特別長編『死神島』 1
30年前に起きた<紫ノ上島猟奇殺人事件>は犯人が見つからず謎に包まれたまま…… その事件を推理し真実究明を目的としたバラエティー番組に参加することになったFBI捜査官のタク=ナカムラと黒い天使ことサクラと飛鳥。呪われた島と言われる島での撮影初日にいきなり死者が出、さらに殺人が発生…… 封じ込まれた島で始まったのは、<サタン>を名乗る男によって開始された理不尽なデスゲームであった。デスゲームは、FBIそしてCIAを巻き込んだ壮大な犯罪劇と想像を絶する陰謀劇に発展していく……
黒天使 『死神島』ノベル
1 募集と参加
「おおーーー♪ よう来たノゥ♪」
真壁家の玄関。むすっとした表情でやってきたサクラを、飛鳥がめずらしく玄関まで出迎えた。
「全く……この世の中でサクラちゃん呼びつけるのはおのれだけじゃ!」
サクラは「麦茶とお菓子!」と要求、ツカツカと二階の自分の部屋に上がっていった。真壁家の二階の六畳間は正式にサクラが間借りしている正真正銘サクラの部屋である。
サクラが寝転んでお茶とお菓子がくるのを待っていると、めずらしく愛想笑いを浮かべた飛鳥がよく冷えたコーラと山盛りのお菓子をもって上がってきた。それを見たサクラは明らかに警戒色を見せた。
飛鳥に呼び出されしかも愛想良くしかもお菓子を山盛り持ってくるときは大抵無理難題であることが多い。
サクラは仏頂面で座り直した。
「今度は何させる気じゃ!」
「クイズやっ!!」
「クイズぅ!!??」
「これ見てみいっ!!」
そういうと飛鳥はサクラを自室……隣りだが……に呼び、テレビをつけ、録画してあった映像を再生させた。映し出されたのはワイドショーの番組告知のようだ。
『すごい企画ですねー!』
『開局特別記念、特別推理バラエティー、<紫ノ上島事件の謎に挑め!>です。30年前起きた紫ノ上島連続殺人事件……それを犯罪のプロフェッショナルたちと一緒に謎を解いていく特別番組です』
『謎は本当に解明されるんですか!?』
『それは全て、参加者たちにかかっています! ヤラセなし、完全解明を目指す、本格ミステリー番組なんです』
『すごいですねー』
『しかも、今回は一般人参加者も募集ですっ! 知能、閃き、洞察力……そして運! それらに自信のある方はこちらのURLにアクセスを! 選定クイズ30問……我こそはと思う方の挑戦待ちしております!』
そして番組告知は終わり録画もここまでだった。
「……ふむ……」
パクッ……とクッキーを食べながら見ていたサクラは飛鳥の言いたいことを理解した。つまりこのテレビ企画に参加するため、クイズを自分に解かせようという腹のようだ。後ろを振り返ってみれば呆れるほど用意周到なことにもう公募の選定クイズ・スタート画面になっている。
「あたしにやれ……ってかい」
サクラはお菓子とコーラを握りながら飛鳥のPCの前に移動した。
「アンタの頭脳なら必ずクリアーできるっ!!」飛鳥は挑む気はないらしい。
「あのなぁ……あたしがクイズやってアンタが替え玉かい!? そんなのボロが出るに決まってンじゃん。それにウチらは未成年、無理じゃん」
「ふっふっふ♪ 飛鳥様がそのあたりぬかりあるものかぁー! ……今回は『AS探偵団』として二人一組で参加でも構わないか局の知り合いのADに確認したわ! クイズをクリアーすれば問題なしっ! 保護者も問題ないこと確認済みや♪」
「なんで保護者の問題がクリアーなのよ?」
「実はウチらの知り合いがすでにエントリー確定なんや♪ あの人との関係説明したら、保護者っていうことでOKやから、クイズさえクリアーすればウチらの参加問題なし!」
「はぁ……」
どうして普段は面倒くさがりのズボラなのにこういうことには手際がいいのか……毎度のことながら……サクラは呆れるばかりである。
「ちなみに本番で事件解決したら2000万円! 解決にいかなくても納得できる推理出せば100万から500万の賞金ありやで!! これでウチらAS探偵団は一気にお金持ちやぁぁぁぁーーーーっ」
「所詮アンタの情熱はお金かい。ま、いいや。どうせヒマしてたトコだから、やってやろーじゃん♪」
そういうとサクラはスタートボタンをクリックした。画面に経過時間が表示され、数学、化学、科学、歴史、脳トレ、想像力系の難問クイズが次々に提示されていく。一般人では10問も突破できないと思われるほど難易度が高かったが、超天才のサクラにとっては造作もないものだった。
こうして、この事件は始まったのであった。
亜熱帯のスカイブルーの海が広がり、穏やかな潮風が吹いている。そんな中、50人ほど乗せた小型フェリーが南に進んでいた。
本土より暖かい陽射しと青い海、……こうして海の真ん中に出てしまえばここが日本であることを忘れてしまいそうだ。
「い……色々有名な人ばかり……ば……場違いだよ、私なんか……」
高遠 涼は、目立たぬようひっそりと船内を歩き回っていた。
この小型フェリーは日本有数のキー局、日Nテレビ局がテレビイベント用に借り切ったフェリーだ。部外者など一人もいるはずがない。
涼はそのことを分かってはいたのだが、どこにいってもテレビスタッフやAD、もしくは先輩タレントたちと遭遇してしまう。船室に戻ったら、司会者がやってくる……緊張の上船酔いも加わり、涼のテンションは最低だった。
彼女も確かに芸能人だ。もっとも本職はバンドのボーカル。ここ最近人気が出てきてテレビでの仕事も増えたが、いつもはグループで出る。一人の出演は今回が初めてだ。
今、グループのリーダーの女の子があまりよくないうわさの渦中にあるため捕まればその事を聞かれるに違いない。こういう時に限って所属事務所のマネージャーは出航直前に食あたり病院に運ばれ、彼女は一人で参加する羽目になった。
……せめて少し、普通の人と話せないのかな……?
そう思って涼が足を向けたのは一般参加者たちのいるブロックだったが……。
その時だった。
「お前らぁぁぁーーーっ!!??」
素っ頓狂な声が観望フロアーから響いてきたのは……。
「あれ……捜査官、この二人のお知り合いではなかったんですか? 二人からは保護者だって……違うんですか?」
ADが遠慮がちに拓に尋ねた。拓は頭を抱え込んでいた。
……まさかこの二人がここにいるとは……確かにNYを出るとき姿は見かけなかったので外国に行っているとは分かっていたが……。
「ち……違いません。残念なことに違わないけど……」
拓は目の前で立っている飛鳥とサクラを見てうんざりとため息をついた。二人はどういうつもりか、顔を大きく隠す狐と狸らしき奇妙な仮面を被っている。ちなみにサクラが狐、飛鳥が狸だ。
「お前ら何でここにいる!」
「美少女ネット探偵っ! AS探偵団っ!! ウチらは顔出しNGということで」と飛鳥。
「あーーー、ホラ。拓もご存知あたしはテレビとか映るとまずいから」とサクラ。
拓は露骨にいやな表情で二人を見ていたが、話がここまで来ている以上拒否することができないことも知った。拓の弱いところだ。なんとも嫌な雰囲気があたりを包む。
この二人が一緒で、トラブルが起きなかったことが過去あっただろうか……? そもそもサクラの存在自体が地雷のようなものではないか……。
今後起きるかもしれないトラブルを考えると、拓は泣きたい心境だ。
ADたちもなんとなく雰囲気を察し空気を読んでこっそり立ち去っていった。
100秒ほど経過。
他には関係者もいなくなった……。
その雰囲気につられ、涼はついフロアーに上がった。フロアーでは、ようやくショックから立ち直った拓が二人に抗議し、二人も応酬し……三人がギャーギャーとまるで学校の休み時間のように騒いでいる。
……学校か……
一応涼も高校生だ。だが、高校一年になったばかりなのに学校に行く日が最近減っている。これでよかったのか……時々分からなくなる時がある。
歌手になると決めたのは自分……歌も音楽も好きだ。バンドも好きだ。だけど、まさか14歳でデビューするとは思わなかったし、自分の歌がこんなに受け入れられるとは思わなかった。気付けばトップアイドルと呼ばれるようになっていた。周りに流されて、本当に正しい道を選んでいるのかは分からない。
……あれ? 男の人……どこかで見たことある……。
20台半ばかな? だけど時々見せる大人っぽい仕草や落ち着いた仕草から実際もう少し歳は上かもしれない。女の子二人のうち一人は自分と同年代……赤い髪の少女は身長からして小学生くらいにも見えるがまさか小学生じゃないだろう……と思う。
その時、赤い髪の少女が青年の懐に手を伸ばすと、拳銃を引き抜いた。青年は慌てて奪い取り、懐に戻した。
「拳銃!!?」
「!?」
騒いでいた三人が声に反応しピタリと動きを止め……涼を見つけた。
1分後……。
涼は見事に飛鳥とサクラに捕まり、この場に連行されていた。
「うぅちぃぃらぁぁのひーーみーーつーー知られたからには逃がさへーーーんーーでぇ」
「ということで拉致じゃぁ~」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ!! 殺さないでっ!!」
「ひっひっひっ! 泣いてもにがさへんでぇぇぇぇーー」
「さてさて、どうしてやろーかノゥ♪」
「うわぁぁぁぁーーーん!! ごめんなさいっごめんなさいっ」
悪乗りする二人に、本気で怯える涼。それを見て言葉もない拓。
拓は黙って左の懐から黒塗りのレザーケースを取り出すと、べしべしっ!とサクラと飛鳥を叩き、涼に優しく微笑みかけた。
「馬鹿二人の悪ふざけなんだ、ごめんよ。ええっと……俺はタク=ナカムラ。ほら……俺は現役FBI捜査官、怪しい人間じゃないよ」
そういうと、拓は二人を殴ったレザーケースを開いた。そこには大きく青い文字でFBIとあり、拓の顔写真……そしてその反対側には金のFBIバッチがある。
そう聞いて、涼は思い出した。時々テレビの犯罪特番でゲストコメンテイターとして登場する元日本人で現役のFBI捜査官……仲村 拓……現在タク=ナカムラ捜査官だ。
拓も今回の『紫ノ上島連続殺人事件の謎を解け!』イベントに、番組に招待された<犯罪解決スペシャリスト>の一人だ。サクラと飛鳥が「保護者が参加するから問題なし」と言ったのは、局の公式HPで拓の来日が書かれていたからである。もっとも拓の方はこの船上で始めて二人が参加していることを知ったワケだが……。
「キミは未成年……だよね? キミは芸能人? 一般参加者?」
「え? あ、ええっと……」
「アホか拓ちんっ!」バシッとサクラは拓を叩く。
「この子は日本で今有名な芸能人なんだぞっ!!? …………確か」
「確かって……アンタも知らないんやん」とポカリとサクラにつっこむ飛鳥。
「もしかして、アンタ、バンド<Lies>のボーカルの子やないか?」
飛鳥は唖然とする涼の手を取り覗き込む。……仮面のせいでより不気味なだけだが。
涼は頷き「はい……あの……高遠 涼です」と答えた。
「おおーーーーっ!!! そやそや♪ <Lies>のスズちゃんっ!! 今一押しのバンドユニットの美少女ボーカルっ!! 超有名人っ!! サインくれぇぇぇぇ~!」
「キャーーーーーっ!!」
ポカッ
涼に迫る飛鳥をサクラが殴った。怒る飛鳥にサクラが「あたしらこんな仮面かぶっとるの忘れたか? こんなんで迫ったら怖がられるじゃん」と説明する。頷く飛鳥。呆れる拓。
涼は頭を抱え困惑しながら立ち上がった。そんな彼女を労わるように拓は笑顔を見せた。
「知らなくてゴメン。俺、アメリカで働いてるから日本の芸能情報とか疎くて。失礼なことしたね」
「疎いのは芸能関係だけだったっけノゥ?? 拓ちん」とあくまで拓をおちょくるサクラ。
「バンドの仲間と一緒に参加なんか?」と飛鳥。
「い……いえ。今回は私だけ……。あ……あの……今回はよろしくお願いします」
「そっかぁー」
飛鳥が頷く。その時だった。これまで他に人がいなかった観望フロアーにドカドカとスタッフが上がってきた。
「はいっ! こちらレポーターの宮野です。今フェリーの観望フロアーです。ここで、すごいツーショットを発見ですよ~♪ ちょっと突撃したいと思います~ 皆さんこんにちは!」
局のレポーター宮野 洋子がマイクを持って拓たちの方に歩いていき、カメラはそれを追っていく。その先ではちゃんと拓たちが並んで待っていた。あたかも突然お邪魔したような演出だが、周りには照明係や録音係がスタンバイしている。
拓たちがグタグタとした会話を交している時、「突撃インタビュー方式で自己紹介VTRお願いします」とADがやってきて、拓たちはそれに応じることになり会話は打ち切られた。
「こちら現役FBI捜査官、タク=ナカムラ氏と、話題の実力派バンド<Lies>のボーカルSUZUちゃん! そして……この怪しい仮面の少女たちが知る人ぞ知るweb上では超有名ネット探偵<AS探偵団>ですっ! なんとこの異色の三組が、観望フロアーで発見ですよ♪」
と、紹介が始まった。
「今回は30年前の島で起きた連続殺人事件の謎を追う、ということですが……犯罪の専門家、FBI捜査官としてはこの謎にどう挑まれますか? ナカムラ捜査官」
「紹介ありがとうございます、タク=ムカムラです。自分自身はこの連続殺人事件のことは知識や子供の頃テレビ特番で観ていたくらいですから事件に関しての知識はほとんど視聴者と変わらないと思いますよ」
「そこはFBI培った犯罪捜査力でこの謎に当るわけですね!」
「そうですね。頑張ってみたいです」
「FBIはなんといっても世界一の捜査機関、エリートの中のエリート! 捜査官の集まりです。捜査官には、是非最新鋭の犯罪知識や科学知識を視聴者も期待していますよ♪」
拓の紹介は終わった。次は当然サクラたちになる。
「次は……なんと公募による一般試験でトップ2の成績でクリアーした天才美少女コンビ! 有名なネット探偵団<AS探偵団>の二人ですっ! むしろ視聴者の皆さんのほうがこの二人をよく知っているかもしれませんね! オカルトから実際の事件、さらには海外の事件まで解明していく謎の美少女探偵コンビですっ!」
「やほーっ♪ ウチがリーダーの<A>のアスカでーーーす♪ 本名も素顔も秘密デス」
「サクラです。同じく秘密」
「超能力探偵でもあるという噂があるんですが本当ですか? 一説には、何件か超能力で事件を解決している、という噂がありますが?」
「あ、それはこっちデス」と飛鳥はグイッとサクラを前面に押し出す。
「……超能力……?」
涼は思わずサクラを見た。言われてみれば、サクラを見ていると不思議な感覚がある。
サクラは……仮面の下で露骨にイヤな顔をしていたが……カメラアピールのため強引に飛鳥にこつかれ無言でマイクの前に出された。
「超能力というと……霊視とか、念力とか、透視とかできるってことですか?」
「………できるけど……」
そうぶっきらぼうに答えたサクラはチラリと拓を見た。どうやら一発何かテレビの前で見せろ、という流れになっていることに、サクラはもちろん拓にも分かった。サクラの全能力を見せればむしろこの特番の内容が『サクラの超能力検証!』になりかねない。拓はポンポンと胸を叩いた。それでサクラは理解した。
サクラは宮野レポーターに「じゃあちょこっとだけ……」と握手を求めた。宮野が握手すると、サクラは「ちょっと意識を集中して下さい。そして過去の自分や今の自分の生活を思い浮かべて」と次げた。レポーター宮野は命じられるままカメラに向かって「なんだか面白い展開です!」と緊迫感こめて喋った。さすがプロのレポーターだ。
沈黙は三秒。その間にサクラは宮野の過去をリーディングした。
「宮野洋子……小学校は杉並の区立校だけど中学から青山学園付属中学に。エスカレーター式で大学までいき、大学の頃から女子アナに憧れて演劇部などに所属。大学2年の時、ミス青山女子に選ばれてそこでマスコミを本格的に目指すため半年カナダに留学……」
「すごいっ! 私の経歴まんまですよっ!」
とはいえこの程度の情報は彼女自身のブログや局の経歴など調べたら分かることだ。手ごろなところだろう。もっともテレビ的にはこのくらいで十分だったが、相手は意地悪いサクラである。
宮野はそれで手を離し話題をまとめたかったが、サクラは手を離さなかった。ここからがサクラの本領だ。
「あー……アナになった一年目、デスクに<華がない>って言われて悩んだみたいね。でもプロデューサーに色目つかって仕事とるのはどうかと思うなぁ~ ま、そういう世界なのかもねーー 今住んでいる目黒のマンションはその人が買ってくれたのかぁ~ でも今交際している野球選手はそのことは知らず時々マンションに遊びに……。本命は野球選手だけど他にも男はいて、男選びは基本的にお金持ちをターゲットにしてる傾向が……中々ハードな……」
「わぁーーー!!?? キャーーー!!」
宮野は素で奇声を上げると強引から手を離し立ち上がった。プライベートのことは誰も知らないことだ。まわりのADたちも予想外の出来事にキョトンとしている。
「すごい……本当に超能力?」茫然と呟く涼。それに小さい声で拓が答えた。
「ああ。サクラの能力はホンモノだよ。あんなもんじゃない、多分、世間で知られてる超能力はなんでもできるよ、あいつは。飛べるし」
「と……飛べる!?」
「今回はカメラがこんなにあるから飛ばないだろうケドね」
「誰の心も読む……んですか?」
「能力的には読めるよ。大丈夫、基本的に今の宮野さんみたいに自分から心を開かないと読めない。あいつは普通の状態では能力をオフにしているからね。あいつがフルパワーだせば心をガードしてても深層意識まで読まれるけど、その時は気配が一変するからすぐ分かるし、そんなことを理由なくはしないんだ。それがバレたらあいつの親が怒る。サクラは親が怖い」
「詳しいんですね」
「そりゃね」
と拓は苦笑した。
「あのサクラは……俺の相棒の娘、だからね♪」
「あ……だから……ナカムラさんが保護者なんですね」
「うん。あ、俺のことは<拓>でいいよ。もう最近ではそれで呼ばれることのほうが多いしね」
「あ、はい。拓さん。私も……あの……<スズ>って呼んでください」
二人が短い会話をかわしている間にどうやら宮野の動揺は落ち着いたようだ。
宮野はプロのレポーター。カメラマンに詰め寄り「今のトコロは後半カット!お願いねっ!!」と早口で巻くした後、すぐに先ほどの笑顔に戻り、「すごい能力です、さすが霊能少女! 彼女の能力がどこまで事件の真相を暴くか……これは期待大ですね」と締めくくってしまった。声は上ずっていたが……。
「さすがプロやな、見事に編集点を作って逃げた」
「固有名詞出してバラしてもよかったんだけどねー ホラ、サクラちゃん優しいから♪」
と、飛鳥とサクラはぼそぼそと会話しあう そこに宮野リポーターは、ここにいる一同の締めくくりとして涼にマイクを向けた。拓やサクラと同じように、自己紹介と経歴を説明し、豊富を求められた。
「あ……あの……私は犯罪のプロじゃないし……こちらの拓さんやAS探偵団さんみたいに能力もないですけど……精一杯頑張りますっ!」
彼女はそういうと大げさなほど頭を下げた。宮野レポーターはそれでここでのインタビューをまとめ、カメラに向かったレポートを締めくくった。
紫ノ上島到着まで、1時間後……11月3日、午後1時の予定である。
2/島 初日
1
紫ノ上島の広場に作られた特設ステージに、21人の挑戦者と大槻メインレポーター、宮野レポーターの計23人が並んだ。
「史上最大のミステリーイベントがついに始まります! 今、ここに犯罪捜査プロと全国から選りすぐられたスーパー頭脳の一同! そして意欲に燃える芸能人……合わせて21人が、30年前の謎の連続事件解明に挑みますっ!」
メインレポーターの大槻一郎は笑顔で第一声を発した。三台のカメラがそれぞれ舞台と大槻をそれぞれ追う。
「30年前、この紫ノ上島の大地主で島の半分以上を所有していた大金持ち紫条家。その一族12人、そして狂った島民6人が死んだあまりにも多くの謎を含んだ戦後最大の怪奇事件がありました。いやぁ……私も当時は駆け出しのレポーターとして、何度もこの島に来たものですよ」
「すごいですね、大槻アナ。私、実はそんなに事件に詳しくなくて」
「そりゃ宮野アナはまだ生まれてないですからね。事件の怪奇性から今でも検証本や事件の推理本が多く出版されています。ついにその決着をつけられるかどうか……今回はかなり本気モードの推理サバイバル番組なんですよ。今回は現役警察官、元警察関係者もお呼びし本当に事件を解決する気満々ですっ! これからの五日間……参加者たちは番組が用意したヒントを見つけ、最終日に推理を披露してもらいたいと思います」
「ヒントは、このくらいの……」そういうと宮野は後ろから掌大の宝箱をカメラの前に見せた。「宝箱に入ってます。でも、ヒントだけじゃないんですよ~」
そういうと、宮野は箱を開けた。箱の中には紙と十字架が入っている。紙は当時の新聞の切り取りだった。
「はい! こういうカンジで事件のヒントと、十字架が入ってます」
すると、これまで黙っていたステージの芸能人が反応し始めた。
「十字架ってどういうことっぉぉ~!? どういう意味っスかぁ~!?」
「うわぁ~ 嫌な予感~」
「なんと! 今回50個の宝箱を用意しましたが、そのうち10個には、<ドボン宝箱>になっています。ドボン宝箱を引いたグループは十字架が全部没収されます」
「ていうか推理じゃないじゃん!」
「なんだよソレェ~」
芸能人……涼と俳優の神野洋平の二人以外は皆芸人、タレントたちだ。リアクション担当で盛り上げる。
「……そういえば……サバイバル・バラエティーってどういうことだろう?」
ふと涼は今更ながら今回の企画のタイトルに<バラエティー>という言葉が入っている事実に気付いた。局は出演者たちにも今回の企画の詳細は説明していなかった。純粋な謎解きではなく、バラエティーとして色々細工をしているようだ。涼は小さく溜息をついた。
……ますます、私には向いてないよ…… バラエティーなんて……。
大槻レポーターは宮野レポーターから十字架を受け取り、ステージ全員を見渡した。
「この十字架は、各人のライフポイントです。島には<死神>が徘徊しています。彼らに捕まれば、十字架を奪われ、<煉獄の牢獄>に連れて行かれます。そうなれば仲間が助けにくるまで捜査には戻れないのです!」
「では! ルールも分かったところで、参加者の皆さんの紹介ですっ!」
大槻レポーターは、居並ぶ参加者たちの名前と経歴を読み上げた。
犯罪スペシャリスト・チーム
タク=ナカムラ(29) 現FBI捜査官。岩崎 健太郎(45) 犯罪研究家
田村 美紀子(32) 元監察医・現開業医。遠山 一郎(62) 元刑事。30年前事件担当。
片山 聡介(34) 現役探偵。山本 恵子(28) 自称霊能探偵。
芸能人チーム
お笑いコンビ<こんぴら> 平山 隆(26)+近藤 啓太(28)
芸人 樺山 恭子(24)。タレント 三上 瞳(21)。 俳優 神野 洋平(41)。
バンド<Lies> メインボーカル 高遠 涼(15)
一般公募参加者
ネット探偵<AS探偵団>アスカ(16)+サクラ(?)
宮村 理恵(19) 大学生。クイズ王経験アリ。河野 佳美(34) 推理作家。
大森 陽一(28) 消防団所属。篠原 彰(20) 物理・大学生。村田 悠馬(21) 大学生。
夏木 清(26) 元詐欺師。現在IT会社経営。
警察官 沖縄県警所属 柴山 健(24) 巡査。警視庁捜査一課警部補 佐山 つぐみ(45)
読み上げられると舞台の上の参加者たちは、それぞれ一言自己紹介していった。
そして簡単な説明が終わった後、大槻リポーターが懐から一枚の紙を取り出しカメラに向かって言った。
「さて、次に皆さんにはチームを組んでくんでもらおうと思います。基本二人一組のセットで9チームということですっ! 実はすでにそのチームの割り振りはここにあります!」
「チーム編成は、公平に事前の調査で皆さんの経験や推理レベルを考慮し、バランスよく配分させてもらいました♪ いいですかー皆さん♪ 発表しますよーーー♪」
盛大に声を上げる芸能人と一部の一般参加者。むろんチームのこともこれが初公開だ。
そして、舞台には大きなパネルが持ち込まれた。そこには9箇所、紙で目隠しされた部分が並べられていた。これがチーム分けであることは一目瞭然だ。
全員の期待と不安が高まっていく。
「では、発表します! Aチーム……別名<知能系美少女チーム>! 一般公募クイズ、トップ、宮村 理恵さんと、タレント 三上 瞳ちゃん!」
「では次Bチーム……驚きの組み合わせですよ~! <天才鬼才チーム>! 一般公募クイズ第二位! なんと職業はネット探偵コンビ、AS探偵団の二人と、元監察医で現在タレント兼医者として活躍する田村 美紀子先生ですっ」
紹介され、飛鳥とサクラは「ぶいっ」と同時にVサインをカメラに向けた。むろん二人とも仮面を被っている。
大槻リポーターと宮野リポーターが交互に続きのチームを披露していく。
「Cチーム! 犯罪研究力と芸人の力はどこまでこの謎に迫れるか! <知識根性チーム>、
犯罪研究家としてワイドショーでお馴染、岩崎 健太郎氏と、芸人 樺山 恭子!」
「Dチーム!最も事件に近いのはこのチームですかね? <ザ・クール チーム>! 元刑事で30年前この島で起きた凄惨な事件を担当した遠山 一郎氏と村田 悠馬さんです」
「Eチーム! こちらもかなり異色ですね! <直感と異才チーム>! 霊能探偵として皆さんテレビで一度は見たことがあるはず! 山本 恵子さんと、なんと元詐欺師で現在その頭脳を生かしIT会社を経営! 屈指の頭脳力、青木 清さんっ」
「Fチーム! こちらは女性ファンがメロメロになりそうですね! <イケメンチーム>!
俳優、神野 洋平さんと、消防団所属の大森 陽一さん!」
「Gチーム! 右脳力と左脳力の完璧な融合! <完璧頭脳チーム>! 推理作家 河野 佳美さんと日科学大で物理学を専攻するガリレオ青年! 篠原 彰さん」
残されたのは2チーム……5人だ。涼は不安げに残った参加者を見た。あとはお笑いコンビ<こんぴら>と拓、そしてスーツ姿の長身の青年、片山だ。
……どうせなら、仲村さんがいいな……。
「Hチーム! 専門家とはっきりいって足手まとい? <最狂コンビ>! 何度かテレビでも取り上げられたことのある実力抜群、探偵 片山 聡介さんと、大丈夫か? 笑い以外に頭の使い道はあるのか証明する芸人<こんぴら>の近藤、平山の二人ですっ!」
「なんやその説明はーーーっ!!」
「まるでワイらが足手まといみたいやんけ!!!」
「え? 君たちはボクのハンデとしてついてるのかと思ったけど違うのかい?」
「なんでやねんっ!!」
<こんぴら>の二人はステージでリアクションを起こす。参加者たちはその様子を見て笑いあった。そんな中、涼は自分の相棒が判明し、思わず拓を見た。拓のほうも気付き、涼のほうにやってくる。
「あの……拓さん……ええっと……よろしくですっ」
「まさかこうなるとは俺も思わなかったよ。こちらこそ宜しくね」
二人は小声でそう挨拶を交わした。そして丁度その時、最後のチームが公表された。
「最後のIチームです! といっても残った二人ですが……捜査能力は間違いなくナンバーワン! エリートと天才少女の強豪!<エリート・チーム>!! 現役FBI捜査官、タク=ナカムラ氏と、ハードでロックな歌姫! <Lies>の高遠 涼ちゃんですっ!」
「よ……よろしくお願いしますっ!!」
涼は反射的にカメラに向かって大きく頭を下げた。まわりから「カワイイー♪」「いいよー♪」と囃し立てられ、涼は見る見る顔を真っ赤にさせた。
……や……やっぱり、テレビは苦手だ……
「では皆さん、チームに分かれてもらったわけですが……皆さんに今からルールの説明とお願いがあります。よく聞いて下さい」
舞台はチーム別に並べられた後、再びカメラが動き出したのにあわせ大槻リポーターがそう宣言した。すぐに大きなダンボールを持った宮野リポーターも舞台に上がってくる。
「ルール? もう十字架の説明は聞いたぜ? 他にもあるのかよ」
片山が芸能人たちより先に疑問を口にした。彼は元々喋り好きだがこれまでは番組演出を考えて控えていた。
「大したことじゃありません。ええっと……皆さんには、この時計付き腕輪をつけてもらいます。この腕輪にはいくつもの機能があるんですよ。一つは皆さんの位置を把握するナビゲーターで、もう一つはこの島中にセットされた自動カメラのセンサー機になってます」
「なによ、それ」と宮村。
「この島には無人カメラを約2500機仕掛けさせてもらっています。皆さんがカメラの設置場所に近づくと、カメラが機動して皆さんの姿と会話を拾います」
「なんやぁ~ 一組一台つければええやんーー」と<こんぴら>近藤。
「ドローンとか使えよ」
「いやいや、ドローンで追うには大変でして」
「それに今回ノコンセプトとして第三者目線で自然な皆さんの姿を撮りたいんです。もちろん我々スタッフカメラも皆さんを追います。さらに一番重要な機能!<死神>が半径20mに近づくと光って知らせてくれます。どこから迫ってくるか分からない<死神>の危険を軽減してくれますよ!」
大槻リポーターの説明が終わると、宮野リポーターは箱から21個の腕輪を取りだし、次々に手渡していく。その最中、大槻はカメラを意識しながら、全員に向かい、愛想笑いで拝んでいた。
「そして真に申し訳ないことですが……皆さんの携帯電話、スマートフォン、その他携帯端末は全てこの番組中は預からせていただきます」
「ええっ!!?」
これには全員がリアクションした。
「そりゃ困る」と片山。
「会社からの電話があるし個人情報ですよ」と青木。
「ケータイないとアプリもできないですよぉー」と三上。
他にも全員ブツブツと文句を呟いている。そのなかで宮村だけは笑顔で頷いた。
「そうね。確かに今回の推理ショーは、チームに分けられた事から考えて勝負の要素が強いし、局が<宝箱>なんて用意した以上、勝手に携帯で電話したりネットで調べたりしちゃ折角の仕掛けが台無しだわ♪」
「その通りです、宮村さん。さすがですね!」
「というか……この島、携帯使えるんですか? 沖縄本島周辺の基地局から離れすぎてると思いますが……」
と篠原は自分の携帯電話を取り出し、確認した。すると驚いた事にアンテナはちゃんと立っている。
これには全員驚く。
「この島は、今は無人島ですが、6年前まで島民が住んでいました。一社だけ携帯電話のアンテナがあるんです。なので携帯電話は使おうと思えば使えるんですよ」
「いいわ」
宮村は腕を組み、そしてニヤリと笑って言った。
「ただしスタッフ全員の携帯もよ。賞金は2000万……一般公募で選ばれた私たちはガチで挑んでるの。芸能人や局が用意した犯罪専門家のセンセーたちにこっそり使わせる可能性だってなくはないでしょ? 公平に、全スタッフ全参加者の携帯電話没収……それなら妥当な話だと思うわ」
宮村の予想外の反撃に大槻と宮野は顔を見合わせ困惑したが、その宮村を片山が支持した。
「彼女の言うとおりだね~ 不公平はよくないよ」
そして、拓もそれに同意した。
「そうですね。単なる謎解きバラエティーなら俺は参加していない。事件捜査の意志が真剣だったからちょっと手を回して今回特別に参加しました。そりゃ俺だって緊急連絡があったら困るけど、そのため予定は空けてきたつもりだし。真面目な捜査というならスタッフも同じようにしてもらわないと駄目じゃないかな」
拓がそういうと、他のメンバーたちも同意の声を上げ始めた。大槻は後ろで控える鳥居ディレクターを見た。鳥居は渋い顔で頷き、携帯電話は全員没収し、これから一時、給油のため沖縄本島に戻るフェリーに乗せて管理するということで落着した。
まずここにいるスタッフが用意された箱に携帯電話を入れていき、最後に宮野がその箱を舞台に持ってきた。参加者たちが一人一人、丁寧に自分の携帯電話を入れて言ったが、サクラだけは「サクラちゃん、ケータイもってないよ」と答えた。
「え? 持ってないの?」
「持ってない。親がうるさいから」
「そ、そう……」
「なんなら身体検査してみてよ」
宮野リポーターはそういわれサクラの服、ポケットを調べたが何も出てこなかった。確かにみんなが一斉に自分の携帯電話を取ったときもサクラだけは取り出さなかった。仕方なくサクラはなし、ということで宮野は次の人……拓と涼のところにきた。涼は黙って携帯を箱に入れ、拓は……拓はじーーーっとヘンな顔でサクラを睨みながら自分の携帯を入れた。
そしてその箱が運ばれていった後、全員再びチーム別に舞台に揃うよう促され、そして大槻リポーターがカメラに向かって大声で宣言した。
「では! これより<紫ノ上島連続殺人事件の謎>に迫ってもらいますっ! スタートですっ!」
……これが、さらなる凄惨な事件の始まりであった……。
3/最初の事件
1
スタートから3時間ほど経過した。
涼の気分は最低だった。開始してすぐにテレビ局の用意したトラップ宝箱にひっかかってしまったのだ。
顔を真っ白にした状態で、本企画最初のドボンということで大槻リポーターに弄られ、面白いリアクションもできず、ただひたすら俯いていただけだった。どころか関係ない拓のほうが「いやぁ~ 欲張ってひっかかっちゃいました」と言って番組を成立させてくれた。
小麦粉を落とすため軽くシャワーを浴び、そしてメイクをし直した。その間相棒の拓はどこかに出かけるわけもいかずただ待機……。
……拓さんに申し訳なさ過ぎる……。
そう思うとますます気分が落ち込む涼だった。
……やっぱり山本さんがいうとおり、私、不幸を呼ぶの……?
ふと、そう思ってしまう。
だが本当の不幸が始まるのはこの後……そしてそのキッカケは数分後、突然舞い降りてくる。
拓はスタッフたちの控える本部で周りの了解をもらい、煙草を楽しんでいた。となりには同じく煙草を吸っている鳥居ディレクターがいた。
「なんかスタッフ減りました?」
「番組のセット用のスタッフは2時間前フェリーで一旦沖縄に戻っとります。他のスタッフはカメラの調整を宿舎のほうでやってる最中ですわ」
「宿舎……元役所でしたっけ?」
拓は一本目を吸い終え、二本目を咥えた。
「あい。あ、大丈夫。ちゃんと客室になるようセットしとりますから。普通のホテル並サービスは保証しますよ。シェフやそのためのバイトも連れてきてますし」
そう話していると、ADが駆け込み「どうもいくつかのカメラの調子が悪くて」と報告していた。2500機もあればそういう調整も大変だろう。
拓がそんなやり取りを聞きつつ、二本目の煙草を吸い終えた時だ。血相を変えた柴山巡査が飛び込んできた。柴山巡査は拓を見つけると、不安げな表情を少し緩ませた。
「よかった!! 捜査官がいてくれて……。俺……いや、自分はどうしたらいいかと」
「どうしました?」
柴山巡査の様子は只事ではない。顔は真っ青で、全力で走ってきたのか汗まみれだ。拓を見つけ安堵したようだが、目をパチパチさせるだけでまだ何も言って来ない。彼はADがもってきた水を一気に煽ってようやく少し落ち着くと、拓のほうに歩み、そして今にも泣きそうな顔で言った。
「捜査官、助けて下さいっ!」
「何があったんですか?」
落ち着いて答える拓。拓は何が起きたのか経験で分かった。こういう表情の人間が発する言葉は決まっている。
「佐山警部補が……警部補が……死にました!!」
「……えっ……?」
思わず鳥居デイレクターは吸っていた煙草を落とした。
「……分かりました。……現場に連れて行ってくれ」
拓は、予想した通りの結果であったことに、心の中でため息をついた。
拓と小型カメラを持ったAD、竹下と共に柴山巡査に死んだ佐山警部補の元に向かうことになった。
「鳥居さん、このことは口外しないで。スズちゃんはしばらくここで待機させて下さい」
そういい残し、島の東部の海岸線に向かった。
その途中だ。幸か不幸か……サクラと飛鳥に遭遇した。二人ともずっと仮面を被っていて、分かってはいてもすごい異常感がある。
「なんや拓さん。そない血相変えて」
「あ、あのっ! 緊急なので今は……!」
「柴山巡査!! 言うな!」
拓が制するのが遅かった。サクラがピクリと反応した。
仮面を被っていて分からないが、サクラの仮面がゆっくり振り向き拓を見た。この様子だとサクラは異常事態……おそらく死人が出たことも……悟ったに違いない。
サクラは沈黙したままじーーーっと拓と柴山巡査を見ている。拓は決断した。
拓は柴山巡査たちを少し待つよう指示し、サクラと飛鳥を呼び寄せた。
「ちょっと事故が起きたんだ。それでお前たちに頼みがあるんだが……」
「サクラちゃんたちも殺人事件の調査に加われということかいカイ?」
「なんで殺人事件だと分かるんだ!? まだ死体が出ただけ……。あ……」
「拓ちんは単純やな~」
あっさり誘導にひっかかる拓だった。もっともサクラは他人の心も読める。こっちが言わなくても知っていて当然、という前提があるから別に拓のドジではない。
「とにかく! まだ殺人と断定されてない。このことを知ってるのは俺たちだけだ。他の参加者もまだ知らない。で、頼みがあるだけど」
「事故とやらの調査の手伝いかいカイ?」
もうすっかり乗り気のサクラだ。確かにサクラの能力は万能だがAD竹下と柴山がいるし、この二人がついてくれば田村も気になるだろう。その結果参加者に勘付かれかねない。拓はそのことを説明し、
「実はスズちゃんが本部で待ってるんだ。俺が戻ってくるまで彼女の面倒見ていてもらえないか? 彼女が参加してないと、やっぱり怪しまれるだろ?」
「つまりあたしらにスズの面倒みつつ護衛しろっていうこと?」
「なんかスパイみたいやな!」
「何言ってんのよ。拓は単にスズとあたしら、まとめて厄介払いしたいだけじゃん」
「…………」
さすがサクラ。身も蓋もなく的確に拓の意図を理解している。
「ま、いいや。引き受けたげよう。拓ちんの頼みだしな」
と言いながらサクラはビシッと右手を出した。見事なまでに遠慮のない報酬と口止め要求だ。飛鳥も「とりあえずウチは最低お札で妥協や」と堂々とサクラに習う。
拓はヤレヤレとため息をついて、サイフから紙片を取り出し二人に握らせると、「約束だぞ、ちゃんと頼むぞ」と言い、再び柴山巡査たちと合流して小走りに去っていった。
拓たちが消えるのを見つめ、サクラたちは握らされた紙片を開いた。
「……<困った時のヘルプ券>……」とサクラ。
「……1ドル札……」と飛鳥。
文句を言おうにも、拓は去った後だ。拓も、サクラや飛鳥の扱い方をよく知っている。
こうしてサクラたちは仕方なく、涼を拾うためスタッフ本部に向かった。
居住地を出て、東の館に続く小道から外れたところに崖がある。
警視庁捜査一課所属警部補 佐山 つぐみは、その崖の約15m下の磯で横たわっていた。崖の上からも頭部と口、腕からの出血が確認でき、左足は奇妙方向に折れていた。ピクリとも動かないところを見ると、柴山巡査がいう通り恐らく死んでいるだろう。
「念のため確認しますけど、柴山巡査は佐山さんの死亡は確認したわけではない?」
「は……はい。佐山警部補の姿が見えなくなって、ずっと探していたんですが……それでここに来た時……下で倒れている佐山警部補の姿を確認して……」
「こ……この高さであの様子だと……死んでますよね」
「いや調べないといけないな。息がある可能性だってある」
ゲームが始まってまだそう時間も経過していない。それにここからではよく分からない。
拓は崖を見下ろした。拓の運動神経でも道具なしに降りられるか微妙だ。拓は二人にロープと毛布を持ってくるよう頼むと、柴山巡査が再び駆け下りて行った。
「じゃあ簡単に現場検証しよう。竹山さん……すみませんがカメラをお願いします。現場検証します」
「はっ……はいっ」
そういうと拓はいつも上着の内ポケットに入れるようにしている現場用の手袋をつけ、腕時計で時間を確認した。姓名と時間を告げ、周辺の状況を解説していく。
崖周辺は岩場になっている。すぐ傍は森だが人の足跡はない。場所は居住地からそう遠くないが、森のために完全に死角になっていて、この付近にカメラはない。この崖の上で争った形跡は見られなかった。拓は崖スレスレの岩も見てみたが、足跡や争った跡は目ではわからない。
そこに柴山がロープと毛布を担ぎ戻ってきた。
「どうするんですか? 捜査官」
「毛布で包んで引き上げてくれ。海に流されたら大変だ」
「下までは?」
「ロープで降りるよ」
そういうと拓は手際よく近くの木にロープを結び、毛布を軽く結んで下に投げた。毛布とロープは巧い具合下の磯に落ちた。
拓はロープの張り具合を確認すると、懐に入っている白手袋をはめ、ロープを握り、崖下に飛び降りた。そこは軍隊訓練も受けている拓だ。あっという間に15m下の磯に降り立った。
佐山を間近で見た拓は、もはや医者が必要ないことに気付いた。頭部からの出血は予想以上に多く、首も変に曲がっていた。完全に死んでいる。念のため脈を確認した。脈拍はなく、体温もぬるい。ここは海岸の磯で太陽が当らず寒い。簡単な検視では死亡推定時刻は分からない。
「どうですかー! 捜査官っ!」
「死んでます」
「!?」
「柴山さんはこっちに降りてこられますか?」
「む……無理ですっ! ……あ……あの……どうしたらいいんですか!?」
「現場検証が必要です。仕方ない……俺がやります。……デジカメかなんかは持ってますか? もしくはボイスレコーダー」
「あ……ありますっ! ボイスレコーダー! ええっと……どうしたら?」
「軽く投げて下さい。受け取りますから」
15mの頭上から落ちてくる掌サイズのボイスレコーダーを拓は難なく受け取った。操作は簡単で二、三簡単な説明を聞き使い方を理解しさっそく使い始めた。
拓は自分の姓名、所属、現在の時間と曜日を吹き込み、ざっと周りの環境説明を入れた。そして死体の状況を、まずパッと見た感想を入れていたときだ。磯を歩く足音に気付き拓は振り返った。しばらくすると、岩陰から現れたのは、なんと片山だった。
「俺の嗅覚と運動神経、なめないでもらいたいね」
「片山さん!? どうやってそこに!?」
崖の上から柴山が驚いて声を上げ訪ねた。片山は、濡れたズボンや埃のついたスーツを叩きながら「ダメでしょ~? こういう面白いことはちゃんと連絡ほしいねぇ~」と笑っている。片山は佐山の遺体の傍でしゃがんだ。どうやら彼はちゃんとした探偵のようだが遺体に対し免疫があるようだ。
「完璧に死んでるねぇ~ 他殺か事故か分からない……ってトコかな? 捜査官」
「それよりどうやってここに来たんですか? 片山さん」
「ロッククライミングも趣味でしてね。まぁそんなおおげさなものじゃないですよ。ほら」
そういうと片山は拓を海岸線の磯を見せた。300mくらいは険しい崖と磯になっているが、現在引き潮のおかげでなんとか地続きになっている。その奥に砂浜と外れの一軒家、東側の港の防波堤の一部が見えるから、片山はそこから来たのだろう。
「片山さんはここから戻れと言われれば戻れますか?」
「そういう捜査官はどうなんだい?」
「戻れるでしょう」
ロッククライミングの経験はないが、片山がやってきた事実、そして見る限り岩を這うような場所が二箇所くらいしかない。運動神経がいい人間であれば往復は可能だろう。
「一番引き潮は約一時間前です。一時間前はもっと来やすかったでしょうな」
「ところで片山さんはどうしてここに」
「ADたちがドタバタしてるのを見つけましてね。それで聞けば高遠ちゃんはスタッフの控え室にいるっていうでしょ? 何かあったな、と思いましたよ。捜査官たちの場所をどうやって知ったかは……企業秘密、ということで」
「俺に盗聴器とか仕掛けたりはしてないですよね?」
「そんなこたぁしませんよ。相手を選びますからね」
拓は苦笑した。では拓でなければ盗聴器や発信機など仕掛けることもありえる、ということか。どちらにせよ有能な人間が助けは欲しい。
再び二人は佐山の遺体の傍に戻り、検視に戻った。
「まだ死亡時期は2時間前から30分前。これは現状では確認できず。左脛骨折、左上腕部も骨折しているようだ。落下したのであれば左側から落下したと思われる。岩が刺さり、手や足、顔、頭部から出血が見られる。出血量は多いが、下の岩場に血は吸い込まれていて、落下で死んだのか、他殺かは判断がつかない」
「この血だと、死体を投げ捨てた……ではないでしょうな」
「頭部の傷が大きい。これは意図的な意志があってか、単なる偶然か」
拓は佐山の上着のボタンに気付き、「所持品を確認する」とスーツの上着を探った。まず見つけたのは壊れた携帯電話だ。これは落下によるものだろう。警察手帳もある。上着を外してみると、右腰に手錠と警察拳銃があった。
「佐山氏は何で拳銃を持ってるんだ?」
拳銃が出てきたことに片山は意外だった。今回の案件は継続捜査であり拳銃使用許可が下りるような事件ではない。佐山警部補と柴山巡査がやってきたのは、もし有力な証拠が新しく出た場合それを正式に引き継ぐためであって、テレビ局としてはあくまで形式的な立場でしかない。この拳銃は分不相応だ。
「どういうことだ?」
拓の疑問は違う。拓は佐山の左腰のあたりを探った。何もない。拓は強引に遺体を横にして、丹念にベルトを調べた。
「……まいったな……」
「どうしたんだい捜査官」
「銃がない」
「右腰にあったぜ?」
「これは……本当にちょっと厄介なことになるかもしれない」
拓はそういうと、彼のベルトを外し、拳銃と手錠を抜き取った。
そして「これで現場を離れる。遺体を放置できないので、回収する」と言い、ボイスレコーダーを締まった。
「すまない、片山さん。彼を毛布で包むのを手伝ってくれますか?」
「いや、ダメだろう。捜査官がどう考えたかは知らんが、俺の考えじゃこれは他殺だと思うな。指紋はつけられない」
「じゃあ俺の手袋を貸すので」
拓はニ対手袋を持っている。そういうと拓は自分がつけていた手袋を外し片山に渡した。片山は苦笑し手袋をつけた。その間に拓は佐山の拳銃を抜き、操作してみた。拳銃はS&WM370エアウエート・桜式で、弾は5発。発射の形跡もなく壊れていなかった。
「そいつは壊れてないのか」と、手袋をつけ終わった片山が覗き込む。
「銃は意外に頑丈だよ。落下テストもするし、銃をがっぽり包む日本の警察のホルスターだったらキズもつきにくいだろう。……グリップのところに少しキズがついてる……落ちたとき付いたんだろう。だけど撃てる。片山さんも調べるかい?」
「調べたいけど、できないんですよ捜査官。日本では資格のないものが銃に触るだけで一応銃刀法違反が成立してしまうんでね。捜査官は問われないだろうけどね」
「そうだな」
拓は頷くとホルスターをズボンに差し込み手錠をポケットに入れた。
二人は佐山を毛布で包みロープで固定して上の柴山たちに引き上げてもらった後、拓と片山もロープで上に上がった。
一部始終上でみていた柴山とAD竹下は、どうしたらいいかわからず、ただ突っ立っていた。拓は遺体をできるだけ目立たないようスタッフたちが待機する役所に運ぶよう指示したが、誰も死体を担ぎたがらない。仕方なく拓が一人で担いでいくことにした。
「まぁ……皮肉じゃないけど死体は見慣れてるから。気にしなくていいよ」
拓は苦笑すると、佐山の拳銃と警察手帳と手錠を柴山に渡した。銃があることに柴山はさらに動揺したが、片山が法的に柴山以外拳銃を触れないと説明し、拓が「君はこの事故の責任者だ。ちゃんとしろ」と厳しく言った。柴山は何度か息を呑み……そして頷いた。
「早くいかないと、他の参加者に見つかっちゃうぜ」
「片山さん、竹下さん。二人が先行して人払いを。そのあと俺たちが続きます」
拓の意見に皆同意し、片山とAD竹下が50mほど先に先行し、人気がないのを確認すると拓と柴山巡査が進む。
柴山巡査の表情は落ち着く様子はなく、青い顔で拓についてきている。人が死ぬなど、彼の想像になかったことだろうし、死体と接するのも初めてかもしれない。しかも死んだのは警視庁からきた刑事だ。どう対処していいか、どう行動していいか、判断できる状況ではないのだろう。拓も代れるなら代ってあげたいとは思うが、これではまだ拓がでしゃばることはできない。
「拳銃を持っていることは他の人には秘密にして下さい。当然佐山警部補の死も」
「そ……捜査官。これは……事故ですか? 事件……ですか」
「………………」
崖の上で争った形跡はみつからない。下で争った可能性はあるがだとしれば抵抗するはずだがその跡もなかった。 では純粋な事故か? しかし彼がどうしてあんなところに行っていたのかが辻褄が合わない。自殺か? こんなときにこんな場所で自殺する動機があるだろうか?
……だが彼の左腰にアレはなくなっていた……。
ベルトにはくっきり跡が残っていた。持っていたことは間違いない。アレが目的だとすれば、容疑者は拡大する。そもそも佐山警部補の存在自体が怪しくなる。いや、アレをもっている時点で彼は怪しい。
「それを捜査するのが柴山さんの仕事ですよ。俺も力になるので、しっかりと」
「はっ……はいっ!」
……まさか、サクラのせいじゃないだろうなあ……。
ふと拓はそう思ってしまった。むろん犯人、という意味でなく因果律の関係で。サクラが行くところ必ず事件が起きる……そして騒動が起きる……そういうことがこれまで何度あったことか…… 今回のことも他の人には黙っていてもサクラはきっと嗅ぎづけてくるだろう。それらを思うと拓の気分は重くなった。
「殺人事件! ふむふむ」
サクラは宝箱から入手した記事を見ながら考えている。
AS探偵団の二人は拓の頼みどおり涼を連れ、島内で宝箱探しをメインに行っているところだ。入手した宝箱と十字架は6つだが、サクラの手元には10枚の事件関連書があった。
「どうして宝箱から記事だけ抜いたんですか?」
サクラたちは実は宝箱を12個発見していた。サクラはそのうち二つはドボン宝箱だと判断して開けず、残り半分は十字架だけ抜き、あとは記事だけ抜いて箱に戻した。涼は不思議でならない。
「スズっち、ええか? 十字架自体はそんなにたくさんゲットしてもしゃーないもんや。徘徊しとる<死神>に捕まらへんかぎりな」
「ええ」
「そもそもウチらは<死神>とやらには捕まらへんからこんな余計なライフポイト十字架は必要あらへん。あんまりたくさんもっとると他の参加者に注目されてまうしな!」
「そ、そういうものなのか」
涼はなるほどーと自分の胸についている十字架を見つつ、色々考えているサクラと飛鳥に感心した。同世代のサクラたち(正確には飛鳥だけが同世代だが)ですらそういう作戦を考えているなんて……ますます自分の無力を思い知らされてしまう。
その時だ。
「あれ?」
涼は腕輪が光っている事に気付いた。これは、近くに<死神>がいるということだ。
涼がそのことを告げると、二人も自分の腕輪を確認した。確かに光っている。
「うおぉーーっ! サクラ、逃げるでェ!?」
「そ……それより隠れたほうが……」
「ちょいまてぃ」
サクラは資料をポケットに突っ込みながら考えている。
「サクラさん! 足音が近づいてます、きっと右の坂のほうからですよ! 逃げるか隠れるかしないと!」
が、サクラは何か考えているようだ。それも数瞬……サクラはぽふっと手を叩いた。
「ちょっと実験しよう。二人はそのあたりに隠れとくのじゃ♪」
「おまいはどないするんや?」
「突っ立ってみる。いや、あえて余所見して座ってるかな?」
「え?」
「ほら、もうじき<死神>がくる! 飛鳥、スズ……二人は<死神>の行動を細部までよーーく見ててね」
そういうとサクラは集めた十字架のうち一つを摘まんで胸に付け、道の真ん中の電信柱のところに座り込んだ。
飛鳥たちは近くの民家の壁を越えて庭の中に潜んだ。そして壁の隙間から様子を伺う。
そして10秒ほどした時、坂の上に全身黒のコート、黒の手袋、大きな黒の仮面を被った死神が現れた。
サクラが<死神>に捕まったのはその30秒後。サクラは海を見ていて気付かない様子で、暴れることなく<死神>に肩を叩かれ、サクラはそこで初めて<死神>に気付いたように反応し、暢気にサクラは「しまったしまった」と十字架を<死神>に手渡した。
<死神>は腰のホルスターからトランシーバーを取り出し、
「住宅地F地点にてBチーム、AS探偵団の一人の魂を狩りました。魂保管場所に戻ります」と告げ、元来た道を戻っていった。
<死神>に捕まった後5分は<無敵タイム>と呼ばれ、他の<死神>からも襲われることはない。死神はゲットした十字架を、煉獄エリアにある箱に入れに戻る……というのがルールだ。
「…………」
「なんやサクラのヤツ。何考えこんどるんや?」
「それより、<死神>の様子おかしくなかったですか?」
「あ、すずっち。ウチらには敬語でなくてええよー」
「そ、そう……ですか? でもヘンでしたよね。サクラさんを捕まえるまでどうして30秒もかかったんだろう? それにサクラさんを見つけても走ってくる様子はなかったし……でも、途中一回だけ……なんか焦ってたような様子があったし」
とはいえすぐに敬語はやめられない涼。これがサクラの言っていた実験ということなのか?
「ところで勝手に私たち人の家の敷地に入っていいんですか?」
「もう島民はおらん廃墟やろ? ええんとちゃうん? 家の中にはいったわけでなし……おんにゃ……??」
「飛鳥さん?」
飛鳥は後ろにある家の窓のところに行き、躊躇することなく窓を開けた。どうやら廊下の窓のようで室内が見える。
「飛鳥さん!」
小声で涼が窘める。いくらなんでも勝手に窓を開けるのはよくない。
「いや、すずっち。それは重要やない。……なんで窓が開くンや? もしかして玄関も開いてたりして……」
「それで中に入ってどうするですか!?」
「いや……普通は鍵かけて中に入れへんようにするもんやないん?」
「あ……そっか」
その時サクラのほうも考えがまとまったらしく、飛鳥たちに出てくるよう声がかかった。再び三人は集まる。
「で。貴重な十字架失ってまで得た情報は何や? サクラ」
「下らない細かい情報もいれればいくつか分かったわよ。価値はあったわ」
「で?」
「下らない情報と、重要な情報と、深読みとどれが聞きたい?」
「下らない情報」
「<死神>は体育会系の男がはいってる」
「ホンマに下らん情報やな。……重要な情報はどうやねん?」
「あたしを捕まえることができた」
「なめとんのかクソガキっ」
「サ……サクラさんはワザと捕まるつもりだったんですよね?」
「んなアホな」とサクラはため息をつき、少しズレたお面を直しつつ答えた。
「捕まるか捕まらないかの実験。捕まえることが出来たってことは、あの<死神>とやらは結構ハイテク装備してるってことになるわ。だってあたし、<非認識化>使ってたもん。ただのコスプレだったらあたしを認識することはできなかったはず」
「非認識化?」
「おお! そういうことか! すずっち、つまりな。サクラは今超能力で消えとってん」
「ええっ!? でもちゃんと見えてましたよ!?」
「飛鳥の説明が悪いわい」とサクラはつっこむと涼の前にでて言った。
「論より見せたほうが早い。消えるんじゃないの、存在感消して、<見えているけど気付かなくする>っていう能力なのさ♪」
そういった瞬間、サクラの姿がじょじょに薄れ、あっとう間に涼の目から見えなくなった。思わず涼は驚きと恐怖の声を上げる。
「サクラさんが消えた!? えっ!? ええーっ!!? 飛鳥さん、これはどういう……」
「何いうとんねん。ずっと目の前におるっちゅーねん、サクラ」
飛鳥には見えているらしい。さらに驚く涼。
するとその時、何かが涼の手を握った。驚く涼だったが、次第にそれがサクラの手だと気づいた時、うっすらとだがサクラの姿が浮かんだ。
「あ、あれ? え?」
「そう。今スズはあたしを認識した。だからあたしが見えるようになったわけ」
サクラが言い終わる頃にはサクラの姿はしっかり見えるようになっていた。なんとなく涼はサクラの能力を理解した。サクラは、いわば風景のように溶け込む能力があるということか……。
「ま、大体正解。ただし、この能力はあたしをよく知る人間、拓や飛鳥には通用しない。あと、あたしが<そこにいる>と最初っから認識していると、やっぱり通用しないの」
「一種の催眠術みたいですね」
「ちょっと違うけど……間違いでもないかな? で、話を元に戻すと……<死神>は間違いなくあたしたちがこのあたりにいることを知ってやってきたっぽい。だけどいざきてみると誰もいなかった。だから焦った」
「一瞬坂の上で挙動不審だった時……ですね」
「あの時、<死神>にはあたしは見えていなかった。実はあたしのこの能力には大きな弱点があるの。スズが言ったとおり、ある種の催眠術みたいなものであたし自身が消えるわけじゃない。だから、カメラとか写真とか通してみると見ることが出来る。つまり<死神>は、誰もいないのに驚き、恐らく何かしらの機械を作動させた。テレビ局本部にでも通信し誰かがバックアップしてたって事て確認したのかな? あのサイズの仮面に赤外線装置仕込んだりはちょっと難しそうだし」
低レベルの<非認識化>だと、一度認識してしまえばあとはずっと認識していられる。サクラはわざと海をぼーっと見ることで気付かないフリをしたので、<死神>は安心して接近し、サクラを捕まえることが出来た。
「つまり、あの<死神>たちは意外にハイテクって事。おそらくテレビ局側のサポートもあるでしょうね。でないと、このライフポイントの十字架を大量に用意する必要はないんだから。局としては、どちらかというと逃走バラエティーの方に重点をおいてるのかもね」
「なるほどー。……で? 最後の深読みって?」
「近くで見て気付いた。あの<死神>、防弾防刃ベストにプロテクター付のグローブ……確証ないけど、トランシーバーとる時、スタンガンらしいものも見えた」
「ほとんどガードマンやな」
「ゲームとしてはやりすぎっしょ? しかも重いし暑いだろーに。追いかけっこで捕まるのは飛鳥とスズくらいじゃない?」
「そ……そうかも」
「失敬やどっ! 訂正せいっ! 否定はせんが。で? オチは?」
「1 なんかこの番組、怪しい。2 システム的に考えて<死神>が少なすぎる。確証ないけど今現在で捕まったのってあたしだけじゃない? これじゃあ盛り上がらんっしょ? 恐らく途中で<死神>追加動員がある……とサクラちゃんは見てる。テレビ的に後半になるにつれて難易度上げるのは基本だし」
その根拠はある。彼らを運んだフェリーは一旦戻って、明日昼再び戻ってくることになっている。恐らくその時追加<死神>要員が乗ってくると思う。<死神>が増えれば、それだけ島の中での行動が制限されるだろう。
「つまり……その間に情報を色々集めるってことですね」
涼の言葉にサクラも飛鳥も同意した。
「今は参加者たちはほとんど館のほうに行ってる筈や! ウチらは住宅地周辺で漁るでぇ! いくぜっ! 皆の衆っ!!」
飛鳥の掛け声と共に三人は歩き出した。涼も、ようやく楽しめそうな気がする。
「ところで、宝箱の一つにメモリーカードが入ってたんだけど……」
そういって紙に包まれたメモリーカードを二人に見せた。
「それ、パソコン用ですか?」
「サクラ、あんた特殊ケータイもっとるやろ?」
「え?? なんで持ってるの? 荷物は全部預けてきたし、携帯電話やパソコン関係はみんな預けたのに?」
「このクソガキはケータイも持ちこんどるっちゅーねん」
「シーーーッ! 大声で言うな。でも使ったらテレビ当局にバレるから使えん。だけど、これもテレビの用意したネタ……この紙になんか書いてある」
そういうと、サクラはメモリーカードを包んでいた紙片を開いた。そこには黒のゴシックで
「港から消えた大損した人のところに行け」
とある。
どうやらこのナゾナゾを解き、その人を探せという指示のようだ。いかにもテレビバラエティーらしい手法だ。
「でもどういう意味ですかね?」
「ふーーむ、なんやろな……」
「あたしは分かったけどね」とさらりと答えるサクラ。驚く二人。
サクラはヤレヤレとため息をつく。
「あの一般公募のクイズの難易度考えればこの程度のナゾナゾは簡単じゃい」
この様子からだとサクラは教えてくれないようだ。さほど急がないので飛鳥と涼に解けということだ。二人は「うーーん」と色々考えて口にするが出てこない。
「うがーっ!! ウチはこんなん苦手やねんっ!!」
「アンタは何しにきたんじゃ」
「あ……」あと涼が気付いた。
「港は……英語だとすれば……ポートだ。つまり……リポーターじゃない?」
「ん? 大損したっていうのはどうなるねん?」
「ええっと……逆に考えてみたの。『パソコンを持ってる人』……参加者はみんな持ってないでしょ? 場所においてあるかそれを知ってる人か……真っ先に可能性があるなって思ったのが大槻さんや宮野さん……リポーター……それで気付いて。もしかしたら……」
「あ、成程、そっか。大損=利益、理財……だから理。港がポートだから、二つあわせてリ+ポート……そして人やからリポーターかぁー」
ぽふっと飛鳥は納得した。涼も表情に喜びを浮かべサクラを見る。サクラはウンウンと頷いた。
「ま、強引ないかにもテレビ的なナゾナゾ。だけどスズの思考法は面白いね。普通の逆、答えから考える発送は欧米的……それとも直観力かな? どっちにしてもいいもの持ってるよ」
「あ……アリガト」
完全に目上目線の物言いに、涼は少し面食らったが、不思議と不快感がなかった。そしてよく考えると、今サクラの先導で進んでいるのはスタッフたちのいる役場のほうだ。サクラはただブラブラしていたのではなく時間を無駄にしないためちゃんと動いていたようだ。飛鳥がやってきて「サクラはああいうヤツやからあんま気にしたらあかんで? な、すずっち♪」とポンと背中を叩いた。
こうしてサクラや涼たちもスタッフ本部に向かって行った。
役所の会議室に、緊急に四人の人間が集められた。
総合プロデューサーの三宅氏。ディレクターの鳥居、そして拓と柴山巡査だ。
拓は、佐山警部補の死を今回の企画のナンバー1、2に報告し終えたところだ。二人とも難しい顔で沈黙している。ただ意外にも三宅は死亡事故に関して驚いた様子はなかった。
「ナカムラ捜査官。テレビクルーが事故にあって死ぬということは、実はそれほど特別ではないです。特にこういう無人島では」
「それはテレビスタッフの話でしょ!? 死んだのは、け……刑事ですよ!?」
と柴山は真っ青な顔で言った。
三宅と鳥居は顔を見合わせた。何か言いたげな表情だが、お互い目で言うのを制しているように見える。
「この島には秘密が多い……それは確かなようですね」
拓はそういうと出されたお茶に口をつけた。過去の連続殺人のことだけではない。もっと別に色々秘密がありそうだ。
鳥居は懐から煙草をだし、それに火をつけながら、拓を見つめた。
「ぶっちゃけ答えて下さい。ナカムラ捜査官……アンタは今回の佐山警部補の死について、どう思ってるんですか?」
「オフレコで」
「わかっとります」
「俺は日本の捜査機関の人間じゃないので、あれがあくまでアメリカで起こったこととします。その場合は……他殺の可能性として捜査を進めます」
「えっ、ええっ!? 殺しですか!? 捜査官」と、柴山は飛び上がった。それを拓は制し
「もちろん捜査過程で事故と確定するかもしれないし、自殺と確定するかもしれません。でも、この限られた状況で、不信な点がある以上、捜査方針は殺人として動きますよ。佐山警部補があそこ……もしくはあの崖を通ってその先のどこかに行く用事があったとすれば事故の可能性は大きいでしょうが、今はそれが分からない。自殺するなら崖から飛び降りなくても方法はある。したがって消去法的に、現状の捜査方針としては、俺なら他殺で進めます」
「ふむ」
正直拓にも現状の判断では自殺も事故も他殺もほとんど拮抗している。その中であえて他殺を捜査方針としたのは、事故や自殺と違って万が一他殺であった場合、初動捜査の遅れが犯人の形跡を消してしまうことが多いからだ。
だが正直、専門官も専門道具もないこの島ではその初動捜査もどこまでできるか……。
「田村女史を呼んで、解剖書見を作成してもらうことはできますか?」
田村は元監察医で専門だ。だが柴山は首を横にふった。
「書類がありませんから無理です」
「そっか。……それにこの島にはそんな施設もない……精々検死してもらう程度か……」
そのくらいならば拓にもできる。どっちにしても書類もなく現在監察医でない田村の検死も拓の検死も証拠としては同レベルだ。
「とりあえず本土に連絡して、遺体は引き取ってもらい沖縄県警に事件は委ねましょう」
柴山は何度も頷きながらそう言った。だが三宅と鳥居は気まずそうに顔を見合わせる。
「実はここだけの話なんだが……電話が本土と通じんのですわ」
「え?」
「電話線が海底の途中で切れたのか元々ダメになっていたのか……島内同士はまだ通じるんですが、本土とは全然……。我々も携帯をメインに使っておったもので、固定電話まで気が回らず……そして携帯も今は全てフェリーにのせてしまって」
「無線機もあるでしょう」
「それが……無線も調子が悪くて通じないンですわ」
「冗談も大概にしろよ!! 人が死んで連絡方法がないってどういうワケですかっ!!」
ついに怒声をあげ叫びだした柴山を拓は必死になだめ落ち着かせる。
……電話も無線もダメ……通信封鎖された……帰りの船もない……。
この状況を整理した時、拓はもう一つ、佐山の死に意味がある……可能性を発見した。
「これはオフレコで。ここにいる4人だけ。あくまで今気付いた俺の私見です」
「なんですか捜査官」
「佐山警部補の死はメッセージの可能性がありますね」
「メッセージ?」
「ええ。ただし今の限られた情報の中では対極の、どっちの意味のメッセージともとれますが……可能性として高いのは、今回のテレビ企画への抗議……つまり『番組撮影をやめろ』という警告です」
「な……なるほど」
「確かに撮影中人が死ねば番組自体続行できないのが普通」
「そう。普通の番組ならね。しかし不謹慎ですが、人が一人二人死ぬくらいこの紫ノ上島ではなんてこと無い事なんですよ」
「な……なんだって!!」
三宅の開き直った不謹慎な言葉を聞き柴山はさらに激怒した。確かに今の三宅の言葉は不謹慎を超え、どこか黒さのようなものが含まれていた。拓は、どこか三宅の反応を理解していた。何故ならば、可能性としてメーセージは別の解釈もできるからだ。
「巡査、落ち着いて。もう一つのメッセージの取り方は……もっと奥が深くて……三宅さん。アンタたちは理解できるかもしれないよ。抗議の逆ですよ。『この番組の企画を止めることは許さない』という誰かのメッセージの可能性もあると思います。佐山警部補も怪しい存在です。彼はただ形式として随行してきただけのはずなのに拳銃と手錠を持ってました。日本の刑事として考えたら不自然です。彼はこの番組を放送させなくするためやってきて誰かに殺された……もしくはあえて自殺した。そういう可能性だってゼロじゃない」
「…………」
拓は抑えてつけていた柴山を解放し、落ち着くよう肩を叩くと言った。
「どうやら……過去の連続殺人だけでなくて、島の歴史全体、今回の企画にも謎は隠されていそうですね」
その拓の言葉に、三宅と鳥居は沈黙し、結局答えることが出来なかった。
当局責任者たちは協議の末、当初あと2時間あった収録時間を臨時に30分で切り上げる決定を下した。
4/最初の夜
1
「見て下さい~! この沖縄料理の数々♪ 美味しそうですねぇ~♪」
ずらりと並んだ沖縄料理のフルコースに前に宮野リポーターと大槻リポーターがいる。
そして席についている参加者一同がいる。二人のリポーターは、それぞれ本日の調査の感想や料理の感想など、聞いて回っている。
「この島は漁師の島でもありました。綺麗な珊瑚礁があり、近くは豊富な漁場です。ホント、別荘にできたらどんなにいいでしょうね。だけどここは呪われた島……複雑です」
「じゃあ僕はそのうちここに別荘でも立てようかな♪」と答えたのは俳優の神野だ。
「だって綺麗な島だし、珊瑚礁もいっぱい。僕スキューバーダイビングするの宮野さんも知ってるでしょ? ぜひ潜ってみたいね」
「あ♪ 神野さんもそう思ってました? 私もー! うわっ このタイ旨っ」
隣に座っていた芸人 樺山がパクパクと刺身を食べる。
「それタイじゃなくてミーパイですよ、樺山さん」
「細かい事どうでもいいじゃん!」
「そんなパクパク食うとると、また体重増えるでぇ~」
「女にそんなこというてええんかお前は! お前もこんな旨いもんバクバクくっとるとブタになるでぇ~」と<こんぴら>の近藤が突っ込むと、平山は立派に実った太鼓腹を叩き「もう立派なブタやっちゅーねんっ!」と笑い飛ばした。が、近藤が負けず「ブタって毛も薄いんやで?」と切り返すと平山が叫ぶ。
「髪のこと言うなぁーーーっ!!」
「おもろない……なんも面白くない」
飛鳥がしみじみと目の前の料理を見ながら呟く。
「お面のせいで料理が食えない」とサクラ。
「ちゃうわっ! ……いや、事実やけど…… なんでこんなお面選んでしもうたやら……食いづらいったらあらへん」
「しょ……食事でもお面はとらないの? 二人とも」
隣に座った涼が小声で語りかける。彼女も本当は芸能人たちのグループに入り食事を摂る予定だったが、本人の希望によりAS探偵団や拓たちと一緒の場所となった。
「カメラがNGなの。で、飛鳥は何が不満なのよ」
なんとかお面をずらしながらチビチビと食べているサクラ。
「関西弁キャラがかぶって面白くないー 関西弁はウチの専売特許やのにぃぃぃ~」
「……東京人のえせ関西弁のクセに芸人と張り合うな……」
「飛鳥さん東京の人だったんだ」
その直後、一通り食事のシーンが撮れたと一旦カメラが止められ、場の雰囲気が緩んだ。
それを見た拓がスタッフを呼んだ。
「悪いけど、俺たちだけ別で食事できます?」
拓の希望はかなえられ、拓、AS、そして本人の希望で涼の四人は別室で食事することが許された。もっとも拓たちだけでなく、片山と田村、岩崎、宮村の四人も別室を希望した。彼らも理由は「食事までテレビに映りたくない」ということだったが、拓はその面子から推測して彼らは佐山の死亡について語り合いたいという意図を悟った。片山、そして田村は役場集合後、元監察医の検死のため呼ばれたので事件を知っている。
「あっちもきっと、あたしたちが色々相談してるって思ってるって」
拓が察したとおりサクラも察し、そう言った。
「でもスズっちは芸能人やからこっちに来てもよかったん?」
そう言いながら飛鳥はお面を取った。キャラクターと違って飛鳥は思ったより普通の同世代の女の子だった。口を閉じていればかわいいといえるくらいの普通さだ。
「どちらかというと、ああいう騒がしいのは……正直、カメラはまだあまり慣れなくて。歌う時は気にならないんだけどね」
「そんな事では現世の修羅界と呼ばれる芸能界は生き残れへんで?」
飛鳥はウーロン茶を自分のコップだけに注ぎながら言う。さりげにサクラが「自分だけかいっ!」と突っ込むが「煩いっ! ウチはそういう堅ッ苦しい上下関係はキライや!」と喚く飛鳥。それを見てクスクス笑いながら涼も自分のグラスにウーロン茶を注いだ。そして拓やサクラの分も注ごうとすると、サクラがそれを制して「ここに皆平等」と自分で注いだ。そして拓もそれに習って自分でウーロン茶を注ぐ。
「二人とも、ノリといいキャラといい、私よりよっぽど芸能界向きだね」
「同意見だ。だけど飛鳥はともかくサクラはテレビ、ダメだしな」
「そういえば船でもそんなこと言ってましたけど……どうしてなんですか? サクラさん頭もいいし声も綺麗だしきっと芸能界向きですよ?」
「サクラちゃんは自由に生きたいからね~」
そういうとサクラもお面を外した。その瞬間、「あっ」と涼は息を呑んだ。素顔のサクラが、涼が想像していたより幼く、さらに思わず絶句してしまうほどの絶世の美貌をもっていたからだ。可愛い、ではない。綺麗、なのだ。子供の無邪気さはないが、別の次元の純粋さと気高さがあり、さらに妖気を漂わせているような妖艶さもある。
「サクラ……さん。美人……」
日本の芸能界でもここまで完璧な美貌をもっている女性はいないのではないか、と思えるほど完璧な美人だ。年齢的には子供タレントになるのだろうが子供らしさはない。
食事を忘れ、まじまじと涼はサクラを見つめた。年齢は会話で予想していたより幼いかもしれない。成程……目立ちたくない性格なら、こんな美貌をもってテレビには映りたくない、という気持ちも分かる。これだけの美少女を芸能界がほっておくはずがない。
当のサクラはそんな涼の反応など気にすることなく「あーっ! すっきりした! くうゾォ」と笑みを浮かべさっそく鍋に突っつき始めた。
「じゃあ、ま……サクラも飛鳥もラクになったところで美味しく……」
「美味しくじゃーーないっ!」
ぴしっとサクラは箸で拓を差した。
「まず今日、何が起きたか全部吐け拓! おいしい食事のつまみにね」
「つ……つまみ?」
顔が分かってもサクラはサクラである。拓はイやな顔をしたがすかさずサクラはさっき拓が渡した<一回ヘルプ券>を突き出す。
拓はやれやれといった表情で刺身を口に運びながら「分かったよ」と罰ゲームを受ける人間のような顔をして語りだした。
「ンなの事故やん? 他殺の根拠はあるんか、拓さん」
食事はすでに鍋のシメの雑炊にかかっている。基本飛鳥が色々質問し、サクラと涼は黙って聞いていた。もっとも、人が死んだと聞かされた涼はしばらく驚きのあまり声がでなかったのだが。
「実は他の人には言ってないが……」
拓が説明しようとした時、サクラが止めた。
「ちょっと待つのじゃ拓ちん。……今ノイズが聞こえた」
「ノイズ?」
三人が顔をあわせる。サクラは目を閉じしばらく集中し……そして何かに気付き立ち上がると、拓の後ろにまわり、スーツの襟の中から小さく丸いナニかを取り出した。それを地面に叩きつけ踏み潰すと、バキッという音がした。なんと精密機械が詰まっている。
「盗聴器やん、 これ」
「え?」とつけられていた拓本人が驚く。一体いつつけられたのだろうか?
「これ市販品やけどこのサイズは高級品や。スタッフやったらこの部屋に仕掛けるやろうし……犯人は参加メンバーの誰かっちゅーことやな!」
「だとしたら……事件のことを知っている片山さんか田村先生……かな?」
「うぅーむ……さすがは海千山千の強者が集結しとるだけあるな」
飛鳥と涼が口々に言う。サクラがそれを締めくくった。
「大本命は探偵本職で事情も知ってる片山だろうケド、他の人間の可能性もあるわ。田村は違うンじゃないかな? あの人だったら同じチームのあたしたちにつけるだろうし、そんなスキルはありそうにないもの。犯人は別にどうでもいい。さ、拓ちん話せ話せ」
「あいかわらず人間離れしてるな、お前。まぁいいよ。ここだけの話だけど……」
「ふむふむ」
「佐山氏は、拳銃を奪われてる……と思う」
「あったんでしょ? 警察拳銃」
「いや、別の拳銃を持ってたんだよ、彼は。だから俺は驚いたんだ。ここに大きな矛盾と問題が発生したからな。まず一つ……どうして佐山氏は二丁も拳銃を持っていたのか?」
「あぶ刑事のファンやったから! あっイタッ!! おらぁサクラ、何殴るねんボケ!」
「くだらんボケで話の腰折るな! 何で拓ちんは佐山って刑事が銃もってること知った?」
「船で挨拶した時、左腰も右腰も膨らんでたんだ。右のほうは携帯電話や無線かもと思ったが、左腰のふくらみは間違いなく拳銃を入れていた。職業上スーツの下に銃を持ってる人間はよく見るし、捜査で、対象が銃を持ってるかどうか見極められないといけないからな。死体のベルトを調べたとき、ホルスターのバネの跡がうっすらついてたからパドルホルスターをつけていたと思う。ベルトの具合と俺の見た目の感想だと、フルサイズかコンパクトかどっちか分からないけど、多分9ミリ以上のオートだったと思う」
拓が言い終わると、サクラたちはそれぞれ顔を見合わせる。飛鳥と涼も、拓が言いたい問題が分かってきた。もし拓の見解が事実だとすれば、佐山は警察支給ではない拳銃も持ってきたということだ。そして警察拳銃も持ってきた。無くなったのは警察拳銃ではない方……。
問題は大きく二つ。
1 どうして佐山は警察拳銃ではない拳銃を持っていたのか。そもそも今回の企画の付き添いに警察拳銃ですら過剰である。
2 誰がその拳銃を持って行ったか。警察拳銃は残っている。
この問題点から拓が感じたのは、今回の企画自体に何かしら秘密がある、ということだ。そして、企画をやめろ、という意味か逆に続けろというメッセージの可能性。もし、企画自体に秘密があり、今回の佐山の死がメッセージだとすれば、一応理屈は合う。だがだとすれば、何か思いも因らない陰謀がある可能性が出てくる。
「にゃるほど……だからとりあえず、番組は継続ってワケね」
「殺人を犯した人がいるかもしれないのに、番組だなんて……」
「どっちにしても過剰反応は危険やから間違ってへんのやない? フェリーが来るのは明日、帰る手段はウチらにはないし。……ただそうなると、電話が使えなくなっとるっちゅーのも作為的なんやろなぁー そうするとやっぱ陰謀説か……。面白い」
「呪い……じゃないですよね? この紫ノ上島の……」
涼は体を縮め呟いた。元々この島は『呪われた島』として語り継がれ、騒がれた島だ。もしかしたら佐山はその呪いのせいで……というのもありえなくはない。番組としては、倫理問題はあるが、島の神秘性が強調され宣伝効果が高まったのも事実だ。だがそれでは拳銃が消えた理由は説明ができないだろう。
「不思議といえば、この島自体がミステリーそのものなのよね」
そういうと、サクラは懐から折りたたまれた一枚の紙を取り出し、続いて卓上に何枚も紙を置く。全て宝箱から抜いた事件のデーターだ。
「本当は敵チームの拓とスズに見せるのはルール違反だけど、まぁ死亡事件の件もあるからここだけということで」
そういうとサクラはまず一番折りたたまれた大きな一枚の紙を広げた。それはこの紫ノ上島を上空から撮ったものだ。サイズはB4サイズ……これはメモリーカードに入っていた情報の一つで、大槻リポーターに頼みプリントアウトしてもらったものだ。
「この地図一枚とっても不思議なことはいっぱいあるんだよね」
そういうとサクラは全員の回した。最後に涼が受け取る。
「さぁここで皆にクイズ。この島のおかしな点をあげてみよう~♪ あたしはざっと7つ気付いた」
「七不思議ってことかい」
「いや。あたしが気付いたのは7つ……もしかしたらもっとおかしなところはあるかもしれん」
「ふぅ~ん」
涼は立ち上がって地図をかざした。そこに飛鳥と拓が覗き込む。
「ホント綺麗な海ですね……珊瑚礁が綺麗……。あれ? こんなに珊瑚いっぱいってことは船は…… あ、港のところだけ珊瑚がないのかな?」
「一つ正解、ただし半分ね。そう、この周辺の海は珊瑚いっぱいなの。普通の漁船はなんとか通れるけど、大型船はもしかしたら無理……じゃない?」
「引き潮のときはそうかもな」と拓。
珊瑚はすぐには育たない。この珊瑚礁の出来を見る限り恐らくずっとこの周辺はこの状態だったのだろう。思えばフェリーが今日、引き潮になる前に出航し、戻りが明日なのはそういう事情があるからだろう。
「じゃあ、この島の建物はどうやって建てた……っていうこと」と涼が気付いた。そういえば本館で田村や片山たちとそんな話を少ししていたのを思い出した。だが考えてみれば役場などの施設もどうやって建てたのだろうか? 島民たちの家は古い。紫条家と役場だけが特別だ。
「30年の時間があったんだ。その間に珊瑚の死骸や砂が体積して今の深さになったかもしれない。ということは昔はもっと深かったかもな」
「確かに……そういう話、私もテレビで見た事があります」
「つーか、この紫条家ってどんだけ広い敷地なんや? 島の半分ちょっとが敷地やで」
「二つ目正解。正しくは62%が紫条家の敷地なんだけど……それにしてもどうして洋館二つ、和洋まじった館一つも必要なのか。確か12人でしょ? 当時死んだ紫条家の人間って。生き残りが一人だから、13人……13人で暮らすにはデカすぎるし、建物と建物との間がありすぎる。西館と東館との間なんて1500mはあるゾイ」
「お手伝いさんや執事さんやメイドさんや家政婦さんが住んどったンやないンか?」
「そうだろうな、多分」
飛鳥と拓が頷きあう。が……涼は重要な事に気付き、小さく声を上げた。
「それ不思議です! なんで誰もその話をしてないンですか? こんな大きな屋敷なのにお手伝いさんとか絶対いたはず……なのに被害者は家族だけなんですよね!?」
「いや。島民にも使用人にも被害者がいたはずやなかったっけ?」
そういうとサクラは、テーブルに広げた紙を一枚取り広げた。その紙は死亡者リストだった。だがサクラの表情は険しいままだ。「でもスズっちの言う通り……失念してたわ。よく考えればこんだけの敷地だもん。庭師にお手伝い、家政婦なりメイドなり……一人や二人じゃどうにもならない。当時のニュースでどう言ってたの? 拓ちん」
「だから俺も知らんというとろーに。だけど確かに大きな謎だな。その話は誰からも聞いてない……誰か知ってるとは思うけど、そのあたりも今回、謎の一つか」
ただこの謎は大槻リポーターや、当時事件を担当した遠山は知っているだろう。
「さて。サクラちゃんもこれは失念していた……ということで次いってみよう~」
「あ、俺分かった。これ、上空から撮った写真だ。……なんで衛星写真じゃないんだ? このあたりは衛星写真、カバーされてるはずだ」
「正解。さすがは拓ちん」
「それは……大きな問題なんですか?」
涼には分からない。だが拓にはその意味が分かるらしい……表情が厳しくなった。
「段々洒落ですまなくなってくるけど、本当にそんなことあるのか?」
拓はサクラに問いかける。この二人だけはそれが意味することが分かっているが、ちょっと考えられない。いや、もしそれが本当であればいくつかの謎は解決するし、佐山の死も繋げて考えれば納得がいく。だとすればこの事件の謎は、軽挙に触れていいものではない。拓とサクラは目線をあわせ、「ここではこれ以上この件は追求しない」とアイコンタクトを交わした。
「んじゃ次、4つ目……もっと簡単なのから難しいのまであるよ」
「んー……なんだろう」
「こらサクラ! もうええわいっ 説明せいっ」
飛鳥が喚くと、サクラはヤレヤレとため息をつき、涼に地図をテーブルの上に置くよう言った。拓がテーブルの上を片付け、地図をおいた。その時、涼は地図の東の海岸線に珊瑚の切れ目と小さな波止場のようなものを見つけた。
「これ、小さいけど……港……かな? 桟橋にも見える」
「うん、あたしもそう見えるわ。5つ目正解♪」
「やった♪」
「くぅ……こんなトコ見落とすとわっ」
拓が再び涼の見つけた場所を見た。場所は紫条家敷地内で上空写真からだと森と岸壁に阻まれている。
「この桟橋を使うためには秘密の道が必要だな。階段らしいものも見えないし他の施設も見えない。もしかしたら洞窟状になってるかも」
「恐らく紫条家のプライベートの桟橋ね。でも傍は岸壁……一族極秘の地下港とかあったりしてね♪ ……潜水艦もあったりしたら大笑いするけど♪」
「やめてくれサクラ。それ、本当に笑えない」
「後は? もう皆お手上げ?」
サクラは勝ち誇ったように笑みを浮かべた。拓が最初に降参し、飛鳥も悔しそうに降参する。だが涼は「ちょっとまって! もう少し……ごめんなさいっ」と言い、じーっと地図を見続ける。意外な涼の反応に拓たちは顔を見合わせる。
涼は地図を撫ぜながら地図を見つめる。
……後はなんだろう……紫条家の敷地以外は普通に見えるけど……
「あれ?」
涼の目が輝き、地図を何度も撫ぜる。やはり見当たらない。
「サクラさん、分かった! この島、車がないけど、それが正解?」
「うむ。正解。まぁ……車と、あともう一つがセットなーだけどね。ガソリンなの。ガソリンスタンドがまずないでしょ? ここ沖縄県だから冬場の灯油の心配はいらないとしても、島民のほとんどは漁師。今は船がないけど、本当は船舶用ガソリン貯蔵庫があるはずでしょ? でも港内にそんな大きなタンクは見えない。あるのは、小さな500Lくらいくらいのがあるけど、こんな非常用しかないのっておかしいわ」
「なんでや? こんな小さい島やったら車がなくても生活困らへんで?」
今日の調査でAS探偵団は島の居住地区のほとんどを回った。移動手段としての車は必要ない。だが、それは間違いだとすぐに飛鳥も分かった。食料品や生活物質を運ぶ車やトラックはあったはずだ。現に住宅地の道はほとんどが、車が通るに十分な幅で舗装されていた。車は過去あったのだろう。そして船舶用のガソリン貯蔵タンクにしては、500Lは小さすぎる。
だが……涼は目線を紫条家の敷地内に走らせた。本館と東の間に倉庫があり、その横に大きなタンクがある。そのことを涼が指摘すると、サクラは頷いた。
「うん。現物は見てないけど、これ、ガソリンタンクだと思う、米国製のね」
サクラの判断に拓も頷き同意する。
「型やメーカーは分からないけど、この形は確かに米国でよく使われるガソリン貯蔵タンクだ。あー どうして気付かなかったンだろ、俺」とため息をつく拓。
「あと一つやな」と、最後の一つとわかり急にやる気を取り戻した飛鳥が、涼と一緒に地図を見つめる。
「まだ、ナニか違和感があるんだけど……それが何か分からないの」
「違和感ぅ~?? なんやぁぁ~」
地図を見つめる二人。
三分後……飛鳥が「分かったぁぁぁっ!!」と声を上げた。
「おう。今度は飛鳥が分かったか」
「この島には神社も寺も墓もないっ!!」
「え? 神社や寺がない島はいくつもあるでしょ?」とサクラ。
「そ……そっか」と落ち込む飛鳥。だが涼は飛鳥の主張が間違ってないことに気付いた。
「飛鳥さんの意見で合ってますよ! ……お墓がないのはおかしいです! ええっと……お墓って、基本的に田舎は家系で建てるでしょ? この島に代々住んでいた島民は、当然この島にお墓があると思うの。だって、私の家も今は東京だけど、お墓参りは昔実家のあった埼玉に行くもの!」
「そうだ。墓参りは檀家やその土地で一族の墓があったりする……皆がみんな個人の墓を立てるわけじゃない」
拓も理解した。サクラだけが理解できず不満げな表情をしている。それも当然だ。サクラは名前こそ日本名だが純粋な米国人だ。日本の墓所のシステムがわからなくてもしょうがない。
「墓を移動することはできるけど、一つも残ってないのは不自然だ。確か身寄りのない島民も多かったはず……墓がゼロ、鳥居や祠、地蔵の類もゼロっていうのは不自然だ。それともそういうのあったか? サクラ」
「ふむ、成程……不自然だな。くそぅ……サクラちゃんともあろう者が二つも見落としていたとは……悔しい」
さっきまで威勢と自信に満ちていたサクラは、最後の最後出し抜かれた結果に。ぷいっと横を向いて拗ねて不貞腐れるサクラ。その仕草はこれまでと違い年相応の可愛さがある。
ちなみにサクラが気付いた7つ目の不自然は、港だった。元漁師の島のはずだが、網や漁具もなく、魚の保管施設もない。小さな倉庫があるが、港から少し離れている。車かリヤカーなどあれば分かるが、そういうものも転がっていない。
「紫ノ上島9不思議かぁ~ あと一つ増えれば10不思議でキリがよかったのに」
「しかし地図ひとつでえらく謎がでてくるモンやなぁ」
しみじみと感心するサクラと飛鳥。それを聞いて涼は苦笑した。
「あ、ホラ♪ 30年前の連続殺人事件加えて丁度10不思議でいいんじゃないのかな」
「お♪ スズっちに座布団一枚♪」
「謎っていうなら、この島、なんか生活感ないのよね。まるで作られたセットみたい。そうなんだよね、テレビ用のセットっていう意味じゃ、この島は今あたしらがやってるこの番組のセットまさにセットそのもの……なんとなくそう思う……」
「…………」
涼が最後に何気なく零した感想……拓とサクラは、それがけして笑い事でなく、的確に事態を説明していることを知っていた。その結果の意味は、この島にいる全員にとってけして愉快なものでないことも……。
2
食後、9時から新しく「夜特別企画! 浴衣で枕! 情報ゲットしようっ!」というイベントが突如告げられ、各チーム最低どちらか一人は参加するように、という通達が出され参加者たちを驚かせた。
拓たちのIチームは相談した結果、涼が参加、サクラたちBチームは田村が参加することとなった。
時間ができたので、拓はスタッフに今日夜の寝室の部屋割りを確認した。
役場は広く、基本的に参加者21人は和室洋室含め個室が用意されていたが、この島の秘密と佐山警部補の死があった後だ。サクラたちと涼が同室を希望していること、自分はその隣り部屋か前のどちらかの部屋がいい、と相談を持ちかけた。
「そういうことでしたら……ぼくたちスタッフ用の和室があるのでそちらではどうですか? 4人一部屋ですが、一応真ん中アコーディオンカーテンで仕切れますので。あ、和室で大体8畳くらいです」
元々は多目的部屋ということで、畳は島内の無人の家から拝借してきたらしい。
拓は了解し、サクラたちと一緒に移動した。涼はまだ特別ホールで収録中だ。
サクラたちはサクラたちで収録非参加者の所在を調べていた。
Aチームは二人とも収録に参加、Bチームは田村が参加しているのでサクラたち。Cチームは樺山が参加し、岩崎は、Hチーム片山、Dチーム遠山の二人と役場ロビーで軽く飲んでいた。Eチームの夏木、Fチームの大森は自室、Gチームの河野は入浴中。
「ADは収録現場に7人。あとは7人」
「そうか。基本的に皆静かにしてるんだな」
そういいながら三人は用意された部屋に入った。入るなり、サクラと飛鳥の二人は盗聴器やカメラがないことを調べた。それがないと分かるとようやく二人は畳の上でくつろいだ。
「あーーーー 疲れたぁ~」
ぐで~っと大の字の寝転ぶ飛鳥。
「で、拓ちん~ 正直なトコどうなんや? この番組はこのまま続くンかな?」
「続けるでしょ~? 日Nテレビ開局! ……何年か忘れたけどその記念目玉番組で、あんだけ事前番組宣伝もしてるし、バラエティーとしては今回結構お金かかってるし。刑事一人事故死したってくらいならやるだろうね~ ……ていうかさ、実際の所、なんか番組の規模とかも普通に比べてでかすぎて正直その点からして胡散臭いんだけど」
この紫ノ上島は現在無人島で、紫条家含めて島民たちの家族も相続を放棄したので、島の所有者は東京の企業と観光団体で共同所有になっているが未だ再開発などの計画はなく、さらに今回のテレビ企画のスポンサーにもなっている。しかしこんなに島全体を自由にしていいものなのだろうか? 拓も疑問を感じなくもない。普通、佐山が死んだ時点でまだ一日目を収録したばかりで取り直すことも出来る。普通は撮影中断する。
「胡散臭いの結構! おもろいの歓迎やぁ~ フォッフォッフォッ♪」
怪しい笑い声をあげる飛鳥に拓もサクラもため息をついた。飛鳥のこの感覚だけはついていけない。
「まぁいいや。とりあえず、サクラちゃんの戦略はもうできとる。サクラちゃんは寝る!」
「寝る? それのどこが戦略やねん」
「今回のイベント、五日間あるしねぇ~ せめて二夜はちゃんと寝れば残り三日はサクラちゃん起きっぱなしでも大丈夫だからねー」
「ああ、そういえばそういう特技があったな、お前には」
サクラの特異体質の一つで、大体80時間前後……約三日間は完全不眠でも通常通り活動できるが、その反動でその後は強烈な睡魔が襲い、最低12時間以上眠り込んでしまう。
事件がもし悪化した時、不眠で動けるサクラは重要な存在になる。つまりサクラはそれに備え、まずは安全だと思えるうちに寝貯めするというのがサクラの戦略だ。
サクラは愛用の上着を脱ぐと、さっさとふとんに潜り込んだ。
拓も上着とベストを脱いでハンガーにかけ、ホルスターも外しハンガーにかけた。ベスト、ホルスター、上着の順だから他の人には分からない。銃だけは抜き取り、ポケットに入れる。
「そういえば、拓さんの銃いつもよりちぃさいンとちゃう?」
「そりゃそうだ。オフ用だもの」
「そしてオフに限って事件が起きる拓ちん。愚か者め、ちゃんとユージ見習ってオフでもいつもの銃は持ち歩かないと」
とふとんの中で突っ込むサクラ。だが拓に言わせれば、オフの時まで愛用のデザートイーグル44をぶら下げている相棒のユージのほうが異常なのである。
「俺だって、お前たちが参加してるならちゃんとベレッタ持って来たよ」
この疫病神共め……と拓は内心毒づき……ふと、メンバーが一人足りないことに気づいた。サクラといつも一緒にいるJOLJUがどうしていないのか? JOLJUはふざけた異星人で今はただの居候ニートだが、元は別の惑星で神様をやっていたでたらめな存在だ。居たら居たで扱いにくいが、事件の拡大は防げるだろう。
「だーーめ。サクラちゃんですら力セーブしてるのに、あんな出鱈目なのテレビの前に連れて来れるわけないじゃん。あいつは100%宇宙人なんだし」
「事情が事情だろ? サクラ、お前ケータイ隠し持ってるンだから電話して呼べよ」
「残念や~ あのうーぱーるーぱー犬もどきは電話してもつながらへんでぇ~」
「なんで?」
「『今回アンタは連れて行けへーーん』って言ったら、あのアホ、『じゃあ法事に呼ばれてたしそっち行ってるJO』っていうて行ってもうたで? ……宇宙に……」
「地球にいないんじゃどうしょうもないじゃないか」
拓は頭を抑えため息をついた。ついてない時はトコトンついてない、それが拓である。
暗闇の中……男は煙草を咥え火を点ける。一瞬漆黒の空間にぼんやりと顔が浮かび上がったが、すぐに光源は消え、小さな煙草の火だけが漆黒の中ポツンと残っている。
……必ずヤツはくるはずだ……。
賞金2000万円などちっぽけなものは欲しくはない。島の秘密を、今更現地で調べるなんてことはナンセンスだ。対象の事件がはっきりしている以上、事前に調べればいい。事件のことではない、事件の裏に匂う陰謀の陰だ。
確かに30年前の事件には陰謀があった。そして想像以上の黒幕も。
幸い自分は気付いた。陰謀のカラクリの一つに。一つ気付けば、あとは推測で陰謀の全体像を推理することはできた。ウラも取った。幸い自分はその方面のプロだ。
そして好都合な事に、島で警視庁から来た刑事が死んだ。形式できている沖縄県警の若造など問題ではない。日本の事件には、FBI捜査官も口を出せない。
……ヤツがきて商談、そして大金を手に入れる。後は静かにしているだけでいい……
ガチャリ
その時扉が開いた。僅かに外が明るい。人影が中に入ってくるのが見えた。
煙草を捨て、歩み寄っていく。人影は、しばらく動かなかったが、突然ドアを閉めた。
「!!?」
再び中は完全な闇に包まれた。
……どういうつもりだ……!?
念のため、足音を立てないよう横に移動する。ヤツも見えないはずだ。こうして闇を作ったということは、本当に顔は見せたくないのだろう。だが見える見えないは今は関係ない。話ができればいいのだ。こういうやり取りも慣れている。
その瞬間、閃光が走り……
……その場に倒れた……
5/二日目の殺人
1
午前8時49分。発見……
誰もがなんとなくは予感していた。こういう事態が起こるかもしれないということを。だが実際起きてしまうと、その衝撃は重く誰も言葉が出せないでいた。
港の傍の倉庫で、夏木清が冷たくなって発見された。
佐山警部補のケースとは明らかに違い、他殺であることに疑いの余地はなかった。胸と首が切り裂かれ、遺体は血の海の中にある。
今この現場には、死体を発見したAD三浦と鳥居ディレクター、そして拓、田村、片山、岩崎、山本、柴山、そしてサクラが立ち会っている。他のメンバーは遠山と大槻が、役場で参加メンバーとAD全員を会議室に集め、動揺を抑えている。
「いうまでもなく殺人ですねぇ……これは」
岩崎が入り口でじーっと遺体を眺めている。大体倉庫の中15mくらいだろうか……
岩崎は柴山に捜査の指揮を求めたが、柴山は現場についてから一言も発せず、ただそこにいるだけの存在になっている。彼にすれば、もう完全に彼の容量を超えた大事件だ。とても指揮などできるはずがない。
片山がそれを見かね、鳥居に未使用の手袋が複数枚ないか確認した。幸い、今回の番組は本格事件推理が売りだったので捜査用の手袋はある、と答え、AD三浦に至急取りに走らせた。
その間……全員がどうすることもできず沈黙していた。
「仕方がない」
そういったのは拓だった。
「カメラ、あります? デジカメの録画でも構わないけど」
「デジカメは持ってますわ。どうなされるの、捜査官」
そういうと田村が市販のデジカメを取り出した。現場検証用に持ってきていたのだ。最新機種だから、かなりの容量を録画できる。
拓は、今から行う宣言を録画するよう鳥居に頼んだ。田村はデジカメを鳥居に手渡す。
「何をするんですか?」
岩崎が拓に尋ねる。拓は、岩崎と片山と田村、そして柴山を集める。
拓は録画の合図を出し、そして姿勢を正した。
「御三方と柴山巡査。それぞれ犯罪知識のプロですよね? 柴山巡査もふくめて、夏木氏の死因が他殺である可能性が高いことに疑いのある人はいますか?」
拓の問いに、全員が「他殺」という発言をする。それを確認し、拓はさらに続けた。
「現状では犯人の動機が分かりません。よって無差別の連続の可能性がある……この意見に反対の方はいますか?」
「おいおい。無差別連続殺人と決め付けられなねぇーと思うけど?」
片山は当たり前の返答をした。だが拓の質問の意図は別だ。「あくまで可能性があるかどうか、ということです」というと、片山も岩崎も「可能性、というのであればあるでしょう」と答えた。拓が欲しかったのは今の一言だ。拓は柴山巡査に念を押すようにもう一度その点確認した。柴山は訳が分からないまま同意する。
それで拓の欲しかった形式的な回答は得られた。拓はサクラを引き寄せ宣言した。
「連続殺人犯が存在する可能性があり、封鎖された島にいます。自分はFBI捜査官で日本での捜査権はありません。ただし、今、この島には一人アメリカ国籍を持つ人間がいます。彼女も連続殺人犯のターゲットになる可能性があると判断し、母国人保護のため、本件の事件、捜査する権利その発動を宣言します」
そういうと拓は鳥居に合図し、録画が終わった。
拓はため息をつく。
「ということで俺が指揮するから、柴山巡査は補佐してくれ」と言った。そして田村に検視の協力を頼んだ。
「ちょっと待って下さいよ捜査官。今のは…… なんなんですか?」
岩崎が頭を捻る。拓が捜査の指揮を執るのはこの状況下で最善だと思うが、今の説明はよく分からなかった。拓は苦笑した。
「ちょっと裏技的なんですけどね。無理やりアメリカ人が被害に遭っている事件ってことにしたんです。そのための証言ビデオです。だから捜査は米国式にやります」
「ここにアメリカ人っていたのかい?」と片山がいうと、拓はポンとサクラの頭を撫でた。
「サクラは生粋のアメリカ人です。俺より日本語ペラペラですけどね」
拓は移民一世で大学までは日本国籍だった、元日本人だ。その拓より日本語堪能というのは拓なりのユーモアだ。
「サクラは本籍NY州NY市在住。移住組でなく100%アメリカ人です。ついでにいえば、彼女は俺の相棒の娘です。日本ではAS探偵団で超能力探偵と名乗り活躍していたけど、アメリカではFBIの事件にも関わったことがあり刑事事件に適応能力があります。だからここに連れて来ました」
「という事でサクラちゃんのことはお構いなく。別に死体は見慣れてるし事件現場のノウハウも心得てるから」
なるほど、ほとんどこじつけだが、この米国人のサクラを守るという名目であれば米国の法執行機関や軍隊は他国でも活動ができるのだ。しかも拓は<日本支部に出張>という手続きの上、出張中のオフ……という手間をかけた根回しもしてあるので、外交官特権も持っている。むろんこんな事件が起こることを想定してこんな面倒くさい手続きをとったわけではないが……。
周りの犯罪専門家たちも拓が実はかなり裏技を使って捜査指揮権を行使することになったことは分かったが反論はなかった。今は捜査のプロの指揮が必要だ。
「じゃあ検視を始めましょう。田村さん検視を。片山さんと俺が立ち会います。柴山巡査は検視結果や俺や片山さんの会話をメモって下さい。スタートは手袋とカメラが届いてから始めましょう」
「遺体はすでに死後硬直している。血の乾き具合から死後4時間から5時間。死因は大量出血によるショック死。推定2000mlは流れている。どちらも鋭利な刃物によるもの……刺し傷は背後から心臓、そして首を刺している。抵抗の跡が見られない」
「顔見知りの犯行?」
「おそらく。でもこんなに深くは刺せないはず。傷はどちらも水平よ?」
「分かった」というと、拓は死体をゆっくりズラし、懐からボールペンを取り出すと血塗れの床を撫でた。コツン……と床に一箇所、傷がある。「犯人は夏木氏を床にうつぶせ倒し、そして恐らく気絶した夏木氏の上に乗り、刺したんだ。全体重かければ背中から心臓を貫くことができる。首も同様に突き刺し、喉笛を切断した。この方法だと女性でも犯行は可能かもしれない。未成年はさすがに無理だろうが」
「どうやって気絶させるんだ? 殴った跡も争った跡もないぞ」
「多分スタンガンね。高出力で一撃……たぶん胸部か腹部に火傷があれば確実だと思いますわ」
「おい」
片山は足元に捨てられている煙草の吸殻を見つけ、拓に教えた。吸殻は三本、日本製の煙草だ。夏木が誰かをここで待っていた証拠だ。
「三本って事は……15分から30分ってトコかな? 待ち合わせして殺されたというのがこの状況だと妥当だな。夏木氏は4年前企業詐欺で執行猶予をくらったが、にもかかわらず今はIT会社をこの若さで立ち上げ切り盛りしている御仁だ。何かあると考えて間違いないでしょう、捜査官」
「なるほど」
ただでさえ謎が多い今回の企画とこの島だ。どういう事情があっても納得できる。
全体として何が起こっているのか分からないが、この現場で起きたことだけは凡そ判明した。夏木は深夜2時から3時、役場から徒歩10分のこの港の倉庫の中で何者かと待ち合わせをしていた。そして待ち合わせ相手にスタンガンの一撃を受け気絶、気絶しうつ伏せで倒れたところ刺されて死んだ。
「黒い気配よ! すごく禍々しい黒い人物……すごく歪んだ殺意を感じるわ!!」
入り口で見ていた山本が突然頭を抱え叫んだ。全員が山本を見る。
「犯人は男の人……すごく強くて黒い気配を持ってるわ! この島の呪いも感じる!! ……異常者よ!! 異常者がいるのっ! まだこの倉庫にはいくつも怨霊が漂ってる」
山本はそう叫び、その場にしゃがみこんだ。その時全員が山本は霊感タレントとして時々行方不明者を透視したり心霊写真を判定し解説したりしている。彼女は懐から数珠を取り出し、ぐっと握り締めた。全員が言葉を失う……そんな中、冷めた人間が一人。
「何言ってるのよ。怨霊なんかここにいないわい」
サクラは呆れたような声で呟いた。
「アピールのチャンスなのは分かるけど、あんまり変なこと言わないほうがいいよ。そのうち恥かくから」
「ちょ……ちょっと! キミ、どういう意味よっ!!」と山本は険しい表情で叫ぶ。
そんな山本を尻目に、サクラは中に入り、拓に傍に行った。
「カメラ切って。……ホントは使いたくなかったけど、なんかこのままってのも面白くない。特別よ、視てあげる」
そのサクラの言葉に拓以外の人間が驚きを見せた。だがついさっき拓の言葉がまだ全員の脳内に残っている。サクラは超能力があり、FBIでも事件解決がある、と。片山はそもそも超能力や霊視など懐疑的な人間で、「おいおい、ここはテレビショーする場所じゃないんだぜ? 勘弁してくれよ、山本女史にサクラちゃん」と嫌がった。同時に拓も「大人気ない、やめろサクラ」と一応止めた。拓の心配は別で、サクラの能力を第三者にあまり見せたくない。だがサクラはやる気のようだ。仕方なく拓は鳥居と、死体現場を撮っていた田村に撮影機器を隠すように言った。
「サクラのことはあんまり口外しないで下さい。いいぞ、サクラ」
「了解」
そういうと、サクラは黙って夏木の頭部に触れた。一瞬サクラから白いオーラが波動となって走る。山本だけはそれを感じたようで「ひっ」と小さな声を上げた。
それで終了だ。サクラはさっさと夏木から離れた。
だが、サクラの様子はあまり納得いっていない様子でこみかめに手を当てて考え込む。もっともお面をつけているので第三者にはよく分からないが。
「分かったんだろ?」とサクラの能力をよく知っている拓はサクラの様子が気になった。
サクラは相手の記憶を読むことが出来る。だがサクラは首を振った。
「死体からだとわかりづらいなぁ……。死ぬ直前のことしかわからん。お面も邪魔で気が散る」
「おいおい。あんだけカッコつけてそれかい? お嬢ちゃん」
「とりあえず前言撤回。山本さん、貴方の霊感に関して全否定したことを半分撤回するわ。胡散臭かったけど、完全に外れてなかったから。透視能力があるかどうかは別として」
「ど、どういう意味!? キミ!!」
「犯人は確かに<黒>かったから。でも誰かは分かんない。犯行は現場検証通り……待ち合わせていたところ突然スタンガンを食らって意識を失う。犯人の武器は刃渡り40cmくらいのサバイバルナイフ……まるで牛の屠殺みたいに冷静で手馴れていて無感情。そして殺害後、犯人は外に出てナイフを海に捨てた」
「!?」
「おいっ! 三浦っ! 海みてこい海っ!!」
すぐに駆け出そうとしたAD三浦を拓が引き止める。
「無駄だ。ボートも何もないし潜らないととれない。とれたところで血の反応は出るだろうけど犯人の指紋はもう採れない。緊急性はない……だけどサクラ。何でそこまで分かって犯人が分からないんだ?」
「だって犯人は<死神>だもん。暗視カメラかぶってね」
「!?」
「そう、この番組の<死神>。コスチュームもそうだし<死神>はスタンガンも持ってる。昨日あたしわざと<死神>に捕まった時見たから間違いないと思うよ」
「ちょっと! <死神>がスタンガン持っているなんて初めて聞いたわ! どういうこと!?」
山本は立ち上がり傍の鳥居を怒鳴った。鳥居は<死神>にスタンガンを持たせている事を認め、「暗視装置も赤外線装置も用意している。三日目からは夜の捜査活動もスケジュールにあったからだ。そんな高性能じゃないが、今はちょっとした加工でつけられる。スタンガンは十字架を失って捕まった時、最低レベルのショックで驚かせる……そういうバラエティー的要素と……そ……その、なんだ……逮捕に緊迫感を持たせるための演出だ。そのために……だけど出力は出ないようリミッターはつけていた!」と説明した。
だがその話を聞いた片山が反論した。
「市販品を使っていたンなら、ちょっと知識があれば改造はできる。暗視装置があるんなら、夏木氏が無抵抗でやられたのも納得だな」
「サクラの透視は信じていい。犯人は<死神>の格好をした誰かです。もちろんこうなってくると<死神>の衣装を手に出来たテレビスタッフが第一容疑者になります。<死神>を演じた人間もね。昨夜、役場にいたスタッフの数は少なかった……。<死神>役は別の場所にいましたよね? どこですか?」
「設定で<煉獄>用の場所で、あわせて10人が待機しとります。しかし島の北部にある小さな小屋で……とにかく連絡してみよう」
「ちょいまった。これはサクラちゃんの予想だけど……本当に<死神>って6人だけの予定だったの? もっとはっきり言うわ。<死神>のコスチュームセットはこの番組企画で何着作ってあるの?」
「どういうことだサクラ?」
「これ推理だけど、この島の大きさで6人の<死神>は少ない。バラエティー的に増員予定があると思うんだけど?」
「サクラ君の言うとおりだ。コスチュームは予備も含めて25着用意してある。もっとも今島にあるのは10着だけのはずだ。フェリーに置いてある」
鳥居は破れかぶれに頭をかきながら答える。もうこうなっては、番組は継続できない。まさかスタッフが参加者を殺すなどあってはならないことだ。
だがその鳥居の心配を、片山は否定した。
「フェリーに置いてあるっていうことは……誰でも着れたってことじゃないかい?」
「そうか」と拓も片山が言いたいことを理解した。「これは重要な問題だな」
「フェリーに確認しないとわからないけど、今回の夏木殺しに関しては<死神>のスーツを隠し持っていれば誰でもできるってワケです。スタッフ、参加者、そして見ず知らずの第三者が紛れ込む可能性もあったってこと……」
「…………」
結局問題は解決していない。そして彼の死の理由も分からない。
その間田村は死体をさらに調べていたが、特に他の外傷や手掛かりらしきものはない。仕方なくズボンのポケットを見たがサイフなど持っているように見えなかった。それでも念のためポケットを探ると、一枚の紙片が出てきた。
「何かしら? 捜査官、こんな紙が出てきたんですけど?」
「宝箱の情報メモじゃない?」
「違う。私たち、宝箱一つも見つけられなかったものっ!!」
山本は夏木とチームで、昨日は一緒に行動した。途中別行動した時間もあるが、宝箱は見つけてないという。十字架も増えていない。
「ということは……犯人のメッセージかな?」片山は言い、田村の元へ。
「可能性はある」と拓も田村の下に行き、折りたたまれた紙を受け取った。そして、片山、田村、サクラの四人が覗き込む。
「ごく普通のコピー紙のようね。字が書いてあるみたい」
「マジックっぽいな。綺麗なゴシック体だ」
「筆跡鑑定は難しい……ということですね」
拓がそういい、紙を開いた。そこには黒マジックに文章が横書きで書かれていた。
【 F.O.D アイオワのトウモロコシ畑
農夫が受けた重要な啓示を実行 】
「どういうことだろう?」
全員、意味が分からず頭を捻る。コツン、と拓はサクラを突き「お前なら分かるだろう」と聞くがサクラも分からない。「アイオワなんて田舎行った事ないもん」とあっけらかんと答える。アイオワ州は大統領選挙で注目される州、農業が盛んな州という以外は特別な州ではない。啓示とあるからには何かしらそういう神秘的、オカルト的な事件があったのかと思ったが、誰の記憶にもそれは引っかからなかった。
2
午前9時18分。
会議室に集められたスタッフ、参加者たちの空気は重い。朝食が出されていたが、一人を除いて誰も口にする人間はいなかった。唯一の例外は飛鳥である。カメラが回っていないと聞き、飛鳥は堂々とお面を外し、朝ごはんを食べている。
「よ……よくこんな時にご飯、食べれられるね……飛鳥さん」
「うん。うちは朝ごはんしっかり食べる派やねん♪」
「いや……そういう意味じゃなくて…… この状況で…… 私なんか緊張と不安でとても食欲ないよ」
涼だけではない。誰もが不安と恐怖で食事どころではない。何人かはなんとかコーヒーが喉に通るようだ。
夏木が死んだこと、同時に伏せられていた佐山警部補の死も全員に伝えられた。岩崎と遠山が、まずは落ち着くこと、勝手な行動を取らず捜査に行った拓たちの戻りを待つ。それまでは静かに待機しているよう指示し、全員の不安をできるだけ抑えている。
……ありえないよ……二日連続、人が死ぬなんて……。
「すずっち。一つだけアドバイスや♪」
食後のコーヒーを飲みながら、飛鳥は涼にだけ聞こえるように呟いた。
「なんですか?」
「食べられる時に食事はせえへんと、いつ食べれるかわからなくなるかもやで?」
「そりゃそうだろうけど、普通はそんなに割り切れないよ」
もしかしてこういう状況に飛鳥さんは慣れてるんだろうか? 力は少し飛鳥を見直した。確かに飛鳥の言うことは正しい。見習わなければ!と……パンを一枚だけ手にとり、小さく、少しずつ口に運んだ。
飛鳥はデザートまで食べ終えていた。涼もなんとかパンを一枚食べ終えた時拓たちが役場に戻ってきた。午前9時33分だ。
拓は、夏木の死が他殺であること。容疑者は<死神>のコスチュームに身を包んでいたこと。そして謎のメモの内容を伝えた。
「なぁーんだ。私、分かったわ♪ そのメモ」
聞いた瞬間、まるで早押しボタンを押すかのようにテーブルをドンと立ち上がったのは宮村だった。さっきまでと違い表情に活気が生まれている。
「これってクイズでいえば中レベル程度の雑学クイズ♪ 簡単だわ♪」
「本当に?」
信じられない……と全員思ったが、宮村は拓からそのメモを受け取り、そして解説を始めた。
「これはなぞなぞというより雑学クイズ。まずアイオワのとうもろこし畑……F.O.D……これって映画『フィールド・オブ・ドリームス』のことじゃないかしら? ケビン・コスナー主演の名作映画よ。ケビン・コスナーはアイオワのトウモロコシ農家だったけど、ある日不思議な啓示を聞き、とうもろこし畑を野球場にしちゃうの!」
「おおっ!」
スタッフや参加者たちが感嘆の声を上げた。確かにメモの内容全てと合致する。
テンションのあがった宮村は、まるで水を得た魚のように元気を取り戻し、テーブルの上のジュースをクイッっと一気に飲み干すと拓や片山たちの輪の中に入って行った。
「じゃあ宮村さん。このメッセージの意味は?」
「作中、天というかあの世というか……どこからともなく声が聞こえる……それが啓示ということなんだろうけど……いくつかあるんですよ。<それを作れば彼はやってくる><彼の苦痛を癒せ><最後までやり通せ>って……」
その説明を聞いた拓たちは、ついに事件が繋がったことを知った。そう考えれば辻妻があう。佐山警部補の死さえも……。
「最後までやり通せ……だ」
拓の言葉に片山は頷いた。
「それなら佐山氏の死も同じメッセージ……もしくは見せしめだったという見解はできるでしょうな。状況としては悪化していますけどね」
「あのぅ……どういう意味? 私の解釈間違ってる?」
「いや、宮村さんのいう通りだと思う。どうやら犯人は、この番組を最後まで遣り通せと言っている、という可能性は高い」
「いやぁ~ ふふふ。ちょっと待ってくださいよ捜査官。そのメモの信用性はあるんですか? それに<フィールド・オブ・ドリームス>の啓示は他にもあったじゃないですか? このままやり続けることが本当にメッセージですかね?」
反論したのは元刑事の遠山だ。彼は苦笑を浮かべながら拓に近づく。
「普通、番組で殺人事件が起きたら、番組は中断してさっさと帰るのが筋ですよ。犯人は続けないと我らを殺す……と脅していると仮定しましょう。だけど昼のフェリーで私ら全員撤退してしまえば、そんな要求は意味もなくなります。犯人はこの島の誰か、ということは間違いないことでしょう? なら番組を辞めて事件は沖縄県警に任せる……それがいいと私なんかは思いますけどねぇ」
「…………」
「うーむ残念。理屈としては拓たちの負けだな」
拓たちから離れ、朝食を受け取ったサクラは涼の横に座り、器用にお面をズラして朝食を食べ始めた。朝食は典型的な朝のモーニングのような献立なのでまだ食べやすいようだ。
「そうだよね。こんな企画、普通じゃないよ。もう終えたほうがいい」
涼はサクラと飛鳥にだけ聞こえるように言った。だがサクラと飛鳥の意見は違った。
「そりゃすずっち、無理やろ。正体不明の殺人犯が誰かわかってないンや。帰る支度みせた瞬間、見せしめにさらに事件が起きる可能性が多いで。フェリーが到着まで後3、4時間はあるしな」
「そんな……」
「それにあの遠山のオッサンの話も現状と合致しない点も多いのよね。合致点でいえば、この企画を何が何でも達成させたい人間が強硬手段に出ているっていうほうが、犯人馬鹿脳だけど、理屈は通るンだよね」
「…………」
「スズもご飯食べたほうがいいよ。飛鳥が少なくとも食べてピンピンしてるから毒は入ってないみたいだし」
「ど……毒?」
「アンタはウチをホント何やと思っとるんやクソガキ」
「別に馬鹿にはしとらん。犯人はその気になれば食事に毒いれることくらいはそのうちしてくるかもしれないもん。食べれる時に食べるほうがいいわ。自分の身を守るためには、空腹じゃ低血糖で動けなくなっちゃうもん」
そういうと、サクラはさらにお面をズラして、ミルクを一気に飲み干した。拓、片山、田村の三人はそもそも死体や事件になれていたこともあり、サクラと同じ考えなのか用意された食事を平然と食べつつ、鳥居や大槻と今後の相談を始めた。三人が食べ始めたので、ようやく皆も少しずつ食べ始めた。とはいえASの二人を除けば元気は最後まで出なかったが。
10時30分、会議室で結論は出ず、参加者は自室待機ということになった。もっとも、拓だけはスタッフと共に残り、今後の方針をどうするかの会議に加わった。
今、スタッフが別行動をしている<死神>のチームの確認、役場に合流するようにという命令をもって役場を出た。
拓は、昼のフェリーを待って一旦全員撤退する事を決断した。番組側も明確な殺人が起きたこの状況ではその指示に従わざるを得ない。
「しかし……あのね捜査官。もし宮村さんの言うとおり番組を辞めるな、最後まで続けろっていうメッセ―ジが本当なら、撤退はまずいんじゃないですかね」
鳥居は焦りと苛立ちを隠しきれず、先ほどから何本も煙草を吸い続けている。拓もその可能性は考えているが、スタッフ、参加者をきちっと把握していればそういう事故は起きないと思っている。
だが、拓の計算は11時になって崩れた。
<死神>たちの待機所は空だったのだ。
最初スタッフが無線で<死神>たちの待機所に連絡を取ったが通じず、仕方がなく走って見に行ったところ、待機所は空だったという。AD含め10人全員誰もおらず、死神のコスチュームも予備を含めなくなっていると言う。
「オイオイ。そいつはまずいよ! どうなってんだよ!!」
鳥居は頭を抱え怒鳴る。拓もため息をついた。これでは殺人鬼が自由に徘徊しているという感覚と変わらない。いや、逆にもしかしたら彼らは容疑者でなく被害者になっている可能性だってある。
もしは容疑者がこの役場にいるスタッフ、もしくは参加者だとしたら……。
<死神>の存在を利用した。この島はカメラだらけで、参加者たちは犯罪のプロ、被害にあった夏木は元詐欺師で頭脳派……遅かれ早かれ犯行は<死神>だと判明しただろう。
だとしたら、本物の<死神>たちは邪魔だ。
10人。隠すことは難しい。だけど殺すことなら短時間で可能だ。
報告では部屋は綺麗ではないが大きく荒らされてもいないという。別の場所に連れて行って隠すか殺害された可能性がある。武器もある。佐山警部補が持ち込んだ銃だ。海か森に遺体を放棄されればすぐには見つからない。聞けば彼らの待機所の<煉獄>は直線距離で役場から2.1キロ。普通の銃声ならギリギリ聞こえるが、銃に布を巻いたりすれば銃声は格段小さくなる。この役場までは聞こえてこないかもしれない。
「この役場にいる人間の監視と保護は徹底しましょう。こっちには拳銃が二丁あります」
「銃があるんですか!?」
「柴山巡査が一丁。そして俺も自分の銃を持ってます。オフ用なので中型オートですけど日本なら十分です」
そういい、拓は上着をめくってショルダーホルスターに入ったワルサーPPK/Sを見せた。弾はマガジンにフル装填され、銃身の薬室にも入っている。
「一時間ちょっとくらいなら、全員守ります」
まさか拓も、この後拳銃が二丁ある程度ではどうにもならない事件が起きるとは、この時は夢にも思っていなかった。
フェリー到着予定時間は13時。もうじきだ。
拓の指示で、テレビのセットや据え付けられたカメラ、そしてモニター機材はそのまま、人員だけが移動することになった。拓は全員にスタッフを通じて通達を出した。
「すみませんが、参加者、スタッフ全員、本土についたら事情聴取です。あと、フェリーでは全員一箇所に固まって、極力個人行動は控えて下さい」
反論も出たが、拓は那覇の港で県警に引き継ぐまでは全権を握っている。しかも拓はFBI捜査官として行動できるので、妨害者は拘束もできるし発砲もできる。
涼は正直、企画が終わってほっとしていた。
殺人なんて気味が悪いし怖い。だが一番は、バラエティーは自分には合わないとつくづく実感した。
ただ一つよかったことは、サクラや飛鳥と知り合えた事だ。これまで自分の回りにいる同世代の友達は、涼をアイドル視してどこか馴染んでくれない。だが飛鳥やサクラにはそういう遠慮はなく、普通に接してくれる。それに勉強にもなった。二人のように自分に自信を持ち個性を表現していきたい。聞けば飛鳥は東京練馬に住んでいる。これから私生活で会うこともできるだろう。
涼が荷造りを終えたときにはサクラも荷造りを終え、単行本を読み、飛鳥は音楽を聞いている。
「すずっち、すっごいかっこええ声しとるなぁ~」
「え!? 私の歌聞いてるのっ!? は……はずかしいなぁ」
「昨日の夜くれたやん、データーで。ありがたく今聞かせてもらっとるで。うん、なんかカッコイイ歌や」
「こ……今度、コンサートに招待するから、是非来てね」
「おーーー! 太っ腹やなすずっち♪」
「じゃあ代わりにクラシックのコンサートでよかったら招待するわよ、来月の最初の土曜日。興味あったらだけど」
と、単行本を読みながらサクラが言う。涼は素直に喜んだ。
「行ってみたかったのクラシック! ……でも、どうしてサクラさんがクラシックなの?」
「友達にピアノとヴァイオリンやってるプロがいるの。セシル=シュタイナーっていうんだけど」
「えっ!? セシル=シュタイナー!! 知ってるっ! その人って……確か天才ヴォイオリニストの少女だよね!? 二人はセシル=シュタイナーと知り合いなの?」
「ダチやで♪ チケットくらい都合してくれるやろう♪」
飛鳥はどーんと威張ってみせた。一方サクラは「チケットどころか食事もたかってるじゃん」と突っ込み、表情を曇らせ小さな声で呟いた。「気付かれる前にあいつに返さんと……無断でもってきたことバレたら何いわれるかワカラにゃいからなぁ……」
「?」
「スズには関係ないこと。それにしても……」
サクラは単行本を置き、虚空を見上げた。
拓が全員一旦撤退、という通達が知らされた後……どこからか分からないがこの役場のどこかで悪意に彩られた殺気を放つ存在を感じた。おそらく犯人で、この展開に不満を感じているようだ。だが拓は全員自室に出ないよう命じ、見張りを巡回させているので動きが封じられた。それが不満となり、その気配をサクラは嗅ぎ取った。しかし残念なことにその気配の主が誰かということは分からない。そして今はその殺気は消えている。
「何も起こらなきゃいいけど」
サクラは呟き、再び単行本に目を落とした。
サクラの不安は、結局30分後には的中することになる。
午後13時11分 一同は荷物をまとめ、役場前に集まった。
「あれ? まだ全員出てきてないな」
拓は辺りを見渡す。スタッフが数人、参加者たちも数人まだ部屋から出てきていないようだ。
「いや、捜査官。もう役場は誰もいませんぜ」
役場を見て回ってから出てきた鳥居が拓の傍に歩み寄り告げた。だとすれば人数が足りない。よく見れば片山と柴山の二人がいない。二人は目立つのですぐに分かったが他にも何人かいないようだ。やれやれと拓はため息をついた。そこに涼とサクラ、飛鳥もやってくる。
「記念に島の土でも持ち帰ろうとしとるンやない?」
「甲子園カヨ」
「あれ? なんだろうあのテレビモニター。……拓さん? あんなところにテレビモニターってありましたっけ?」
涼が指差す先に、19インチの液晶テレビモニターが電柱にひっかける形で置いてあった。
「なかったわよ、あんなところには」
サクラが後ろから来て拓に言った。サクラの記憶力も超人的だ。サクラがないというのならまずなかった事は間違いない。スタッフたちは誰かの荷物か何かかと思っているようで特に疑問に思っていないようだが、荷物であるはずがない。そもそも荷物だったら電柱に設置しない。
「誰が設置した……いつ?」
「朝にはなかったと思うから多分拓が全員に自室待機を命じたときね。自室待機って言っても誰かが常に見張ってたわけじゃない。逆の発想でいけば、あの2時間の間、多くの人間にはアリバイがないって事よ」
「…………」
だとしてもあのテレビモニターは何だろうか……
そう思い近づこうとした時だ。海のほうからフェリーの汽笛とエンジン音が聞こえてきた。全員がその迫ってくる音に、一先ずほっとする……
だが
フェリーが遠目で見えるようになった、その時だ。
青い空に、3発の銃声が鳴り響いた。
「!?」
全員が一斉に銃声のした方向……紫条家本館のほうを見る。
「9ミリオートの銃声だ」
拓が一番聞きなれた銃声の音だ。銃声は銃の口径と種類で変わる。この音量、音の高低さは間違いなく9ミリパラベラムのオートマチックのものだ。
「全員ここで!! 俺が……」
振り返りそう拓が叫んだ時……更なる異変が起きた。
海上遠くで、ゆっくりこっちに向かっていた小型フェリーが、その瞬間爆発、黒煙上げ停止した。 爆発は一度ではなく、二度、三度と続き、あっという間にフェリーは傾いていった。
その様子を、ここにいる全員が成す術もなく、愕然と見つめるだけだった。
だが、拓とサクラはいち早く現実を認識し、行動に移した……。
7/堕天使からの招待状1
「拓っ!!」
サクラの鋭い声を受けるまでもなく拓は叫んだ。
「鳥居さんっ! 俺は銃声のほうに行く! アンタはここを頼みます!!」
「北東っ!!」
サクラは銃声がした方角を指差し走り出した。それに続き拓、飛鳥、そして釣られ涼も走り出す。
四人はなだらかな坂になっている住居地区に入り、北東に向かって町を道に従い走っていく。
「拓ちんっ! 見てみぃ!」
「ここにもテレビモニターが設置されてます!」
通り過ぎた道……そこにあった同型のテレビモニターを飛鳥が見つけた。拓たちは一瞬足を止めたが、すぐに駆け出す。
「サクラ! 正確な場所は分かるか!?」
「分かるわけないだろーが!!」
と当たり前のように答えるサクラ。拓たちは一旦足を止める。
「あたし、フェリーのほう気にしてたからこっちはそんなに集中してないのよ」
集中していればサクラの聴力ならもっと状況を聞いていたはずだが……こればかりは運がなかったというしかない。
「四人おるんやから四手に分かれてはどないや?」
「飛鳥と涼ちゃんが犯人に出くわしたら被害者が増えるだけだ」
「ちょっとまって下さい! あの……銃声ってどのくらいの音が普通なんですか?」
突然の涼の言葉に全員足を止めた。
「近くだとけっこう騒がしいよ、テレビや映画より。でも煩いのは一瞬ですぐ慣れるけど」
「私、耳はいいんです。フェリーより私はこっちで鳴った銃声にびっくりしたから……初めて聞いた銃声だったし……よく覚えてるんです」
涼は一所懸命にさっきの銃声を思い出そうとしている。
「分かった。ここで一発撃とう。それで比較してくれ」と拓は決断した。迷っていてはどうにもならない。そして拓はサクラに手を伸ばした。
「にゃ?」
「銃出せ、サクラ。38口径リボルバー、持ってきているだろ」
「……むぅ……」
そう、サクラはどこだろうが、いつもS&W M13を持っている。38口径リボルバー、超高性能携帯電話は【サクラ秘密の神器】で、どこにいく時も背中の小型四次元ポウチに入れて持っている。そのことはサクラの周りの人間は皆知っている。
論議している暇はない。サクラはものすごく渋々と不満そうに腰につけた携帯灰皿サイズの小型ポウチからどうやって入っていたのか、袋口が命一杯広がるとS&W M13 3インチを抜いて拓に渡した。
「すぐに返してよ!」
「わかったわかった。涼ちゃん、5mは離れて。本当に近くだと煩いから。あと、これはリボルバーで、さっきの銃声はオートマチックだ。音はこっちのほうが少しだけ大きい。いいね?」
「はいっ」
涼は目を瞑り、全ての感覚を聴力に集中させる。
拓は海に銃口を向け、「行くよ」と声をかけ……引き金を引いた。
タァーーーーーン
最初に衝撃波のような音の爆風があり、そのあと余韻が長く空気の中を漂う。
その音をじっくりと涼は頭の中で半数させては、さっきの銃声と比べていく。まるでソムリエのように……
……音の質は確かに少し違うけど、空気に響くカンジは似ている……今のは海の上を弾が飛んだ……だから少し風の音がした……でも最初の物は……それはなかった。
……音は乾いて短い……あの音量だと……距離は……住宅地じゃない、家とかでも反響するんだ……。
……ということは……。
涼ははっと顔を上げた。
「森」
涼は目を開いて北東の方角を見た。
「紫条家敷地内の森の傍だと思います! ええっと……方角はこっち……でもそんなに森の奥じゃないと思います」
「分かった。行こう」
方向的には北東というより北北東に近い。涼の指摘通りそれだと紫条家の敷地で、本館と東館の間にある道のどこかなら辻褄が合う。
拓はサクラに「飛べ」と命じた。飛んでいけば速い。だがサクラは冷静に「まだカメラ動いてる可能性あるけど?」と反論した。カメラが動いているか切れているのか分からないが、もしまだ動いているのであればさすがにサクラが空まで飛べる超能力者だと知られるのは今後不都合だ。
四人は住宅地を抜け、まっすぐ森の中を紫条家の東門に向かって走った。
現場は、涼が発言した通り本館と東館の間の林道だった。
土の上で、遠山 一郎が仰向けになって倒れていた。
「キャァ!!」
涼が小さく悲鳴をあげ顔を背けた。飛鳥も足を止め不快そうに涼の手を握る。
拓はホルスターからPPK/Sを抜き安全装置をはずし、そっと近づいていく。
「サクラ! 周りを調べてくれ」
サクラは一番足が速く遠山の傍にいたが、頷き歩き出した。犯人がいればサクラが捕まえる。拓もすぐに遠山の傍に立ち、胸に空いた三つの傷からの出血を確認した。目は見開きピクリとも動かない。脈を確認したがすでに事切れている。この傷では即死だろう。近くにスライド・オープンしたS&Wの9ミリオートマチックが転がっていた。
「S&W M459か」
拓はM459を手に取り確認した。銃身は温かく火薬の匂いもする。間違いなくこれが犯行に使われた拳銃だ。そして恐らく、佐山警部補が持ち込んだ拳銃だろう。遠山のスーツの上着をめくるとパドルタイプのホルスターがあった。そして遺体の傍には夏木の時にあったものと同様の折りたたまれたコピー用紙がある。拓はどちらも拾うと周辺を確認した。周りは森だが、人の気配はもうない。
「ややこしくなってきたな」
この島に来て何度目か分からないため息をつき、PPK/Sをホルスターに戻し、M459はズボンに押し込んで涼たちの方に向かって歩きながら紙を広げた。
「殺されたのは遠山さんだ。理由はわからんが、夏木さん同様こんなメモがあった」
「何が書いてあるんですか?」
「…………」
開いてみると予想した通り、なぞなぞだった。だがこれはさすがに拓もすぐに分かった。
飛鳥と涼も、そのなぞなぞの書かれた紙を受け取り見つめる。
「銀のマジックでBが書かれていますね……その後ろに←…… こ、これって……」
涼も飛鳥も即座に意味がわかった。
「ビー・ギン……英語でBEGIN」
「そして←は進行の意味で…… BEGINNIG。つまり、<始まり>」
「何が始まるの……」
その時だった。サクラが大声で全員を呼んだ。サクラは叫ぶと、本館の前にいつのまにか設置されたテレビモニターを指差した。
「!?」
拓たちも遠目で異常を確認した。なんとこれまで点いていなかったテレビモニターに、映像が流れている。
「なんだこりゃ!? おい、どうなってるんだ!! 誰だアレはっ!?」
鳥居はテレビモニターを指差し叫ぶ。だがスタッフの誰も分からない。ほとんどの人間はその時初めてテレビモニターが設置されていることに気付いたのだ。
テレビには、悪魔の仮面を被り黒いフードで身を包んだ人間が一人映っている。
騒然とする中、モニターの悪魔は、機械的な声で「皆さん地獄にようこそ」と喋りだした。
「もう一度、地獄にようこそ。今よりここは地獄です。キミたちは地獄に堕とされた哀れな人間、非常に同情申し上げます」
無機質に語られる宣言に、さらに騒然となる一同。だが岩崎と神野が、まずは静かに話を聞こう、と声を上げ一同を制した。それを見ているのか、静まり注目が集まった時、モニターの悪魔は「騒ごうが暴れようが私は話をやめませんよ。いいから静かに私の話を聞くように。最初なので多少長い話になります。そして重要な話をします。のんびり座って聞いてもらって構いません」とゆっくりとした口調で告げた。
「私はサタン。名前の通り、地獄に住む悪魔です。今皆さんは地獄の底にいるのです。フェリーを破壊したのも私共。貴方たちは4日間、この島から出ることが出来ません」
本館の前のテレビモニターにも、同様の映像が流れ、拓たちは静かにモニターを見ていた。
「皆さんには6つの試練を用意しました。どれも生命に関わる試練です。参加者はこの島に住む全員……テレビのスタッフの方も同様です。さて、最初のゲームですが、このゲームは最初のゲームであると共に基本的なゲームです。このゲールのルールは4日目まで続きます。つまり、他の5つの試練は、追加ルールと理解下さい」
「……何、これ……」と唖然とする涼。
拓とサクラ、飛鳥はこういうことに慣れているのか元々すごい度胸なのか、動じた様子はない。
拓は、腕でポンとサクラを小突いた。サクラは頷く。
「どうやら、テレビ局が仕組んだゲームとは違うみたいだな」
「皆さんにやってもらうゲームは、『生き残りゲーム』。ただ生き残るだけ、ごくシンプルなものです。これだけはまず約束しましょう。4日後の正午まで生き残った方には一切手を出しません。……信用できない? ……でしょうね。4日後に当方が皆さんの携帯電話をお返しします。ご自分で救援を求めればいいでしょう」
ガシャリ……と悪魔……サタンが取り出したのは、最初没収されフェリーに積まれたはずの全員の携帯電話だ。ビニール袋に包まれてまとめられているが、壊れていない証拠にいくつか画面に光がついているものがある。それをそのまま悪魔は後ろにある金庫に入れ、タイマーをセットした。
「この金庫は4日目の最後のゲームでお渡ししましょう。さて、生き残りゲームということですが、ルールはこの度、テレビ局が発案したものとほとんど変わりません。行動も基本的にテレビ局が定めたチームで行っていただきます。あのチーム配分は非常にバランスがよく、当方ゲームでも採用させて頂きます。皆さんは<死神>から逃げながら、宝箱の十字架を集めてもらいます。尚、テレビ局は宝箱を徐々に増やし、合計50個設置にするようでしたが、現在島に設置されている宝箱は30個。これでは不公平なので、新しく追加でスタッフの分も考え50個、合計80個の宝箱を新規設置させて頂きました。どの宝箱にも十字架が入っております。ただし、トラップ宝箱も20個混ざっております。1/5から1/4の確率になりましたがその点ご了承下さい」
「なんで十字架は重要なの?」
「ルールが同じっちゅーことは、<死神>に十字架渡せば襲われないっちゃーことか?」
「若干変更させてもらったルールですが、<死神>に捕まった時、十字架が奪われる、もしくは十字架がない場合<煉獄>に連れて行かれるということでしたが、ご存知この島は<地獄>になり即、永遠に地獄の住人となってもらいます。……言葉では分かりづらいと思いますので、論より証拠……実演してみせましょう」
悪魔サタンは一度カメラから外れカメラはズームアウトした。すると部屋全体が映し出されるようになった、そしてそこに映った映像はショッキングなものだった。
8人の<死神>と、縛られ一箇所に集められたスタッフ10人がいる。その中には、元死神役の人間が混じっていた。
ショッキングなのはその事だけではない。今、立ち並んでいる<死神>たちの手には、SMGや自動小銃、拳銃が握られている。
「まさか……」サクラは愕然と呟き拓を見た。拓も同じ結論だ。この先何が起こるか……
「涼ちゃん! 飛鳥! 見るな!!」
拓が叫びサクラが強引に二人の前に出てテレビモニターを遮る。だが遮るにはサクラの体はあまりにも小さかった。
まさにその瞬間、凄まじい銃声と共に断末魔の悲鳴が鳴り響いた。
「!!??」
「キャーーーッ!!」
「うわぁぁぁぁーーーっ!!!」
役場の前。何人かが悲鳴をあげ騒然となったが、事が終わった時には嘘のように静かになった。
彼らの理性のブレーカーが落ちたのだ。もはや彼らはただサタンの言葉を聞くだけだ。
唯一、冷静なのは拓とサクラ、かろうじて飛鳥……この三人だけだった。
涼は、恐怖と混乱でうずくまり、涙をポロポロと零している。そんな涼を飛鳥がぐっと抱きしめていた。拓とサクラだけがじっと画面を見ている。
「今、西のほうからも銃声が聞こえた。これはリアルなライブ映像だ。録画じゃない」
拳銃だけでなく自動小銃とSMGも使われ、10人はあっという間に蜂の巣にされた。
「場所は……<死神>が待機してたっていう<煉獄>のようね。ここからだと3キロくらいか」
まるで地響きのような轟音をリアルに感じた。拓は一瞬、駆け出そうと思ったが諦めた。
一個人の戦闘力では引けを取らないつもりだが、相手は10人近くいるだろう。フル装備した相手に拓一人、武器は中型拳銃のワルサーPPK/SとサクラのS&W M13だけでは到底勝ち目はない。急行したところで逃げられるだけだ。
「理解してもらえたようだね。十字架を提示しなければ、8人の<死神>によってこのように武力によって君たちは永遠に地獄行きとなります。抵抗は自由、腕輪の死神探知機能もそのまま生きています。皆さん頑張って生き残って下さい。さて、ここで十字架にもう一つ機能があることを説明しましょう。十字架は貴方たちを救う天からの蜘蛛の糸でもあるのです。十字架を5つ集めた人間は、地獄と現世の狭間、<煉獄>の施設に入ってもらいます。<煉獄>の中にいる人間に、我々は手を出しません。つまり、十字架を5つ獲得した方は生存が保障されます。そして、生存者には、一人1億円を生き残り獲得賞金として進呈いたします。こちらに関して人数制限はありません。よって、考え方によっては、全員1億円を手にし、無事この島から出て行けるということです。これが私共とのゲームに参加する、皆さんへのささやかな報酬でございます」
「ちょ……マジかよ」
鳥居が呟く。一億という金に、他にも何人かの頭のブレーカーが戻ったようだ。
「ばっかじゃない! 一億ですって!? 私の命はそんなに安くないわよ」
啖呵を切ったのは宮村だった。彼女もすでに冷静さを取り戻していたが、鳥居たちと違い一億という金に魅力を感じていなかった。いや、この一億の提示を聞いた瞬間、彼女の中で戦慄が走った。宮村は鳥居を睨み、さらに全員のほうを振り返った。
「参加者21人、スタッフはざっと25人前後……46人この島にいる。私たちの支払い、奴らの仕組みとか考えたらざっと50億はかかってるんじゃない? ……そんなお金、誰が出すっていうの? つまり、奴らも本気で殺しにくるって事じゃない!」
「宿泊の世話係を入れればプラス10人ってトコか」
「み……皆で十字架集めればいいんじゃないのぉ?」
樺山が涙を拭きながら恐る恐る言った。それに<こんぴら>の二人もタレントの三上も賛同し、ムードを盛り上げようと色々喋ったが……それはすぐに否定された。
「そんなに単純ではないですよ皆さん。これは非常に冷酷なルールですよ」
そう冷静な声で言ったのは物理学生の篠原だ。
「サタンの話を信じると仮定した場合です。昨夜皆さんで所得十字架を確認しましたよね? Aチーム2つ、Bチーム4つ、Cチーム1つ、Dチーム0、Eチーム1つ、Fチーム1つ、Gチーム2つ、Hチーム3つ、Iチーム2つ……計16。サタンの話では、宝箱は新設で合計80個。このうち1/4、つまり20個はブービーということは60個が十字架ですね。つまり前日手に入れた16個+60個=76個、そして参加者が初めから持っていた十字架がありますよね。夏木氏はないとして+20個の合計96個が十字架の総数です」
篠原は表情かえることなく淡々と説明していく。スタッフの何人かはメモをとり頷く。
「ではここは何人人間がいますか? 参加者21人+リポーター二人、そしてスタッフ……鳥居さん、合わせて何人ですか? 死人は抜いて下さい」
「ええっと……57人……か」
「では96÷57=約1.684……つまり順当に宝箱をあけても平等に割り振るのであれば一人当たり約1.5です。この意味は……分かりますか?」
「えっ……そ、それは……」
「つまり、確実に生き残りたければ、十字架を奪い合えということかしら?」
田村が険しい表情で答えた。彼女も理解した。
「そういうことです。逃げ回っていては、生き残れない」
篠原はそういうと語るべきことは語った、とばかりに静かに後ろに下がった。田村と宮村はため息をつく。
そう、頭のいい数人は理解した。
このルールは、暗に【生き残るためには殺しあってでも奪え】と言っているのだ。さすがに今それを言えば混乱と疑心暗鬼、敵愾心を巻き起こし収拾がつかなくなると判断し、口にはしなかったが。
「そうだ! 役場に籠もれば!!」
ADの三浦が発言した。三浦がいうには、監視カメラは運営本部であり宿泊施設である役場にはカメラは設置していない。もしサタンが昨夜仕掛けようにも佐山警部補死亡事件があったため警戒を布いていたから、部外者が入り込んでカメラを内部に仕掛けることはできなかったはずだ。
だが、相手は甘くなかった。
「お断りしておきますが、当方は役場内にもカメラを設置させて頂いております。色々状況に応じた対応を<死神>はとりますので、その点ご了承下さい」
「最後に。このゲームにおいて、三名を、皆様を地獄から救う<天使>に任命させて頂きます。この御三方は、今後のゲームにおいて名指しされる可能性があることご了解下さい。ただしこの御三方のみ、チームの枠を超え個人での活動も良し、とさせていただきます。つまり、皆さんにとって、数少ない共通の味方です。一人はタク=ナカムラ捜査官。貴方は<天使筆頭>です。ルールをご理解の上では理由は語るまでもないでしょう。ナカムラ捜査官。FBIで培った貴方の頭脳と戦闘力に期待しております。同じく柴山巡査、日本警察を代表し、頑張りを期待します。最後にAS探偵団、サクラさん。貴方の才能はどうやらズバ抜けておられる様子、その美貌にも感服いたしました。容姿共々<天使>と呼ぶに相応しく思います。この御三方を当方は特別視し、<天使>に任命させて頂きます。では、次は本日21時に再びお会いいたしましょう。皆様、無事この地獄から生還されることを祈っております」
グループ壬生犬が誇る「黒い天使」シリーズの特別長編シリーズ、『死神島』です。
「黒い天使」のレギューラーキャラ・オール出演の大長編シリーズで、二転三転するサバイバル・ハードボイルド物語になっています。今後完結まで随時公開していきたいと思います。今後も「黒い天使」シリーズをどうぞ宜しくお願いします。