色物パレード
夜には長いのを投稿します。
小鹿が学校へ来る時間というのは日によってまちまちだが、普段から他のクラスメイトよりも一足先に教室へ入ることがほとんどだった。
それは、彼女がやっている仕事も関係しているが、それとは別に朝の、皆が帰った後とは違う静かな教室が好きだったからだ。
教室に一番乗りして、黒板を綺麗にして教師の机に水拭きをかける。それを終えると、自分の席に着き、本を読む。
始業の時間が近づくにつれ、次々と来るクラスメイトに挨拶をするというのが彼女の日課だった。
ただし、今日だけは違った。
前日に起きた、綴木家の魔法使いと自らの、監視協会の魔法使いの間にイザコザが起きたからだ。
強く頼もしい井土だが、少々血気盛んなところが珠に傷だった。
一触即発の事態に肝を冷やしたが、相手側の大将である綴木が仲間を宥めたのか魔法使いは学校に来ることなく、魔法使い同士の戦闘は不発に終わった。
だから、今日は少しだけ気分が良い。――よかったはずだった。
★
「おはよう、小鹿さん。遅かったね」
「えっ?」
「いや、だから遅かったねって」
小鹿さんは、何を言っているかよく分からない、といった様子で俺の方を見た。俺だって、何で小鹿さんがそんな顔でこちらを見ているのか分からないよ。
「いっ、いつも通りの時間だけど……。それより、綴木君こそ今日は早いのね。何時くらいに来たの?」
「午前3時」
「早ッ!?」
「いやもうね、本当、眠くって仕方がないよ」
話していると、口を開けるたびにあくびが出てくる。
「えっ? なんでそんな時間から?」
「なんでそんな時間からって……。小鹿さんのところの人たちとバトルするって話になっていたじゃん」
「そんな!? だってあれは綴木君が抑えてくれたんじゃ!?」
「あんな愉快な人たちを、俺が止められるわけないでしょー」
わなわなと震えているところ申し訳ないけど、俺にカトルたちを止めろという方が、無理があるんじゃなかろうか?
だって、皆あんなにもやる気十分なんだもん。
「なら、ずっと待っていたってこと!?」
「そうだよ。待ちすぎて、黒板に落書きまでしちゃったよ」
俺が指さす先に、小鹿さんは目をやった。そして、目を見開く。当たり前だ。それほどの大作なんだから。
タイトルとつけるとすれば、『幸福と狂気』だろう。左右には、カトルとメイザーさんが描いた子供と動物、そして妖精が楽しく遊んでいる風景が。
しかして、中央へ向かうとニースが描いたベヘリットっぽいオッサンが血の涙を流し、何かを求めている様子が。これは、本人がいうには、大人になり汚い世界を見続けたことにより、心が止んでしまった青年の姿らしい。
あいつ、絶対に心が病んでいるだろう。分からなくはないけど、もっと酷くなるようだったら病院に連れて行った方が良いかもしれない。
でも、見れば見るほど味があり情報量も多い、素晴らしい絵なんだ。インスタグラムにあげたんだけど、時間帯の割にリツイートが結構多い。
「魔法使いは――なんと言っていましたか?」
「どっちの?」
魔法使いは二人いる。ニースは魔法剣士っぽいけど、自らは騎士を名乗っているから除外だ。
「両方です。話の行き違いがあったとはいえ、決闘をやらなかったのですから、何らかの文句が来るはず……」
「いや、特に何も言っていなかったけど?」
「そんなはずはッ!」
学校に誰も(黒ずくめさんは除く)居ないと分かると、午前四時を過ぎた辺りから「へいへーい。監視協会ビビッてるぅー↑↑」とか煽りまくっていたけど。
途中から、メイザーが絵を描き始めるとすぐに大人しくなった。
しかし小鹿さんは納得できないのか、黒板に書かれた幸福と狂気(仮)にメッセージが入っていないか隅から隅まで確認し、何も見つからないと分かると教室全体に目を配らせた。
「綴木君、お願いだから思い出して。あんな好戦的な魔法使いが決闘をすっぽかされて、黒板に落書きするだけで大人しく帰るはずがないんだから!」
何を恐れているのか、小鹿さんは俺の肩を掴み激しく揺さぶった。お陰で脳みそから全ての情報が零れ落ちそうだ。
「いっいや、そんなこと言われても、俺は四時半過ぎた辺りから眠くなったから寝ちゃったんだよ」
ちょっと前まで普通に忍び込んでいた夜の学校だけど、皆で一緒に忍び込むとそれはそれでいつもと違った趣があって面白かった。
お陰でハイテンションになって、無意味に廊下を全力疾走したり(魔法使用不可だとニースの圧勝)、音楽室で楽器の演奏をしたり(以外にもメイザーさんが上手かった)、カトル先生による魔法講座は魔法使いにも騎士にも珍しかったのか、皆聞き入っていた(黒ずくめいつの間に居たんだ)。
まぁ、その途中、カトル先生の魔法授業で寝ちゃったんだけどさ。起きた――起こされた時には大作が出来上がっていて、皆は帰るところだった。
「なら、グラウンド!?」
小鹿さんは駆けだすと、窓を勢いよく開けた。外から吹き込んでくる、朝の冷えた空気が教室へ一気に吹き込み気温を下げる。
外の空気が教室の気温を下げると共に、小鹿さんは自身の持つ冷たい雰囲気をさらに冷たくしていた。
「どうかした?」
何をそんなに焦っているのか理由が分からなかったので、俺も窓際に行き小鹿さんが見ているグラウンドを覗き見た。
そこには、足で引っ掻いて書かれた、どこかの国の文字で作られた文章が彫られていた。
「綴木君、あれって読める?」
「いいや、全く。でも、何となく分かる」
うん、なんとなく。小鹿さんも何となく分かるのか、俺の言葉に小さく頷いた。
たぶん、これは煽っている言葉が書かれているんだろう。相手は、決闘に来なかった小鹿さんと愉快な仲間たちに対してだ。
こんなことに無駄な労力を使うなよ、と思ったけど、カトルは魔法使い何だからこんな作業一瞬の朝飯前だろう。
黒ずくめの男が書いたんだったら、御愁傷様。