色物パレード3
「ふぁーあ……。眠い……」
フゴフゴと、おじいさんのようなあくびを噛みしめながら学校へと向かう。最近はとても暖かいので、ジャケットを着ていると少し汗ばんでしまう。
中に着ているベストを脱ぐと冷たい空気がジャケットの中に入って寒いし、ジャケットを脱いでベストだけになると腕が寒い。
服装の調整が面倒くさい時期は苦手だ。
「やっぱ、朝は涼しいね~」
そんな面倒くさい季節だが、俺の隣にはニースはハーフパンツを履き、タンクトップにスポーツパーカーという軽装で歩いている。
今日は何でか分からないけど、珍しくニースが一緒に来るという。
そのせいで、周りの同じ学校の生徒からの視線が痛い。金髪美少女が、一般男子高校生と肩を並べて歩いているのだから、その注目度はケタ違いだろう。
「おい」
「…………」
こちらの世界に召喚されてからすぐに、慣れない世界を歩き回るというタフネスと順応性を発揮していたニースだったが、最近は質屋を利用することを覚えたらしい。
初めは俺の服を着ていたニースだったが、いつの間にか自分の服を調達するようになって、どこから金が発生しているのか気にはなっていた。
ニース曰く、質屋という概念は元居た世界にもあったそうなので、問題なく利用することができたそうだ。交換品は、向こうの世界で給料として貰っていた金貨だそうだ。
製造した会社の名前が刻印されていないので、ただの金としか見てもらえなかったらしいけど、そこそこの値で買い取ってもらえんだとか。
「なるほど、なるほど。お前たちのやり口は分かった。それを通すのであれば、こちらにも考えがあるが?」
「…………」
「フッ――」
変な奴に絡まれたくなかったから無視をしていたけど、男の挑発にニースが反応してしまった。そもそも、これを想定して今日はニースがついて行くと言ったんだ。
「どうも、おはようございます。どうかしましたか?」
まだ開いていない商店のシャッターにもたれ掛っていたのは、昨日、一昨日と家へやって来た小鹿さんの仲間の井土さんだ。
「昨日、俺の仲間が言ったことを覚えているか?」
腕を組み、不快さを隠すことない横柄な態度で言う。その態度を見た物は、小心者であれば誤り足早に去り、腕っぷしに自信がある者ならば即喧嘩に発展するだろう。
うちは後者だ。
「何の話だ?」
ジャリ、とスポーツシューズの踵をカラーブロックに強くこすりつけ、ニースは井土を睨んだ。
「一昨日は、不本意ながら俺たちが約束をすっぽかちまったようだ。だから、昨日は再戦をしてやると仲間を寄越したんだが、どうやらビビった奴らが居たようでな。それについて、弁解なり謝罪なりを聞きに来た訳だ」
こめかみに血管を浮きあがらせ、酷く怒っているのかイライラを隠すことなくタバコに火を点ける井土。
雰囲気がおかしいことを感じ取った通学途中の生徒たちが、わざわざ反対車線の歩道へ渡っていくほどだ。中には数名のクラスメイトが遠巻きに「警察に電話をするか?」とジェスチャーしてきたけど、そこまで問題になっていないので「大丈夫」と断っておいた。
「なるほどね。俺は雑魚いから関係者と言えないかもしれんけど、突然来て再戦の申し込みをして、返事を受けとる前に帰ったのは何でかな、って思うけど?」
「そうか。逃げる言い訳にしては下手くそだが、そうであるなら仕方がない。ビビッて逃げました、っていうんだったら、見逃してもいいかと思ったがな」
プハー、とわざわざ俺たちへ向けて、タバコの煙を吐く井土。分煙、喫煙禁止と叫ばれる世の中は、こういった連中が作り上げていくんだろう。
もっと厳しくなればいいのに。
ちなみに、言われた時間と場所に行かなかったのは、急に再戦を申し込まれたからでも、ビビったからでもない。
カトルはもちろん、ニースもすでに入浴済みで、あの後、メイザーさんもお風呂に入ってしまったからだ。ニースが優男を助けなかったのと同じ理由で、全員が決闘へ行くのを渋ったために約束をブッチする原因となった。
俺が謝罪に行けばよかったって?
残念ながら、それはできない。だって、風呂上がりのニースの髪がびちゃびちゃだったせいで、俺がタオルドライする羽目になったからだ。
どこで見聞きしたのか分からないけど、カトルのようにタオルでゴシゴシと水気を取ると髪が痛むから、水気が無くなったらドライヤーで乾かしてくれとまで言ってきた。
お陰で、ドライヤー作業だけで10分近くも時間を取られてしまった。
いやまぁ、今はそんなことは置いておいて。
「とりあえず、やり合うなら他の人の迷惑にならないところでお願いできますかね? 最近は物騒になったからと、家に変な装置を付けられても今後のご近所づきあいが困難になってもらっても困るので……」
特にモノリスとかね。それについて文句を言ったら、家に結界を張るとか言い出したし、このままだと、我が家が面白おかしい家になってしまう。
「さっきから聞いてりゃ、お前はなんだ? お前が、こいつらの総大将だろ? 自分だけ関係ないような顔をして、何のつもりだ? 俺はな、お前みたいな騒ぎだけ起こして、後は知らぬ存ぜぬを決め込む奴が死ぬほど嫌いなんだよ」
「それはこちらのセリフだな。自分たちの非を認めないどころか、その矛先を御しやすい者へと向ける。いかにもチンピラが好みそうなやり口だ」
ゆらり、ともたれ掛っていた壁から背を離して、膝ではなく肩背を曲げてすくいあげるように睨みつけようとしてきた井土に、ニースは全く臆すことなく鼻で笑い飛ばし喧嘩を売る。
一触即発まで一歩や二歩引いた感じの雰囲気なので、今すぐ飛びかかり殴り合いが始まると訳ではなさそうだけど、それも時間の問題だろう。
「お前には話していない。お前たちが大将だと持ち上げている奴が、知らぬ存ぜぬを決め込んでいるのが気に喰わないって話だ」
猛獣の様な瞳を向けて、声を上げたニースの動きを制限し、井土は再び俺へ向いた。
先ほどから、いつの間にやらカトルたちの大将に仕立て上げられただけの俺に対し、なぜか風当たりが非常に強い。
理由は分かっているんだけど、怖い顔したおじさんに睨まれ続けているせいで、ストレスの上昇が凄まじいことになっている。
「戦わないことに理由があるのか? まさかとは思うが、非力だからというふざけた理由でお前は戦場に立たないってことはないよな?」
まさにその通りのことを井土から言われ、ぐうの音も出なかった。いち高校生の俺に、あんな不思議な力で戦う人たちの中に入る勇気はない。
まぁ、力があっても入っていく勇気なんて無いんだけどさ。だって、痛いの嫌だし。
しかし、その言葉をニースは鼻でせせら笑った。
「さすがはケモノ。人の営みを知らない大ザルは、人の歴史も常識にも疎いと見える」
「なんだと?」
「王は戦わない。騎士の民の頂となり、人々を導いていく。中には戦いの渦中へ身を投じ、暗闇を切り裂き我々を導く王も居る。だが、剣を持ち直接戦うことはしないが、頭脳で勝負し国を導いてきた王もまた多く居る。お前の矮小な知識と想像力で語るな」
筋肉で語ろうとする井土がよほど哀れに見えたのか、乙女がするにはあまりにも無作法なゲス顔でため息を吐いた。あれ? この顔ちょっと好きだぞ。
「そうか。まぁ、俺としては、ザコと戦うつもりは毛頭ない。しかし、謝罪もなしに、はい分かりました、と引き下がるつもりもない。お前は腕に自信がありそうだな。なら、お前で我慢してやる」
「何が、我慢してやる、だ。気色の悪い」
大口をたたいている奴を潰すために戦いたい井土と、そもそもゴリラのために時間を割きたくないニースや俺の家の皆。話は平行線になるのは必然だ。
ここいらで、第三者視点から解決案を導きだそうと思ったけど、今口を開くとまた井土から睨まれる。難癖を付けられたら嫌だしね。
それに、もうそろそろ学校へ行かないと間に合わない時間だ。しかも、走らないといけない程度の。
だって、いつの間にか周りに生徒がいなくなっているんだもん。
このまま絡まれ続けたら遅刻する可能性があるので、早々に話のきりをつけて再登校しなければ、と思う。
そこでどうやってきりをつけようかと思案していると、思わぬ助っ人が来てくれた。
「ちょっと、すみません。ウチの生徒が何かしましたでしょうか?」
学校の方から来てくれたのは、俺のクラス担任の芦原先生だった。20代半ばの、まだ新任っ気の抜けない容姿だけど、女性で年齢も近いことから女子生徒からの信頼も厚い。
芦原先生は、学年主任や男の先生を引き連れて駆けつけてくれた。登校中に俺たちのことをみたクラスメイトが、学校に連絡をしてくれたんだろう。
「どうも先生、おはようございます」
「えっ、えぇ、おはよう――じゃなくて。綴木君、何かあったの?」
視線を切るために、芦原先生は自然な形で俺とゴリラの間に割って入った。身長は俺の方が高いから、完全に視線をカットできているかと言えば怪しいけどね。
でも、話している人と目を合わさないのは失礼だから、俺はキチンと目を合わせた。それに、目を合わせなければ、ゴリラは襲ってこないっていうし。
「いえ、別に。この娘が昨日、この男の人に道を聞いたらしく、無事にたどり着けたかどうか聞かれていただけですから」
ねー、とニースに同意を求めると、ニースは満面の笑顔で頷いた。
「ワタシ、日本語上手くない。ミチ聞く。みんな答えてくれる。みんな優しいデス」
どういう仕組みか分からないけど、ニースは召喚直後から普通に日本語を話している。たぶん、不思議な力が働いているんだろう。
にしても、日本語慣れしていない外国人の真似が上手いじゃないか。
「そうなの? でも、もうすぐ授業が始まるから、急がないと」
ニースから、でっち上げたことの次第を聞いた芦原先生は疑うことなく信じてくれた。井土も俺たちの話に合わせたからか、話を聞いていた男性教師たちもそれ以上疑問視してくることは無かった。
「いやぁ、良かった、良かった。たどり着けたなら安心だ」
演技を続ける井土さんは大仰に頷くと、快活に笑った。
「じゃぁ、少年」
バシン、とわざとらしいほど俺の両肩を強く叩くと、井土はニヤリと笑みを浮かべた。
「後はしっかりと頼むぞ」
その言葉にどんな意味が込められているのか。
まぁでも、俺は額面通りにしか受け取ることが出来ない人だから、ニースの当初の目的――たぶんこれを見越して今日は一緒に来たんだろうけど――である学校経由のジョギングの手助けをしようと思う。