「黒い天使・長編『死神島』」⑪
「黒い天使・長編『死神島』」の第11話です。
飛鳥の「紫ノ上島生放送」に動揺するサタン村田と、運営。飛鳥の破天荒なキャラに、村田ですら手を焼き翻弄される。そのためサタンは大量のゾンビ・猛獣の全てを解き放ち、参加者たちの完全抹殺を謀り、生存者たちは最大の危機に陥る。そこに飛鳥が戻り一時的に事態は回復したかに思えたが、飛鳥一人の救援ではどうにもならず、全滅の危機に陥った。だがその危機を救ったのは、本土から舞い戻ったサクラだった。とんでもない派手な方法で猛獣たちを始末したサクラ。そして同時に復帰した拓は、これまで足を踏み入れていない島の最深部に向かっていった。
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沖縄 ヨットハーバー 午前3時37分
宮本美樹と知念浩二の二人は、少し淡くなってきた空を見ながら、高速船<ブルースカイ>号の出航の準備を整え、軽くチョコレートを摘まみながら、今日行くダイビング・ポイントについて確かめ合っていた。
今、二人は、数分前に聞こえた派手な物音と、つい先ほどから水上バイクのエンジン音に不思議さを感じていた。この港には水上バイクの保管場もあり季節になれば多くの海男たちが近くのビーチに運び楽しんでいるが、今は11月、しかも早朝というにはまだ少し早い時間だ。長く海遊びして来た宮本と知念にも、こんなことは初めてだ。だがそれ以上不信感を抱くことはなかった。
そんな時だった。
「あの、すみません。釣り船を探しているんですけど分かりませんか?」
突然少女の声が聞こえ、彼らは一瞥し、「知らないよ」と答えた。
少女は不器用に携帯でナビを見始めた。
「おかしいな……別のヨットハーバーだったのかな」
……なんだよ、ワザと聞こえるように呟きやがって……。
この手の若者や観光客は多い。相手にするのは時間の無駄だ。二人は相手にしないよう無視をしていたが、つい少女の顔を見て態度が変わった。
そこにいたのは、着慣れぬライトジャケットにアウドドア服と釣竿を持った、金髪が腰まであるモデルのような絶世の美少女だったからだ。暗がりでも、はっきりと分かる類い稀な美貌とスタイルに、二人は急に気を変え、相好を崩し、愛想よく挨拶しながら船から下りてきた。
「実は友達と妹と、釣りをする約束で……でも、あまりこの辺りのことが分からなくて」
「日本語上手だね君! 友達って男?」
「いえ。よくわからないんだけど、船釣りの予約して、それで」
「そりゃ釣り船の港、この先のほうだね」
さっきまでと違い、優しく少女……エダの携帯電話を覗き込み地図を見ながらアドバイスした。エダもそれを無邪気に聞いている。間近で視るとテレビでも見たこともないような清楚で秀麗な美少女だ。
3分ほど、この辺りで何が釣れるのか、どのあたりがポイントか、宮本と知念は何をしにきたのかなど簡単に話した後、若く、肌が見事に焼けた知念がさりげにエダの肩に手を置き微笑んだ。
「よかったら、さ。俺たちの船に乗りなよ。タダだし、釣りを教えてあげるし、冷えたビールやシャンペンもあるから♪ 妹さんもこの近くかな?」
まさにその瞬間だった。背後の闇から無音でサクラが舞い降りていた。
「後ろに……」とエダが二人の後ろを指差した。二人は何の警戒もなく振り向く。その瞬間、サクラの瞳が赤く光った。
「「あたしの命令に従え!!」」
「!?」
その光に射抜かれ、二人の体は一瞬強張り、すぐに脱力した。もう、これで彼らの行動はサクラに支配された。
サクラの<竦み>だ。エダに対して完全に心が無防備になっていた、宮本と知念には抵抗する術はない。サクラの<竦み>は、対象が無防備で、威力を最高まで上げれば、本能に抗うようなものでない限り<絶対服従>の催眠力を持っている。ただし<非認識化>と同じでサクラの事を知っている人間ほど効力は弱く、強い精神力を持つサクラの家族たちには全く効果がない。
サクラの眼はまだ光ったまま、続けて「「今すぐ出港準備しろ」」と命じた。二人は文字通り魂が抜かれた状態で、無言で船に戻っていく。
それを見送り、ようやくサクラの瞳は元に戻った。
「よし! 高速レジャーボートゲット♪」
喜ぶサクラに、エダは渋い顔をした。
「かわいそうだよ、騙して。それに、これじゃああたし、美人局だよ」
事実、美人局だ。むろんサクラの作戦だがサクラはすっ呆けた。
善良な性格のエダは、無言で出航用意している宮本と知念に何度も頭を下げた。嘘をついた事に罪悪感と自己嫌悪を覚えるが、それでも今起きている島の惨状に比べれば……ということで、サクラの提案に乗った。
「やらせたのはあたし。エダは責任ない」
「いや、あるよ。後日謝りに来ないと」
「いや、必要ない! この二人の記憶は消すし、ややこしくなるから。それに、コイツら、エダを見て色気だしてやましい事考えた!! 万死に値する!! 殺されないだけでも感謝モンだ! 大丈夫。心配しなくてもこいつらの船で島に行くわけじゃないし」
早暁に子供のサクラが夜明け前の港でうろついているのはおかしいし、警察に通報されかねない。そして、相手の心の警戒心を解く必要があった。そのためには、誰もが心の警戒を解いてしまうエダしかこの役目は出来なかった。
サクラはそういうと、もう一つ重要な水上バイクを取りに踵を返した。水上バイクはついさっき盗んだものだ。これもサクラ的には緊急事態ということで全く罪の意識はない。
その間にエダは荷物を取りに車に戻った。元々出航時間を調べてきているからすぐにでも出発できる。
サクラは、巧みに水上バイクをジャンプさせ、自身の念力で上手に甲板に乗せる。さすがに水上バイクは重く、サクラは疲れその場に腰を下ろした。その間にエダは車で港に侵入し、戻ってきた。そしてすぐに船に上がり、大きなバッグを手渡した。中にはGPSやロープ、海図、LEDライト、無線機、衣服、ナイフなどアウトドアショップで購入したものに加えてエダが持ってきた荷物が入っている。ちなみにサクラの今の服装だが、いつものGパンにGジャンを着ていた。これはエダが念のため持ってきたものだ。ただしベルトとTシャツと下着はなかったのでアウトドアショップで買ったものだ。これで、いつものサクラになった。
「中に、お弁当とお菓子とコーラとサクラ愛用が入れているから。後、コレ……」
そういうとエダは懐中から新しい携帯電話を取り出した。これはクロベ家の非常用使い捨て用の携帯電話だ。同じく衛星携帯電話で、追跡・探知不可能、逆探知防止機能付きで大体の機能は変わらないがバッテリーが切れれば自宅に帰らなければ充電はできないし、クロベ・ファミリー以外は使えない仕様だ。これはこれからサクラが行う移動法には絶対必要なものだ。最初はエダが自分の携帯を貸す、と言ったが、それはリスクがあるので断った。
時間がない。すぐにエダはタラップに移動した。すでにエンジンに火が入り、すぐに出航できる。サクラもエダを見送るためタラップのある右舷に移動した。
「気をつけてね、サクラ」
「大丈夫」
「あたし……!」
エダはとっさに声を上げたが、それ以上は言葉を飲み込み、俯いた。
サクラには、エダが何を言おうとしていたか重々知っている。
本当ならエダも皆を救うために乗り込みたい。エダはユージと同レベルのサクラ・ウイルス・ホルダーで感染率はゼロに近い。撃たれた拓も心配だし、サクラだって戻れば<天使役>に戻り危険なゲームのメインキャラとして動かなければならない。飛鳥は命の危険に晒されているし、そんな人間が多くいる。エダは、射撃や格闘戦闘力だけならサクラより上で、<大死神>に匹敵するだろう。拓との連携もできる。
だが、エダがいけば、拓やサクラを心配させるだけだし、何よりユージの足を一番引っ張ることになる。昔のエダは分からずついていっただろう。だが、今なら分かる。ユージほど超越した戦闘力ならまだしも、エダやセシルくらいの戦闘力ならばさほど大きな戦況変化にならない。むしろ万が一何かあったとき、サクラたちの弱みになってしまう。
サクラや拓、そして半ば暴走状態でユージが本気で対応している今、中途半端な戦力より、自分たちに弱点がないほうが動きやすいのだ。その点、サクラは最後の手段もあり、総合能力は拓より高いから生命の危険を心配しなくてすむし、10歳の子供だから大抵の違法行為も法律的に問われることもない。それをエダはよく理解している。エダだけでなくセシルもだ。何より沖縄で米軍との交渉をしなければならない。それこそがエダしかできないエダの仕事だ。
エダは数秒の沈黙の後……俯いていた顔を上げ、笑顔を浮かべた。
「あたし、待っているから♪ 皆そろって無事帰ってくるんだよ? ご馳走一杯作って、待っているからね♪」
その言葉に、サクラは満足そうに頷いた。エダは、やはり聡明だ……。
「あたしだけじゃなくて、ユージも、拓も飛鳥も、セシルも……ついでにJOLJUもいるからネ♪ ご馳走、タノシミにしてる。うん♪ それ聞いてやる気が出てきた♪」
「じゃあ、気をつけてね」
「うん。ありがとう、エダ」
二人は軽く抱擁し、そしてエダは船を下りた。すでに船はゆっくり離岸していたが、エダが飛び降りたのを確認したサクラは今や自分の下僕となった宮本に、すぐに全速力で南下するように命じた。そしてサクラはタラップを引込め、船室に入っていくと、荷物の中からすぐに海図とGPSを取り出す。
「オッチャン! この船の最高速度は?」
「約40ノットです」と知念が無感情に答えた。40ノットならば時速にして約74キロだ。すぐにサクラは到達時間とポイントを計算し、印を点ける。そして緯度と経度、GPS信号など計り、それらのデーターを、携帯電話のメールで送った。送り先は香港の裏社会のボスであり、ユージの知己……そしてサクラも知己のチェン・ラウだ。
『シー・ヒッチハイク大作戦』……それがサクラの立てた計画だ。
言葉の通り、海上をヒッチハイクしていく。これならば軍にも海上保安庁の目も誤魔化せる。
最初は漁船でもヨットでもなんでもいい。時間は午前3時30分を過ぎているから、漁船も釣船も動き出していた頃だ。できるだけ近く、それでいて馬力があり速力があるものを選んだ。この<ブルースカイ号>はたまたまその条件に引っかかり不憫な目に合っている。しかし、それでも150キロも離れた紫ノ上島に短時間でいくのは無理だ。燃料もあり、彼らが帰港できない。島での補給は不可能だ。
そこで、サクラはあることに気付いた。自分が救出された時の海上保安庁巡視艇の動きだ。フェリーの沈没に爆発、銃声、ヘリの墜落……あれだけのことをやっていて海上保安庁がなんら機能していないことは不自然だ。当然、なんらかの圧力がかかっている……とサクラは判断した。そしてもう一つの仮説も立てた。
……多分この周辺海域は今だけ無警察状態って事だ……。
だとすれば……利に聡い中国人が黙っているはずがない。今このゲーム期間中は海上保安庁の監視も甘く、米軍も島の動きに注目しているはず。ならば、違法操業や密輸はやり放題なんじゃないのか?
幸い、サクラも香港マフィアの長老チェン・ラウを知っている。そこで、海上保安庁が動いていないことと、こっそりと、大目に見てもらえそうなギリギリの量の密輸や違法操業船が沖縄近海に出現していることも聞いた。
そこでサクラはチェンに頼み込み、自分の足として船を貸してくれるように頼んだ。
「一隻だと足がついてチェンのじっちゃんに迷惑かけるから海上で拾ってくれたらいいかな。そして島の手前10~15キロまで運んでくれたら、あたしだけが水上バイクで向かうから!」
短距離であれば、水上バイクが個人所有できるウォーター・マシンの中で一番速い。
サクラが車内で「幸運の女神」と称し自分たちの運の感謝したのは、水上バイクの倉庫と港が同じ場所にあったことだ。しかも近日使用目的者がいるのも分かった。ならば整備はされている。ガソリンは随時ヒッチハイクの船で受ければいい。
サクラはより具体的に作戦を説明すると、チェンは笑顔で請負った。これは表の人間であるエダや、他の政府系の人間には頼めないことだ。便乗する船はチェンの組織のほうで調節してくれるから、サクラは最初の合流地点と自分たちのGPS発信と無線回線を報せるだけでいい。闇取引や違法操業船情報だから、深く関わらないほうが双方のためだ。
「ま。水雷艇や高速モーターボートを密輸船にするっていうからなぁ……普通の船より断然速いハズ」
そのあたりの情報はユージから麻薬密輸話のついでで聞いたことがある。普通の船だとしても巡視船から逃げられるくらいの改造はしているはずだ。期待していい。
「最初のポイントまではこの船で1時間。早ければ島到着まで二時間切る……か!」
ギリギリ夜明け前に間に合うだろう。それまで、島の皆が耐えてくれることを祈るしかない。
全ての計算と手続きを終えたサクラは、軽く食事しようとバッグを開けた。途中エダが買ってくれた弁当の牛丼がある。どうせ島に戻ればまともな食事や休みは取れない。サクラがゆっくりできるのはこの一時間だけだ。
と、そこでサクラは見覚えのあるレザーケースを見つけ「おおっ!」と声をあげた。
……そうか、これがエダの言っていたあたしのモノか……!
レザーケースを開くと、中にはコンペンセンサー搭載のベレッタM92Dイノックス・カスタムが入っていた。弾は20発マガジン一本と通常15発マガジン2つ、本体の中もあわせて合計65発だ。この銃はサクラが射撃場でプリンキング用に愛用しているベレッタ・カスタムで、使い慣れている。
それを取り出し見つめながら、サクラは玩具を手に入れた子供のように無邪気に微笑む。そして、手馴れた手つきでスライドを引き弾を薬室に装填させ、ハンマーをデコックした。
「さっすがエダだねぇ~♪ 完璧だ♪」
レザーケースの中にはナイロン製レッグホルスターがあった。これから行く島では銃を隠匿する必要がない。サクラは堂々とそれを身につけ、予備マガジンもホルダーに入れると、満足げに牛丼とコーラに手を伸ばし、それを食した。
このサクラの行動は、今はエダ以外の誰も知らない。
世界 日本時間午前4時20分
日本では早朝だ。
そんな中、ある動画がインターネット上で公開され、世界中のある種のネット・ユーザーたちの強い興味を引いた。
『AS探偵団! 紫ノ上島の秘密に迫る!!』
そうタイトルがつけられた約1分の動画。画像はただAS探偵団アスカが森の中、洋館を目指して駆けていくだけの映像だ。だがそれだけで、ある種のネット・ユーザーは興奮し、動転した。
そして、このネット動画のニュースは5分も経たず世界中に拡散されていった。
東京 午前4時45分
ユージとセシルはホテルを出て、車で都内を走っていた。運転しているのはユージで、セシルが助手席でコンピューターを操作している。JOLJUがいなくなったからセシルが分析官代わりだ。
「ホテルの地下駐車場の監視カメラで品川方面に向かった事は分かっていますが、その後の形跡は分かりませんね。日本の監視カメラのシステムにアクセスできればもう少し絞れるんですが……今の警察や政府に協力要請しても時間の無駄になりますね」
日本の警察の抗議がホワイトハウスに届き、総監や閣僚たちとホワイトハウス関係者との間でやりとぎが行われていると聞いている。日本警察はユージが起こす捜査の妨害しない事と事件発生のもみ消しは確約したが、事件捜査自体は日本独自に警察庁や警視庁の特殊チームが取り組むことになり、ユージとの連携は手続きが必要になった。そんなまどろっこしい協議や打ち合わせをする時間はない。
羽山には逃げられたが、ユージに失望はなかった。
「心当たりがあるからな」
「心当たり、ですか?」
「俺の専門分野だ」
ユージはセシルのほうを向くことなく説明を続けた。
「ホテルでヤツの手の甲を撃ちぬいた、44マグナムでな。掌に約1センチの風穴に手錠による擦過傷。ホテルに血が残っていたから当然治療するだろう。掌の穴は骨が砕けているし縫合しないと穴があいたままになる。だが銃創は警察に届出が必要だから普通の病院には行けない。当然行くのは裏組織の闇医者か多分黒神グループの大病院だ」
ユージの腕ならば銃だけを弾く技量は十分にある。だがユージは容疑者を殺さない場合、わざと手や足を撃ちぬく。殺さないためもあるが、万が一逃げられても病院記録で追跡できるからだ。
「救急車の出動記録にそれらしいものはありませんね」
セシルは119番通報履歴を確認したが、該当しそうなものはなかった。そして東京近辺の個人経営の闇医者たちに連絡を取り確認したが、羽山らしき人間が来た形跡はない。
ユージは闇医者として2年間潜入捜査官をしていた。ユージほどの医療の腕があれば闇医者社会では貴重で世界中の組織と関わりを持った。ユージの、裏社会の知識の多くはこのときのものだ。そして表に戻った今、世界10指に入るフリーの外科の名医だ。裏世界と医療界については世界の誰よりも精通しコネクションも多い。
「であれば、黒神グループ関連の病院ですね」
「それも大病院だ。夜間緊急があって、しかも部長クラスか准教授以上が夜間担当医の中に入っているところだ」
大病院の時間外夜間緊急外来の担当医は経験を積む意味と体力の問題で若手の医者がアルバイトとして担当することが多い。ユージはその事を経験で知っている。ユージは元々日本で医師国家試験を受け、一時期日本の病院に勤務していたことがある。
こういう裏口の治療はインターンや新人医師にはできない。コネがまだないし、腕も未熟だ。できるとすれば、地位の高い医者しかいない。そしてそういう地位ある医師が夜間緊急外来で出勤している病院はほぼ限定できる。
そこまで説明してもらえればセシルの分析も早い。品川方面ということは分かっているし、黒神グループの大病病院を探し向かうだけだ。わずか3分で、セシルは品川の慈星総合病院がヒットした。この時間なら20分くらいで到着するだろう。
「ユージさん。羽山を逮捕してその後は?」
羽山は黒神グループ側の責任者で黒幕の一人だが、全てを統括しているわけではない。
「幸い羽山は関係する病院に行ってくれた。これで医者のほうからウイルス研究関係者が分かるはずだ。多分ウイルス製造は中国の地方研究所だろうが、黒神グループや他国の研究者も関係しているはずだ。まずその面子を知る。動物実験もしていたから、そっちの専門もいるはずだ。こいつらは皆刑務所にぶち込んでやるが、まずは村田……紫条彰のデーターだ。あいつが抗強毒性変異狂犬病Ⅱ型のワクチンだとして、そのデーターを手に入れ確証を得る。そうすれば、国際法適用でFBIも動きやすくなるし、ICPOに届けられる。中国政府にも圧力がかけられる」
「なるほど」
「これがアレックスの言っていた<必要な手順>だな」
そして最終的には必ず強毒性変異狂犬病Ⅱ型ウイルスを手に入れる。それで完全にこの事件を立証できる。そこまでしなければこの事件の始末ができず、事件を封殺する事はできない。これが、ユージに課せられた使命だった。
紫ノ上島 地下エリア5F
サタン……村田は眠っていた。不眠不休で負傷もし、疲労感は溜まりに溜まっている。サクラのように超人ではなく拓やユージのように訓練されているわけではない。村田もそれを自覚していて少しでも時間を見計らって眠っていた。今も休んでいる。
しかし、村田の睡眠は、今回も短かった。
無言で叩き起こされた村田は、本土からの電話に出た。
「僕も不死身じゃないんですけどね。今はファイナル・ゲームの準備のため……」
村田はいつもの口調だ。そして予想通り企画本部の男は大声で怒鳴り散らしていた。
……いくら完璧に練られたゲームといっても、相手は生死がかかっている、知力の高い連中だ。予想外のことや想定外の反撃は当然起きる、当たり前のことじゃないか……。
そう斜に構え聞いていた村田だったが、やがて本当に想定外のことが起きていることを知り、その細い目が少し開いた。
「インターネット? 動画公開? ……そんなことは不可能な……」
村田はすぐに<死神>たちに命じ紫条家周辺のカメラをモニターに映し出した。ここは最後の非常時用の拠点だからモニターは少なく、今は<新・煉獄>に集中させていた。それを紫条家方面にし、動くものを捉える自動モードに切り替えた。
切り替えて3分後……その問題の人物を見つけた。
手持ちカメラを持ち、駆け回っている飛鳥である。音声までは拾えない。
それを見た瞬間、全て理解した。村田はすぐ電話を掴み「こっちで対処しますから、そっちはそっちで対応してください」と言い捨てて切った。
「サクラ君のインパクトでわからなかったけど、あの子も相当厄介な子だな。あの子はサクラ君や捜査官と違って交渉してくれないからね……」
飛鳥が愚かだからではない。そもそも飛鳥はあのサクラを使いこなすほどだし、行動力はサクラ並だ。唯一の違いは、サクラや拓は事件の重大性を認知しているが、飛鳥はそのことに関しては無関心で、他の仲間を守るというリーダーでもないということだ。こっちがゲームや交渉をふっても対応する義務が飛鳥にはない。人質や交渉に引き込む手札は残り少なく、しかもこれはサクラや拓用に作られたもので、自由行動の飛鳥には効果がないだろう。
サクラや拓の携帯電話は生体認証があり本人たちでしか使えなかったしサクラ自身もそう明言していた。しかし、飛鳥はサクラにとって身内のようなもの、飛鳥が使えるという可能性は抜けていた。携帯電話は当然インターネットができる。情報ではサクラはインターネットに特別依存はないということだが、飛鳥のほうはネット上でAS探偵団として活動して、サブカル系の世界では有名な存在だ。
サクラや拓ならばこの島のことをインターネットで世界に配信するなどという突飛で愚かな行為はしないし、理性ある大人たちも拓から事後処理を聞かされているからそんな暴挙はない、と気にしていなかった。しかし飛鳥だけは計算に入れていなかった。村田も、企画本部も。
「サクラ君と一緒にあの子も連れて帰ってもらったほうがよかったな」
どういうわけか、飛鳥には攻撃が何も効かないから<死神>や狂人鬼をけしかけても逃げられるだけだ。しかも動画をリアルタイムで公開しているのなら襲撃シーンが流れる事になる。それではB・メーカー関係者が許さない。この島での殺戮ゲームは特別会員制ということで利益を得ているし、それによってウイルスの取引や値段交渉が行われている。これが公のルートで流れてしまえばその取引が無効となり、この莫大な予算と人命をかけた国際レベルの陰謀が、ただの狂信者の凶悪事件になってしまう。
<新・煉獄>はバリケードを固めてしまっていてそっちを攻めるには<死神>たちをフル動員しなくてはならず、今では相手の装備も充実し<死神>のほうに被害が出かねない。それではファイナル・ゲームが行えない。
<死神>をなんとか駆使して飛鳥を捕まえる……それが一番の方法だが、飛鳥が誰か連れているのならその行動力は落ちるので可能かもしれないが、単独では、行動力と島の地下エリアの知識があって弱点らしい弱点はない飛鳥を捕まえる事は不可能だ。飛鳥は性格的にサクラや拓と違い好戦的ではないから挑発には乗らないし、自分一人のほうが捕まらないという事を判断できるくらいの知力と判断力もある。比較的休息や食事もとっているから元気で、そのすばしっこさはこれまでのゲームで分かっている。
「とんだダークホースがいたものだ」
さすがの村田も、対応策はすぐに思い浮かばなかった。
26/モンスター 1
紫ノ上島 地下3F 午前5時00分
拓は意識を取り戻し、ユージが置いていったタートルネックを着て、涼と一緒にサタンたちが放棄した拠点を改めて探索していた。高熱は下がり水分補給はしたが、点滴と輸血は依然付けたままだ。点滴と輸血が終わるまでまだ後20分はかかるだろう。だがゆっくり動くくらいの体力と思考力は戻ってきた。麻酔のため左上半身は感覚が鈍いが右手の感覚は戻っている。
……サクラの血を輸血したな、あいつ……。
いくらユージが名医といっても、胴体を撃たれてからまだ3時間ちょっとでこれほど体が動くはずがない。
拓もサクラも血液型は同じプラスA型だ。サクラの血には、免疫耐性者にはサクラほどではないが強い治癒力と体力を与えてくれる万能治療薬効果があるが、免疫耐性者でない人間には量を間違えば毒になる。ちなみにサクラは基本プラスA型だが、厳密には特殊な血液で他の血液型の人間にも輸血できる。体内に入ったとき相手の血液型に変異するからだ。大森に極々少量だが直接いれても問題なかったのはそういうことだ。あの処置のおかげで大森の発病を食い止めている。
色々見てまわりながら、ユージが非常食で用意したアメリカの国民的ジャンク菓子のトゥインキーを齧っている。
「いくつか不明な点があるんだ。ここにそのヒントがあればいいんだけど」
「不明な点、ですか?」
涼も同じようにトゥインキーを手に取り開封し、口に運んだ。そして一口齧ってすぐに信じられないような殺人的な甘さに顔を顰めた。砂糖と添加物いっぱいでできたスポンジ、通常よりドロリと濃厚でクリームと同量の砂糖が入っているかと思ってしまうような濃厚で甘すぎるホイップクリーム……日本人の味覚では到底ついていけない味だ。だが拓はゆっくりとだが普通に食べている。
「拓さん。これ、すごく甘くないですか? 羊羹に砂糖まぶしより甘いですよ」
「うん。日本人には甘いよね。でも手っ取り早く糖分とカロリーを摂取するには便利になんだ。米国人らしいお菓子だよ。サクラは好物だし。ま、あいつは米国人だけど」
そういうと拓はトゥインキーを食べ終え、水を飲んだ。拓も慣れたほうだが数は食べられない。しかし食欲はなくても糖質や炭水化物を取り体力をつけないと動けない。
拓は、食べながらずっと制御機器を見つめていた。
モニターや機器は生きているようだが、これを点けるのはサタンたちに気づかれる危険が大きいからできない。ユージが一度この部屋を調べているが、ユージの検索の要点は組織に関する事だった。島の事やゲームについてのことは見逃している可能性はある。どうせしばらくはやることはないのだし、これ以上横になっていると寝てしまいそうだから、それなら何かしているほうがよほど拓としては楽だった。
拓は機器をいじるのを諦め、ユージが回収してまとめていた、死んだ<死神>の装備を取りに行った。これはユージが術後手の空いたとき、<死神>の武器や装備を外し、一箇所にまとめていた。遺体はユージがさっさと別室に入れてある。これは涼に対する配慮だろう。
拓は血のついていないタクティカルベストと、防弾ベスト、銃器、ホルスターを選んで涼のところに戻ってきた。
「涼ちゃんもこれからは防弾チョッキを着たほうがいいよ、俺も着るから。後、この銃の弾を抜いて、ユージが残していった銃の弾と交換して。2マガジン分だから予備の弾はバラでポケットに入れておく」
そう言って拓は<死神>が持っていたS&WM39と予備マガジン1つを差し出した。計17発の9ミリ弾がある。この島で大分銃の知識を得た涼は首を傾げた。ユージのHKUSPコンパクトも同じ9ミリで交換する意味が分からない。
拓は苦笑し、その理由を説明した。
「あいつの銃は特別なんだ。みんなAT強装弾……つまりハイパワーで鉄芯弾、普通の人間が使うには反動が大きいんだ。その銃は軽いし、涼ちゃんが使うには使いやすいと思う。ただ、弾は変えないと……」
「私じゃ撃てません……か?」
ユージは裏世界にとってのアンチ・ヒーローで、賞金首だ。大組織のマフィアたちとは不可侵同盟を結び、いくつかのマフィアはむしろユージの味方だが、裏世界で名を挙げたいBランク以下のギャングやチンピラには常に命を狙われている。相手も防弾チョッキを着ていることが多いから、ユージの銃は全て防弾チョッキ対応仕様になっているのだ。当然全て強装弾だ。バックアップとしてよく携帯するコンパクト・45オートや9ミリ銃はSMG用の弾で、さらに鉛弾ではなく、鋼鉄の芯が内蔵されたアーマー・ピアシング……AT弾を使っている。反動は強く、しっかり握らないと装填不良を起こしたり、掌や手首を怪我をする場合がある。この島では、ジャムは即、死に繋がる。
「9ミリだから、撃てるけど……鼓膜にも悪いし掌の皮がむけちゃうよ。バンドでギターしている子にそれはまずいだろ?」
「何言っているんですか。ギターやってたら指とか切っちゃったり皮が剥けるのなんてしょっちゅうですよ」
涼はそう笑みを浮かべ返しながら、拓の言うとおり銃と弾を受け取り、言われたとおり交換しはじめた。
拓は自分が使っていた拳銃も並べ、見渡す。
拓がこの島でずっと使っているコルト1991A1カスタム。<死神>が持っていた1911系カスタムとS&WM586、ワルサーP5、グロック26……どれも装弾数は10発以下、メジャーかつクラシックな銃が多いが、マガジンの互換性はどれもない。口径は9ミリ、45口径、38口径/357マグナムに統一されていて、基本ノーマルタイプの防弾チョッキなら止められる。運営側には補給に都合よく、奪取した場合銃が統一されていないので参加者たちには過武装させない、徹底したバランス配備だ。長物はHK MP5が一丁、ウージーが一丁、M16A2・M725が一丁だ。
拓はナイロンのヒップホルスターを左腰、右にレッグホルスターを装着し、左側はずっと愛用しているM1991A1カスタム、右には、今涼に強装弾の詰め替えを頼んでいるM39を入れる予定だ。45オート用の予備マガジンはタクティカルベストに収めて、9ミリと45口径の弾を回収し、グロック26をポケットに入れた。長物は自分用にM725、涼用にMP5だけ持っていく。他にここを襲撃するとき持ってきたHK G36Cとソウドオフ・ショットガンがあり、これ以上は持てない。残りの弾を抜いた銃は遺体と同じ部屋に隠した。
それが一段落したとき、涼のほうも準備は終わっていた。
「それにしても……すごい施設ですよね。まさかこんなすごい施設が、こんな小さな島にあるなんて」
「元が完全秘密の軍事研究施設だからね。これまでバレなかったのか、不思議なくらいだね」
二人共今はある意味危険に晒されていないから、会話は比較的のんびりしたものになる。しばらくそんな話をしていたとき、涼は当たり前だがこれまで誰も言っていなかった事に気づいた。
「電気って……どうなっているんですか? この島、かなり電気使っていますよね」
「確か海底ケーブルで引いて……」
そう答えた拓が、その事の重大さに気がつき呆然となりしばらく言葉を失った。
……この島は米軍秘密施設だ。電圧も違えば電気消費量も半端じゃない……。
事件が立て続けに起こり、さらにここが米軍秘密研究施設だと分かった。そのため、ごく当たり前の疑問を完全に忘れていた。
この紫ノ上島は沖縄本島から約150キロ、宮古島を中心とした宮古列島からは60キロ離れている。ケーブルを引いているとしたら近いのは宮古島からだが宮古島からも距離はあるし宮古島の発電力ではこの島の施設を補う電力はない。そしてこの紫ノ上島周辺は米軍訓練エリアだ。拓の推理では、米軍秘密研究所で島自体が秘密基地のようなものだ。これほど大きな施設を作ったのだから、海上のどこかに極秘の発電施設を作っているのだろう。原子力はありえないから、天然ガス発電所ではないだろうか? 幸いこの沖縄列島周辺は天然ガス田地域で、天然ガス発電所を作ることができる。整備や起動を全自動にしておければ、天然ガスが枯渇するか機器の不備が起きない限り手はかからない。それは米国本土やアラスカでそういうほぼ全自動型の発電所があるから間違いない。年に数回の点検で済む。
しかし、拓が呆然となったのは、その事ではない。
問題は……米国政府機関施設では当たり前に設備されているモノ、自家発電装置だ。米国政府研究機関は最低120日、電力維持ができるよう、太陽パネル式かガソリン型自家発電機が設置されている。ここも当然120日分の電力維持ができる発電機があるはずだ。そして当然、120日分のガソリンがこの島にあるはずなのだ。が、そんなものは見ていない。
「どうしたんですか? 拓さん」
「最初の日の夜、覚えている? 涼ちゃん」
「ええっと……拓さんやサクラちゃんたちと仲良くなって、一緒に食事して、その後情報交換しあった……と思いますが、それが?」
「あの時サクラは言っていた。<この島にガソリンタンクが少ない>って。俺たちは漁船用のガソリンだと思っていたからあまり深く考えなかった。けど、あれは大きな問題だったんだよ。ここは潜水艦発着所やヘリポートまであった。当然ガソリンタンクは必要なはずなんだ」
「納屋にドラム缶で保管していた、とか?」
「そんな量じゃ足りないよ。学校の体育館くらいは必要だ」
「そんなところどこにもないですよ」
「あるよ」
そういうと拓は足で床を突いた。
「地下6F。もしくはさらにその下があるかもしれない。発電機は振動音なんかすごいから、できるだけ音がしないよう地下に作るんだ。<煉獄>から地下エリアに入ると大体地下4Fか5F。だから、村田は地下5Fまでの存在は認めていた。だとしたら、最下部は地下F6より下で、そこは発電機とガソリンの貯蔵タンク……そういう推理ができる」
「今もその発電機は使っているんですか? だって米軍が撤退したのは70年代じゃ」
「ある」
拓ははっきり断言した。そして置いてあった自分の上着を肩にかけ、内ポケットから携帯電話を取り出した。
「俺も本業の基礎を忘れていたよ。サタンたちがテロリストだとして、事件の捜査権にFBIが介入する……それは俺とサクラを巻き込んだ時点で敵組織は想定しているはずだ。涼ちゃん、俺たちFBIが立て篭もり事件や人質事件、テロリストが占拠している事件で、まず行うのは何だと思う?」
「え? ええっと……映画とかだとネゴシエーターが出てきますよね。あとは……カメラとか盗聴器とか仕掛ける?」
「相手がテロリストのときはね、涼ちゃん。まず電力供給をカットして電気を奪うんだ」
電力カットはテロリストに対し、視界を制限させ、色々な設備を無効にさせ、不安感を煽れる。テロリストと交渉するときのカードにもできる。
この島での事を想定した場合、制圧作戦を行うとしたらそれは確実だ。電力カットはケーブルを切断すればいい。敵組織もそのくらいは基本中の基本だから、当然対策として施設内にある非常用電源が使えるようにはしているはずだ。そして、最低4日はゲームが維持できるだけのガソリンも用意している。これまでのフェリー爆破やこの地下施設の設置に比べれば密かにガソリンを持ち込むことくらいなんでもない。その事を拓は涼に説明した。
「4日のガソリンってどのくらいですか?」
「これだけの施設、カメラ、機材だからね。70年代の発電機をそのまま使っているとしたら、25mプール一杯くらいはあるはずだよ」
「すごい量じゃないですか」
「ファイナル・ゲームが少し分かってきたよ。なんてこった……」
まだ電気ケーブルは使われている。つまり25mプール分のガソリンは手付かずだ。
それだけのガソリンを地下で爆破着火させれば…… 只でさえ爆発物だらけのこの地下施設は全て消し飛ぶ。さらに今頃気づいたことだが、ここはウイルス兵器開発施設だった。もしウイルスが洩れ(事実一部洩れて感染事件が起きたが)収拾がつかないと判断した時、ウイルスを封殺する方法は関連施設全てを焼き尽くす事だ。ウイルスは炎で消滅する。拓やサクラ含め全員、ゲームのほうに気を取られて、肝心の米軍施設の基本を忘れていた。
……村田が<絶望的なレベルの話>というのはこの事か……。
村田はそう今は亡き河野に漏らしていたのを拓も後で聞いたが、フォース・ルール直前の事で、その話を軽視していた。その後、非人道的な狂人鬼量産と悪質な殺し合いゲーム、涼の人質事件などいろいろあったのでそこまで考える余裕がなかった。だが、ゲームから事実上一時離脱した今、ようやく余裕ができて、この事実と推測に気づいた。
「この島は巨大な爆弾の上にある……」
ようやく拓が呆然となった意味を知り、涼も言葉を失った。しかもその爆弾のスイッチはサタンたちがにぎり、いつでも押す事ができる。
「発電機とガソリン貯蔵庫は米軍の記録にあるはずだ。アレックスに……」
記録を確かめてもらおう……としたとき、拓は携帯にメールが二件届いている事に気が付いた。最初の一件はアレックスから、もう一件はアドレスが違うが件名はサクラからだ。
最初のアレックスの件は裏工作活動だった事件の対応が、今後は表向きの米国政府が担当することになり、超法規的な対応が取れなくなったこと。他に今の活動について。サクラだけが島から救助されもう島にいないということだった。最後の内容が拓にとって最も衝撃的で、思わず「島にサクラはいないのか」と零し、それを聞いた涼も仰天する。
だがサクラからのメールを見た拓の表情から、仰天が消え、複雑な表情に変わった。
「た、拓さん?」
「サクラからのメールだけど……あいつ、救助された米軍基地から脱走して、今島に向かっている最中だって」
「戻ってきちゃうんですか!? せっかく無事救助されたのに!?」
「あいつ……本気で怒ってるな」と拓は苦笑した。
戻ってくるというのは、米国政府の関心を引き留めサタンにゲームを続けさせるためということだろうが、サクラはああ見えて、沸点は高いが一度火がつくと熱血的になり感情を昂らせ暴走する。サタンにしてやられた悔しさと、すっかり心を許してしまった仲間たちを助けたいという一心が、米軍基地からの脱走と島に何が何でも戻るという行動に繋がった、と拓は見ている。メールでは、「朝のニュースは島で見てやる」とあるから、そう時間を待たず戻ってくる予定なのだろう。
拓は苦笑すると、説明を待つ涼のほうに振り向いた。
「涼ちゃんや宮村さん、そして皆が心配だってさ、サクラは。言っただろ? アイツ、人見知りで中々人の輪には入ってこないけど、一度仲間になると、あいつは絶対仲間を見捨てない奴なんだ。涼ちゃんたちがサクラと仲良くなってくれたからだよ」
「……サクラちゃん……」
その拓の言葉は少し過大評価だったが、それもまた事実であることに違いはなかった。涼もその言葉に胸が詰まるような感動と、言いようのない嬉しさを感じ、目頭が少し熱くなった。
「あいつが戻ってくるなら上の皆も大丈夫……」
と呟いたときだった。新しいメールが届いた。相手はユージだった。
メール内容は簡潔だった。
『飛鳥が馬鹿やり始めた。島はまた動揺と事件が起きる。こっちでは止められない。そこに再び連中が戻ってくる可能性があるから、モニター系の機器を破壊し、S4のセーフエリアで状況を見守れ。お前はまだ無茶するな』
「飛鳥が?」
拓は首を傾げる。確かに飛鳥は暴走系だがこの現状でそんな大掛かりな事ができるのだろうか?
「飛鳥さんがどうかしたんですか?」と涼。拓にも分からない。何をしだしたのかユージは言ってきていない。ただ、サタンたちを怒らせていることは分かった。ここの機器を破壊し、S4……セーフエリア4(サクラと飛鳥が隠れていた地下1Fの部屋)に行け、ということは、サタンたちは通信機器を使わなければ対処できない状況ということだ。無鉄砲さでいえばサクラより飛鳥のほうが無鉄砲で計算できないような大暴走する。これまではサクラが飛鳥のアンカーだったが、サクラがいない今、誰も飛鳥の暴走は止められない。
まさか拓も、飛鳥がこの島の映像をネットで流し、世界中を騒がせ始めている事など知る余地もなく、その予想すらできなかった。
今の拓は点滴と輸血を続けながらゆっくりと移動することはできる。ユージはメールの添付で、今いる地下4F拠点からS4まで、カメラに映らず人にも気づかれづらいルートを画像にして送ってきていた。電話で言ってこなかったのは、言える状況にないのか、それとも拓がまだ寝ていると思っての事だ。そしてサタンたちがこの拠点に急ぎ戻ってくることはないという事なのだろう。そして、今の拓ではその対処ができないからこっちに任せていろ、と暗にユージは言っている、そう拓は理解した。
「涼ちゃん、移動の準備をしよう」
涼が動揺しないよう、いつもの口調で拓は涼を促し、自分はモニター機器のほうに向かった。ユージのバッグにはAEDがあり、それを流用すれば電圧で破壊することができるし、硫酸などの劇物も入っている。輸血と点滴は後15分くらいだから、万が一<死神>に遭遇したときは強引に引き抜いても問題ないだろう。
ようやく、拓たちも行動を始めた。
紫ノ上島 紫条家東館 午前5時13分
「ども~♪ 皆さんご存知AS探偵団、アスカ様やで! おまちどーさま、第三回紫ノ上島探検生放送や。もう早朝になり結構明かりがなくてもみえるようになってきたけど、まだ森の中は真っ暗ですな」
厚紙で簡単に作ったお面をかぶった飛鳥、そして後ろには紫条家東館の中庭と館が見える。さらに、昨日撃墜したヘリが映りこんでいた。
「相変わらず、不気味な悲鳴や雄たけびが聞こえとるデス。さて、では探検に移ります」
そういうと飛鳥はカメラを反転させ飛鳥目線になった。飛鳥はロケなどでタレントが自分撮り用に使う、背負って前に突き出すカメラ固定器を使っていて、ソフトライトの照明もあり、カメラは360度切り替えられる。
飛鳥は小走りにヘリのほうに向かっていく。
「さてさて。ここは紫条家東館の中庭なんやけど、なんかすごいなぁ~ なぜにヘリが墜落しとるのか……そして屋敷の窓はいくつも割られてるみたいやで。アレなんかは銃弾の跡みたいですなぁ~ ヘリはどうみても最近のカンジ……おおぅっ! なんか銃がおちとる~」
ヘリの側にあからさまにワルサーP38が置いてあり、飛鳥はそれをしっかりカメラに捉えズームする。このワルサーP38は飛鳥が隠し持っていたもので飛鳥の仕込みだ。
飛鳥はそれを手にしようとするが、「おおっと。触ったらアカンかった。ウチが銃刀法違反になるやん」と手を引っ込める。その直後、狂人鬼の悲鳴と銃声が島に響いた。飛鳥はそれに驚く様子もなく、カメラを自分に向ける。
「お聞きでしょーか? なんか誰かサバケーかなんかしているみたいや。しかも実銃のようで。ホント、この島は何がおきているのか、探偵団ボスのアスカ様としては非常に興味があるのでアリマス!」
コメント後、カメラを切り替え、こっそりワルサーP38を回収すると、無防備に開かれた地下への秘密扉に向かう飛鳥。そこからは明かりが洩れている。
「無人のはずの島やけど、なんか明かりがついている怪しい隠し扉を発見! なぜに屋敷側でなく庭の森の中にあんなのがあるのか……。ということで、アスカ様の探検はまだまだ続くのでよろしく~♪」
そういうと飛鳥は一度カメラを切る。長い動画は流せない。このカメラの映像は中継され、サクラの携帯電話によって数分の時間差でネットの動画サイトに投稿される。
多くの参加者たちが暴走を危惧していたが、意外に飛鳥は賢明で、死体、狂人鬼などは映さず、銃も映すだけで触らない。見せている限り飛鳥はバットしか持っていない。次にどこにいくか、匂わすがそこに行くとは言っていないからサタンたちも飛鳥を捕まえる事ができない。飛鳥の行動には犯罪にあたることもなく、この動画内容だけでは、動画削除する事はできない。ただし、B・メーカーでのゲームを視聴している者や、事件を知っている政府や日Nテレビ局、関係者たちは蒼白モノだ。
飛鳥の第四回放送は前振りとは違い、西館前だった、そこはユージが狙撃で<死神>たちを撃ち殺したところで血や砕け散った頭部のようなモノ、バリケード、銃撃戦の跡が生々しく残っているが、遺体はユージが回収したからここにはない。
「なんか戦場レポーターの気分デス。30年前何が起こったか調べにきたんやけど、この島は一体なんやろー?」
レポートぶりは相変わらずいつもの飛鳥で、全く怯えたり戸惑ったりするところがない。ちゃんとこれにも意味がある。もちろん、飛鳥がこういう修羅場慣れしていることもあるし、その肝の太さもあるが、こうやって淡々と報道することで、後に問題になっても「アレはテレビ局と組んでやった、やらせデス」といい逃れるつもりなのだ。それとは真逆に受け取るのはゲーム企画運営者たちだ。サタンたちやその黒幕たちから見れば、飛鳥のこの態度はふてぶてしく、挑戦……というより脅しているようにしか見えない。だがカメラが回っている以上、サタンも飛鳥と接触できない。それが全世界に流れてしまう。
だが相手は知能指数150以上のサタンだ。
サタン・村田は、飛鳥に対して、切り札として残していたカードを使う事を決意し、すぐにそれを実行に移すよう命じた。
そして15分後……。
島中に轟くような凄まじい獣の咆哮と、狂人鬼たちの悲鳴が合唱のように鳴り響き、そこに銃声も加わり地獄の演奏会が始まった。
モンスター 2
東京 午前5時15分
慈星総合病院の前に車を止めたユージとセシルは、そこから緊急診察用入口を見ていた。予想外の目障りなものがあり、行動が起こせずにいた。パトカーだ。他に所轄の警邏の制服警官がたむろしている。2人、場違いなスーツ姿の男がいるのは、多分羽山の手下だろう。
羽山の件ではないようだ。おそらく羽山がユージ対策のため、なんらかの理由をつけて何かしら警官を呼んだのだろう。ユージは本庁や警察庁、日本政府には強権を発動できるが、その権限は所轄レベルには通達されていない。普通の交番勤務の警官はユージのことなど知らないから、元々純日本人のユージがFBIを名乗っても信用するはずがない。
すでに停車して4分……そろそろこの車に不審を抱くだろう。緊急診療入口前に車が着いたのに、誰も出てこず停車したままだ。警官たちも異常に気が付きつつある様だ。
「松浦宗一外科部長……54歳。こいつだな」
ユージはタブレットで病院のHPから白髪交じりで男前といっていい一人の医師の画像を出し、それをセシルにも見せた。
「仕方ない。あの警官連中は俺が食い止める。セシル、君は病人のフリをして中に入り羽山か松浦医師を探せ。ボディーガードが妨害してきたら排除していい」
「分かりました」
セシルは深くニット帽をかぶり、マスクをする。ユージはセシルに<特別連邦捜査官>のバッチを渡した。これは今回の事件対応のため、特別に大統領からユージに預けられたものだ。ユージはユージでFBIバッチがある。
「バレるなよ」
「はい」
セシルは静かに車から出て、俯きながら小走りに緊急診療入口に入っていった。所轄の通報は不審者がやってくる、という情報だったのか、警官たちがセシルを見て反応した。そして二人のスーツの男もセシルもこっちを見た。羽山がここにいることを、この一連の反応で解った。
説明する時間はない。ユージは本庁の公安部長の原を呼ぶため携帯電話をかけながら、車から降りた。ユージが出た瞬間、スーツ姿の男二人も動く。一人はすぐに携帯電話を取り、一人は病院内に走ろうとした。
……強行あるのみ……!
相手の正体が誰かなど考えない。ユージは背中からサイレンサーをつけたS&W M&Pを抜いた。さすがに射殺はせず、一人の足元に弾を撃ち込み、携帯電話を持っていた男の携帯電話だけを撃ち抜く。
「動くな。携帯電話と無線を捨てろ。射殺するぞ」
そういうと、ユージは警官たちを見る。警官たちは当然狼狽し、4人いた警官のうち二人は腰の拳銃に手をかけ、一人は無線機に手をかけた。ユージは全員、防刃ベストを着ているのを確認すると、問答無用で今度は警官たちに向かって威嚇射撃をした。
「お前たちも動くな! 動けば射殺する。銃と無線をベルトごと捨てろ、今すぐだ」
そして容赦なくパトカーのタイヤ、無線機のアンテナ、パトランプを一瞬にして破壊すると、突然の非日常的な出来事で動けなくなっている警官たちにあっという間に近づく。
「FBIの捜査官だ。動くな」
そういうが早いか、一端携帯電話を保留にしてポケットに投げ入れた瞬間に左手で愛用のDE44を抜くと、4人の警官を一瞬で殴り倒した。DEは重さ2キロもある鉄の塊だ。強力な鈍器にもなる。
だがユージが警官たちを殴り倒す間に、二人のスーツの男たちは中に走った。それもユージは見逃さない。二人に向け右手に握ったS&W M&Pを向け発砲する。弾は彼らの足と腕を掠め、二人は転がるように病院内に逃げ込んだ。
……これでいい……。
殺すため撃ったのではない。
被弾した二人は携帯電話を捨てていった。奴らはユージが来たことを直に羽山に伝えに行くだろう。わざと殺さず腕や足に当てたのは、その血痕で追跡するためだ。
「さすがにこれは怒られるかな」
伸した警官たちから手錠と拳銃、無線を奪い、全員後ろ手で手錠をかけた。後の処理は公安の原に任せればいい。
その時だ。激しい銃声が聞こえた。セシルが敵と遭遇したのだろう。
ユージは、DEを右手に持ち代え、整然と病院に侵入していった。
紫ノ上島 <新・煉獄>付近 午前5時23分
朝日が水平線から上がり、太陽の光にも熱が篭ってきた。今日も天気は晴天で風もなく、南国らしい爽やかな日和になるだろう。
もっとも……この島にいる人間たちには、天気など何の喜びにもならない。むしろ雨がよかったかもしれない。水を嫌うヤツラの行動を抑えられたかもしれない。
「もっと火を作るんだ!! このままじゃ突進してくるぞ!!」
片山はM4カービンをセミオートで撃ちながら、仲間たちに向かい叫んだ。
選ばれた者だけがサタンたちに対処する……。
そんな悠長なことをいっていられる事態ではない。目前には強毒性変異狂犬病に侵され、完全にモンスターと化した2頭の羆と、1頭のホッキョクグマ、そして5頭の大陸狼、10数匹の犬、6匹の猿が、<新・煉獄>周辺に群がっている。
最初に発見したのは監視役をしていた宮村だった。目立つ羆のシルエットを見つけた瞬間、宮村は昨夜の恐怖に背を冷やしつつ、すぐに反応した。
「あいつらモンスター化してるっ!! ただの動物じゃない! ゾンビになったモンスターよ!!」
宮村が叫び、すぐに全員を叩き起こした。地下での<モンスター・パニック>のゲームで、この猛獣たちの戦闘力を知っている。すぐにこれが容易ならざる状況だと分かった。そして、怯えたり警告したりしても無駄だと知っているし、小屋程度の<新・煉獄>に立て篭もっても何の安心にもならないことも知っている。ほとんどの人間が恐怖で動けない中、宮村だけは一度体験し、いち早く冷静さをすぐに取り戻した。そして宮村の警告で、この島で散々修羅場を体験した片山、田村、岩崎はすぐに動いた。片山と田村がすぐに自動小銃を取り、宮村と岩崎は予め用意していた鉄板や家具を倒しバリケードを作る。
幸い、太陽が上がった。地下や森から這い出てきた猛獣たちにとって太陽は忌々しい壁であり苦痛だ。そのため彼らの食欲本能に火がつくには少しの余裕があった事が生存者たちに幸いした。ずっと一線で戦っていた片山たちに続いて、この島のサバイバル・デスゲームに慣れた三上や斉藤、樺山の女性陣と、事情を聞かされていたボブ、佐々木が行動を移し、やがてディレクターの島の指示で、生存者全員で壁や家具を壊し、焚き火を熾して道を封じ、すぐ後ろに家具や鉄板、鉄パイプなどでバリケードを作り上げた。
今、とにかく火に木材を投げ入れ、火を盛んにし猛獣たちを近づけない事。銃火器で少しでも倒すこと。そして少しでもバリケードを強化することだ。銃は使い慣れた片山、田村、宮村が自動小銃、ボブと佐々木がSMG。他の人間もそれぞれ拳銃を持ち、少しでも機会があれば発砲していく。
しかし、異常な生命力を持つ羆やホッキョクグマ、大型大陸狼を倒すほどの火力はなく、猿や狂犬たちは素早く、プロではない彼らに的確に撃つことはできない。
「あの飛鳥とかいう小娘のせいでこんな事に……」
佐々木はイングラムM10のマガジンを交換しながら呟いた。それを聞いた田村が冷静にその事を否定した。
「タイミングが早すぎるわ。これは元々サタンが仕組んだ事よ!」
「佐々木さんは知らないだろうけど、サタンはそんな感情的なヤツじゃないんだって。このゲームは一目瞭然よ! 世界中が見ている中、猛獣たちに私たちが食い散らかすシーンを流して、このゲームを終わりにしたいだけよ!! もうこの島のサタンのゲームは終わったようなものなんだから!」
宮村が叫んだ。それは佐々木だけでなく、周りの人間にも聞かせて現状を理解させるためだった。
「これがサタンの仕掛けたゲームなら、村田のヤツが必ずモニターに出て何か言ってくるはずなの! <飛鳥ちゃんに手を引かせなければ猛獣を開放する>とかね! でもそんなものなかった。つまり、私たちを抹殺するのが目的なのは明白!」
そして片山も同じように大声で続く。
「多分これがファイナル・ゲームの前倒しだな。捜査官もサクラ君もいないし、この<新・煉獄>には飛鳥君もいない。俺たちの価値は、所詮、ショーのための生贄だからな!」
片山は自動小銃を捨て、ショットガンを取った。
「持ち堪えるんだ!! もうじき捜査官が戻ってくる!! そうすれば助かる!」
そう叫びながら応戦する片山も、内心ではその事は希望でしかないことを知っていた。こんな状況下で、拓と涼が戻ってきてどうなるというのだろうか? あえてこの状況下を変えられるとすれば、飛鳥がこれまで通りサタンを挑発し、サタン側の手によって猛獣を引き取らせるか、飛鳥の放送を見て日本政府や米国政府が動いてくれるかしかない。だが、その可能性は限りなく低いだろう。
紫ノ上島 本館 午前5時17分 ……時間は少し遡る……
『ようやく話を聞く気になってくれたかな。飛鳥君』
サタン……村田は珍しく苛立ちを隠そうとせず、仏頂面で画面に現れていた。
もっとも、それとは正反対に全く平常運転の飛鳥がいる。
「で。儲け話ってナンや??」
飛鳥への村田の呼びかけはこれが最初ではない。10分前、サタンは飛鳥を名指しで呼びかけたが飛鳥は一瞥し無視した。そして5分前にも再び呼びかけた。その時は、飛鳥は足を止めた。
『君は随分面白い試みをしているようだね』
と、この時は、いつものサタンの口調で余裕を持っていたが、飛鳥も全く顔色変えず「うん。じゃあバイバイ」と去っていった。これは全域に放送されていて、片山や宮村たちはその応答に思わず吹き出した。そしてその直後、村田は『君をこの島から生還させてあげよう』という放送にも、飛鳥は「気にせんでも死ぬ予定ないから」と答え、無視して歩いていった。
飛鳥は紫条家本館を探索しているから、モニターはそこらじゅうにある。
そして三分前、ついに村田の口調は畏まった固いゲームマスター口調から、村田個人の会話に変わった。
『少しは相手してくれないかな、飛鳥君。これは皆の生死に関わる事だ。話をしている間に君を捕まえようとかそういう行動はしないから、まずは話を……』
「ほい、ここまで聞いた。忙しいから後でな~」と、また飛鳥は去る。だがすぐに村田が『君はお金が好きだろう? お金をあげよう』という言葉で飛鳥は足を止めた。飛鳥がお金に煩い事は事前情報で分かっている。しかし、飛鳥はその言葉では釣れなかった。
「だからウチは動画撮ってるんやん♪ ふっふっふ♪ こんな世紀の大事件! 動画を世界配信で広告費用やら映像権利やらでお小遣いガッポガッポや。さぁーらばぁ~」
と、言い捨て飛鳥はまた去っていく。これには村田も参った。そんな広告収入より今自分たちが関わっているゲームのほうが高額ではないか。生還すれば一億円貰えるのだから。
サクラや拓がサタンを無視する場合、そこにはちゃんと戦略や思惑があるが、飛鳥にはそれがなく出鱈目だ。村田はこの瞬間、飛鳥が容易ならない相手であると再認識すると同時に、精神的には相応の子供だという、ごく当たり前のことに思い至った。思えばここに集められた参加者は、タレントたちを除けばIQの高い人間ばかりで、それ以外は操るのが簡単な人間だと区別していた。しかし、飛鳥はその斜め上の、全く予想もつかないベクトルにズバ抜けていた。
『分かった! 飛鳥君、大金をやる!! しかもいい話だ。儲け話だ、だから少しでいいから話を聞け!!』
ついに村田は言葉を荒げ叫んだ。その瞬間、モニターから離れていた飛鳥は、あっという間に駆け戻ってくると、ニコニコと満天の笑みを浮かべ「大金♪ 何や何や? いくらや?」と戻ってきた。さっきまでと打って変わった態度と現金さに、片山や宮村たちは哄笑し、村田は顔を手で覆った。ここまで自分に正直な人間を村田は見たことがなかった。
『君には参った。扱いづらいよ飛鳥君。そこで、双方にとっていい案が思いついた。さっきも言ったとおり、君には大金をあげる。そして、この島から出て行ってくれ。頼むよ』
「初めっからそういう態度でいうたらよかったのに。そやけどぉー そんな話鵜呑みにするほどアホに見えるか、ウチが。アンタらの用意周到さや卑劣さはようしっとるンやで」
『ボートを出す。それに乗って自分で帰ったらいい。金は現金で一緒に渡すよ』
「そして途中襲撃されて海の底ぉ~。己らのフェリーが近くの海にあることを知っとるわい。残念、却下や」
我侭で子供っぽいが、同時に並の大人たちより度胸があり修羅場にも慣れていて、冷静で警戒心は忘れていない。そして頭の回転や判断力は高い。村田は本当に飛鳥をサクラと一緒に連れ出さなかった事を後悔した。
『じゃあ君の救出は島の近くで、海上保安庁にやらせる。それなら安全だろ?』
「あれかてお前らの仲間やないカイ」
『いや、海上保安庁はあくまで利用しただけ。不安なら、君のカメラで録画しながら救助されたらいいでしょう。もし海上保安庁の人間が君に危害を加えればそれはそのままインターネットに流れる。それは海上保安庁としてまずい。それなら君も安心できると思うけど?』
「涼っちとミヤムーも一緒?」
『それは駄目だ。君だけだ』
「それはウチの良心が許さへん」
『その良心を補うだけの大金は用意するが』
「友情を金で売れるか!! で……いくらや?」
あっさり良心を売る飛鳥。理系脳の村田には全く飛鳥という人間が理解できない。
『5億でどうだい?』
5億……それは拓やサクラたち<天使役>に支払うといった額だ。そして村田はカメラから少し身を引き、5億円の詰まったバッグを飛鳥に見せた。飛鳥は「おおーっ」と歓声を上げるが、その飛鳥の口から出たのは「もう一声♪」という要求だった。村田の提示は7億、8億、そして10億になったが、飛鳥は「あと一声♪」と続ける。村田は苛立ちを懸命に押さえ『いくらならいいんだ!?』と叫んだ。
「50億円♪」
『…………』
「んー……本当は100億といいたいトコなんやけど、それだけのお金やと一人で持ちきれへんし、置く場所も困るし……ま、半分の50億円でどうやろか?」
……50億円だって一人で持ちきれるはずがないだろう! 村田はそう怒鳴りかけ、やめた。そして頭を手で覆き顔を伏せ、なんとか理性を取り戻そうと自分に言い聞かせる。
『……20億円。それがこの島に今ある現金全部だ。君が家に無事戻り、これまでの録画と動画を破棄、島の事を公言しないと約束すれば、さらに5億円送金する。合計25億円だ。それだけあれば好きなだけ遊んで暮らせる。そして、僕たちは今後意図的に高遠涼と宮村理恵の二人の命は狙わない、と約束しよう。どうせこの会話も録画しているのだろ? ゲーム運営者のアドレスを君にだけ教えるから、この会話を証拠に連絡を取り手続きするといい。ボートはすぐに用意して役場前にもっていくから、それに乗って好きな方向に進んだらいい。君の携帯電話もボートに入れておくから、自分で救助要請を出してもいいし、この契約をサクラ君に教えたら米軍も動くかもしれない。僕たちは君のために海上保安庁に漂流者情報を流すから、すぐに救助される』
「おおー。村田も随分大盤振る舞いやな」
『飛鳥君の勝ちだ。これはその報酬だよ。こんなに譲歩した取引はないぞ?』
「ほうやなぁ~ これやと涼っちとミヤムーは助かるし、ウチも満足かなぁ~?」
ウンウン、と嬉しそうに頷く飛鳥を見て、村田はようやく息を吐いた。
「ジッチャンも歳やし、25億あればサクラも喜ぶなぁ~」
『じゃあそれで契約は成立だ』
「うい♪」
満足げに何度も頷く飛鳥。村田もようやくこれまでの村田に戻った。その時だった。
飛鳥は嬉しそうに笑いながら妙な事を言い出した。
「あー……でもなぁ……実はウチのジッチャン、今整体師やけど元警官やねん。まぁそんだけ金あればジッチャンも文句は言わんやろー。それはそうと、や」
飛鳥の笑顔は変わらない。だが次の言葉を村田は予期できなかった。
「これでもウチはネット探偵AS探偵団のボスや。将来的にはホンマモンの探偵業でもして面白可笑しく暮らす予定なんで、25億はその資金としてどうしても欲しい! ……ンやけど……警察関係に知り合いおるし過去同じ事があったけど、これって犯罪で得られたお金やん? ウチの記憶が間違いやなかったら、犯罪で得たお金は税金はかからんケド、確か没収されるハズなんやなぁ~♪ 昔、それで没収されたし。そんでもって、これを受け取ったら、ウチは共犯になってまうんとちゃうかな~♪」
そういうと、飛鳥は「ご馳走様」と合掌し、怒るでなく嘆くでもなく、いつもの表情に戻った。
「つーことで、ウチとしてはそんなトホホなオチいらんから、この話はお流れやなー。ま、ウチは地道に動画広告で地味に稼ぐわ♪ ほな、サイナラ♪」
バイバイ、と飛鳥は手を振りモニターから消えていった。
村田は最初、何がどうなったか分からなかったが、すぐに飛鳥におちょくられた事を悟り、モニターがまだ点いている事を忘れ島中に罵声を響かせた。むろん、飛鳥はそれ以降村田の相手になることはなかった。そのやり取りを全部聞いていた片山、宮村たちもこの時ばかり現状忘れて大爆笑した。
紫ノ上島 紫条家敷地 午前5時25分
<新・煉獄>周辺の惨状を、双眼鏡越しで確認した飛鳥は、少しの焦りと罪悪感が混じった苦笑いをうかべていた。
「ま……まさか、ウチのせいでああなったンやないやんな? あはは……ま、まさかあのくらいでキレたりはせんやろ、大人が……うん、ウチのせいやないな、うん。村田もそこまで大人気ないことは……せえへんやろ……うん。サクラやあるまいし……うん……多分ウチのせいではない……多分。でも当分戻らんとこ。うん……」
乾いた笑い声で動揺を隠そうとする飛鳥。しかしさっきまでの元気はなかった。
「<くまもんモン>はウチではどないもならへん。ここは皆を信じ、うちは隠れ……じゃなく、調査を続けるか! あはは……はぁ……」
……いっそ村田に言ってこっそり島から逃げ出そうか……。
タイミングがタイミングなだけに、この状況にはさすがの飛鳥も責任を少し感じるものがあった。しかし、あそこまでからかった後ではそんな恥の上乗りみたいなことはできない。とはいえ、関連性があるかないかはともかく、この状況はなんとかしないといけないとも思うのだが、飛鳥にどんな手が打てるのか……飛鳥は腕を組み考え込んでいるとき、突然何者かが飛鳥の背中に触れた。
「飛鳥ちゃん?」
「どわぁぁぁーーっ!!」
飛び上がらんばかりに驚いた飛鳥は一瞬にして10mほど駆け出した。まるで猫かと思うほど早い。
あまりの反応に、声をかけた涼のほうが思わずビクッと体を縮ませた。
「な……何や、涼っちやん。ビックリした……」
「こっちがビックリしたよ。すごい声」
飛鳥はキョロキョロと意味なく見渡し、ため息をつくと涼のところに戻ってくる。
「涼っち、無事やったんやなー! ……ええっと、あの<くまもんモン>たちはウチのせいやないで? あれ? 拓ちんはどこ? 死んだ?」
「生きていますよ! ……さっきまで一緒だったんだけど、あの住宅地の状況知って……」
「逃げた? あ、ウチのせいやないで、アレ」
「違うよ。拓さん、アレを操作しているものを止めてくるって地下のほうに行ったんです。西の森か役場のほうかな」
「あいつら猛獣やで? サクラですらお手上げやのに、そんなんできるんかな? ウチのせいではないど?」
何度も「ウチのせいではない」と付け加える飛鳥。ボケ半分、責任逃避半分だ。しかし涼はその事に気づかず、とりあえず口早にこれまでの拓とユージが来た経緯、今回の事件の真相や、この島に大量のガソリンが眠っている可能性があること、そしてサクラが戻ってくるという話をした。
飛鳥は事件の真相には興味なかったが、サクラが戻ってくる、というのには驚いた。涼はサクラがどういう経緯で救助されているか知らないから、そのサクラが戻ってくるということがいかに困難な事であるかは理解できる。飛鳥も首を捻る。
「戻るいうたかて、方法がないやろ? 今回はユージさんルートやセシルっちルートは使えへんし東京ならともかく沖縄にはコネがない。まさかあいつ、自力で飛んでくるンやないやろーな……」
「飛ぶ……」
確かにサクラは空に浮いていたし、飛んでいるところを見たことがあるが、さすがに約150キロもあるこの紫ノ上島までやって来られるものだろうか?
「あいつの最高速は確か40キロくらいやろ? ええっと……それやと……もろもろ入れて約5時間やん。てことは11時前到着、ゲーム終了間際やないかい。それならうーぱーるーぱー犬モドキに強訴したら早いのに……あいつはアホやないんか?」
「サクラちゃんなら何か別の方法考えていると思うけど?」
「まぁええわ。あのアホの事は、今は他の人には言わんとこう涼っち。下手に言うと皆期待してまうし、折角皆の注目がウチに集まってるトコやし」
前半部分の判断は聡明だが、後半の本音を口にするあたり、飛鳥の性格がよく出ている。
そして、これを聞く相手は、飛鳥が本気なのか遊びなのか困惑するのだ。
「それより早く皆のトコに行かないと!」
「いや、それはまずい。ウチらか弱い少女二人が行っても焼け石に水や。ウチもなんか気まずいし……危険やし、二人でこっそり……」
「飛鳥ちゃん!」
「いや、ちゃうねん! こっそり……こそり……こっそり、ある物取りに行くンや!」
本音を漏らした失言だったが、それを誤魔化す飛鳥。ある物と言ったが、もちろんそれは口からの出任せで、それが何か出てこない。数秒間、飛鳥は豪快に笑ったまま固まっていたが、飛鳥の強烈な危機回避本能によって、知恵は天から降りてきて、ある事を飛鳥に気づかせた。
「ガソリン……?」
「え? あ、うん。拓さんはこの島にガソリンがあるかもって」
「いや、そうやないねん」
そういうと飛鳥は涼の手を取ると、紫条家西館方面に早足で歩き出した。
戸惑う涼を飛鳥は強引に引っ張りながら、ネット公開用に使っていたビデオカメラを外し、データーを検索しはじめた。
「下の皆を救う起死回生の策があるんや」
そういうと飛鳥は約30分前、西館内をさまよっているときの動画を注視していた。そして、階段下の廊下で映像を止め、それを涼に見せた。部屋は薄暗く分かりにくいが、和式と洋式が混じった廊下で、階段の下は使わない家具置きになっているようだ。他に戦闘の跡や人や<死神>が映っている様子はない。
初めは何があるのか全く検討もつかなかった。
「石油ストーブと一斗缶があるやろ? ウチのじっちゃんも未だに石油ストーブ使ってるし、この特徴ある形は間違いない。多分、横の一斗缶は灯油やないかな」
そう言われて、涼はもう一度映像を確認すると、確かに前世紀使われていた灯油式ストーブが映っている。今では見ない、露出型のもので、ストーブの上が鉄板になっているものだ。
涼はビデオカメラを飛鳥に返しながら、飛鳥の意図を尋ねた。これが一斗缶だとして、灯油が残っていたとしてもこのくらいの灯油では何ができるわけでもない。
「実はこの一斗缶、何缶もあるんや! 紫条家の納屋に」
「ええっ!?」
「実はな~ 一斗缶に灯油が入ってる事は二日目の夜、ウチとサクラで見つけて知ってたんやけど、小生意気なサクラのヤツが『酸化した灯油なんか使い道ない』というてそのままにしとったんや。ま、灯油で車とか船動かすワケやないし、火炎瓶として使うには即燃えにくいし危ないし、火事でもなればえらいことやから放置してきたんやけど……」
その時、涼もようやく飛鳥の意図を悟った。
「強い火を熾すには使える!」
家具や壁板を剥がして燃やしても、それほど強い火力は出ないし限界も早い。だが、灯油であれば強い火力がすぐに熾せる。上手く使えば羆や狂犬を焼き殺せるかもしれない。
幸い二人が出会った場所は本館と西館の間で、納屋は本館と西館のやや西館寄りのところにある。今いる場所からならすぐ傍だ。
納屋正面はシャッターだ。たどり着いた飛鳥と涼は、すぐに裏口のほうに回るが、裏口のドアにはチェーンが巻かれダイヤル錠で封印されている。
「しまった。他の人が入れへんよう、鍵かけてチェーン巻いたんやった」
「飛鳥ちゃんが?」
「サクラのアホがや。くそー、ピッキングしとる場合やないから強硬手段や」
そういうと飛鳥はショルダーホルスターからワルサーP38を抜くと、銃口をチェーンに近づけ、「南無三!」と目を瞑り引き金を引いた。だが、弾丸はダイヤル錠に当たらず巻きついたチェーンの一部を潰しただけで解けなかった。
「……テレビや映画のうそつきぃーっ!!」
「ちゃんと当たっていなかったよ。そして南無三の使い方、違う」
「南無三」
「うん。今のは正解」
「って、コントやっとる場合か! 涼っち、跳弾があるからウチの後ろに隠れるんや!」
すぐに涼は飛鳥の後ろに立つ。飛鳥はバリアーのスイッチを強め、しっかり目を開き5連射した。 それでようやく巻きついていたチェーンとダイヤル錠を破壊した。
「よしっ!」
すぐにドアに手を伸ばしたが、ドアにも鍵が掛かっていた。サクラは念には念を入れ、念力で鍵をかけていたのだ。これではサクラ以外の者には開けられない。
「あのクソガキめっ!! 少しは人のこと考えろボケっ!」
叫びながら今度はドアノブに発砲する飛鳥。ドアノブはすぐに壊れた。だが、錠のほうまで壊れ、ロックがかかったままになってしまった。これではピッキングも無理だ。そしてワルサーのマガジンも空になった。
「何でやねんっ!!」
「映画やドラマだと開くよね……」
「あ! 確か普通は蝶番のほうを破壊するんやったか……」
そう一人叫ぶと、飛鳥はポケットからJOLJUのパワー手袋を取り出し嵌めると、取れて開いたドアノブの穴に手を突っ込み、強引に引っ張ってドアを壊した。古いドアだから強引に引っ張るだけで十分壊れたのだ。
「あーっ!! もう! 初めからこうしとったらよかったんや! サクラのせいでつまらないモノに貴重な弾使ってしまったわい!」
「…………」
飛鳥は一人憤慨しながらポケットから弾を取り出しマガジンに弾を詰めながら中に入っていった。第三者からすれば飛鳥が一人漫才をしているようにしか見えなかったが……。
3
東京 午前5時27分 慈星総合病院
元日本人で日本で医師免許を取得したユージにとって、大病院の構造や医師たちが考える事など熟知している。
ユージは入院病棟最上階の、特別入院患者用フロアーにいた。
羽山がいるかどうか、疑問を抱く必要がない。怯える看護師たちと、廊下にある銃撃戦の跡、射殺されたスーツ姿の男たち……間違いない。すでにユージは自分がFBIであると病院側に伝え、さらに「テロリストがいる。自分が対応するし通報済みだ。避難活動せず各部屋に患者を押し込め待機しろ」と命じてある。その際、ユージは病院関係者を安心させるため、国際医師免許も見せている。
ユージは目的の部屋に着くと、施錠を確認せず、問答無用でサイレンサー付きS&WM&Pでドアを破壊し、弾の切れた銃を捨てドアを蹴り開けた。飛鳥と違いプロのユージはドアの破壊方も知っている。
飛び込むと、そこには突然の乱入者に驚き唖然としている松浦がいた。
「FBI、ユージ=クロベ捜査官だ。松浦医師、一切無駄口を言わず羽山を出せ」
「き、君は!」
ようやく突然の乱入者に当然の反応をした松浦だが、ユージは有無を言わさず、強烈な鉄拳を松倉の顔面に打ち込んだ。さすが、といっていいのか、強烈な打撃だが鼻もアゴ骨も砕かず、松浦は口の中を切っただけだ。痛みと衝撃だけを与える、プロの拳だ。
ここは特別個室入院部屋で、ホテルのスイートルーム並の環境になっている。部屋も3つある。その中のどこかに羽山はいるだろう。部屋中央にあるテーブルとベッドの上には、傷を治療した跡や血痕があった。
「黙ってその場から一歩も動くな、松浦医師。お前の逮捕は後回しだ。動いたり一言でも喋ったら撃ち殺す」
その時だ。
病室に付いているユニットバス・ルームから、セシルを羽交い絞めにした羽山が姿を現した。羽山の左手には、セシルの銃が握られている。
「…………」
想定通りだった。セシルが周辺にいない時点で人質になっている事は分かっていた。
おそらく、看護師あたりを人質にしてセシルを投降させたのだろう。でなければセシルほどの戦闘力を持っている諜報員を日本の裏世界のボディーガードたちでどうこうできるはずがない。普段の任務ならともかく、今のセシルはユージの助手で強硬手段は取れない。人質を取られれば降るしかできない。
「銃を捨てるのはそっちだ! クロベ!!」
羽山はユージを睨みながら、強くセシルのこみかめに銃を押し付けた。セシルは無表情で抵抗もせず沈黙している。
「墓穴を掘ったな。もう言い逃れできんぞ、羽山」
「黙れ! この女を殺すぞ」
「最初で最後の警告だ。銃を捨てて投降し捜査に協力しろ。そうすれば命だけは助けてやる」
ユージは全く動じない。羽山は露骨に不快感を露にし、さらに強くセシルを締め上げ、自分の体をセシルに密着させ、セシルを完全に盾にした。それを見たユージも、表情を変えずため息をつくと、意外な命令をセシルに告げた。
「力を抜け、セシル」
「はい」
「いいか松浦医師、そして羽山。その娘は音楽家のセシル=シュタイナーだ。名前くらいは聞いた事があるだろう、天才音楽家だが、CIAの諜報員だ」
「CIA!?」
驚きの声を漏らしたのは松浦だ。よく見れば、確かに世界的有名天才音楽家のセシル=シュタイナー本人だ。昨日のワイドショーにも出演していた。芸能関係に疎い松浦でも知っている顔だ。そんな有名人が実はCIAエージェントだったなんていうとんでもない暴露をよりにもよってユージが口にしたのか、訳が分からない。それは羽山も同様だ。
だが、これこそがユージの死刑宣告だった。
「これでお前たちは、CIAの極秘情報を知った。アメリカ当局はこの秘密を知った人間を抹殺することになっている」
「お前が自分で喋ったんだろうがっ!!」
激昂する羽山。だが松浦は今の一言で、ユージが自分たちを殺す気だと知った。
「私は関係ない! 他言しない、言うとおりにする! 協力する!!」
松浦は降伏した。ユージは一瞥し「なら黙ってその場から動くな」と言い、ゆっくりとDEの銃口を羽山に向けた。
「時間が惜しいから、はっきり言う。セシルを解放して俺に捕まるか、セシルを盾にしたまま射殺されるか決めろ」
「どんな立場でそんな事が!!」
「よし分かった。お前は射殺する。言っておくが、お前がどの程度あのデス・ゲームに関連しているか大体知っている。お前は真の黒幕じゃない。今回の企画にはお前以外にも何人もトップがいることは知っている。だからお前はここで殺す。セシルを盾にしているつもりだろうが無駄だ。僅か一センチでも隙があれば俺はそこを撃ち抜き、そして止めを刺す。脅しじゃないぞ」
「その前にこの小娘を撃つぞ」
「撃った瞬間お前を守る盾はなくなる。やりたければやれ」
その時だ。羽山のボディーガードが撃たれた足を引きずりこの部屋に現れ、銃口をユージに向けた。それを一瞥したユージは、驚嘆すべき超人的な射撃を見せた。羽山を睨みつけたまま、羽山に向いていたDEの銃口が目にも留まらぬ速さで背後のボディーガードの男に向け、一瞬で頭部をふっ飛ばし、高速で排出された44口径の薬莢が床に落ちる前にはもう銃口は羽山に突きつけられていた。しかも超人的なのはそれだけではなかった。
「松浦医師。確認してもらおう。今、背後の男を右眼球から頭部へ撃ちぬいた。男は即死、弾は後頭部から射出、射出口は半径約2センチ、前頭葉の一部、右脳は完全に損傷し30%がミンチになって射出口より流出。出血が今は約500ccで脳漿が120cc混じっている。検視をしろ。逃げれば男と同じ目に遭わせる」
未だ今の出来事が理解できない松浦は、言われた通り男を検視し、言葉を失った。ユージの説明は正にその通りだったからだ。凄まじい……もはや神業といってもいい射撃の腕と、的確な医学知識だ。ただ背後の相手の気配を感じて撃つ事はプロでもできるだろうが、的確に右眼球を撃ち抜くなど人の技ではない。松浦は震える声でその事を報告すると、ユージはこれまでと違い、両手でDEを構えた。
「と、いう事だ。俺の射撃はコンピューターより正確だ。そして教えてやる。俺の銃は44マグナム、重なり合っていれば3人は撃ち抜ける。つまりこういう事だ。俺はセシルの身体越しにお前を撃つことができる。セシルには力を抜かせた。ここは病院で俺は世界屈指の外科医だ。セシルに致命傷与えることなくお前に致命傷を与える事ができる」
「ば、馬鹿いうな! 撃てるはずが……」
「ユージさん。撃ってください、構いません」
「!?」
セシルは力を抜き、目を瞑った。羽山はますます動揺する。構わずユージは喋った。
「お前には二つの選択肢がある。セシルを盾にして、射殺されるか、セシルを盾にして瀕死の状態で、死ぬより辛い拷問を受けながら死ぬか、だ。お前は俺の大事な仲間を盾にした。俺は今腹を立てているし、セシルはお前のせいで重傷を受ける。セシルは女の子で、俺の大事な友人で仲間だ。そのセシルに重傷を負わせたお前をただ殺しても俺の気は晴れない。いっそ自分から<殺してくれ>と懇願するまで苦しみを与えた後、肉親でも判断できないほどに残酷に殺してやろう、そんな気分だ」
ユージの表情は変わらないが、口調は荒々しくなった。
本気だ。
ユージの医師の腕も考えるとそれは十分可能なことだ。羽山の脳裏に、ユージの情報も入っていてそれを思い出した。<クロベ=ユージ捜査官に対して、彼の身内を狙うのは禁忌である。その場合、ユージ=クロベはどんな事をしてもでも必ず復讐する。けして妥協しないので要注意>だと。
「セシル、44口径は約1センチ、AT弾を使用しているし至近距離だから射出口も1.5センチ以下で済む。俺がちゃんと手術して痕が残らないよう撃つ。信じろ」
「信じます。どうぞ」
「ということだ。よし、10秒やる。即死か、数十分だが拷問付きでまだこの世に居たいか決めさせてやる。……5、4……」
「10秒じゃないのか!!」ヒステリーに叫ぶ羽山。
「気が変わった。待つ気がなくなった。3、2……」
「分かった!! 分かった降参だ!!」
羽山は叫び、すぐにセシルを解放し、銃を投げ捨てた。
「降伏する! 撃つな!! 彼女は放した!!」
「ゼロ」
ユージは両手を挙げる羽山の頭部に向けたまま、引き金を引いた。そして羽山は倒れた。
「どうして撃った!! 彼は投降したのに!! それでもFBIか!?」
「殺していない。弾がこみかめを掠めて衝撃で脳震盪を起こしただけだ」
そういうと、ユージはセシルの銃を拾い、セシルに渡した。
「さすがです、ユージさん」
セシルは笑みを浮かべ、銃を受け取りホルスターに戻した。そして軽くユージに抱擁した。ユージの今までの発言は全て脅しである事を、セシルだけは解っていた。本気であったなら、最初に問答無用でセシルごと撃っているし、ユージが命じれば、羽山程度の人間に羽交い絞めにされてもセシルには脱出する術があった。ユージがあえて脅して見せたのは、羽山や松浦から情報を得るとき有効となると見越したからだ。
「セシル。悪いが、医局に行ってインスリンとブドウ糖、アルコールにジアゾキシドを貰ってきてくれ。ジアゾキシドは置いてなかったらそれに代わるステロイド薬といえば看護師は分かる。それもすぐになければ、インスリンとブドウ糖だけでいい。後、点滴のセットだ」
セシルは頷くとすぐに看護師室に向かった。医師である松浦は、すぐにユージが何を考えているか悟り、ユージに詰め寄った。
「正気か!? 命に関わる拷問だぞ!?」
「羽山が素直に喋るような奴か? アンタはそこまで関わりないだろうが、ここで他の捜査官が来るまで監禁させて貰う。違法診療行為で日本警察に突き出さないだけありがたく思え」
「君は医者だろう!! しかも元日本人の! ヒポクラテスの誓い、医は仁術、この誓いを立てたはずだ」
ヒポクラテスの誓い。医は仁術……どちらも患者の生命を一番とする医師の基本倫理で、どこの国の医者も最初に学び、誓いを立てるものだ。それを聞いたユージは、病院に来て初めて一笑した。
「悪いが、手術室以外では、その誓いは俺の中にはないな」
「狂っている!」
「なんとでも言え、今更痛む良心もない。お前はさっさと廊下の遺体をバスルームに運べ。外の負傷者は他の医師に手当てさせる。時間が時間だ、入院患者たちの事を少し考えこれからどう処理するか考えろ。それがこの病院に勤めるアンタの仕事のはずだ。俺の仕事には口を出すな」
そういうと、ユージはようやくDEをホルスターに収めた。
紫ノ上島 <新・煉獄> 午前5時46分
大きく火炎の円が出来上がり、猛獣たちはその炎の周りを唸りながら睨んでいる。
飛鳥と涼が、荷車に灯油の入った一斗缶を10個持って猛獣の包囲網の中、強行突破して戻ってきたのは5分前だ。すぐに灯油を使い、彼らは大きな炎の壁を作ることができた。
だが、誰一人現状を喜んでいる人間はいなかった。
灯油は15Lが10缶。最初に一気に5缶使った。灯油だから引火すれば火力は強いがその分燃焼も早い。火を消さないためには、あるだけの木材を作り、灯油に浸し投げ込み続けるしかない。その作業は、ディレクターの島を中心に休むことなく行われている。
飛鳥のこの救援に、片山たちは喜んだが、彼らの中の絶望感と悲壮感を少し和らげただけだった。
「ごめん。ウチのせいや……」
飛鳥はうつむき零した。飛鳥の目の前には、二人の遺体があった。岩崎と、アルバイトで来ていた佐野という青年だ。岩崎の死を知った時、さすがの飛鳥も顔色が変わった。
「飛鳥君は良くやっている。君のせいじゃない。気休めにならないかもしれないけど、それは事実だよ」
片山は自動小銃の弾を確認しながら言った。田村も飛鳥に慰めの言葉をかける。
「飛鳥ちゃんのおかげで全滅は免れたのよ。貴方はヒーローよ」
そして宮村も続いた。
「私が助かったのも飛鳥ちゃんのアイデアがあったから。気落ちしないで。今は、飛鳥ちゃんが私たちの支えなのだから」
宮村はそう言って自分の肩あたりを飛鳥に見せた。上着のデニムには大きく引っ掻いたような跡があったが、繊維を突き破っていなかった。飛鳥が宮村にサクラのデニムジャケットを着せた事で、彼女は無傷で済んだ。
10分前……凶暴化した2匹の猿が、ついに火の柵とバリケードを飛び越え、<新・煉獄>側に入ってきた。一匹は前線にいた宮村の背中に取り付き、一匹は岩崎を襲った。岩崎は足を負傷していたし、もう体力的にも限界で、逃げることも反撃することもできず、あっという間に喉を食い破られた。そしてそれを引き剥がそうとした佐野が二匹同時に襲われた。すぐに片山と田村が凶暴猿を射殺したが、佐野も致命傷を受けていた。そして飛鳥たちが救援にやってきて炎の壁ができたとき、血を吐き絶命した。
「飛鳥君がしっかりしてくれないと皆が困るんだ。君なら、この現状をなんとかできるはずだ」
「そうだよ飛鳥さん! サタンですら手玉に取れるんだから! 落ち込まないで」
片山と涼が飛鳥の必死に慰めようと声をかける。
飛鳥はいつもらしくなく鎮痛な表情で、無言で地面を見ている。少し落ち込んでいた。だが、片山たちは正直、飛鳥のメンタルの強さに感嘆し、同時に心強く感じていた。けして冷徹なわけではない。飛鳥は責任を感じていたし、自己嫌悪に後悔、怒りも覚えている。だが、それを最小限にしか表面に出さず、理性を保っている。16歳の少女のメンタルとはとても思えない。
途中救助された生存者組は殺し合いも人が殺されるところを間近で見た者は少ない。サタンのデスゲームの生贄になっていた時は一部の人間は見えていなかったし、襲ってきたのは狂人鬼で、どこか現実離れしていて精神的にも正常な状況ではなかった。だが開放され、命の危機から脱したと思った後のこの展開だ。暗い異常な空間ではなく自由を感じる屋外で、目の前で見知った人間が殺された。そのショックは大きく、ほとんどの者が沈黙し、女性の中では嗚咽する者もいる。結局、今理性もって動いているのは最初からの参加者と、仕事を与えられて責任を負っている島、ボブ、佐々木だけだ。
「ウチはそんなヒーローやないで。あんま買い被らんといたほうがええよ」
らしくない呟きを、飛鳥は零した。しかし、その呟きで飛鳥の思考力は戻ったのか、銃器の置いてあるところに歩いていく。涼と宮村がそれに続いた。
「メッチャ銃使ったんやな。後、どんくらいなん?」
飛鳥の声に元気はなかったが、それでも飛鳥が行動を起こした事に、全員の気持ちが軽くなった。
銃はあるが弾の消費は激しい。
自動小銃の5.56ミリ弾は80発。12ゲージショットガンは13発。拳銃弾の45口径が9発、9ミリ弾が78発、38/357弾が21発。飛鳥は身につけているワルサーP38に8発と予備の残りが3発。涼は15発持っている。9ミリ弾が比較的多いが、SMGの2マガジン分ちょっとしかない。
「うーむ。素人ほど無駄弾使うって、サクラがいつもブーブーいうとったからなぁ~ ま、ウチも素人やしサクラも威張れるほどやないんやが」
一見十分すぎるほど弾があるように思えるが、この程度の数は本格的な戦闘を行えば一度で消化してしまう量だ。
「私と拓さんがいた部屋にはまだ銃が少し残っていたと思うけど……」と涼。
「うん。ウチもサクラと拓ちんとで隠した銃がまだ紫条家の地下の秘密部屋にはあるんやけど、雀の涙程度や。根本的に羆を退治できるようなすごいのはないねん」
「羆たちには結構当てたんだけど、全然効果ない」と宮村。
当てた弾数なら20発は当てているだろう。だがそもそも厚い毛皮と肉に加え元々強靭な生命力な生命力を持っている羆やホッキョクグマには拳銃弾や5.56ミリの小口径ライフル弾は、表面を傷つけ相手を怒らせるだけで致命傷は与えられない。ショットガンも、接近して撃たなければ倒せない。一頭だけなら飛鳥がバリアーを使ってギリギリまで接近して顔をしっかり狙って撃つという手はあるが、他にも猛獣はいるし、それができるほど飛鳥は銃の取り扱いは上手くない。
「拓さんはフル装備だけど……拓さんもまだ万全じゃないし」
涼だけが拓の今の体調を知っている。まだ左腕は麻酔で動きが鈍く微熱は続いている。拓と涼も、西の森から見て知っていた。拓の判断は、「火中の栗を拾いに行くものだ。今の俺や涼ちゃんじゃ足手まといになる。俺に考えがある。さっきのサタンと飛鳥のやりとりで飛鳥は本館にいることが分かっている。サタンは録画されるのを警戒して<死神>を動かしてはいないようだから今紫条家付近は比較的安全だ。涼ちゃんは飛鳥を見つけるか、すぐ見つけられなかったら本館のセーフエリア6に行くんだ」と涼に命じ、二人は森で別れた。拓がその後再び地下エリアに向かったところまでは涼も見ている。
「拓ちんの腹案って何やろ?」
飛鳥はそう言い涼、宮村を見渡した。さすがにそれが何かは分からない。片山、田村にも意見を聞いたが二人も分からなかった。
「そういえば……皆、耳鳴りはしない?」
と涼。その意味は全員分からず首を傾げる。涼曰く、時々変な耳鳴りのようなものがあるらしい。そしてその事を拓に言ったとき、拓は何か気づいたようなことを皆に伝えた。
「① 疲れ ② サクラのテレパシー ③ 地震の前兆」と飛鳥。宮村がその瞬間、拓の単独行動の理由かもしれない事に気づいた。
「④ 電磁波!」
「電磁波? ナンでや、ミヤムー」
「それは……」
宮村が説明しようとしたときだった。役場が突然大爆発し、役場の半分が吹き飛んだ。
全員、突然の爆発に動揺の声をあげ、視線を役場のほうに向けた。そして彼らが見つめる中、役場の屋根にあった電波塔が倒れていった。
「空爆か? それとも不発弾?」
飛鳥がいつもの口調で呟く。
「違うわ! あれ、多分捜査官よ」と宮村
「うん、拓さんだと思う。だけどどうして?」と涼。
突然の事に困惑する一同に向かって、宮村は説明を始めた。
「電磁波か低周波、もしくは逆に高周波か……サタンはそういう周波で猛獣たちを操っていたんじゃないかしら!? だっておかしいもの! 動物が私たちだけを襲いに来るなんて! 当然サタンたちも襲われる危険があるのに、こっちにばかり来ている。住宅地のほうには狂人鬼化した人たちもいえ、餌としてならそっちのほうが抵抗なく襲えるのに!!」
「成程、モスキート音みたいなものか」
片山も宮村の意見に理解、賛同した。
「役場には無線用やテレビ用の電波塔があった。あれを逆に利用して、動物たちの嫌がる電磁波か超高周波を出していたとしたら納得だ。だからあっち側にはいかず、こっちにばかり来たんだな」
片山は取り巻いている猛獣たちを見た。正に宮村の説を証明するかのように、動物たちは立ち止まり、不思議そうに周りを見渡している。一部の狼や狂犬たちは住宅地のほうに行ったものもいる。
しかし、平穏だったのはほんの僅かな時間だった。
羆や猿たちは再び咆哮を上げ、再び取り巻き、攻撃の姿勢を示した。
「何で!?」
宮村は叫ぶ。これで奴らは自由になったはずではないのか?
その答えを、ディレクターの島は分かった。
「羆や猿は賢い。あいつ等は自分たちを攻撃した相手をけして忘れない。特に羆は駄目だ」
「あ、そういやサクラもいうとったやん、ミヤムー」
「え?」
飛鳥はポリポリと暢気に頭を掻いている。
「<くまモンモン>を下手に撃つな。怒り狂って狙われるだけだって……確か熊って撃たれたら、撃った人間覚えるとかなんとか……」
羆は賢く、そしてテリトリーに煩く自分を害する相手に対しの防衛力は強い。カナダやアラスカで、不慣れなハンターにガイドがつくのは、羆狙いではない小口径の銃を持っての狩りの途中たまたま羆に遭遇して発砲してしまったり、未熟な腕のハンターが命中させられず羆に手傷を負わせてしまったとき、ガイド役は必ずその手傷の羆を追って確実に射殺する仕事があるためだ。そうしなければ、撃たれた羆は人間全てを敵視し、二次被害が起きるからだ。
「三毛別羆事件……ね」と宮村。
それは大正時代、日本で起きた最大の羆による事件で、羆が村を数度に渡って襲い、最終的に討伐隊まで組織され抹殺した凄惨な事件だ。それほど羆は怒らせれば恐ろしい動物だ。そして、時には人も襲う猿たちにとって、天敵は狼や犬たちだ。その狼や犬たちは羆に敵わない。箍が外れた今、羆たちと一緒にいるより、その優れた嗅覚で別の獲物のほうに行ったほうがいい。
まだ、彼らの危機は去っていない……。
紫ノ上島 役場 裏側の森の中
大量に舞い落ちてくる土煙と爆発の煙に、拓は顔を顰めながら、西の森に向かって斜面を登っていった。
「しかし、緊急医療バッグの中に、どうしてC4爆薬が入っているんだ? あいつこそ本当のテロリストじゃないか」
ユージが残していった医療品、医療具の入った緊急用バッグに、隠すようにC4プラスチック爆薬が入っていた。500gが2つ、信管と起爆装置も入っている。他にも小型発煙催涙弾、閃光弾、信号弾があった。ユージがわざわざ用意して入れたとは思えないから、普段から入っていたのか、それともJOLJUが入れたのか……。しかし、いくら裏世界と関わりが深いといっても、時には破壊工作も行うCIAのセシルはともかく、本職がFBIのユージには完全に違法な装備品だ。有難がっていいのか呆れたらいいのか、拓にも分からない。
もっとも、役場が半分吹っ飛んだのは拓の使った爆薬だけの威力ではない。役場に仕込まれた企画側の爆弾も誘爆したためだ。安易に爆破工作が出来ない事がこれで判明した。
そしてある程度西の森の丘を上がったとき、双眼鏡で住宅地や<新・煉獄>のほうを確認した。
「まだいる」
超高周波の影響は最初の発動の影響が一番強く、途中それを解かれたといってもまだ残っているし、電波塔は紫条家東館裏の海上にもう一つある。島影になっていて気づいていない人間も多いだろう。この島の構造からしてこちらの電波塔のほうが電波の強く性能も高い軍事用のものだろう。
そっちも爆破しにいくか……それとも皆を助けるべきか、拓は迷った。
(今の爆破でサタンたちも何かに気づいた。次は警戒する。何より皆のほうがピンチだ)
西の森から地下に入ってすぐの部屋……ユージが転送用に使った部屋に、まだM14があり、弾は9発残っている。7.62ミリならば羆も仕留める事が出来るし狙撃仕様だ。問題は、今の拓の身体で、的確な狙撃ができるかどうかだが、近距離で援護があればできるかもしれない。
そう判断した時だ。拓の携帯電話が鳴った。電話ではなくメールで、サクラからだった。
そのメールを見た拓は、苦笑すると、住宅地に向かうのを止め、西の森の地下入口に向かって歩き出した。
27/逆転 1
東京 午前5時46分 慈星総合病院 特別入院室
手足。そして胴体まで椅子に縛り付けられ、二本の点滴が両腕の静脈に刺さっている。
激しい頭痛と汗、めまい、震えが襲い、今にも倒れそうだ。
羽山は意識を取り戻したとき……すでに身体は完全に固定、拘束されて、点滴が刺さっていた。
そして、目の前には冷たい眼で自分を見下ろすユージ=クロベがいた。彼から少し離れた後ろで、セシル=シュタイナーと医師の松浦 宗一が立っている。松浦も両手は拘束バンドで自由を失っていた。
ユージが、目の前でパチパチと指を鳴らしている。
「意識が戻ったな、羽山。楽しい楽しい尋問の時間だ。さて、普通の尋問でもよかったが、俺は急ぐ。ということで、手早く聞く手段を取った。さて、松浦医師。羽山に自分の状況を教えてやれ。手短にな」
「羽山氏……今君は非常に危険な状態にある。大量のインスリンを投与され、低血糖を起こしている」
「低血糖?」
「その男は君に大量のインスリンを投与した。このまま放っておれば低血糖で意識を失い、心停止する。それを防ぐためにはインスリンを押さえ血糖値を上げる事だ」
「方法は簡単……お前の左腕に付けた点滴の中に血糖値を上げるブドウ糖が入っている。
今、お前が低血糖ショックを起こさない程度にゆっくりブドウ糖を流している。今のお前の血糖値は55……低血糖症状だ。これが40を切れば意識を失い、20を切ればショック死する。右の点滴が薄めたインスリンだ。これをさらに少しでも流せば、すぐに低血糖症状を悪化させることができる」
「……正気か! それが警察のすることか」
「俺という人間を、まだ理解できていないんだな」
そういうとユージは右の点滴口を捻った。ごく少量の液体が羽山の体内に入る。その直後、頭痛が増し冷や汗が吹き出す。
「インスリンは体内に自然にあるものだ。だから、お前がショック死しても、一晩ほど放置すれば異常は見つからない。お前はただの心臓発作で死んだ事になる。さて、この状態から自力で回復することはできない。極論すれば、砂糖を口一杯放り込めば回復するが、お前は完全に固定されている。なので、助けられるのは俺だけだ。普通の拷問と違うところは悲鳴を上げるような激痛はなく、拷問の跡は残らない点だ。そうだな、松浦医師」
「あ……ああ。彼のいうとおりだ。間違いない」
「セシル。松浦を別室で監禁してくれ。君も、いない方がいい」
「……はい」
セシルは頷き、松浦と共に入院室に隣接してある客間に移動し、ドアを閉めた。これで拷問の事はユージだけの責任問題でセシルは罪に問われずに済む。
低血糖で朦朧とし、震える羽山の前に、ユージは座った。
「ということで、お前が助かるかどうかは、俺に関っている。結論から答えてもらう、今回関わった黒幕たち全員の名と所在だ。そしてウイルスの所在だ」
「…………」
「時間はない。早く喋って助かるか、沈黙して死ぬかは自分で決めろ」
そういうとユージは向き合うように椅子に座り、ボイスレコーダーのスイッチを入れた。
紫ノ上島 <新・煉獄> 午前5時55分
一斗缶は残り2つになった。彼らは決断を迫られていた。
「モンスターたちから身を守るには、まだ紫条家のほうがいい」
片山と島の二人が相談し合い、その結論を出した。
元々巨大な焚き火を続ける事は無理だ。灯油は燃焼力が強く、長い火種となり得る木材や家具は少ない。何より火の力は絶対ではない。この程度の火の壁ならば、熊が本気になれば突き破ってくるだろう。元々熊は他の獣に比べ火を恐れないのだ。奴らが襲ってこないのは火の熱が強毒性変異狂犬病に犯された皮膚に痛く、その刺激によって奴ら進撃を防いでいた。しかし、火が弱まり、奴らが一気に突き進めば、この張子の火の壁は無力化する。
片山と島、田村の三人が、ついに意を決し全員を集め、作戦案を発表した。
「紫条家に逃げ込む。そこで第一陣は飛鳥君に率いてもらう。飛鳥君、君は不思議なアイテムを持っていて、君だけは怪我をしない。そうだな?」
「ん。そやけど、安全はウチ一人で精一杯やで?」
「だが、君は火も関係ないんだよね? 君がやってきた時みたいに、荷車に人を乗せて突破するというのはどうだい?」
飛鳥は荷車に涼と一斗缶を乗せてここに猛突撃で戻って来た。飛鳥自身は炎の中でも暑くもなんともない。荷車は一畳半ほどの大きさはある大きなものだ。
「誰が乗るんや? そんなに乗れへんし、重すぎるとウチも無理やで」
「高遠君、宮村君、三上君、あと、石田君だ。つまり、22歳以下の未成年組全員を、飛鳥君に託したい。22歳にしたのは、大学生までは未成年扱いだからね」
飛鳥が何か言おうと身を乗り出したが、宮村が無言で飛鳥の袖を引いた。
「おそらく、飛鳥君たちが突破すれば、バリケードの一部は崩壊する。だから、第二陣はできるだけの武装を持って、地下通路で紫条家に行く。第二陣は32歳以下の若者だ。田村女史に率いてもらう。例外として、ボブ、君は付いていって欲しい」
「オ、オレ、41歳ダケド」
「護衛だよ、ボブ。君と佐々木君がしっかり田村さんや他の人間を守ってくれ」
第二陣を32歳以下……30歳にしなかったのは、田村を入れるためだ。
ボブを入れたのは銃が撃てる事と、外国人タレントだからということもある。すでに拓とサクラが巻き込まれているのでアメリカの介入は想定内だが、そのほかの国も関わると面倒なことになる。それは運営側も多少考慮しているはずと片山は判断した。だから、ボブがいれば<死神>たちは躊躇するかもしれない。
最も、<新・煉獄>の地下エリアに行く地下通路は現在物理的に彼らがバリケードで封じてしまった。それを取り払うか、別の地下入口から入るかは今後考えるが、どっちを選んでも<死神>が待ち構えていたり、トラップを仕掛けている可能性は高い。先発の飛鳥たちに比べて圧倒的に危険だ。そして最も危険なのは、残留する者たちだ。
「残った<大人組>は、できるだけ奴らを引き付け、<新・煉獄>で篭城だ」
34歳の片山は残る事になる。ディレクターの島も残る。32歳以上ということになれば、後はチーフADの小木、<フルスイング・ダブルス>クール喜多川、ファジー井上の二人、後は派遣アルバイトで来た岸辺、計6人しかいない。
片山の作戦発表を聞いたとき、大人たちは黙り、主に青年組に属するアルバイトやADたちがどよめいた。
頭のいい人間は、この作戦は賭けであり、大人組は全滅することが予定である事を理解した。飛鳥の率いる未成年組は、飛鳥、宮村と屈指の頭脳が居て修羅場にも慣れ、かつ成功率は高いが、この脱出作戦は後になるほど危険が大きく、最後に立て篭もる大人組の生存率は低い。<新・煉獄>の小屋のような家では羆を制止できない。
地下を通る事になる青年組は、<死神>が待ち構えているであろう。地上にモンスターを放った以上、地下に逃げ込むことをサタンは想定しているはずだ。その中にあえて飛び込む事になる。青年組にはある程度の武装がなければ生存できない。最低でも一人1丁銃を持たせたとすれば、大人組に残された銃弾は20発もない計算になる。片山は飛鳥と涼がそれぞれ個人で所有している銃器を混ぜていない。飛鳥と涼の二人は現状維持、そして宮村に銃に渡せば、未成年組は一番火力があるのだ。
そう。
片山たちの立てた作戦は、未成年組に全てを託し、彼らを生かすためというのが目的だ。飛鳥、涼、宮村といったキーパーソンが生きている限り、勝機はある。青年組の生死は本人たちの運次第、大人組は青年組が一人でも運が拾えるための盾であり囮だ。
「まるでタイタニックね」
と、忌々しく宮村は吐き捨てた。それを聞いた片山は一笑し、自動小銃を宮村に渡した。
「こういう見せ場は、男のロマンなんだぜ、宮村君。人生で一度はやってみたい男の夢さ」
「まさか、拳銃に弾は一発で十分……とか、定番の台詞は言わないわよね?」と田村。
「そこまで格好つけじゃないんでね。持てる限り持つよ」
片山はそう答え微笑したが、大人組は一人5~6発しか行き届かず、青年組に銃を渡せば3丁しか残らない。
片山だけは明るく振舞っているが、重く沈んだ、通夜のような雰囲気を払拭できない。
片山は懐中から煙草を一本取り出し、落ち着いた様子を見せるように紫煙をたっぷり吸い込む。この煙草は、喫煙家の岩崎の遺品で、片山は喫煙者ではない。
「これからのリーダーは飛鳥君と宮村君、二人でやってくれ。他の皆も年齢は忘れて、この二人の指示を仰ぐんだ。いいな!」
片山はいつもと代わらぬ力強い口調で言い切ると、吸っていた煙草を捨てた。
それは片山の遺言……宮村も、皆も、そう受け取った。重い空気はさらに重苦しさを増すが、この命令だけは徹底しないといけない。
だが、一人だけ、この雰囲気に沈んでいない人間がいた。
飛鳥だ。
飛鳥は、「うーんうーん」と腕を組み考え込んでいたが、ついに何かを決意し、誰もが予想付かない行動を起こした。
「よし。しゃーない」
飛鳥は頷く。そして叫んだ。
「こうさーーーん! ヘルプやぁーーー!! JOLJUぅ~!!」
「…………」
一同、突然天に向かって叫ぶ飛鳥に唖然となる。これが飛鳥でなければ恐怖で発狂したと判断するだろう。だが飛鳥は真面目だ。
「おーーーい、見とるやろ馬鹿JOLJUぅ~!! 降参やぁ~!! 助けろ!」
すると、すぐに飛鳥の持っているサクラの携帯電話が鳴った。
『……オイラも色々忙しいんだJO』
「やっぱ見とったか。おいっ! 助けろ!!」
『助けろといわれてもオイラにどないせいというんだJO』
「全員テレポート!!」
『それはできんJO』
「じゃあせめて<くまもんモンさん>とか、なんとかせいっ! アレはムリゲーや!」
「……なんか、昨夜もこんなやり取り見たような……」
全員、飛鳥が誰と、何を話し出したのか分からない。ただ、宮村だけは、昨夜<モンスター・パニック・ゲーム>の時、サクラと飛鳥が同じように天に向かって誰かに訴えていたのを思い出した。
皆が唖然とする中、飛鳥はいつもの口調でJOLJU相手に交渉している。
JOLJU本人の判断で使う場合と違い、仲間からJOLJUに神的な能力を使うように頼む、というのは、暗黙の禁忌だ。しかも普通にアイデアやアドバイスを聞くのではなく、第三者を含めた助けを求める事は基本的には駄目だ。そこは腐っても神と呼ばれていたJOLJUのマイ・ルールだ。ユージの転送やパワー手袋のレンタルは使用者が限っているし、JOLJUの正体を知っているからいいが、JOLJUの正体はサクラの存在以上のトップ・シークレットで第三者に知られるわけには行かない。だから、これだけ大勢を……となると、JOLJUは、諾とは言わない。だから飛鳥も「何かいいアイデア出せ!」と要求レベルを下げた。ちなみにスピーカー・フォンにしていて全員聞こえている。
『うンまい棒半年分で手を打つJO!』
「うンまい棒2ヶ月分やな!」
『……うンまい棒5ヶ月分!!』
「うンまい棒3ヶ月にコーラ2本付ける!!」
『……うンまい棒、4ヶ月分と、コーラ5本! あと野田屋の栗ようかん1本、要求するJO!!』
「栗ようかんは高いわ! 芋ようかんで手を打て!!」
周りにいる一同、全く理解できない交渉を続ける飛鳥とJOLJU。
堪りかねて涼と宮村が声をかけた。
「誰と話しているの? 飛鳥さん」
「ウチらが助かるか助からんか、それを知っとる奴と交渉中や!」
「え? 方法があるの!?」
「ワカラン。そやけど、あのウーパールーパー犬モドキならなんとかできるねん!」
「うンまい棒で?」
「うむ! あいつの好物やからな! 一日3本が基本レートや!」
「って!! うンまい棒なんて安いじゃんっ!! 半年分なんて言わず一年でも二年分でもいいわよ!! 私が出すから!!」
うンまい棒は一つ10円前後の駄菓子だ。三ヶ月で3000円前後、今JOLJUが要求しているラインは『うンまい棒4ヶ月分とコーラ、芋ようかん』で、精々4000円も掛からない。命が助かるなら、その10倍でも100倍でも構わないではないか。宮村は「自分が払うからさっさと合意して!」と言ったが、飛鳥は真面目なのかボケなのか、ぴしっと手を出し拒絶した。
「この交渉はウチとサクラだけの特権! そしてここで奴を甘やかすと付け上がるから、そういうのはあかんねん」と、再び交渉に戻った。
「理解できない」と涼も頭を抱える。飛鳥にツッコミできるだけ涼と宮村は悪い意味で飛鳥に毒されてしまってしまっているが、飛鳥の存在自体が理解できていない周りは、ただ無言で立ち尽くしている。
その時だった。強気の交渉で粘っていたJOLJUが、急に態度を変えた。
『うンまい棒2ヶ月分、栗ようかんとコーラで手を打つJO』
いきなりJOLJUの要求が軟化し、声にも弾みが出た。いぶかしむ飛鳥。
「……それでええんか? お前、これ録音しとるから後で文句は聞かへんで?」
ちゃんと録音するあたり、飛鳥は冷静で抜け目がない。危機感もないが。
『じゃあ交渉成立だJO。手を打ったJO。五分くらい待つんだJO。オイラホワイトハウスで色々やっているから、そっちからの電話はNGだJO~』
「てか、どんな手やねん!」
『五分後までに飛鳥は自動小銃持って波止場で待機だJO。じゃあ、サラバだJO』
こうしてJOLJUは電話を聞いた。飛鳥も意味が分からず周りを見渡すが、周りの皆が分かるはずもない。
「ウチに囮になれ……って事か? 五分後に、って何があるっちゅーんや?」
飛鳥は首を捻りながらも愛用のバットを握り、置いてあるM4カービンを掴む。まわりも今の会話を聞いていたから止めないが、訳が分からない。
もっとも、似たような経験がある涼と宮村は、顔を見合わせる。
「これって、誰か救援に来るんじゃないのかな?」
「涼ちゃんもそう思う?」
「ついさっき……拓さんが撃たれたとき、同じようにサクラちゃんが電話していたら、ユージさんが来て、拓さんを手術したの」
「私の時もユージさんだった! じゃあ、あの人、まだ島に!?」
宮村の声は少し弾んでいた。サクラたちの予想通りユージは宮村の心を掴んでしまったようだ。
ユージは帰って、もう島には来られない、と涼が答えると、宮村ははっきり見て分かる様子で落胆した。
「拓さんが西の森あたりで待機しているのかも。狙撃して仕留めるのかな」
「どっちにしてもウチは囮という事や!」
二人の会話に飛鳥が入ってきて言い捨てると、飛鳥はM4カービンを背負い、両手でバットを握ると「じゃあウチ行ってくるから。何があるかワカランけど、皆は一時作戦中止、待機やぁ~」と言い、歩き出した。火の壁を避け、バリケードを伝って住宅地の屋根に登ると、ぴょんぴょんと屋根伝いに移動していく。波止場まではそう距離はないが、当然飛鳥が移動したのを見つけた一頭の羆とホッキョクグマが咆哮しながらじわりじわりと飛鳥を追っていく。全員がその光景を見つめていた。これで包囲は一部崩れた。脱出するなら今がチャンスだが、JOLJUはそうしろ、とは言わなかった。今は状況を注視するしかできない。
その時だった。
「アレは……なに?」
一番後方にいた樺山が、海のほうに何かを見つけ指差す。朝陽でよくは分からないが、何かが波飛沫を上げ、真っ直ぐ島に向かってきているように見える。
片山たちもやってきて肉眼で確認した。確かに何かが見える。
片山が双眼鏡を取り出し、それをはっきり確認したとき、疲れきった片山の表情に、生気と苦笑が浮かんだ。
「信じられんよ、ホント。正気じゃないね」
「何が見えたの!? 片山さん」
宮村が片山から双眼鏡を奪い取り、同じように確認した。そして、宮村の顔にも笑みが浮かんだ。
「救世主、到来……!!」
「宮村さん、それって……」と涼が駆け寄ると、宮村は大声で喜びの声を上げた。
「サクラちゃんが戻ってきた!!」
それは、正に彼らにとって最大の救世主の登場であった。
水上バイクが大きな飛沫を上げ爆走している。時速は70キロ、フルスロットルだ。
サクラは真っ直ぐ紫ノ上島波止場に向かってバイクを走らせている。あっという間に、後3キロまで近寄った。もう波止場にいる飛鳥と、周辺で蠢いている羆たちを視認できる。
島の現状は随時JOLJUから知らされていて知っている。
「予定よりちょっと遅れた!」
時速70キロなら、島まですぐだ。サクラは足元にある大きな麻袋の中から、AK47MSを取り出し、予備マガジン2つをズボンに押し込むとコッキングレバーを引いた。
そして速度を50キロに落とし、AKを構えた。
「飛鳥ぁぁーーっ!! 伏せろっ!!」
サクラが叫ぶ。飛鳥は黙ってその場に伏せたとき、サクラの水上バイクは港内に入った。そして、バイクを減速させると、波止場まで誘き寄せられた羆に向かって、引き金を引いた。パワー手袋で銃は固定されているから、AK47MSでもこの距離ならば命中率は高い。強烈な7.62×39ミリ銃弾の連射を受ければ、さすがの羆も耐えられない。
サクラは飛鳥の一番近くにいた羆を文字通り蜂の巣にして倒すと、マガジンを交換し、バイクの舵を切り、次にホッキョクグマに狙いをつけた。ホッキョクグマはサクラの殺気に気づき、住宅地のほうに逃げる。サクラは構わず住宅地に群がる狂犬もろとも一斉掃射していく。ホッキョクグマはあっという間に赤く染まり、狼や狂犬は絶叫を上げ肉片を飛び散らせていった。
「アイツは登場もハデなら、やる事もハデやなぁ……」と、呆れ顔で飛鳥は呟く。
サクラは麻袋を掴み、バイクを捨て、大きく跳躍して波止場の倉庫の屋根に飛び乗ると、森や住宅地にいる猿や狼、狂犬たちを狙撃していく。5.56ミリとは威力が違う。瞬く間に狙撃し、次々に倒していく。そして、AK47MSを撃ちつくしたとき、サクラは下にいる飛鳥に向かって叫んだ。
「飛鳥! 自動小銃寄越せ!!」
「お前はドコの舘ひろしやねん。それともランボーかい! ホレ!」
飛鳥は手にしていたM4カービンをサクラめがけ投げる。JOLJUが『自動小銃を持って』と言ったのは飛鳥が使うためではなく、サクラが使うためだ。サクラはそれを受け取ると、AK47MSを捨て、今度はセミ・オートで的確に狙いを定め、狼や猿、狂犬を始末していった。命中精度はAK系よりM16系のほうが優れているし、サクラも撃ちなれている。サクラは28発を使いきり、ようやく飛鳥の元に舞い降りた。
「来るなら来るってちゃんと言えっちゅーねん」
「メールしたもん」
「ずっと水上バイクできたんか? 早かったな」
「いや、予定より遅れた。この武器受け取った分ロスしちゃった」
そう答えながら、サクラは麻袋から何か金属の箱のようなものを取り出し、そこに手榴弾を4つ取り出し、さらにプラスチック爆弾らしきものも重ねて、最後に粘着テープでグルグルと巻き始めた。
「お前、どこでこんな武器手に入れたンや? ついでにいつもの服に戻ったな」
サクラは飛鳥のように上着の上からレザーホルスターをつけ、そこに大型リボルバーを差し込んでいるし、レッグホルスターにはベレッタが押し込まれている。飛鳥はサクラの麻袋を覗き込んだ。中にはよく分からない爆発物らしきもの、バズーカの弾頭らしきモノが入っている。日本ではまず手に入らないものばかりだ。ユージや拓、セシルならともかく、こんな短時間でサクラはどこで手に入れたのか……飛鳥の問いに、サクラは作業しながら答えた。
「中国マフィアからもらった」
「『飴ちゃん貰った』みたいな軽いノリで、すごい事いうなぁ、お前」
「船乗り継いで来たンじゃい。途中マフィアの船があって、そこで貰った。ま、日頃の行いがいいから、サクラちゃんは♪」
そういうと、サクラは出来上がった手製爆弾を飛鳥に預け、麻袋を背負うと、右手でショルダーホルスターに入ったコルト・キングコブラ6インチを抜いた。このキングコブラはマフィア密輸船の船長の私物だったが、強引に譲って貰ったものだ。357マグナムのハイパワー弾が装填されている。
サクラは歩き出し、蜂の巣になり倒れている羆や狼の頭部に、念のため357マグナムを撃ち込む。6発撃ち終わり、麻袋から357マグナムの箱を取り出し再装填した。
サクラが波止場から出て住宅地の路上に上がると、周りは一面射殺された狼や狂犬、猿の屍から出た血で斑に染まり、すごい惨状だ。そして遠く、西の森の近くで真っ赤に染まったホッキョクグマが立っていた。後ろの、火の壁の向こうには手傷を負った羆が見える。
「よし。どっちも始末するぞ、飛鳥」
サクラはそういうと、M4カービンの銃口に自動小銃用グレネードを差し込む。
「んじゃあ飛鳥。その爆弾を住宅地の真ん中に置いてこい。そして、置いたら手榴弾のピン抜いてホッキョクグマ挑発して走って逃げろ。30秒以内にこっちにまでこないと死ぬゾ。あ、そっか。アンタは死なないか……一斗缶一つ持ってできるだけ多くのモンスター集めてからそれを置いて逃げてこい」
「お前は何すんじゃい」
「早くいけ!」
「わかったわい」
飛鳥はムスッとした表情のまま、爆弾を持って住宅地に走った。住宅地にはまだ狂犬もいるし狂人鬼も徘徊している。誘い出す事は簡単だ。飛鳥の姿を見れば、奴等はやってくるだろう。そして、熊は逃げる生き物を追う習性がある。
飛鳥が走っていったのを確認し、サクラも走った。サクラが火の壁の前に来たとき、生存者たち全員がサクラを目撃し、歓声を上げた。
サクラは皆を一瞥すると、大声で「全員、<新・煉獄>付近まで下がって! そんで伏せろっ!!」と叫ぶと同時に、14m先にいる羆に向かって容赦なくグレネードを放った。
いくら強化された大型の羆でも、グレネードに耐えられずはずがない。直撃を受けた羆は断末魔の悲鳴を上げるが、すぐに巨大な爆発音によって掻き消された。そして、続いて住宅地で、住宅地のほとんどを包むかのような大爆発が起こった。
その爆風を受け、サクラ自身が目を丸くし、前のめりになる。
「……アレ? あんなに……強力だったっけ?」
続いて誘爆が起き、あっという間に住宅地周辺は空襲を受けたような爆発が続く。熱風と煙が容赦なくサクラや生存者たちに襲った。
「ヤバい……やりすぎたかナ?」
サクラはM4カービンを捨て、キングコブラを抜いて住宅地のほうに歩いていく。すると、爆炎の中から無傷だが煤だらけになった飛鳥がダッシュでやってきて、「殺す気かぁーっ!」と叫びながら問答無用でサクラの頭を殴る。
「お前! 何やっとるんや!! 何やあの爆弾は!!」
「な……ナンだろうね……アレェ~……? あんなに強かったかなぁ……爆発物はサクラちゃん専門外だからねぇ~」
自分で作ったサクラ自身が少し引いている。もう爆発は止んだが、爆炎は住宅地全体に広がっている。これは運営側が仕掛けた爆弾も誘爆したからだが、サクラや飛鳥はその事をこの時は忘れていた。
「アレ、何やったんや!?」
「対人地雷にプラスチック爆弾と手榴弾4つ取り付けた最終兵器! エクスプロージョン作戦だ!」
「どこの爆弾魔や! ターミネーターか! テロリストかお前わ! ウチまで殺す気か!?」
ゴツン、と飛鳥はサクラの頭を殴る。今回はサクラも引いているので、素直に殴られている。飛鳥もバリアーがなければ間違いなく死んでいる。
「ま……さすがにこれで死んだだろ、奴等」
ホッキョクグマや狼は、飛鳥が上手く誘導し、爆心地近くに引き寄せたから間違いない。他の爆発で多くの狂犬や狂人鬼も巻き込んだだろう。
「やりすぎや!!」
「うむ……ちょっとやりすぎだな、コリャ……」
ポリポリと頭を掻くサクラ。狂人鬼は、正確には被害者たちなので大量殺人行為なのだが、そんな良心的な反省が、サクラの中にあるはずがなかった。
こうして、サクラは運営側にも生存者たちにも大きな衝撃と印象を与えて、ゲームに復帰を果たした。
形勢は、これで逆転した。
逆転2
紫ノ上島 地下2F 午前6時03分
大爆発による振動と煙が地下にも充満し、その大きさを知ることが出来る。
拓は、煙から逃れるように歩みを進めた。
……何が起きたかは分からないが、サクラだな……。
先の大爆発が、おそらくサクラが行ったものであろう事を、拓は確信していた。直前に、サクラから到着する、とメールを受け取っていた。軍による攻撃が始まったのならば単発で終わるはずがなく、サタンたち運営側によるものであれば例の放送があるはずだ。
しかし、サクラがやったにしてはえらく規模が大きい事に不安を覚えはしたが、今サクラにコンタクトを取ることを拓は選ばなかった。折角サタンたちは自分……拓は死んだと思っている以上、隠密行動を取るには都合がいい。騙せる間は騙しておきたい。
拓は、ようやく壁の中に隠すように設置された制御パネルを見つけ、それを開いた。
それは、エレベーターのパネルだった。
「やはりあった」
エレベーターは細かく地上、地下1~地下7まで。地下中2F他中エリアも入れれば10もある。拓は、自分の携帯で昨夜ユージから送られてきたゲーム企画会社の地下エリアマップを照会してみたが、地下4Fまでだ。米国の機密地図にも地下4Fまでしかない。
その事実を推理すると、必然的に一つの問題が浮かび上がる。この施設について、米国陸軍は全て開示しておらず、この島の情報は完全には明かされていない。しかし、もうここまで知ってしまえばそれは些細な事でしかない。運営側にとって秘しておきたい、とっておきの場所は地下4~5F(中階も部分的にあり)で、特別ゲームエリアや拠点は全てそのエリアに作られていた。拓の予想通りなら、地下6、7Fは発電系の施設と燃料貯蔵庫になっているはずだ。
拓は今の自分の行動、推理をユージ宛にメールを送り、最下層の地下7Fのボタンを押した。
すると、ただの壁だった場所が突然横に開き、巨大なエレベーターが現れた。サイズからして人用ではなく、あきらかに物資搬入用に思えた。エレベーターは外壁こそ地下の壁と同期しているが、通常のエレベーターより遥かに壁は分厚く、中の安全扉は金網の手動式だ。
「バレるかバレないかは賭けだな」
拓は呟き、手に持っているM4カービンの安全装置を解除し、エレベーターに乗った。
東京 慈星病院 特別入院室 午前6時17分
羽山は、ぐったりと崩れていて、意識はない。
「出ていいぞ、セシル」
ユージは羽山を一瞥し、ドア越しにセシルに声をかけたとき、ユージの携帯電話が鳴った。液晶表示には<米国政府公式チャンネル>と出ている。
ユージは電話を取った。相手は、ユージにとってあまり聞きたくない相手だった。ユージは反射的に目頭に手を当てた。
「今忙しいんですが……なんですか、支局長」
『私だって、したくて君に電話しているのではない。クロベ捜査官』
電話の相手はFBI・NY支局長コール=スタントンだった。ユージの本職での直接上司で、ユージにとって数少ない苦手な相手の一人だ。
「今は出向中で、支局長のお話に付き合う事はできませんが」
『不本意だが、私も巻き込まれる事になった。君の取り扱い方法は特別で、ホワイトハウスもファーレル部長も手をあげた。そこで私が、本件の司法省及び政府代理として総指揮権を執る事になった。お前が悪いのだぞ、クロベ捜査官。NYには優秀な捜査官がいて平和を維持できるが、お前の暴走を制御できるのは私しかいない』
「猫の首に鈴ですか」
コールはユージがFBI入局してからの上司で、FBIでユージが活動できるよう取り計らっているのも彼だ。次期FBI副長官と目されているFBIの重鎮の一人で、その有能さと手腕はユージも認めている。やり手で、それでいてアレックス以上に食えない男だ。 そのコールが、わざわざNYを置いて、政府専用機で日本に向かっていた。
『私の血圧が上がって倒れるようなことはしていないだろうな?』
「さっきまでしていました。大丈夫、血圧は180くらい上がる程度で卒倒レベルではありません」
『お前は出向していて今は捜査権グレード6の連邦捜査官だ。私と同格だから小言は後にする。しかし連邦憲章には違反する行為はしていないだろうな』
「ギリギリでセーフです」
さらりと答えるユージ。実際はアウトな事ばかりで普通の捜査官ならクビが飛んでいるだけではすまないレベルだが、今回は大統領が許可を与えている。
その時、セシルと松浦が部屋から出てきた。ユージは指による暗号で、セシルにその場で待機を命じる。
「少なくとも、ジャック=バウアーより少しマシですよ」
『私に言わせればどっちもどっちだ。死人製造については君のほうが上だろう。それはいい。そこまでの事をしたからには何か情報は得たのだろうな、クロベ』
「はい。最高の情報を得られました。この事件を貴方が担当するのなら、貴方の株が上がる事は確実です」
『回りくどい。事件の事は本部のファーネル部長から聞いているし彼とも連帯し、同時通話中だ。用件だけ言え』
「ゲイリー=カミングスが黒幕です」
「カミングス!?」
立ち聞きしていたセシルが、節度を忘れ思わず言葉を零した。コールの側はスピーカー・フォンにしていたのだろう。その名を聞いて複数のどよめきが起きた。CIAのセシルも知る、裏の世界では有名な死の商人だ。
『これまでカミングスの名なんか上がっていなかったじゃないか』
とアレックスが声を荒げ会話に割り込んできた。アレックスは、今ホワイトハウスにいる。ユージは携帯電話だが、アレックスとコールはテレビ電話会議になっている。
「今回、黒幕と呼べる人間は複数存在しています。中国地方軍政府、黒神グループ、米軍内部、日Nテレビ、日本政府内にも……ですがそれら点を結び、全てを取り仕切っていたのはゲイリー=カミングスです」
『カミングスならやりかねん……』
ゲイリー=カミングス……別名<蜃気楼の魔術師>と呼ばれる死の商人で、戦術核や生物兵器などの開発、販売を行っていると言われ、世界中で類似事件を起こし、世界中の捜査機関は彼をトップクラスの対象者としている。しかし、彼の別名が表わすように、カミングスはいつも事件の陰にその存在をちらつかせつつも事件関与の証拠は見つからず、そして事件が発覚すれば手品師かと思うほど手際よく消息を絶つ。一方、商売柄そういう男だから、一部の政府や政治家、組織が彼を保護し、匿う事も多く何度も捜査の手から逃れている。
「そして奴は今、紫ノ上島から約30キロ離れた、例のフェリーにいます」
『衛星で監視している。依然フェリーの位置は変わらず、昨日以降そこから何か出て行く様子はない。ならばカミングスはまだフェリーにいるということは確実だというわけか』
と、アレックスが答える。羽山が間接的に連絡したのが5時間ほど前らしいので、ゲイリー=カミングスが今そのフェリーにいることは間違いないだろう。
「今は作戦行動中です。俺はどうしたら?」
『クロベ。君が要望していたグアム、サイパンのFBI捜査官はすでに東京に入り、大使館で待機している。君の駒だ、好きに使っていい』とコール。
「じゃあ、慈星病院に2人ほど遣してください。日本の警察に引き渡せない人間がいます。他にも本件重要参考人を逮捕し、それらは警察庁公安部に預けていますから、引き取らせてください。どうも日本の警察や海上保安庁も手は回っているので、全幅の信頼はおけません」
『それは私のほうで手を打つ。お前も大使館に向かえ。そこでもう一度対応について協議しよう。こちらもカミングスについての対応を協議しておく』とコール。
『クロベ。君もスタントン支局長もゲイリー=カミングスの専門ではない。本部にカミングスを追っている特別班がある。彼らからも意見を聞くが問題ないか?』とアレックス。
「ない。じゃあ、すぐに大使館に向かう」
そういうとユージは携帯電話を切り、懐に戻すと松浦に言った。
「救急車の手配をしろ、羽山を連れて行く」
「ちょっと待て! なぜ私までFBIに拘束されなければいけないんだ! 不当な医療行為を行った事は認めるが、お前たちが追っている事件とやらに興味はない!」
「セシルの正体を知っただろうが」
「無茶苦茶だ!」
「他にも色々知ったからだ」
松浦からしてみれば今何がどうなっているのかさっぱり分からない。そしてユージの口ぶりだと、FBIで拘束、ということだがどうやら正当な逮捕ではなく、どんな目に遭うか分かったものではない。それならば日本の警察に出頭し、日本の司法に委ねるほうが何倍もマシだ。少なくとも拘留中の安全は保障されるし弁護士もつく。セシルや事件の事は、口外しなければ不正医療行為を問われるだけだ。
「分かってないな、松浦医師。アンタ、もう日本では普通に暮らせないんだ」
「何だと!?」
「お前は羽山や事件の事を知ってしまった。日本の警察はこの事件には全く対応していない。お前をFBIが連れて行くのは逮捕するためじゃない。ほっとけば一時間以内に口封じで消される、それから守るってやるために連れて行くんだ。日本の警察が実体不明の事件で護衛を出すか? 付いても制服の警官の見回り程度、そいつらで何とかなる相手か? 羽山もそこで殺した男も拳銃を持っていた。そして俺は自動小銃を持つ数人の馬鹿に襲われた。日本の警備会社で対応できると思うのなら好きにしろ。だが俺たちなら装備も一級、証人保護プログラムというものがあるが? 誰のためなのか、よく考えろ」
「…………」
「羽山を起こすのは面倒だからこのまま連れて行く。早くベッドに乗せろ」
「低血糖ショックの処置をしろ! もう意識はない!」
松浦は叫ぶ。ユージは舌打ちすめと、松浦を掴み羽山の傍まで引っ張っていく。そして松浦を放して、羽山に刺さっている点滴を強引に引っこ抜いた。
「よく見ろ」
それだけ言うと、ユージは踵を返した。
「気絶しているだけだ。命に別状はない」
驚き点滴を見る松浦。なんと、点滴にハリは付いておらず、点滴の管はただテープで止められていただけだった。そしてその時、松浦は初めて室温がえらく寒い事に気が付いた。冷房が効きすぎるほど効いているのだ。そして羽山のシャツから漂う微かな医療用アルコールの匂いに気づき、ユージのフェイクの種を知った。
ユージは初めからインスリンは投与をしていない。そう思わせただけだ。気絶している間に、羽山のシャツを大量のアルコールで濡らし、それが気化することで冷気を感じさせ冷房と合わせて異常な冷えと震えを体現させる。頭痛や吐き気はそもそも先の銃撃の脳震盪によるものだ。さらに、ユージは拘束する縛り方も巧妙に関節を曲げて縛り上げ、筋肉を緊張させ、神経痛が起きるようにしていた。松浦はそれを知り、ユージの胆力に言葉を失った。
「分かったら早く運べ」
命じ終えたユージは、近くにあったソファーに腰掛けた。そっとセシルがユージの元にやってきて、黙って冷房のスイッチを切った。
「さすがですね、ユージさん」
「そうでもない」
そう答え、ユージは一笑した。
「喋らなかったら、本当にやった。俺はやらない、とも言っていない」
そう言い、ユージは目を瞑った。僅か数分でも眠るためだ。あっという間に浅い睡眠に入ったユージの顔を見て、セシルは笑みが零れた。
以前、ユージは言っていた。
<医療で、俺は絶対に人を殺さない>……と。
紫ノ上島 <新・煉獄>周辺 午前6時31分
「んー…… この殺人的な甘さ! 最高の朝食だねぇ~」
トゥインキーとコーラで朝食をサクラたちは採っていた。コーラはサクラが持ってきたもので、コーラ中毒のサクラと飛鳥だけが飲んでいる。
サクラと飛鳥、そしてその周りには涼、宮村、片山、田村がいて、同じように食事をしていたが、さすがにあまり食は進んでいなかった。トゥインキーを出されたとき、宮村だけは目を輝かせ「これが伝説のトゥインキー!!」と喜んで齧ったが、他の人間は、ボブ他2人くらいは食べたが多くは食べなかった。それはトゥインキーのせいではない。
サクラがやった大爆発によって、猛獣や狂人鬼たちは焼き払われ、その肉の焦げる匂いが充満し、凄まじい死臭が漂っている。それに加えて家屋の焼ける匂いだ。けして楽しくピクニックできる状況ではない。
「しばらく焼肉が食えへんなったらどう責任取るねん、サクラ」
「食わなきゃいいジャン」
サクラは別にこの程度の死臭は何ともない。第一、一番燃えているのは厚い毛皮に包まれた猛獣たちで、人はそれほど燃えていない事をサクラだけは分かっている。狂人鬼たちの多くは爆風で家屋に押しつぶされたり、吹っ飛ばされた数が多い。
片山と田村は、運営側が用意していた携帯保存食を食べていた。片山、宮村、田村の歴戦の生き残り組は、もう死臭には慣れてしまった。死臭に悩むより体力切れで動けなくなるほうが怖い。もう4日目……あと6時間だ。先の猛獣たちがファイナル・ゲームの前倒しだったのかどうかは分からないが、村田がこのままゲーム終了まで何もしてこないとは考えにくい。村田の手元にはまだ<死神>が残っている。
「しっかし、派手にやったもんやな~」
飛鳥は相変わらず暢気な口調で住宅地のほうを見ていた。
サクラが起こした爆発は、予想以上に威力があった事は炎が弱まってきて分かってきた。
元々使用したのが軍用の地雷と手榴弾、そして軍用C4爆弾だから、炎ではなく強烈な爆風で吹き飛ばし破片で薙ぎ払う事に最大の威力を発揮した。そのため火災は爆発の規模に比べて少ない。
爆発によって住宅地の1/3は跡形もなく破壊され、1/3は半壊。……つまり住宅地の2/3に影響を与えた。役場とその周辺を除き、住宅地の電柱も吹き飛んだ。元々30年前に放棄された築年数50年以上の木製家屋だからもろかったのも要因の一つだ。
爆発で生き残った狂犬や狂人鬼たちの姿がチラホラ見えるが、生き延びたというだけで熱波や破片などに襲われこれまでのように元気はない。正に空襲の跡の様相だ。
「しっかし、変だな」
サクラは大きく口を開け残っていた半分に減ったトゥインキーを一気に丸呑みして、それをコーラで流し込みながら呟く。
「変なのは、爆弾持ってわざわざ死神島に帰ってくるお前や」
飛鳥のツッコミの間にトゥインキーはサクラの胃の中に納まった。
「そこなんだよね。あたしが帰ってきた事や、常識外の爆発。当然サタンたちも知っているはずなんだけど、中々接触してこないンだよネ」
「己れの爆弾でほとんどカメラもモニターもぶっ飛ばしたからやん」と飛鳥が答える。
「森や役場、紫条家、地下。まだどこにでもあるじゃん。拓ちんが撃たれたとき、あいつは全島スピーカー放送も流していたし」
「そういえばそやな。寝てるんとちゃう? サタンも」
「まぁ……村田だって人間だからなー」
すると、後ろで話を聞いていた涼や宮村たちも入ってきた。皆、サクラが何を言いたいか分かった。
これまで、何か特別な事をすれば、サタンはすぐに接触してきた。サクラの復活、大爆発、事実上凶暴モンスターの全滅……運営側にとって衝撃的な事件はいくつも起きている。しかもサクラはわざわざ見つかりやすい場所で座って様子を見ている。しかし一向にサタンたちは接触してこない。
「飛鳥さんのときや拓さんが撃たれた時は、すぐにサタンの放送があったね」と涼。
「これだけの事だ。把握していないなんて事はないだろうよ。確かにサクラ君のいう通り、異常だな」と片山も話に入ってくる。
「取りたくても、手がないって事はあるんじゃなくて?」と田村。彼女はインスタントコーヒーを飲んでいた。
<死神>の数は10人前後だろう。あの猛獣投入は、間違いなくサタンたちの隠し玉だ。散々地下を歩き回ったサクラたちや、捕まった涼や田村も、あんな猛獣たちが居るような気配を感じたことがない。あれだけ凶暴な猛獣を管理するのは大変だったはずだ。
「アレちゃうん? ウチらが攻略した<モンスター・パニック>のエリアに隠されとったとか?」
「厳密には攻略したのはユージさんだけどね」と宮村。
「ありえなくはない。ユージが来てくれたからワリと短時間でクリアーしちゃったけど、本当はあたしたち総力戦で挑まないといけないくらいの規模だった。確かにありえる話だけど、計算は合わないンだよね」
そういうとサクラは、飛鳥から返してもらった自分の携帯で地下エリアのデーターを出し、それをじっと眺める。
もし、あの<モンスター・パニック>でさっきの猛獣たちを投入したとすれば、拓を含め全員フル武装で挑んだとしても、あの<モンスター・パニック>を完全クリアーすることはできないだろう。いくら拓がいても、だ。
元々、運営側の計算では、フォース・ルールの<死神>の被害は10人前後、最大でも15人くらいだと計算していたはずだ。今のように生存者全てが武装できるほどの装備を与えてしまうとは思っていなかった。だからこそその後村田が接触してきて、涼の人質事件や田村、三浦の事件があったのだ。もし<モンスター・パニック>が先の猛獣たちも含まれていたとするならば、あそこでゲームが終わってしまいかねない。なんだかんだと、ゲーム運営側はファイナル・ゲームまで行う事を予定している。
となれば、別に猛獣や狂人鬼を保管していた場所があるはずだ。現にそれより前に狂人鬼が増加されたが、その出所を見つけたわけではない。
「実際はこの島全域全てが秘密基地なんだよね……当時の日本警察やマスコミが秘密に気づかなかったのが不思議でならん。ま、そのあたり圧力がかかっていたんだろーけどサ」
問題はこの島の設計か……。まだ秘密があるのか……。
「…………」
その時、サクラも初めてこの紫ノ上島の地下エリアの不自然さに気づいた。だが、この時めずらしくサクラは沈黙し、自分だけの推理で納めた。サクラは自分でも驚くほど、今回は自制したのだ。その事を口にしてしまえば、探検好きの飛鳥はノリノリになってしまうし、自分もきっと動き出す。かなり毒化された涼や宮村もついてくるかもしれない。そうなれば、残された大人たちはまた不安に陥るだろうし、武器も少なくなる。サクラは自分の武装(今のサクラの武装は私物)を手放す気はなく、それは飛鳥も同じだ。涼のHK USPコンパクトはユージが貸したもので、無くすとユージが怒る……ということで所持し、ついでに拓が選んだHK MP5も持ったままだ。そして気づけば宮村もHK MP5Kを常備し身に着けている。
サクラと飛鳥の強い影響力のため、本来一番発言権のない未成年の少女たちが、気づけばリーダー格としてのボジションについてしまっている。このメンバーに物が言えるのは片山と田村くらいだが、この二人もサクラと飛鳥に一目置いてしまっているので、この逆ピラミッド状態は解消されることはない。
(……サタンが接触してこないなら、しばらく休むか)
この逆ピラミッド状態はけしていい状態ではない。異常なことだ……自分は別として。
その麻痺した感覚を大人たちに理解させ、自覚してもらうためには、しばらくサクラは意見を言わないほうがいい……と、珍しくサクラは客観的見地で判断した。もしこのサクラの判断を口に出し言ったとすれば、サクラをよく知る飛鳥や拓は仰天しただろう。自他共に認める自由奔放自己中心的なサクラが、本当に珍しい事に、協調性を選んだのだ。
(涼っちの話からして、拓ちんがそっちを調べる。こっちは現状維持だな)
「ま。今のうちに食事して、バリケードとか作っておけばいいんじゃない?」
最年少にして生存者組リーダー、運営側にとってキー・キャラとなる<天使役>のサクラは、そう無責任に言い捨て、暢気にコーラを飲んでいる。自然、それは命令のような形になり、全員それに従った。
紫条家 地下エリア6F 午前6時45分
強く漂う獣匂と死臭。薄暗く広い地下空間。そして無数の巨大な檻。
床に散らばっている肉片を、拓は突いた。もう原型は留めていないが、間違いなく人間の脚だった。
……ここで、閉じ込めて、餓えさせ、<人間>を食わせ、味を覚えさせた……。
虎も熊も人間を常食とはしない。基本的に彼らは臆病で、獲物は自分にとって狩りやすく、馴染んだ獲物を好む。だが、獲物が<人間>しかいないと認知してしまえば人間しか襲わない魔獣となる。
人間の尊厳など微塵も認識していない、正に悪魔のような所業だ。この島で起きている事はどれ一つとっても吐き気がでるほど人間性を疑うような出来事ばかりだが、これもその一つだ。これまでは他の人間がいたため自制に努めてきたが、一人の今、冷静さを常とする拓ですら、不快感と嫌悪感がこみ上げ怒りに変わって行くのが分かった。
「どこまでふざけてやがるっ!!」
誰もいない、この地下深くで、拓は思いっきりこみ上げてきた感情を吐露した。かなりの大声だが、ただ虚しく響くだけで何の応答もない。むろん、無人だと思ったから拓は思いっきり叫んだ。そして、その声に獣の反応や人の気配はなかった。これでここが完全に無人だということが判明した。
一声上げて、拓はいつもの冷静さを取り戻し、再び自分の仕事に戻った。
すでに地下7Fは行ってみた。予想通り、そこには駐車場と思しきエリアや倉庫の他、巨大なガソリン貯蔵庫と発電施設、そして給水タンクがあった。施設維持のための心臓部だ。最近人が入った痕跡があり、ガソリン貯蔵庫には予想通り遠隔式の爆弾が設置されていた。簡単な構造で、FBIアカデミーで基本的な爆発物解体法を学んだ拓は、爆弾を解体することもできた。実際、一つは解体してバッグに入れてもってきている。解体作業を続けなかったのは、その行為があまりに無意味だからだ。
爆弾はざっと数えて50個以上あった。おそらくもっとあっただろう。最下層の地下7Fが強い爆発力を持って崩壊すれば、上にある施設全て破壊できるだろう。正にサタンたち運営側の最後の切札だ。だが、同時に拓は対策法にも気づいた。その対策のためやってきたのがこの地下6Fだ。
拓は、それを探すため檻と強化ガラスで作られた地下6Fを彷徨う。このフロアーのどこかにあるはずなのだ。動物たちを惑わせ操作する高周波装置の制御機が。
高周波装置があるならば、その周波を制御し強化すれば妨害電波となり、遠隔操作による爆破を阻止することができる……拓はそう睨んでいる。
そして拓はついに、明らかに電線や排気ダクトが集まり強化ガラスに包まれた一室を見つけた。急ぎそこに向かう拓。そして、そこに足を踏み入れたときだ。
カツ、カツ、カツ……。
階段を降りてくる音だ。そして、30mほど先の壁が突然開き、光がはみ出され、そして人影が浮かんだ。
……この場所に入れる人間は一人だけだ!!
拓はすぐに暗視ゴーグルを掴み、M4カービンを構える。そして、その人影がフロアーに入った瞬間、引き金を引いた。
「!?」
「くっ!?」
拓はいつもと同じように動いた。だが、まだ身体がまだついていかない。強烈な痛みが走り、銃口は僅かに横にズレた。そのため、狙撃は失敗し、弾丸は人影に当たらずその横の扉に当たってしまった。それによって、人影もフロアーにいる拓に気づいた。
人影……それは、村田であった。
「ナカムラ捜査官!?」
「村田っ!」
次の瞬間、二人は互いの敵を認識し、それぞれ自動小銃を構えていた。
そして、容赦ない銃撃戦が始まった。
逆転 3
米国ホワイトハウス/太平洋上空 日本時間・午前6時46分
日本に向かうコール=スタントンの乗る米国政府専用機は、日付変更線を超え、日本の羽田空港に向かって進んでいた。コールの他、政府官僚とFBI捜査官、日本政府担当官、国務省役人などが搭乗している。
コールはのんびり日本行きの旅を楽しんでいるわけではない。日本政府やホワイトハウスと、常に連絡を取り、政府間協議を続けている。
そんな中、ホワイトハウスから、アレックスが特別回線でのテレビ会議を提案してきた。
コール、アレックス。そして英国MI6のロビンソン=クルーズ諜報員、FBIのカミングス担当のウォルト=グレーバー捜査官が参加している。MI6とグレーバー捜査官の件はすでに資料としてコールの元に来ていた。
「カミングスの件の会議だと承知しているが、なぜ大統領とクロベがいない? 大統領はともかくクロベは担当筆頭捜査官だ」
別にコールはユージを擁護しているわけではなく、それが正当な手続きだからだ。本件に限り、ユージは大統領から直接総指揮権を委任されていて、長官クラスの職権を有している。今回の事件だけだが、形式的にはユージはアレックスやコールより上司になる。当然、アレックスも承知している。
「この会議は正規のものではなく、この後行う本会議の事前協議だ、スタントン支局長。まず、簡潔にホワイトハウスの動きとカミングス事案についての動きについて報告する」
そういうと、アレックスがまず政府と国防総省の意志変更を説明した。CIAと国防総省は、今回の事件を中国との外交の切札にするため動いていた。ベネットの意見だ。だが、ゲイリー=カミングスの件が上がると、CIAも方針を変えた。そこで実は潜入させていた<スズメバチ>の最終ターゲットもゲイリー=カミングスであった事が判明した。
「カミングスの確保が確約できるなら、国防総省も協力に応じる、という事です」
続いてMI6のクルーズがカミングス逮捕ならば英国も全面協力をすると共に、場合によっては東アジアに潜伏させているSASを協力させること、B・メーカーに対する捜査情報を共同する事、事後処理にも協力する意志がある旨報告を受けた。続いてFBIのカミングス選任捜査官グレーバーがカミングスについての情報を報告した。
ゲイリー=カミングス……人種不明、出身国不明、年齢推定50歳。常に変装しているため本人と確定できる写真はなく、常に代理人が居て本人の音声記録もない。関与したと思われる事件は、殺人、麻薬密売、テロ行為、生物兵器の開発と密売、軍事兵器を含めたあらゆる違法品の密売仲介、そしてそれらの幇助……約35国で指名手配がかかっているが、その影響力は中流国家レベルほどあり、しかもその存在を知る人間は少ない。
その報告書を見て、コールも溜息をついた。
「裏世界のドンのような男だな」
「麻薬コンツェルンやマフィアと違って定住地はなく、国家並の莫大な資産を有しているわけではない。それだけに神出鬼没な厄介な男で逮捕できる機会がない。拠点もなく専任の部下や直属の下部組織も多くない。しかし、多くの国際事件の黒幕です。もう何年も追ってきました、これ以上有益な進展は当局含めCIA、NSA、MI6、ユーロポート、いずれももっていないものだと考えられます」とグレーバー捜査官。それを聞いてアレックスはMI6とFBI本部の通話を打ち切りコールとの単独会話となった。
「アレックス。時間がない。私は管理部門で、カミングスの情報はよく分かったが何が言いたい? クロベや大統領を外す理由は見つからん。用件を単刀直入に言ってくれ」
「カミングスを引き出すため、囮捜査による潜入作戦を行う、それが一番有力な方法です」
「それならば尚更クロベが適任だ。なぜ彼を外す」
元々ユージは潜入捜査官としてFBIに採用され、約2年間裏社会にいた。潜入の手順や知識はFBI屈指だ。
「外しません。彼こそキーだ。しかし問題は潜入方法で、幸い30分前に日本側組織の鍵となる羽山を極秘裏に逮捕しました。免責と証人保護を条件に協力させ、フェリーに潜入させる。そしてカミングスを確認の後、強行作戦を行う。羽山が今のところ、本事件において一番の大物だ。カミングスと接触できる可能性はある」
「今の報告を聞く限り、その程度で出てくる相手ではないようだが」
「もちろんです。だから、もう一つ手土産を与えます。その手土産が真の潜入者です。そして、その潜入者は米国人であることが、突破口になります」
「羽山が身の安全を謀るため米国人拉致し、沖縄のフェリーに逃げ込む……そういう手筈だな」
「その通りだ。スタントン支局長」
二人共現場捜査を熟知している。元々コールは本部でユージを使い大潜入作戦を立案実行した男だ。潜入捜査についてのノウハウはFBI内でもトップクラスの手腕がある。
今回の事件は日本で、本来は日本当局の対応事案で米国政府が公には対処できない。しかし、重要な米国人が拉致されたのならば、緊急処置として準軍事行動を起こすことができる。紫ノ上島の状況と同じだ。
問題はカミングスを釣るための餌……<手土産>だ。
アレックスはすでにその候補者を絞っていた。
「ただの米国人や下っ端捜査官では釣れません。餌も大物を用意しなければ意味がない。残念ながら貴方ですら餌になり得ない。カミングスが興味を引きそうな該当者は三名です」
「一人はクロベ本人だな」
「はい。運営組織にとって一番の脅威はクロベ捜査官です。手段はどうであれ、事件をここまで解決したのは彼だからだ。彼は捜査の指揮を執り、かつ裏世界一番のスターだ。魅力は十分だが、餌としては大きすぎる。誰も彼が捕虜になったとは思わないはずだ」
「猟犬がTレックスを連れてきたようなものだな」
「その通り。そこらの駄犬がTレックスを連れてきても、狩りで仕留めたとは誰も思わない。逆にTレックスが猟犬を脅して襲ってきたと思うはず。これはリアリティーに欠ける。二人目はセシル=シュタイナーです」
コールは意外な名が出た事に驚いた。彼女は米国が誇る天才音楽少女ではないか。確かに大物米国人だが、強引すぎるのではないか……いや、待て。確かクロベは昨日彼女の名前を口にしてはいなかったか……? よくは覚えていない……だが、訳が分からない。そう表情が物語っている。アレックスが見たかったのはこのコールの表情だ。
「彼女はCIAの最高極秘諜報員です。今、クロベの捜査の助手を務めているのは彼女ですがその正体を知るものは少ない。自分は別のルートでセシル=シュタイナーの正体を知っていますが、貴方ほどの高官でも知らなかった。それだけの存在だ。餌としては十分だが……」
「だが?」
「必然的に彼女がCIA諜報員だと裏世界に披露することになる。CIAや国防総省にとって大きな損益になる。自分の立場ではそれを国防総省やCIAと交渉する権限がなく、スタントン支局長に頼むしかない。しかし……彼女はクロベ・ファミリーの一人、クロベ捜査官は同意しないかと」
この件を持ち出せば、CIAは承諾するだろう。だがその瞬間彼女の存在価値はなくなる。最悪……いや、証拠隠滅のため彼女自身抹消される可能性が高い。世界を舞台に活躍する天才少女音楽家がCIAだった、という事が知られれば、スノーデン事件以上の注目を受け、政府は危機に晒される。政府もそれは面白くないし、当然ユージもその事は理解しているから作戦を絶対認めるはずがない。だからセシルを使う手も使えない。コールも馬鹿ではない。そこまで説明されなくても分かる。
しかし、だとすれば後一人は誰か……? 本件に関わる米国人でそんな影響力がいるとは思えない。拓やサクラはもう島にいてその作戦には使えない。
「つまり、最後の三名目が本命候補です」
アレックスは、相当なやりとりになる事を覚悟してから、ついに本命の名を告げた。
「エダ=ファーロング嬢です。彼女は幸いにも沖縄にいます」
その名前に、これまで冷静だったコールは一瞬絶句し、そして声を荒げた。
「彼女が誰か知った上での発言だろうな! アレックス!!」
「クロベ=ユージにとって最も重要な女性。よく知っているし、本人とも面識がある。非常に有能で正義感の強い魅力的な少女です」
「彼女は民間人でしかも未成年だ!! 私だってよく知っている、最高の女性だ! 正気か!?」
普段<鉄仮面>と呼ばれ畏怖されているコールですら、クロベ家のファミリーパーティーに呼ばれると、彼女の前ではその仮面が崩れ、直属の部下であるユージには絶対見せない、嘘のような明るい笑顔で照れまでみせる無邪気なオヤジになってしまう。FBI・NY支局で、ユージを快く思っていない同僚も、エダの前では皆和らぎ嫌う者はいない。
コールもまさかエダの名が出るとは思ってもいなかった。
コールの反応は、アレックスも当然分かっている。
「正気です。別に突飛ではない、落ち着いて今からいう説明を聞いていただきたい。まず、彼女は大学生だが完全に民間人とはいえない。彼女は臨時連邦捜査官として権限を与え捜査に加わったこともあり、いくつもの修羅場を経験していて銃器、格闘、逮捕術なども身につけています。当局の手法も知っており、非常時には戦闘員としての力量も並の捜査官程度にはある。当たり前のことだがクロベが現場での作戦指揮を執るのなら、彼女ほど完璧に連携できる人間はいない。次に、これはオフレコですが、彼女には非常に卓越したシックス・センスを持っています。殺気や不審な状況を誰よりも早く感知でき、危機感能力は非常に高い。彼女の能力ならカミングスを発見できる可能性が高い」
「そんな馬鹿げた根拠を信じろと!?」
エダが高い捜査能力と戦闘能力を有している事はコールも知っている。それでも平和博愛主義の、普段の彼女の印象が強く、感情的に納得できない。アレックスはその事を重々承知しているので、必要もない追加説明が必要だった。
「それだけではない。これは貴方も知っていると思うが、彼女は、いわば裏世界のアイドルだ。彼女の事は、裏世界の誰もが知っている。彼女を傷つけようとする者はいない、傷つければ自ら死刑執行書にサインするのと同じだ。そして、おそらく彼女本人はこの件を承諾する」
ユージは、自分自身を標的に襲ってくる相手を問答無用で返り討ちにするが、必ずしも殺すわけではない。だが、エダに手を出せば関係者もろとも容赦なく抹殺する、と裏世界で公言し、しかも有言実行もしている。ユージ本人を襲うよりリスクが大きすぎるのだ。その事と、彼女自身の魅力、そしてユージを制御、懐柔、利用できる唯一の人間として、有力なマフィアのボスたちはむしろ彼女に強い好意と愛着を抱いており、勝手に護衛をつけたりすることもあるくらいだ。裏世界では標的対象から反転してユージとは逆にアイドル化してしまっているのだ。その事はコールもよく知っている。
「彼女は正義感の強い娘だ。……義妹やナカムラ捜査官の件もある。確かに彼女は承諾するだろう。……エダ君を人質にすれば、クロベへの牽制になる……」
「クロベの事を知るものなら、彼女をクロベが囮として使うなんて考えるはずがない、その心理を利用する。いいですか? これは心理学的な盲点で、弱点こそ最大の武器だ。捜査当局とも関わりがなく、羽山程度の人間でも人質にできるし説得力もある。そして、彼女は事件に直接接点がないから疑われない」
「他の案はないのかね」
「彼女は、いわば裏世界の王族。クロベ・ファミリーの王女だ。捕虜になったとしても最高の待遇は保障される。当然、それに見合った人間が対応するだろう。つまりカミングス自身と接触する可能性は大いに高い。人質としての価値は高いから最後まで手を出す事はないだろうし、我々やクロベ・フェミリーの報復を考えれば、セシル=シュタイナーのように政府が抹殺する危険もない。どの政府も、です」
「…………」
コールは沈黙した。民間人を囮に使う事も抵抗があるし、よく知るエダを巻き込むことに感情面では納得できない。だが、この大事件を俯瞰で考えればアレックスの作戦案に間違いはないだけではなく、最良の案だと理解もできる。
数秒間、コールは沈黙した。
次に言葉を発するとき……コールはアレックスの案に同意していた。しかし、実行にはいくつも問題がある。エダの安全は完全に確保しつつ作戦案を立てねばならない。いや、それより前に、まずユージを納得させる必要がある。さすがにコールもこの件だけはユージを説得する自信がない。エダ本人が説得してもユージは拒否し、作戦を廃案にするだろう。ユージにはその権利も権限もある。
「クロベを説得できるのか、君は」
「いいえ、無理でしょう。しかし……これもエダ=ファーロング嬢しかできないことですが……絶対の安全を保障できる手があります」
「できるのかね」
「できます。ただ……その方法は知らないほうがいい。これは、最後の禁手ですから」
「分かった。その事は詮索しないでおこう」
「彼女と、もう一つの方に交渉して理解が得られたら……この件を大統領とクロベを交え公式な会議を開こう。一時間以内に会議が開けないときは、この話は無かった事として進めて行きましょう」
「了解だ。アレックス」
コールは苦々しい表情で同意し、チャンネルを切った。
……反則中の反則だが……。
アレックスは会議室から出て、ホワイトハウス内のゲストルームに向かった。会議室からすぐ近くだ。そして、ゲストルームでは……不本意な仕事を押し付けられ不貞腐されている地球最大のVIP……JOLJUがスナック菓子やキャンディーの上で眠っていた。
そう。アレックスの最後の禁手とは、JOLJUだ。
JOLJUは基本的に本人の判断では直接事件や事故に介入はしない。しかしJOLJUはクロベ・ファミリーの一人で、ユージに負けないくらいエダに個人的に懐いている。ファミリー内に限れば比較的簡単にユージもJOLJUも説得できる。もっとも、それでも事件全てを無かった事にすることは許さない。あくまで個々人をガードするくらいの事しかしないが、それで十分だった。エダが人質となったとなれば、民間人救助として米軍を動かす大義名分はできるし、政府も……米国政府だけではなく各国政府もJOLJUが絡むのであれば従わざるを得ない。アレックスの作戦案は、エダを人質にすることだが、これはJOLJUを引き出させるための口実でもある。こんな手法が取れるのは、クロベ・ファミリーしかいない。アレックスはファミリーではないので、エダを巻き込むことで遠回しに作戦協力に参加させる。
エダは特別だ。
それはユージだけではない、JOLJUにとっても特別だ。
エダの安全もJOLJUが護衛としてつけば完璧だ。危険を感じればテレポートさせられるし色々なアイテムも持っている。JOLJUが直接関与するならばユージも説得できる。JOLJUを説得することはそう難しい事ではない。アレックスが罪悪感と自己嫌悪を覚えるのは、やり方の狡猾さに対しての自己嫌悪に加えて、人間の事件で、いわば神を投入しなければいけないという不甲斐無さだ。しかし、それ以外の最良な方法を見出す事はできなかった。
紫ノ上島 <新・煉獄> 午前6時47分
「………」
サクラは、まるで駄菓子屋でたむろする子供がやるように、ペットボトルに入ったコーラの最後の一滴を飲もうと、90度に傾け一生懸命僅かに残った水滴を飲もうとしている。 暇つぶしだ。今はこうやって休んでいるのが作戦だから、サクラはできるだけ無防備で暢気さを皆に晒していた。
しかし……そんな、一見長閑な時間は、やはりこの島では夢のようなものに過ぎに無かった。飛鳥から取り戻した携帯電話が鳴った。着信音で拓からのものだとすぐに分かった。
「電話は基本しない……という約束だったろう、拓ちんめ」
よほど差し迫った時でなければ電話は使わない……それが今回彼らの中での決まり事だ。そのルールを一番遵守しているのは一番お堅い拓だ。その拓からということは、よほど何かあったのだろう。
「また撃たれた……とかじゃないだろーな……拓ちんめ。……ホイホイ、サクラちゃん」
重要事案が起きたと思われるのに、電話に出たサクラはマイ・ペースだ。
しかし、電話の向こうで拓はすぐに喋らず、激しく飛び交う銃声と銃弾、そして拓の荒い息ばかり聞こえる。
「おーい。生きてるかぁ~ 拓ちん」
一瞬、本当にまた撃たれたのか、とサクラは思った。その後、4秒ほどしてから、ようやく拓が電話に出た。しかし会話ではなく、もっと差し迫った要請だけだった。
『今サタンと交戦中、緊急応援要請。サクラだけ来い! 装備はフル装備、場所は煉獄地下通路にエレベーターがあり地下6F。以上』
声自体は小さいが、早口で語気は荒い。後ろからは激しいフルオートの銃声と弾が金属に当たる跳弾音が喧しい。緊迫している証拠に、拓は言うだけ言って素早く電話を切った。
「忙しない拓ちんだ」
呟きながら、サクラは武器が集められている場所に行き、近くにある大型バッグを掴み、黙ってM4カービンと予備マガジン、イングラムM10、防弾チョッキ、そして自分が持ってきた麻袋をバッグに放り込んでいる。
当然、飛鳥や他の皆もサクラの突然の行動を見ている。
「どこに行くンや? おまい」
用意しているサクラに、飛鳥が緊張感なく声をかける。めずらしい事だが、サクラは防弾チョッキを着ている最中だった。サクラは見得があってあまり防弾チョッキを着たがらない。
「ちょっと拓ちんの援護行って来る。あたしだけね」
「うちらはどうするねん」
「ここで待機。どうせ<死神>はやってこないと思う」
答えつつM4カービンを背負った。サクラの口調はいつも通り暢気で平静だが、行動は素早く、もう荷物を担ぎ上着のポケットから水上バイクの鍵を取り出している。
「どこにいくんや~!」
「秘密~ ま、ちょこっと行って来るだけだから、後は任せた! 何もしなくていいから。サタンの放送もないから」
サクラは瓦礫となった家をひょいひょいと乗り越えながら、水上バイクのある港内に向かっていた。そのサクラの後を飛鳥だけがついていく。他の皆は何が起きているかさっぱり分からず様子を見守るだけだ。
「ナンで<死神>はこうへんねん?」
「そりゃあ、多分あっちに行くから。拓が村田と撃ちあいしてるっぽいから、<死神>もあっちじゃね? ま、こっちは安全だ。じゃあ、後任せた~」
サクラは上着のポケットから<クロベ・ファミリー専用携帯電話>を飛鳥に投げると、飛鳥以外いないことを確認して跳躍し、空を飛び真っ直ぐ水上バイクに乗ると、あっという間にバイクを走らせて行った。他の皆が、サクラが出て行ったのを確認したのは、水上バイクの爆音が轟き、サクラが飛沫を上げ港から出て行くときだった。
一人残される形となった飛鳥は、周りを見渡し、首を傾げた。
「銃声なんか聞こえへんケド?」
聞こえるはずが無い。激しい銃撃戦が行われているのは、島の反対側で、しかも深い地下の奥だ。
紫ノ上島 地下6F 午前6時49分
「こりゃ参ったな。塹壕戦だ」
拓はまだ自由に動かない左半身を庇いながら、普通左手で行うマガジン交換を、一度銃を置き、弾薬等が入ったバッグから右手で取り出し、再装填させた。
拓も村田も、それぞれ檻の中に身を隠しつつそれぞれ機会をうかがっている状態だ。
両者遭遇の最初の30秒間は、凄まじい銃撃の応酬だった。お互いフルオートで狙うが、暗い地下であり、逃げ込める開放された動物たちの大きな檻がある。二人共、すぐに近くの檻に飛び込み、応戦しながら距離を縮めたが、両者約10mまで迫ったときお互いの進行は止まった。
拓の体調は万全とは言いがたかったが、冷静で、負傷をしてはいても戦闘力は上だ。そして武装もしっかりとしている。一方、村田も負傷があり疲労感はあるし、この遭遇戦は予想外で動揺していた。武装も拓のように十分持ち合わせているわけではなかった。
村田は肩を震わせ、荒く激しい息をなんとか収めようと体を整えている。整えながらも、手にしている自動小銃……M933のマガジンを交換した。拓と違い、これが最後のマガジンだ。
「何でアンタ生きている!?」
村田は珍しく感情のまま怒鳴る。お互い姿は隠しているが声はよく聞こえる距離だ。
「防弾チョッキを着ていた」
「嘘だ! ちゃんと血が吹き出しているのを見た!!」
「そうだったかな? じゃあ、掠っただけだったんだ」
拓は冷静。M4カービンのセレクターをフルオートからセミオートに切り替え、構えた。
「それも嘘だ!」
思わず村田は振り返り叫ぶ。その瞬間、僅かに身を乗り出した。その僅かな隙に拓はセミオートで村田を狙う。だが拓の射撃姿勢も不安定で、弾は村田をギリギリで逸れ、金属の檻に弾かれた。
村田は必死に冷静さを取り戻そうと自分に言い聞かせるが、拓がどうして生きているのか、どう考えても理屈が成立せず、彼の苛立ちを余計に高めていた。
拓には、そんな村田の苛立ちが手に取るように分かる。村田に言わせれば正真正銘、幽霊と遭遇したのだ。サクラの島の帰還は想定し得うるとしても、医者がいない孤島で、胸を撃たれた男が6時間あまりでピンピン(と村田には見える)して現れている……。こんな非常識な状況など想定しているはずがなかった。
「……くそっ」
村田は状況を変えようと無線機を手にしたが、腰につけていた無線機は知らない間に撃ち抜かれた。体を触れば防弾チョッキにも3発弾がめり込んでいた。貫通していないから、どれも跳弾だったのだろう。乱立した檻に助けられた。
「…………」
このままではやられる……! 射撃戦では拓に敵わない。しかも拓は十分装備を整えている。村田の装備は、今持っているM933のマガジンを使い切れば拳銃しか残っていない。とても勝ち目はない。
くそっ! これしかないか!!
村田は対面の廊下にある管理装置を一瞥した。覚悟を決めた。
村田は拳銃……ワルサーP99を左手に持ち、右手にM933を持った。そして飛び出すと同時にフルオートで弾幕を張り拓に牽制しながら、左手の拳銃で管理装置に弾を叩き込む。8発目で、管理装置は壊れ、非常用防壁機能が作動した。
壁が動き、二人の間に、強化プラスチックの壁があっという間に張り出された。
「…………」
壁は一つだけではない。各区画全て強化プラスチックの壁で仕切られた。猛獣が逃げ出したときの対策用だろう。
すかさず拓は5発、強化プラスチックガラスに撃ち込んだ。ガラスはひび割れ、僅かに貫通した。どうやら昔からのもので強度はライフル弾で貫通できるくらいだ。だが、223口径では、貫通はするが致命傷を与える事はできないようだ。
その様子を見て、村田は檻の陰から出てきた。
「これでゆっくり会話ができますね、捜査官」
拓はM4カービンを構えたまま出てくる。
「いいのか? お前は電波装置の様子を見にきた。この壁ではお前は電波制御室にはいけない」
「そっちだってエレベーターに乗れない」
「こっち側にも階段はあった。閉じ込めたつもりだろうが、ただの時間稼ぎだ」
拓は引き金を引いた。223口径はプラスチックガラスを貫通し、村田のわき腹に当たる。村田は「くっ」と身を縮ませるが、「ひどいなぁ」と顔を上げた。貫通はしたが威力はなく、防弾チョッキで簡単に止まり、人体にも衝撃は少ないようだ。
「左手を使っていませんね、捜査官……ダメージはあったようですね」
「どうかな?」
「両手でしっかり狙撃すれば、貴方なら頭部を吹っ飛ばせたでしょう。だが、頭部を狙うにはしっかり構えなければ撃てない。しかし思えばいつもの捜査官であれば、最初の一発で僕は死んでいたはず……今僕が生きている事は、捜査官が弱っている証拠です」
「そりゃあ4日間もこんな殺し合いさせられたら疲れもする」
「一度、命の危険なく会話してみたいと思っていたのですよ。捜査官」
拓と村田……二人は強化プラスチックの壁越しに対峙した。
午前7時00分。ゲーム終了まで、後5時間である。
「黒い天使・長編『死神島』」の第11話の後書きです。サクラ、拓ちんの復帰です。今回は前回が絶望的になったのと反対にサクラ、拓、飛鳥の逆転劇になりました。そしてユージのほうも、ついに黒幕のカミングスにたどり着きました。これでようやくかなりの駒で出た、というカンジです。でもまだいくつかこのストーリーには出ていない秘密や陰謀が残っています。そして、思いもしない大きな爆弾的秘密もいくつか残っています。島の残り時間は五時間……ですが、これからは一時間一時間が波乱の満ちた濃密な怒涛の二転三転ストーリーとなります。本当に長いシリーズですが、最後まで楽しんでもらえると嬉しいです。今後とも「黒い天使・長編『死神島』」をよろしくお願いします。




