「黒い天使・長編『死神島』」⑫
「黒い天使長編『死神島』」第12話です。
拓、サクラ、そして本土のユージたちがついに攻勢に出ました!
サクラや飛鳥、涼ちゃんたちは、ついに島を出て、島の近くにある電力施設の存在を知り、それを破壊するべく舞台を島外に移し新しい活動を始めるが、そこにはさらなる秘密と敵が待ち受けていた。拓はサタン村田を再び確保するも、本土の作戦……エダを敵黒幕に接触させる潜入作戦のため、ゲーム終了させることができず、再び窮地に舞い戻る結果に。
果たして拓たちはこの集中戦を乗り切ることが出来るか……サクラは電力施設の制圧なるか……そしてエダを囮とし、ついに敵黒幕の潜むフェリーを攻略することができるか……全ての問題は、一気に集中していく。クライマックス直前となった「黒い天使長編『死神島』」第12話、公開です。
28/作戦の壁 1
紫ノ上島 地下6F 午前7時02分
「ここは禁煙ですが」
「そりゃ失礼。だが、煙はそっちにいかないから大丈夫だ」
銃口は腰だめでしっかり村田に向けたまま、拓は感覚の鈍い左手でゆっくりと懐から煙草を一本取り出し、咥え、火をつける。薄暗い中にポツンと、煙草の火だけが目立つ。
聞きたい話はお互いにある。もっとも、時間に余裕があるわけではない。拓はサクラに救援を頼んでいるし、<死神>たちも村田がずっと帰ってこなければここに来るかもしれない。
お互い、その現状を理解している。
「では……ウインウインということで、お互い一つずつ質問しあうという事でどうですか? この場において、お互い嘘はつかないと誓い合って。で、捜査官からどうぞ」
「……地下のガソリン倉庫に無線爆弾、あの猛獣たち。そしてお前の放送はなし。お前はファイナル・ゲームを前倒しにして皆殺しにしようとした。イエスかノーか」
「質問が複数ですが」
「これはサービスだよ。わざわざ聞かなくても、状況で分かる」
村田は溜息をつき、頷いた。イエスだ。地下7Fのガソリンや無線爆弾も見られていてはどうしようもない。
「次は僕から。単刀直入にいいます。ユージ=クロベ捜査官は今どこですか?」
表情には出さなかったが、拓にとって予想していない質問だった。数秒、その意図が分からず沈黙してしまった。
「何だって?」
「貴方の相棒、ユージ=クロベ捜査官は、今どこですか? 今現在ですよ」
「多分東京か沖縄かな」
「この島にはいないんですね。誓っていえますね?」
「何でユージが気になる? このゲームにユージは関係ない」
「いいから答えを」
「いない。安心したか?」
「……いいえ。むしろ居てくれたほうが、僕の推理は成り立ちました」
……ユージ=クロベ捜査官が一時期、この島に潜入していたようだということを村田たちはほぼ気づいていた。拓自身が、「相棒が島で潜伏している」と言っていたのを篠原や三浦は聞いているし、<モンスター・パニック>のモニターにも不鮮明だがユージらしき男は映っていたし他にも報告がある。その同時刻前後に東京で活動している報告もありその点は不可解だが、それでも可能性から考えれば、フォース・ルール時にこの島に単独でやってきて、つい2、3時間前まで島にいた、という事であれば、島で起きた現象を説明はできる。
拓は間違いなく被弾し倒れた。背中からも血が吹き出しているのも見えた。村田は胸に当たったと思ったが、それが胸ではなく肩で致命傷ではなかったとしても、医者の治療が受けられなければ、死ななかったとしても動く事はできないはずだ。現に、拓は左半身が少し不自由のようだ。
しかし、仮にユージ=クロベがこの島にいたのなら、それも理屈では解決できる。東京で活動していたモノは途中からダミーで、本人は何か特別なもの……極端な話ステルス機から単独降下してきたとか特別なヘリなど使ってやってきていた。捜査は必ずしもユージ=クロベでなければいけないことはないが(実際はあんな強引な捜査はユージ以外の誰にもできないが)、<死神>や狂人鬼を、子蝿を払うかのように蹴散らしたり、虎や羆など、常人では対応しようがない猛獣をあっさり排除したり、重傷を負った拓をロクな治療施設がない場所で治療し、回復させる事ができるのは裏世界の最強の死神で世界屈指の元闇医者、現救命外科医のユージしかいない。
もっとも……今、拓から答えをもらってスッキリできるわけではない。ユージ=クロベ捜査官が島にいるのなら、涼救出作戦は拓とサクラではなく拓とユージという組み合わせが自然だし成功率も違う。あの急襲は村田たちにとって完全に不意だった。ユージがいれば村田を逮捕もしくは殺害することは十分可能だったはずで、あの時ゲームを終幕させることもできた。あの時はおらず、被弾した直後に居たというのは計算が合わない。しかし、そういう矛盾は限が無い。もうこの島にいないというのが事実ならそれだけで納得するべきだろう。
(ま……悩むだろうな。まさかテレポートで行き来しているなんて、現実的理系頭脳派の人間には想像もできないだろうな)
頭脳に自信がある人間こそ、この無茶苦茶な理屈に辿り着くことはない。ちなみにサクラはどちらかといえば文系頭脳派ではるかに想像力は豊かだ。何より本人が異常能力者だ。
「じゃあ、今度は俺だ。まだゲームは続くのか? それとももう終わりか? ファイナル・ゲームはもうなしか」
「言っていませんでしたか? <天使>の人間が死亡、またはこの島からいなくなれば、ゲームは終了です。ですから先の事件はゲーム違反ではありません。そしてサクラ君は復帰し、貴方は生きている。ゲームは続行です。ご心配なく、ちゃんと今日午前11時にはファイナル・ゲームを行いますよ」
「もう賭けゲームの配信は終わった。これが生物兵器密売オークションなのも知っている。そのデーターは十分なはずだ。ゲームを続ける意味はないのに」
「質問は一つずつです」
「今のは質問じゃない。俺の感想だ。ついでに<天使>がいなくなったらゲーム終了は聞いていない。お前の放送は常に誰かが録画か録音している。それは今初めて聞いた」
「そうでしたか。これは僕のミスですね。では今伝えました」
「ペナルティー1。お前の質問一回パス」
「手厳しいな。いいでしょう。で、何が聞きたいんですか? 話を聞く限り、捜査官は事件をほとんど把握しているようだけど、まだ聞きたいことが? 前もって断っておきますがファイナル・ゲームの内容だけはゲーム運営上明かせませんので悪しからず」
「それ以外は答えるんだな」
「イエスかノーなら」
「じゃあ地下7Fの無線爆弾を俺たちが阻止する方法はあるか」
拓たちにとって、今一番の脅威はあの爆弾だ。多分、ファイナル・ゲームに絡んでくるだろう。拓の問いは的を射ていた。村田は少し目線をそらし即答しなかった。答えを拒否すればファイナル・ゲームの一つだと証明してしまう。
「…………」
「沈黙が答えでいいか?」
「……専門家ではないので確約はできませんが、イエスです」
……あの爆弾が厄介だな……こいつらはあれを盾にできるし、自爆することもできるか……村田の消極的な答えはそれを証明した。
「では、今度はこちらでいいですね? 簡潔に。捜査官たちは後どれだけ武装を持っています? 今、貴方はM4カービンを持っていますが僕から奪ったHK G36Cがあったはずです」
「俺はサクラや皆と合流していない。だから上がどれだけ持っているかは知らない。お前の言うとおり、HK G36Cは隠している。他にもな。全部あわせれば300発は超えるだろうな。拳銃弾もいれれば後50発くらいは増えるかもしれない。これは俺が知っているだけでサクラや飛鳥は勘定に入っていない。これ以上は答えようがないけど?」
300発前後というのは、30分ならフル装備3人、1時間ならフル装備2人分くらいの量だ。
「十分です」
満足気に頷く村田。この問いの意味が、拓には分からない。今更武装の量に意味があるのか?
その時だ。
カツン……。
どこからか分からない。微かな音が入口のほうからした。村田が振り向く。だがそこには何もない。必死に目を凝らすが、やはり何かあるわけではない。しかし気のせいだと片付けるほど村田は甘くない。これまで弛緩していた空気が一気に緊張する。拓は腕時計を一瞥し、ギリギリまで吸っていた煙草を目の前の強化プラスチックガラスに押し当て捨てた。
「じゃあ、こっちからの質問いいかな、村田」
「質問? 何で……」
拓の問いかけは、正に村田を掻き乱す最高のタイミングだった。村田の返事が終わるより早くかぶせるように、村田にとって最大の衝撃点を衝いた。
「お前は何人目だ? シノハラアキラ……いや、紫条彰」
「!?」
その言葉を聞いた村田は、驚愕した。いや、豹変したといってもいいかもしれない。目が最大まで見開き、顔が引きつっている。拓は構わず言葉を続けた。
「兄弟姉妹を売って、お前は嬉しいのか?」
「……何……だとっ」
「お前自身、駒だと言った。そりゃお前の身は安全だよな、大切な商品なのだから。紫条このみさん……お前の母は今どうしているのかな」
「煩い!!」
村田はこれまでの冷静なサタンの表情を忘れ大声で叫ぶと、下げていた銃を持ち上げ、拓の前で何度も引き金を引く。拓の前のガラスに弾着による無数の白い亀裂の花が咲いていくが、手に持っているワルサーP99の9ミリ弾では貫通することはない。拓は動じることなく、さらに村田の傷口を抉っていく。
「愛情も何もない、作られた人間。哀しいだけだな。お前に道徳や人の尊厳が分からないのは仕方がない。俺はお前を哀れに思える」
「煩いっ!! そんな言葉聞きたくない!!」
村田は夢中で引き金を引く。すぐに全弾撃ちつくした。村田はワルサーを捨て、ズボンに押し込んでいたS&W M66を抜き、拓に向けた。口径は357マグナム、そしてすでに10発以上の9ミリでプラスックガラス壁はボロボロになっている。拓は今度の射撃は避けた。
一発が避けきれず、貫通した弾が拓の左腹に当たったが、幸い威力は弱く、今は防弾チョッキも着ている。拓は少し身を捩じらせたがそれだけだ。6発を凌げばそれで済む。
「くそっ!」
村田は撃ち尽くした銃をガラスにぶつけ、拓から逃れるように反対側に走った。
平和会談は終わりだ。
拓は、村田がボロボロにした箇所めがけてM4カービンの銃口を向け、フルオートで弾を叩き込む。村田を狙ったのではなく壁の破壊が目的だ。それによって、人の頭大の穴ができた。
「そんな穴で狙えるとでも!?」
「十分だ」
拓の目的は村田を狙撃することではない。拓は背負っているバッグの中から、何かを村田のいる区画に投げ込んだ。それはすぐに発動した。ボンッと小さな爆発と共に白いガスが広がる。発煙催涙ガス弾だ。拓はすぐに檻のほうに逃げる。催涙ガスは、瞬く間に村田のいる区画に広がる。
村田は必死にガスから逃げようと走るが、逃げ場などない。換気装置を制御するのは拓側の奥にある電磁波調整室、もしくは各区画別にある非常用装置だ。村田はシャツを口元に当て彷徨うが、催涙ガスはまだ噴出している。村田にはもう銃がない。
村田は必死に口元を覆うが、催涙ガスの影響によって激しい頭痛と涙、脱力感が起きていた。ここは完全に密閉されているようなもので、ガスの逃げ場はない。拓が空けた穴など換気効果にもならない。
村田は這いながら、檻を伝って反対側に向かう。非常ボタンか……もしくは換気装置のボタンか……何かはあったはずだ。
その村田の願いが通じたのか……入口側の壁が開いた。思わず反射的に村田はその隙間から逃げ出す……その瞬間、見えないナニカの襲撃が顔面を捕え、村田は地面に倒れた。
「っ!?」
鼻から流れる血を拭いながら焦点が定まらないままも周囲を見渡した。強化プラスックガラスの壁はゆっくりと開いていくが、そこには何も見つけられない。
……焦って壁にぶつかったのか!? ガスの影響か……!?
とにかくもこの場から逃げようと起き上がった瞬間、さらに強烈な打撃が背中を襲った。今度は間違いない、攻撃だ。そして、右腕が何者かに掴み上げられる。目を凝らしてもそこには誰もいない。腕だけが引っ張られているのだ。
「無駄無駄」
「……!?」
吊り上げられた右腕の先の空間から声がした。しかしそこにあるのは催涙ガスが流れていくだけだ。いや、違った。よく見れば、ガスはナニカを避け流れている。そう、そこには誰か居る。涙と激痛が襲い意識も鈍る中、必死に目を凝らすと……何もなかった空間に、うっすらサクラの姿が浮かび上がる。
「眠れ」
蜃気楼のようにサクラの姿を見た……と思った瞬間、サクラの拳が迫り、村田の視界を覆った。そして、村田は声を上げる間もなく、あっという間に意識を失い、倒れた。サクラの一撃が、村田の脳に直接ショックを与え脳震盪が起こし意識を奪ったのだ。
「サタン、ゲット!」
サクラはバッグの中から手錠を取り出し、倒れ意識のない村田を後ろ手で拘束した。
防御壁を開放したのは、<非認識化>の能力を使用し姿が見えないようにしていたサクラだった。
一分後。区画を仕切っていた壁は元に戻り、全ての壁が元に戻っていった。そして、村田のいた区画に溜まっていた催涙ガスは急に生き返ったように、空いた空間に我先にと四散していく。
「煙い」
サクラは閉じていた目を開ける。催涙ガスが拡散する間ずっと目と口を閉じていた。サクラは一分や二分……それどころか一時間息をしなくても大丈夫だし、眼を閉じていても、感覚で、目で見るのと変わらない。それでも、肌はピリピリと痛い。
サクラはバッグの中からタオルを取り出し肌についた催涙ガスを拭いながら拓のほうに向かって歩いていく。拓は拓で檻の奥に待避してハンカチを口に当て、できるだけ吸わないように避難していた。
「しかし、開閉まで随分時間がかかったな」
サクラは7時9分頃には到着していた。視えないように<非認識化>をフルパワーで使い、足音が起きないよう空を飛んできたのだ。<非認識化>は姿を消す能力ではなく存在を消す能力だ。しかしこれは第三者には効果があっても、身内には全く効果がない。拓は会話途中からサクラの姿がちゃんと見えていた。雑談や確認のような質問をしたのは時間稼ぎのためだ。
「いくらサクラちゃんだって、知らない機械をこっそり操作するのは簡単じゃないやい。っていうか、ホント生きてるのか拓ちん。奇跡だ!!」
サクラは相変わらず危機感も緊張感もない、いつものサクラだ。
「おかげで一応生きているよ」
拓も檻の奥から出てくる。見る限り拓は元気そうで血色もいい。ほんの6時間前、銃で撃たれて瀕死だった人間には見えない。
拓は構えていた自動小銃のマガジンを新しいものに交換し、銃を背負った。
サクラは村田の前にいる。村田は完全に気絶している。
「化け物だねぇ……どっちも」
サクラは呆れ顔でヤレヤレと呟く。
どっちも……というのは普通レベルに回復した拓と、回復させたユージのことだ。感嘆の比率は3対7くらいで、圧倒的にユージについてだ。
「お前も人のこといえるか。どうやってこんな短時間で戻った?」
「秘密。知らないほうが幸せだ」
最初の日。確かこの島にフェリーで来たとき、片道4時間ちょっとかかった。サクラは約4時間半で戻ってきた。しかも知る限り米軍に保護された状態から逃げ出してきたのだから、サクラのほうがよほど無茶だ、と拓は思った。
「そのデカい357マグも、あのふざけた大爆発も全部秘密か」
「ま、知らないほうが身のためだネ」
「分かった、聞かない」
米国ならともかく、日本でこれだけの武器を手に入れて帰ってきたのだ。間違いなく犯罪なのは明確だ。聞いてしまえば拓が責任に問われかねない。知らぬが仏、それは拓もよく分かっている。
「ま、いいじゃん。村田の馬鹿連れて戻れば、後は今日の正午までのんびりすりゃいいサ」
村田は「ファイナル・ゲームの用意がある」と言ったが、「ファイナル・ゲームは用意済み」とは言わなかった。そして地下の爆発物が関係しているところまで分かっている。ならば一先ず紫条家敷地や地下エリアから逃れ安全なエリアを探しゲームが終わるまでのんびりしていればいい。
……残り時間も少ない。サタンである村田を押さえた以上、このゲームは終わり……。
二人がそう考えたのも当然だった。運よく、まだ<死神>たちはこの地下での騒ぎには気が付いていないようだ。この地下6Fは天井も高く天井が分厚いのも今回は拓たちに幸いした。
拓は時計を確認した。7時17分。拓はサクラを促した。村田はパワー手袋をつけているサクラに連れて行ってもらえるしかない。
その時、ダースベーダーのテーマと、黒電話のテーマが同時に流れた。どちらもユージからのメールの合図だ。ダースペイダーのテーマはサクラ、黒電話が拓だ。
「やれやれ。ユージかぁ~」
「二人同時にメールって事は、何かあったのか?」
ユージ苦手のサクラは携帯を開かず、拓が携帯を開いた。どうせ捜査の報告だと拓は思った。今更重要な内容があるとは思えなかったし、重要ならば直接電話をかけてくるだろう……と、最初は思っていた。しかし、すぐにそうではない事が分かった。タイトルは<口外禁止>と、日本語で書かれてある。英語ではなく日本語でメールを送るときは、よほど重要なメールのときで、細かいニュアンスまでしっかり理解させたいときに使う。
二人同時なら内容は同じだろう。拓だけがメールを確認した。
「…………」
メールを見た瞬間、拓は凍りつく。よほど悪い内容のメールだったのか、10秒以上瞬きせず、その後舌打ちし眼を閉じた。
これまで、これほど拓が落胆した姿を見たことが無い。サクラは不安を感じ、メールを開いた。そして、拓同様、その内容を見た瞬間、サクラの思考も停止した。
『エダが運営側に拉致される』
「…………」
メールはその後も続いている。エダの潜入は運営側のボス、ゲイリー=カミングスを釣るためであり、ユージたちは全力でそのバックアップと作戦を実行する。これは作戦で、二人は動揺せず、しかしこちらの作戦に同調するように。それだけが書かれていた。
電話でなくメールで、かつ必要最低限の内容を日本語で送ってくる事からしてこの作戦案はユージが出したものでない。ユージも大いに不満で怒っているが、それでも承諾したということだ。それだけ本土の捜査も本気だということだ。
エダは拓やサクラにとっても特別だ。特にサクラにとっては家族で、ユージほどではないが、サクラにとっての逆鱗でもある。そして不幸な事に、二人とも今後の島の展開が予想できた。エダが人質として潜入している間は、島側は運営側の要求に従わざるを得ない。
「……ゴール寸前で、オウンゴールで振り出しに戻る……」
サクラは苦々しく溜息をついた。双六で、やっとゴール二つ目前まで来たのに1を出してふりだしに戻ってしまった……そんな気分であり、事実そうとしか表現しようのない状況だ。
聡明な二人は、もう分かっている。
村田はどうせ解放する羽目になり、ファイナル・ゲームは行われるだろう。さらに二人は行動の制約も課せられるかもしれない。そして、今後はユージの助けもJOLJUの助けも当てにできない。ユージが作戦案を認めたということは、エダの安全は完全に守られる保障がついたということだ。そんな完全な保障ができるのはJOLJUしかいない。おそらくエダには<非認識化>ではなく、完璧に姿を消したJOLJUが付くだろう。事、エダに関して言えば周りの要請がなくてもJOLJUは自分の判断でエダのボディーガードを引き受ける。このくらいの絶対条件がなければユージが諾というはずがない。
「この紫ノ上島沖30キロのフェリーでの作戦となると……ヘリを使ったとしても最低三時間。ファイナル・ゲーム発動はどうやっても防げないな。それでも村田をこっちで押さえられたのは幸運か」
「1分差くらいだけどね」
村田が捕まったことはすぐに<死神>たちも気づくだろう。運営側は必ず拓かサクラに接触し、村田の釈放を求める。二人にそれを応じさせるために、エダは運営側の中心部に呼ばれ、人質となっている証明を出すだろう。それがユージの作戦案であることは明記されていなくても分かる。
「このことは皆には秘密だ。飛鳥にも……」
拓はそういうと、後ろの電磁波制御室を見た。
「一旦、皆と合流しよう。俺が生きていることを運営側にも知らせなきゃいけないし」
「村田はどうすんの?」
ぐいっ……とサクラはパワー手袋をつけた左手で村田を引っ張る。ここに放置していくわけにもいかないが、エダの事がある以上、上に連れて行くことも出来ない。エダはサクラと拓にとっては急所だが、上にいる皆にとってはただの米国人の少女、自分たち全員の命より価値が重いと知ればサクラや拓たちを信頼しなくなる。
「お前に任せる。S・エリアのどこかで監禁しといてくれ。俺は上に上がってみんなのもとに戻るよ」
「それで?」
……あたしは何をする? と、続きは目で拓に尋ねた。サクラが戻ってきたことは運営側も分かっているだろう。隠密行動をするなら拓よりサクラのほうが向いている。
拓はバッグの中から、地下7Fから回収した爆弾と解体法メモを手渡した。
「こいつを無効化する方法探ってくれ。村田はなんとかできないことはないと言っていた。俺でも一つ、簡単に外せた。カスタム品でなく市販品のようだ」
受け取ったサクラはマジマジとその爆弾を見つめる。サクラは爆弾には詳しくないが、C4爆弾と通信型信管がついているのは分かった。物理的な解体は拓がやったように、順序を間違えずコードを切り、そして信管を抜く……それで起爆しない。もっとも、拓が諦めたように全て同じように解体するというのは非現実的だ。全て見えるところに設置してあるとは限らず、一つでも見逃せば意味がない。一つの爆発でガソリンに誘爆してしまえば結果は同じだ。
「分かった。村田をどっかに監禁してからなんか考える」
「JOLJUは使えないぞ。あっちで使っているだろうから」
「分かってる。飛鳥をここに寄越しといて。あいつなら誤爆しても死なん」
なんだかんだとサクラのパートナーは飛鳥しかいない。それに、飛鳥はサクラと一緒にいるほうが都合はよかった。飛鳥だけはエダの存在を知っている。拓一人ならば、動揺を隠しつつ運営側と交渉できるが、裏事情を知らない飛鳥が動揺しては混乱する。
拓は頷くと、口頭で簡単に自分が捜索した地下6Fと地下7Fの情報を伝え、上に上がるエレベーターに向かって歩いていった。
「人の命は平等……されど人の価値は別モノ、か」
昔、ユージかJOLJUかがそんなことを口にしていたのを思い出し、サクラは呟くと同時に倒れている村田を見て、それから檻にへばりついた禍々しい血痕に目をやった。
この村田の命も、命としての価値は特別だ。死ねば今回の事件最大の問題である強毒性変異狂犬病Ⅱ型は制御できず世界は大混乱に陥り、戦争にも発展する可能性がある。敵でありながら、何億という命の鍵である。その前には、ここでゲームのため食い殺された人間の人権はどうしても霞んでしまう。サクラが目を凝らすと、猛獣たちに生きたまま生贄にされた人々の断末魔の光景と声が視える。
……神がいる、と信じている人間にとって、ここは地獄だ……。
無神論者であり、リアル・神様を知っているサクラは、世の中の不条理さと残酷さを痛感せざるを得なかった。
2
日本上空 午前7時35分
米国軍専用ジェット機が、最高速度で太平洋に向かっていた。沖縄本島から約70キロの海上地点目指して秘密裏に空母が動いている。それと合流するためだ。
ジェット機は中型のもので、基本は有事の際、将官の移動用に使われる。中には通信施設や作戦室が設備されている。
その作戦室に、<これが仏頂面の見本>と札をつけておくのが最適……と誰もが思う見事な仏頂面のユージ=クロベ捜査官が、テレビ会議のモニター前に座っていた。
テレビ会議の内容はすでに伝えられていて、事後承諾の場だ。ホワイトハウスにアレックスと米国大統領首席補佐官アドリー=ランバートと大統領。移動中のFBI・NY支局長コール、国防総省長官グレイム=ラートンが並んでいる。米国の最高権限者の集合だ。
司会進行役は首席補佐官のランバートだ。
「作戦名<プリンセス>の発動の確認だ。これは非合法的なやり方で合衆国憲法に反している事を十分承知の上、大統領の責任によって作戦を実行許可する。そのためにはまず、ミスター・クロベ捜査官。君の承認が必要だ。<プリンセス>潜入作戦について、大統領の前で承認を問いたい」
「…………了承です」
ユージは、たっぷり沈黙してから不満一杯に同意を示した。
正直、アレックスとコールはこのギリギリになってユージが合衆国憲法を持ち出し、作戦を廃案にするかもしれない、という不安を少しだけは持っていた。
……本当に、よくクロベが了承したものだ……と、ユージを知るアレックスとコールは内心驚いていた。どうJOLJUが説得したのか分からないが、かなり困難だったことをアレックスだけは知っている。数分前JOLJU本人から「オイラ何も悪くないのにぃ~ もうこんなことヤだJO~」という泣き言の苦情電話を受けた。怒るでなく叱るのでもなく泣き言というあたり、相当ユージの不機嫌は凄まじいものだったのだろう。その時、アレックスは心の底から自分が説得役でなくてよかったと無責任に思ったりした。
これはのんびりとした会議ではない。ランバートは事務的に進行させていく。
「早速作戦内容の確認だが、<プリンセス>を羽山とかいう日本人の人質として共に内部に潜入し、内部の情報を収集。カミングス他重要国際容疑者の確認と逮捕、そしてウイルスと抗ウイルスもしくはワクチンの確保。これが作戦目的だ。そのためには軍の特殊部隊の協力が絶対条件となる。ラートン長官、統合作戦本部との連携はできているのか?」
「<DEVGRU>1チーム、<CBIRF>(化学生物事態対処部隊)1チーム、鎮圧用に<SEALs>2小隊を空母に待機させている。彼らは臨時に統合作戦部が指揮することで本作戦用に独立した急襲部隊になるよう手配を済ませた」
「それが一時的にだが君たちが掌握することになる。スタントン支局長」
これだけでも強力な制圧力があり、準戦争行為にも等しい。これらは総指揮を執るコールの支配下に置かれる。
今度はコールが日本政府に対する説明をした。これだけの軍を動かす以上、当事国の日本政府を無視するわけにはいかない。すでに首相には大統領から非常事態作戦を決行する話がホットラインで告げられている。日本政府は、あくまで極秘にSAT2小隊が合流するため空母に向かっていることを告げた。海上保安庁のSSTではなく<SAT>なのは、海上保安庁に運営側の接触が確認されているため、念のため外した。もっとも、SATの参加は日本政府を事件解決に引き込むための政治工作と義理という側面が強い。
実際、内部に突入するのは選別されたFBI、CIA捜査官と、<DEVGRU>、<CBIRF>で、<SEALs>は船上の武力制圧班、<SAT>は制圧後の容疑者逮捕、確保要員だ。
作戦は大まかに、三段階である。
まず<プリンセス>や羽山たちを潜入。現場で内部の構造を把握、容疑者たちを確認した後、可能であれば第二段として秘密突入部隊がまず軽装装備で内部に潜入し<プリンセス>を擁護しつつカミングスに近づく。そしてカミングス確認、確保の後、制圧部隊として<SEALs>他を投入、船を制圧する。
「可能なかぎり逮捕を目的とし、武力による制圧は最終手段です。あとMI6から、非常に優秀な分析官が協力のため空母に向かっています。これが作戦の全てです」とコール。
「船に乗っていると思われる人間は約200人~300人。全てが手配されている容疑者ではない。逮捕と確保が最優先だが、容疑者もその中に紛れている。軍が来たとなれば抵抗や自暴自棄になり自爆する可能性はどうだ」とランバート。この問いにコールは「カミングスの確保を最優先させます。奴を確保できれば他の容疑者は後で何とでもできる。第二段の潜入部隊や現場トップにその判断を委ねる以外ない」と答えた。
「その現場の指揮官は?」
「潜入捜査の経験、事件への知識、日系人、戦闘力、そして<プリンセス>との関係、彼女との連携を考えてクロベ捜査官が適任です」
コールは事務的そう告げた。もっとも、これも事前に決まっていたことだ。
しかし物事には儀式的な手順が必要なのだ。
「ミスター・クロベ捜査官。君の活躍と貢献には敬意を表す。これは大統領も同じ意見だ。本来ならば、すでに連日徹夜で捜査活動をしている君を、このような重大な事件の現場指揮を任せることは有り得ない。何より、この作戦では君の家族、知人が多く関係している。その面から鑑みても、本来の規則であれば、法的には君に資格はない。しかし本作戦は秘密捜査活動だ。よって特別により君に現場指揮を任せたい。できるか、クロベ捜査官」
「できます」
今度は沈黙せず、ユージは即答した。これで儀式は終わった。
その時ランバートの後ろで控えていた大統領が前に出た。
「クロベ捜査官。君ならばこの困難な作戦を成功させられるだろう。全ての責任は合衆国政府が負う。君の活躍に期待している」
「はい、大統領」
「ミスター・クロベ捜査官。コール支局長。作戦の経緯は随時ホワイトハウスに頼む。政府間調整が必要な場合こちらで対応する。では、作戦成功を祈っている。以上だ」
ランバートは会議の終了をそう宣言するとホワイトハウス側のモニターは消え、コールとユージだけとなった。
コールは目尻に手を当て溜息をついた。
「小言は無限にあるぞクロベ。お前の態度やこれまでの事を色々言いたい。FBIの規則や規約をどれだけ違反しているか分かっているのか」
「5つくらいですかね」全く悪びれる様子のないユージ。
「規定まで入れれば20以上だ馬鹿者! ……しかし今は黙っておいてやる」
コールは本来規則や規律に煩いほうだが、分からず屋の石頭ではない。小言は全て事件が終わってから……と自分に言い聞かせ、データー・ファイルをユージ側に送信するよう指示を出した。すぐにさっきまでホワイトハウス側が映っていたモニターに、コールが立てた作戦が表示された。ユージが移動中に、すでにコールは事前に作戦を開始していた。
画面に現れたのは沖縄にあるビジネス・ホテルだった。ユージは見覚えがないが、ここはエダが部屋を取ったホテルだった。すぐ画面に<発砲事件発生。銃を持った男二人警察に確保>と表示される。
「これが5分前の事だ。日本は朝だな、クロベ。おそらく日本でもこの時間帯はニュースの時間だろう。これで<プリンセス>の拉致を偽装した。彼女は無事CIA職員が確保し、事情も説明している。そして彼女曰く<J>という者もコンタクトが取れ、そばに来ているという事だ」
エダは、穏やかで優しい美貌とその人格からは考えられない危機意識と危機対応能力が高い。これは本当の彼女をよく知っているごく一部に人間しかしらないが、それでも機密情報というわけではない。裏世界でユージの事を調べている人間はエダの能力も知っているかもしれない。その万が一を考えての工作だ。並の戦闘員の1チームくらいならば、エダは事前に危険を察知して逃げ出すか、立て篭もるなりして抵抗するだろう。すんなり確保されるという事は不自然だ。コールは、エダは突然の襲撃を撃退したが、島の人間を人質に取られて、仕方なく投降した……そういう筋書きにした。この案にはユージも異論はない。
「エダは無傷で、無事潜入させられるプランなんでしょうね」
「私を信じろ。そして……これはオフレコの提案だが……エダ嬢についてのことは、作戦遂行中は<プリンセス>、もしくは<P>と呼ぶ事にしよう。私情を入れないために。特に君と彼女の関係、君たちの情報を他人に知られないための提案だ。そして実戦に入るまでは私の管轄だ。できるかぎりお前は<プリンセス>と直接接触するな。彼女の動揺がお前に移るとまずい」
「…………」
この提案はユージにとってのことではない。コール自身の事だろう、とユージは悟った。ユージはエダを巻き込みたくないし危険に晒す事は不愉快だが、エダの能力の高さもよく知っている。周りが心配するほど、ユージ本人はもう状況を受け入れている。
コールは潜入捜査のプロで民間人を囮に使う事も初めてではないが、それでも相手がエダだという事は彼にとっても苦痛なのだろう。ユージはむしろ腹を括り気持ちの切り替えはできているが、<NYの鉄面番犬>と呼ばれ、部下と一切馴れ合いを見せないコール=スタントンも、エダには敵わないらしい。ユージはコールの気持ちを汲み、同意した。
コールは続いて、MI6の優秀なコンピューター操作のスペシャリストが加わるが、その能力を確認したところこの極東エリアでは全世界の工作員全ての中で優れていることをCIA、NSAが確約した。結果、彼に後方支援の責任者とする事。アレックスがユージに確認したいことがありしばらくしてから連絡するという事を伝えた。代わりにユージは拓たちがサタンを確保した事をコールに伝える。これも会議直前ユージの個人携帯にメールで知らされたことだ。
「ナカムラはどうして私に連絡をしてこないのだ! 重要な作戦案件ではないか」
サタンを確保したということは、抗ワクチン体を確保したということであり、情報次第では島を奪還してしまう案も立てられたかもしれない。
いや、それよりも現在情報管理者がバラバラであることが問題だ、とコールは言っているのだ。今でもユージを情報管理統括者として、全ての情報はユージに報告義務があり、島も本土の動きも東京の動きも全てユージが把握している。それは一面、間違いではない。この事件全体の最高捜査官は臨時にグレード6(最高レベル)の権限を与えられているユージにある。しかしそれはコールが介入するまでの話で、政治面の事件担当は同じグレード6のコールだ。事件と政治、別々であったが、コールが潜入捜査全体の総指揮に選ばれたのでこの関係がおかしくなった。もっともおかしくなったのは僅か数分前の大統領による決定であって、その点の責任でユージを責めているわけではない。怒鳴るのは彼の性分だ。
「お前が自分で潜入し暴れないというのなら構わんが、お前が現場指揮でいれば最新情報にタイムラグが生じる。どうする」
「完全な秘匿回線が確保できれば、拓とアレックスには伝えます。ただし俺の身内からの情報は俺の判断で貴方に報告する。これだけは納得してほしい」
「お前の身内は特殊だからな」そこはコールも妥協した。一応これで情報はコールに集中することになった。
「拓たちが言うには、島に大量のガソリン、そこに大量の通信爆弾が設置されているという事です。拓はそのうちの一つを解体したらしいので、おそらく軍用品でしょう。それが無力化できないと島にいる全員が爆死する危険があるので、その対応法がないかという事です。もう一点興味深い情報ですが、サタンは、一度は参加者の全滅を謀ったものの、拓とサクラが戻ったとわかったら依然最後のゲームにこだわっているという事でした。この間運営側には特別なことは起きていないはずです。エダ……<P>の件も議題に上がる前です。このあたり支局長のほうで捜査を進めてください」
「分かった、進めよう。それは政治的な理由がありそうだな」
「今となっては、どうせ<P>の件でサタンは開放せざるを得ないでしょう。そうしなければ<P>誘拐の真偽が疑われる。そして開放されたサタンは、ゲームを続行させるため拓たちに<P>が人質になったことによって強要してくる。それは拓も承知していました。島にとって<P>とフェリーは人質……逆に<P>にとっては島が人質です」
「爆弾を無力化するまでは……だな」
もしくは命令を出す間も与えずあっという間にカミングスを確保するか、だ。
「俺からのアドバイスは以上です、支局長」
コールは唾を飲んだ。しかし唾が出ないほど、緊張している。
……クロベは、よくこんな事件を、これまで一人でやってきた……と内心感心していた。予想はしていたが、この事件はこれまで経験した事件の中でもトップクラスの難事件で、ミスはもちろん僅かなタイムラグやタイミングロスでも失敗になりかねない。これが単に自分の経歴に傷が付く……ということならばそれほど問題ではない。だがこの作戦には多くの人命と平和が懸っている。
コールの顔色が険しくなるのを見て、ユージはほんの僅かだが彼の気持ちを和らげる秘匿情報を漏らした。
「オフレコですが……エダとサクラは心配いりません。最悪の事態にならない保険を打ちました。彼女たちが死ぬことはありません。多分拓も、本人が無茶をしなければ死にません。これは希望でも慰めでもなく事実です。他の人間全て死んでもその事は保障します」
コールは頷く。コールはこれをユージなりの気遣いだと受け取り満足した。もっとも、これは気休めでなく事実だ。まずエダは、ユージやサクラ同様、強い抗体所持者なので強毒性変異狂犬病の感染危険はない。エダの傍には、ユージと変わらずエダのことを大事で気にかけているJOLJUが付きっ切りで付いていて、エダにもいくつか特製の秘密道具を渡しているだろう。JOLJUには思惑や捜査のことは二の次で、何かあればエダもろともテレポートで逃げることが出来る。これだけのセキュリティーがあり安全に自信があるからこそユージは作戦を了解したのだ。ただしこれは最高機密で、知っている、もしくは察しられるのは、クロベ・ファミリーに属する者を除けばアレックスと大統領だけだ。
「じゃあ、作戦に戻ります」
ユージは答え、通信を切った。
空母まで約1時間。今、同じ機に羽山他生き残った敵のボディーガードが乗り、作戦協力の確認と作戦の説明を他のFBI捜査官が行っている。作戦はすでにコールが指揮している。
ユージは上着を脱ぎ、椅子に深く腰掛けた。僅かでも眠る……これも必要な仕事だ。徹夜で活動することは慣れているし体力も精神も正常だが、それでもほぼ不眠不休だったことは変わらない。
紫ノ上島 <新・煉獄> 午前7時50分
生存者たちの活気は、拓が戻ったことで大いに盛り上がった。
「よくもまぁ……皆生きていたものだ」
改めて破壊された住宅地や<新・煉獄>の周囲を見回し、拓は苦笑した。そして生き残っていた仲間たちと挨拶を交わした。
戻ったのは拓だけで、サクラは依然地下エリアにいて、今頃どこかの一室に村田を閉じ込めているはずだ。場所をあえて聞かずサクラに任せたのは、時間を稼ぐための作戦だ。エダの件を知った以上、遅かれ早かれ何かしらコンタクトがあり、村田を釈放することになる。サクラと別行動ということで拓は知らないとなれば交渉時間ができる。
「岩崎さんたちは残念だ。もっと早く俺が戻っていればと思う」
「仕方ないよ、捜査官」と片山。
「サクラちゃんがなんとかしてくれたし」と宮村。
「大丈夫ですか? 拓さん。もう動いても?」と涼がそっと拓の左肩に触れた。この中で涼だけが拓の被弾したときの状況や状態を知っている。拓は素直に肩を撃たれたが臓器や骨の損傷なく弾は貫通して動ける事を説明した。それを聞いた田村は驚いて拓に簡単な検診をしたが、微熱はあるが傷口はしっかり保護され、薬の投与も完璧だった。田村はむしろ拓が戻ったことより、拓に施された手当ての完璧さのほうに驚いた。拓本人が言うように、半日くらいならば活動に支障はないだろう。
一同の歓迎が収まるのを待って、紫条家地下のガソリンと爆弾について説明し、地下ではその解除のためサクラが活動している事を告げた。再び不安と恐怖が彼らの中に広がるが、今回は拓がいる。大きな動揺は起きなかった。
「もう紫条家には近づけないわね」ヤレヤレと宮村は溜息をつく。そんな態度なのはこの島に長い最初の参加者たちで、他の生存者たちは言葉を失った。
「誰かこの中に電波や電子機器関係に詳しい人はいないかな?」
テレビ関係者はまだ数人いる。しかし彼らは沈黙した。さすがに爆弾に関する電磁知識はない。それに、それに加わるということは、最前線に行くということであり、下手をすれば爆弾の誤作動で死ぬ危険が高い。拓もその心情は分かる。
拓は片山と宮村を見た。この二人には知識がある。
「確かに少しは知識があるよ。専門ではある」と片山は答えた。宮村も「私の場合は雑学だけど……」と答える。しかし二人の返事はネガティブな雰囲気があった。二人の場合は恐怖ではない。そこまでの専門知識を誇れるだけの自信がないからだ。宮村の雑学はクイズ王になるだけあって多方面にずば抜けているが、どれも耳知識だ。片山の場合、無線免許も持っているし盗聴捜査などやったことはあるが、探偵業は彼一人で行っているのではなく、スタッフを持っている。片山は彼らのボスであって専門家ではない。生半可な知識を自慢できる相手ではないことを聡明な二人は知っている。サクラも爆弾の知識は専門家とは呼べない。それは、住宅地を1/3もふっ飛ばした跡を見れば分かる。
結局、場慣れしていて死ぬ事はない飛鳥しかいない事が分かった。だがこの拓の帰還歓迎の輪の中に飛鳥の姿は見えない。飛鳥がやられるはずがなく、その事を尋ねると涼と宮村が顔を見合わせる。
「飛鳥ちゃん……多分島のどこかでビデオを撮っているかと」
「は?」
拓は飛鳥の暴挙を知らない。
「あ! 拓さんは知らないですよね! 私はさっき飛鳥さんから聞いたけど……」
そこで初めて拓は飛鳥のネットへの島の情報公開を知った。
皆の証言曰く……「ウチは特ダネ映像色々撮って大儲け……もとい! サタンたちにストレス与えるため行ってくるで!!」と高々と宣言して止める間もなく出て行ったそうだ。
……何かしでかしているのは聞いていたけど、そんな事を……。
さすがの拓もすぐに言葉が出なかった。いい面と悪い面両方で。
飛鳥はじっとしていられる人間ではない。とりあえず脅威が去ったと判断して出て行ったのだろう。確かに今危機は去った。村田は逮捕され、<死神>たちは指示を受けられない。狂人鬼や狂犬は減り、当面行動はない。それを雰囲気で察知し行動する嗅覚は感心したものだ。そして飛鳥も村田たちにとって懸念のネタになっているのならばそれも手札として使える。
「誰か飛鳥をとっ捕まえて、サクラと合流させてくれ。俺はここに残るから」
「でもサクラちゃんがどこにいるか分からない……」と涼。すると拓は懐中から手帳を取りだしサクラの携帯電話番号を書き、そのページを見せた。サクラがクロベ家非常用電話を持ってきていること、それを飛鳥と交換したことはサクラから聞いた。
「じゃあ」
そのメモを受け取った宮村がSMGを手に取った。自分が行く、という言葉にはなかったが、言葉にする必要はなかった。この島の大人たちには飛鳥もサクラも御しえることはできない。これまで一緒に行動してきたことがある人間でなければ無理だ。
拓はSMGを手に取り、それを涼に渡した。
「え?」
「宮村さんだけじゃ危ない。二人一組、それが基本だ。涼ちゃんがついていって」
「うん。私はいいけど」と宮村はさっぱりと答える。涼は少し戸惑った。自分にはサクラのような戦闘力もなく飛鳥のような行動力も宮村のような覚悟や雑学はない。
拓は、涼の無言の不安と戸惑いを察し、頷いた。
「涼ちゃんはバランサー。皆の静止役だ。サクラや飛鳥はもちろん、宮村さんも。あんまり無謀なことをしないように見張ってくれ」
「わ、分かりました!」
「…………」
その言葉に宮村は面白くなさそうな顔をしたが、一人でいくのはやはり不安があり、素直に拓の指示を受け入れた。
二人が紫条家東館に向かって歩いていく。
拓はそれを見送ってから、残った仲間たちのほうに振り返った。
「いいのかい、捜査官。女の子たちばかりで」と片山。
反対しているわけではない。謀らずも少し前、最大の危機を迎えたとき片山自身が選んだ未成年組の主力にサクラに加わった形になる。彼女たちだけのほうが生存率は高いかもしれない。他の大人たちが口出ししなかったのも、先の片山の案を聞いていたからだ。
もっとも、拓の思惑は若干片山とは違う。もっとちゃんとした理由があった。
「皆聞いてください。俺は皆が知らないところでサタンと接触し、重要な情報を得ました」
「いつですの」と田村。
「ついさっきです。あいにく村田はどうにかできませんでしたが、奴は言いました。俺とサクラの二人が死ぬか島から居なくなったときこのゲームは終了、その時点でこの島の人間は全て抹殺されます。これははじめからのルールだったそうです」
「そんな話あっていいのか!? 俺たち何だと思ってンだよ!」
言ったのは佐々木だった。後発の生存組は拓のことはあまり知らない。
先発の参加者組たちは顔を見合わせる。そういう事ならば先の猛獣たちの攻撃も納得できるがゲーム終了まで後4時間という時にそんな新ルールを聞くとは思わなかった。
「言い忘れた、と村田本人は言っていたけど、まぁ嘘でしょう。運営側も俺とサクラが二人共いなくなる想定はなかったと思いますよ。でも重要なのはそこじゃない」
「この期に及んでも、村田はゲームに拘っている」
「不思議ね。捜査官やサクラちゃんがいない時間は随分あったわ。その間にどうして村田はそうしなかったか……って事ね」
拓の負傷と死亡偽装。そしてサクラが救出され島から消えた。その間約4時間程あった。飛鳥が代わりに色々行動を起こし、ゲームは継続されたが、今言ったルールが実際にあるのなら、とっくに皆殺しにできたはずだ。飛鳥の妨害などそれで阻止できた。
それをしなかった理由は二つ。本土での捜査の進展と、ゲームを終わらせたくないという事だ。あれから捜査は進み羽山は追い詰められ、米国政府の方針も変わった。その直後猛獣の襲撃だ。関連性があるだろう。
「だから、私たちの勢力を二分した、という事かな。ナカムラさん」と島。島はこの中では最年長になる。拓は肯定した。
サクラ、飛鳥だけでは勢力とはいえない。少なくともサクラ(飛鳥は半分天使役)だけでは生存者と認定しないかもしれない。しかし最低限4人ならば生存者アリ、と判断できるだろう。涼と宮村はサクラ&飛鳥に慣れているし、二人の能力や性格も把握している。何よりサクラがこの二人をどうやら<仲間>として認定したようだ。サクラは<仲間>にだけは態度が柔らかく面倒見もいいし、責任感も持つ。これは戦略的な意味があると同時に、サクラと飛鳥を暴走させないためでもある。
「不甲斐ないのは大人ばかり、という事ですな、捜査官」
片山は苦笑した。この状態を俯瞰で見た場合、少女たちが一軍で、大人たちは足手まといの二軍……そう見える。知力、能力、経験を積み知性的な片山が、そう判断するのだ。ここまで不甲斐ないと苦笑するしかない。事実、自己防衛する以外、ここに残された大人たちの仕事はないのだから。
「今しばらくは何も起きません。ゲーム運営側が何かするとしたら本土で何かあるか、サクラたちが何かしでかした後でしょう」
その間に、バリケードを再構築する事。残り4時間だが、それを期待せず、交代で休む事、交代で見張りを立てること。それらを拓は提案し、その配分は片山と島に頼むと、自分はHK G36Cとサクラが残していったソウド・オフのショットガン、ガバメントの予備マガジンを掴んだ。
「ちょっと仕事してきます。大丈夫、近くをウロウロしていますから何かあればすぐに戻ります」
「仕事? 何かあるの? 今捜査官の体は重体よ」と田村。
「もう十分休みました。これ以上休むと、麻酔の影響で眠りそうだし」と拓は苦笑しながらバリケードの外に出た。
「俺しかできない仕事です」
そういうと拓はHK G36Cを背負い、ガバメントを手にして住宅地に向かっていった。
拓の仕事とは、狂人鬼を始末することだ。
サクラが吹っ飛ばしたのは主に猛獣たちで、狂人鬼は残っている。もっとも狂人鬼たちも爆発でダメージを負ったり、猛獣に食われたりして生存しているのは50人を切っているだろう。彼らにトドメを刺す……それは拓にしかできない。狂人鬼化していると言っても、彼らは正しくは病人であって死者が甦ったわけではない。正当防衛ならともかく、意図的に殺すという行為は普通の人間の理性は耐えられないし、法律的にも問題がある。
それは拓も同じだ。良心が痛まないわけではない。しかし村田が狂人鬼を命令できる可能性、現状治癒不可能、そして島の安全。それらの要素を冷静に判断すると、拓が出した結論は、彼らを楽に死なせる事だけだった。他の人間が殺せば問題になるが、幸い拓は米国人で今後FBIや米国政府が事後処理をするのならば、拓ならば問題を打ち消すことができる。
……嫌な仕事だ……。
もう何度目になるか分からない溜息をついた。すでに陽が上がってきたので、基本狂犬病末期症状に冒されている狂人鬼は行動が鈍る。今の拓でも、十分だった。
拓が住宅地に消え、すぐに奇声と銃声が聞こえた。それで生き残った人間たちは、拓の仕事を理解した。やるせない感情や良心の痛みを全員が覚えたが、拓の行為を責める人間はいなかった。
3
東京 帝王ホテル 午前7時32分 時間は若干遡る……。
予定では、午前9時頃までは仮眠できるはずだった。
ユージと別れたセシルはホテルの自室に戻り、シャワーを浴び、ベッドに横になっていた。エダの潜入作戦は聞いている。セシルもクロベ・ファミリーの一人、エダ投入が最後の切札だと知っている。もうセシルの役目はない。本来の仕事……音楽家でありCIA最高機密特別の極秘スパイの自分に戻らなくてはいけない。今日午前10時から東京音大でコンサートのリハーサルがある。セシルも不休で疲れも溜まっていた。ベッドに入った瞬間、すぐに深い眠りに落ちた。
だが、その眠りもすぐに妨害を受けた。電話のコール音で。
セシルの本業がスパイでなければ、携帯電話のコール音くらいならば気づかなかっただろう。だが彼女はスパイで、すぐに睡眠の海底から浮上し、覚醒した。そして目覚めたときにはもう意識ははっきりしている。
携帯電話の液晶に表示されていたのは、警視庁捜査一課だった。
慈星病院の件はFBIと公安が片付け、外には洩れていないはずだ。
警視庁捜査一課には、知人が一人だけいる。立花警部補だ。彼は飛鳥の知り合いで、一面識ある。ただし彼はセシルの正体を知らない。
セシルは英語で電話に出た。セシルは基本、片言日本語という設定だ。
相手は立花ではなく、警視庁捜査一課、小野寺という警部で、相手もナチュラルではないがちゃんとした英語だった。もちろん面識はない。
小野寺の話を聞いたセシルは、一瞬言葉を失い、すぐに復唱した。
「マーガレットを拘束!?」
「マーガレット=グレマーは君のマネージャーで間違いないですね。彼女の昨夜の行動はご存知ないですか? いやいや、あくまで確認です」
「はい。私はテレビの収録がありましたし、収録後はホテルに戻り寝ていました。でも、マーガレットがどうして拘束されたんですか?」
「拳銃を所持していました。詳しくは今取調べ中です」
「拳銃……ですか?」
セシルは本当に困惑していた。小野寺は当然の反応だと受け取り、セシルの無関係を確信したようだが、困惑の理由は違っている。マーガレットも正規のCIA局員で、拳銃は持っている。だが彼女はそんな簡単に警察に捕まるはずがない。グレード2の諜報員で、グレード3のセシルのサポート役だが、CIAでの勤務は彼女のほうが圧倒的に長い。
小野寺は、あくまでセシルに確認と報告が目的だったようで、それ以上セシルに質問はしなかったしマーガレットの事件の説明もしなかった。セシルは「よく分かりませんが、私に力になれることがあれば。ただ、今日はコンサートの練習があるのでその時間は対応できませんが」と戸惑いながら答え、電話を切った。
しばらく……。
セシルはこの事件の意味を考えた。
確か昨日の21時に、彼女には高遠 涼のバンド<Lies>の、メンバーたちの監視に就いた。それから連絡はなかった。もっともセシルのほうもとれる状況になかった。おそらくそこで何かあり、拳銃を使う必要があった……つまり何者かに襲われたか、事件発生を阻止したか……。
マーガレットならば乗り切れたはずだし、すぐに工作して容疑者になるような事態にはならない。大使館に連絡すればすぐだし、おそらく今日この後にその方法が取られ、彼女の件はなかったことになるだろう。テレビを点けてみた。エダの潜入工作のニュースは流れているがマーガレットの件はない。外事部か公安が押さえ込んでいるのだろう。
……だとすれば、これはメッセージかも……。
マーガレットのほうが諜報員として経歴は長い。セシルとユージの関係も、事件の事も、知っている。
これは不慮の事ではなく、彼女の判断だ。
その瞬間、セシルはそのマーガレットの行動の意味を知り愕然となった。これもあのサバイバル・デスゲームの関連だ。
セシルはすぐに携帯電話を取った。ユージに電話しようとしたが、止まった。ユージは今沖縄に向かっていて作戦遂行中だ。コールはセシルの正体を知らないしセシルもコールのことは知識としてしか知らない。セシル自ら教えるわけには行かない。
拓には電話しなければならない。これはサクラでは駄目だ。だが島にいる人間に対応できる案件ではない。
俯瞰で冷静な判断ができる人でなければいけない。そして捜査班側にもこの事を伝えなければならない。だが誰にすればいい……?
CIA関係者……いや、彼女の上官も駄目だ。今回、CIAはどちら側にも関わっている。情報漏えいの危険は冒せない。しかもこの内容は今後かなり重要になってくる。
そう考えたとき、幸いにも自分の正体を知り、本件に関わっているグレードの高い人物が、一人だけいる事に気が付いた。セシルはすぐに彼の携帯番号をプッシュした。
「すみません、ナンバー4。こちらナンバー24、緊急連絡です」
『驚いたな。お前が俺にかけてくるとは。……俺にかけてきたということは、CIAとしてではなく本件のほうでだな』
電話に出たのはセシルも所属するSAAのナンバー4……アレックスだ。
アレックスはホワイトハウスからFBI本部ビルの自室に戻ったばかりだった。ホワイトハウスでは大統領首席補佐官のランバートが指揮を執り、JOLJUもいない。詰める理由がなくなったからだ。そしてアレックスには別の調査の都合がでてきたからだ。
アレックスは周りを見渡し、他の捜査官がいないのを確認し、電話を続ける。
「これは私の推理ですが、おそらく的中していると思います」
そういうセシルはマーガレットの件、そして自分の推測を伝えた。それを聞いたアレックスの表情は変わった。セシルの推理は間違いない。アレックスはセシルに同意し、念のため異常事態が起き再出動があるかもしれない、と伝えた。
『それは俺が手を打つ。ナカムラ捜査官へは君が伝えてくれ、そのほうがいいだろう。後は基本こちらで手を打つ』
「了解しました」
報告を終えたセシルは電話を置き、クローゼットに向かった。この様子では、これで東京での作戦全てが終わったとは思えない。今東京にいるFBI、CIAは皆事務や広報といった外交官ばかりで実戦捜査能力を持つ人間は全てユージが引き連れて行っている。つまり、都内で戦闘力を持つ特別諜報員はセシルしかいないのだ。
紫ノ上島 地下2F 午前7時56分
「…………」
村田はゆっくり顔を上げた。時間はそう経っていないと思うが、視界は闇だ。地下室のどこかだろう。頭痛と筋肉疲労は強い。特に両手が痛む。村田は体を動かそうとしたがほとんど身動きができなかった。両手は手錠で繋がれ固定されていて脚も縛られている。ご丁寧に口もテープで封じられている。
(僕を殺さなかった…… 殺せたのに殺さなかった、という事は……)
拓との会話を思い出す。
村田が被検体であり、素性もすでに知られていた。ユージ=クロベがもしこの島に残っているのなら、今自分は一人ではなくユージに連行されているはず……本土の捜査の進行が早いようだ。ならば、この島にもうユージ=クロベ捜査官はいないというのは本当のようだ。
(……尋問がないということは、人質としての価値かな。ということは、まだ……)
……まだ、本当のファイナル・ゲームには気づいていない……。
まだゲームは終わっていない。その事を確信した村田は、無駄な事はせず眼を閉じた。どうせそのうち開放される、開放せざるを得なくなる。それまでは寝ていても構わない。ちゃんと拓やサクラが正解に辿り着けず、結果自分が死ぬ事になれば困るのは彼ら……いや、今回ゲームに関わった多くの人間たちとその後起こるであろう狂人鬼の脅威に晒される世界だ。村田の知ったことではない……。
紫ノ上島 地下6F 午前8時03分
「……多分、こうなると思ってたケドね……」
エレベーター前で、ヤレヤレとサクラは呆れ顔を浮かべていた。相手は勿論、飛鳥、そして涼と宮村だ。
「何やねん。折角ウチらが手助けしに来たのに」といつもの口調の飛鳥。飛鳥は右手にハンディタイプのビデオカメラ、左手に金属バット、背中にSMGを背負っている。飛鳥の後ろの涼と宮村もそれぞれSMGと自動小銃を持っている。
涼と宮村が飛鳥と一緒に来た理由を語ろうとしたが、サクラは「いい。拓ちんの考えは分かる」と答え、奥の電磁波制御室に三人を案内するため歩き出す。歩きながら、サクラはざっくりとした地下6Fと地下7Fの説明をした。
「ここに<くまモンモン>はおったんか」
沢山並んだ大型の檻を見ながら飛鳥は暢気な声で呟いた。獣匂と人間の死臭は強かったが、僅かに残留している催涙ガスのほうが強く、三人は悪臭に不快感を覚えるが、おぞましさに表情を歪ませずに済んだ。
「もう檻には何もいないっていう事は、もうあんな事は起きないって事ね」と涼。
「問題は爆弾」と宮村。
「50ガロンのガソリンタンクがざっと400、爆弾の数はざっと60から90。爆発すれば紫条家はもちろん地下施設は完全に消滅。当然島も崩壊。で……これがその爆弾♪」
そういうとサクラは背負っていたバッグから信管を抜いた爆弾を三人に見せた。これは拓が解体したものではなくサクラが解体したものだ。解体方法は拓から聞いていた。
「解体自体はそんなに難しくない。生存者皆に解体方法を伝えれば人海戦術でどうにかできる、という可能性はある。だけど……」
「それにサタンが勘付き、爆破スイッチを押したらアウトやな」
「誰かが一度でもミスってもね」と宮村。一度のミスで全員が死ぬ……そんな極限の緊張感に耐え、やったことのない爆弾の解体作業をやることは普通の人間には不可能だ。できそうな人間は拓とサクラ、飛鳥、宮村、片山、そして生存者組の中で一番度胸と格闘技で養った強いメンタルがあり、幸いにもサタンたちの恐ろしさを身に染みるほどには体験していない佐々木くらいだろう。五人でサタンに気づかれる前に……村田は逮捕監禁しているので、実際はエダ潜入作戦が実行され運営側がサタン釈放を要求し、サタンが開放、島を再び掌握するまで……それまでに、一度もミスせず、一つも見落とさず全てを解体する。そんな事はほぼ不可能だ。
「これはあくまで可能性だけど、設置されている爆弾は多分全て通信式爆弾で時限装置タイプじゃなかった。ということは、爆弾のスイッチを押されない限りは安全」
サクラは話しながら、電磁機器制御室のドアを開けた。三人も続いて中に入っていく。
「実は持っていないかもしれない。ちょうどここにスズっちもいるから説明が早いけど、スズっち奪還作戦で前の拠点をあたしと拓が急襲したでしょ?」
「うん」
「あれは完全な不意打ち。そしてこれまで見てきた中であそこは一番大きな奴等の拠点。村田は運よく逃げたけど、何か持っているようには見えなかったし、拓もユージもそういうのは見つけてない。もし村田が持っていたなら最悪自爆することもできるし、あの場でそれを持ち出して停戦させることもできた。けど、そうはしなかった。他にもそういうシーンがあったけど使わなかった。そして今も使われてない」
もしそのスイッチがあるのなら、<死神>でもボタンは押せる。計算では下っ端ではなく特別な<大死神>が一人か二人残っているはずだ。拠点にあるなら<大死神>がそのボタンを押しても不思議ではない。村田は拓とサクラによって拘束された事は、<死神>側は知っている。だがそうはならなかった。
だとすれば可能性はもう一つ。
ボタンを握っているのは、本部の方ではないか?
エダ潜入作戦を知った時、拓とサクラは島から約30キロの場所に奴らのフェリーがあることを思い出した。こっちと違いあっちには最新設備が整っているし、この島の映像は、世界配信は終わっていてもフェリーの特別客用には依然流れていて島の状況は見張られている。そしてどうやら今回の事件全てを支配するボスがいるらしい事も知った。村田はあくまで自分は駒だ、と言い続けている。それを信じるのなら、そのボタンはフェリー側にある、という可能性のほうが大きいかもしれない。
サクラは「んー……まぁ飛鳥とスズっちとミヤムーだからな~」と腕を組み眼を閉じ、何度か首を振った後、「絶対にこの事口外しないように」と、エダ潜入の事、村田を今拘束している事、今後潜入を信じさせるため、島の生存者は不利な要求が発生する可能性が高いことを説明した。
エダの事を知る飛鳥はすぐに状況を把握し、大きな溜息を吐いた。飛鳥はエダと面識があるし、エダがサクラ、拓、ユージにとっていかに重要かも知っている。飛鳥だってエダが人質になれば無鉄砲はできない。
涼と宮村はエダと面識はないが、サクラのことは大分理解している。サクラは一度仲間と認めれば扱いが特別になり親身だし力強い味方になる。友人レベルが涼や宮村、そして親友レベルが拓と飛鳥。この二つでも十分な待遇差がある。そこに最上級というべき家族レベルならば、サクラにとっていかに大切で特別かは理解できた。
「こんな重くて重要な話、口外したくてもできないわよ」と宮村。
「でも……ええっと、つまり……そのエダさんのことが伝わるまでは自由に動けるって事?」と涼。サクラは頷く。エダが捕まりフェリー内部に連れて行かれた段階で、まず村田の釈放が命じられるだろうし、不本意なゲームを仕掛けられるかもしれない。だがエダの誘拐が黒幕逮捕の囮捜査と知った以上従うしかない。
「つまり後一時間から最大2時間。それまでになんとかこの爆弾の対応しろってことサ」
そういうとサクラは電子機器機械に目を移した。
「携帯爆弾か無線爆弾かどっちかだけど、ここに対猛獣用他もろもろ用の電波機器がある。これで妨害できるかどうかって事」
「妨害電波って事か?」と飛鳥。だが事はそう簡単ではない。
「でもそれって、下手やったら誤爆する可能性もあるっていう事だよね、サクラちゃん」
「そ。だから手が出せずこうして考えてるワケ。こればっかりはあたし一人ではテストもできないし時間もないから飛鳥を呼んだンだけど……やっぱ来たか、スズっちとミヤムーが」
飛鳥であれば誤爆が起きても<死神>がやってきてもバリアーがあるし、色々ムサクラも超能力を使ってもいいのだが、二人がいるとなるとそういう無茶苦茶はできなくなる。もっとも、二人を寄越した拓の意図は理解できるし、宮村の雑学知識は有効だし人手はあったほうがいいのも確かだ。
「ナニいうとるサクラ! ウチらは四人揃ってこそAS探偵団やないかい! スズっちとミヤムーは代理!」
「どっちがセシルでどっちがマリーだ? 後それ言うならJOLJUもおらんゾ」
飛鳥とサクラ、JOLJUのいつもの三人に加え、南アフリカ在住で治癒能力を持つマリー=クラリス、そしてCIAのセシル。これが飛鳥曰く『AS探偵団・正規レギュラーメンバー』だ。この四人+JOLJUで、これまで色々な冒険や事件を解決してきた。むろんセシルとマリーは共にそれを認めておらず、いつも巻き込まれる役だが。そして二人の会話に全く付いていけない涼と宮村。
「じゃあ、時間もないのでちゃっちゃと次の説明に行こう。これまでの話で大体分かっていると思うけど、あたしたちの仕事は地下の爆弾を封じる事。で、方法なんだけど……」
飛鳥たちは次の言葉を待った。が、サクラは沈黙したまま頭を掻く。
「……ぶっちゃけ……どうしようか……」
「己れ! 考えがあってウチらを呼んだんと違うンかぁーっ!!」
「サクラちゃんは爆発させる事は得意でも爆弾解体は専門外じゃい!!」
「は!? ただ爆発させるだけやったら10歳のガキでもできるワイ! おお、おまいはちょうど10歳やったなー あはははっ」
「にゃんだとぉーっ!! ならお前は爆弾扱えるんかい!!」
「そんなもん、火ぃ点けたら爆発するにきまっとるやん」
「アホ! プラスチック爆弾は信管なければ爆発しませーん! 火薬も密封しなきゃ燃焼するだけだ、バーカ!!」
不毛な罵り合いを始めるサクラと飛鳥。呆れ顔でお互いを見合う涼と飛鳥。
「拓さんが私たちをサクラちゃんたちに付けた理由分かった気がする」
「私も。うん、あの二人、誰か制御しないと暴走するのは私も身をもって知ったから」
二人は改めて溜息をつくと、ギャーギャー騒いでいるサクラたちを無視して考え始めた。
「宮村さんは爆弾の事、詳しいの?」
「全然。でも、サクラちゃんの説明でいくつか分かったわ。あくまで雑学の範囲でのことで確証は全くないけど……サクラちゃんがまだここに居るってことは、なんとかできる方法がサクラちゃんにも心当たりがあったって事。うーん……一つは妨害電波を出して無線を作動させない事よね。ただ、私も知識はないけど、あまり強い電磁波だと誤爆しちゃうかも」
「……あ……」
ふと、涼は数時間前の村田の囁きを思い出した。あれは監禁されているとき、村田はファイナル・ゲームについてのヒントを出す、と言って涼に囁いた。「無線」と……。
その事を宮村に教えたが、それだけでは宮村も分からない。仕方がないのでまだ騒いでいるサクラを遮り、その事を教えた。するとまるでコントのようにサクラと飛鳥の馬鹿騒ぎは止まり、すぐに二人の態度が変わった。
「無線……村田は無線って言ったの? スズっち」
「うん。でも、それはこの事じゃないの?」
「……そうかもしれんけど、そうじゃないかもしんない」
さっきまでの馬鹿騒ぎがまるで嘘だったかのように、サクラと飛鳥はシリアス・モードに切り替わった。
「村田はどうしょうもないサイコパスだけど、ゲームに関しては徹底して正当なゲームマスターで、これまでのゲームは、不公平さはあっても、あたしたちにも勝算が全くない事はなかった。あの馬鹿はハッキリ言ったの。あたしと拓が生きている限りゲームは最後までやる……って。これがどうにも納得できないンだよね。こんなゲーム、もういつでも終わらせられるし、逃げる事もできた。無線爆弾がある……なんて事は、スズっちから聞けばあたしや拓ちんだけでなく片山さんやミヤムーでも連想できたんじゃない? 調べれば出てきた可能性が大きかった。ゲーム性を考えたらパワー・バランスが悪い」
「そこまで村田は親切な奴カイ」
「あたしの勘だけど、このゲームを最後までやりたがっているのは、ゲーム運営側じゃなくて村田本人のような気がするンだよネ」
それはサクラが数時間前から抱いていた疑問だった。そして島に舞い戻り、拓と村田の二人の会話を聞いて、ここにきてそれをより強く感じるようになった。もう賭けゲームは破綻しているし、一度は皆殺しのための猛獣投下を選んだ。だが、さらに地下に無線爆弾まである。本当に村田が皆殺しをしたければ、スイッチを押せばよかった。それで島のほとんどは崩壊したはずだ。村田だけが逃げるボートなら<煉獄>に残っている。爆破スイッチのボタンがもしフェリーのほうにあるのなら、村田の生死はフェリーが握っている事になる。そうさせないため村田はゲームに拘っているのかもしれない。
「無線の周波数が島中散らばらせて、それを解読しろ、とかね」
あの意地悪な村田が考えそうな事だ。一同頷いた、その時だった。
「無線!! そうやん、無線やんっ!!」
突然大声を上げた飛鳥。
「そもそも無線なんか使えへんかったらええんやん! 電波塔もろとも全部ぶっ壊せばええんや!!」
「…………」
三人が黙った。
「東に電波塔があったやん。あれ、全部ぶっ壊せばもうこの島にはあらゆる電波は出えへん! 問題なしっ!」
「でも、確か……東の沖……だよね。でも、あそこから電気が送り届けられているんじゃないの?」と涼。これは拓から聞いた話だ。
「え? そうなん?」
飛鳥はこの事を今初めて聞き驚く。サクラも宮村も初耳だ。
だが、この一言がサクラの思考停止していた脳細胞を甦らせた。
「それだ!!」
「ナニがや?」
「ぶっ壊そう!! その電波塔!!」
「ちょっと待ってサクラちゃん! 現物見ていないからハッキリいえないけど、高遠さんの話が本当だとしたら……そこは発電施設もかねているのよね? 70年代からの施設だから当然火力発電だよね? それ、絶対すんなり破壊なんかできないんじゃない? それにそこは島とは違うから、誰か管理者もいるんじゃない?」と宮村。
「第一そこまで行く船もボートはないんじゃ?」と涼。
だが、すでにサクラの頭の中では全ての計算が終わってしまっていた。そんな質問など気にもならない様子で不敵に微笑んでいる。
「足はある。あたしが乗ってきた水上バイクがね。爆弾の心配いらん。あたしがまだ持ってるし、この下に腐るぐらいある! 飛鳥、紙さがせ紙! 今から作戦を説明するから」
そういうとサクラは電磁操作室の明かりを強め、飛鳥が棚からA3の用紙を3枚広げた。サクラは一枚目を右手で簡単な紫ノ上島の地図と問題の電波塔など書き入れた地図、同時に左手で二枚目、簡単な地下エリアの地図を書く。サクラは基本右利きだが、単に日常生活は右利きのほうが便利だからで、実際は完璧な両利きだ。これはこれですごい才能なのだが、サクラの超人ぶりを散々見せられてきた涼や宮村はこのくらいではもう驚かない。
地図を描きながら、サクラは段取りを説明し始めた。
「チームは二つに分ける。あたしは電波塔、飛鳥はこの地下。まずは四人で10個くらいは解体して使う。で、あたしのチームはそれで電波塔を破壊する。その間に飛鳥のチームは、念のためここの電磁波制御で妨害できるかどうか確認して、それが駄目なら地下6F、地下7Fには誰も入れないよう階段を爆破する」
「ちょいマテ。それやったらウチはどうやって地上に上がればええねん。生き埋めやないか! その作戦ってもしかしてウチのバリアーが前提?」
「そりゃそーだ。残念ながらこの島には爆発物の専門家はおらん。階段がぶっ壊れるかどうかは試してみないとはっきりせん」
つまり、サクラは飛鳥にバリアー使って実験台になれ! と言っているのだ。その事は涼も宮村も解った。確かにこれは飛鳥にしかできない。
飛鳥はバリアーで死ぬ事はないが、当然そんな物騒な事は安全だとわかっていてもしたくはない。 それに、強すぎて他に隠されている爆弾に引火して大爆発したらどうなるのか。
サクラは飛鳥の猛抗議を受けて、一端書く手を止め、ポケットから携帯電話……クロベ・ファミリー非常用衛星電話……を取り出し、ある番号をプッシュし、それを飛鳥に渡した。
「この電話相手は爆弾にも精通してる。まず爆弾の妨害法について聞いて、それがダメならそいつから爆発の威力とか聞いて」
「拓ちんか? セシルか?」
「拓でもセシルでもない。あー……最初だけは飛鳥が出て、会話はミヤムー。相手は日本語片言で基本英語だから。ついでに飛鳥は面識ない奴」
「? そんな人おったっけ? てかそれでそいつは協力してくれるんカイ」
「いる。一応番号末尾に、あたしからの電話を示す暗号も入れたし、最初に『ハロー・ミスター・イレブン?』といえば通じるから。もし奴が捕まらなければセシルにかければいいけど、セシルは作戦中の可能性が大きいから、まずはコイツね」
イレブン……それはアレックスのことだ。アレックスはSAAで現在NO.4だが、サクラだけは頑なにアレックスのことを昔知り合ったときの階級であるNO.11、イレブンと呼び続けている。アレックスのことをイレブンというのはサクラしかいない。アレックスはそれを聞いたら、すぐにサクラの指示だと理解するだろう。
「ちょっと待って、サクラちゃん。今の話だとチーム編成は……私とサクラちゃん、飛鳥ちゃんと宮村さん?」
「ま。そういう事ね。この中で英語喋れるのはサクラちゃんとミヤムーだけだしね」
「じゃあ私はサクラちゃんと?」と涼。涼には明らかに戸惑いがあった。一時的に島から離れる事になるし、サクラがやろうとしている事は施設の破壊で相当な危険を伴う。もちろん飛鳥たちのほうも危険があることには変わらないが、涼は飛鳥のような度胸や行動力も、宮村のような雑学知識や高い知力はない。恐怖より、足手まといにならないか……自分の無力さのほうが気になる。
「施設にもし本当に発電所もかねているんなら、人がいるかもしんない。その時は戦闘になるかもね~。ただ、そっちは<死神>みたいな戦闘力はないと思うからあたしでも対処できる。ただ色々調べたりするから、水上バイクの運転とか見張りとか頼みたいの。バイクは原付と同じですぐ覚えられると思うし、バイクは大人一人乗り用だから、できるだけ小さい人がいいわけだ」
「だから私?」
「うむ。スズっちは銃撃戦にも慣れてきたと思うし、目も耳もいいしネ」
「うん。判った。私でできる事なら」
「よし。大まかな話は以上。じゃあ地図できたら具体的な方法を教える」
そういうと、サクラは再び地図の作成に戻った。もっとも、書きあがるまでそれほど時間は要しないだろう。
作戦の壁/4
日本時間 午前8時06分
「今から重要な話をしたい。二人とも大丈夫か」
ワシントンFBI本部の作戦会議室。アレックス=ファーネルはラップトップを前に置き、正面にあるテレビ電話画面を見上げる。
「こっちはメイクしながらだ。人払いはできない」
テレビ電話の相手はユージだ。ユージは上半身裸で髪をオールバックにしていた。周りではCIAの女性諜報官がユージの体にファンデーションを塗っていた。潜入するための変装の準備だ。
「俺のほうは今一人。戦闘の心配も聞かれる心配もない」
拓は壊滅した住宅地の中にいる。こちらは音声だけだ。
拓、ユージ、アレックスの三者会議だ。この会議はアレックスによって提案された。ユージは専用機から、拓は紫ノ上島だ。
「俺と拓、二人同時って事に意味があるのかアレックス」とユージ。
「あるからセッティングした。この会話はスタントン支局長も後で報告する。時間もないからすぐ本件に入りたい。クロベ捜査官、ナカムラ捜査官。二人に確認する。お前たちは、狂人鬼から狂人鬼になった人間を見たか?」
「は?」答えたのはユージだった。
拓も無言で首を傾げた。アレックスの言っている意味が判らない。現に大勢の人間が狂人鬼化しているではないか。
だが、二人ともすぐにアレックスの言っている意味に気づいた。
これまで多くの狂人鬼を見てきた。最初の狂人鬼は二日目の夕方から夜に、大槻他住宅地に逃げ込んだスタッフが変貌した。次に拓は<煉獄>で、50人ほどのフェリー組のスタッフが感染しているのを確認している。そしてその後地下で、二人は国籍不明の大勢の狂人鬼を見た。
「……いない」
唖然と答えたのはユージだ。ユージはアレックスの投げかけた重大情報に気づいた。
「狂人鬼は……二次感染がないのか!?」
「ついさっきCDC(米国疾病予防センター)から途中報告を受けた。強毒性変異狂犬病Ⅱ型は、今のところ実験では第一感染者からウイルスを確認できたが、次の感染者からは強毒性変異狂犬病Ⅱ型は確認できなかった。ただし、強毒性変異狂犬病Ⅰ型は確認できた」
「なんだって」
「つまり、二次感染者はⅡ型からⅠ型に変異……という可能性が大きい、という事だ。これはまだ仮説で実験結果は出ていない。USAMRIIDのデーターからでは強毒性変異狂犬病Ⅰ型も三次感染まで起きないとある。だから現地にいったお前たち二人に確認したかった。強毒性変異狂犬病Ⅰ型とⅡ型の症状の差はハッキリ判る筈だ。もう一度確認するが、二次感染者……この場合正しくは三次感染になるが、その存在をお前たちは確認したか?」
ユージが回収し米国に運んだ者は生きている者も遺体も全て一次感染者ばかりだった。
「ちょっと待ってくれアレックス。大森さんや<こんぴら>がいた。彼らは感染者だ」
拓はそう答えたが、<こんぴら>の感染現場を知らない事に気づいた。しかし大森に関してはサクラが確認していて間違いない。そして、彼らに対しては最新科学の分析でようやく正しい答えが出た。三人とも、当初は強毒性変異狂犬病Ⅱ型だと判断されたが、精密検査の結果、検出されたのは強毒性変異狂犬病Ⅰ型で、Ⅱ型ではなかった。彼らの血液データーは比較的ゲーム初期に手に入り、フォース・ルール時現物を手に入れている。DNA解析も他の対象より取り掛かることが早かったことで判明した。
「……感染者は……いない」
拓は唖然と呟き、思わず額に手を当てた。
錯覚していた。信じられない感染力と発病の速さ、大勢というにはあまりにも大量の狂人鬼たち。狂人鬼の容貌がゾンビのようになる事もあり、拓も、ユージも、アレックスも無意識のうちに<狂人鬼=ゾンビ>と認識していた。
だが事実は違った。
この恐るべき<生きたゾンビ>を作り出す強毒性変異狂犬病Ⅱ型は、一次感染者に限った事で、二次感染者は毒性が弱まり母体になったⅠ型に変異する。三次感染に至っては研究中だが、変異したⅠ型は本来のⅠ型とは違い、今回のケースではⅠ型と狂犬病との中間状態になるという予測が出ている。そもそもベースとなる狂犬病は人から人には感染しないから、予測でも三次感染までではないか、とCDCは推測している。
「考えれば当然だった。タニィルン・ウイルスの特性がそうだ。クイーンのウイルスはノーブルやボーンを作るが、ノーブル・ウイルスはボーンも作れない。今回メイン・ベースに使われたタニィルン・ウイルスは、CDCの仮説ではクイーン2:ノーブル8だという。なら、ノーブルの特性が強くでていると思う。一類感染病認定はされたが人類が滅亡するものではない」
しかしそれでこそ軍用生物兵器として成り立つ。そして、その威力は世界中の裏ルートに<サバイバル・デスゲーム>という形で宣伝された。
「<死神>たちが狂人鬼に対して恐怖していなかったのはそれが理由か」と拓。
「まて、アレックス。ならどうやって島で大量感染を起こした?」とユージ。
空気感染、飛沫感染、接触感染といった感染力の強いものではない。飽くまで狂犬病として考えるなら、直接感染だ。しかし、直接感染では短時間にあれだけ大量の狂人鬼を作るのは不可能だ。あの強毒性変異狂犬病は発病も早い上、致死率も高い。そして二次感染説が否定されたのであれば、パンデミックの可能性も消えた。
「大量にあるなら霧化させて噴出する。しかしこれは大掛かりな密閉室や装置が必要だな。そしてもしその方法を取られたのならその部屋、エリアはウイルスが残留している可能性が大きい。しかしそれはない。なら一番早い手は……」頭を傾げるアレックス。
「タニィルン・クイーンは滅菌も殺菌も溶解分解もない」とユージ。
そのユージの言葉で、拓は真相に気が付いた。
「水だ! 感染者は全員水を飲んだんだ」
拓はそう答えると、すぐ近くの民家の庭に入り、蛇口を捻った。そこから出てきたのは、濁りのない綺麗な水だ。こんな庭の水道までテレビ局が整備しているはずがない。そして何より、30年以上経過した貯水は綺麗なはずがない。拓は舌打ちした。
「多分、合っている。水だったんだ! 情報を見た。この島の水源は雨水をためて使っていたが、紫条家の方は大型貯水槽と海水濾過機があった。今回、水道は復旧せず、局は大量の水を本土で用意していたし、俺たちの飲み水は全部ペットボトルだった!」
拓は忌々しそうに蛇口を閉めた。
「俺たちや生存者たちはほとんど紫条家のほうにいた。飲んでいた水はみんな未開封のペットボトルの水だ。シャワーを浴びたのはサクラと飛鳥と涼ちゃんだけ、しかも涼ちゃんはサクラの血を舐めた後だ。感染率は低い……!」
ここまで聞けば拓も全てその時の状況を推理することができた。
まず、紫条家の水源と住宅地の水源は違う。村田は率先して紫条家に向かい、自ら参加者として本館に立て篭もっていた。紫条家は安全だったということだ。そして参加者組は、用心もあり飲み水はペットボトルに限っていた。サタンは「食料、飲料水を用意しました。それらは安全です」と言い切った。村田本人が散々明言していた通り、彼はゲームの進行役であり、嘘はついていない。だが村田はこうも言っていた。「説明不足は嘘ではない」と。拓を含め誰も住宅地の水道水が安全か危険という追及しなかった。
思えば、村田はまだ参加者のフリをしている時、さっさと紫条家のほうに向かった。あれは一つの誘導だったのだろう。
大槻や鳥居たちも最初の放送を聞き、役場に食料や飲料水が用意されていることを知った。彼らは神野の死を直接見て冷静ではない。そんな連中が用意したものを誰が信じるだろうか? 食事はしなくても堪えられるが、喉の渇きはどうすることもできない。彼らは、サタンを疑い、食料には手をつけず水を飲んだ。そして、感染した。
片山たちはサタンが秩序型サイコパスだと判断し、ゲームこそが目的だと理解したから、むしろ食料は安全だと判断した。それでも最小限で、基本的な食料は役場でTV局が用意したものをサクラたちが持ってきたり、その後用意された<新・煉獄>で得たものを口にしていた。<新・煉獄>は村田自身がカモフラージュとして<新・煉獄>に入っているからそこも安全なようにしていたのだろう。
フェリーのほうはもっと簡単だ。救助されればまず渡されるのは水だ。それに混入させればいい。この秘密地下を作った不幸な人間たちや、猛獣たちも同じように。
拓が悟った事はユージやアレックスも理解している。
「そうだとすれば、何がある?」
「可能性だが、今の仮説が全て正しいとすれば、やはりウイルスは島にある。もしくはウイルスを入れた容器が。容器があれば、微量でもウイルスは残っているはずだ」
その事こそがアレックスが一番伝えたかった事だ。島には、それがまだ隠されている。
「まだ村田を捕まえている。本人が口を割ればいいが」
ならば一刻を争う。拓は地下エリアに向かうべく方向を変えた。
だが、アレックスの用件はこれで終わりではなかった。
「もう一つ、大きな問題が起きている。どちらかというと今後の潜入作戦に影響がある」
「なら、俺は村田のところに行きたいので離れてもいいかな?」と拓。だがアレックスは「島のほうにも関係する事だ」と拓の足を止めさせた。
「今さっき、№24から連絡があった。時間もないからハッキリ言う。高遠涼の知人が何者かに拉致されかけた。それをCIAが妨害、誘拐を阻止した」
「なんだって!?」
「№24、そして俺の出した推論だ。おそらく今生存している人間の身内にも同様の拉致、誘拐など脅迫として使える活動が行われている可能性が高い。これは<P>作戦とは別だ。今までのサタンの発言、行動を見るに、おそらく、人質を取る事でファイナル・ゲームを確実に行うための行動だと思われる。行動確認時間は午前6時前後……つまり当局が羽山を捕えた後だ」
「待て。まだ東京に奴らの手下は残っているのか!? 羽山はもういないと言っていたぞ!」
ユージは声を荒げた。もしまだ組織の人間が東京に残っているのならば、エダと羽山の潜入作戦も破綻する。
「羽山は協力的だ。事前に羽山にも確認してある。三木という男の下部組織が、本部直属として10人程度を従えているとの事だ。羽山とは命令系統が違い、三木はフェリーに居て、動かしている男たちはただのヤクザ崩れのチンピラ集団で外国人のプロもいない。羽山より遥かに下部の立場の男で<P>作戦に影響は起きない。クロベ、心配いらない。今の羽山は誰より信頼できる駒だ」
「……そうか」
羽山は企画運営から加わっている幹部の筆頭だ。だからこそ、逮捕された今、羽山は当局を頼る以外生きる術がない。免責と証人保護プログラム、一定の財産……それが潜入捜査を手助けする代償だ。ただし、ほんの些細な情報でも偽ったり、作戦に反する行為をすれば、それらの免責保護は瞬時に無効となり、極刑が待っている……それどころか現場捜査官によってその場で射殺しても構わない、という命令が出ている。羽山はそれを、米国大統領から直接宣言された。今はもう怯える様子も見せず、堂々と協力している。
「スタントン支局長が日本の警察に要請し、極秘裏に特別チームを動員して三木のグループの摘発に動き出した。問題は、標的となったのが本当に高遠涼関係者だけかという事だ。まだ捜査段階だが、俺の答えはノーだ」
「今生存しているゲーム参加者たちを、ファイナル・ゲームに参加させるための脅し、か」
「そういうこと……か」
拓の足は止まった。
どういうわけか村田はファイナル・ゲームに拘っている。多分、それは運営との駆け引きで、もしウイルスを村田が隠し持っているのならば、ゲーム自体が彼の生命線か? だとすれば、その三木という男はカミングスより村田に近い立場かもしれない。
心理捜査はアレックスの専門だ。アレックスは的確にゲーム側の心理を分析し、答えを導き出していた。
「クロベ捜査官のいうとおり、これは脅しだ。戦闘力がけして高いチームではない。だから逮捕されても、意図を知られていても構わないと思っている。<従わなければ知り合い・親族を殺す>という脅迫だ。ただしそれは全員には実践できない。羽山が知らず三木はフェリーにいるというのが事実ならば、命令はゲーム開始前、行動は想定にしたがって、というところだろう」
アレックスは自分が出した結論を文章化し終えている。説明しながらラップトップを操作し、その詳細な分析をユージとコールに送る。データーはすぐに届き表示された。ユージの視線が画面からはずれ、斜め上に向いた。
「あまり多くの人員を割けば、日本の警察の介入や三木の存在を当局に知られる危険が大きい。10前後という数はその状況から考えてリアルだ。10前後の構成員プラス・アルファーでユニットを組んだとしたら3人構成と4人構成の混合。実際に対処できるチームは最大2チームだ。時間差も考え、警察に対応されず、かつ島の生存者全員が人質に取られている、と信じるに足る数は最低2人、最大4人だ。これ以上の人間を監視、誘拐するには東京は狭すぎるし事件化してしまう」
「それを拓に探らせるのか?」
「ああ。監視はゲーム開始前からあったとみていい。独身者より既婚者、または恋人持ち。東京近辺在住者。対象の筆頭はもちろんインパクトある人間の関係者だが、全てがそうじゃない。必ずしも今島で重要な役割でなくても、人質を取られたという事実が立証できる相手であればいい」
一、二例証明されればいい。サタンが「全員監視している、人質だ」といえば誰も疑わない。
「聞き取り調査だな」と拓。「その場合、家族の安否確認をこの電話でさせればいいのか?」
「だめだ。我々が使っているこの回線は特別だが、一般回線は傍受される危険が高い。こっちの動きが読まれて予期せぬ事故が起こりかねない」
拓、ユージ、サクラらが使っている携帯電話は衛星電話で、完全なセキュリティーが付いていて絶対に電波探知も盗聴もされない。だが電話先が一般回線であれば、受信側には着信履歴が残る。傍受はされなくても、関係者に次々と正体不明者から電話が発せられていると知れば、事態に気づくだろう。
……くそっ……相手の手がわかっているのに対策なしか……後手ばかりだ……!
徹頭徹尾徹底してゲーム運営側は巧妙に組織とシナリオを作り上げ、例え捜査が及んでも、それを封じたり切り離したりして自分の本体を守る。
「まるで<ヒュドラ>だな」とユージは溜息をついた。その言葉にアレックスはいたく気に入ったようで、「いいネーミングだ。じゃあこれから奴らを<ヒュドラ>と呼称しよう。いいコードネームを模索していたところだ」と言った。拓とユージは冗談と受け取ったが、僅か10分後にはそれが正式呼称となっていた。
「最後の用件はクロベ、お前だ。これまでの経緯、推理、状況を踏まえ、決断をして欲しい。今、東京に、捜査力と戦闘力を持つ公式な連邦職員はいない」
言われなくてもその事はユージが一番よく知っている。優秀な人間は皆<P>潜入作戦用にまとめてユージと一緒に移動中だ。東京に残っているのは現場担当でも分析官でもない、一応お飾りでFBI・CIAのバッチをぶら下げているだけの米国大使館員だけだ。
「唯一一人だけ本件に通じ対応できる諜報員がいる。説明の必要もないだろう、№24だ」
№24……つまりセシルのことだ。ただし、セシルは20分前に本件任務からに離脱し本職に戻っている。セシルはCIAの最重要諜報員で、彼女を作戦で使うかどうかの判断や命令はFBIのアレックスにはない。現在政府代表の権限を一時的に持っているコールは不可能ではないが、そのためには正規ルートで国防総省とCIAを通さなければならない。
だが、それらの手続きを全てすっ飛ばし命令できる人間が一人だけいる。ユージだ。
この事件に限り、ユージはCIAに出向中でFBIと両属上体で最高アクセス権を持っている。そして彼女はクロベ・ファミリーの一人だ。
「クロベ……№24を投入するか、しないか、君が判断してくれ。もし彼女に全面的に行動させるのならば、日本警察を制限させなければならない」
セシルのことは極秘だ。日本の警察に知られるわけには行かない。しかし、状況が変化した以上、優秀な諜報員が必要だ。しかもこの案件は拓と直接やり取りが発生するだろう。
ユージも意味は判っている。数秒沈黙した。
「クロベ。時間がない、決断してくれ。№24は我々が持つ最後の予備戦力だ」
「セ……№24は何と言っている?」
「待機中だ。話では午前中一杯は活動可能だ」
「じゃあ俺の権限で本件に復帰させる。ただしいつ、どう使うかは俺が判断する。今は日本警察に任せて、その動きを逐一コール支局長に。№24は、ホテルから飛鳥の家に移動させてそこで待機させてくれ」
「その処置に意味はあるのか? 飛鳥……サクラのパートナーだったな。どうしてその子の家に移動させる?」
「飛鳥の家は練馬でホテルより監視が少なく交通の便がいい」とユージ。
「島の最重要人物……ということになれば飛鳥が筆頭だ。もっとも、あれだけ事前に身元を調べている奴らなら飛鳥を対象にはしないだろうが、それでもセシ……№24を送って確実な裏取りがとれればまず一つは消える」
飛鳥の親族は祖父真壁風禅だけだが、風禅は元警察官で、飛鳥のキャラをそのまま老人にし、さらに強かさと高い実戦能力を加えたような人物で、警視庁には後輩が多く持ち強いコネクションも危機対応能力もある。
「何より武器や機材がある。アレックス、メモしてくれ。58681746……保管庫のコードだ。それだけいえば分かる」
これは真壁家に間借しているサクラの部屋にある隠し保管庫の暗証番号で、そこには未登録の券銃やJOLJUのスーパーアイテムの一部が保管されている。このコードはサクラ、ユージ、JOLJUしか知らない。サクラの部屋は、緊急時にはセーフルーム兼活動拠点にできるようJOLJUが改造している。今がその時だ。セシルならば扱い方が分かるだろう。
「№24には、真壁家の周辺の安全を確認、到着後俺に直通電話をするよう伝えてくれ。一先ずそれで、あとはコール支局長と相談する」
「分かった。そう手配しよう」
アレックスは頷く。これで三者会議の要件は全て終了した。進行役のアレックスは会議の終了を宣言し、それぞれ通話を終えた。そして再び、各自任務に戻った。
紫ノ上島沖100m電波塔上 午前8時14分
「多分あそこだな~ 思ったより距離あるなぁ」
鉄塔の上のさらに上空150m……サクラは浮かんで双眼鏡を覗いている。
紫ノ上島から東南東約11キロのところに岩礁群がある。むろん紫ノ上島周辺には岩礁がいくつもあるが、そこは不自然に岩が並んでいるのに周辺はそこだけ水深が深い。この周辺は珊瑚が多く、比較的浅い海が続いているのだが、その周辺だけ明らかに深くなっていて波も早く、海の色も違っていた。何より今いる鉄塔の延長上である。
水蒸気などは出ていない、その周辺から不自然な潮流が生まれ、それが紫ノ上島周囲を巻き込んでいる。おそらく海底に海流発電所があるのだろう。ただしそれだとしても規模が小さいから、ガソリンを利用した施設用ガソリン発電機もあると思っていい。サクラがここに戻るとき調べてみたところ、この紫ノ上島は米軍の訓練地エリアの中に入っている。昔は米軍用の非常用秘密発電所としてちゃんとした施設が建っていたかもしれない。軍用の非常用秘密発電所だったのならば、データーに乗っていないのも納得だ。当時の資料は紙媒体でデーターではないから、こんな短時間の検索では見つからなかったというのも納得できる。
……ぶっ壊すと怒られるかもだけど……ま、ユージやアレックスがなんとか誤魔化すだろ……最悪JOLJUの責任にしたろう……。
サクラは無責任な決意をした時だった。紫ノ上島からやってくる水上バイクに気づいた。
涼が合流してきたのだ。
サクラは岩礁を指差し、大声で「スズっち! この方向に進めぇ~」と命じると、その涼に合流するため空を下降しながら飛行した。
すぐに二人は並走状態になり、タイミングを見計らいサクラは涼の後ろに飛び乗った。
「思ったより早かったね、スズっち」
「飛鳥ちゃんも宮村さんも手先が器用だったから」
そういうと涼は肩からかけたバッグの中身を左手で開けた。中には地下7Fに設置されていた通信式C4爆弾が5つ入っている。
「ま。アレ、市販品だし、飛鳥は解体したことがあったんじゃないかな」
「なんか飛鳥ちゃんも『これ知っとる』って言っていたケド……なんで日本の高校生が爆弾解体したことがあるの?」
市販品……とサクラや拓は言っていたが、そこいらのホームセンターで買えるような代物ではない。正しくは軍用正規品で、当たり前だが基本軍の中でも爆弾解体班以外は手にする事のない物だ。
「世の中には、事件と聞くと首突っ込む馬鹿がいるって事サ♪」
(ど……どんな事件……!?)
なんともない、日常……のように語るサクラ。成程、初日に拓がサクラと飛鳥について「あいつらは大丈夫、修羅場や事件慣れもしているし」と言っていたが、それが嘘でも誇張でもないことを、今では涼他多くの仲間たちが認識しているが理解はできない。二人とも未成年でただの一般人ではないか。一体普段どういう生活をしているのか……全く想像ができない。聞いても無駄なので聞かないが……。
「ふむ。スズっち運転巧いじゃん」
「お父さんがウォーター・スポーツ好きで、水上バイク乗せてもらったことあるの。ええっと……一人で乗った事も……あるし」
もちろん無免許、涼にしては思い切った告白だ。だが無法者(と言っても差し支えない)のサクラは涼の大胆告白をスルーした。
「ま、原付と同じだしね~原則」
「そ……そうだね……」
少しは驚いてくれるかな? と思っていた涼は、なにやら恥ずかしい見得を張ってしまった事に後悔した。もっとも相手が悪い。サクラは万能者で自己中だ。誰に対しても気遣いはしない。
「多分、五分もしないうちに岩礁は見えてくると思う。見えてきたら一応警戒してて。人影が見えたら特にね。有人か無人かは半々だけど」と、サクラは自分の携帯電話を使い何かを調べていた。駄目元で発電施設について情報が得られないかと、様々な情報源を探っていた。その作業しつつ、サクラは肘でコツンと涼が背中に背負っているHK MP5A5を突いた。
「有人だとしたら戦闘になるかも。……基本はあたしが対処するけど、一緒に行く以上スズっちも最低のケースは想定しておいたほうがいい」
「う……うん」
人を撃てるのか……? その不安と緊張は消えない。だけど、やらなければやられる。それも、自分だけではなく、島の皆の安全にも関わる。撃てないといけない。その覚悟だけは、したつもりだ。
「と、いっても……極力殺さないでいきたい。というのも……」
サクラは発電施設に関するデーターがないか、と米軍のデーター・ベースにハッキングをかけ探りつつ、一目も画面から外さず涼と会話をしている。
「?」
「二つ問題がある。一つ、発電所があったとして、そこはもう紫ノ上島じゃないから、島のルールは適応されない。あたしは<天使>役でもなければ、超法規的な事ができる立場じゃない」
「どういう事?」
「常駐しているのが<死神>でなくて、何も知らされていない、ただ雇われただけの一般人がいる可能性があるって事サ。その場合、あたしたちのほうがどう見たってテロリスト。しかも施設を乗っ取って爆破しちゃうんだから犯罪行為確定♪ ま……事後ちゃんとユージに口添えするけど、爆破して『実は何も関係ない施設でした』とかになったら、あたしらは本物のテロリスト。その時は一緒にロシアにでも逃げよう♪」
……笑えない……。
サクラは悠長に言っているが、改めて考えると自分たちはなんていう暴挙をしようとしているのか……普通の時なら理屈では分かっていても、涼は絶対にやらなかっただろう。
しかし今は、暴挙だろうが何だろうがやるしかない。
「もう一つ……こっちのほうが真面目な話。爆破を成功すれば紫ノ上島の電力は断たれる。だけど、それは同時に敵や政府に事件を報せることになる。スズっちは知らないと思うけど、このあたりを徘徊している海上保安庁は味方じゃないの」
「え?」
初めて聞く話だ。それも当然で、海上保安庁巡視艇が来て<死神>を置いていったとき、涼はユージと一緒に拓の手術を手伝っていた。
海上保安庁全てが完全に敵組織と内通しているとは、サクラも思っていない。彼らは島のことなど知らないし、ただ非武装の人間を運び、かつ島での爆発や銃声に干渉しない……そのくらいの立場だとサクラは推理している。いくらなんでも完全に敵と内通してしまえば、日本政府自体が国際犯罪に加担したと糾弾され、その事実は致命的になる。
しかし、島と離れた場所で何かが起これば彼らの管轄だ。島でのルールなど通じない。問答無用で拘束されてしまうだろう。海上保安庁のラインは、米国は封殺する手段に出ているので、逮捕されれば釈放は難しい。少なくとも今日中の釈放はないだろう。
「それって……つまり、私たちは本当にテロリストになるって事?」
「ざっつ・らいと! だからもし巡視艇が来ても、捕まるわけにはいかないし、応戦することもできない。とにかく今は治外法権化している紫ノ上島に逃げ込むしかない。あたしたちは日本の警察レベルからしたら想定外の武器も持っているから逮捕されたら面倒だ」
……面倒というレベルじゃなくて、それは大事件なのでは……。
しかしサクラの言うとおりだろう。あの島では自動小銃やSMG、ショットガンを持ちつつ拳銃を身につけておく、という事は行動する場合の最低限装備だが、日本国内でそんな装備をしている犯罪者はいない。警官よりはるかに武装が上だ。
「ビビることないってスズっち。その時はその時で、スズっちにはいい点もある」
「いい点?」
「少なくとも、デス・ゲームからは離脱できる。生きて帰れるゾ」
「…………」
海上保安庁に逮捕されれば本土に連行され島に戻る事はない。事件はすぐに米国側が知ることになるからおそらく罪に問われる事はない。しかし逮捕、拘留という不快な処遇を味わう事になるし、想定外に海上保安庁が丸々敵組織と通じ合っていれば、人質になってしまう。
サクラも、この行動が最良だとは思っていない。もし、飛鳥たちが地下7Fの爆弾を無力化することができたのならば、すぐに撤退するつもりでいる。だが長居をすれば海上保安庁巡視艇に捕まる危険や、企画運営側の刺客も来るかもしれない。危険度の高い作戦だ。
だがこのくらい島のほうで暴れなければ、運営側の耳目を集められない。エダの潜入を行いしやすくするためには島でアクシデントを起こす事は重要だった。そのためには、これぐらいの行動は必要だった。
作戦の壁/5
日本時間 午前8時16分
『こちらサクラちゃんである! ユージおよびイレブンよ、よく聞け~ この伝言を聞いているときサクラちゃんはその場にいないであろう。ただしこの電話はサクラちゃんが認証しているので用心なし、秘密維持については保証する。なので、相手をサクラちゃんだと思って気軽にしっかり要望に対して対応してくれい! あ、できれば日本語で。そして多分専門知識はないだろうから丁寧に。このメッセージは一回限り、10秒後に自動的に消滅する。健闘を祈る!』
「…………」
……ユージ=クロベは、サクラの人格改造でもしたのだろうか……?
この伝言を聞いたアレックスは、数秒の間呼吸と瞬きを忘れ固まった。
イレブンことアレックスが知るサクラは、子供だが子供らしくない人格と知能を有し、自己中心的で気高くて傲慢、けして人に心を許さぬ氷の心を持つ孤高の女王で、19世紀の貴族子女のような気位を持つ……正にクイーンと呼ばれるに足る少女像。サクラとアレックスは旧知ではあるが、けして親密というわけではなく、サクラを知る事件後、数年の後にサクラはクロベ・ファミリーとなった。たまたまサクラとセシルが知人になったため、セシルを通してサクラの依頼を聞くこともあった。しかし思い返せば、直接接触するのは久しぶりだ。
……伝言の宛が自分の他クロベも入っているだろうからだが……。
「まるで子供じゃないか」
アレックスにはそれが衝撃的だった。こんなに明るい口調で人懐っこく和気藹々とジョークを交えた伝言をする人間だったか……? 犯罪心理学を専門とするアレックスの立場でいえば、今起きている大事件より、サクラ深層心理の解析のほうに強い関心を覚えた。しかし、すぐにアレックスは自分の好奇心を押し殺し、電話に出た。
相手は飛鳥で、凄まじくブロークンな英語らしきものを喋っている。アレックスは日本語で英語ができる人間がいないか尋ねた。アレックスはそつのない日常会話くらいなら日本語が喋れる。飛鳥も分かっていて、すぐに宮村に変わった。宮村はペラペラ通訳並とまではいかないが、一応生活するには問題ないくらいならば喋れる。
アレックスは電話で状況報告を聞きながら、PCの局内用チャンネルを使い、別室で待機している日本語通訳官と爆発物の専門家、高度のスキルを持つ分析官を会議室に集まるよう命じる。
紫ノ上島 電磁波制御室の中 同時刻。
「爆弾の解体方法や妨害方法を知りたいのです。まずここの機器と爆弾の画像を送ります」
宮村がそういうと、飛鳥が携帯電話を録画モードにして、電磁機器施設や解体した爆弾を見せる。会話はスピーカーフォンになっている。携帯を動かしながら宮村は、この爆弾は拓とサクラ、自分たちであわせて約8個ほどは解体した事。拓とサクラがこの爆弾は市販品だといっていた事を英語で伝えた。今はアレックスも軽い応対だけであまり喋らず、画面を見ている。電話回線はFBI本部の、アレックスのデスクのパソコンにも発信させられていて映像はパソコンに送られている。これはサクラが出て行く前に設定していた。その手並みはプロそのものだ。アレックスは内心この事にも驚き、かつ不快感を覚えていた。そもそもサクラには携帯電話番号もFBI本部のデスクの番号も教えていないのだ。
動画は一分ほどで終わった。
『3分以内にこちらからかけ直す』とアレックスは答え、一端電話は切られた。
飛鳥と宮村は一先ず電話を置いた。
この電磁波装置を使って爆弾を無力化できるかもしれない、と考えたのは拓で、村田も肯定したと聞いている。アレックスも「無理だ」とは言わなかった。やり方はあるのだろう。二人はその返事を待つだけだ。
が……。
「暇やな」
飛鳥は待つこと……というより、暇が何より嫌いな性分だ。
1分もしないうちに苦痛になってきたようで、「暇やな」と呟きながら荷物を漁り始めた。
「何をするの? 飛鳥ちゃん」
「や。待っている間暇やし、ウチはサクラの言うてた残りの階段の確認でも」
そういうと暗視ゴーグルと爆弾を取り出していた。宮村はそれを見て慌てる。アレックスからの電話待ちではないか。飛鳥が行ってしまえば宮村が一人残される。
「ウチ英語得意やないモン。どうせ英語で説明されてもわからへんし、それなら時間は有意義に使ったほうがええやろ」
「私一人にするの!? <死神>が来たらどーすんの!?」
「ウチらじゃどないもならんヤン。逃げるかここに立て篭もって拓ちん呼ぶしか手はないで。ウチ、人殺しだけはしないっちゅーのが絶対ポリシーやもん」
「…………」
飛鳥の主張はもっともなのだが、「待ったり地味な事はいやだ」という本音がありありと分かる点宮村の納得を得る事を難しくさせていた。もちろん恐怖もあるが、飛鳥の場合行ったっきり暴走して帰ってこない危惧が大きい。暴走の点でいえば飛鳥が一番危ない。
だが宮村も一般人よりは肝が据わっているし、自分に自信を持っている。サクラが飛鳥のお守に涼ではなく自分を選んだのは、宮村なら飛鳥を制御できる、とサクラが判断したから……と、宮村は思っている。
「そのケータイ、特別製でしょ? 私じゃ使えないって。第一上は<死神>たちのテリトリーよ。飛鳥ちゃんが<死神>と遭遇しちゃったら全部バレちゃうじゃない。飛鳥ちゃんが<死神>殺すのならいいケド」
「……それも……面倒そうやな」
飛鳥はアホだが馬鹿ではない。意外に理屈に合えば、暴走が止まり、理解する。
「暇だったら、爆弾の観察をしてよ。どこかに品番とか国名を示すコードか何かあるんじゃない?」
「こんな暗いトコで……目ぇ悪くなったらどないすんねん」
飛鳥は荷物を下ろし、宮村の提案に従った。もともと飛鳥の行動に特別意味があったわけではない。そういわれればそうしようか、と思った。
飛鳥が爆弾を手にしてから20秒後……携帯電話が鳴った。
「どうやら、ミッションがスタートみたいやな」
「上手くいけばいいけど」
この場で無力化する……それが最良の策だ。
紫ノ上島 午前8時21分
「どうしたんです捜査官。また何か問題でも起きたんですかい?」
「私たちだけ……という事は、そういう意味でしょ?」
「内密な話だから」
<新・煉獄>から少し離れた路上で、拓、片山、田村の三人は立っていた。拓が二人を呼んだのだ。拓に呼ばれたときから、二人は緊張していた。何かトラブルが起きた事は分かる。
拓は周囲を確認してから、ゲーム参加者が運営側に監視され、涼のバンド仲間が拉致されかけた事を伝えた。ある程度覚悟を決めていた片山と田村も、それを聞き愕然となった。
「拉致未遂は今から二時間ほど前。つまり、俺やサクラがゲームに戻るギリギリ前の話です。村田はゲームを終わらせるつもりで猛獣を放ったが、あいつ自身はファイナル・ゲームまでやりたがっている。推測だけど、ファイナル・ゲームを行う事が村田の生命線だと思います。俺とサクラは居なくなった、それでも島の皆にファイナル・ゲームを参加させる……」
「それで誘拐しようとしたって事!?」と田村。
「参ったね。言葉が出ないよ」と片山。
「誘拐、監視しているチームは3つか4つ、人数は最大で15人。これはFBIの専門家が出した予想です。つまり、今いるメンバーの中で家族が人質に取られている人を見つけ出す。それが誰か分かれば日本警察が特別に組織した班が救出します」
「……あまりいい気分にはなれない話だね」
「だからまず二人に説明したんです」
拓は生存者たちを一瞥し、煙草を咥え、火をつけた。向こうからは三人で立ち話をしているように振舞っている。
「監視カメラくらいは全員付けられていると思っていい。だけど本当に実働部隊がついているのは限られている。バレちゃ意味がないですから。で、問題は誰が人質に取られているか、です」
「捜査官。ええっと……その最低条件になるのはファイナル・ゲームまで生き残れる人間って事ですよね? サクラちゃんはないとしても捜査官は元日本人で家族がいらっしゃるでしょ?」
拓がこの島で一番の鍵だ。拓は大学までは日本人で、その後移民した。家族は日本にいるはずだ。その問いに、拓は苦笑した。
「俺、実家は京都が実家ですし、移民したとき勘当されたんで俺の線はないですね。ああ、言い忘れていましたが東京近辺に限られます。俺の線はありません。サクラは当然ないですし」
「じゃあ飛鳥ちゃん?」と田村。
「飛鳥は練馬在住で可能性はありますが低いと思います。飛鳥の親族は祖父の真壁風禅氏だけで、風禅氏は元警視庁刑事です。公安にもいた人で危機管理能力は高い。それに、飛鳥の家には……サクラの下宿部屋があって、秘密ですがそこには銃もあります。そしてCIAのエージェントが向かっています。飛鳥は大丈夫でしょう。しかし、このエージェントは今東京で活動できる最後のエージェントです。なので対応と保護は警視庁がやります」
今回の事件を主導で捜査しているのはFBIだ。CIAエージェントならば超法規的手段も取れるし、武装が違う。少なくとも今回の敵は普通の警察以上の装備をしている。そして日本警察は規約が多く即応力は期待できない。
「…………」
「人質としての価値なら未成年の子がインパクトあるんじゃ? 実質この島で頑張っているのはガールズ・グループですぜ」
「そうね。捜査官にとっても牽制になるし……だからこそ高遠さんの知人が狙われた。なら、次の標的は宮村さんじゃないかしら?」
「宮村さんの実家は岩手で、今は東京で一人暮らし。宮村さんもないと思います」
友人はいるだろう。だが友人くらいならば宮村は従わないかもしれない。脅しの成分が濃く、人質が殺されるよりファイナル・ゲームに従う事による、自身の命の危険のほうが大きい。
組織の規模を考えれば本州は全て行動可能距離だが、現実的ではない。監視や誘拐は田舎にいけばいくほどやりづらく目立つ。この誘拐がマスコミに知られ日本警察が動くようでは島のことも露見する危険が大きい。それらの条件を考えると、対象は東京近辺に限定されると見ていい。
「はっきり言います。一人はもう分かっています。だから、後一人か二人。専門家の推測では最初からの参加者の中、そして多分後から救出した中に一つ……これで計3人。最有力者は片山さん、田村さん。多分岩崎さんも入っていたと思いますが彼は死んだ。監視対象からはこの時外れたと思います」
片山と田村は顔を見合わせた。拓がかなり深刻な問題を提示している事は分かる。全員に言えばパニックになるだろう。そしてそのパニックは予見された事だ。おそらく村田が自由になれば、それを切り出すのは明白だからだ。
「守秘義務を守ると誓います。お二人は独身ですが、恋人もしくはその対象足りえる方はいますか?」
「私は、今は特定の人はいないわ。そりゃ友人や病院スタッフはいるけど限がないわ。家族はいない」
「俺も同じですよ。あー……そりゃ遊び相手やスタッフは沢山いるけど限がないぜ」
もっともだ……これは全員当てはまる。だが、拓はこの会話の様子で気づいた。
これまでの行動を思い出しても符号する。
「俺の推理だと、田村さんもない。だとしたら片山さん、貴方の可能性が高い」
「俺ですかい? そんな……心当たりなんてありすぎるし、俺は奴らに従ったりしない」
「貴方が従わなくてもいいんだ。これは全員に<自分たちの家族も人質に取られているかもしれない>と信じさせる事が重要だから」
……それが脅しであると分かっていても、従わざるをえない状況を作る事……それが村田や今回のゲーム企画者たちの基本戦略だった。これまで何度も先手を取り作戦に備えても、有利不利は別とすれば結局は全て奴らに意向通りにシナリオは進められてきた。今度も同じだ。
思案していた片山が、ふいに顔を上げ呟く。
「……お袋……母が川崎で一人暮らしです」そういうと片山は頭を振った。「信じたくない」という事がありありと表情に表れ目が泳いだ。拓と田村は顔を見合わせた。これこそ一番高い可能性ではないか。そしてそれは片山自身も理解した。
「しかし、俺の個人情報をそう簡単に入手できんと思うが。戸籍だって別だし苗字も違う」
「できますよ。奴らは俺やサクラについて調べています。それに比べれば日本人の個人情報なんてザルです。先日も言いましたけど、奴らはゲーム参加者たちを選ぶに当たって徹底的に調べ上げていますし、いっそこの機会に死んでもらいたい、と思っている連中も関与しています。個人情報はその人物からも手に入ります」
「…………」
「しっかりしてください片山さん。今貴方が感じている不安を、この後全員が受けることになるんです。二人を呼んでこうして予め話しているのは、いざそのときに混乱する皆を冷静にさせるためです。誘拐は防げなくてもパニックだけは防がないと」
「俺を買ってくれて光栄だよ……成程な。ショッキングな事だぜ。……捜査官たちはその心配がないから涼しい顔でいられるわけだ」
片山の悪態に、拓は無表情で受け流した。この冷静な態度を二人に求めている。
拓は、人質に危害を加えられる可能性は低い事。警視庁特別班がすぐに対応するから心配はいらない、と言うと、懐からメモ帳とペンを取り出し、まず先に田村に渡した。
「可能性がゼロじゃないので、念のため該当しそうな友人や家族の連絡先を書いてください。まずは片山さんと田村さんから。他の皆はその後で」
「捜査官。今電話しちゃいけないのかしら? 今だったら皆起きている時間で出勤前だし連絡が取りやすいと思うのだけど」
「駄目です。着信履歴でこっちの活動がバレます」
確認できる、と仲間に知られれば、全員確認の電話をしたいという。それを許せば限がないし、余計なストレスが増えるだけで時間の無駄だ。できれば、事前に標的者だけを限定し、内々に伝え納得させて、起きるであろう動揺をできるだけ小さく収めたい。
「だからメモで。データーで本件の捜査本部に送ります」
メモ自体をスキャンして送れば手間も時間もかからない。その情報を拓は携帯電話でコールに報せ、確認してもらう。返信は念のためメールで。
田村は5人分の情報を書き込み、片山に回した。片山は難しい表情で2名まで書いたとき、低く小さい声で呟くように言った。
「捜査官。これは相談なんだが、神奈川県警に大学の同期の刑事がいるんだ。そいつに電話して母の状態を確認させたいんだが」
「ダメです。この島の事を第三者には……」
「分かっている! 分かっていますよそれは!」声は小さいが、片山は悲痛な表情を浮かべ叫んだ。
「俺だって素人じゃない! そいつの携帯や家じゃない。署にかける。俺の記憶が確かなら、そいつはもうこの時間には出勤しているんです。上手く説明して、もし捜査官の予想通り母が人質になっていたら……なっていたら、県警や警視庁には報せず捜査官のいうアドレスに言うよう上手く言いくるめる。信用して、電話を貸してくれ!」
「片山さん……それは……」
「ここまで一緒にやってきたんだ!! それくらいいいだろっ!?」
突然の片山の激昂に、<新・煉獄>でバリケード作りや片付けをしていた生存者たち全員が作業の手を止め片山を見た。田村は気まずそうに目線を逸らした。拓は表情を変えることなく黙って片山を見ている。
拓の無表情で冷静な目が、片山のそれ以上の言葉を封じていた。一見涼しそうな眼だが、有無を言わさぬ迫力を放ち、片山はその眼に飲まれ言葉を失った。サクラやユージには劣るが、拓も人を圧倒する迫力ある眼力を持っている。
拓は皆の注目が離れるまで沈黙した。
拓は、もう一本、ゆっくりと、いたって冷静な様子で煙草を取り、口に咥えた。火は点けず、片山の手からメモ帳を取り、そこにコールが乗る米国政府専用機の電話番号を書いた。
「片山さん。怒鳴らない、叫ばない、感情的にならない」
「……分かっている。すまん」
「銃を取って、住宅地のほうに歩いていってください。それで皆を誤魔化して」
拓はそういうと、メモを千切ったものに隠すように携帯電話を片山に差し出した。セキュリティーは解除してある。拓の携帯電話はサクラと同じモデルだが、FBI捜査官として第三者が使う事も考慮されていてサクラのものと違いセキュリティーは緩いのだ。
片山は感情的になった自分に後悔した。だが今は拓の好意に甘え、「恩に着る」と小さく呟き、自動小銃を担ぎ住宅地に向かって歩いていった。
拓と田村はしばらく歩いていく片山の背中を見ていた。そして、田村は苦笑した。
「……彼のあの性格こそが、奴らにとって利用できる……という事なのね」
「うん。……人間としては正しい反応だけど」
片山が、この島の参加者・生存者の中でリーダー格の一人なのは間違いない。彼の正義心、性格、人格、経験等考慮すれば彼がその地位に自然に立つことは予見できる。確かに片山には皆を率いる能力はある。しかしベストではない。
片山は、これまで何度も戦闘を経験し拓やサクラがいない時は率先して前線にも立った。だが彼は<死神>も狂人鬼も殺していない。おそらく意図的に殺意をもって銃を使ってはいない。
宮村や田村は、少なくとも狂人鬼にはためらわず銃口を向けているし、サクラや飛鳥をアシストしている。度胸の差だ。飛鳥は堂々と「人を殺すのは嫌」と公言しているが度胸は誰よりも強い。宮村や田村は異常に順応したが、片山はギリギリ<良識>の淵で留まっている。
……日本人としては、順応せず理性があることこそが立派なんだが……。
……いっそ愚鈍な人間のほうが、自分を守るために簡単に人を殺せる異常者になる……。
「田村さんは心配ではないんですか?」
「そりゃ気にはなるけど、友人知人まで入れると限がないし。人が殺されるのも、死体も見飽きましたわ。それこそ捜査官は大丈夫なんです?」
「俺やサクラにとって重要な人は、もう奴らに捕まっています。もっとも、こちらは人質に見せかけた潜入ですけど」
「それでもそうして平然としている捜査官はさすがですわ。……これが無事終わったら、ゆっくり食事でもどうです?」
「いいですね。でも田村さんの知っている店なら結構高いんじゃないですか?」
「あら。FBIはそんなに薄給なんですの?」
「低くはないけどセレブじゃないですね。大学にも通っていますから。それに……田村さんたちは事後生き残っても一ヶ月以上検疫になるし、俺は……終わったら一ヶ月は入院ですよ。ウチのホームドクターの診立てです。ま、もし入院が長引いたら皆で見舞いに来てください」
そう拓は爽やかに答え無邪気といっていい明るい微笑みを浮かべたが、田村の立てたさりげない女心フラグをへし折っている事には気づいていなかった。
サクラたちが「拓は善良だけど阿呆」と云われる由縁だ。
そしてプライベートより仕事脳の拓は、田村の期待を裏切り、会話を再び惨劇の島の内容に戻した。
「田村さんに頼みがあります。さりげなく同じような確認を皆にしてもらいたいんです。俺だと警戒するとおもうので、人質のことはまだ伏せて。監視されているかもくらいは構いません」
「…………」
「ついでに、銃を一箇所に回収して集めてください」
いずれ事が知られる。当然騒然となるに違いない。そんな状況下で、各個人が銃を手にしていたら事故が起きかねない。ここにはもう拓がいるし、狂人鬼や猛獣たちの大半は行動不能になった。全員が武装する必要はない。
「……分かったわ。それで、捜査官は?」
「たった一人、確実な人がいます。その人に当たります」
「誰?」
「それは……」
拓が人物の名を口にしようとしたときだった。突然紫条家方向で爆発が起こった。
拓たち含め、全員が紫条家の方向を見た。ここからでは煙や火災は見えない。それほど大きくはないが、爆発が起きたのは明らかに屋内で地下ではなかった。
予期せぬ爆発に、一同が動揺する。だが爆発は一回だけで、サタン側からの放送もないようだ。銃声もない。村田が逃げたわけではないらしい。
拓にだけは、それが何なのか解ったが、口には出さなかった。
……多分、電磁波による爆弾の誤作動だ……。
地下6Fで今サクラたち(正しくは飛鳥と宮村)が地下7Fの通信式C4爆弾を阻止するべく電磁波を操作している。だが爆弾は地下7Fだけではない。デス・ゲーム用の<ボンバー・システム>の小型爆弾は島中に設置されている。それが強力な電磁波に反応し誤作動を起したのだろう。
「もう紫条家には出入りしないほうがいいな」
それだけいうと、拓は動揺している仲間たちの下に向かって歩き出した。人質の件はともかく、今起きた爆発については説明が必要だからだ。だが今の爆発が良い状況か悪い状況なのかは、拓でも判断はできない。
29/集中戦 1
東京 練馬 午前8時23分
「すみません。突然」
玄関の戸を閉め中に入ったセシルは、この季節には少し早い、深くかぶった分厚いニット帽子を脱ぎ、はにかみを浮かべる。
「聞いとるよ。ま、自由にしなさい」
セシルを笑顔で出迎えたのはこの家の主、真壁風禅老人だ。年齢は60半ば、口ひげも髪も真っ白で、総髪を赤いペイズリーのバンダナを巻いてまとめている。肌の艶はよく、いつも笑顔で目が猫目になっていて愛嬌ある老人だ。白いカッターシャツにジーパン……ここまでは普通だが、腰には大きなガンベルトがあり、ホルスターには銃が収まっている。
真壁風禅……元刑事で現在整体師を営んでいる。彼の趣味はあらゆるゲームとモデルガン集めで、西部劇に出てくるようなウエスタン・ホルスターにいつも銃を差し込んだ姿で整体業もやるし近所に買い物もいく。そのスタイルはテレビでも報道され、この近隣では名物爺だ。むろん、持ち歩いているのはモデルガンだ。
風禅に案内されセシルは真壁家の中を移動した。真壁家は都内だが結構広いのだ。サクラや飛鳥の部屋は二階だ。
「セシルちゃんはいつ見てもおしとやかでいい。ウチの飛鳥も見習って欲しいものだ」
「あの……何か監視されたり盗聴されたり……そんな感じはありましたか?」
「あったよ」何事もなく答える風禅。「監視カメラは壊したし、盗聴を試みようとした男はぶん投げた。ま、よくある事だよ」
……普通そういう事は異常事態なのだけど……さすが飛鳥のお爺さん……。
案内されながら、セシルは視線を風禅の腰にあるホルスターに無造作に突っ込まれた銃を見た。ブルーのメッキが大分剥がれ使い込まれたコルト・コンバットコマンダーがある。プロなら一目で分かる。実銃だ。風禅が現役時代こっそり入手したのかJOLJUかサクラが渡したかは分からない。どっちの可能性もある。風禅は警視庁捜査一課や公安出身で顔が利き有事の際発砲する羽目になってももみ消す事ができるコネを持っている。
階段まで来たとき、風禅は「後は勝手にどうぞ」と笑顔で上を指差した。セシルは階段を5段ほど上がったとき、ふと思い出し風禅のほうを向き、風禅の今日の予定を聞いた。
「俺は飛鳥たちが何やっとるか知らんのよ」と言った後「今日はのんびりする予定だよ。施術もいつもの近所のおばちゃんや爺仲間だけで一見さんの予約はない。だから、俺の日常はかわらんのさ。午後はオンラインゲームの予定もあるしね」と答え、フフン♪と鼻歌を歌いながら奥のリビングに歩いていった。セシルが心配するまでもない、真壁風禅は老練で経験も豊富だ。彼は自分の身は自分で守れるし行動力もある。
「自分はまだまだだな」と言葉に出すかわりに小さく頷くと、ゆっくりと階段を上がった。
真壁家二階には部屋が6室。南向きの8畳間が飛鳥の部屋で、その隣りの東側の和室8畳がサクラの下宿部屋だ。サクラは日本での活動も多いので、月2万でこの部屋を借りている。飛鳥の部屋とは襖で仕切られているだけで普段から開いている。部屋には折りたたまれた蒲団、小さなテーブルにノートPCと文具。東の窓はカーテンだけ。後はサクラとJOLJUが集めたとおもわれる世界中のよく分からないモノが詰まったダンボールがあるだけだ。10歳の少女の部屋らしさはない。
一見すると簡素な和室だ。だが普通でないものが一つある。部屋の北側には、畳一畳ほどの床の間があるのだ。何も置かれていないが、この床の間に特別な仕掛があることをセシルは知っている。
セシルはテーブルの上から小さな、100円ショップで並べられていそうな、電池が入っていない卓上小型計算機を手に取ると、それを床の間の上に置き、<#>を叩いた。すると計算機の液晶に光が点った。知能指数245のサクラには必要のない、この電池の入っていない計算機が、秘密の倉庫を開けるキーボードなのだ。
セシルは携帯電話のメールで教えられた数字を確認すると、素早く入力し最後に<=>を叩いた。すると、床の間が一瞬微かに発光した。それを確認したセシルは、床の間に手を当てる。すると床の間の板が自動で持ち上がった。そしてそれを掴み、ゆっくりと板を床に移した。
床の間の下が、丸々秘密の収納箱になっているのだ。このことはセシルも知っていたが、実際中に何が入っているのか確認するのは初めてだ。というのも、これはメイド・イン・JOLJU製。秘密収納箱のセキュリティーは国際銀行の金保管室より厳重かつ強靭で、核爆弾の直撃でも堪えられる。暗証コードを知っているのはサクラ、JOLJU、ユージの三人だけで、コードはしょっちゅう変更されるし、一度開けても、閉めれば次には暗証番号が変わり、そのコードを管理しているのはJOLJUだけ。入力も計算機を置いてから3秒以内に打ち込まなければコードが変わる。さらに生体認証があり、クロベ・ファミリーの中でもJOLJUが認証した人間でなければ反応しない。幸い過去セシルはJOLJUから「万が一の時~」と認証を受けていた。……ちなみに飛鳥はこの認証を受けていないのでどうやっても開けられない……。
中をざっと見たセシルは……「ああ、サクラとJOLJUらしい」と思わず呟くほど色々なものが乱暴に放り込まれていた。自動小銃に拳銃もあれば、スパイ衛星制御装置、ロケットランチャーもあれば地雷や小型魚雷まで。日本刀からインカの胴剣、金塊から近所のスーパーのクーポンにただの石ころ。世界各国のお菓子に食べかけのうんまい棒。各国の紙幣から古代金貨など……ゴミから博物館に飾るべきもの、関係者が見たら吃驚するような秘密機器が無造作に放り込まれている。
……この中から使えるものを取り出さないといけないのね……。
と、溜息をつきながらとりあえず上から掻き分けていたセシルだったが、信じられないものを見つけ思わずソレを取り上げ叫んだ。それは大型の保温水筒のような形をしている。
「小型核爆弾ッ!?」
最新型のプルトニウム型小型戦術核爆弾だ。セシルが驚くのも無理はない。この爆弾はほんの3カ月前、ロシアの施設から反ロシア派テロリストが強奪した物でテロリストはロシアの秘密部隊が制圧したものの肝心の核爆弾は行方知れず……ということで、世界中の諜報機関が血眼になって捜索しているものだ。米国でもCIAとNSAが共同で特別チームが結成されている。
その全世界の諜報機関が躍起になって探している物が、東京の、練馬の、真壁家の、子供の、戦利品箱の中に食べかけのお菓子に混ざって転がっているなど、誰が予想し得たであろう。念のため確認したら、放射能は検知されず三連繋ぎのプルトニウムは取り外されていた。さすがに危ない物ということでJOLJUが外し勝手に処分したのだろう。しかし起爆装置は生きているので通常爆弾としての威力は残ったままだ。
「あの馬鹿たち、どこで手に入れたのやら……」
セシルはそっと爆弾を他所に置きながら、「例の核爆弾拾いました」という事をどうやって現実味あるよう説明するか思案したが、容疑者不在、プルトニウムはもう存在していない、そして日本にあった、などという事を論理的に報告できるはずがなく溜息をついた。
……いや、今は……それは置いておいて……。
気を取り直し、使えそうな機器と武器の選別を始めた。数は少ないがJOLJUの秘密道具もあるようだ。これならば一人でも十分島やユージたちを補佐することができるだろう。
紫ノ上島沖11キロ 特別発電施設 午前8時28分
水上バイクが、フラリフラリと漂っているのをモニターで見つけた男たちは、同僚とのカードゲームを止め、画面を凝視した。
少女がグッタリとした状態で水上バイクをなんとか操り、この岩礁の中にある地上施設に近づいてくるのを見つけたのだ。少女はついに岩礁に乗り上げ、這うように施設に近づき顔を上げた。
ここが一般人に見つかる事はまずい。しかも少女は血まみれで、SMGらしきものを背中に背負っている。男たちが緊急事態マニュアルのファイルを開こうとしたとき、これまで正常に動いていた地上監視カメラに激しいノイズが走り、正確な監視は不可能な状況になった。そして、その2分後、侵入者警報のアラームが鳴った。
ここは海底の本施設で、ここでは出入りをするだけの地上施設の様子は分からない。男たちはどう対処するか数語相談しあったが、侵入された以上緊急に対処しなければならなかった。それぞれスタンガンや警棒、無線を掴み地上に上がるエレベーターに乗った。どうやら日本人の少女で、歳は14から17歳の未成年。問題なのは血まみれということと、SMGらしきものを持っていることだ。漁民や遭難者の漂流には見えなかった。
エレベーターが開き地上施設に上がってみると、ドアを叩く音と声が響いていた。よく聞き取れないが助けを求めているようだ。男三人は身構え、この中でリーダーを務める男が部下二人を3m後ろで待機させ、サングラスをかけ銃を抜き、扉を開けた。
一瞬、亜熱帯の強い日差しが襲ったが、サングラスが視界を守った。そしてドアの前で力なく蹲る少女を発見した。男は距離を置き拳銃の銃口を向けながら何者か、何用かと問うた。だが少女はただ「助けて……」と呟くだけだ。
どうする……!? リーダー格の男は振り返り部下二人の答えを求めたが、皆困惑していて判断ができない。そもそもここにいる全員、高度な判断ができる立場にはない。だがこれはどう見ても異常事態だ。
彼らが動揺をみせたその瞬間だった。突然部下の二人が雷に打たれたかのように激しい痙攣を起こしたかとおもうと、あっという間に意識を失い崩れ落ちた。リーダー格の男が反射的に少女に銃口を向けなおしたとき、女は嘘のように起き上がり自動小銃の銃口が突きつけていた。そして、いつの間にかさらに幼い紅髪の少女が見えたかとおもうと、強力な電流が全身を駆け巡った。これがスタンガンによるものだ……と認識したのと意識を失ったのは同時だった。
「ステップ1、クリアー♪ もう芝居はいいよ~ スズっち」
サクラは右手の自動小銃を下げ、左手のスタンガンをポケットに戻した。
「うまくいった?」
「うむ♪ いや~スズっち、歌手だけじゃなくて女優もできるヨ」
そういうとサクラはリーダー格の男の手にある銃を取り上げ、ベルトにつけられた鍵の束を取るとすぐに銃を構え、他に人がいないか奥に探しに行く。
涼を不審者に仕立て扉を開けさせる。その隙に<非認識化>で姿を消したサクラがこっそり中に入り無力化し侵入する。血まみれの十代少女が現れればいきなり撃つ事はない……その隙に侵入する、というのがサクラの作戦だ。
涼は血塗れのオーバーを脱ぎ、顔についた血を拭いた。これは拓用にユージが置いていった輸血パックを利用した。
「サクラちゃん……この人たち、外人さんだよ」
「相手は多国籍組織……外人がいても全然不思議じゃないんだけど……ちと問題かも」
サクラは倒れた男の持っていた銃を持ち上げ溜息をついた。
ベレッタM9。旧米軍制式拳銃だ。しっかりと米軍の刻印まで入っている。ベレッタは有名な銃で、米軍が古くなった物を民間マーケットに流す事はよくある。が……状況から考えて軍の関係者だ。男たちはごく普通の整備員の服装だが首からは軍人を示す身元証明タグがある。
もし<死神>たちがいたのならば問答無用の強硬手段に出られるが、米軍関係者となるとそうはいかない。もし紫ノ上島の事を知って出てきたのならば防菌服を着て出てくるはずだし、警告などせず撃っているはずだ。(その時は即座にサクラが撃ち殺したが)
「スズっち……MP5を地面に置いて。こりゃちょっと厄介かも」
……ここは日本だ。しかし米軍の訓練エリア内で、非公開の発電施設。しかも思ったより大きいし、施設も綺麗。現在も使われている軍の施設のようだ。
……早まって殺さなくてよかった……。
殺していたら言い訳もできない。それに、軍といっても奴らに加担しているかもしれない。どちらにしても軽挙はできない。
……今ならまだ間に合うか……。
サクラは携帯電話を取り出すと、ユージにダイヤルした。今ならまだ潜入作戦に入っていないだろう。ここまで厄介で敏感な事態になれば中途半端な立場の人間に報告しても時間の無駄だ。決断も急ぐ。
ユージはすぐに出た。
『何が起きた? 今手が塞がっているからこっちはスピーカー・フォンだが、まずい話か?』
「軍もしくはNSA関係。今地図にも記録にもない秘密電力施設にいるんだけど、ここの事を至急調べて。紫条家から10~12キロしか離れていないけどここの職員は紫ノ上島の事は知らないみたい。それで……」
サクラが早口でここに来た目的や島での状況を説明していた時だった。不意にエレベーターの扉が開き、完全武装した兵士が二人現れた。
「銃を捨てて両手を頭に!!」英語の鋭い警告が建物中に響く。
……やっぱりまだいたか……どうしよう……。
殺すのであれば対応できるが、涼の命までは保障できない。さらに間違いであれば類は保護者のユージの責任になる。
「…………」
「早くしろ!! 携帯電話を置け!!」
サクラと涼は銃を捨て、両手を挙げた。
その声は、幸いにもユージにも届いていた。ユージの判断は早かった。
『コード・オメガ・76・レッド・294・38・ホワイト!』
「コード・オメガ・76・レッド・294・38・ホワイト! コード・オメガ・76・レッド・294・38・ホワイト! 連邦捜査官ID684506!!」
「黙れ!! 携帯を置かないと撃つぞ! 早くしろ!!」
「コード・オメガ・76・レッド・294・38・ホワイト! コード・オメガ・76・レッド・294・38・ホワイト! 連邦捜査官ID684506!!」
サクラは叫ぶと携帯電話を置いた。そして言われたとおり全ての荷物を降ろした。涼もそれに従う。サクラたちはうつ伏せになるよう命じられた。サクラはそれに従いながら英語で警告を続ける。
「コード・オメガ・76・レッド・294・38・ホワイト! コード・オメガ・76・レッド・294・38・ホワイト! 連邦捜査官ID684506!! その電話は連邦捜査官および統合作戦本部に繋がってる!! 確認して!」
「子供が馬鹿げた嘘をつくな!!」
兵士はサクラの言う言葉を信じず、サクラたちから武器を奪うと手錠をかけた。いくらサクラが軍用コードを口にしても10歳と15歳の少女たちの言葉を信じる大人はいない。サクラの携帯電話は通話状態のまま兵士たちに回収、二人は逮捕された。
沖縄上空 米国軍専用機 同時刻
ユージはちょうど変装を終えていた。メイクで髪は短くなり、メガネをかけ胴回りが僅かに太くなっている。鋭い眼光は代わらないが、普段のユージのイメージが派手な分初見でこれがユージだと気づく人間はいないだろう。シャツの下には金属探知機にもスキャンにも反応しない特殊ラバー製のボディースーツを着ていて、銃やナイフ、潜入機器などが内蔵してある。
サクラとの電話で状況は掴んでいる。ユージはすぐにコールとのチャンネルを開いた。コールの政府専用機とは常にリンクが張られてあるからコールはすぐにモニターに現れた。
『いいじゃないかクロベ。これからはいつもそれで仕事に来い。それなら服装規定も合格だ』
コールの第一声は、皮肉と厭味がふんだんに込められていた。基本FBI捜査官は常識的なスーツにネクタイ着用、さっぱりとした外見……と服装規定で決まっているが、ユージは長髪でノーネクタイのタートルネックで黒スーツ……理由は額や首にある傷跡を隠す、という事で許可を得ているが、それは単なるユージのわがままであり、規律に煩いコールからすれば皮肉の一つも言いたくなる。
ユージは「急ぎの用です」とコールの皮肉を無視し、サクラの置かれている現状と作戦を説明した。
「こんな施設がある事は軍もCIAの資料にもありません。聞こえる会話からしてここの連中は紫ノ上島での事件を知らない。至急ここがどこでどこの管轄か調べて、ウチの娘の指示に従うよう手を打ってください」
まだサクラの携帯電話は繋がったままだ。サクラの携帯電話は強いセキュリティーがあり第三者では操作できない。サクラは通話を切らず画面だけを暗転させたのだ。施設のほうでは困惑と動揺する声がさっきからずっと聞こえている。
「会話を聞く限り、ただ施設を管理するため派遣されている下っ端です。サクラには俺の緊急コードを伝えましたが、あのコードの意味を理解できるのは中佐以上、もしくはグレード4以上の職員です。現場では無理だから、支局長のほうで手を打ってください」
ユージがサクラに教えたコード……<コード・オメガ・76・レッド・294・38・ホワイト>は、『緊急。直接ホワイトハウスに連絡、ホワイトハウスから指示を受ける事』という意味だ。ユージも下っ端相手に伝えても意味はないと思ったが、それでもちゃんとした軍用秘密コードだ。兵士たちは当然直属の上官に報告するだろう。サクラは付け加えてユージのFBI・IDも口にしたから、その上官が士官学校出の新米でないかぎり対応するだろう。検索をかければ少なくともユージの事は分かる。が、それをアテにするほどユージたちは楽観主義ではない。
「№24にも連絡しますが今すぐ動けるのは支局長です」
『分かった。すぐに手を打つ。結果はすぐに連絡する。ところでそっちの潜入作戦だが、すでに準備は出来ている。後はお前の覚悟だ』
「大丈夫です」
『カミングス他その仲間たち全員逮捕しろ。殺すなよ』
「努力はします」
まだユージの返答には不満が滲んでいたが、大人のコールは無視した。ユージの気持ちが全く分からなくもない。この期に及んでも軍やNSAは情報を完全に開示せず、それによって島の人間や娘が危険な状態に晒されている。そのことに関し抗議しなかったのは、米国の組織の体質……強い縄張り意識があることを知っているからだ。できるだけ開示せず済むのならば自分たちの秘密、手法など違う組織に伝えたくはない。たとえホワイトハウスの命令があったとしても…… こういう他局との交渉はユージやアレックスくらいの立場の人間ではどうにもならない。相当のキャリアがあり、老獪で狡猾な政治力を備えた高官……つまりコールでしかできないのだ。
最後に、コールはユージを見つめて言った。
『作戦実行時間は日本時間午前9時00分にセッティングしてある。サクラ君の件はこちらで対応する。お前は潜入の現場指揮に集中しろ』
「了解です」
ユージの即答に、コールは満足そうに頷き、チャンネルは切られた。
……9時……。
もう何分もない。ジェット機の高度は下がってきている。オスプレイ型だから降下が始まったとすれば到着は数分後だ。
……待機しているセシルの件は拓に託す。拓と支局長とのリンクの手続きが必要……サクラの件は支局長がうまくやる……俺は俺の仕事に集中する……。
ガクッ……ジェット機の速度が急に落ち、機体が揺れた。着陸が近い。
ユージの前には、最大の獲物が、深い穴倉の中潜んでいる。その穴倉に、最愛の人間を餌にして、自分も飛び込み討ち取る……これまでで一番難解な作戦を前に、鋼鉄のワイヤーとチタンの心臓を持つユージも、さすがにプレッシャーを感じずに入られなかった。ごく僅かではあるが……。
紫ノ上島 <新・煉獄> 午前8時36分
時折紫条家方面から起こる爆発で、生存者たちの雰囲気は不安と動揺が広がっていた。今度は一体何が起こっているのか、さっぱり分からない。しかもこんな事態に対して、リーダーである拓は特別なリアクションを起こすことはなく、いつもと変わらない様子で「大丈夫。ここは危なくない」と言い、「事件後の調書のため、ちょっと皆さんの個人情報の聞き取りをします。男性は片山さん、女性は田村さんが聞き取りますから」と、宣言した。片山はまだ戻ってきていないから、まず田村が女性勢を集めた。
「今後シャワーは浴びないでください。飲み水食事もできるだけ我慢してください。食べていいのはサクラが持ってきた食べ物と水だけです。それ以外は口にしないで。サタンが毒を水道に混ぜた可能性が出てきました」
今更そんな事を言われても……という困惑が全員の顔に浮かんだ。全員すでになんらかの形で食事も水も飲んでいるが何も起こっていない。
拓もそんなことは分かっている。用心のためというより、これからの自分の行動をカモフラージュするための指示だった。拓は残り食料と飲み水の確認を島に頼んだ。
にわかに慌しくなった。
その隙に、拓はさりげなく人の輪の中に混じり、目的の人物に近づく。
唯一、確実に人質が取られている……運営側のスパイに。
その人物は、これまで中に入り込んでいたスパイたちと違い、拓の指示に異を唱えたり、または逆に率先して参加することなく、多くの仲間たちと同じく突然の展開に困惑している。拓はその人物に近づき、「ちょっといい?」と声をかけた。その時も、その人物は焦るではなく戸惑う事もなく普通に応対した。
だが、拓が耳元で人質の件を囁いたとき、彼女の顔は一瞬で蒼白となり、目を泳がせた。拓は周りを確認し、そっと彼女をごく自然に物陰に連れて行った。
「君が完全に奴らのスパイだとは思っていないよ。君は今回ずっと被害者の立場で、情報を流したり妨害することはなかった。だけど、組織は事前に君に接触はしているよね?」
「そ、そんな……スパイだなんて、わたし……」
「監視や誘拐組織があることは本土の捜査でついさっき判明した。多分君だけじゃないけど、君はハッキリしているんだ。君はフェリー組の中で唯一生贄にもされていなければ感染していない。つまり、君だけは奴らが逃がしたっていう事だろ? 斉藤さん」
その拓の問いに、斉藤は呆然となった。そして、震えだし無意識の涙が頬を流れた。拓は優しく斉藤の肩に手を置く。
「そんな……わたしは……わたしはあんな人殺しの仲間じゃないわ」
斉藤は小さな肩を震わして嗚咽した。イエス・ノーを確認するまでもない、この涙が答えだ。
この島で生き残っている人間はおおよそ3パターンに分かれている。最初からテレビ企画に参加していた参加者組。二日目のフェリーで運ばれ、フェリーの爆破で島に辿り着き生贄ゲーム用として狂人鬼化を免れ救出された救出組、そして敵組織から捕虜となりこちら側の人間になった速見、この3つだ。しかし斉藤だけは違った。彼女はフェリー組だが、生贄組ではなく狂人鬼になるはずのグループから抜け出し、初期に岩崎と共に紫条家に逃げ込んできた。その時彼女は「瞬く間に皆がおかしくなり殺し合いを始めたので逃げてきた」と言ったが、それは強毒性変異狂犬病が飛沫感染だと思い込んでいたときのみ通じていた証言だ。それが直接感染だと判明した時、拓はこの矛盾に気づき、同時に彼女の立場も理解した。
「分かっている。君は被害者だよ」
彼女が篠原のように、完全なスパイでないことは分かっている。彼女は三日目の<新・煉獄>への招待のとき、<新・煉獄>行きを希望したし、フォース・ルールのときもサクラの作戦に従い戦った。村田も斉藤を意図的に相手にすることはなく殺そうともしなかった。もっとも村田は<天使役>以外で意図を持って接触したのは飛鳥だけで、次に該当するとすれば片山と田村くらいしか意識をしてはいないが……。
「大丈夫。君を責めてもいないし逮捕もしない。君を助けたいんだ。皆にも言わない。話をしてくれる?」
拓は優しく語りかけた。斉藤は嗚咽しながら、無言で頷いた。
拓は斉藤にこっそり<新・煉獄>の家の二階に行くよう指示した時、片山が走って戻ってくるのが見えた。拓は声を出さず、何事もない……という素振で片山を迎えに行った。
「どうかしましたか」
「いや、まだなんとも」と片山は答えながら携帯電話を拓に返した。
「感謝します。あの……俺のほうは上手くやったつもりです。それより捜査官、着信があったようなんで」
「着信……ですか」
その時片山が通話中だった。すぐに切り替えて拓に渡そうと思ったが、携帯電話のセキュリティーによって片山にはこの電話の操作はできない。だが緊急電話であれば勝手に切り替わる場合もある。
拓は頷き、片山に男性勢の聞き取りを頼むと、携帯電話を開き着信履歴を見た。着信はユージから一件、コールから一件となっている。
……あまりいいニュースじゃなさそうだ……。
次から次と休まる間がないな……。
拓は溜息交じりにコールの政府専用機にダイヤルしようとした時……再び携帯電話が鳴った。だが、相手はユージでもコールでもなかった。見たことのない衛星電話だ。液晶には(非表示)と出ているが、サクラやユージ、拓の携帯電話には非表示キャンセル機能がついている。
拓は仲間たちから距離を取り、電話に出た。
そして、その電話は予期していた相手からであった。
『タク=ナカムラ捜査官だな』
相手は英語。そしてボイスチェンジャーを使っている。
……来たか……黒幕だ……。
『私が誰か言うつもりはない。君もうすうすは分かっているだろう。用件を伝える。サタンを開放しろ』
ビンゴ……! 拓の脳内の緊張が一気に上がる。
「いきなりどこの誰か分からない人間に指示をされても困る」
『エダ=ファーロングの身柄を預かっている。今は鄭重だが、君の対応次第で彼女の取扱いが変わる』
「エダちゃんはこの事件に関係ない。第一彼女はNYにいるはずだ。完全なセキュリティーの中で」
このやり取りは重要だ。拓はエダが沖縄に来ていたことや羽山の件は知らないフリをしなければならない。少しでも矛盾が生まれれば潜入作戦は破綻し、カミングスの身柄確保が失敗するし、本当にエダの身が危険な状態になる。
「彼女に手を出そうというのならやめておいたほうがいい。裏世界でも生きてはいれなくなる。24時間以内に死ぬぞ」
『サタンを開放しろ』
「脅しなら聞かない。彼女を誘拐したというなら証拠を見せてくれ。ただし断っておくが、彼女が刃物や銃器を突きつけられていたり、かすり傷の一つでもつけられていればサタンを殺して、その後お前たちを殺す。もし貴様がプロなら、この言葉が脅しではないと知っているはずだ」
『すぐに映像を送る。サタン開放の用意をしておけ』
拓が返事をする前に謎の電話は切れた。
……カミングスが食いついた! 羽山の件も疑われていない……。
すぐに今の会話データーをコールに転送した。この作戦の指揮はコールで、拓やサクラはこれに対しては受動的にしか動けない。相手もプロだ。これ以後はいくら衛星電話でも頻繁なやりとりは難しくなる。拓側の傍受は難しくても政府側の動きを察知することはできるかもしれないからだ。
その時、また紫条家のほうで小さな爆発が起きた。飛鳥たちが調整しているのだろう。
斉藤の事よりも、今は村田を解放するほうが先になりそうだ。
この瞬間から、事件は、最大の局面へと突入した。
「黒い天使長編『死神島』」第12話でした。
ようやくクライマックス直前まできた、というところです。
バラバラだった拓のルート、サクラのルート、そしてユージのルートがようやく直線上に繋がってきました。そしてついに黒幕も直接動き出しました! もっとも、黒幕たちはずっと暗躍しつづけてきたわけですが。とにかく退屈しない陰謀劇と怒涛の展開が続いています。拓は負傷していて目下の目的であるサタン村田を確保できたので、大きな陰謀に挑むのはサクラたちに代わっていきます。あとは本格的になるユージの敵黒幕攻略戦が継ぎのメインです。米国政府と諜報部の全力捜査がどこまで黒幕を切り崩せるか……そして、予想もしえない巨大な陰謀に挑むことになるサクラたちは……!?というところで次回に続きます。最後まで目が話せない大陰謀劇「黒い天使長編『死神島』」を、どうぞよろしくお願いします。




