色物パレード4
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俺が学校へ到着すると共に、授業開始5分前を報せる予鈴が鳴った。
色素の薄い金髪を垂らした美少女を侍らし、数人の先生たちを引き連れVIP待遇で登校した俺は注目の的だ。ちなみに、ニースとは校門で分かれた。
教室へ入るなりクラスメイトから質問攻め――になると思いきや、クラスメイトからは奇異の目と言うか哀れな生き物を見るような視線を不躾に向けられている。
「おいおい、女の子と登校したからってこれは無いんじゃないのかい?」
ちょっと変な女の子だけど、ニースは顔だけ見ればとても可愛い。いや、家にいる皆、可愛いし綺麗なんだけどさ。
ふふふ、俺は勝ち組なんだ――と大声で言えるほど、俺の性格は外交的じゃない。さっきのセリフも、小さな声でボソボソ言っただけだしね。
「まぁ、良いか……」
皆が何の話題に興じているのか分からないのは恐いけど、俺は先生が教室に来るまでに授業の準備を始めておかなければいけないんだ……あぁ!?
「何だこりゃ!? 俺の机が賑やかしいことに!!」
VIP待遇で来たツケなのか、俺の机は隙間なく落書きをされてしまっていた。それも、かなりの筆圧で書かれたのか、落書きというよりもはや彫り物といっても過言ではない物になっていた。
それにしても、かなり不気味だ。何というか、こう……おどろおどろしい何かを感じずにはいられない落書きだ。
「おいおい。女の子と登校しただけでこの仕打ちかよ……」
横目でチラッ、とクラスメイトを見ると、皆こちらを気にしていた。
いじめか? これがいじめなのか?
ならば、この程度で心を揺さぶられていてはいけない。ここでダメージを受けている印象を持たれては、これをやった奴は調子に乗るだろう。
まぁ、うん。いじめ、いじめとは言ったけどさ。これ書いた奴、大体分かるわ。
だって、悪戯で書くには模様が細かいというか繊細という領域だし、誰が見ても――ただし一般人を除く――これは魔法式だっていうのが分かる。
「こんなことが出来る奴なんで、限られてんじゃん……」
とりああえず、この机の処遇をどうしようか迷いながら椅子に座る。この机の処遇を相談しようと、隣に座っているはずの小鹿さんの席を見るが、そこには誰も座っていなかった。
最近、欠席率が高くはないだろうか?
「だーれだ♪」
小鹿さんの行方を捜していると、後ろの席から目隠しをされた。ん? これもいじめか?
ちなみに、俺の後ろの席は、昨日帰宅してから俺が登校するまでの間に席替えをしていなければ、家が傭兵みたいな仕事をしている鉄輪だ。
暗い性格という訳ではないけど、何故かクラスメイトとあまり話したがらない性格なため、友人が少ない。俺とはよく話すけど、その切っ掛けもなんだったっけ……といった感じだ。
「ほらほら、だーれだ♪」
俺と話すとは言っても、先の通りこんな風にイチャコラしてくるような、なおかつ俺に目隠しをして音符を付けるような楽し気な声を出すような人物でもない。
「だったら、誰だよ!」
ズバッ、と俺の目を隠している両手を引き下げ、質問に答えることなく後ろの席を見やう。
そこの席に座っていたのは――。
「ちょっと、ソーヤ。『だーれだ♪』って聞いているんだから、ちゃんと答えてよ」
鉄輪の席に座っていたのは、家に居るはずのカトルだった。カトルは、この学校の女子用制服ではなく、明る目の色をした、ファンタジー系の物語に登場する町娘のような恰好をしていた。
そうか。カトルか。このクラスに蔓延しているおかしな空気は、居るはずのない異物が居たからか。
「何で、カトルが居るのさ? ここは、関係者以外立ち入り禁止なんだから」
「えー? でも、ここの席の人が、『代わりに返事をしておいてくれれば、この席使って良いよ』って言ってたし」
あの野郎、適当なこと言いやがって。しかも、元から代返できると思っていないのか、来ている服を合わせることすらしていない。
「代わりに返事って。そもそも、カトルってこの席の奴の名前知らないだろ?」
「アイアンリング」
どやぁ、としてやったり顔で、鉄輪の名を口にするカトル。合ってるんだか、合っていないんだか、分からない呼び方だ。
「名前はそれでいいや。それで、カトルは何でここに居るんだよ?」
「喧嘩売って来た奴に絡まれないか見に来た」
「あぁ、なるほど。今朝、さっそく絡まれたよ」
ニースのお陰で助かったけど。代わりに、遅刻するかと思ったけど。
――あっ、遅刻?
気付いた時にはすでに手遅れ。教室の前扉が勢いよく開かれると共に、一時間目の科学の先生がやって来た。
普段なら始業まで余裕があるから、小鹿さんや鉄輪といったクラスメイトと談笑しつつ、一時間目の授業が始まるのを待っている。でも、今日は遅刻ギリギリだったから、始業までの時間が短いんだった。
「きりぃーつ」
クラスメイトは、先生が来ると蜘蛛の子を散らすように自分たちの席へ戻った。
だけど、視線は常に俺とカトルの方を向いている。
「礼、着席」
ガタガタガタ、と椅子を鳴らすうるさい音を響かせながら、全員が着席する。
「おはよう。――今日は、昨日の続きの……」
昨日の続きの授業なので、まずは教科書を読ませるために生徒を当てようと先生はクラスを見渡す。そこで、すぐに気づくだろう。カトルという、異物を。
「君は誰だ……?」
ごもっともな意見だ。心なしか、他の生徒も答えを聞きたそうにカトルを見ている。
「私?」
「そう。君」
「名乗るほどの名はありませんて」
再び、どややん、と再びしてやったり顔になるカトル。どこで覚えるんだろうね。あぁいったの。
「いや、名乗るほどもなにも、部外者は学校に来ちゃいけないんだけど」
「ちゃんと関係者だけどね」
よっ、と小さく掛け声一つ、カトルは椅子の上に立ち上がると先生に向かって首元を見せた。いや、首元というより、首に付けている物だろう。
今さら騒いでもどうしようもないけど、それはダメだ。それは、犬だった時の名残で、今の俺が人のカトルに付けた訳じゃないんだから。
「この首輪。ソーヤに付けてもらったの」
ザワッ、と一瞬誰もかれもが声を上げようとしたが、それを本当に言っても良いのか判断できなかったのか、全員が静かになった。
さながら風すら吹かぬ、地底湖の水面の如き静けさだ。
ってか、首輪をつけるのは散歩の時だけだったし、人型になってから最近はずっとつけていなかったのに、何で今はちゃっかりつけてるのさカトルさんよ!
「あ~……、綴木。お前の知り合いか?」
よく俺の下の名前を知っていたな、と科学の先生に驚いた。無関係を装い、黙秘を貫こうと思ったけど、指名されてしまったからには説明責任がある。
仕方がないので、大人しく前を向いて今考えた説明を述べる。
「彼女は、ホームステイです。学校がどういう所か知りたかったようで、いつの間にか来てしまっていたようで」
「あっ、ちなみに、私は今、アイアンリングって名前になってるから、よろしく」
はい。俺が作ったホームステイ説が脆くも崩れさりましたー。アイアンリングさん、何言ってくれちゃってんのー?
ほら、先生もどう扱ったものか凄く困った顔になってるし。
「綴木。どうすれば良いんだ?」
「このまま授業を受けさせれば、きっと良いことが起きますよ」
たぶん。だって、カトルは神様に喧嘩売って三体に勝つほどの、強い魔法使いなんだから。
逆に言えば、機嫌を損ねたらどうなるか分からない。そんなことをする娘じゃないけどね。
「そそ。今なら、この毛生え薬をあげるよ。死んだ毛根すら復活させる、強力な」
先ほどは生徒たちがザワッ、としたけど、今度は先生がザワッ、とした。いや、生徒たちもザワッ、としたし、俺もザワッ、とした。
つまり、教室全体が一瞬うるさくなった。だって、科学の先生がヅラというのは皆知っていても、誰も気づかないフリをしていたんだから。
それなのにこの娘、簡単に言ってくれちゃって……。
「あー、オホン。そんな物はどうでもいいが、授業を始める。アイアンリングは大人しく授業を受けるように。それと、綴木。あとでアイアンリングと一緒に職員室に来なさい」
「うぃっす」
やっぱり、髪は一生の友達だからね。
俺のことが心配で学校に来たカトルを嬉しく思うけど、半分は朝からとんでもない騒ぎをおこしてくれたな、という気持ちがある。
でも、もっと問題だったのが、カトルから強力な毛生え薬を貰った科学の先生だ。
貰ってすぐに使ったようで、昼休みに見た時には先生の髪の毛は旅人の木の様な状態になっていた。あれじゃあ、地毛でも怪しいじゃないか……。