、捜査官。普通なら貴方とは気が合う友人になれそうなんですけどね」

「俺のほうから断る」

「ひどいな。変人の扱いは慣れているでしょ? 捜査官の周りの人間に比べれば、ボクはマシなほうだと思いますけどね」

「よく喋れるな。そんなところはサクラや飛鳥ソックリだよ」

 思えば誘導的な言葉遊びが得意なのはサクラも同じだ。基本的には話好きなのだろうが、話術で自分のペースに引きこむことが自然に身についているのかもしれない。高知能者というのも同じだ。

「じゃあ行くから勝手にしろ」

 そういうと拓は部屋を出た。村田がその後続いて出る様子はなかった。





  紫ノ上島沖11キロ 特別発電施設 午前9時18分


 逮捕劇はあっという間だった。


 ブレッグス軍曹を射殺した犯人はピート伍長だった。ピート=ランダース伍長は手錠で拘束され、部屋の隅で座らされ、古株であるグレアム伍長が銃口を向けていた。


 今、この施設の全員が集まっている。


 ……まるで推理漫画みたいだった……。


 涼はつくづくサクラの知力に感嘆していた。もっとも……本当に漫画のようなひっかけだったが。


 銃声に気付いた兵士たち三人はすぐに独房前にやってきた。全員、ベレッタを構えて。


 だがすぐにゴードンがサクラと涼の無罪を宣言し、さらにゴードンが衝撃的な命令を告げた。


「その少女たちに従いたまえ。私は中佐だ。上官として命ずる」


 全員がゴードンの発言に耳を疑ったが、彼が本当に陸軍の階級証を見せたので全員戸惑いつつ銃口を下げた。考えればNSAは国防総省所属組織で元軍人も多い。ゴードンは正しくは現役中佐ではなく元陸軍中佐で肩書きは中佐待遇で軍人ではないのだが、そんな事は関係ない。彼ら下士官からすれば中佐という上級将校階級は、直属の上官より偉く、階級が絶対の軍では部署が違っていても上級士官の命令は絶対だ。


 彼らが戸惑う隙に、サクラは仕掛けた。


「犯人はこの中にいる! そしてその馬鹿はもう分かっている!!」


 当たり前だ。この秘密発電施設にはこの場にいる全員が集まっている。


「発射残渣! 銃口に火薬煤がついているから一目瞭然!! お前ら全員犯人だ!」

 サクラの鋭い指摘に、思わずピート伍長は銃口を触り、グリアム伍長とスペンサー伍長は思わず銃口を覗いた。ゴードンもサクラの意図に気が付いた。

 銃の扱いを知っている人間は、間違っても銃口を覗くなんて馬鹿な行為はしない。こんな閑職に飛ばされるような素人は除いて……! 


 馬鹿をしなかったのはピート伍長ただ一人だった。


 ゴードンの命令で取り押さえられたピート伍長のベレッタM9を調べると、まだ微かに銃身は熱く、発射した火薬煤も見つかった。マガジンの残弾と発射数も一致した。時間的にも弾を補充する余裕はなかった。


 ピート伍長は反論もそれ以上の抵抗もせず、逮捕された。今は黙秘したままだ。


 左太腿に弾を受けたクレイド伍長はスペンサー伍長と涼が手当てをしている。一番重傷のゴードンは、被弾箇所は二箇所、どちらも弾は貫通しておらず、とりあえずサクラが強引に弾だけは取り除いたが出血はまだ続いている。施設には応急処理の道具や薬があり、一先ず痛み止めと止血処理はしたが、それでも重傷だ。


「お譲ちゃん……あの……ゴードン中佐とクライドは手当てが必要だ! すぐに救急ヘリを呼んでくれ!」とグレアム伍長はサクラのほうを向き言った。クレイド伍長はともかく、ゴードンの傷はサクラの見立てでも軽くはない。背中の一発を抜いた時、内臓に触る感触があった。時々血の混じった咳をするから、肺が傷ついているかもしれない。体力がある拓ならともかく、中年のゴードンにはきついかも知れない。


 だが……。


「駄目。今軍は動かせないし、多分来ない」

「何故!」

「あたしは答える義務にない」

「クライドだってこのままほっておけない!」

「脚撃たれたくらいなら止血して抗生物質与えれば後遺症は残らない。今日の昼を過ぎたら連絡してもいい。それまで待って」


 サクラはぶっきらぼうに答える。それを見て涼はサクラがすごい人見知り自己中なのを思い出した。サクラは身内には甘いがそうではない相手には全く関心を持たない。サクラの言う事は事実だが、もう少しオブラートに包めないものか……。


 涼は苦痛に耐えるクライドを見て、ふと自分の荷物のことを思い出した。涼は自分の荷物を取ってきてもらえるよう頼むと、荷物が来る前にサクラに言った。


「あ。あの、サクラちゃん……痛み止めなら、ユージさんが残していった拓さん用の薬があるけど使えない?」

 ユージが残していった薬や輸血パックの一部は涼が預かっていた。万が一拓が倒れた時のために。輸血パックは今回の芝居で使ってしまったが、痛み止めや抗生物質の注射はまだ残っている。

「拓ちん用……中身は分からないケド拓ちん用にユージが処方したモノか。多分劇薬だけど……そっちのスズっちファンの伍長さんには使えるかもしれないけど、ゴードンさんは無理だと思う。多分薬がきつ過ぎる」


「そっか……」


 その時だった。これまで沈黙していたピート伍長が口を開いた。


「免責特権。大統領直々の免責取引と証人保護。それが確約されたら、俺に君たちを処刑しろと命じた上官の名前を教える」


 その言葉にサクラ以外の全員が驚き言葉を失った。一下士官が口にするにはあまりに突飛な言葉だ。だがその言葉の意味をサクラだけは即座に理解した。



 ……こいつは元々今回のゲームのため送り込まれていた……!



 サクラは作業を止め、ピート伍長の前に移動した。



「何であたしがそんな事できると思ってるワケ? 10歳の女の子だゾ?」

「サクラ=ハギワラ=クロベ。ユージ=クロベの娘で、紫ノ上島ゲームの<天使>役」

「自らスパイだと名乗るワケだ」

「これ以上は大統領もしくは軍上層部と話してからだ」

「必要ない。あたしたちは紫ノ上島の電気を止めに来ただけ。止められたら帰る」

 

 ……犯罪組織の言いなりになんか誰がなるカイ……しかも下っ端相手に……。


 軍のスパイがまだいる事くらいは分かるが、ユージたちの作戦には支障ないはずだ。あの作戦は本当に軍上層部だけが、スタッフを選別している極秘作戦だ。サクラが余計なちょっかいを出す次元ではない。


 本当は、さっさと施設ごと爆破する予定だったが、ここまで大規模な施設となるとそれもできない。幸い施設としてきちんとしているのでちゃんとした手法で電力カットができるはずだ。


「ならこれでどうだ」


 ニヤリとピート伍長が不敵な笑みを浮かべた時には遅かった。サクラが反応するより早く、ピートは足首に隠していた38口径リボルバーを抜くと、まず監視していたグレアム伍長の頭を撃ちぬき、続いてゴードンの胸に一発、調度部屋に戻ってきたスペンサー伍長の胸を撃ちぬいた。


「キャァーッ!!」


 涼が悲鳴を上げる。銃口はすぐに涼に向けられたが、銃弾は涼ではなく咄嗟に立ち上がったクライド伍長の腹部を撃ちぬいた。その直後サクラは隠し持っていたM13抜き、ピートの肩を撃ちぬく。


「くそっ!! 何すんだお前!! 殺すぞ!!」


 サクラはピートの頭に銃を突きつけた。ピートは一笑すると、大げさに手を挙げ、銃を捨てた。


「クライドさんっ! しっかり!!」

 倒れこむクライドを抱きとめ涼は叫ぶ。まだ生きている、しかし血は噴出しクライド伍長の意識は朦朧、出血のショックで痙攣を起こしていた。

「さぁ! ここの施設の事を知っているのは俺だけだ!! 取引をするしかないぞ!」

「ふざけんなっ!!」

 サクラは問答無用で撃鉄を起こした。


 ……侮りすぎた! 何で銃を隠し持っている事に気付かなかったんだあたしは……!!


 相手が一流であれば、もしくはサクラが全権を掌握していたのならこうはならなかった。だがゴードンを含め兵士たちはサクラの存在に疑心暗鬼で、とりあえず今は監視をつけていればすむ、とサクラも考えていた。しかし他の下士官たちも動揺している中の逮捕で、まさか私物の銃まで身につけているなんて予期していなかった。そしてずっと同じ任務に就いた仲間として入念なチェックを怠っていた。ピートはその隙を逃さなかった。


「どうする!? 俺を殺せるか!?」

「言ってろ!! アンタ程度の雑魚、存在意義があると思うな!!」


 サクラは愛用のFBIスペシャルの銃口をピートの額に押し付けた。引き金に力を込める、まさにその瞬間……サクラの四次元ポケットに入っている携帯電話の着信音が鳴った。サクラは舌打ちすると、撃鉄を元に戻し、銃を涼に投げた。

「この馬鹿が1ミリでも動いたら問答無用で撃ち殺せ!! スズっち!! くそっ」

 サクラは不機嫌を隠そうとせず携帯電話に出た。発信者はセシルと液晶に表示されているのをしっかり確認している。


「なんだ!? 今ちょっと取り込み中なんだけど!」


『知っています? 東京の台東区で可愛い雄の三毛猫が、甘味屋の客寄せで店にいるらしいですよ。これが本当の招き猫らしいですね』


 緊迫感のないセシルの話に、サクラは最初何を言っているのか分からず固まった。

 セシルの世間話はさらに続く。


『明太アイスってどうなんですか? 私の感性ではちょっと想像できないんですけど、日本人は明太子でもイクラでも卵系が好きだし、ちょっとしょっぱい味と甘いバニラは意外にいいのかもしれませんね。今度食べます? 私が払いま……』


「煩いっ!!」

 サクラは怒鳴り電話を切る。しかしすぐに電話がかかってくる。サクラは5コール目で電話に出たが、セシルはまた世間話を始めた。


 繰り返す事4回……ついにサクラは本気で怒鳴った。


「セシル!! お前は何がしたいんじゃ!! ストーカーか!? 嫌がらせか!!」

『……ようやくいつものサクラに戻りましたね』

「…………」

『口調がいつものサクラに戻ったので。これでようやく話が出来ます』



 ……してやられた……!? しかもセシルに……!!



 サクラは心の中で毒づいたが、セシルの状況判断のほうが正しい事を認めざるを得なかった。確かに電話に出た時、サクラは激昂していた。それを察したセシルは、まずサクラを落ち着かせる芝居を売ったのだ。


 サクラもすぐに状況の異常を理解した。普段のセシルならこんな事はせず、同じくらいの勢いで怒鳴り返す。それがサクラとセシルの仲であり、それくらい打ち解けあった関係でもある。そのセシルがこういう切り替えしをしなければいけないということはよほど深刻で、しかもサクラの高い知力が必要な事態だという事だ。


 ……セシルに一本取られた……サクラは大きな溜息をついた。しかしそれで本当にサクラの怒りの感情は治まっていた。



『これは私と飛鳥、そしてサクラだけに話す事です。よく聞いてください』



「ほいほい。で? アンタからって事は飛鳥絡みだよね。あのアホが何した?」

 サクラは会話をフランス語に切り替えた。セシルはスパイであり音楽家として西洋の主要国の言葉は全て喋れる。その中でもフランス語が得意だということをサクラは知っている。


『まず……今サクラが電源を断ちに行っていることは知っています。それは一時手を止めてください。ヘタをすると安全装置が外れて暴発する危険があります』

「研究所の自爆兵器のこと?」

『……知っていたんですか?』

「あたし、<USAMRIID>関係絡みが多いしね。CDCもだけど、米国の細菌・ウイルス扱っているトコは必ず非常事態用に焼却用の自爆装置があるジャン。ユージがもっと詳しいケド」


 ユージは医者としての資格と識見があるのはもちろんだが、サクラ同様特別な体質であらゆるウイルスや毒、放射能に対し強い抵抗力があり、有事の際の担当者として登録されている。その関係でサクラも同様の体質という事でユージから話を聞いていた。


「紫ノ上島のクラスならTNT爆薬2t、ガソリンも貯蔵しているとこにあったんならもっと少ないかも」



『残念。水素爆弾でした』



「…………まぢ…………?」



 沈黙するサクラ。飛鳥と全く同じ反応だ。もっともサクラや飛鳥の反応はマシなほうだ。そう言われてもほとんど者は信じないし、信じたとしても、あまりの絶望感と恐怖で声など出ないだろう。



「水素爆弾って……つまりは核爆弾じゃん。どーなってンだ? 最近の核の管理わ」


 戦術核をこっそりどこかから強奪していたサクラの口から、その言葉が出るのは少しシュールだ。「お前が言うな!」とセシルは心中で突っ込む。


『まだ型式は完全に判明していませんが、製造番号から1960年代に開発され流用されたもののようです。これは私の推測ですが、今回ホワイトハウスがこのことを伝えてきていないですから大統領も知らない……だとしたら、水爆実験用に用意したものが都合によって使わずこっちに流用したのかも。それだとフットボールには未登録でホワイトハウスでのコントロールは不可能です』


 今の核兵器は主にミサイルに搭載されているが、発射コードは全て大統領が常に持つ特別な鞄、通称<フットボール>に入っていて米国の核は全てそれで管理されている。しかし核実験用の爆弾は別だ。特に盛んに行われていた50年、60年代は米ソ冷戦最大緊張期で米軍の発言力も強かった。時期的にも符号する。


「ちょっと待った。核なら、核自体の臨界爆発さえ防げれば核反応しないから、ただの爆発で終わるんじゃなかったっけ?」

『そうです、さすがサクラ。対応できそうですか?』

「ん……まぁ、核爆弾ならなんとかできるかな。少々の放射能ならあたしや飛鳥は問題ないし。最近ちょこっと調べたし」

『ま……そうでしょうね……』


 セシルは部屋の端に置いた戦術核爆弾のほうをチラリと見た。サクラとJOLJUだけでなく飛鳥も関わっていた可能性は否定できない。そのくらいは何食わぬ顔でやる連中だ。


『これまでの報告を見る限り、ゲーム運営側はこれを把握していません。第一研究所の下にありました。調べるのはこれからですが、私が指揮を執ります。島のほうは飛鳥に対応してもらい、サクラはそこで電圧調整による解除を頼むと思います』


「下手に切ったら研究所のコンピューターが施設機能の障害と判断して誤作動するかも……ってところか。なんとなく状況は分かった。うん、拓には報せないほうがいい。拓ちん、顔に出るし、万が一皆に漏れたらパニックね。ユージたちもそれどころじゃないし……」


 そしてこれはサタンにも知られてはいけない事だ。ようやくセシルの態度の意味をサクラは全て理解した。


「分かった。じゃあその線で。こっちはこっちで他にやる事やっておくから。コールのおっちゃんへは折り見てあたしがやるわ。セシルの立場だと面倒だしね」

『助かります』

 サクラは電話を切ると、四次元ポケットではなく上着のポケットに戻し、気分の切り替のため大きく溜息をつくと、「とりあえずそのクソ男を……」と振り返った。


 だが……。


「…………」


 だが、涼は頭を抱え声すら無く呆然とサクラを見つめていた。



 明らかに様子がおかしい。



「…………?」



 もしもーし……と手を涼の目の前で手を振るサクラ。だが涼の表情は引きつり、一度も瞬きをせずサクラを追っていた。そして、震え引きつった笑みを浮かべつつ、搾り出すように言った。

「今の……嘘……だよ……ね?」

「……ええっと……」

 サクラも気付いた。自分の犯したミスを……。

「もしかしてスズっち……フランス語喋れる?」

 震えながら、引きつった笑みを浮かべたまま……涼は頷いた。ガクッ……と手で顔を覆うサクラ。

 涼は5歳から10歳までの5年間フランスに住んでいた事は、芸能界通なら周知の事だったのだが、あいにくサクラは基本どの国でも芸能界には興味が少ないから知るはずが無かった。……よく考えれば涼はセシルのファンで、セシルがクラシック・オーケストラの音楽家だという事を考えれば気付けたかもしれないが……今となっては全て遅かった。



「ええっと……つまり……まずは……うん、落ち着こうか」


 さすがのサクラも、かける言葉が見つからなかった。






30/潜入!



紫ノ上島沖30キロ クラウディア号/MI6特殊工作船 午前9時20分


 客船クラウディア号の船首は広く開けられ三台分のヘリポートになっている。もちろん普通の客船にはない。本来プールやラウンジバーだった場所を改造したのだろう。他にも巨大な衛星アンテナや、ぱっと見では分からないが重機関銃や魚雷、携帯ミサイルなどもあり、装甲も軍用のものを使い、外見上は客船らしく白に塗られている。実態は客船というより仮装巡洋艦に近い。

 ヘリから降りた羽山とエダの二人を出迎えたのは、20代の白人の男女だった。二人共スレンダーで、スーツがピッタリと体にフィットしていて、証券会社か銀行員のようだ。裏世界の人間らしさはなかった。

「ようこそクラウディア号へ、ミス・ファーロング。私はクーガン。こちらは同僚のジュディーです」

 青年……クーガンはそういうと笑みを浮かべ会釈をした。エダも無言で会釈を返す。

 クーガンは「ジュディー君。ミス・ファーロングを」と促したが、エダがそれを遮った。

「いきなりですみませんが、約束はどうなっていますか?」

「約束とは?」

「あたしは誘拐されたわけじゃありません。義妹を助けるためここに来ました」

 羽山が「このお嬢さんは一筋縄ではいかなかった。ウチの連中も二人やられて手も足も出なかった。だから交渉に切り替えた。着いてこなければ島を爆破する、と」そういうと羽山はエダのパスポートと免許証、財布、そしてコルトM1991コンパクト・カスタムをクーガンに手渡した。クーガンは微笑を浮かべたままそれを受け取り、「では一先ずこちらはお預かりいたします」とエダに断った。

「ミス・ファーロング。当船はパーティー船でドレスコードがあります。今も十分美しいですが、その格好よりもっと洗練された、貴方に相応しい衣装とお部屋を用意しております。無粋無頼な日本人にはさぞご不快な思いをされたでしょう。シャワーもありますので、サッパリしてリラックスしてください。ヘアメイクなどしてくれるメイク係も手配いたします。勿論、エスコートはこちらのジュディー君が行いますからご安心ください」

 言葉は丁寧で親切だが、これは提案でなく命令だ。シャワーを浴び着替えさ、さらにヘアメイクまでさせるのは、もてなしの意味もあるが一番の目的は盗聴器の存在の可能性を完璧に排除することだ。

 エダの服装はコットンのホットパンツに少し厚めの長袖Tシャツ、それに男物のカッターをカーディガンのように羽織っている。<就寝時襲われた姿>を再現するための服装だ。全てコットン系の服装にしたのは、盗聴器や発信機、武器など仕込まれていなさそうだ、と思わせるためで、金属系のモノは一切身につけていない。ピアスや指輪、腕時計は勿論、ブラジャーすらしていないから金属探知機には絶対反応しない。

 ジュディーが進み出る。それを確認して羽山は手錠の鍵を渡した。ジュディーは無言でエダの手錠を外す。

「ご好意ありがとうございます。具体的なお話は着替えた後できるのですか?」

「まだ当方は羽山氏から具体的な話を伺っておりませんので即答しかねますが、御期待に沿えるように努力しましょう」

「お願いします」

 あくまでエダは交渉にきた、人質という立場ではない、と凛としている。普通に考えれば男でもそうそう出来ない堂々たる態度だ。

「携帯電話はどちらに?」

「ホテルに置いてきました。あると駄目だと聞いていましたから」

「駄目?」

「あたしは最終的に紫ノ上島に行く、そういう話になっていると思います」

「成程。そのあたりはあとで確認し、できるかぎり御力になれるよう計らいましょう」

 クーガンは礼節を崩さず、笑みを称え会釈した。それを合図に、ジュディーがエダを促し船内に入っていった。羽山は落ち着かない様子でそれを見ていた。そしてエダの姿が完全に見えなくなると、すぐにクーガンに噛み付いた。

「事態は緊迫している! すぐにゲイリーと相談したい!!」

「貴方も着替えて手当てを受けたらどうですか?」エダとの接見とは打って変わり、クーガンの表情から笑みが消え、一片冷徹な表情が浮かんでいた。

「それどころじゃない!! いつまでクロベを抑えておけるか分からないんだ!!」

 羽山は怒鳴りながら船内に向かっていく。クーガンは冷たい表情のまま羽山に続いていく。

「簡単な説明は聞いていますが、詳しい話はまだですから取次ぎは出来かねます」

「よし、いいだろう。クロベの捜査はかなりヤバかった。あいつは事件の全貌に近づき俺の逮捕まで迫った。俺の右手は奴に撃たれたんだ」

「よく逃げられましたね。あのクロベ捜査官から」

「運が良かった」羽山は吐き捨てる。「俺を逃がすため、俺の組織はほとんど壊滅した」

「その復讐としてエダ=ファーロングを誘拐したというのなら、むしろ事態を悪化させています。彼女がどんな存在か、知らないわけではないでしょう。彼女に手を出せばクロベは米国政府すら動かし、関係した全ての人間を抹殺されるまでクロベの復讐は終わらない。逃げ切るのは不可能です」

ユージは米国政府だけでなく各国マフィアとも秘密協定を結んでいて、エダだけに関して言えば裏社会は全面的にユージを支援する事になっている。特にユージはイタリア系マフィアと中国マフィアとの繋がりが強く、これらのファミリーに、ユージはともかくエダは家族同様に愛されている。彼らが本気で包囲網を敷けばこの地球上に逃げ隠れる場所はない、と断言していい。

「だから正しくは誘拐したのではなく交渉したのだ! ……さっき彼女が言ったとおり、一時的にクロベに手を引かせる代わりに、島の自爆は行わないというのが条件だ。そのため、話がまとまれば彼女はあの死神島に行く」

 ユージは島に自爆用爆弾がある、という情報まで掴んでいた。それを阻止する抑止力代わりにエダを島に送る。そうすれば運営側からの指示で自爆させることはできなくなる。同時に米軍による攻撃の抑制にもなる。少なくともゲームが成立している間は。

「クロベ捜査官はその要請に応じたと?」

「村田……サタンから話はきていないのか? クロベは俺のことを突き止めたが、島のゲームが不利なのを確認して軍の特別高速ヘリで単独島に行き、つい数時間前まであの死神島に単独潜入していた。我々の<死神>を狩ったのはあの男だ。東京は奴の手配したFBIの連中がうろちょろして俺に迫っていた!!」

 クーガンは頷きもせず、相変わらず冷たい表情で聞いていた。

 二人はセキュリティー・エリアを通過する。その際、クーガンは一度セキュリティーを解除した。持っている拳銃に反応するからだ。この船のセキュリティーは非常に厳戒で、間違った手段一つで全セキュリティーが反応し非常体制に切り替わる。

 セキュリティー・エリアを抜け、船内の廊下に出た。

「細かい話はゲイリーと話すが大まかにはそういう事だ。今、クロベや東京のFBIはエダ=ファーロングの誘拐と島の状況対応に切り替わっている。俺が逃げるタイミングは今しかなかった。もうじき部下がウチの家内を連れてくる」

「このフェリーに? 何故そんな危険な事を」

「もう日本には住めない! 家内と外国に高飛びする。その打ち合わせをゲイリーとしたいのだ。そういうルートはゲイリーしか持っていないからな」

「…………」

「お前が判断することじゃない、ゲイリーが判断する事だ! ……安心しろ。日本と米国の口座は恐らく使えないが他の国の隠し口座までは手が伸びていない。今回の利益配分もあるし、5000万ドルくらいはある。ゲイリーに借りを作る事になるが損をさせることはない。とにかく今は今後策を相談する」

「……<レディー>に話しておきます。貴方は別室で待機して下さい。すぐに着替えを用意して部屋に運ばせます。そんな汚れた洗練されていない姿は<レディー>もカミングス氏も好まないので」

「分かった」

「携帯電話の破棄を。着替えを用意する男に渡してください」

「家内との連絡はどうする!?」

「代わりの携帯電話を用意します。暗号プロテクト化された携帯電話です。それで……貴方の奥さんと部下はいつ頃こちらに?」

 そう言いながらクーガンは一つの部屋のドアを開けた。6畳ほどの船員用の休憩室だ。中を見た羽山は露骨に不満と怒りを表情に浮かべた。この船のメインルームからは遠いし、特別客用のスイートルームはいくつもある。そもそもこの船は直接ではないが羽山が手配したものだ。そのオーナーが受ける相応しい扱いとは到底思えない。

「人質がスイートルームで、オーナーの俺がここか?」

「我慢して下さい。では、しばらく休憩を。すぐに着替えなど持ってこさせますので」

「…………」

「一つ断っておきますが、裏社会では貴方よりエダ=ファーロングのほうがVIPです。彼女の口から、貴方が手荒な事や暴力を受けたという報告を聞かない事態を望んでいます。では失礼」

 エダと接していた時とは別人のように、クーガンは愛想一つ浮かべず、むしろ責めるかのような冷ややかなな表情で会釈もせず扉を閉めた。それを見た羽山の舌打ちをクーガンの耳にも聞こえたが、やはり顔色一つ変えず公然とそれを無視し、再び来た道を戻っていった。


 一方、同時刻……

 英国海軍情報部、通称MI6が保有するステルス船が、フェリーの僅か10キロのところに来ていた。外装は特殊な反射パネルで包まれ、調度甲羅のような形になっているので夜ならば見事に風景に溶け込む。エンジンもモーター式ではなく内部ホバー式で移動してもさほど大きな波も立たない。

 ユージは乗船してすぐコールからの状況確認の連絡が入ったため、メイン作戦ルームに入るのがこの時間になってしまった。

 作戦室は広く、壁三面は全てモニターで、全部合わせれば40以上はあるだろう。3名の軍人が監督し、5名のスーツ姿のエンジニア…… そして、一人で4mくらいある広いデスクで、正面モニターを独占している私服姿の青年が作業していた。黒髪碧眼20代後半だろうか…… 髪はユージよりも長く、全く手入れがされておらずボサボサだ。この見るからにオタクっぽい男が伝説のハッカー、<M・P>だろう。

 ユージが入ってきたのを見た軍人の一人が、空気を察しユージをその青年の元に案内した。そして、青年……エージェント<M・P>は、ユージを紹介され「オゥ!」と歓声を上げ、立ち上がり目を輝かせながらユージと握手を交わした。

「君が有名な死神捜査官か! よろしく! 僕がMI6の秘蔵っ子<M・P>だ! いやぁ~ 君の噂は聞いているよ。……写真とは顔が違う。うん、さすがはハリウッドを持つ米国の特殊メイク、完璧だねぇ。本当に世界で唯一<殺しのライセンス>を持つ男! ああ、MI6にダブルオーの殺しのライセンスもつエージェントがいるっていうのは嘘だから。そんな事より是非君に聞きたいことあったんだよ」

 ……えらくハイテンションで陽気な男だな……ユージも名乗りながら思った。全く英国諜報員に見えない。それは堅いイメージのFBI捜査官にちっとも見えないユージも言えた事だが……。

 <M・P>はユージの事などお構いなしに、楽しそうに指を振りながら喋りだした。

「聞いてくれ。僕は今回、3つも驚愕すべき出来事を体験させてもらったんだ。この感動をどういい表したらいいか分からない。あいにくお堅い軍人や英国情報部にこのことを言っても理解してはもらえない! だが君は<オタク>発祥の地ジャパンの出身だ! きっと僕の感激を理解できるに違いない!!」

 ……<オタク>発祥の地ジャパン…… その単語だけで、この青年が大体次に何を言い出すか分かってしまうユージは、やはり元日本人のDNAがあるからだろう。

「<P>だろ?」

「やはり君は分かっている!! そうなんだ!! 僕はもちろん三次元の女性に興味がないわけではないけど二次元の魅力には勝てないんだよ。だがあの子を見て僕は衝撃を受けたね!! 2.5次元っていうのだろ、本場では! あんな完璧な、二次元好きの心を捉える美少女は見たことが無い!! しかもこれがイングランド系金髪碧眼ガールときた! 僕もイングランド出身だけど、ヤボったいくせに偉そうな子とかポッチャリか酒飲んで大麻を吸い喚く馬鹿なギャルばかりなんだ。それがどうだ!! 米国人とはいえ我がイングランド系で、あんなに清楚でパーフェクトでファンタジーに出てくるヒロインのような少女が実在した事に感動以外何を覚えるんだい? 漫画コミックやジャパニメーションではなぜかUK出身のキャラは皆金髪碧眼、ドレスを着る19世紀の貴族子女のように描かれる事が多いんだが、実際そんな女の子に出会った事がない、残念ながらね。嗚呼感動だ。しかも今回の仕事はその彼女をずっと監視していられる!! 最高だよ!! 僕は人生で初めて米国と日本に感謝したよ!!」

「…………」

 その後も<M・P>は喜々とエダについての感動と、エダが某アニメ、某漫画のヒロインのようだとか、エダならば某アニメで登場したらなど、アニメ・オタクトークを始めた。普通の人間が聞けば軽い相槌で済む与太話だが、ユージにとってはこの時間は拷問のようなもので、何度も右拳に力が篭っては自制した。常人の予想をはるかに超えた忍耐を必要としたが、直前にコールから「堪えろ」と釘を刺された事、任務の重要性もあり、何度も殴り倒したい衝動に耐え、相槌だけは打った。

 そして<M・P>は、第二の感動に移った。

「次も僕は二次元が三次元にもあるという衝撃だったんだよ。君の知り合いなのかな? 香港で米国のエージェントから僕のサポートというマシンを受け取ったんだけど、多分ハッカーの子だと思うんだけどね。こちらも美女だったけど、なんと蒼髪なんだ!! 信じられるかい、蒼髪だ!! 確かにハッカー連中っていうのはパンクな奴も多いし、髪を蒼くしたり紫にしたりピンクにしたりする奴はいるけど、その美女はそんなぶっ飛んだ連中と違い、髪は染めたとは思えないくらい艶やかで自然、なんていうか高貴さと威厳があり……まるで我が国のプリンセスのようだったんだ! このギャップはどういう事だ!? どうして君主のいない野蛮な米国のハッカーにあんな女性がいるのか…… 興味深い!!」

「…………」

 ……あの女……ロザミアまで使う事になったのか……ユージはエダのときとは違い、呆れ顔ではなく不快さをごく僅かだが表情に浮かべていた。JOLJU、サクラに並ぶ国際機密人物で、第三者や地球の事件に関与させないという事は暗黙のルールだ。だが彼女にとってエダは親友でJOLJUの身内だ。<M・P>が「ハッカー」と判断したのならば、恐らく持ってきたのはJOLJUカスタムのスーパーコンピューターだろう。あのマシンを持っているのはJOLJUとクロベ・ファミリー以外ではそのロザミア=パプテシロスだけだ。

「じゃあ、三つ目の感動は、その女が持ってきたマシンだろ?」

「その通り!!」<M・P>は嬉しそうに両手人差し指でユージを指差した。<M・P>はどうやら英国人である事に強い誇りを持っているようだが、ノリはどう見ても米国人に近い。しかもアニメ・オタクと来た。

 しかしやはり一番の興味は二次元ではなく専門分野の興味が一番強いようだ。

 <M・P>は、自分の作業デスクにユージを連れて行くと、デスクの上にある黒いプラスチックの箱を指差した。間違いない、JOLJUカスタムのスーパー・コンピューターだ。

「ライン接続なしで僕のメインデスクと同調し、さらに僕と同じ処理能力をオートで行うマシン。相性が信じられないくらい完璧。僕がサポートして欲しいと考えただけで即座に処理してくれる……なんていうものを開発したんだ米国は。見てくれ給え」

 <M・P>は自分のデスク前にある壁一面のモニターを指差した。すでにクラウディア号の内部カメラが映し出されていた。船内の監視カメラをすでにハッキングし終え、しかもそれに気づかれた様子はない。

「さすがだよねぇ~ 主要出入り口は全てセキョリティー・ドアなのは勿論、X線自動スキャン装置があってディナー・ナイフ一つでも持っていれば反応する。ほぼ全エリア監視モニター付き、しかも最新式の高解像度モデル、オートも手動操作も可能。しかも小型だ」

「つまり、武器を持った人間はすぐに探知される」とユージ。

「そしてその情報は全て船の警備室が監督している。さて、次だ。見てみてくれ、客たちを」<M・P>は無数にいる、ゲーム運営側に選ばれた客たちが映し出されている。全員ダークスーツかタキシード、女性もダーク系ドレスで、全員目隠しの仮面をつけている。<M・P>は自分のデスクのキーボードを叩き中央メイン・モニターに客の一人をクローズアップさせた。恐らく天井からロングで取っていた映像だが、顔がアップになるほど寄ったが画質は乱れない。

 映された顔に、ユージは見覚えがあった。確か中国の地方官僚だが裏では人身売買やマネー・ロンダリングで私腹を肥やしているホー=ロンインだ。ホーだけではない。ここに集まっている客は全て凄惨かつ非人道的な殺し合いを余興で楽しむ趣向の金持ちたちと、強毒性変異狂犬病Ⅱ型の威力や狂人鬼の威力を確認している裏世界の人間たちだ。

「さっき<P>が内部に通過した時、スキャンデーターが発信された。だけど他の客とは別のコードが出た。僕の予想だけど、客全員が同じ目隠しの仮面をつけている。多分あれがセキュリティー・タグみたいだねぇ。仮面をつけていないと、出入りは難しそうだ。ゲーム関係者以外はね」

「会話は聞けるのか?」とユージ。

「いや、それはここで今すぐには無理のようだ。警備室で制御はされていて音声を拾ってはいるだろうね、そのくらいの最新型のセキュリティーと監視機だ。だけどこういう会合が五日以上となれば他の取引なんかも交わしたりするだろうね。運営側としては客が別案件のお話を聞き取ったりすれば客全員が敵になる。現に……」再び<M・P>はキーボードを叩き、正面メイニ・モニターに船内の廊下、船の機関室、操舵室が映し出される。モニターの数は30ほどで、いくつかのモニターには警備員らしき者、船の職員、通路で会話しているVIPらしき人間が映っている。自己紹介しあっているのか商談をしているのかは分からない。

「僕が何を言いたいか分かるかい? 僕は今上機嫌だから教えてあげよう。どんなに探っても、客室の映像は出てこない。プライバシー管理は完璧。中々優良企業だネ」

「それだけヤバイ犯罪者の巣、て事だ」冷静に答えるユージ。その正しい返答に楽しそうに頷く<M・P>。

 その時だった。ユージの携帯電話が鳴ったのだ。ユージは発信者がセシルである事を確認し、ごく普通に「失礼」と電話に出た。

「…………」

「…………」

 部屋にいた全員が作業を止め、愕然とした表情でユージを凝視していた。その無数の不愉快な視線にユージは眉を顰めた。「マナー・モードにし忘れていた。すまない」と答えたが、すぐに本当の理由に気付いた。

「…………」

「なんで……この作戦室で携帯電話が使えるんだ?」と怪訝な表情の<M・P>が言う。

 ……そういえば、ここはステルス船の作戦室だった……!

 レーダーに反応せず、衛星からの監視の対応もされている。専用の衛星機からの回線以外は全て遮断する英国海軍秘密特別工作船の、もっともセキュリティーの強い作戦室にユージはいるのだ。衛星電話だろうが何だろうが、携帯電話が鳴るなど有り得るはずがない。……メイド・IN・JOLJU製を除いて……

 これは国家機密に関わる状況だったが、このタイミングで発信者はセシル…… よほど切迫しているということが予想できた。ユージは「失礼」とだけ言うと、作戦室を出て、保留にしていた電話に出た。

 今の雰囲気、好奇心旺盛な<M・P>が見ていた。会話の盗聴を恐れ、地球上のどの地域にもない言語で答えた。

「何があった?」

 聞いたことの無い言葉にセシルは戸惑った。セシルもユージが宇宙公用語を喋っている事までは分かるが、さすがのセシルも宇宙公用語は喋れない。だがすぐにセシルはJOLJUのスーパーコンピューターの存在を思い出し、自分のラップトップのマイク機能をリンクさせ、自動翻訳を選択、話し始めた。

『ユージさんに至急報せたい事がありまして。お時間は取らせませんが、重要な話です』

「手短に頼む」

『スタントン支局長や№4にはまだ報告していません。あの、ユージさん。けして動揺せず冷静に聞いてください! さっきサクラたちと話した事ですけど……』

 やはり相手が違うとセシルも興奮するようだ。当然だろう、核爆弾が絡んでいるのだ。そしてユージたちやクラウディア号も被爆圏内にいるのだ。

「核爆弾でも見つけたか」さらりと言うユージ。その言葉にセシルのほうが仰天した。しかしユージは動揺せずさらりと言葉を続ける。「実はその可能性は二日前、アレックスと話をしていた。もし事実だとしても、できるだけ報告を遅らせて俺が対処する、と」

 ……どうして……? と当然セシルは考えた。

 核兵器の管理の問題は最大の核保有国であり、核兵器削減と核兵器の拡散に対して強い政治方針の態度を取っている米国にとって、よりにもよって米国自国が管理できていない核爆弾があると知られれば世界における米国の立場が悪くなる。当然米国大統領にとって看過できる事態でなく、サバイバル・デスゲームやウイルス兵器より核爆弾回収を優先させるだろう。そして恐らくNSA長官や一部の統合作戦本部将官はこの事実を知っていると思える。だが状況を見る限り大統領はまだこのことは知らないはずだ。

『推測ですけど……多分ゲーム運営側は、自爆爆弾の存在は把握している可能性が高いですが、水素爆弾だということはバレてはいないと思います。飛鳥にガイガー・カウンターで確認させましたが、プルトニウムの放射能を検知しました』

「そうだな。そんなのがあれば売り払っている。末端価格でも2億ドルになる」

『闇相場は今もっと騰がって5億ドルはしますよ。先月の戦術核紛失事件で高騰していますから』

「ああ、アレな」ユージも半分以上裏社会にいるFBI捜査官だから知っている。しかしその後の言葉に、またセシルは仰天する事になる。

「6日前、JOLJUが太陽に、メイン用の二つのプルトニウムは捨てたからもう安全だ。サブメインの一本は証拠用に別の場所にあるが」

『……え……? ……ええっ!?』

 ユージはサクラとJOLJUが戦術核をどこからか取ってきたことを知っていた。JOLJUは紫ノ上島ゲーム企画には参加できないと知り、別の惑星に法事にいく際、面倒くさくて太陽に投げて簡単処理したのだ。三つあるうち一つを残したのは、後日核爆弾を提出する際全て処理した、と言っても信じてもらえないかもしれないから証拠用に、とJOLJUはユージに説明していた。あと一つはJOLJUが持っているなら別に気にするほどのことではない。そこまでユージは知っていたのだ。もしかしたらユージがその事を黙っていたのは、何かしら政治利用できるかも、と隠し球的に考えていたかもしれない。ユージにはそういう政治力を持っているのだが、セシルは呆れて言葉もない。

 そんなセシルを無視して、ユージは本題に進む。

「その報告はアレックスにSAAのルートで報せろ。君は今サクラの部屋だな? ならJOLJUのスーパー・コンピューターを使って判明したのだろう。命令系統がぐちゃぐちゃになるが解体の指揮はそこで君が執ってくれ。サクラと飛鳥なら放射能被爆で死ぬ事はないから無力化は可能なはずだ」

『ちょっと待ってください! 私には核解体の専門知識はありません』

「そこから、我が家のホーム・パソコンにアクセス。コード・780156♯5934YJ。それで俺のパソコンにアクセスできる。その中の第3エリアにJOLJUのフォルダーがある。そこに全世界の核兵器の解体法があるからそれを使え。解体が終わったらアレックスに連絡、政治的な処理を頼むんだ」

『……はい』

 何でそんなデーターをユージが持っているのか…… そんなデーターは国防総省でも最高機密のはずで、しかも全核兵器解体法まではないはずだ。

 実はちゃんとカラクリがある。

 サクラがクロベ家の養女となる前……JOLJUが特別な存在として地球滞在を認めてもらう条件の一つに、不要な核爆弾の安全な始末……という内容があった。ユージもサクラ同様、放射能に対して強い免疫がありユージもそれに参加した。その時のデーターで、各国のあらゆる核爆弾を解体した。その時のデーターだ。

「これ以上長話はできないから任せる」

『は……はい!』

 セシルはまだ動揺を隠せないでいたが、職業病だろう、一先ずは心を落ち着け冷静に返事をした。

「……なんてこった……」

 電話を懐に戻したユージは日本語で呟き、大きな溜息を吐いた。実際セシルが感じていたほどユージは冷静だったわけではない。ユージまでが動揺すれば作戦も何もあったものではない、と判断したからだ。核爆弾を軽視しているわけではない。セシルが言っていたとおりフットボールで管理されていない水素爆弾が絡んでいる、という情報を正式に大統領が聞けば、作戦が大きく変わってしまう。

 今、捜査の全体はユージが握っている。微妙なバランスの中、なんとか全て成立させている。だがここに少しでも余力がかかれば、これまで積み上げられた作戦も一気に瓦解してしまうだろう。

 サクラなら、旧式の水素爆弾くらいならなんとかするだろう…… セシルがバックアップすればそれほど問題視するほどではない。水素爆弾がその性能を発揮させるためには核爆発を起こさなければならない。しかし逆に考えれば、核爆発さえ起きないようにすれば、ただの爆弾とプルトニウムで、放射能は出ても爆弾としては脅威ではない。これが、先日サクラたちが入手した最新式携帯戦術核となれば通信での爆破も可能だからよほど危険なのだ。旧式の水素爆弾は投下型だから、運営側が手を加えていないのならその危険はない。

 ……しかし、何でもありだな……

 人類を滅亡させかけない病理生物兵器、サバイバル・デスゲーム。ここに核兵器ときたものだ。ここまで揃う大事件は、まずないだろう……


潜入/2


  紫ノ上島沖11キロ 特別発電施設 午前9時27分


 巨大な施設の一室。普段は使われていない会議室が、今は緊急治療室となっていた。

 一時意識を失っていたクライド伍長は、朧ながら意識を取り戻し、涼の手当てを受けている。被弾した場所が幸い足と横腹で、唯一即死はしなかった。しかし弾が体内に残り、赤黒い血が流れ続けている。

 幸か不幸か、涼は僅か数時間前に拓の被弾とその後の手術を経験したから怪我人を見てたじろぐ事はなかった。それでも、苦痛に悶え呻く声と匂う血の匂いには慣れない。

 薬もあった。拓用にユージが残していった薬や応急キットを涼は持っていたし、サクラも応急キットは持っていた。一番役に立ったのは鎮痛用モルヒネだ。クライド伍長は、少なくとも痛みと撃たれた事による心的ストレスショックを起こさずに済んだ。……しかし、もう長くは保たない事は、涼の目にも明らかだった……


  別室 独房……

 ……こんなはずではなかった…… どうなっているんだ……!?

 致命傷のクライド伍長より何倍も強い激痛に晒されている。治療らしい治療はされず撃たれた傷口は布で縛られただけで、血は流れるがままだ。鎮痛剤も凝血剤も投与されない。

 ピートは今、椅子に束縛され、両手も二つの手錠で椅子にがっしり固定され身動き一つできない。そして今、凍てつくような冷たい瞳で睨む赤い髪の少女から、問答無用で頭に布袋を、すっぽり被せられた。

「取引だ。お前たちが知りたい情報を俺は持っている、お前たちの捜査にとって重要な情報だ。さっさとホワイトハウスに掛け合え」

 その主張はずっと続けてきた。サクラ=ハギワラ=クロベが紫ノ上島のサバイバル・デスゲームの中心人物であり、子供ながら特別な知性、裏社会屈指のVIP、ユージ=クロベの娘で政府にも裏社会にも特別なコネクションを持つ少女……子供だが子供扱いするな……と聞いていた。

 確かにその情報どおり、サクラはおよそ子供らしいところはなく、冷静で取り乱したり感情的にもならず、冷酷だった。

「興味ない。あたしがCTU捜査官に見えるか? ホワイトハウスや軍なんか知らん」

「ユージ=クロベにとって重要な情報を持っている!! 捜査にとって……」

「あたしは捜査官じゃない。事件についてこれっぽっちも関心はない。だけど許せないのは、自分の前で人が殺された事。取引には全く興味なし、アンタは処刑する」

 サクラは淡々と取り戻した自分の装備を装着しつつ、ピートが使っていたベレッタM9を掴んだ。

「アンタは運がいいな。あたしは普段357のライトロードのホローポイントを使う。弾はグチャグチャ潰れて貫通するけど、今回は防弾対応でハードロードのフルメタルジャケット弾だった。だから弾は綺麗に貫通しちゃったし、胸ど真ん中狙ったのに肩に当たった。だからこんな処刑劇する羽目になった」

「お、おい!! 情報は……!!」

「何度も言わせるな。あたしには関係ない、アンタは殺す。秘密米軍施設でここにはカメラも目撃者もない。アンタがあたしたちを殺そうとした証人も銃の証拠もある。10歳の女の子がたまたま銃を拾って反撃して殺したとしても、法で問われる事はない。そしてアンタは逮捕されれば死刑は確実、日本の司法でも米国でもね」

 ジャキン……鋼鉄のスライドが9ミリ弾を鋼鉄の銃身の中に送り込む。サクラはベレッタM9のスライドから手を離した。これで弾は装填された。視界ゼロの布袋の中のピートにも、その音が何かは分かる。サクラには躊躇も戸惑いもしない。恐怖のあまり大量の汗が流れ、喉が干上がる。本当に処刑する気だ。サクラは高い知力があり冷静、打算的で強い正義感を持っている。だが情報とまるで違うではないか。

「税金の無駄。同じ米国人のよしみで選ばせてあげるわ」

 その言葉に、ピートはほんの一瞬、光を見た気がした。だが実際は悪魔の選択が襲い絶望はさらに深まる事になる。

「頭か心臓か腹か選べ。頭なら即死だけど死体は悲惨。心臓なら絶命まで60秒くらいは生きられるから余生がある。さらに腹なら肝臓を撃ち抜くから、15分から30分ゆっくりと余生が味わえる。ま、すっきり死ぬか一秒でも余生楽しむか…… それくらいは選ばせてやる」

……拷問だろ……!? 結局殺すのではないか!!

ピートは大人という立場を捨て無様に助命を叫んだ。サクラは本気だ。情報でも.サクラは少女だが人を殺す事に全く躊躇しない、というのはあったが、想像よりはるかに冷徹だ。当然ピートは答えられない。サクラの溜息が聞こえた。

「じゃあ間とって心臓だ。下手だから外した時は2分くらい苦しめ」

 サクラは真っ直ぐベレッタの銃口を心臓に向け、引き金に指をかけた。

「待て!! 撃つな!! 射殺を命じたのはウィスリー=ライト少佐だ! 少佐はゲーム企画者と通じている!! まだある!! 聞いて……!!」

「関係ない、黙れ。天に召します神よ~ このクソッタレの馬鹿の魂を救い給え。あとは……知らんから以下省略……」

「俺は本当はCIAだ!! だから……」

「アーメン……」問答無用で告げるサクラ。

 その時だった。廊下を走る音が聞こえ振り返るサクラ。ほとんどそれと同時に力強く鉄の扉が開き、目を真っ赤に腫らした涼が飛び込んだ。

「うわぁぁぁっっ!!」

 涼は絶叫すると、右手に握っていたHK USPコンパクトをピートに向けた。凄まじい殺気に、サクラのほうが驚き、思わず銃をさげた。

「死んじゃえっ!!」

 躊躇することなく、HK USPコンパクトの引き金を引いた。ユージ仕様だからダブルアクションも軽い。だがサクラの反応のほうが僅かに速かった。サクラはとっさの腕に飛びつく。弾は僅かに逸れ、ピートの足元に着弾し、鉛弾が鉄の床で砕け火花が散った。

「スズっち! 落ち着け!!」サクラは日本語に切り替え、涼に向かって叫ぶ。「どうしたの!? 急に!! あの兵士は!?」

「死んだ!! クライドさん、死んだの!!」

「……分かった。怒りは当然だけど。スズっち!!」

「放してサクラちゃん!! この男だけは許せない、許せないっ!!」

涼は力いっぱいに暴れサクラを振りほどこうとする。その際何度か引き金に力がかかり、3回暴発し、弾丸が跳弾で部屋の中を跳ねる。ピートも凄まじい奇声を上げるが、それ以上に涼の号泣と混じりの罵声は大きかった。

「あの人、私のファンだった!! ライブに来ていた!! ……私を守って撃たれた!! こんなの……ひどすぎるっ!!」

「スズっち!!」

 ついにサクラが涼の手を叩き、銃を落とすと、すかさず銃を廊下のほうに蹴った。

 銃を失った涼は、その場で立ち尽くした。

「……お願い! 止めないで、サクラちゃん……」

涼は感情を爆発させ、その場に泣き崩れた。その涼の手をサクラは静かに力強く握った。

「あのクズを殺したい気持ちは判る。そっか……クライドさんはアンタのファンか」

 思い返せば…… 涼たちが不審者ではない、と兵士の中で気付いたのはクライド伍長だけだった。そして彼は勇敢に上官に銃口を向け制止し、さらにピートの狙撃から咄嗟に涼を守った。彼は涼たち<Lies>のファンで、しかも本人がライブに来たこともあったという。クライド伍長は以前横須賀勤務で東京が近かったという事もあるが、白人で日本のアイドルのライブに行くという事は相当のファンだったのだろう。<Lies>が売れ出したのは半年ほど前だから、彼は元々日本のロックポップスが好きで、本当にバンド結成初期からのファンだったに違いない。その話を聞いたとき、涼はこれまで経験した事のない感動と、ミュージシャンとしての自分に誇りを持った。自分は一人だけで戦っているのではない、ここにいないメンバーたちが涼を待っている。そして彼のように多くのファンが待っている。そう、大勢の人の想いを背負っている! 

 だが、彼……クライドは最期まで涼の事を気にかけながら、笑みを浮かべたまま息を引き取った。その時の消失感は、これまで涼の存在の全てを抹消されたかのように大きかった……。

「サ……サクラちゃんには! この気持ち分からない! この気持ちは!!」

「……うん。そうだね」小さく頷くサクラ。サクラは強く拳を握った。

サクラの顔は、どこか哀しそうで、どこか空虚な感があった。

「あたしはあんま、人の気持ちとか考えないしどうでもいいし……」サクラはそう言いながら、嗚咽する涼の肩にそっと手を置いた。

「スズっちの気持ちは分からない。だけど、これだけは知っている。……人殺しになるのは簡単だけど、その罪の意識から逃れられる人間は少ない。人を殺したって事実は永遠に背負う事になる。こんなクズのために、人殺しなんて重い十字架とスズっちの人生、釣り合わないのは確かよ。スズっちは、こっち側にきちゃダメ。それが、クライドさん含めた、多くのファンや仲間の想いよ」

「…………」

「そういう汚れ仕事は、汚れきった人間が代わりに手を汚す。つまり……この場では、あたしって事サ」

 そういうとサクラは立ち上がり、落としたベレッタM9拾い上げた。

「あたしは別名黒い天使。必要なら人を殺せる」

日本語は分からなくても、今の状況をピートは察する事ができた。さらに奇声を上げ、必死に許しの言葉を吐く。恥も外聞もなく、ただひたすら「何でもする! 奴隷でいい、話だけでもいい! とにかく今は殺さないでくれ! 罪は償う!! 何でもいってくれ!!」と泣きながら叫んだ。

「10歳の女の子と15歳の日本人少女になんてみっともない懇願するんだアンタ。それでも誇りある米国兵か……」サクラは会話を英語に切り替えた。

「何でもする!!」

「別に何もしてくれなくていいけど……うーん……」そういうと、サクラはベレッタM9のデコッキングセフティーに指をかけ、銃をセフティー・モードにした。

「……本当に何でもする?」

「あ……ああ!! もちろんだ!!」

「…………」

 サクラは沈黙し、横目で嗚咽する涼のほうを見た。

「あたしの命令に何でも従うと誓うか?」

「誓う!! 何でもするっ!!」

「……スズっち。拓ちんの鎮痛薬、今持ってる?」と日本語で尋ねるサクラ。涼は最初、その意味が分からなかったが、すぐに男を助けるためだと気付き、サクラを無言で睨んだ。

 サクラの表情は、先ほどまでの大人っぽく冷血な殺人者の眼ではなく、いつもの悪戯好きの生意気な少女の表情に戻っていた。

「ここでこいつを撃ち殺す事は簡単。サクラちゃんは復讐肯定派だしこいつはクズだ。スズっちと違って、もうこの手で何人とかいうレベルじゃないくらい人殺しはしているからネ。でも、今あたしがここで撃てばスズっちも責任を感じる。人殺しの十字架、背負わせちゃうのはサクラちゃんの良心が傷むワケだ。あー、ま、今の気分を言葉にすると、このクズよりスズっちが大切なワケだ」

「…………」

「つまり、人殺しはやっぱよくない……って事で♪ 何でもするというんなら、情報も聞きたいし、手伝ってほしい肉体労働もある。ならこき使おうって事だ」とサクラは早口の日本語で説明すると、ピートのほうに歩き、頭に被せた布袋を取った。

 今度は早口の英語で告げる。

「今から鎮痛薬の薬用ヘロインを打つ。手当ては自分でしなさい」

「た、助けてくれ!」

「今殺すのはやめただけ。お前のためじゃない、スズっちに残酷ショーを見せたくないだけ、スズっちに感謝しろ。情報も全部吐いて、そして全面的に協力する。少しでも指示に従わなかったり、独断専行したり、不審感を感じたら、それが誤解であっても即殺す」

「助けてくれるのか?」

「死刑執行猶予。情報が役に立たなかったり、ちゃんと働かなかったら即殺す。ただし……ちゃんと働き、この事件の解決に一役買う働きをすれば、アンタの身柄は司法当局に引き渡す。そこで罪を購うなり司法取引するなり勝手にしなさい。それまではあたしたちの奴隷だ」

 そういうと、サクラはベレッタをズボンに押し込んだ。すでにサクラの思考は次のステップに移っていた。

 電力カットの問題、水素爆弾の問題……この二つの問題は交差している。安易に電源を落とせば、島の自爆スイッチが<施設機能制御不能>と判断し、自爆マシンが機動するかもしれない。普通の爆弾ならばともかく相手は核爆弾だ。ゲーム側も本当に知らないとすれば拓に教えないほうがいい。拓はFBI捜査官で、米国憲法に誓いを立てた人間だ。報告義務と対応義務が発生する。しかし今いる人間で放射能に耐性があるのはサクラとバリアーを持つ飛鳥だけだ。

 さらにそこにエダとユージの潜入作戦もある。こちらにも影響しないよう動かなくてはいけないのだが、サタンたちに好き勝手な要求を出される前には電力をカットし、交渉ができなくするほうがいい。

 サクラたちはこの相反する条件を一手一手間違える事なく、慎重かつスピーディーに動かなくてはならない。一つでも駒の動かし方を間違えれば事件は破綻する。さらにこの件に関してはユージの助力もコールの助力も使えず、セシルに総指揮を執ってもらわなくてはならない。

 ……こりゃ、相当ハードなゲームだ……

 いくらゲーム好きで事件慣れしていて高い知力を誇るサクラでも、さすがにすぐには解決のための有効な最初の一手を見出せなかった。



  紫ノ上島 <新・煉獄> 午前9時31分


「確定が斉藤さんと片山さん。心当たりは島ディレクターと、佐々木さんか。後一人がいるか、いないか……か」

 <新・煉獄>に戻ってきた拓は、片山と田村からその報告を受けた。斉藤は弟が人質に取られ、片山の母親は今何者か不審者の監視があることを神奈川県警の刑事からコールに報告があった。島と佐々木は、沖縄出発前に服部プロデューサー経由で意味深なメッセージを受けていた。どちらも家族の安否や所在についてで、この状況を考えると二人は有力と考えられる。二人が途中生存者組の中で発言権を持っている点、二人共東京都在住という点も条件に合致する。元々、多少は察知されていないと効果がない脅迫だ。斉藤以外でいえば、生き残りそうな人間を標的にする事は基本的なことだった。

 それらの情報のやり取りをコールとしたが、コールはいつもと変らない事務的な口調で『分かった。日本警察と協議し事態を掌握する。待機していろ』と応対しただけだった。支局長らしい答えだったが、それにしてもあまりに関心の低さに拓は違和感を覚えた。確かに拓はユージと違い優等生で叱られる事はない。そして『№24の指揮権だが、私が引き継いだ。クロベも了解しているからお前は島での生存者保護だけ考えていればいい』と言われた。コールはそれ以上を言わず通話を切った。

あのコールが仕事に追われている……? うちの支局長は相当な捜査指揮力と政治力があるはずだ。それか手が回らないほど忙しい状況が起きている事になる。しかも『待機』とはどういう意味がある? そして今のやり取りから察するに、生存者たちの保護は優先順位最後だ。

……そう考えれば…… そういえばここ数十分、何の変化もない。良くも悪くも……

 サクラと飛鳥たちから連絡がない。これだけならまだいい。あの二人は暴走癖があるからいいが、この期に及んでまだあいつらがのめりこむような謎が残っていたのか? いや、コールも何か隠しているように思う。

 さらに、村田が何ら反応を示さない。

 確かに村田を条件付で釈放したが、村田が本気になれば外せるはずだ。向こうも色々事情が動いているからけして不自然とまではいえないが…… 拓の勘は、何かいやなことが知らないところで動いている、と告げていた。

「馬鹿やってないといいけど」

 拓は憚ることなく煙草を口に咥え火をつけた。そして箱を見た。残り2本だ。この分だと、ファイナル・ゲーム前には吸い終るだろう。



紫ノ上島沖30キロ クラウディア号/MI6特殊工作船 午前9時34分


「我らが<P>はシャワー・タイムだ。で、僕としては全力で彼女を監視したいんだけど、どういう仕様だい? 彼女の声……というか音だね、シャワーの音と彼女の吐息まで聞こえる。僕はすごく興奮しているところなんだけど、カメラは彼女の姿を映していないんだ。僕の記憶が確かなら、彼女の体内に監視カメラが仕込まれていて常にモニターできる……と聞いていたのだけど」

「黙れ」と、殴りたい衝動をなんとかこらえたユージは、メインモニターに映し出されたシャワー室の壁に滴、湯気の動画を見つめる。そして、<M・P>の言葉に、ユージは答える義務があった。

「その預けたスーパー・パソコンには<P>の特別プライバシー・セキュリティーが入っていて自己判断で動画をズラす事が出来る。それ以上の説明はしない」

「信じられない、そんな事も可能だなんて驚きだねぇ。しかし、それはそれとして、彼女がバス・ルームやトイレで襲われたらどうするんだい? 例えば今とか、ね」

「<P>のアドレナリンやストレスの反応でオン・オフされる。理解したか、<M・P>」

 確かにエダの体内……特製なコンタクトレンズに埋め込まれた装置はそういう機能も持っている。しかしそれは名目上で、実際はすぐ近くで姿を消したJOLJUが付いて撮影しているので、そういうエダのプライバシーに関する事はJOLJUの意志でガードしている。カメラが何もないシャワールームの隅を映しているのは、エダに背を向けて座っているのだろう。

 それで納得したのか聞いても無駄だと思ったのか、<M・P>は笑みを浮かべながら船内のモニターチェックを行っている。彼の配下のMI6分析官が席を立ち、電話で退席していたユージのために状況を説明した。

 今、エダはクラウディア号のスイートルームに通され、そこでシャワーを勧められ入浴中。その間にエダを案内したジュディーと呼ばれていた白人女性がエダの衣服を念入りに調べ、何もない事を<レディー>という相手に報告していた。報告は中国語だった。用心のためだろう。エダは英語、日本語、そして専攻でフランス語は喋れる。そのくらいの情報は知れ渡っている。バス・ルームのドアは半分開けられていて、マナーとしてジュディーはバス・ルームのほうを凝視したりはしていないが、監視はしっかりしている。つい3分ほど前、エダのためのドレスとメイク係を寄越すよう連絡していた。

「プロだな、この女も。慣れている」

「同意見だね、死神クン。こういう教養は基本情報部か我が国のメイド・プロのものだ。アジアのサーヴァントはここまで気が利かないからね。だから今、各国情報部と英国メイド協会に顔認識ソフトで照会させているよ」と得意げに説明をする<M・P>。見た目や言動はチャラいが、彼の英国愛は本物のようだ。けして尊敬はできないが。

「それはそうと…… ミスター・クロベ。君の装備と予定を再確認したいんだけど」

 ユージは第二陣として羽山の夫人と共にクラウディア号に入る。ユージは現場で潜入しながら現場を指揮するという、普通では考えられないやり方を取るのだ。これはすでにコールの決断で決まった事だからMI6側も口出しはしない。

「ボディーにワルサーPPQ、予備マガジン1、フル装填。サイレンサー。ナイフ2本、電子機器、通信機、盗聴器……」

 そこまでは普通だ。ワルサーPPQというチョイスもプロっぽく<M・P>も満足だ。だがその後は別だった。

「あとパイソン。357の予備12、計18発」

「ええ? あー…… ええっと……? それは新しい秘密道具のコードネームかな?」

「頭デッカチの諜報員は、リボルバーの名作も知らんのか? コルト・パイソン357マグナム、ブルー・フィニッシュ。1968年製造のセカンドモデル、パックマイヤー・ラバー付き」

 これは元々ユージの私物ではなく、飛鳥が<死神>から没収していたもので、それを没収したものだ。パイソン・マニアのユージは製造年月日とトリガー・プルでそれらの情報は分かる。

 しかし問題はそんなことではない。

「ちょっと待ってくれ! 待ってくれ。この御時勢にマグナム!? リボルバー!? オイオイ、それってジョークだよね? ワルサー持っているのだろ? なんでそんな骨董品を持ち込むんだ!?」

 ユージの言葉を意外に思ったのは<M・P>だけではない。彼の部下の分析官も、監督している将校たちも、驚きの表情でユージを見た。だがそんな視線などユージは気にもしない。それに第一もうボディースーツの中に入っていて取り出せない。

「リボルバーにはリボルバーの利点がある」

 357マグナムはマグナムと言っても、エネルギー的には9ミリパラベラムの1.5~2倍ほどの威力で、44マグナムの半分だ。だから威力が目的ではない。同じ威力を求めるのならば10ミリオートや、強装弾&アーマーピアシング仕様の45オートを持てば済む。第一威力が目的ならば愛用のDEを持ち込む。さすがのユージも分厚く大きいDEは後続の急襲部隊に預けている。

「音だけが煩くて、サイレンサーも使えない。中途半端な威力で6発しか入らない骨董品じゃないか。いや、それはどうでもいいよ、僕は。成程、アメリカン・ヒーローとフランス人とアニメ・ヒーローはリボルバー好きだ。だけどリアルに考えてくれヨ」

 <M・P>は眉を寄せ、素早くキーボードを叩く。メイン・モニターには船のメインフロアーに接している廊下が映し出された。その廊下は淡い赤色のライトが当たり仄かに赤っぽい。これは演出ではなく、全自動式X線探知機だ。

「シアル社製の最新防犯スキャンだ。こいつはフル・スクリーニングで死角がなくて高解像度X線スキャンと金属探知が一緒になっている、今ある最高の防犯システムだよ? 僕がここでカバーし、さらにCIAが開発したスキャン防止ボディースーツでも、10秒以上その場にいればスキャンに引っかかり、警報が警備室に届く」

「だから他の装備はできるだけ金属製は抜いただろう」

 ナイフも強化プラスチック製、ワルサーPPQの9ミリも特殊加工したプラスチック薬莢だ。金属なのはワルサーのスライド部分一式くらいのものだ。しかしユージはその対応の真逆をいく鋼鉄製のリボルバーを持ち込む。リボルバーならリボルバーで反応しずらいチタニウム製だってあるのに、どうしてクラシック・リボルバーのコルト・パイソンなのか……合理主義の<M・P>には全く理解できない。

「鋼鉄の塊ぶら下げといてそれを言うかね? 10秒……例えば立ち話や質問なんか受けたらどうするんだい? 君の失敗で済むのなら構わないが、今回の作戦リストには僕の名前もリストされている。今まで完璧に仕事をしてきたのに僕の名誉を崩さないで欲しいよ。それに、僕のかわいいプリンセスも危険になる。わかっているのかい」

「餅は餅屋、という日本語がある。潜入捜査は俺の十八番だ。言っただろ、リボルバーにはリボルバーの利点がある」

 エダの事を「僕のかわいいプリンセス」と言った点は無視し、ユージは<M・P>の相手にせず、黙って彼のデスクから離れた。

 ユージが求めるのは命中精度だ。一流のクラシック・リボルバーは、改造がなくても高い命中精度を持っている。1911系のカスタムならばリボルバーより高い命中力を持つモデルもあるが、1911系のカスタムは精度が上がる分タイトになり、濡れたり汚れたりするだけでジャムの危険が上がり実戦向きではない。軍が採用している1911系カスタムも作動のほうを重視しているのでリボルバーほどの精度はないのだ。実戦本意のユージのようなタイプからすれば、作動が確実で、20m先のマッチ箱を確実に撃ち抜ける精度を持つ銃のほうが、弾数を誇るポリマー・オートより使える。コルト・パイソンはそれらの条件をクリアーしている上に、別名<リボルバーのロールスロイス>と呼ばれ、全て手作業で仕上げられているので個体差は少なく、S&Wのように安価なコピー品もないから、パイソンだという事だけで一定の命中精度は保障されている。難癖があると言われているダブルアクションだが、ユージはパイソン愛好家で、射撃場では常に使用しているしパイソンを使って射撃大会で優勝した事もあるし、時に捜査用にも使うほど愛用している。ユージに言わせれば、精度が高いセカンド・ジェネレーションのパイソンが手に入ったのは幸運だった。少なくともユージにとっては、不慣れな軍特殊部隊使用のカスタム拳銃よりこっちのほうが正確な射撃ができるのだ。357マグナムの威力はそこそこでしかないが、マグナム特有の直進力があり、200mくらいまでならスコープなしでもターゲットをヒットすることが出来る。

 もっとも…… この場にサクラや拓がいたらこう言っただろう。

「お前の単なる好みだ!」と……


潜入/3


 紫ノ上島 地下2F 午前9時40分


「うーちらは進むぅよぉ~ く~らや~みぃをぉ~♪ ららら♪ ……あれ? なんかこの歌、前も口にしとったような……」

 はて? と真っ暗な廊下一度立ち止まり暗視ゴーグルを上げる飛鳥。突然前を行く飛鳥が立ち止まったので、ぶつかる宮村。宮村は文句を飲み込み、周りを伺いながら小声でツッコむ。

「少なくとも私は初めて聞いた。そして飛鳥ちゃんは黙る。声が聞こえるとバレるでしょ」

「その時はその時、運次第ってな♪」

 飛鳥は「うんうん」と一人満足そうに頷き、再び暗視ゴーグルをかけた。宮村も同じようにゴーグルを掛けている。

 二人が進んでいるのは紫ノ上島本館と東館の地下2F、目指すのはサクラと飛鳥が発見した第二研究所だ。この辺りは散々来たところでカメラもほとんど壊している。<死神>も狂人鬼も数もいない。僅か5分ほど前に、二人はアレックスの指示通りエレベーターと地下6F、7Fに通じる階段は一つを除いて全て爆破して封鎖した。残る一つも、見た目はガレキで塞いでいて入れないと思うだろう。

この数十分という短い間に、飛鳥と宮村の二人は結構派手に動いたが、それらの破壊工作をしても、<死神>がやってくる様子はなかった。

 第二研究所がどういう場所かは、宮村もすでに知っている。隣接する第一研究所にはゲーム二日目の夜中にサクラに案内されて武器を取りに来た。その時、第二研究所が封鎖エリアで、30年以上誰も入っていない場所だという事も聞いた。ゲームと絡む事はなかったので、皆その存在を忘れていた。

ただし4人だけは、その重要性を知らされた。ゲーム終了まで3時間か4時間……という間際に。

 現在米国FBI本部のアレックスも、セシルからの報告で水素爆弾について知った。彼は唯一驚かず、むしろ納得した。この点、彼はSAAとして世界中の政府や軍の暗部を見てきた男だし、時にそれらと対決してきた。

『詳細はこちらでも調べるが、時間がない。第二研究所に所長室がある。現物の確認を頼みたい』

 そうアレックスが電話で言ってきたのは、丁度地下6Fから地下2Fに上がる最後の隠し階段を封鎖した時だった。元々地下2Fは広くなく、暗くても散々見てきたフロアーで、第一研究所の入口までそう遠くはなかった。第一研究所から第二研究所に入るほうが早い。

 二人は第一研究所に辿り着いた。ここには照明があるから暗視ゴーグルは必要ない。

「メインの研究所のワリには小さいとは思ったのよね」

 改めて第一研究所を見回す宮村。宮村が入るのはこれが二回目で、武器を選んだ時以来だ。そういえばあの時飛鳥はいなかったが、飛鳥は単独で何度も第一、第二研究所に入っていて何度も通っている。鍵の番号も飛鳥が覚えやすい番号に変えてある。

「じゃあ、ミヤムーは本邦初公開ってコトで…… ……あ」ドアのセキュリティーを解除したところで、ふと振り返り宮村を見た。

「ええっと……そういえば、この先結構グロいけど、ミヤムー大丈夫かな?」

「そっちは大丈夫。あー……飛鳥ちゃんが微妙にいつもより元気ないのってそれが理由なんだ♪ 飛鳥ちゃんにも苦手あるのね」と苦笑いを浮かべつつ自分は強がった宮村。サクラから第二研究所の惨劇は聞いていてあんまり好んで行きたい場所ではないが、それ以上の惨状を散々見てきた。慣れてはいないが、飛鳥一人行かせるのは心配だ。飛鳥の行動力や閃きは常人離れしているが、何せ英語が分からない。そして水素爆弾がある。

「一つだけ約束して、飛鳥ちゃん」と宮村は飛鳥のすぐ後ろに引っ付き、緊張をなんとか誤魔化して言った。

「この先は、狂人鬼になるウイルス……ええっと、強毒性変異狂犬病だっけ? そのウイルスがまだあるかも……なんでしょ? もし……さぁ。もし、私が狂人鬼に感染しちゃったら」

「そういう死亡フラグ立てられても困るンやけど。ウチ、トドメは刺さへんよ? 人は殺さん主義やもん」

特に困った様子もなく、暢気な表情で飛鳥は言うと、ドアを開けた。

「…………」

「その時はサクラにでも頼んで。あー でも大丈夫ちゃうんやっけ? 確か、初期型のワクチンみたいなのユージさんが持ってきたやん? サクラの抗体もあるから心配せんでええと思うで~」

 ……そういえばそうだった……

 宮村は自分で思っている以上に緊張している事を知った。そして飛鳥は言動や振る舞いとは違い結構まともで頭も悪くはない事を、改めて痛感した。宮村が気に掛ける事はない、暴走しそうなときを制御する以外は……

 ドアを二つ抜けたところで、猛烈に匂う狂人鬼化した独特の腐臭が鼻を付き、宮村は顔を顰め、身体を強張らせた。

「大丈夫や。これ、サクラがスーパーゾンビ犬を木っ端微塵にした匂い。ホレ……」と飛鳥は顔は向けず指だけで右側の通路を指差した。ガラスドアの向こうには、二日前に上半身を吹き飛ばされた狂犬の屍が放置されている。すでに腐敗が始まり、元の悪臭も相まって肉塊からは刺激を感じるほど強烈な臭気を放っている。

「この先はミイラ・ゾーンや。……世界一のお化け屋敷やけど大丈夫?」

「ありがとう。おかげさまで随分慣れてきたから大丈夫」

 二人はある程度廊下を移動してから、一先ず立ち止まった。そして飛鳥が第一研究所について知っている情報を宮村に説明した。そうは言っても、飛鳥も多くを知っているわけではない。惨劇の場であり事件の発端となった第二研究所の情報、25あるドアのうち4つはサクラと入ったが、ミーティング・ルームやサブ研究室、倉庫だったので放置、あとは武器庫らしい部屋があった事くらいだ。最初に第二研究所の惨劇を見て二人共事件の真相に気付き、その後は武器漁りに集中したのでそれ以上の詮索はせず、概ね武器を取りにきたり、潜んでいたりしていたのであまり探索は進めていない。

「結論からいうと、ほとんど未検索ってコトね」

「んー……ま、あの後は事件の連続やったからなぁ~」

 答えながら飛鳥は携帯電話で時間を確認した。まだ第二研究所の情報は米国側から送られてきていない。しかしそれを待っている余裕はない。一つずつ、地道に調べていくしかない。幸い鍵の束は最初の探索で集められるだけ集めていたから、いくつかは開けられるはずだ。そして、どうしても開けられない部屋こそ、特別な部屋だと判断していい。 

 捜索は、絶対安全な飛鳥が第二研究所内、宮村が通路側だ。飛鳥はミイラ化した死体をできるだけ見ないように、身元が分かるようなものはないか、資料らしきものはないか探していたが、そこは飛鳥、すぐに飽きて「方針変更ぉぉぉー!!」と宮村を呼んだ。

「で? どういう方針?」

ヤレヤレと宮村は吐息を吐く。飛鳥の提案は悪ふざけ6、的を射ているものは4。その4の内革新的なアイデアは1…… つまり飛鳥がいいアイデアを出す確立は10%…… ……今回はどうだろうか?

「このままやっていても埒があかへん」

「それはそうだけど、方法はほかにある? 人海戦術はまずいわよ? ここの事皆に知られる訳には行かないじゃん」

 この第二研究所の存在自体はそれほど問題ではないが、水素爆弾は超問題だ。部外者の宮村も成行き上知ってしまったが、セシルとアレックスから絶対に秘密を守る事、口外すれば抹殺するとまで言われた。ここ数日の経験で、それが形式的な言葉でも脅しでもなく本当だということは宮村も重々承知している。

「ここでちゃぶ台返し! 最初に戻って別ルート!! 別名<飛鳥様超閃き>!!」

「言いたい事は分かるけど、ようは飽きたのね」

「……ミヤムーはノリ悪いナァ……」

「私はクールに無視する系だから。でも発想の転換は賛成。時間がないみたいだし。でも何かいい方法ある?」

「…………」

無言のまま、最高にノー天気な笑みを浮かべる飛鳥。つまりノープランだ。

 ……やれやれ……と大きく吐息する宮村。数秒考え……宮村の中に一つのアイデアが思い浮かんだ。

「お? その顔は何か思いついたんやな、ミヤムー♪」勘だけは鋭い飛鳥だ。

「あくまで私は素人だから、飛鳥ちゃんのフォローはいるけど……根本に戻ってみたらどうかな?」

「根本?」

「事件の発端はここから始まったのよね? それを推理していったらどうかしら? 実は私、ここに連れて来てもらっていくつかおかしな事に気付いたの」そう言いながら宮村は、第二研究所の入口のほうに向かって歩き出した。それについていく飛鳥。

「① サタンたちがここを放置した理由が分からない。封印されていたっていうけど、飛鳥ちゃんとサクラちゃんで壁破壊して入れたんでしょ? それに第一研究所のドアは強固だけどドア一つ。壊せば入れないワケがない」

「ウイルスが怖かった……は、ないか。成程、不思議やな」

 サタンたちはもっと強力な強毒性変異狂犬病Ⅱ型を持っていてその対応策もある。だから感染が怖くて入れなかったという事はありえない。

「② 米軍が後始末していない。その後米軍や政府関係者が紫ノ上島にきたはずだよね? だけどここは触らず放置っていうのが納得できない」

「入りたくても入れんかったんちゃう? 水爆があるってバレると大騒ぎや」

「それは納得できる。だけど大きな矛盾よね」

 サタンたちが水爆のことを知っていて近寄らなかった……? いや、セシルが言っていたではないか。「原子爆弾の存在を知っていたら、それを売り払っているはず」と。アクション映画やスパイ映画でも核爆弾はストーリー・キーになる。それは現実世界も同じだ。だからサタンたちは知らない。しかし、ならばこの第二研究所に入らない理由がない。カメラもないからテレビ用に残しておいた……という可能性もない。なぜならばここから屍たちが持っていた実銃が手に入った。日本人は触るだけで銃刀法違反になる。だから表向きのテレビ企画の線もない。

「確かに大いなる矛盾やな。ふむ……これを都合よく説明すると……」

「ここで開発中のウイルスが洩れて、感染。殺しあった」と周りを見渡しながら宮村。

「その一部が、換気扇か通風孔かワカラヘンけど、上に洩れて、紫条家に感染……」そう言いながら飛鳥は天井を見つめた。天井付近五箇所に空調のようなものがあり、開いている。これで筋は通るのだが、ここで矛盾にぶつかった。

「アレ……? あの通風孔が開いたのって、ウチがブレーカー上げてからやったか?」

 飛鳥は腕を組み三日前の夜の事を思い出そうと頭を捻る。この第二研究所に最初に踏み込んだのは自分だ。部屋は暗く、しかもバリアーが発生していた。ブレーカーを上げ電源を復活させた時、空調の作動音と共に風が吹いていた。あの時サクラはまだ廊下のほうにいた。

「……なぁ、ミヤムー。厨二設定全開の仮定やけど、危険なウイルスを開発中、それが洩れた。そして緊急閉鎖した。中の人間を見捨てる事が決まっていたとする。でもよく考えたら銃とかで殺さんでも、ここ地下やし通風孔閉じたら、空気ってなくなるンちゃう?」

 宮村は眼を見開き、思わず飛鳥の背中をトンッと叩いた。飛鳥は本当に時々鋭い観察と推理をする。

「酸素はなくなるから狂人鬼化していても殺せる! それに媒体となるモノが存在しなくなればウイルスだって活動力を低下させる!」

 空気を吸い出すのはウイルス散布を拡大させる。全ての通風孔を閉じれば、地下深くに作られた研究所内の酸素はなくなる。いかに狂人鬼化していたとしても生き残れない。

 しかしそれだと最初に入った飛鳥やそれほど間もあけず入ったサクラは酸素のない中部屋に入った事になる。二人共酸素欠乏で死ぬ事はないが、違和感に気付いたはずだ。バリアーがある飛鳥はともかくサクラならそのような事言っていただろうか?

 その時だった。封印されていたはずの、第二研究所の正面入口のドアが開いた。

 二人は驚き、すぐに銃を手にとり物陰に隠れた。だが、現れたのは…… 驚くべき相手だったが、想定内の人間だった。 

「面白そうな事やってンじゃん、二人とも♪ こっちが修羅場っていたのに、余裕してるな、アンタらわ」

 肩で荒い息を吐いて現れたのは、フル武装し空中を浮遊しているサクラだった。

 サクラはまずは着地し、息を整えるため何度も深呼吸した。いくらサクラの高度な運動神経でも、走るより飛ぶほうが速いし体力も使わない。サクラの疲労は、銃火器の重さに対する疲れだ。自動小銃に拳銃、それらの弾に爆弾……全部で8キロはあるだろう。身につけて走る分にはベルトなどで重さは分散されるが、飛べばダイレクトに重さがかかる。

 サクラは銃火器を外し、上着を脱いでから、ようやく顔を上げた。

「その様子だと聞いたみたいね。この島の本当の極秘機密を」とサクラ。

「バッチリや♪ これでウチらの冒険記に、核爆弾が仲間入り!」と意気揚々の飛鳥。

バッグの中から缶のソーダを取りだし暢気そうに飲んでいるサクラ。ちなみにこのソーダの缶は<ニンジャベース>から持ってきたものだ。

 一気にソーダを飲み干したサクラは、威勢よく缶を潰し、上着を掴んで立ち上がった。

「じゃあ行こうか。秘密のお宝探しに♪ 情報は行きながら交換し合おう。時間はないゾ」

 そういうと、サクラはもう銃火器を身に着けバッグを背負い、第二研究所内に向かって歩き出していた。



紫ノ上島沖30キロ クラウディア号/MI6特殊工作船 午前9時45分


 中型豪華客船クラウディア号の造りはかなり特殊だ。

 豪華客船というよりは、移動式の巨大カジノ施設というべきだろう。外回りは客室。置くに入ると合法的カジノ(日本では非合法だが)や食事施設がある。そのエリアのさらに奥、つまり船の最深部は、特別フロアーになっている。厳重なセキュリティーを抜けると、アンダーライトの薄暗いフロアーとなり、そこらじゅうにある液晶カメラで紫ノ上島での惨劇のビデオが流されている。そして、薄暗い中で、全ての客は目隠しの仮面をかけ、その残虐ショーを楽しんでいた。

 エダは、モニターで流されている惨劇にも、それを観て笑う人間たちにも激しい嫌悪感を覚えた。だが言葉には出さず、沈黙を守っている。

「さぞ御気分を害されたと思います。ただこのフロアーを通る以外<レディー>のところには行けませんので…… 宜しければ目隠しされますか? ちゃんと私が誘導します」

「大丈夫です。ありがとうございます」

「貴方には危害を与えないことを私が保障します。ご安心を」そう答えたジュディーの表情には柔かい笑みが浮かんでいた。僅か数分でエダの人柄が彼女の警戒感を解いていた。さらに今のエダを見ていると、自然と保護責任以上のものを感じ、何か爽やかな高揚感を感じずに入られなかった。

 エダは、長い髪を北欧風のシニヨン・ヘアーに結われているが、服はボディーラインがクッキリと分かるの赤のチャイニーズドレスだ。それが驚くほど似合っていて、同じ女性であるジュディーですらその美しさと可憐さに息を呑んでしまった。エダの整ったボディーラインは、大きすぎることなく整ったバスト、細くくびれたウエスト、習字の達人が一心を込め描いたような美しい曲線を描くヒップラインと美脚。その美しさは芸術の神がその叡智全てをかけて生みだしたもののように思えた。赤のチャイナドレスがセクシーさを醸し出しつつ、全体的には可憐で清廉さを作り上げ、女性ですら目を見張るような天使のような美少女を作り上げていた。彼女の前では、閻魔すら頬を緩ませるだろう。

 もっとも……美しい結い上げた髪やタイトなチャイナドレスは、エダを着飾らせるだけが目的ではない。髪を念入りに結い、盗聴器や発信機の存在を探った。ショートのチャイナドレスでは武器を手に入れても隠し持つ事は出来ないし、短いスカートとハイヒールで活発な動きはできない。彼らなりに計算され尽くした服装だ。

「あの……さっきも聞いたことですけど、あたしに用があるというのはどなたですか?」

「<レディー>です。ファーロング嬢」スイート・ルームで聞かれたときと同じ返答が返って来た。

「羽山さんではなくて……ですか?」とエダ。この言葉にはジュディーも僅かに反応した。今の話は初めて聞く。

 二人は調度螺旋階段を降り始めた。下のフロアーでは、昨夜の<生贄ゲーム>の録画が巨大液晶ビジョンで流されていた。今調度3人目が狂人鬼に喰われ、吊り下げられた山本のすぐ傍まで落ち、狂人鬼たちがもがいている。それが目に入ったエダは思わず目線を背けた。傲慢な客たちの歓声が、様々な言語で上がった。

 ジュディーも液晶モニターを一瞥し、笑みを浮かべた。

「ミスター・羽山と何を?」

「彼の奥さんに用があるんです。彼の手を撃ったことを謝りたくて」

「その必要はないでしょう。貴方が殺さずあえて掌を撃ったのですか?」

 掌大の大きさをとっさに撃ちぬくにはかなり精密な射撃の腕が必要だ。動く羽山の掌を撃ち抜いた……そんな凄い戦闘力が、こんな可憐な少女にあることがジュディーには驚きだった。

「あたしは人を殺しません。銃は、自分や大切な人を守る道具ですから」

「偽善的ですけど、貴方はそれをいうだけの資格があります。それにしても御噂以上の射撃の腕ですね」

 二人は観客たちがいる傍の廊下を通っていく。何人かはエダを見て卑猥な言葉を投げかけようとしたが、ジュディーが睨むと全員が口を閉じた。さらに欧米系と思われる客のうち何人かの表情が変ったが、表面上エダはスルーした。あれは多分、エダが何者か知っているのだろう。エダも他の客同様目元を隠しているが、その美貌は知れ渡っている。特に白人の裏社会では知る者がいても不思議ではない。しかし暗い廊下で一瞬の事だから確信を持ってエダだと断定した人間はいないだろう。

 二人が奥のフロアー前に来たとき、客たちの歓声と失意に満ちた溜息が巻き起こった。エダが振り返ると、液晶ビジョン内で、ユージが現れ狂人鬼相手に無双し、襲い掛かる<死神>を倒したシーンだった。それを観たエダの表情に、僅かに笑みが浮かんだ。

「ファーロング嬢」とジュディーが肩を叩く。

「あ、すみません」と振り向いたエダの視界に、見た事のない、20代後半の黒髪ショートカットの東欧系女性が立っていた。ジュディーが静かに半歩下がり、現れた女性に掌を向けた。

「ファーロング嬢。こちらが<レディー>。ここからは彼女が引き継ぎます」

「はい。これまでありがとうございました、ジュディーさん。宜しく、<レディー>」

 エダは小さく会釈した。<レディー>は笑みひとつ浮かべず、黙って会釈する。

「ミスター・カミングスの秘書をやっております、<レディー>です。では、奥にどうぞ、ファーロング嬢」

 やはり表情変えることなく<レディー>と名乗った女は指紋照合で特別室の扉を開け、エダを中に招き入れた。



「処理能力がパンクしそうだヨ♪」

「犯罪集団の大商談パーティーだ。そりゃそうだろう」

 MI6の分析官たちは顔認識ソフトでヒットした客の犯罪組織や各国高官の照合とピックアップで手が休まる間がない。<M・P>とユージは<P>とカミングス、船全体の担当だ。

 そして今は、ユージ潜入直前の最終ミーティングの時間だ。モニターには特別機のコールが映っている。これは唯一の特別外部回線だが、長時間の打ち合わせはできない。

 まず<M・P>が、一通り判明しているセキュリティーについて説明した。

 各フロアーの出入り口には生体感知式X線スキャンがあり、扉は全て特別磁気カードが必要。確認できただけで、SMGで武装した警備兵が約50人。さらにVIPの客の中で特別許されたグループには、1グループに一人に限り護身用に拳銃を持っているが、そのボディーガード役は全員運営側からシリアルナンバー付きのセキョリティー・カードキーが発行されていて、出入りの情報は全て運営警備室が管理し把握されている。

 警備兵は皆ハミルトン社が正規ルートで訓練した傭兵たちで、戦闘力や観察力は<死神>とは比べ物にならない。

 これらの情報の半分は羽山。半分は<M・P>のチームが解析し判明した。

『NSAやCIA本部より厳重なセキュリティーだな。プランを聞きたい』とコール。

「警備室を制圧するのが必要です。それは<M・P>の指揮下で、一緒に潜入するソーヤ=グレメン捜査官たちに。俺は羽山の呼んだVIPとしてカミングスに迫る予定です」

 最初に入るのはユージだけではない。ユージ、ソーヤ捜査官、リン=ダリル女性捜査官の計三名が羽山夫人と共に入る。全員英語は当然の事、日本語、中国語が理解できる。

 ユージだけは中国系アメリカ・マフィアのフリーランサーのボディーガード、チョウ・リンヂェンとして潜入する。チョウ・リンヂェンという名前はユージが現在でも、たまに潜入捜査するときに使う潜入名で、チェン=ラウの香港組織系列の、特別お抱えの何でも屋だ。ちゃんとラウの紹介状や速効で造ったいい加減な物ではない経歴もあり、詮索されても裏が取れる。チョウ・リンヂェンはアメリカ育ちという経歴なので英語で問題ない。

「一つ、支局長に許可してほしい事が」

『なんだクロベ』

「今現在顔認証で客の情報を得ているところですが、何人か見知った組織の人間がいます」

「ここは犯罪のテーマパークみたいなものだからネ。国際手配犯や裏世界VIPの関係者だらけだ。僕はぶっちゃけていうけど、<P>作戦なんかせず彼女は僕と一緒にランチを食べて、船は丸ごと軍が犯罪者ごと沈没させればいいと思うよ。手っ取りはやい」と冗談交じりに頬を吊り上げ笑う<M・P>。

「半分は俺も同意見だが、日本や中国の政治家や、悪趣味なだけで裏家業者とは言い切れないグレーな実業家もいるからな」

 やれやれ……とコールは頭に手を置く。現場指揮担当のナンバー1と2は二人共政治や後始末など念頭にないタイプのようだ。

『今回はFBI権限の捜査だ。戦争紛いの武力活動は許可されておらん。第一、正しくは、ここは日本で日本の司法権が本来は優先されるのだ。カミングスがまず最優先だ』

 カミングスの逮捕の件だけは、米国の優先案件として日本政府にねじ込んである。だが、マフィアや裏の武器商人たちの逮捕はともかく、ただ人が死ぬところを観て喜んでいるだけの趣味の悪いだけの金持ちを抹殺していい、という権限まではもっていない。しかもそういう類の豚にも等しい大半の客は日本人と中国人の金持ち、政治家だ。

 それでも、客のうち3割は裏社会の人間で、彼らは肝心の取引はもちろん、他の小さなビジネスの会合のために来ている。

「話を戻しますが、何人か知った顔がいます。この船にいるだけで何かしらの罪には問えますが、もし全員を逮捕しようとすれば、ヤツラも抵抗し戦争になる。だから、何グループかとは直接接触して、今回見逃す事を条件に協力を得たいと思います。でなければ船内にいる客全員を殺さなければなりません」

 政治家や実業家たちはどうでもいいが、マフィア関係者は現場で逮捕に抵抗するだろうし、逮捕後捜査当局への報復にも備えなければならない。警備員50人だけならいいが、他の客もそれに呼応すれば客全員が敵に回る事になるだろう。この船に武器は持ち込めないが、全面戦争となれば<ヒュドラ>の運営は武器を裏社会の人間に配り戦力強化を図るかもしれない。ユージの考えでは、そういう厄介な有力なマフィア関係者は、逮捕せず協力させればカミングス逮捕に動きやすいし、ここは助けて恩を売りつつ逃がせば事後面倒が減る。どうせ連中の苦情はユージに来るのに決まっているのだから。

 一瞬生真面目なコールは沈黙し思案した。しかしそれも数秒の事だった。

『今回の事件はお前が最高責任者だ、クロベ。お前がそれが最良だと判断したのなら、実行しろ。詳しくは聞かんでおく』

 コールも潜入捜査のプロで、ユージの思惑もユージの立場も、ユージの作戦も理解できる。ユージ以外の人間がこういう話をすればマフィアとの癒着を疑われる事になるだろうが、幸いユージに関してはその心配がない。コールが「詳しくは聞かない」と言ったのも、深く関わるとコール自身が癒着の嫌疑を掛けられかねないからだ。ユージは超法規的立場であるが、コールは米国政府代表者で、立場が違う。

 ユージはそういった協力者をどさくさに紛れ逃がすため、未登録の無国籍船の手配をコールに要求し、コールも受諾した。

 ユージとコールが直接作戦前に打ち合わせるのは、これが最後だ。もうじきユージは工作船からクラウディア号に向かう事になっている。






「黒い天使・長編『死神島』第13話……ついに島最大の秘密、水素爆弾の事が明らかになりました。CIAやNSAの陰謀と、過去の事件の真相がこれで解明されましたが、サクラたちの苦難は核爆弾があったことで新しいステージに突入しました。これからはサバイバル・デスゲームだけではなく核爆弾奪取の攻防が展開されます。さすがのサクラと飛鳥も茫然となる急展開です。とはいえこの二人はかなり無茶苦茶なので臆する事なく立ち向かっていくと思いますが。

ついにユージが黒幕突入です。しかし島の事、エダの事、色々あるのでユージ一人でどこまでいけるか……ですね。拓ちんの活躍はちょっと休憩……でも、彼にはサタン村田という宿敵と、サバイバル・デスゲーム最後のファイナル・ゲームが待ち受けています。今後の活躍に期待していてください。

 ということでクライマックスについに片足かけた「黒い天使・長編『死神島』。最後まで、楽しんでもらえると嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 島に着てからかなりの修羅場をくぐる抜けてきたから 涼ちゃんも捕まるだけならなんとか大丈夫だけども さすがに水素爆弾となると頭真っ白になりますよね 普通の爆弾ならまだしもまさかこのゲームに …
2022/12/01 22:04 クレマチス
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